こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
129話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 秘密基地の妙な活気
その後、シアナはベラと何度も密会を重ねた。アシルド王国を解体し、真に民のための「新しい国」をどう構築していくか、その極秘の具体策を練り上げるためだ。
現体制の王宮はあまりにも衆目が多すぎるため、二人が顔を合わせるのは、主に街の裏路地に潜む革命軍の秘密基地だった。しかし、シアナはそこへ赴くたび、華奢な腕に不釣り合いなほどの、山のように積まれた内部重要書類を抱えて現れた。
「混乱に陥った王宮の中でも、己の私欲に走らず、最期まで真面目に職務を果たしていた優秀な行政官や経済学者たちの名簿を作ってきましたわ。この方々を説得し、正式に革命軍の新たな組織側へと引き入れることができれば、今後の建国において必ずや大きな助けになります」
ベラのすぐ隣に座り、差し出された名簿に目を通していた革命軍の情報担当ヨハンが、その口元を珍しく微かに緩めた。普段は感情を一切表に出さない冷徹な彼にしては、これ以上ないほど明るく満足そうな笑みだった。
それもそのはず、シアナがこれまで命がけで持ち込んできた王宮の極秘情報や内政データのおかげで、ヨハンは平民の身分では一生かかっても決して得られなかったであろう、数十倍、数百倍もの国家運営の知識を手に入れていた。それは現在の革命軍にとって、暗闇を照らす最大の灯火となっていたのだ。
「……心から感謝いたします、シアナ姫様」
ヨハンはシアナに向かって深く丁寧に頭を下げ、至誠の礼を述べた。
「複雑な国家の財政構造の要点をここまで完璧に押さえ、実務用にまとめてくださるとは。本当に、我々には勿体ないほどの極上の資料です」
「いいえ。これらを正しく活かしてくださるヨハン様がいてくれてこそ、書類も本望ですわ」
シアナもまた、柔らかな微笑みを浮かべてそれに応じた。実に見事で、和やかな信頼の空気がそこに流れていた。
その一部始終を少し離れた席から見守っていた総リーダーのベラは、何とも言えない呆れ果てたような表情を浮かべていた。
(……とてもじゃないけれど、元王族の公女と、国を転覆させようとしていた凶悪な革命軍の密談には見えない光景ね。それに『王族の血筋など、本に挟まれて無惨に押し潰された害虫よりも虫唾が走る』と豪語していた、あの偏屈なヨハンが、あんな素直に頭を下げるなんて……)
だが、この奇妙な環境の変化は、何も室内だけに留まらなかった。
秘密基地の裏手に広がる寂れた庭園では、ベラをさらに驚愕させる、信じられないほど規格外の光景が繰り広げられていたのだ。
荒れた泥土の上にうずくまり、荒い息を吐き出す革命軍の屈強な男たちの前で、微動だにしない鉄の姿勢で佇む二人の女性――グレイスとチュチュがいた。
チュチュは、腕に分厚い大公家の会計帳簿さながらの木製ボードを抱えながら、凛とした声を響かせた。
「いいですか、皆様! 人間、強靭な体力と揺るぎない筋力さえ極限まで鍛え上げれば、この世のどんな困難であってもすべて力尽くでうまくやれるようになりますわ! それは、毎日の泥みまみれの農作業であっても、命を懸けた帝国軍との戦いであっても、根本の真理は全く同じです!」
その隣に直立していたグレイスも、深く力強く頷く。
「ええ、チュチュの言う通りよ。何事も、肉体の基礎(インフラ)をガチガチに固めることこそが一番大事だよね!」
二人の放つ圧倒的な肉体の説得力を前に、その場に集まっていた男たちは、まるですべてを悟った聖人を仰ぐかのような尊敬の眼差しで、激しく何度も頷いた。
