こんにちは、ピッコです。
「ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
どういう訳か小説の中の悪の一族、アグリチェ一家の娘「ロクサナ」に生まれ変わっていた!
アグリチェは人殺しをものともしない残虐非道な一族で、ロクサナもまたその一族の一人。
そして物語は、ロクサナの父「ラント」がある男を拉致してきた場面から始まる。
その拉致されてきた男は、アグリチェ一族とは対極のぺデリアン一族のプリンス「カシス」だった。
アグリチェ一族の誰もがカシスを殺そうとする中、ロクサナだけは唯一家族を騙してでも必死に救おうとする。
最初はロクサナを警戒していたカシスも徐々に心を開き始め…。
ロクサナ・アグリチェ:本作の主人公。
シルビア・ペデリアン:小説のヒロイン。
カシス・ペデリアン:シルビアの兄。
ラント・アグリチェ:ロクサナの父親。
アシル・アグリチェ:ロクサナの4つ上の兄。故人。
ジェレミー・アグリチェ:ロクサナの腹違いの弟。
シャーロット・アグリチェ:ロクサナの妹。
デオン・アグリチェ:ロクサナの兄。ラントが最も期待を寄せている男。
シエラ・アグリチェ:ロクサナの母親
マリア・アグリチェ:ラントの3番目の妻。デオンの母親。
エミリー:ロクサナの専属メイド。
グリジェルダ・アグリチェ:ロクサナの腹違いの姉。
ポンタイン・アグリチェ:ラントの長男。
リュザーク・ガストロ:ガストロ家の後継者。
ノエル・ベルティウム:ベルティウム家の後継者
43話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 足首に刻む熱情
「・・・」
私は浴室の天井を見て妙な気分になった。
さっき見たシルビアの綺麗な微笑みが脳裏を過ぎる。
元々、小説の今頃のシルビアはあれほど汚れなき明るさと溌剌さを持った少女ではなかった。
この小説のジャンルは、夢も希望もない疲弊物だったから。
そしてシルビアは疲弊物のヒロインらしく、小説が進行するにつれて純粋さと明るさを失っていく。
そして、ついにはアグリチェによって兄が死んだという事実を知り、悲痛さに血の涙を流しながら復讐を誓うようになった。
ところが、あんなに活発なシルビアの姿を見ると、自然と妙な気分になるしかなかった。
成長したカシスを見た時と似た感覚。
和合会の時は、かなり大人びた姿をしていたようだが、ああ見るとシルビアもまだ子供っぽい。
そういえばジェレミーと同い年だ。
「・・・」
頭のてっぺんまで水に浸かって潜水する。
水面に上がる泡と一緒に頭の中の思考も散った。
風呂を終えて外に出た時は、すでに日が暮れていた。
熱いお湯にかなり長く入っていたせいか、全身が気だるい。
ガウンを一人で着て、ソファまでよろめきながら歩く。
しばらく座っていようとしていたが、いつの間にかうたた寝をしたようだ。
目が覚めると、誰かが私をベッドに移動させようとしていた。
「正直に話して」
私を抱いていたカシスの視線が落ちる。
「私に内緒で何かしたんじゃないの?」
寝ぼけた声で呟いた。
「こんな風に目を覚まして、すぐに寝るのは正常ではないわ。私が逃げられないように何かしているの?」
もしくは、カシスが私の気力を回復させるために無理やり眠らせたのではないかと疑う。
するとカシスは、余計な考えはするなというように淡々と口を開く。
「それだけ体が休息を必要としていることなのだろうね」
「もう降ろして。今日は十分寝たから」
カシスは私の言うことに従わずに、またソファに戻って私を上に座らせた。
そういえば時間がどのくらい経ったのだろう?
