こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
137話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- フィナーレ
その後、神官から聞いた話によると、フィロメルは三時間ほど眠っていたという。
「夢の中では、少なくとも一晩は経っていた気がしたんだけど……」
フィロメルが姿を現した瞬間、人々がどよめいたのには理由があった。
第十三試験方式における、歴代最短記録は――十七時間。
そして、これまでの最長滞在者は七日間。
皆、長丁場を覚悟して、床に敷物まで広げて気長に待つ構えだった。
それなのに、フィロメルはあまりにも早く戻ってきたのだ。
「え、もう終わったの?」
「ちょっと!昨日の朝から並んで、やっと取れた場所なのに!」
中には、家で休んでくるつもりが、肝心な場面を逃してしまい、頭を抱える者までいる。
勝者が決まると、神官たちは手早く解毒剤を準備しキリアンを起こした。
彼は少しぼんやりしながらも、落ち着いた表情で姿を現した。
「……」
キリエンはフィロメルをちらりと見ると、大主教の隣へ向かった。
進行役の神官が、こほん、と喉を鳴らした。
「これにて、全三回の試験のうち二回目の試験が、フィロメル候補の勝利で終わったことにより、勇者が決定いたしました。皆さま、拍手を……」
「認めません!」
ミロフ大主教が叫んだ。
彼は歯ぎしりしながら、会場を見回した。
「皆さん、騙されてはいけません!この試験結果は――誤りです!」
「大司教様、それはどういう意味ですか?」
「私は正式に、この試験の公正性に異議を申し立てます!」
フィロメルはミルロフのほうを見やった。
(よりによって、こんな時に……!)
一刻を争う状況だというのに、悪心の件について皆と話し合わなければならない矢先、足止めを食らってしまった。
進行役は慎重な面持ちで、ミルロフを見据える。
「試験は、神殿側の厳重な管理と監督のもとで執り行われました。異議を唱えるのであれば、それ相応の根拠をご提示いただく必要があります」
大司教は、キリアンを指さした。
「キリエン候補が言うには、呪縛ワイバーンの松ぼっくりの毒に、問題があったそうですね」
フィロメルは眉をひそめた。
まさか、それを蒸し返すつもりなの?
「どういう問題ですか?」
進行役の問いに、ミロフが自信満々に宣言した。
「キリエンが見た夢は、過去のトラウマではありませんでした!つまり、この試験の趣旨に反するものです」
「な、なるほど……。試験開始前に、私たちは毒の成分を調べましたが……」
「時間が限られていて、精密な調査はできていませんでしたよね?」
「そ、それはそうですが……」
「その毒を提供した人物は、対立候補でしたからね」
ミルロフの下卑た笑みが、フィロメルへと向けられる。
「つまり――試験に勝つため、毒に細工を施したか、あるいは別の毒を持ち込んだ可能性もある、というわけです」
彼は「はは」と乾いた笑いをこぼし、さらに言葉を重ねた。
「もっとも、あくまで可能性の話ですが。まさか、皇家の血を引き、かの偉大なる方を父に持つお方が、そんな真似をなさるはずがありませんよね?」
――この男は……。
「きっと、意図せず変質した毒を持ち込んでしまわれたのでしょう。私はそう信じております」
突然持ち上がった疑惑に、人々はざわめいた。
「えっ、あの話は本当なの?」
「大主教の主張が事実なら、試験はどうなるんだ?」
「再試験になるのか……?」
「故意の不正だと判断されたら、そのまま失格かもしれないぞ」
フィロメルは視線を落とした。
(どうしよう……)
腹立たしいことに、毒の成分が記録と違っているというミロフの主張は正しい。
理由はフィロメル自身にもわからないが。
(詳しく調べられたら、真実が明るみに出るかもしれない……)
キリアン側は、必ずフィロメルが意図的に別の毒を持ち込んだと主張するだろう。
そして自分たちは、その被害者だとでも言いたげな構えだ。
――どう出るべきか。フィロメルは、これからの対応策について思案していた。
「……何か、腑に落ちないですね」
静かで落ち着いた声が、食堂に響き渡る。
キリアンだった。
「私が見た夢は、過去の――耐え難い記憶でした」
ミルロフが、驚愕したように叫ぶ。
