ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜

ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜【36話】【リメイク】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜」を紹介させていただきます。

今回は36をまとめました。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜」を紹介させていただきます。 ネタバ...

 



 

どういう訳か小説の中の悪の一族、アグリチェ一家の娘「ロクサナ」に生まれ変わっていた!

アグリチェは人殺しをものともしない残虐非道な一族で、ロクサナもまたその一族の一人。

そして物語は、ロクサナの父「ラント」がある男を拉致してきた場面から始まる。

その拉致されてきた男は、アグリチェ一族とは対極のぺデリアン一族のプリンス「カシス」だった。

アグリチェ一族の誰もがカシスを殺そうとする中、ロクサナだけは唯一家族を騙してでも必死に救おうとする。

最初はロクサナを警戒していたカシスも徐々に心を開き始め…。

ロクサナ・アグリチェ:本作の主人公。

シルビア・ペデリアン:小説のヒロイン。

カシス・ペデリアン:シルビアの兄。

ラント・アグリチェ:ロクサナの父親。

アシル・アグリチェ:ロクサナの4つ上の兄。故人。

ジェレミー・アグリチェ:ロクサナの腹違いの弟。

シャーロット・アグリチェ:ロクサナの妹。

デオン・アグリチェ:ロクサナの兄。ラントが最も期待を寄せている男。

シエラ・アグリチェ:ロクサナの母親

マリア・アグリチェ:ラントの3番目の妻。デオンの母親。

エミリー:ロクサナの専属メイド。

グリジェルダ・アグリチェ:ロクサナの腹違いの姉。

ポンタイン・アグリチェ:ラントの長男。

リュザーク・ガストロ:ガストロ家の後継者。

ノエル・ベルティウム:ベルティウム家の後継者

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36話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 偽りの猟犬、血塗られた玉座

赤く燃え上がる夕日が地平線の彼方へと沈み、アグリチェには不穏な空気が立ち込めていた。城壁の内側のみならず、外側にまでその不吉な気配が如実に滲み出るほど、不気味な静けさが満ちている。

「すぐにあいつを、私の目の前に連れてこい!」

邸宅に足を踏み入れるや否や、ラント・アグリチェの怒号が響き渡った。長男ポンタインの謀反を知った彼の怒りは最高潮に達していた。ラントが命じたのは、自らの手で罪人を裁き、直接処罰を下すための「審判の部屋」へポンタインを連行することだった。

主人が不在の間に起きた動乱のせいで、邸内はにわかに騒然としていた。その喧騒の中に、ロクサナの異母姉グリジェルダの姿もあった。

ラントの後を追っていたロクサナは彼女の存在に気づくと、わずかに歩調を緩めた。先に歩く父親の背中を見つめながら、ロクサナが小さく唇を開く。

「準備は?」

「終わったわ」

ロクサナの表情には、微塵の変化もなかった。その短い会話を最後に、姉妹は再び何事もなかったかのように距離を置いた。ロクサナの肩からこぼれ落ちた赤い蝶が、まるで壁に染み込むように静かに消えていく。

「ジェレミー、あなたは外の片付けを」

「分かったよ、姉さん」

まもなくロクサナは、父ラントの後を追うようにして審判の部屋へと足を踏み入れた。

しばらくして、全身を縛り付けられたポンタインが審判の部屋へと連行されてきた。

「ポンタイン、貴様ついに……!」

ラントは怒りを噛み締めるように一喝し、床にねじ伏せられたポンタインへと歩み寄った。反乱の咎で捕らえられたポンタインは、すでに満身創痍の状態だった。彼を制圧したデオンが腕に怪我を負うほどの激戦だったというから、その傷の深さは一目瞭然である。

「と、父さん!」

近づいてくる父親の姿に、ポンタインは狼狽しながら叫んだ。

「これはすべて誤解、がはっ……!?」

だが、彼が言い訳を紡ぐより早く、ラントの手に握られた棒が容赦なく振り下ろされた。金属の装飾が施された硬い棒が打ち付けられるたび、眩い大理石の床に鮮血が飛び散る。ラントの打撃には、慈悲の欠片もなかった。

「お前が!」

ぱあん! ぱあん!