シルビアがお風呂が終わったらまた会おうと、他の部屋で待つと言ってたけど・・・。
「あなたの妹は?」
「さっき帰したよ」
やっぱり遅くなったから、そのまま帰ったのね。
目覚めるまで待つのではなく幸いだった。
もちろん、約束をしたわけではなく、シルビアが一方的に言って去っただけなのだが・・・。
けれど、あの笑顔を見て、はっきり断ることができなかったのは私も同じだから。
今度また会ったら、ごめんなさいという言葉でも言うべきかな?
「お腹が空いただろうから、部屋に食事の準備をさせるようにするよ」
カシスは私に意見を聞かずに動く。
ここでお腹が空いていないと言っても通じないことを、私も経験から知っていた。
「ここはペデリアンの領地?」
「ああ」
代わりの質問を問いかけると、カシスは短く答えてくれた。
私はカシスの考えで遅い夕食をとる。
でも依然として食欲が湧かないので、手に持っているスプーンをいじりながら口を開いた。
「妹さんは私のことを非常に楽しみにしていたようね」
「そのようだ」
向き合ったカシスの目つきが少し柔らかくなる。
シルビアは意外にも、思った以上に私を歓迎してくれた。
今テーブルの片隅には、彼女が私にくれた花束が置いてある。
カシスは、一体妹に私のことを何と言ったのかしら?
これほど私を歓待させたカシスの手腕が人並みはずれていると感心するべきなのだろうか・・・。
私がペデリアンに来たのは、別の理由や意図があったからではない。
ただ、カシスの言葉通り、どこでも構わないからだ。
特に行く場所もなく、行きたい場所もないので、その目的地がペデリアンであっても構わないと思った。
一旦はカシスに沿って今このようにペデリアンに来てはいるが、ここが最後の終着地だとも思っていない。
もし私に一緒に行こうと言った相手がカシスでなかったら、私は断らなかっただろう。
「ここは、ずいぶん静かね。人の気配があまり感じられないわ」
「来賓用の別館だから普段は使わない」
やっぱり母屋ではないようだ。
私を別館に連れてきたのは、おそらく二つの理由のためだろう。
第一に、再び制御を失って暴れる危険性のある自分の体の毒気のため。
第二に、アグリチェ所属の私をペデリアンに入れて、人目を気にせずにはいられなかったから。
もちろん、カシスはここまで移動する道でも何の躊躇いもなく行動したが、それは外でのことだったから。
ペデリアンの中に入ってきた今、カシスも身の振り方に注意しなければならない必要性があるかどうか分からないのだろう。
そんな考えでカシスをじっと見つめる。
すると、彼は少しだけ表情を固めた。
「手が遅くなっている。まだ半分以上も残っているじゃないか。もう少し食べるように」
「食べてるわ・・・」
瞬間的に「私がどうしてこうしなければならないんだろう?」と思ったが、口論する気分ではなく、ただやる気なしに手を動かしていた。
さっきシルビアに会ったこともあるから、たぶん私が目を覚ましたことをペデリアンの他の家族たちも知っているはず。
彼らはどう思っているのだろうか?
家門の没落の一助となり、父の息の根を締めるのに先頭に立った私を・・・。
他の人はともかく、ペデリアンの首長であるリセルだけは、私の行いを全て知っていると思う。
だから和合会の時も、私に妙な視線を向けたのだろう。
後にしてみれば、私が喜ばない可能性が大きかった。
私の行動は人論と違わず、そんなことはペデリアンの信念に反することだから。
だからこそ、シルビアの反応が意外だったのだ。
しかし、そうしたことはそれほど重要ではない。
カシスが私を引き入れたことについて彼らを納得させようが、それはどうでもよかった。
彼が私のせいで酷い立場に立たされても関与しない。
これはカシスが選択したことなのだから。
もっと率直に言うと、カシスが私のために困っている姿を見たいとも思った。
やっぱり血は争えない。
私にもこんな質の悪い趣向があったなんて。
まだ、カシスが私をここに連れてきてどうしたいのかハッキリ分からない。
確かに彼から聞いたのは、二度と経験できないような言葉だったが・・・。
それを「熱のこもった告白」と定義づけるべきかは分からない。
私に同情しているのか、死にかかった動物を、道から拾ってくるような気持ちで連れてきたのかもしれない。
しかし、昼の執拗なキスを考えると、私のことが好きなような気もした。
でもさっきは私が先に始めたじゃない。
私くらいの女が、あんなに堂々と誘惑すれば、その場に乗ってこない人がいるのは不可能では?
