こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
114話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 彼女の本音
シアナが向かったのは、皇宮の南側にある緑の森だった。
その名にふさわしく、青々とした木々が生い茂る森である。
ソルによれば、ラシードはここで小動物たちを連れて散策をしているとのことだ。
地面に散らばった落ち葉を払いながら、シアナはラシードと会ったら何を言うべきか思いを巡らせた。
『殿下、私が妙な噂に巻き込まれたせいで、私を遠ざけておられるのですね?人がしないことをすれば病を招きます。どうかいつものようにしてください!』
幸いにも、シアナはすぐにラシードを見つけることができた。
青々と茂る木々の間に立つ、銀髪の美しい青年。
両肩に白いマントと小さな飾り羽をのせた姿は、まるでおとぎ話の一場面のように非現実的だった。
しかしラシードへ歩み寄ろうとしたシアナは、目を大きく見開くと咄嗟に木の陰へ身を隠した。
ラシードの前に、ひとりの女性が立っていたからだ。
シアナはすぐにその女性の正体を悟った。
――「ベロニカ公女!」
近ごろ宮中で最も話題を集めるスキャンダルの中心人物。
シアナもベロニカに関する噂を数多く耳にしていた。
その中には、彼女の容姿を称えるものも少なくなかった。
真夏の葡萄のように深い紫の髪と、碧い瞳を持つ華やかな美女だと。
そして、その噂は――事実だった。
『でも、どうして公女さまがここに……。まさか殿下と二人きりで会っていたのでは?』
そう考えた瞬間、シアナの胸はドンと大きく沈むような気持ちになった。
そのとき、そよ風とともにベロニカの声が聞こえてきた。
「殿下、お会いしたかったのです。殿下もベロニカにお会いしたかったのでしょう?」
聞く者の胸を締めつけるほど、切なさを帯びた声だった。
しかし、それに続くラシードの声はただ冷たく短かった。
「……殿下。」
その返答に、シアナのこわばっていた表情は和らいだ。
『約束をして会ったわけではないのね。』
とはいえ、ラシードはベロニカと顔を合わせてしまったことに、ひどく困惑している様子だった。
思わず口元に笑みを浮かべたシアナの耳に、再びベロニカの声が響いた。
「殿下は本当にあまりに冷淡です。ベロニカは殿下を想うあまり、まともに食事もできないほどなのに……」
ベロニカは言葉を続けられなかった。
ラシードが彼女に背を向けて歩き出したからだ。
目を大きく見開いたベロニカは慌てて歩を進め、ラシードの背にしがみついた。
そして叫んだ。
「行かないでください、殿下!」
「……!」
「ベロニカは殿下を心から愛しています。どうか、この想いを受け取ってください。」
公爵家の令嬢が口にするにはあまりに無防備で率直な言葉だった。
だが、ベロニカの顔には羞恥の色はまったくなく、ただラシードを見つめる熱い渇望だけが宿っていた。
しかし、ラシードの返答は、その熱情とは正反対に冷たかった。
ラシードは苛立った顔で公女の手を振り払う。
そして、この世で一番不快なものでも触れたかのように眉をひそめて言った。
「公女、最後の警告だ。もう一度こんなふうに俺に触れたら、その手首を切り落としてやる。」
その冷酷な眼差しは冗談ではなかった。
「……ああ……どうして私にそんな恐ろしいことを……。」
ベロニカは衝撃を受けた顔で後ずさりし、石に足を取られて尻もちをついてしまった。
その瞬間、どこからか侍女が現れてベロニカを支えた。
「まあ、大変。地面にぶつかってお美しいお手がすっかり傷ついてしまいましたわ。お怪我はありませんか、お嬢様?」
ベロニカは答える代わりに泣き声を上げてしまった。
「ひっ……。」
侍女が「か弱いお嬢様」と慌てて慰める一方で、ラシードは一瞥すらくれなかった。
ラシードは足を止めずに歩みを進めた。
ラシードが遠ざかるほど、ベロニカの表情は切実さを増していった。
まるで長年の恋人に見捨てられた女のように。
鳥のさえずりで満ちていた青い森は、いつしか静まり返っていた。
ラシードとベロニカが去ったその場所を見つめていたのは、シアナだった。
シアナは視線を落とし、唇をかんだ。
「……公女様は、殿下を心に想っていたのですね。」
これまでシアナは二人のスキャンダルに特に注意を払ってこなかった。
