こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
130話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 自由への咆哮
国都の広場を埋め尽くした何万もの民衆を前に、ベラと革命軍の幹部たちは演台に立ち、張り裂けんばかりの声を張り上げた。
「王族や貴族、選ばれた一部の特権階級の贅沢のために、我ら何万人もの平民が地獄のような苦しみを味わってきた暗黒の時代を、今こそ我らの手で終わらせよう!」
「飢えにやせ細って死んでいく我が子をただ見つめるのではなく、腹いっぱい食べて笑顔で笑う子どもをこの腕に抱きしめられる世界! 昨日よりも良い明日を、誰もが当たり前に夢見られる――そんな、真に民のための新しい国を作ろう!」
血の滲むような叫びは民衆の魂を激しく揺さぶり、地鳴りのような大歓声となって小さな王国のあちこちへ響き渡った。
しかし、その熱狂の渦に紛れていた一人の若い女性が、不安げに肩をすくめ、隣に立つ友人の耳元でそっとささやいた。
「ねぇ……こんなふうに平民が集まって、大声で『新しい国』なんて叫んで、本当に大丈夫なの?」
女性の視線は、遠くに見える白亜の王宮へと向けられていた。実質的にあの宮殿を武力占拠している無慈悲な帝国軍が、平民たちのこの不穏な大騒ぎを黙って見過ごすはずがない――彼女の瞳には、そんな根深い恐怖が宿っていた。
だが、友人は力強くうなずき、彼女の肩を叩いた。
「心配ないわよ。今の革命軍の背後には、あのシアナ姫様がついているんだから」
国が滅びたあの日、行方不明になり死んだと噂されていたアシルンド王国の最後の公主、シアナ。彼女が最近になって奇跡的に姿を現したという知らせ以上に民衆を驚かせたのは、彼女の取ったあまりにも大胆な行動だった。
現体制を維持すべき血統であるはずの王女が、あろうことか現体制を打倒せんとする革命軍を、公式に全面支持したのだ。
それでも女性は眉の曇りを消せず、再び唇を尖らせた。
「お姫様がついているって言ったって、たった一人の小さな女の子でしょ? それで一体、何が変わるっていうの――」
「変わるのよ! あの姫様はね、私たちが想像もできないような、とんでもなく強大な後ろ盾を持っているんだって。あんた、あの噂を知らないの?」
「え、噂? どんな噂よ」
友人は周囲を警戒するように素早く見回すと、さらに声を潜めてささやいた。
「あの美しく気高いお姫様はね、帝国の最高権力者である『皇太子殿下』と、深い特別な男女の関係にあるらしいのよ。だから、あの恐ろしい帝国軍の将軍たちも、姫様の顔色だけは窺わざるを得なくて、革命軍に手出しができないんだってさ」
思いもよらない宮廷の秘話に、女性は驚きで丸く目を見開いた。
「な、それ本当なの!?」
「さあね? 貴族たちの作った嘘だって笑う人もいるけど、私は本当だと思うわ。だって、ついこの前まで帝国軍の目を盗んで、ネズミみたいにコソコソ慎重に動いていた革命軍が、姫様が戻ってきた途端、急にこうして堂々と広場で声を上げるようになったじゃない」
女性は半信半疑のまま、ごくりと唾を呑み込んだ。
「でも……だったらどうして姫様は、自分たちの特権が消えちゃうような『新しい国』を作るのに協力しているのかしら? 本来なら、王国の消滅を一番強く反対しなきゃいけない立場の人なのに」