彼らは皆、過酷な戦いの中で「圧倒的な強さ」に焦がれて生きてきた狂暴な兵士たちだ。だからこそ、その言葉通り、無駄な脂肪が一切なく極限まで引き締まった美しい筋肉と体幹を持つ二人の女性に、本能的に魅了されるのはごく自然な流れだった。
チュチュは足元に転がっていた、大人の男でも持ち上げるのが困難な岩のように巨大な石を、両手で軽々と頭上まで持ち上げながら言い放った。
「さあ! 私が直々に持ってきた特製の重石で、過酷な筋力トレーニングを始めるわよ!」
グレイスもチュチュに負けじと、さらに一回り大きな巨石を笑顔で持ち上げ、戦場のような威勢のいい声を張り上げた。
「みんな、私の動きに遅れずに付いてきて! 石を青い空に向かって思いきり持ち上げながら、腹の底から『私たちは!』、そして元の位置へ下ろしながら『できる!』よ! さあ、限界を超えて始めるよ!」
飢えていたはずの男たちは、激しい汗を流しながらも、チュチュとグレイスの完璧な制動の動きに必死に合わせて、割れんばかりの雄叫びを上げた。
「私たちは!」
「できる!」
「私たちは!」
「できる――っ!」
凄まじい情熱と男たちの泥臭い汗があふれ返る、ある種、異常に美しい光景だった。
小さな部屋の窓からその狂乱の様子を遠い目で眺めていたベラは、細い目をさらに細め、信じられないといった様子で呟いた。
「……毎日、飢えと絶望で今にも死にそうな青白い顔をしていた連中ばかりだったのに。『こんな泥船の革命軍が、本当に成功するのか?』なんて裏で愚痴をこぼしていたあいつらとは……到底思えないほどの、凄まじい活気ね」
すると、手元で凄まじい速さで書類をめくり、ペンを走らせていたヨハンが、淡々とした声で言った。
「そりゃあ、そうなるでしょう。グレイス様が、ご自身のあんなに華奢な身体をさらにやせ細らせてまで、一体どこから仕入れてきたのか、我々のために安全な食べ物や新鮮な肉を毎日大量に秘密基地へ運び込んでくれるおかげですよ。……あいつら、今日も人生で一番というくらい、腹いっぱい飯を食べられたんですからね」
「……」
ベラは、次の反論の言葉を完全に失ってしまった。
なぜなら、他ならぬ彼女自身のお腹も、今、これまでにないほど温かい食べ物でいっぱいに満たされていたからだ。ベラは自らの膨れた腹をそっとさすりながら、「ふう……」と、重く複雑なため息を軽く漏らした。
(それにしても……たった数日前とは、組織全体の雰囲気がまるで別物だわ)
シアナ姫一行が初めてこのアジトの扉を叩いたあの夜、革命軍の全体には、皮膚を刺すような刺々しい警戒と、激しい敵意が満ち満ちていた。利害の一致によって一時的に手を組む道を選んだとはいえ、彼らにとってシアナは、依然として打倒すべき憎き「敵の王族」と何一つ変わらなかったはずなのだ。
だが――。
(今は、そんな反骨の気配がまるで見当たらない。これじゃあ、下手をすれば今すぐにでも革命軍の看板なんてドブに投げ捨てて、シアナ姫個人の忠臣として命を捧げかねない節操のない連中ばかりじゃないの……)
本当に、呆れるほど胃袋を掴まれるのに弱い連中だわ。ベラは内心の割り切れない想いをごまかすように、わざとらしく舌打ちをしてみせた。
そんなベラの方へと静かに向き直り、シアナが極めて重要な事実を口にした。
「そういえば、ベラ様。帝国軍側との、これからの未来を決める正式な『外交交渉』の日取りが、先ほど完全に決定いたしましたわ」
「……っ、いつに決まったの?」
「今から、ちょうど一か月後です」
ベラは、驚愕にその両目を大きく見開いた。
