こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
143話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- イエリスの心臓
「――いたた。もう、もう少し優しく投げてくれてもいいのに」
フィロメルは小さく独り言をつぶやきながら、埃を払うように尻をさすった。
だが、その顔に浮かんでいたのは、不満よりも覚悟の色だった。
彼女は、ベレロンが「蔓(つる)」を攻撃している隙を突き、いくつも開いた穴のうちの一つから内部へと侵入した。
時間をかけず、すぐに中枢部へ入り込めたのは幸運だったが、着地の感触はあまり良くない。
「早く終わらせて、帰ろう」
フィロメルは素早く周囲を見回した。
――イエリスの“心臓”を探さなければならない。
ベレロンの話によれば、心臓とは文字どおりの臓器を指すのではなく、彼が創り出した領域そのものの中核だという。
それを失えば、領域自体が崩壊する。
本来は悪神の本拠にあったはずだが、今は「蔓」へと移されているらしい。
「近くにあるのは間違いない……」
ベルレンは、彼女を“心臓の鼓動”が最も強く感じられる場所へと放り込んだ。
「さて……どこに出るのかしら」
フィロメルは、無知という名のベールを身にまといながら、恐る恐る歩みを進める。
今はまだ、進むべき道は一本しかない。
脇道に逸れる余地など、最初からなかった。
ぬちゃ、ぬちゃ。
「……うぇ」
生き物の内臓を踏みしめているかのような感触。
“茎”の黒ずんだ内壁は、まるで呼吸するかのように脈打ち、見る者の胃の奥をざわつかせた。
フィロメルは、意識して視線を逸らし、足を止めずに進み続ける。
そして――行き止まりに、ぶつかった。
円形に広がる空洞。
その中心には、祭壇めいた形をした“物体”が、ぽつりと鎮座している。
周囲には何もない。
ただ静かに、そこに在るだけだ。
そして――その上には、確かに“心臓の気配”が、脈打っていた。
誰かが横になっているのが見えた……。
『あの人間は――!』
目に焼き付くような金色の髪。
それは偽りのエレンシアだった。
エレンシアは体を起こすなり、突然かんしゃくを起こしたように叫んだ。
「いつまでこんなことをさせるつもりなの!退屈だわ!」
もちろん、その言葉はフィロメルに向けられたものではない。
侵入者のそばには、神官の姿をした男が一人立っていた。
「異邦人よ。今しばらくお待ちください。まもなくイエリス様の計画は完成いたします」
「だから、それがいつなのよ!もう何時間もこうしてるじゃない!」
「……そこまでは、私もよく――」
「はぁ。お腹すいた。何か食べるもの、持ってきてよ」
「さきほどパンを差し上げたではありませんか」
「え?あんな不味いものを、わざわざ探してまで食べろって?」
「時期が時期ですし……とりあえず口に入れておいたほうが……」
「ねえ、君。ちょっとは頭を使いなよ。“私をちゃんともてなせ”っていう、イエリス様のお告げ、忘れちゃったの?」
その言葉に、神官は唇を噛みしめ、押し黙った。
――ああ、なるほど。
フィロメルは、相手の正体をほぼ把握した。
この男こそが、神殿内部に潜む“裏切り者”。
イエリスが救済の塔を破壊するには、神殿側に通じる協力者が、どうしても必要だったのだ。
神官は、これ以上どうにもならないと悟った様子で、その場から立ち上がった。
「何か口にできそうなものがあるか、厨房を見てまいります」
「ええ。さっさと行ってきて」
尊大に手を振るエレンシアを背に、神官はフィロメルの潜んでいる方向へと歩いてきた。
彼は、フィロメルが入ってきた方角へ抜けながら、小さくつぶやく。
「まったく、厄介な……!」
侵入者は、この場でも息を殺して身を潜めるしかなかった。
神官の姿が消えると、エレンシアはふうっと大きく息を吐いた。
「はぁ……どうしてこうも、気に入る人間が一人もいないのかしら。皇帝――あの男も腹立たしいことは腹立たしいけれど、それでも“やれ”と言われたことは、だいたい叶えてあげたというのに」
その瞬間だった。
地震でも起きたかのように、“茎”がごうん、と大きくうねる。
「うわっ!」
反動で、侵入者は祭壇の縁から足を滑らせ、階段の下へと転げ落ちた。
「もうっ、またこれ!?いったい何なのよ!」
――ベルレオンが、“茎”を攻撃している。悪神が、フィロメルの存在に気づかぬようにするために。
「ほんっと……こんな世界、いっそ滅んじゃえばいいのに!」
エレンシアは天井を仰ぎ、苛立ちを叩きつけるように叫んだ。
その背後に、ぞわりと冷たい気配が走る。
「……怪我をしたくなければ、動かないで」
低く、抑えた声。
逃げ場のない距離で放たれたその一言に、空気が一気に張り詰めた。
「……フィ、フィロメル?」
フィロメルの声に気づいたエレンシアが、振り返ろうとした。
その瞬間、フィロメルは自分の武器を強く握りしめ、ぴたりとエレンシアの背後に迫る。
「動かないで。私の話を聞いて」