「もう食事はいいわ。一人になりたいから出ていって」
まあ、本当はどっちでも構わない。
最初から、私がここにどれくらい滞在するか分からなかった。
また、カシスの治癒能力がどれほど優れているかは分からないが、心の中から腐りきって死んでいく人を蘇らせることは、どうせ不可能なことだから。
だからカシスも私に残った時間を自分にちょうだいという言葉を比較的簡単に言えたのだろう。
それでも、私にそんなことを言ったのはカシスが初めてだった。
だから私の残りの人生の一部ぐらいは彼に渡せないこともないという気がしたのだ。
カシスが言ったように、どうせ捨てようとしていた時間であることも合っているのだから。
「使用人たちに指示しておいたから、しばらく過ごすのに不便はないだろう。必要なものがあれば何でも言ってくれ」
カシスは私が食べたのを見て、これでも十分だと思ったのだろうか。
「他にもし必要なことがあれば、いつでも呼んでくれ。私の部屋は、すぐ向かい側だから」
「え?」
思わず耳を疑ってしまい、反問してしまった。
「向かい側は、あなたのお部屋?」
「ああ。しばらくは私も別館に泊まるつもりだ」
「どうして?」
カシスは私をじっと見つめる。
「私のいない間に、あなたの体調が悪くなると困るから」
カシスは目つきも変えず平然と話す。
よもやと思い彼に聞いてみた。
「念の為に聞いておくのだけれど、この別館に他に泊まっている人は?」
「いない」
カシスは、今回も淡々とした口調で言った。
それは、この別館をカシスと私が二人きりで利用するという意味。
どうやらさっきの考えを訂正しなければならないようだ。
この人、人目なんて気にしないらしい。
アグリチェの消息は、他の三つの家門にも素早く伝わった。
「そう?珍しいな」
リュザーク・ガストロは、それほど大した話ではないというように、一度反応しただけで、その仕事から興味を失っていた。
その態度があまりにも煮え切らないので、リュザークに知らせを腹心が困惑するほどだ。
「どうせ私は首長ではない。母上が考えることだろう」
しかし、その話にも一理ある。
家門の全てを決めるのは首長の役割だったので、リュザークがつべこべ言うことではなかった。
しかも、彼は元々他人に関心がない方だ。
ラント・アグリチェに関しては、昨年、五つの家門の集まりに行ってきた母バドリサが「もし世の中に幽霊という存在があれば、恨みを買った霊魂たちに優に百回は殺される人間」と冷ややかに評価するのを偶然聞いた記憶があるだけ。
それでもその知らせを聞いた瞬間、和合会の時に会ったことのあるロクサナ・アグリチェと彼女の弟が少し頭に浮かんだ。
リュザークは彼らの状況を腹心に聞こうとして、やめた。
「今回の雪崩の被害規模は?」
「新しい集計によると・・・」
彼は想念を払いのけた後、腹心の説明を聞きながら足を運んだ。
「え?アグリチェが滅んだって?」
ノエル・ベルティウムは手に持っていたフォークを落とした。
眠くて半分ほど閉じていた目も、いつの間にかハッキリしている。
「それじゃあルナは?」
「ルナって?」
「私の女神さま!」
ノエルは他のことはどうでもいいという表情を浮かべていた。
「ルナ」さえ無事でいれば、残りはどうでもいいという表情。
(この重大なニュースを聞いて、それしか興味ないのか?)