「……一か月後!? 早すぎるわ。いくら何でも、あの強欲な大国がそんなに早くこちらの交渉の席に着くなんて……」
「ええ。ですが、こちらが交渉の切り札として提示しているあの『花』の価値が、帝国の予想を遥かに超えてあまりにも優れていましたから。我が方の使者が現物の一部を見せた途端、あちら側から『一刻も早く直接会って交渉したい』と、飢えた獣のように血相を変えて言ってきたのですわ」
シアナは微笑みを浮かべながら、数日前、帝国軍の最高指揮官であるダルタン将軍の前に、あの神秘的な花を初めて直に見せつけた時のことを、静かに思い返していた。
シアナが暗闇の中に輝く幻想的な花をそっと差し出した瞬間、百戦錬磨の老将軍であるはずのダルタンは、その高慢な口をあんぐりと間抜けに開けて固まった。
『……こ、これがアシルドにあるというのか。この世にあるものとは到底思えん美しさだ……。失礼ながら、無能で臆病な腐った貴族どもや、ただ飢えて泥をすするみすぼらしい平民ばかりの死に体の国だと思っていたが……まさか、これほどまでに途方もない国家級の秘宝が隠されていたとはな』
ダルタン将軍は呆然とした顔のまま、まるで何かの魔力に引き寄せられるかのように、その太い手を花びらへと伸ばした。
しかし、シアナは冬の氷のように冷静な表情のまま、即座に鉢植えを自らの華奢な胸元へと抱き寄せ、彼の無礼な手を毅然と制したのだ。
『お下がりください、ダルタン将軍。この奇跡の花は、どこまでも我がアシルド王国の絶対の財産ですわ。……もし、この花の価値を帝国がどうしても手に入れたいと仰るのなら、まずは私たちの正当な望みを、すべて無条件で受け入れていただきます』
ダルタンは、なぜ自分が占領した敗戦国の、しかも年若い王女の命令にこれほど大人しく従わなければならないのかと、内心で激しい不満とプライドの葛藤を覚えながらも、その花を力尽くで奪い取るような暴挙には出なかった。
いや、正確には「出すことなど絶対にできなかった」のだ。
なぜなら、彼の目の前でアシルドの至宝を冷酷に突きつけているこの美しい女性は――他ならぬ、世界最強の帝国における次期絶対権力者、皇太子ラシード(ラシード)が世界で最も愛する、不可侵の恋人その人だったからである。
ダルタン将軍は冷や汗を流しながら、困惑と畏怖の入り混じった複雑な表情でシアナを見つめ、低い声で尋ねるしかなかった。
『……分かりました、シアナ姫様。では、お前のその、我が国に対する具体的な『望み』とやらをお聞かせ願おうか』
シアナは、一切の迷いなく凛と答えた。
『我が国は、四半期ごとに一定量のこの奇跡の花を、帝国の医療資源として正式に皇宮へお送りいたします。……その莫大な対価の代わりとして、まずアシルドの地に新たに建てられる民のための『新国家』の建国と自治を認め、条約を締結してください。そしてその後、速やかにこの国からすべての帝国軍を無条件で完全撤退させてください』
一介の占領軍の将軍にとっては、あまりにも衝撃的で、国家の根幹を揺るがすほどの不遜な提案だった。
だが、その詳細を聞いたダルタン将軍の顔には、拒絶ではなく、むしろ救われたかのような奇妙な喜びの色が浮かび上がったのだ。
『……ふっ、はは! 我が身に拒否権がないとはいえ、我々現場の軍人にとっては、これほどありがたい提案は他にない。……シアナ姫様、実を言うと、私を含めた前線の帝国軍の兵士たちは皆、この不毛な占領地での不毛な警備に疲れ果て、一日でも早く愛する故郷へと帰りたいと神に願っているのです。家で待つ、ウサギのように愛らしい妻や、ネズミのようにちょこまかと騒がしい可愛い子供たちに、早く会いたくて仕方がありませんからな』