「私の背中に剣を突き立てようなどと……!」

見下ろすラントの眼光には、激しい憤怒と確かな殺気が宿っていた。中年に達したとはいえ、その恰幅と腕力は全盛期の息子にも引けを取らない。ましてや、四肢を縛られ深手を負ったポンタインに抗う術などなかった。

ぱあん!

ついに激しい衝撃に耐えかねて、ラントの手の中で棒が真っ二つに折れた。そこでようやく、無慈悲な殴打が止まる。

「虫ケラが。よくもこの父に牙を向くなどと考えたものだ。貴様が裏で姑息に立ち回っているのを、私が知らぬとでも思ったか? まさかという思いで泳がせてやっていたというのに、あえて私を裏切るとはな……!」

血の海に倒れ伏したポンタインは、頭上から降り注ぐ父親の怒声をまともに浴びていた。歯を食いしばって激痛を堪えながらも、その瞳には憎悪の炎がギラギラと燃え盛っている。

(くそっ! なぜ露見した!? 計画は完璧だったはずだ。デオン、あの野郎が急に現れて邪魔さえしなければ……!!)

ポンタインは怨嗟に満ちた目を、扉の近くに佇むデオンへと向けた。

「と、父さん。これは……これはすべてデオンが、あいつが私を陥れるために仕組んだ罠だ!」

しかし、その必死の訴えも、ラントの冷徹な心を動かすことはなかった。

「私が貴様の浅はかな目論見に気づいていないとでも思ったか? 貴様が密かに私兵を集め始めたその時から、デオンに監視を命じていたのはこの私だ!」

その事実を聞かされたポンタインは、絶望に目を見開いた。私兵を集め始めたのは、まさに彼が本格的にラントの暗殺を計画し始めた黎明期だったからだ。そう言えば、あの頃から父親の態度が一段と冷ややかになった記憶が蘇る。まさか、そんな初期からすべてを見透かされていたというのか。

「貴様の目には、私がそれほど愚鈍に映っていたのか?」

「と、父さん……」

抑えきれない怒りのまま、ラントの分厚い手のひらがポンタインの頬を容赦なく張り飛ばした。ただでさえ、ラントは和合会でのカシスの件で神経を尖らせていたのだ。

「持ってこい」

ラントは殺気立った目を息子に据え置いたまま、ナイフを差し出させた。

「虫ケラ同然のお前だが、一つだけ使えそうな才能があったようだな」

彼は低く、地を這うような声で問いかける。

「私が留守にしている間、貴様が秘密裏に連れ出したアグリチェの私兵どもはどこに隠した?」

その問いに、ポンタインの顔が強張った。

「な、何を言っているのか分かりません」

その表情は、本当に身に覚えがないと言いたげなほど迫真のものだった。

「なるほど……。ならば四肢を一本ずつ切り落としても、その口が開かないか試してみるとしよう」

ラントの冷酷さは常軌を逸していた。裏切り者には決して慈悲を与えず、それが実の息子であっても例外ではない。彼は手にしたナイフをポンタインの太ももへと突き立て、そのまま足の甲に向けてゆっくりと引き裂くように下ろしていった。

審判の部屋に、再び凄惨な悲鳴がこだまする。

尋問は始まったばかりだった。ロクサナは、血に染まっていく大理石の床を静かに見つめていた。ポンタインから流れ出た鮮血が徐々にその領地を広げ、ついにラントの足元へと到達する。ポンタインはラントとデオンへの恐怖と憎悪に囚われるあまり、彼女が同じ空間にいることにすら気づいていないようだった。

「お父様」

ロクサナが鈴を転がすような声で父親を呼んだとき、ポンタインは呆然とした様子で顔を上げた。

「もう、無駄な時間を費やす必要はありませんわ」

ロクサナは極めて穏やかな微笑みを浮かべて二人を見つめていた。そのあまりに美しい佇まいは、ここが血塗られた審判の部屋であることを忘れさせ、まるでうららかな春の庭園にいるかのような錯覚さえ抱かせる。