ノエルの腹心ダンテは、まさかと反問する。
「もしかして、ロクサナ・アグリチェ様のことでしょうか?」
「そうだよ!」
ダンテは呆れた。
一体いつから、ロクサナ・アグリチェの所有者が彼にあったのだろうか?
それにルナは月の女神の名前。
もちろんロクサナには似合っているけど、人の名前を勝手に改名するのはちょっと違うのではないかと思う。
「いつからアグリチェ様が、ノエル様のルナになったのですか?」
「初めて見た時から!私は一目で彼女に運命を感じた!」
「和合会の時、きっぱり断られているのに・・・」
「誰が断られた!?花も貰ってくれたじゃないか!」
ああ、また始まった。
ダンテは、ノエルの無理強いが始まったことに気づいていた。
一度も恋愛をしたことのない主。
・・・和合会の最後の宴会の日、ノエルは美しいロクサナ・アグリチェを見て一目惚れしてしまったのだ。
それだけならまだ良かった。
しかし、ノエルは宴会場で見苦しい鼻血を出したのに続き、彼女にプレゼントしようとユグドラシルの温室に咲き乱れた花をちぎってくる蛮行まで犯す。
それにもかかわらず、彼は自分自身で花を渡さずダンテに任せたのだから・・・。
近くで見たロクサナ・アグリチェは想像以上に美しかった。
しかし、彼女は自分が渡した花にも、その花を渡した主人にも関心が全くないように見える。
その時を思い出して、ダンテはわざとノエルを怒らせる話を切り出した。
「まあ、ノエル様のご主張通り、あの時は違ったとしても今回は本当に終わりですね。大丈夫です。元々、そういうものじゃないですか?初恋は叶わないという俗説もあるのですから」
「違うよ・・・!私たちは、まだ何も終わっていない!」
ノエルは本当にショックを受けたのか、涙を浮かべてダンテを睨みつける。
彼は世の中の全てのことに疎いくせに、一度心を許したことには恐ろしいほど執着した。
「おい、ダンテ。お前がまたノエルを泣かしたのか?」
ちょうどその時、春風のような美声が耳に響いた。
二人の前に現れたのは金髪の美しい少年。
「ニックス!」
夜の女神にちなんで名付けられた彼は、ノエルが最も大事にしている人形だ。
「ルナがいなくなった。他の奴らが横取りする前に、私が取ろうと思ったのに!」
「ルナって、この前お前が言った彼女?」
「うん、君と同じくらい美しい私の女神さま」
「ふうん、ノエルが一目惚れした女だなんて気になるね。私が探してあげようか?」
「本当?見つけられる?」
「もちろん。私はあなたが作った一番完璧な人形じゃないか」
ニックスはノエルを見てニッコリ笑う。
一瞬彼の瞳に、どこか捻れた不気味な光が通り過ぎた。
だがノエルはそれに気づかず、ただただ無邪気に喜ぶ。
その場で唯一、ニックスの本性を知っているダンテだけが、その姿を見て眉をひそめただけだった。
「これは確かにおかしいな」
オルカ・フィペリオンは眉間に深い皺ができるほど顔をしかめる。
彼はフレデリカ高原から毒蝶の名残を追ってきたところだった。
何日も探索してみたが、ニシキヘビ生息地の痕跡さえ発見できない。
毒蝶はもう一度だけ、オルカの目の前に現れた。
しかし、それはオルカが追いつく前にペデリアンの城壁越しに飛んでいって、そのまま消えてしまう。
まるでペデリアンの領地に入ったかのように。
もしあの毒蝶が本当にペデリアンから出てきたのなら、訪問許可を取っておけばよかったと後悔する。
そしてすぐにオルカは首を横に振った。
単純に自分が見間違えただけかもしれないから。
「オルカ!」
悩んでいるオルカの頭上から、突然声が飛んできた。
「あれ、姉さん?」
穴に入ってきた人物は、オルカの従姉のパンドラ。