もちろん、前線のダルタン将軍が個人的にその提案に賛成したからといって、大帝国の外交方針がすぐに一発で覆るほど、国際政治は甘いものではない。ダルタンは所詮、一介の現場の最高指揮官(軍人)にすぎないのだ。
その代わり、ダルタン将軍は、目の前で確認した神秘的な花の治癒効果と恐るべき価値について、驚きと最大限の政治的誇張をたっぷりと交えた、これ以上ないほど熱烈な最重要報告書を作成し、帝国の首都へと送った。それも、一分一秒でも早く本国へ届くよう、最速の魔導通信と早馬を使って。
シアナは記憶から意識を戻し、じっとこちらを見つめるベラの瞳を真っ直ぐに見つめながら言った。
「ダルタン将軍は、故郷への早期撤退という明確な利害の一致から、現在こちら側にかなり協力的な姿勢を取ってくださっています。ですので、帝国の皇室から前向きな一歩の返答さえ来れば、一か月後の正式な外交交渉そのものを成功させることは、決して難しくはありませんわ」
シアナのそのあまりにも完璧すぎる段取りを聞いたベラは、なおも険しい表情を崩さず、低く呟いた。
「……お前の言うことは理解できたけれど、あの貪欲で傲慢な帝国の皇室が、そんな小国の言い分を本当に素直に、そのままハイそうですかと聞くかしら?」
シアナは、そんな不安など最初から存在しないとばかりに、泰然とした態度で頷いてみせた。
「ええ、間違いなく聞き入れますわ。帝国の肥大化した皇族や、私欲にまみれた大貴族たちというのは、世界の果てにある名前もよく知らない小国の領土や主権などという面倒なものよりも、これまでの歴史上誰も一生目にしたことのない、自らの命を永遠に繋ぎ止める『奇跡の神薬(花)』の方を、何よりも狂おしいほど欲しがる人種ですもの。……それに、何よりも……」
――その帝国の中心(皇宮)には、他ならぬ彼女の最愛の恋人、ラシード(ラシード)がいた。
ラシード(ラシード)は現在、大貴族の頂点であるアンゲルス公爵と完全に手を結び、帝国の水面下で、すべてがシアナの思い通りに、アシルドの独立が最も有利に進むよう、完璧な政治の「流れ」を構築してくれているはずなのだ。アシルド王国からもたらされた突然の破格の急報に、どれほど本国の大王妃や皇后が動揺し、不快に激昂しようとも、もはや外部から一切の口出しすらできないほど、完璧に包囲網を敷いてくれている。
(……この程度の手回しであれば、殿下の絶対的な権力を少しだけ都合よくお借りしても、神様もお怒りにはならないでしょう?)
シアナは胸の奥でそう密かに考え、ベラに向けて言葉を毅然と続けた。
「ですから、これから私たちがこの一か月間で成すべきことは、帝国がこちらの要求を呑むかどうかを無駄に心配することではありません。……あの帝国軍の老獪な外交官たちを相手に、こちらの要求を確実に一寸の狂いもなく成功させるための『完璧な建国準備』を、万全に整えることだけですわ」
ベラは、そのシアナの圧倒的な覚悟の光を宿した瞳に圧されるようにして、ただ一言、「……あぁ、分かったわ」と深く頷くしかなかった。
「……頼むから、もう、助けて……」
目の下に、炭を擦り付けたかのような濃くどす黒い隈をつくったベラは、秘密基地の木製の机に完全に突っ伏したまま、消え入りそうな声でうめくように懇願した。
一方、その真向かいに座っていたシアナは、一週間の不眠不休が嘘であるかのように、朝の光を浴びて明るい表情で微笑みながら、パチッと両手を綺麗に合わせた。
「本当にお疲れさまでした、ベラ様。これほど過酷な作業を乗り越えて、ようやく、帝国軍に突きつけるための要求書類が、一文字の隙もなく完璧にまとまりましたね」