「き、キリアン!何を言っているんだ!?お前は確かに“良い夢”を見たと言って……!」
「私が、ですか?」
キリアンは不思議そうに首をかしげ、自然な仕草で一歩後ろへ下がった。
「確かに“予想外の夢だった”とは言いましたが、過去の記憶ではない、とは一言も申し上げておりません」
彼は進行役とフィロメルに向かって、軽く腰を折った。
「こちらの説明不足が原因だったようです。不適切な発言によって選抜式の進行に支障をきたしたこと、心よりお詫び申し上げます」
進行役が状況をまとめた。
「それでは、選抜式の公正さに問題はない、ということでよろしいですね」
「はい、その通りです」
ミロフの顔色は、真っ赤になったかと思うと、次の瞬間には青ざめていた。
「い、いひっ……!」
人々が、彼を取り囲んで囁き合う声が、次第に耳へと流れ込んでくる。
「なに?自分じゃないって言ってるのに、どうしてあんなに取り乱してるの?」
「なるほど……勝利に目が眩んでいたのは、あの大司教のほうだったわけか」
「高位聖職者だからって、全員が清廉潔白とは限らないものね」
「そもそも、神官が片方の肩を持つなんて、一番不公平じゃない?」
評判で成り立っている聖職者にとって、それは致命的な一撃だった。
――とりわけ、あの男のように、出世欲にまみれた者にとっては。
選抜式は、神殿中が総力を挙げて臨む重大な行事だ。
そんな場で問題を起こした以上、ミロフはもはや再起不能だった。
大主教の座を追われ、閑職へと追いやられる可能性が高い。
(自業自得だけど)
進行役は、一時中断されていた式を再開した。
「新たな勇者様に、盛大な拍手をお願いします!」
割れんばかりの拍手が会場を包んだ。
「善の名のもとに戦ったお二人も、互いに称え合ってください」
フィロメルは進行役の言葉に従い、彼と握手をしながら、ほとんど聞こえない声で問いかけた。
「キリエン……どうして?」
彼は、なぜ事実を隠していたのか。
ミルロフをも裏切り、背を向けてまで。
「……あなたの言ったとおりだ」
彼の瞳が、深く伏せられる。
「夢の中で、僕は平凡な子どもとして育った。走り回って遊び、親に叱られる――そんな普通の毎日を」
「……」
「その夢から、目覚めたくなかった。あなたの言うとおり、勇者は“父の夢”であって、僕自身の夢じゃなかったんだ」
キリアンは、フィロメルの手をそっと、しかし確かに握った。
「僕は……自分よりも、あなたのほうが勇者にふさわしいと判断しただけだ。だから、その結果を受け入れるしかなかった」
そのとき、フィロメルは初めて、キリエンの目が澄んでいると思った。
初対面のときから感じていた濁りは、きれいに消えていた。
彼もまた、彼なりの気づきを得たのだろう。
こうして試験は幕を閉じた。
選抜式のフィナーレ――勇者任命までの、わずかな空き時間。
フィロメルは自分の仲間たちを連れて、大聖堂の奥、人目につかない場所へと向かった。
そこで彼女を待っていたユースティスが、声をかける。
「フィロメル、勝利おめでとう。私は君が――」
「陛下、恐れながら……少しお部屋をお借りしてもよろしいでしょうか!」
「……ああ、構わん」
神殿側が、極秘裏に訪れた皇帝のために用意した場所だ。
現在の大神殿の中で、ひそひそ話を交わすのに適しているのは、ここくらいしかない。
試験が終了したという知らせを受け、人々がさらに押し寄せてきたせいもある。
しかも皆、勇者となったフィロメルと、ひと言でも言葉を交わそうと騒ぎ立てていた。
彼女は、無知のヴェールの力を借りて、ようやくこの場所へ辿り着いたのだ。
「もし皇帝陛下にお伝えしたいことがございましたら、こちらへお越しください」
以前、皇帝が人を介して、自身の居場所を知らせてきたことがあった。
こうして気軽に来い、という意味ではなかっただろうが。
突然押しかけた来客に、侍従たちは慌てて茶を振る舞った。
(いずれにせよ、陛下にもお伝えしなければならない話だ)
彼もまた、エレンシアを連れ去った悪神の行方を追っている最中だった。
フィロメルは、夢の中で起きた出来事を要点だけまとめて彼らに伝えた。
すると、一同の表情が険しくなる。
「精神にまで干渉できるとは……」
「人が眠っている隙を狙うとは、なんと卑劣な!」
レクシオンは沈思し、カーディンは怒りをあらわにした。