「さあね。私みたいな明日のパンにも困る無知な女に、雲の上のあの方の高潔な考えなんて分かるわけないでしょ」
ぶっきらぼうにそう言った友人は、けれどその瞳を少年のようにキラキラと輝かせながら言葉を続けた。
「でもさ、結果的には私たちにとって最高にいいことじゃない? 革命軍の言う新しい国ができれば、少なくとも、毎日骨が壊れるまで働いても一日一食の粥すら食べられなかったあの地獄の頃よりは、ずっとマシになるわ」
一日に三食、誰もがきちんと白いパンを食べられる生活。
それはあまりにもささやかで、けれど彼女たちにとっては命を懸けるに値する切実な夢だった。
女性は友人の真っ直ぐな言葉に、深く深くうなずいた。
やがて不安の霧を振り払った二人は、歓声のなかに身を投じ、革命軍のシュプレヒコールに合わせて口を大きく開き、全力で叫び始めた。
「私たちの新しい国を作ろう――!」
平民たちの熱気が国都を包み込んでいく一方で、それとは正反対の重苦しい不穏な空気に包まれている者たちがいた。
特権を奪われまいとしがみつく、王国の貴族たちだった。
きらびやかな金や豪奢な宝石で彩られた王宮の最高会議室には、シルクやベルベットの絢爛な衣装に身を包んだ領主たちが集まっていた。シアナ姫からの突然の「招待」を受けて集まった貴族たちである。
だが、その着飾った外見とは裏腹に、彼らの表情は一様に暗く沈んでいた。
死んだはずのシアナが生きて戻ってきたうえ、帝国の冷徹なる皇太子ラシドの最愛の恋人になったという驚天動地の噂。情報網を通じてその報を初めて聞いたとき、彼らは思わず勝利を確信し、豪奢なワイン杯を高く掲げたものだった。
(これで最悪の帝国軍の顔色を窺う必要はなくなる! シアナを操れば、アシルンド王国は再び我らのものとして栄華を極めるぞ!)と。
しかし、その浅ましい喜びは長くは続かなかった。
一人の恰幅のいい貴族が、怒りに任せて大理石のテーブルを拳で叩きつけ、激しい声を荒らげた。
「よりによって、あの小娘が! 新しい国だのと寝言を口にする革命軍の不届き者どもに加担するとは……いったいどういうつもりなのだ! 我らを見捨てる気か!」
「国王陛下と王妃陛下がご存じの頃、シアナ姫にだけは比較的、穏やかに接しておられたはず。親の恩も忘れ、幽閉生活の不満を八つ当たりするように、このような王家への裏切り行為をなさっているのではないか?」
その身勝手な言葉に、周囲の貴族たちも口々に醜い同意を重ねた。
「まったく、仮にも王家の血を引く姫君ともあろうお方が、あんな泥泥の平民どもと泥にまみれるなど、軽率で下品な行動が過ぎるというものだ!」
貴族の中でも比較的理性的であり、一族の重鎮とされるアクテール侯爵が、不快そうに額を押さえながら低くうめいた。
「どうせ生き延びたところで、我らの利権を脅かす有様なら……いっそあの終戦の夜に、帝国軍の手で静かに死んでいてくれたほうが、どれほど王家のためであったか……」
老侯爵の放った非情で重苦しい言葉に、豪華な場はしんと静まり返った。しかし、誰一人としてその不敬極まる発言をたしなめる者はいなかった。それほどまでに、シアナに対する彼らの怒りと、思い通りにならない失望は大きかったのだ。
何より、貴族たちのなかでのシアナに対する評価は、戦前から目も当てられないほど低かった。
(ふん、名前だけは一端の姫だが、あの小娘に何か一つでも取り柄があったか?)