偽りのエレンシアの息が、はっきりと詰まった。
「え……ど、どうして急に後ろに?さっきまで誰も――」
「それを知る必要はないわ」
「度胸を失ったの?ここがどこだか分かって――」
「度胸を失ったのは、世界の滅びに手を貸しているあんたのほうでしょう」
フィロメルは武器の柄で、エレンシアの背中を軽く――だが、逃げられない強さで叩いた。
「……私に、何を望んでる?」
「悪神が“お前に近づくな”と命じた場所。そこまで、案内してもらう」
もっとも、悪神が本当に彼女にそう告げたかどうかは、フィロメルの推測に過ぎない。
だが――状況証拠は、十分すぎるほど揃っていた。
エレンシアは、何らかの理由で、今この局面において悪神にとって“重要な存在”だ。
そして、先ほどの会話から判断するに――彼女はかなり長い時間、この場所に留まっていた。
心臓の気配が最も濃く集まる、中枢部の近くで。
悪神ほどの存在なら、誰かが心臓を狙う事態を想定し、防衛策の一つや二つ――いや、万全の迎撃手段を、必ず用意しているはずだ。
それでも、ここまで静かなのは――この女が、“例外”だから。
フィロメルは、そう結論づけた。
万が一、エレンシアがその装置に操られていないかを警戒し、あらかじめ言い聞かせておいたのだ。
「そ、それを……どうして、あなたが……!」
そして、その推測は当たっていた。
エレンシアは、簡単な誘導尋問にあっさり引っかかったのだ。
「いいから。案内して」
「正気なの?危険な場所に、あなたを連れていけって?」
「今、あなたの背後にある“それ”は、危険じゃないように見える?」
「ひっ……!」
フィロメルがさらに何度か触れると、エレンシアは小刻みに震え始めた。
「刺さないで!」
どうやら、フィロメルが手にしている武器を“刃物”だと勘違いしたらしい。
「はいはい、わかった!行けばいいんでしょ!」
結局のところ、身体の痛みを極端に嫌う侵入者は、あっさりと白旗を上げた。
「よし。賢明な判断だ」
「……でも、近くまで案内するだけだからね?それ以上は、絶対に付き合わないから!」
「余計な口を叩かず、前を歩いて」
フィロメルは、揺れる金色の後ろ姿を眺めながら、静かに思考を巡らせる。
――心臓を先に見つけるより、この女と遭遇できたのは、むしろ幸運だった。
どのみち、彼女は必ず探し出さねばならない存在だったのだから。
目的は変わらない。
ただ、順序が入れ替わっただけだ。
「侵入者こそが、亀裂を閉じるための“鍵”だからだ」
ベルレロンはそう語った。
「イエリスは、亀裂をさらに広げるため、異邦人の魂をこの世界へ引きずり込んだ」
本来、亀裂というものは、ある程度の大きさであれば、世界そのものの回復力によって自然に修復される。
まだ封印状態にある悪神の力では、その回復力を上回るほど巨大な亀裂を生み出すことはできない。
だが、この世界に本来「存在してはならないもの」が入り込んだ場合、話は変わってくる。
だからこそ、悪神はあらゆる力を振り絞り、侵入者の魂そのものを呼び寄せた。
魂には物理的な実体がなく、なおかつ侵入者自身が強くそれを望んでいた――それが可能にした理由だという。
ちょうど都合のいい魂はないかと探していた悪神の目に、彼女は映ったのだ。
――私も、エレンシアみたいに……。
死の間際。
その切実な想いが、風となって揺れた。
結局のところ、偽りのエレンシアは、最初から最後まで――悪神の掌の上で踊る、ただの駒に過ぎなかったのだ。
フィロメルは、冷たい目で女の背中を見据えた。
――それも知らずに、自分の小説がヒットしたおかげでここへ来たのだと勘違いし、浮かれていた末路か。
まったく、救いようがない。
だがフィロメルは、この女に親切に真実を教えてやるつもりなどなかった。
何より、時間が足りない。
「急いで歩け」
フィロメルの冷たい声に、のろのろと階段を降りていたエレンシアが身をすくめた。
「……私、もともと歩くの遅いんだけど」
そのときだった。
「異邦人よ!食事を持ってきました!」
小さな籠を抱えた神官が、広間に姿を現した。
フィロメルの注意がほんの一瞬、その神官へと逸れた隙に、エレンシアが彼女の腕を掴む。
「敵よ!フィロメルが来た!」
「え?敵、ですか?」
「アイテムの効果で姿は見えないけど、確実に“いる”!私が引き留めてる間に、早く片付けて!」
状況を即座に理解した神官は、慌てて腰のあたりに手を伸ばし、短剣を抜き放った。
フィロメルは、じわりとした疲労感を覚える。
(できれば……静かに始末したかったんだけど)
だが、仕方ない。
――これはこれで、悪くない。
そう心の中で呟きながら、彼女は静かに次の一手を選ぶのだった。
「きゃっ!」
彼女は左手で軽くエレンシアを突き飛ばし、右手に持っていた武器を上へと振り上げた。
――パン!
一発の銃声が響き渡る。
その余波で無知のヴェールが剥がれ、フィロメルの姿が露わになった。
彼女は銃口を、呆然と立ち尽くす神官へと向けている。
「捨てなさい」
彼女が手にしていた武器は、リボルバーだった。