「ロクサナ、もしや奴らの居場所を突き止めたのか?」

ラントの問いかけに、彼女はただにっこりと微笑み返した。

実のところ、ポンタインの動向を毒蝶を使って監視していたのは彼女だった。だからこそ、ラントは早い段階でポンタインの不穏な動きを察知することができたのだ。もちろん、ラント自身は娘に助けられたなどとは思ってもいない。事前に知らずとも、飼い犬同然の息子に遅れをとるはずがないと過信していたからだ。だが、ロクサナの報告を受けて邸宅を留守にする間、デオンに監視を任せて謀反を未然に防げたことは、効率の面で大いに満足のいく結果だった。

「よくやった。流石は俺のむす……」

「どれほどお探しになっても、お父様の望むものは出てきません。だからこそ、これ以上無駄骨を折る必要はないと申し上げているのです」

ロクサナの言葉は、ラントの想定していたものとは決定的に異なっていた。その静かな声は波のない湖のように平坦で、ラントはその意味を直ちには理解できなかった。

「長い洗脳によって、あなただけに忠誠を誓うよう育てられた猟犬たちは……今ではすべて、私の可愛い蝶たちの血と肉に変わってしまいましたから」

「何……?」

ラントが疑問の言葉を紡ぎきることはできなかった。その直後、彼の視界に飛び込んできた光景が、あまりにも衝撃的だったからである。

コツ、コツと、靴の踵が大理石を叩く音が、静まり返った部屋に響く。

ロクサナがまるで優雅な散歩でも楽しむかのように軽い足取りで向かったのは、部屋の一段高い場所に据えられた大きな椅子だった。王座とも見紛うその席は、これまで家門の絶対的な主人であるラントだけが座ることを許された聖域。

「……何をしている?」

ラントの制止をよそに、ロクサナは何の躊躇いもなく、アグリチェの王のために設えられた唯一の玉座へと腰を下ろした。

「前から、一度座ってみたかったのです」

真珠を削り出したかのような白い指先が、華麗な宝石で飾られた肘掛けになめらかに滑る。

「ここから見下ろす景色はどんなものかしらと、ずっと気になっておりましたの」

彼女の口から出た言葉があまりにも堂々としていたため、ラントは一瞬、怒ることさえ忘れて呆然とした。床に転がるポンタインもまた、信じられないものを見る目で彼女を凝視している。それほどまでに、ロクサナの行動は正気の沙汰ではなかった。

「こうして上から拝見いたしますと……」

花染めの唇に、蜂蜜のように甘く、残酷な微笑が浮かぶ。

「お父様も、随分と小さく見えますね」

ラントの顔に、怒りと驚愕の亀裂が走った。

「お前は……」

完璧だったはずの仮面が剥がれ落ち、冷たい戦慄が部屋を支配する。

「お前は今、この私を見下しているのか?」

殺気を孕んだラントの赤い瞳が、ロクサナを圧殺せんばかりに激しく波打つ。しかし、ロクサナはその威圧を前に、小気味良さそうに目尻を下げた。

「そんなに怒らないでくださいませ、お父様」

この程度のことで、と付け足すように微笑む顔は恐ろしいほどに美しかった。

「お父様は、これまで一度も疑ったことはございませんでしたの?」

審判の部屋に響くその声は、愛の言葉を囁くように、いっそ濃密に低く響く。

「このすべての出来事が、お父様のために私が丹念に作り上げた『演劇』だったということを」

その瞬間、得体の知れない不吉な予感がラントの心臓を冷たく突き刺した。

「何を言って……」

ポンタインの血が水溜まりを作っていた床から、いつからそこに潜んでいたのか、無数の赤い蝶が一斉に舞い上がった。視界が真っ赤な嵐に染まる。

その直後、それまで幻影によって隠されていた巨大な呪術陣が、禍々しい光を放って姿を現した。ラントはそれを見るや否や、自分が嵌められた恐るべき罠の本質を悟った。彼は慌ててその場から飛び退こうとする。