城の外にほとんど出されることのなかったシアナの姿を見られるのは、王宮で開かれる大宴会のときくらいだった。そのたびにシアナは、華やかな中心から外れた薄暗い壁際にひっそりと立ち、怯えたように周囲の貴族たちの顔色を窺ってばかりいた。
やがて、何かしらの些細な理由をつけては、残虐な新王妃に大勢の前で激しく叱責され、それを見た国王は面倒そうにため息をつき、貴族たちはワインを片手にくすくすと嘲笑を浮かべていた。
それでも、幼いシアナは一度も怒りの声を上げず、泣き喚くことすらなかった。ただ、すべてを諦めたような無気力な笑みを浮かべて耐えていた。
その哀れな姿を見て、貴族たちはみな一様に蔑んでいたのだ。
(あれは、陛下の作ったただの愚かな、飾りの姫君だ)と。
一人の貴族が、過去を思い出して鼻で笑いながら言った。
「そんな無能な姫が、よりによって帝国の皇太子殿下の恋人だと? 笑わせるな」
「まったく、どうやってあの冷徹無比な皇太子の心をたぶらかしたのか、さっぱり分かりませんな。顔立ちは多少愛らしいとはいえ、大陸一の男が一目で理性を失うほどの傾国の美貌でもないでしょうに」
「まぁ、生き延びるためなら枕営業でも何でもしたのでしょう。無能は無能なりに、昔から他人の顔色を窺って機嫌を取る卑しい腕だけは、それなりに磨いていたようですからな」
「つまり、王女の気高い身分も忘れて、祖国を滅ぼした敵国の皇太子に尻尾を振って命乞いをしたというわけですか。下劣極まりない話だ」
貴族たちは露骨な悪意と侮蔑を隠そうともせずに言い合い、そうして互いの言葉に傷を舐め合わせることで、シアナに対して本能的に抱いていたわずかな恐怖と警戒心を薄めようとしていた。
怒りと傲慢さに満ちた顔で議論を交わしながら、やがてアクテール侯爵がギラついた目で言い放った。
「気品も威厳もないただの飾りだった姫君に、これ以上好き勝手に我が国を弄ばせるわけにはいかん」
「まったくその通りです。これまでは姫が沈黙を守っていたから見過ごしてやりましたが、今日この場できっちりと上下関係を教え込み、決着をつけましょう」
「一体、王家に対してどれほどの不忠の罪を犯されたのか……だからこそ我々がどれほど怒っているか、思い知っていただきましょう!」
彼らが傲慢な決意を固めた、まさにその時だった。
「――シアナ・アシルンド王女殿下、ご入場です!!」
天幕を震わせるような、侍女の凛とした鋭い声が会議室に響き渡った。
貴族たちは待っていたと言わんばかりに、獲物を狙う鷹のように目を鋭く光らせ、口を固く結んだ。シアナが現れた瞬間、数の暴力で一斉に詰め寄り、精神的に叩き潰して操り人形にするつもりだったのだ。
かつて、あの我儘な新王妃を裏でコントロールしたときのように。そして、彼女もまた昔のように、怯えながら必死に自分たちへ弁解するだろうと、誰もが疑っていなかった。
だが――。
コツ、コツ、コツ……。
硬い大理石を叩く、一定の冷徹な靴音とともに現れた女性の姿を見た瞬間、貴族たちの目論見は木端微塵に打ち砕かれた。
そこにいたのは、彼らの知る「怯えた、哀れなシアナ」などでは、決してなかった。
夜の闇よりも深い、重厚な紺色のイブニングドレス。
一切の動揺を許さない、きりりと吊り上がった氷のように鋭い眼差し。
鮮やかに、血のように赤く引かれた傲然たる唇。
まるで地獄の底から、自分たちを支配するために這い出てきたかのような、禍々しいほどの圧倒的な美貌と威厳をまとった「女王」が、そこに立っていた。
貴族たちはそのあまりの変貌と気迫に気圧され、呆然と口を開けた。
「し、シアナ王女……殿下……?」
一人の貴族の口から、信じられないといった掠れた声が漏れる。
その瞬間、シアナのすぐ背後にギチギチと音を立てて控えていた、肩幅の広い大柄な侍女の一人が、冷ややかな表情のまま鞭のような声で叱りつけた。
「――王女殿下の直々の許しもなく、誰が勝手にその汚い口を開いて良いと言った?」
「……っ!?」
獣に睨まれたかのような凄まじい肉体的威圧感に気圧され、発言した貴族は思わず背筋を凍らせて口を閉ざした。
誰もが呼吸を忘れるほどの息苦しい沈黙の中、シアナは静かに、気高く歩みを進める。
そして――彼女が当然のように優雅に腰を下ろしたのは、驚くべきことに、会議室の中央、かつて絶対権力者たる国王だけが座ることを許された、黄金の「玉座」だった。
貴族たちの目が、激しい動揺に拒絶反応を起こして揺れる。そこは、臣下である彼らにとって聖域とも言える、絶対的な王の席だったからだ。
貴族たちの最前列にいたアクテール侯爵が、苦虫を噛み潰したような険しい表情で一歩前に出た。
「王女殿下。まずは正式なご挨拶の前に一言、我ら貴族を代表して、発言の許可をいただけますでしょうか」
シアナは玉座の肘掛けに頬杖をつき、冷たく見下ろした。
「……許可します。言いなさい」
「……っ!」
アクテール侯爵をはじめ、背後の貴族たちは再び驚愕に目を見開いた。
シアナの放ったその声が、以前の彼女とは完全に別人のものだったからだ。
かつて彼らの機嫌を窺っていた頃の、春風のように弱々しく柔らかかった声は消え失せ、今や万物を凍凍とさせる冬の猛吹雪のように、冷ややかに研ぎ澄まされていた。
(本当に……本当にあれがあのシアナなのか!?)