二人は、一か月後の本番で帝国軍の全権大使に提示する、新国家の絶対条件と要求事項を整理するため、この丸一週間、ほとんど一秒も横にならずに狂ったような事務作業を続けていたのだ。
一週間と言葉で言うのは簡単だが、何十枚、何百枚もの上質な羊皮紙にびっしりと高度な外交文章を書き込み、それを何度も、何度も狂ったように見直しては、相手の裏をかくために修正を繰り返すという作業は、戦場で剣を振るうよりも遥かに脳を破壊する、凄まじい苦行だった。
途中で脳の限界を迎えたベラが、
「ああ、もうクソ面倒くせえ! このクソ帝国軍の侵略者ども、よその国で好き勝手しやがって! とっとと全軍、自分の国に帰れ! ……って、もうこのままデカデカと一行だけ書いて叩きつけてやろうか!」
と、ペンを投げ捨てて投げやりに叫ぶたびに、シアナはその都度、冷徹なほど真剣な顔で彼女を厳しく引き留めたのだ。
『いいえ、ベラ様、それは絶対に違いますわ。外交というのは、文章の書き方、言葉の言い回しひとつで、相手に与える印象が天と地ほどに大きく変わるのです。……表面上は、まるで大帝国が莫大な利益を得るように優雅に見せかけながら、その実、内側の細かい条項では、こちらの新国家が圧倒的に有利になるように罠を仕掛けておかなければいけません』
『……おい、お前、この条件じゃ、さすがに帝国側も裏に気づいて受け入れざるを得ない(怒り出す)んじゃないか?』
『……ふふ、その可能性も十分にありますわね。では、その点もあらかじめ計算に考慮して、こちらの文言の逃げ道を少しだけ調整しておきましょう』
……その姿は、およそ浮世離れした気高き王室の姫君などではなく、大陸の裏社会を何十年も生き抜いてきた、冷酷で老獪な巨大商人のそれだった。
シアナは、最後の最後まで書類の一字一句を入念に見直し、本当に満足そうに美しく微笑んだ。
「よし、この内容の半分でも条約として実現できれば、あの花一輪だけで得られる外交的価値としては、歴史上、最大限の戦果と言えるでしょう」
そんなシアナの、底の知れない横顔を間近で見つめながら、ベラは思わず生唾をゴクリと飲み込んだ。
(……あんなに可憐で、何も知らない無垢な子供のような顔をしているっていうのに。その小さな頭の中では、こちら側に一欠片でも多くの利益が転がり込んでくるように、四六時中えげつない計算を繰り返しているなんて……。神様、こいつを敵に回したら、絶対に一番厄ガタ(厄介)で恐ろしいタイプだわ……)
そんなベラの内心の戦慄を知るはずもないシアナは、いつも通りの落ち着いた声で、これからの戦略を告げた。
「これで、交渉の中身(コンテンツ)は完璧に整いましたわ。残りの期間で私たちが全力でやるべきことは……アシルドの地で、できるだけ多くの人々に、新しい国の建国を熱狂的に支持してもらうための空気を作ることです」
幸い(?)なことに、かつての腐敗しきったアシルド王国に激しい不満と絶望を抱いていた平民たちは、新国家という新しい光への期待が、日に日に高まっていた。
中には、未だに「旧王国」の血統主義を盲信して革命軍に激しく反発する頑固な民たちも一部いたが、唯一生き残った正統なる王族であるシアナ姫その人が、自ら革命軍の神輿(側)についたという決定的な事実が街に知れ渡れば、そんな民たちの不満の波も、多くは自然とこちら側へと好意的に流れてくるはずだった。
そうなれば――残る敵対勢力は、ただ一つ。
旧王国で民を搾取し続けてきた、利権まみれの「貴族たち」である。
ベラは太い眉をひそめて、嫌そうに言った。
「あの王国で長年甘い汁を吸い尽くしてきた強欲な連中が、自分たちの特権を奪うような新しい国の建国に、大人しく賛成するわけがないでしょ。……いっそ、あんな骨意地(骨抜き)の貴族どもが裏でいくら騒ごうが暴れようが、完全に虫ケラみたいに無視して進めればいいんじゃないの?」