ラシードがベロニカに関心を持っていないことを知っていたため、真偽を問うまでもない根拠のない噂だと考えていたからだ。
だが、違っていた。
少なくともベロニカ公女は、噂どおりにラシードを熱烈に愛していた。
恐ろしい事実に直面したかのように、シアナの顔が強張った。
シアナはこの日も夕食を抜いた。
『どういうわけか全然お腹が空かない。食欲もないし。』
しかし、ひとつだけ切実に求めているものがあった。
結局シアナは我慢できず、皇太子宮へと向かう。
突然訪ねてきた友人を見て、チュチュは驚いた顔をした。
「シアナ、こんな時間にどうしたの?」
チュチュはまだ下級侍女だったが、グレイス皇女が最も寵愛する侍女として認められ、個室を与えられていた。
そのため、他の侍女たちに気を遣うことなく、友人を部屋へと招き入れることができた。
狭い空間には小さなベッドと古びたテーブル、そして椅子がひとつあるだけだったが――扉を閉めたチュチュは目を大きく見開いた。
シアナがそっと前掛けのポケットから取り出したものを見たからだ。
赤い液体がちゃぷんと揺れる酒瓶だった。
チュチュは慌てた顔で叫んだ。
「な、なにそれっ?!」
「心配しないで。盗んだんじゃないわ。皇太子宮の管理侍女にお願いして一本もらったの。」
チュチュは呆れた表情を浮かべた。
当然、宮中で侍女が飲酒することは禁止されている。
しかし侍女たちはこっそり酒を手に入れては、密かに飲んでいた。
『でも、まさかシアナまでそんなことをするなんて……』
シアナは外部の人間には冷淡な一方で、自分自身にはとても厳しく、宮廷の規則を誰よりもきちんと守っていた。
そのシアナが酒瓶を持っている――。
チュチュは眉をひそめた。
「どうしたの? 何かあったの?」
「……」
シアナは答えの代わりに、むくれた顔で酒瓶の蓋をつかみ、ガタガタ震わせ始めた。
そんなシアナを心配そうに見ていたチュチュが、代わりに酒瓶を取った。
ポンッ。
シアナがいくら力を込めても開かなかった蓋が、あっけなく開いた。
開いた瓶から濃厚な葡萄酒の香りが漂ってくる。
もちろんワイングラスなどあるはずもなく、チュチュは粗末な木のカップに酒を注ぎ、シアナに渡した。
シアナはその酒を一口飲み下した。
喉が熱くなるほどに。
そうして何杯かを立て続けに飲んだシアナは、少し顔を赤くしながら口を開いた。
「チュチュ、私、数日前にとんでもないものを見ちゃったの。」
「なによ。」
「皇太子殿下とベロニカ公女が一緒にいるところ。」
その言葉にチュチュは目を大きく見開いた。
最近、宮中で噂が絶えないため、チュチュも皇太子とベロニカ公女のスキャンダルについては知っていたのだ。
「まあまあ、二人の間に何かあるってことね。」
「……」
「グレイス公主様も仰っていたけれど、ベロニカ公女は容姿も華やかで家柄も申し分ない上に、精神的に少し変わったところがあって、殿下にはぴったりの相手らしいのよ。二人が結婚すればちょうどいいって。」
チュチュは、ラシードが普段はシアナに執着していると理解していた。
だからこそ、このスキャンダルが本当ならむしろ都合が良いと考えた。
――純真な侍女に執着していた皇太子の関心が、別の方向に移るはずだから。
しかしそれは一瞬、間違った考えだった。
「何言ってんのよ!二人が親しげにしてる姿なんて、本当に似合わないわ!私だっておかしいと思ったんだから!」
恐ろしいほど真剣な表情で言い放つシアナに、チュチュは驚いて思わず筋肉をぴくりと震わせた。
「そ、そうなの?」
「そうよ!」
シアナは大きな声で答えると、もう一口酒をあおり、そして吐き捨てるように言った。
「それに、ベロニカ公女って本当に無礼だったわ。立っている男をいきなり後ろから抱きしめるなんて……!」
シアナの脳裏に、ベロニカがラシードを後ろから抱きしめていた光景がよみがえる。
途端に、数日前に込み上げてきたあのわけの分からない感情が、再びこみ上げてきた。
「いや、殿下、殿下よ。普段あんなに機敏な方が、なんでそんなことをされてるの?手が届く前に避けなきゃダメでしょう!」
もちろんラシードがぼんやりと不意を突かれただけなのだが違った。
すぐにベロニカの手を払いのけて突き放したとしても、シアナにとっては何の慰めにもならなかった。
「ほんの少し前までは、私を誘惑するとか言って、甘い言葉を並べていたのに……今じゃ、そんな気持ちは全然ないみたいじゃない。」
「……!」
「守ってやりたいとか、何だかんだ言ってたのに、今は呼びもしないし。」