外見の造作や、夜空のような髪、エメラルドの瞳、小柄な体つきこそ同じだが、まとうオーラがあまりにも違いすぎる。アクテール侯爵の胸に、初めて本物の困惑がよぎった。
だが、ここで怯むわけにはいかない。彼は老骨に鞭打ち、重々しく、非難を込めて口を開いた。
「いかに王族の生き残りである王女殿下といえど、崩御された国王陛下の神聖なる玉座に、無断でお座りになるのは法に反します。今すぐその隣にある、臣下の席へお移りください」
王の椅子は、常に偉大なる王のためだけにあるもの。たとえ王が不在であろうと、あるいはこの世にいなくなっていたとしても、臣下がその絶対的なルールを破ることは許されない――それが彼らの誇る「伝統」だった。
だが、シアナは激しい指摘に動揺するどころか、妖艶にその赤い唇をわずかに吊り上げ、鼻で笑った。
「私は、このアシルンド王国において、現在唯一生き残った正統なる王族です。血が途絶えたこの地で、私がこの席に座れない法的な理由が、一体どこにあるというのですか? 言ってみなさい、アクテール侯爵」
「……っ!!」
あまりにも断定的で、隙のない言葉の刃に、貴族たちは一斉に息を呑んだ。
確かに「最後の王族」という事実の前には、いかなる宮廷の古い形式も無力だった。
ようやく我に返った貴族たちが、数の優位を取り戻そうとシアナを問い詰めようと前へ出る。
だが、玉座から彼らを一瞥したシアナの眼差しが、それを物理的に許さなかった。
見下ろすそのエメラルドの瞳は、冷酷なまでに鋭く、冷徹で、誰一人として軽々しく口を開けばその場で首をはねられるかのような、絶対的な死の空気を支配していたのだ。
それは、シアナの瞳に宿る精神の力が、彼らの想像をはるかに超えて強かったからに他ならない。
貴族たちは、そのデジャヴを感じる視線の恐ろしい意味を、骨の髄までよく知っていた。
(この……この蛇に睨まれたような感覚は、まるで……生前の、あの残虐だった王妃様のようだ……)
いつの間にか、彼らの高慢だった目に宿っていたのは、怒りではなく、本能的な「恐怖」だった。
その目に見える動揺を五感で察知し、シアナは心の中で冷ややかに小さく笑った。
かつてアシルンド王国で、傲慢な貴族たちが唯一、命惜しさに本気で恐れていた存在。それは他でもない――あの狂気の精神を持った新王妃だった。
彼女の残虐さと気性の激しさは、全土に広く知れ渡っていた。人前でもお気に入りの鞭を振るい、時には大貴族にすら容赦なく怒りをぶつけ、自らのプライドをわずかに侮辱したというだけの理由で、侯爵クラスの首を平気で落とさせた。
(骨の髄まで恐怖とともに刻み込まれた支配の記憶は、そう簡単には消えないものね)
それをあらかじめ計算していたからこそ、シアナはあえて普段はしない濃い悪女のような化粧を施し、感情を殺した冷酷な表情を作っていたのだ。――まるで、かつて自分を虐げた、あの新王妃の亡霊そのもののように。
結果は――思い通り、上々だった。
これまでシアナを無能だと見下し、陰で嘲笑していた目の前の老人たちが、今は青ざめて顔を強張らせ、言葉を失っている。
(さっきまで廊下で私の悪口を叩いていた、あの威勢のいい余裕は一体どこへ行ったのかしら)
内心で嘲笑を浮かべながら、シアナは哀れな彼らを見下ろした。
張り詰めた静まり返る空気を、今度はシアナの左右に守護神のように控えていた二人の侍女が破った。短く髪を切りそろえた、仕立ての良いドレスの侍女が、鋭い視線で貴族たちを射抜く。