「ロクサナ……! くっ!」

だが、彼が一歩を踏み出した瞬間、呪術陣が猛烈に発動した。視界のすべてを覆い尽くすような、神聖ささえ感じさせる白い光が爆発する。

しかし、その美しさに反して、呪術の本質は極めて悍ましいものだった。血を媒介とするその呪術は、ラントが呪術陣の上で、息子であるポンタインの血を自らの体に浴びたその瞬間に「完成」するよう仕組まれていたのだ。

「ううっ、があっ……!」

ラントはまるで巨大な隕石に押し潰されたかのように、無様に床へと叩きつけられた。彼の全身に、爆撃のような凄まじい重力がのしかかる。

ロクサナは、かつてラント自身がそうであったように、罪人に冷徹な審判を下す絶対的な王の目で、無力に這いつくばる父親を見下ろしていた。

「どうして私の前で、それほどまでに油断なさったのですか?」

ラントは指一本動かすことすら叶わないほどの圧倒的な圧迫感に苦しみながらも、血走った眼球を必死に動かし、彼女を睨みつけた。

「親子の情愛も、信義も、すべては無価値な絵空事だと教えてくださったのは、他ならぬお父様ですもの」

他者に不穏な動きを植え付け、父親の目をそちらに向けさせている間に、その裏で本当の謀反を企てていたのは、デオンでもポンタインでもなくロクサナだったのだ。ラントはその残酷な真実を前に、激しい拒絶の念を抱く。目つきだけで人間を引き裂き殺せるなら、今すぐこの小娘を八つ裂きにしてやりたい――その怨念が伝わったのか、ロクサナはむしろ可笑しそうに声を立てて笑った。

「確かに、これまでの私はお父様の前で、実によく従順な尾を振ってみせましたものね」

滑稽なことに、ラントの瞳に浮かんでいるのは「裏切られた」という困惑の感情だった。しかしそれは、娘に対する親の情などではなく、忠実だと思い込んでいた飼い犬に手を噛まれた時の、傲慢な憤りに過ぎない。もちろん、ロクサナにとってはどちらも等しく滑稽でしかなかったが。

「デ……オ……ン……」

驚くべきことに、圧死寸前の絶望的な状況にあっても、ラントはまだ諦めずに声を絞り出した。それは、死に体の獣が最期に放つ、血を吐くような抵抗だった。

「デオンを……呼べ……」

「デオン、こちらへいらっしゃい」

ロクサナが鈴を鳴らすように呼びかける。

ラントは、遠く離れて静観しているデオンこそが、自分の命を繋ぐ最後の砦だと信じているようだった。だが、それはあまりにも致命的な誤認。デオンがラントを救う気など、最初からあるはずがなかった。もしその意思があるならば、呪術陣が発動するよりも前に動いていたはずなのだから。