「どこか具合の悪いところはありませんか?あの者に、何かされはしませんでしたか?」
ナサールの心配そうな問いかけに、フィロメルはきっぱりと答えた。
「私は大丈夫です。大事には至っていません」
「それでも、念のため任命は後日に回したほうが――」
皇帝の提案に、フィロメルは首を横に振る。
「イエリスがこのタイミングで、あれほど露骨な手段で私を妨害してきた。それはつまり、私が“勇者になられては困る存在”だという証拠ではありませんか」
それも、かなり強く。
「でしたら、なおさら急ぐべきです。準備が整い次第、すぐに呼び出すよう、神殿側へお伝えください」
彼女の声には、迷いがなかった。
皇帝は小さくうなずいた。
「分かった。ただし、インパが退いた分、周囲の警備は手薄になりがちだ」
「ええ、それは確かに……」
「私の配下の騎士たちも警護に回す。だが、くれぐれも用心しろ」
「肝に銘じます」
フィロメルは、自分のそばに座る面々の顔を順に見渡した。
(正直、この人たちが一緒なら、悪神もそれほど怖くない)
いずれも実力者ぞろいで、これ以上ないほど心強い仲間たちだった。
やがてフィロメルは、ナサールが自分をじっと見つめ、何か言いたげにしていることに気づいた。
「ナサール、まだ何かありますか?」
「え、ええと……それが……今の状況では、少し聞きづらいことなのですが……」
「何ですか?言ってみてください」
「フィロメル様の“幸せな夢”の中に……私も、いましたか?」
――つまりナサールは、自分がフィロメルの幸せの中に含まれていたのかどうか、それが気になっているのだ。
その様子があまりにも可愛らしくて、フィロメルは思わずくすっと笑い、答えた。
「もちろんです。ナサールも、ちゃんといましたよ」
その瞬間、ナサールの表情はぱっと明るくなり、それと同時に、次々と質問が飛んできた。
「フィル!私は?私も出た?」
「私も気になります」
「この二人が出たなら、当然私も出ていますよね?」
カーディン、レクシオン、ジェレミアの順に兄弟たちが問いかけ、ルグィーンも気になるのか「あの……」と口を挟んだ。
「ええ、四人とも出ていましたよ」
「やった!俺が出た!」
「光栄ですね」
「当然の結果だ」
「……あのさ」
彼らは今回も、前とまったく同じ順番で喜びを表した。
これで、残っているのは皇帝だけとなった。
「……」
彼はこの話題に、さほど興味がないように見えた。
だが、長年彼を見てきたフィロメルには分かる。
――興味が、ないわけではない。
『気になる様子だな』
そう思ったものの、良心が咎めたのか、どうしても踏み込んで尋ねることはできないらしい。
「さて、この話はここまでにしておこう」
フィロメルは話題を切り替えた。
ユースティスにだけは、真実を知らせるつもりはなかったのだ。
「ニャア、ニャア」
どこか上機嫌そうな、猫の鳴き声が、くすくす笑うように響いた。
フィロメルは、猫を見つめているうちに、ふと違和感を覚えた。
「ルグィーンは、どう思ってる?」
フィロメルが襲われたと聞いて、もっとも取り乱してもおかしくない人物が、予想に反して静かだった。
「お父様も、ここに来ているの?どこ?」
まだ猫の正体を知らないナサールが、きょろきょろと辺りを見回す。
「……にゃあ」
フィロメルは、もやもやした気持ちのまま、その猫を抱き上げた。
「こんな切迫した状況なのに、どうして猫の姿のままでいるの?本来の姿に戻って、ルグィーン」
ナサールから、裏返った声が上がった。
「えっ……猫が、お父上……?ちょ、ちょっと待って、それじゃあ僕は……」
同じく、今になってようやく真相を悟った皇帝も、言葉を失って硬直する。
「だから、あんなに不細工だったのか……」
「ちょっとぉぉ!?」
「失礼!」
ジェレミアが、猫を抱えたフィロメルの腕を慌ててつかんだ。
「元の姿に戻れない、というより――戻らないほうがいいんです」
「……どうして?」
「あなたの自動防護魔法に、あの子が魔力を補給してくれているからです。さっきので、人の姿に戻るだけの魔力が残っていなかったんだ」
「どういうことです?ルグィーンに魔力が足りないはずないじゃないですか」
「本人じゃないからさ」
「……え?」
要領を得ないフィロメルを見て、ジェレミアが口を開いた。
「今ここにいるルグィーンは、本体じゃなくて分身だ」