「アシルンド王国の貴族というのは、最低限の王宮の礼儀すら親から教わらなかったのですか? 王女殿下をお迎えしておきながら、臣下としての挨拶もせずに、何をマヌケにぼさっとしているのです」
隣の大柄な侍女も、低く地響きのような言葉を重ねた。
「まったくです。ただの着飾った豚のように集まっているだけですか。見苦しい」
「……っ!?」
たかが侍女の発言とは到底思えない、あまりにも不遜で、容赦のない侮辱の言葉だった。
しかし、いつもなら「無礼者!」と激昂するはずの貴族たちは、誰一人としてその暴言に反論することができなかった。なぜなら、二人の侍女が身にまとっているのは、アシルンドのどんな高級店でも仕立てられない、明らかに帝国宮廷式の最高級ドレスだったからだ。そのうえ、訓練された騎士のような鋭い視線や口調には、一切の隙がない。
(……間違いない。あの二人は、帝国の高位貴族の武官だ……!)
そう確信した瞬間、貴族たちの顔色がさらに一段と青ざめた。帝国の影が、目の前の少女の背後にべったりと張り付いていることを思い知らされたのだ。
彼らは慌てて、これまでの傲慢さをかなぐり捨てて深く腰を折った。
「シ、シアナ王女殿下に……心からの挨拶を申し上げます」
床に額が届くほど頭を垂れたままの彼らを、シアナはしばらくの間、あえて何の言葉もかけずに無言で見下ろしていた。静寂が彼らの精神をガリガリと削っていく。
そして、絶妙な頃合いを見計らって、冷たく口を開く。
「顔を上げなさい」
「……」
ようやく顔を上げた貴族たちの表情は、赤くなったり青ざめたりと、ひどく醜く取り乱していた。
(さっきまであんなに威張っていたのに、ずいぶん見苦しい犬のようね)
内心で冷ややかに笑いながら、シアナは淡々と続ける。
(私一人に対しては傲慢に出るくせに、帝国の強大な影がチラついた途端にこれ。本当に、哀れな生き物たちだわ……)
そのあまりの滑稽さに、もう少しいたぶって追い詰めてやりたいというサディスティックな衝動が首をもたげたが、シアナはすぐにそれを胸の奥に押し殺した。今日は、この無能な貴族たちをただからかって遊ぶためにわざわざ場を設けたわけではない。
――彼らから、完璧に「新国家への服従」を手に入れる。その目的のために来たのだ。
シアナは静かに口を開いた。
「王宮に戻ってから、皆の謁見の申し出はすべて確かに受け取っていました。ですが、新国家の基盤構築に多忙を極めていたため応じられず……本日ようやく、こうして場を設けることができました。待たせたことは理解しなさい」
言葉の形式こそ丁寧だったが、そのエメラルドの瞳には欠片も詫びる色などなかった。
“私が忙しいのだから、待つのは当然でしょう”と言わんばかりの圧倒的な傲慢さだった。
その無慈悲な視線を受け、貴族たちの顔が屈辱に歪む。
やがて、最も険しい表情で耐えていたアクテール侯爵が、絞り出すように口を開いた。
「我々も国難の事情は理解しております。殿下が様々な困難を乗り越え、無事に帰還されたことも……アシルンドの臣下として、これ以上の喜びはありません。……ですが――」
侯爵はわずかに間を置き、声を低くして本音をぶつけた。
「殿下の、帰還されてからのそのお振る舞いには……我ら伝統ある貴族一同、失望せざるを得ませんでした」
シアナは睫毛すら揺らさず、瞬き一つせず問い返す。
「何が、それほど不満なのですか?」