デオンはただ冷徹な眼差しで、無様に這いつくばる父親の姿を冷淡に見つめていた。

ゆっくりと、扉の前に佇んでいたデオンが歩みを進める。その足取りは、ラントの期待とロクサナの確信が交錯する部屋の中央へと向かう。

しかし、彼が振り上げた腕はロクサナの首を跳ねることはなかった。デオンは、自らに向けて差し出されたロクサナの白い手を、静かに、そして確かに握り締めたのである。

最も信頼し、切り札だと信じ込んでいた息子と娘による、決定的な裏切り。ラントは絶望と驚愕に目を見開いたまま、その光景を凝視することしかできなかった。

「姉さん!」

その時、重厚な扉が勢いよく開き、ジェレミーが部屋へと飛び込んできた。

「お待たせ……っ!?」

だが、彼は室内の凄惨な光景を目にするや否や、その顔を不快そうに歪めた。

「なんだよ、これ」

ジェレミーの不機嫌な反応に、ラントは一瞬だけ微かな希望を抱いた。しかし、次につなげられた少年の言葉が、その希望を完全に叩き潰す。

「デオン。お前、さっさと姉さんの手を離せよ。姉さんの右手も左手も、全部僕のものなんだからな」

ジェレミーはデオンに向けて激しく歯を剥き出し、ロクサナの元へと歩み寄った。床に転がっている父親の哀れな姿など、彼の視界には一瞬たりとも入っていないようだった。

「残念でしたわね、お父様。このアグリチェに、あなたの味方はもう一人も存在しませんの」

ロクサナの顔に、底冷えするような笑みが浮かぶ。

「ですが、どうぞご安心ください。これほどあっけなく終わらせてしまっては退屈ですもの。今すぐ殺すような慈悲は、与えて差し上げませんわ」

針葉樹林が鬱蒼と生い茂る深き森を、鋭い北風が吹き抜けていく。

どこか不吉な余韻を残していた赤い夕日は完全に没し、この森には世界のどこよりも早く深い夜が訪れていた。その濃密な闇に紛れ、気配を殺して「その時」を待つ者たちがいた。雲間から覗く割れた月のように、彼らの鋭い瞳は暗闇の中で冷たく煌めいている。

「いらっしゃいましたか」

ようやく、彼らが待ち望んでいた主人が闇の中から姿を現した。

「状況は?」

「先ほどから、屋敷の内側がにわかに騒がしくなっております」

鋭い金色の瞳が、遠くに見える微かな灯りをじっと見据える。

「動きますか?」

「……いや、もう少し待つ」

カシスが到着するまで前線を指揮していたイシドールは、その言葉に一切の疑問を差し挟むことなく、一礼して下がった。

カシスは冷徹な眼差しで正面の邸宅を見つめていた。耳元を切り裂くような風の音は、まるで飢えた獣の遠吠えのようにも聞こえる。冬の森の獣たちでさえ身を縮める極寒の夜。しかし、闇の中に佇むカシスの屈強な肩が震えることはなかった。肌を刺すような寒さに手足が痛むはずだが、今の彼にはその冷たさすら感じていないようだった。

堅固な岩壁のように微動だにしないその体からは、獲物を狩る直前の猛獣が放つ、獰猛な気配が立ち上っている。正面を見据える瞳もまた、冷酷な光を宿していた。周囲の配下たちは、息を潜めて彼から下される突撃の命を待っている。

ふと、暗黒の空間に白い塵のようなものが舞い降りた。空から静かに雪が降り始めたのだ。

その幻想的な光景の中、季節外れの一匹の赤い蝶が、雪の夜空をゆらりと遊泳し、あっという間に闇の彼方へと消え去った。

それを見届けた瞬間、冷徹な金色の瞳が鮮烈な輝きを放つ。

ついに、待ち望んだ命令が下された。

「――動け」

闇の中で息を潜めていた精鋭たちが、一斉に俊敏な動きで駆け出す。

今こそ、長く絡み合った古い悪縁を、その手で断ち切る時だった。

謀反が成功し、絶対権力者であったラント・アグリチェが失脚したという報せは、瞬く間にアグリチェ全土へと駆け巡った。和合会に出席していた一行が帰還してから、僅か一時間も経たないうちの出来事である。当然のことながら、邸内は未曾有の混乱に陥った。

しかも、アグリチェを掌握したのは、直前まで騒ぎを起こしていた長男のポンタインではなかった。

「みんな、我を忘れて走り回っているわ。まるで巣を壊されたアリの群れね」

アグリチェの長女グリジェルダは、右往左往する使用人や兵士たちをテラスから見下ろし、愉快そうに鼻で笑った。彼女は、この一連の政変がすべてロクサナの描いた筋書き通りであることを知る、数少ない協力者の一人だった。

ラントが和合会で留守にしている隙を狙い、審判の部屋に彼を無力化するための呪術陣を構築したのは彼女だった。グリジェルダは他の分野では目立った才能を示さなかったが、こと呪術陣の設計に関しては異彩を放つ素質を持っていたのだ。