長い淡青色の髪と黒髪をした彼女は、オルカと同じ魔術師だ。
頭上ではパンドラの使役する魔物テュロベが黒い羽をヒラヒラさせている。
「本当にお前だったのか。よりによって、どうしてこんな時にここにいるの?」
「こんな時って?」
パンドラの言葉にオルカは困惑した表情を浮かべる。
「お前はまだ便りが遅いんだな」
彼女は、オルカにアグリチェとペデリアンの間で起きたことを説明した。
「へえ・・・。そんなことが?じゃあ今アグリチェは誰もいないのか。使えそうなものがないか、あそこの飼育場を探索してみたいね」
「もう行ってみたけど、空っぽだった」
「あ、そう?」
「追加で面白い事実を一つ教えてあげようか」
パンドラは思い切って語ったかのように、カシス・ペデリアンが連れ去った女性のことを話す。
オルカは、ラント・アグリチェについて聞いた時とは比べ物にならないほど驚いた。
「本当に?あのカシス・ペデリアンが?女性を?」
「ええ。私の可愛い子に聞いたわ」
オルカは、天下の貴公子が女性を直接連れて行って、自分の領域内に入れたという言葉に大きな興味を感じた。
「・・・!」
ちょうどその時、オルカの目の前に赤い蝶の群れが現れる。
今回は三日ぶりのことだった。
「じゃあ、私は行く。オルカ、お前も何をしにここまで来ているのか分からないが、いい加減に帰れ」
パンドラを乗せたテュロベが舞い上がったとき、オルカが魔物の足を掴んだ。
「おい!気が狂ったのか!?」
「出発して、早く!」
「お前こそ、早く手を放せ!」
「あれを追いかけないと!毒蝶だよ!」
「何?毒蝶?」
「そうだよ!だから早く!」
オルカの凄まじい勢いに飲まれて、パンドラは思わずチュロべを出発させた。
ロクサナがペデリアンに滞在してから数日が過ぎた。
シルビアがプレゼントしてくれた花は、その間に枯れてしまう。
ロクサナの体から流れる毒の影響を受けて。
『今日は一緒にお庭に行きましょう』
シルビアは、毎日ロクサナの元を訪れていた。
彼女は驚くほど親しみがある。
まるで久しぶりに顔を見た友達のように、会うたびにロクサナに色々な話をした。
頬をほんのりと赤らめて、両目を星のように輝かせるシルビアは非常に可愛らしい。
そんな彼女を目の前にしているたびに、ロクサナは少し不思議で奇異な、言葉では正確に説明できない気分に。
そしてシルビアに、「今日は一緒に庭園を散歩しましょう」と誘われた。
「そうね・・・、あんまり気が進まないわ」
「でも三日間ずっと部屋にいましたよ。今日は日差しも暖かいから、外に出たら気分転換になると思います」
カシスはじっと見つめたが、彼は腕を組んで様子を見ているだけ。
シルビアはどうやら、ある程度のことでは拒否しないことに気づいたようだった。
そうしてロクサナは数日ぶりに部屋を離れることに。
「もう少し奥に入ってみませんか?私が一番大切にしている花園をお見せします」
シルビアは明るく笑いながらロクサナの手を引く。
暖かい温もりが感じられる瞬間、ロクサナはぎくりとした。
しかし、彼女は接触した手を振り切らず、シルビアに導かれるまま、足を運ぶ。
カシスはその姿を影から見ていた。
シルビアがロクサナに対して暴走するなら静止する考えだったが、今のところはロクサナもシルビアの行動を大目に見ているようだ。
シルビアは、最初にロクサナを見た時からとても浮かれていた。
これまでずっとペデリアンの中にだけいて、同年代の友人と接したことがないから、当然だといえば当然だろう。
彼女はカシスが最初にロクサナについて語ったときから、日々期待を膨らませているようだった。