しかし、シアナは静かに首を横に振った。
「いいえ。彼らがどれほど醜く腐っていようとも、未だアシルド王国を構成する重要な一員であることは事実ですわ。それに、あの利権に執着する貴族たちを完全に放置したまま建国を進めれば、今後の新しい国政において、必ずや致命的な支障(テロ)が出ます」
何かにつけて、新国家の建設や近代化の改革を、陰湿な手段で徹底的に妨害してくるに違いなかった。
そうだ。どうにかして新しい国が表面上成立した後であっても、彼らは新国家の体内に深く潜む「毒」のように機能し、国が弱まるその一瞬の機会を突いて、再び国を内部から滅ぼそうと画策するに違いないのだ。そんな恐ろしい爆弾を、これからの未来に放置するわけにはいかなかった。
「貴族たちの処理に関する問題は、すべてこの私が個人的に引き受けますわ。……ベラ様は革命軍の皆様とともに、アシルドの民衆全員が『新国家の建国を、自らの命に代えても強く望む』という、圧倒的な熱狂の空気を作ってください」
そう一気に言い終えると、シアナは優雅な動作で椅子から立ち上がった。
それまで机に顔を半分うずめて疲れ果てていたベラが、その気配にぱっと勢いよく顔を上げる。
「え、おい……もう行くの?」
「ええ。数日後に、国内の主要な貴族たちを全員一堂に集めて、直接話し合う(脅しをかける)予定があらかじめ組んであるのです。そのための、最終的な舞台装置の準備をしなければなりませんもの」
その言葉を聞いたベラは、さすがに正気を疑うように眉をひそめた。
「お前……一週間ずっと丸々徹夜して、一秒も寝てないんだぞ? なのに、ここを出て、まだ別の準備をする気!? そんなことより、一時間でもいいから今すぐそこらのベッドで少しは休んだらどうなの?」
シアナは、まるで世界の終わりにある想定外の、思いがけない言葉を聞いたかのように、その丸い両目を大きく見開いた。本当に、不思議そうに。
そして、その目をわずかに優しく細めながら、小首を傾げて問いかけた。
「……ベラ様。今、もしかして私の身体のことを、純粋に心配してくださっているのですか?」
ベラは自分の本音を見透かされたことに気づき、即座に顔を真っ赤にしてこわばらせた。
「は、……はあ!? な、何勘違いしてんのよ! 普通の人間なら、目の前で死にそうな奴を見たときに当たり前に抱く、ただの一般的な感情よ! 私だってこれだけタフなのに頭がぼーっとして、身体に一ミリも力が入らないっていうのに、お前みたいなか弱いお姫様は、もっと酷い限界の状態でしょ! ちゃんと休まないと、溜まった疲労が一気に爆発して、ある日突然バタッと倒れて死ぬかもしれないのよ!? ……それでもいいわけ!?」
目の下に凄まじい隈を作ったままのベラは、精一杯の厳しい表情でそう必死に言い聞かせたが、シアナはそんな彼女の不器用な優しさが嬉しかったのか、あっけらかんと鈴を転がすように笑ってみせた。
「ふふ、大丈夫ですわ。私、こう見えて昔から身体だけは、異様なほど頑丈にできているのです。……でなければ、同期の二人のうち一人が過酷さで夜逃げを果たすという、あの悪名高き『帝国皇宮の最下層見習い侍女期間』なんて、到底生きて乗り切れるはずがありませんでしたもの」
そう、何気なく笑って言ってしまった直後――シアナは、ハッと我に返って目を見開いた。
ベラは、シアナが過去に帝国でどのような生活を送っていたのか、ダルタン将軍からの報告書でその大まかな事情は知っていた。それでも、かつて敵国の皇宮で、一国の王女でありながら奴隷のように侍女として働いていたという残酷な過去の事実は、本来、本人がこれほど平然と笑顔で口にできるような軽いものではなかったはずなのだ。