「ロクサナ、あの子は本当に普通じゃないわ」

彼女は眼下で展開される混沌に、至上の歓びを感じていた。ロクサナがこれほどまでに面白い玩具のような娘だと知っていれば、もっと早くから彼女の側近に収まっておけば良かったと、今更ながらに思うほどだ。

現在、アグリチェの実権を握っているのは、ロクサナ、デオン、ジェレミーの三人。表向きの反乱の首謀者はデオンということになっていたが、グリジェルダはその狂犬の手綱を引き、裏で操っているのがロクサナという事実を正確に把握していた。すでに屋敷のすべては、彼女の意のままに動いている。

グリジェルダがラントを追い落とす計画に加担したのは、高尚な理由があったからではない。ただ、その方が「面白そうだったから」に過ぎない。実の父親を裏切る行為ではあったが、彼女の心に罪悪感など微塵も湧かなかった。そもそも、父親に対して守るべき義務などあるはずもない。

ラント・アグリチェという男は、必要とあらば自分の子供であっても容赦なく間引くことのできる冷血漢だ。現に、彼の気まぐれや判断によって「廃棄処分」され、命を落とした兄弟姉妹は数知れない。ならば、その刃が父親に向けられる逆の因果が起きたとしても、何ら不思議ではないはずだ。

そのような狂気に満ちた環境で生まれ育ったため、グリジェルダを含むアグリチェの子供たちには、まともな「家族愛」など育つはずがなかった。幼少期から過酷な弱肉強食の競争へと放り込まれ、己の能力だけを頼りに生き残ることを強要されてきたのだから、当然の帰結と言える。

何はともあれ、ラント失脚の報を聞いて、彼を救い出そうなどと殊勝なことを考える兄妹は誰一人としていなかった。それどころか、多くの兄妹たちは、これまで想像すらできなかったこの「新しい支配構造」を、極めて興味深い見世物として楽しんでいる。ただ、邸宅の妻たちだけが、今後の身の振りに多少の困惑の色を浮かべている程度だった。

グリジェルダは極めて頭の回転が速い女だった。だからこそ、彼女は本能的に察していた。このアグリチェの混乱すらも、まもなく訪れる大きな嵐の前に、一瞬で無へと帰すであろうということに。

「今夜は、アグリチェの歴史上、最も盛大で血生臭い祭りが開かれそうね」

グリジェルダは満足げな笑みを浮かべ、冷たい風の吹くテラスを後にした。

処罰の部屋を厳重に固めていた監視人が、訪れた主人の姿に恭しく頭を下げ、重々しい扉を開け放った。

室内に立ち込める空気は、長年にわたって染み付いた濃厚な血生臭さと、それを誤魔化すための様々な薬品の臭いが混ざり合い、吐き気を催すほどだった。

その部屋の中央に、ラント・アグリチェは囚われていた。

かつて彼自身がいたぶってきた獲物たちと全く同じように、四肢を無残に縛り付けられ、重い鉄鎖に繋がれたまま、全身を満身創痍の傷に染めて……。

ロクサナは歩みを止め、哀れに地を這うラントの姿を静かに見下ろした。

「ロクサナ、貴様……っ!」

ラントは血走った赤い眼孔で娘を睨みつけ、喉の奥から血の混じった怨嗟の声を絞り出した。しかし、それまで不気味なほど無表情だったロクサナの顔に、ふっと、柔らかい微笑が浮かび上がった。その美しさはいつもと変わらず完璧であり、それゆえに、この凄惨な処罰の部屋という空間において、異常なまでの乖離と恐怖を醸し出している。

「とてもお似合いの格好をされていますね、お父様」

ガチャン!