苛立ちを隠そうともしなくなったアクテール侯爵は、玉座のシアナを鋭く睨みつけ、ついに声を荒らげた。
「姫君が! あの泥棒や浮浪者の集まりである、取るに足らぬ下品な革命軍どもに全面肩入れなさったからに決まっているでしょう!!」
「……」
「先ほどご自身で仰った通り、姫君はアシルンド王家最後の正統なる生き残りだ! この国と、我ら貴族の特権を守る絶対的な義務と責任がおありのはずだ! それなのに、なぜあのような反逆者どもを肯定する行動をなさる!? まさか、祖先が築いたこの神聖なる大地を切り刻み、跡形もなく滅ぼしてしまいたいとでもお思いですか!」
怒りに震える老侯爵の声には、特権を失うことへの焦りと、激しい非難が色濃く滲んでいた。その背後では、数十人の貴族たちが一様に目を血走らせ、ただならぬ殺気にも似た気配を放っている。
だが、シアナはまるで風にそよぐ草を見るかのように、意に介さない様子で静かに、けれど部屋の隅々まで通る声で言い放った。
「――この腐りきった大地を救うために、私はあの選択をしたのです」
「……何ですって?」
目を見開いた侯爵に向かって、シアナは玉座から身を乗り出し、冷徹に言葉を続けた。
「侯爵も、そこに並ぶ皆さんも、本当はとっくにご存じのはずでしょう? この国が、長い年月をかけてどれほど無惨に内部から腐敗してきたかを。王族も貴族も、民を守るという本来の役目を忘れ、どうやって彼らから血の一滴まで搾り取り尽くすか、そればかりを考えて贅沢に耽ってきた。民は今日飢え死にしても悔いがないと思うほど、絶望に満ちた日々を必死に耐えてきたのです」
権力者たちの度重なる汚職、暴虐、度を越した贅沢、そして果てしない底なしの強欲。そこに残っていたのは、もはや国などという高尚なものではなく、ただのシステム化された「搾取の器」に過ぎなかった。
「希望も正義も、慈悲すらも、すでにこの王国には一欠片も残っていません」
そう言って、シアナはゆっくりと、冷酷な美微笑を浮かべながら唇を開く。
「だから私は――地獄よりも惨いこのアシルンド王国に、私の手で完全なる『終わり』をもたらします。それこそが、この国に最期に残された唯一の王族――シアナ・アシルンド・フォン・シルリテが、歴史において果たすべき、唯一の神聖なる役目です」
「……っ!!」
あまりにも断固とした、揺るぎない滅亡の宣言に、その場にいたすべての貴族たちは言葉を失い、恐怖に息を呑んだ。
彼らは、つい先ほどまで、シアナのこの一連の過激な行動を、せいぜい「個人的な復讐心によるもの」だと高を括っていたのだ。自分を長年苦しめてきた王宮や貴族たちへの反発心――その子供じみた嫌がらせの延長で、一時的に革命軍に肩入れして自分たちを脅しているだけだ、と。
だからこそ、ある程度こちらが下手に出て彼女の溜飲を下げてやれば、いずれは寂しさに態度を翻し、再び自分たち貴族の側に戻ってくるはずだとも思っていた。その後で、用済みの革命軍など帝国軍の力で切り捨てればいい、と。
王国唯一の気高い姫にとって、「民の新しい国」を掲げる泥臭い連中など、所詮は政治の道具に過ぎないはずなのだから。
――だが、違った。
シアナの瞳は、本気だった。彼女は魂の底から、古い王国の完全なる消滅と、平民たちの新たな国の誕生を望んでいた。
その歪みのない残酷な事実は、利権にしがみつく彼らにとってあまりにも致命的な衝撃だった。