「……」
「ほんとに……殿下なんて大嫌い。」
目を潤ませながらシアナの言葉を聞いたチュチュは、「えっ」と声を詰まらせた後、おずおずと尋ねた。
「シアナ、まさか……殿下のこと好きなの?」
シアナは今回も即座に否定した。
「そんなわけないでしょ!」
「……」
「私は敗戦国出身のただの一介の侍女にすぎないし、あの方はこの帝国の次期皇帝となる皇太子よ。どうして私があの方を好きになるなんてことができるの。」
そんな気持ちを抱くこと自体が罪になることだ。
だからシアナはラシードに近づけなかった。
自分に向かって明るく笑うその男を見ても、困ったように眉を寄せるだけだった。
ラシードの手を取った瞬間に訪れるであろう非難と苦痛が怖くて、それに耐えることができそうになかったから。
それでも――
「あの女に向かって叫びたかったの。」
「……」
「どうして他人の男に触るの。もう一度でも同じことをしたら、女の嫉妬がどれほど恐ろしいものか教えてやるって。」
気が付けば、シアナのエメラルド色の瞳には涙が溜まっていた。
驚いたチュチュが筋肉質な腕を伸ばして、小さな友を抱きしめた。
しっかりしていて温かな友の胸に抱かれ、シアナは力なく顔を歪めて泣いた。
「どうしよう、チュチュ?」
「……」
「本当は、あなたの言う通りよ。」
「……」
「殿下が好きなの。」
彼の隣に別の女性が立っているのを見ただけで、血が逆流するほど胸が痛む――それほど深く。
明け方、少し眠ったあと目を覚ましたシアナは、ひどくやつれた顔で口を開いた。
「ごめんね、チュチュ。」
昨夜のシアナは、酒を一瓶空けてからというもの、
「殿下は本当にハンサムで、声も素敵で、肩幅もすごく広くて……甘えてくるときなんか、もう本当に可愛くて……」
などと取りとめもなく殿下のことを語り続け、最後には盛大に酔いつぶれてしまったのだ。
部屋のベッドは二人が一緒に使うにはあまりに小さかったので、チュチュはシアナをベッドに横たえ、自分は硬い木の椅子に腰を下ろした。
『いくら友達でも、こんな迷惑をかけるなんて……。』
シアナはひどく気まずく、申し訳なく思った。
だがチュチュは、何かあったのかと顔に手を添えて言った。
「いいよ。そんなこともあるさ。」
「……」
「二人とも気を張ってばかりじゃもたないだろ?一緒に酒を飲んでやれなかったのが残念だ。次は一緒に外出許可をもらって、外で思いっきり飲もう。鼻が曲がるほど相手してやるよ。」
シアナは感激した顔でチュチュを見つめ、それから背伸びして大きな身体をぎゅっと抱きしめた。
「チュチュ、どうしてそんなに優しいの?」
「いつも泣いてばかりいるのは俺の方だったけどな。立場が逆になると、なんだか不思議な気分だ。」
チュチュはまるで全然嫌じゃないと言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。
そして大きな手でシアナの背を軽く叩きながら言った。
「打ち明けてくれてありがとう。」
昨夜、シアナはチュチュに、これまで誰にも言えなかった胸の内をさらけ出した。
チュチュは驚くこともなく、侍女の身分でありながら皇太子を夢見るシアナを嘲ることもなかった。
ただ、その気持ちを全力で応援してくれただけだ。
「そんなに悩まないで。やりたいようにやればいいのよ。」
「……」
「あなたは賢くて立派な子だもの。殿下はちょっと風変わりなところもあるけど、帝国で一番強い方。だから二人が手を取り合えば、きっと大丈夫。」
――敗戦国出身の侍女と高貴な皇太子という、一見あり得ない関係でも。
二人でなら、未来へと進んでいけるはずだ。
チュチュは本気でそう思っていた。
「……」
奇妙なことだった。
どうしようもなく楽天的な友の言葉に、シアナは胸の奥に固く張り付いていた何かがぱっと解けていく気がした。
「本当にそう思う?」
シアナの問いかけに、チュチュは微塵の迷いもない顔でうなずいた。
「当然さ。愛っていうのは、もともと奪い取るものだろ!」
チュチュはたくましい腕を振り上げて拳をぎゅっと握りしめる。
愛する人のためなら、伝説の竜でも倒してしまいそうなほど勇ましい姿だった。
シアナは呆気にとられてその姿を見ていたが、やがて笑みをこぼし、友の大きな拳に自分の小さな拳を重ねた。
「ありがとう、チュチュ。言うとおりにしてみる。」
シアナは勇気を出してみようと決心した。