恥ずかしそうに、自らの失言を後悔するように細い唇をきゅっと結んだシアナの顔を、ベラはしばしの沈黙の後、じっと見つめながら静かに尋ねた。
「……一つだけ、お前に真面目に聞いてもいい?」
「……はい、何かしら」
「お前は、アシルドの正統なる王女だったはずだろ。……なのに、どうして、わざわざ自分から進んで敵国(帝国)の、あんな底辺の侍女なんかになったんだ?」
たとえ、敵軍の圧倒的な軍勢に王宮を蹂ンジ(蹂躙)された、極限の混乱の時期だったとしても、彼女は一国の王女だった。プライドを捨ててまで、なぜそんな最悪の選択を自ら下したのか、ベラにはどうしても理解できなかったのだ。
(巷の噂通り、帝国の皇太子と一目で激しい恋に落ちて、国を売ってでも男に付いていきたかったから? それとも、この荒れ果てた貧しい祖国を見捨てて、華やかな大帝国のきらびやかな生活に、一人だけで逃げ込みたかったからなの?)
しかし、返ってきたシアナの本当の答えは、ベラの歪んだ予想とは、まるで根本から違っていた。
「……ただ、生きたかったのです」
そして、消え入りそうな小さな声で、ポツリと続けた。
「……この国を捨てて一人で生き延びてしまって、本当に、すみません」
「……!」
ベラは、驚愕にその両目を大きく見開いた。
そんなベラに向かって、シアナはいつものようにスカートの裾をそっとつまむと、優雅に、美しく、軽く一礼をして、そのまま秘密基地の暗闇の奥へと去っていった。
ベラが我に返ったときには、すでにシアナの温かい姿はそこにはなく、部屋の扉が静かに閉まる音だけが響いた。
「……」
ベラは複雑な、胸を締め付けられるような表情のまま、シアナが先ほどまで座っていた、誰もいないがらんとした場所をじっと見つめ続けた。
机の上には、彼女がこの一週間、自らの命の蝋燭を削るようにして積み重ねてきた、凄まじい努力の痕跡である山のような書類だけが、静かに残されていた。
シアナは、あのガタガタと音を立てる古びた木製の椅子に座り、疲労で意識が遠のきそうになる中、背筋だけは常に定規で測ったかのようにぴんと真っ直ぐに伸ばしたまま、何百回、何千回と、一文字ずつの書類の修正をただ黙々と繰り返していたのだ。
最初は、その姿を見て、
(……本当に、どれだけ疲れていようが、あんなに寸分の狂いもなく気高く座っていられるなんて。つくづく、育ちの良い本物の『王女様』ってやつは反吐が出るわ)
と、皮肉混じりに思っていた。
だが、丸三日を過ぎる頃には、
(こいつ……見た目の華奢さに反して、ものすごい、執念に近い集中力だわ。一体どうして、眠くすらならないの?)
と、その異常性に恐怖すら感じるようになっていた。
そうして――すべての真実を聞いた、今。
ベラは、自らの震える唇を噛み締めながら、ぽつりと呟いた。
「……ああ、そうか。お前は、ただ必死だったのね」
まるで、過去に自分が無力さゆえにこの国を捨てて逃げ出してしまったという、その消えない大罪(過ち)を、この新しい国を創ることで、少しでも命を懸けて埋め合わせようとするかのように。
ベラは、自らの唇から血が滲むほどに強く噛み締めた。
これまでの人生、どれだけ打ちのめしても、どれだけ残酷に呪っても足りないほど王族という人種を心の底から激しく憎み続けていたはずなのに――。
今、この瞬間だけは、目の前から消えたあの小柄な少女に対して、そんな醜い憎悪の感情なんて、ほんのわずかであっても、一欠片も抱きたくないと、魂の底から思ってしまったからだ。