アクテール侯爵の指先が、激しい怒りと、完全に裏切られたという絶望にガタガタと震え出す。
「どうして……どうして王家の血を引きながら、そこまで恐ろしい売国奴のような考えに至ったのか、私には到底理解できん! ですが一つだけ確かなことがあります。このまま平民の言いなりに進めば、姫君は必ず後悔なさる! 我ら伝統ある貴族が全財産と兵力を合わせ、何としてもその愚行を力ずくで阻止いたす!!」
数十人の大貴族の意地を背負った、決死の威圧的な宣戦布告だった。
だが――シアナはただ、美しく微笑んだ。
まるで、羽虫が羽音を立てて吠えているのが、たまらなく滑稽だと言わんばかりに。
「止めたいのであれば、どうぞご自由に。あなたたちの全戦力で、私に抗ってみせなさい。……ただし、一つだけ、今ここで絶対に覚えておきなさい」
そう言って、シアナはゆっくりと、獲物の喉元を定めるように視線を落とす。
「新しい国が生まれれば、これまでの特権は多くが、跡形もなく消え去ります。そして……その新国家において、反逆者として真っ先に処刑され、家系ごと消えるのは――国の未来を阻み、特権に守られて贅沢を享受し続けようとする、そこにいる貴族の家々です」
「……っ!?」
「ただし……」
シアナは楽しげに指先を動かした。
「新国家の建設を今この場で自ら支持し、速やかに恭順の意思を示す賢い者には、私から多少の『配慮』をして差し上げましょう。身分が平等の世界になろうとも、その伝統ある『爵位』と『家名』の誇りだけは、歴史に残して差し上げます」
それは慈悲などでは到底ない。
従わぬ者を完璧に抹殺するための、冷徹なる「選別の宣告」だった。
剥き出しの、逆らえば死を意味する絶対的な脅迫。
「公……公女、貴様ァ!!」
怒りと恐怖に狂ったアクテール侯爵が、我を忘れて玉座へ掴みかかろうと言葉を発しかけた、まさにその瞬間だった。
シアナが、すっと白い優美な手を上げた。
「結構です。あなた方の見苦しい言い訳など、これ以上一言も聞く必要はありません。どうせ中身のない、自己保身ばかりの退屈な言葉でしょうから」
「しかし……!」
次の瞬間、シアナの両脇に控えていた二人の大柄な帝国式ドレスの侍女が、床を鳴らして同時に一歩前に出た。
彼女たちは、ドレスの袖から見える隆々とした強靭な腕をこれ見よがしに鳴らしながら、空気を震わせる低く鋭い声を響かせた。
「――口を慎め。これ以上、姫君の尊いお言葉に口答えをする不敬を働けば、身の程をその肉体に直接教えてやろう」
今にも、誰かがこれ以上一言でも文句を口にすれば、帝国の武力によってその場で文字通り叩き伏せられ、圧殺されそうな暴力の威圧。
最高会議室に、張り詰めたガラスのような冷たい静寂が落ちる。
その完全なる支配の中で――シアナはゆっくりと、至高の笑みを浮かべた。
「私は、この国の未来を、これ以上あなたたちの都合で曖昧に終わらせるつもりはありません。ですから――私と共に、過去を捨てて新しい国の建設を望む賢明な方は、一週間以内に私の私室へ、直筆の誓約の書簡をお送りください。……それまでに明確な意思を示さない家門は、私とは別の道――すなわち、新国家の敵としての破滅を選んだものと見なします」
シアナは、それ以上の具体的な脅しを口にしなかった。
だが、それで十分すぎるほどだった。
玉座に座るその小さな少女の声には、逆らう者を一族ごと歴史から消し去るだけの、確固たる未来への確信と、絶対的な威圧が宿っていたからだ。