「貴様あぁっ!」

「実は、ずいぶん前から、あなたのこのようなお姿を拝見したいと願っておりましたの」

ロクサナが軽やかに一歩を踏み出し、ラントの首へと繋がる太い鉄鎖を容赦なく踏み付けた。その強い反動により、ラントの頭部がさらに大理石の床へと叩きつけられる。屈辱的な姿勢を強いられ、ラントは獣のように激しく身を悶えさせたが、ロクサナの足元は微動だにしなかった。

「今まで、あなたのあの忌々しいお顔を見るたびに、私が何を考えていたかご存知かしら?」

密閉された処罰の部屋に響く彼女の声は、きらびやかな宴会場で奏でられる旋律のように甘美で柔らかい。

「どのような方法で屠れば、あなたに最大の侮辱と絶望を与えることができるのだろうか、と」

しかし、その言葉に込められていたのは、ラントがこれまでの人生で想像したことすらおぞましい、血の滲むような呪詛そのものだった。

「そして、あなたがただ死ぬよりも、何倍も苦しみ抜く方法は何かと、そればかりを考えておりましたのよ」

ラントは今すぐにでも娘の首を絞め殺し、悪罵の限りを尽くしたかったが、踏み付けられた鎖によって喉が圧迫され、喘ぐような呼吸を漏らすのが精一杯だった。

「私の目の前で、私の可愛い毒蝶たちに貪り喰われ、悶え苦しみながら死んでいくのを見るのも一興ですが……」

ロクサナの言葉に呼応するように、薄暗い虚空から、鮮烈な赤い羽を持つ毒蝶たちが次々と這い出てきた。蝶たちは優雅に羽ばたきながらラントの元へと舞い降りる。そして彼の傷口に留まると、その鋭い口腔で生々しい肉を齧り取り始めた。さらに数匹、数十匹と蝶が現れ、彼の皮膚を、肉片を剥ぎ取っていく。ラントは歯を食いしばり、ただ獣のような呻き声を上げて耐えるしかなかった。

しかし、カサカサという無数の羽音が次第に部屋を満たし、壁面を埋め尽くした蝶の影が、天井の僅かな灯火さえも覆い隠すほどの群れとなった時、傲慢だったラントの顔からも完全に血の気が引き、絶望に呆然と染まっていった。

「今この瞬間だけは、あなたが強靭な生命力を持つ『アグリチェ』の血筋であることを、心から嬉しく思いますわ。どれほど痛めつけ、苦しめようとも、簡単には死んでくださらないのですから」

ロクサナは肉を削がれる父親の悲鳴を子守唄のように聞きながら、どこまでも甘美に微笑んだ。

「ですから、どうか長く、長く辛抱してくださいね、お父様」

薄暗い部屋の灯りを反射する彼女の赤い瞳の奥には、狂気にも似た、残酷な殺意が底なしの深さで揺らめいている。

「あなたが生きながら――私がこれまでにあなたから受けたすべての『恩』を、余さずお返しできるその日まで」

地獄の底から響くような残酷な悲鳴が、部屋を美しく彩っていく。音楽の前奏曲のように響き渡るその叫び声は、血塗られた処罰の部屋に、いつまでも、いつまでも鳴り響いていた。

 



 

  1. ロクサナによる完璧な罠とラントの失脚

    長男ポンタインの謀反は、実はラントを油断させておびき寄せるためにロクサナが仕組んだ「演劇(罠)」でした。ラントは、ロクサナとグリジェルダが用意した血を媒介とする呪術陣にはまり、身動きを封じられて失脚しました。

  2. 子供たちの裏切りとアグリチェの掌握

    ラントが最も信頼していたデオンやジェレミー、そしてグリジェルダなど、アグリチェの子供たちは全員ラントを裏切り、ロクサナ側につきました。実権は完全にロクサナへと移り、ラントは拘束されて凄惨な報復(尋問・拷問)を受ける身となりました。

  3. カシス率いる外部勢力の接近

    アグリチェの内部が激変する中、邸宅の外部(冬の森)では、金色の瞳を持つカシスが精鋭を率いて襲撃の機会をうかがっており、ついに古い悪縁を断ち切るための進軍命令を下しました。

 

 

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