ロクサナもシルビアのことが嫌いではないようで安心する。
「クイーン・メリロッテです。ロクサナにも必ず見せたかったの」
甘い香りが真っ先に五感に触れる。
シルビアの眩しい笑顔の後に、黄金色の花が満開の花園に咲き誇っていた。
ロクサナの手に花びらが落ちる。
カシスがロクサナの体から出る毒を抑えていたので花は枯れなかった。
「クラネタリアに似ているけれど、こっちの方が可愛いわね」
「クラネタリア?そういう花があるんですね。初めて聞きました」
ロクサナが花を気に入っているようで、シルビアの表情も明るくなる。
「アグリチェの庭には四季折々咲いていたわ」
「その花も、こんな良い香りなのですか?」
「そうね・・・、免疫のない人間が近くで五分以上嗅げば死ぬけど」
「え?」
「毒性の強い麻薬の花よ」
「はい・・・?」
「それでも香りはいいわ。よりによって花が私の部屋の窓の前にあったから、毎日嗅いでいるうちに飽きてしまったけれど」
シルビアは目を丸くする。
彼女はロクサナの言葉にどう反応すればいいか分からずに瞬きした。
そして視線が合った時、ロクサナが目を閉じてニッコリ笑う。
「何だ、冗談だったのですね?」
シルビアもロクサナの後を追って笑った。
しかし、カシスはそれが冗談ではないことを知っている。
目の前に広がる景色を眺めた。
「これでいいのだろうか?」と思うほど平和なひととき。
「もう帰ろう」
カシスの口からこぼれた言葉で、ロクサナは彼の方を振り返った。
息が止まるほど濃い黄金色の空気が彼の体中を包み込む。
甘い香りの中心で、今ここに何よりもうっとりとした美しさが目に飛び込んできた。
けれど、それは蜃気楼に似ているところがあって、ちょっとでも油断して視線を逸らすと、あっという間に跡形もなく消え去ってしまいそうな気がする。
だからなのだろうか・・・?
目が合った瞬間、カシスは今目の前にいる女性を永遠に閉じ込めておきたいと・・・、初めてそう感じた。
暗くて強烈な欲望で、彼自身でさえ驚くほどに。
窓の外で日が暮れた。
やがてドアが開き、ロクサナが待っていた人物が中に入ってくる。
「お帰り」
彼女の優しい挨拶にカシスはハッとした。
当然のことだ。
ここは彼の部屋なのだから。
いつ訪れてもいいと言ったのは彼だったので、ロクサナを招かざる客だとは思っていない。
ただ、ロクサナの前に置かれたものは、あまり嬉しくない状況だが。
「誰がお酒を持ってきた?」
「誰かしら」
ロクサナには、「必要なものがあれば何でも話してほしい」と言ったが、それは彼女の害にならないと判断された限度内だ。
もちろん、お酒が禁止項目に決まっていたわけではないが、それでも使用人にある程度話している。
「私が望んでいるのに実現できないことがあるとでも?」
ロクサナはカシスの考えを読み取ったかのように微笑を浮かべる。
彼女の言う通りだった。
ロクサナに求められることを最後まで断れる人はいないだろう。
「言ったじゃない、あなたがおかしいのよ」
カシスはロクサナの向かい側の席に座った。
こうなった以上、彼女がお酒を飲むのを止めるつもりはない。
「ここからの眺めも悪くないわね」
庭園よりも落ち着いた感じがしたが、別館の裏側の景色も奥ゆかしい趣がある。
「気に入ったのなら部屋を変える」
「大丈夫よ。今みたいに、見たいときに来ればいいのだから」
二人はしばらくの間、会話もなくお酒を飲む。
そうしているうちにまた視線が絡んだ。
そして、すぐにカシスは立ち上がった。
ロクサナは近づいてくる彼をじっと見る。
彼が自分を用心深い手つきで抱き上げるまで。
慣れた体臭が嗅覚を刺激する。
ロクサナはこれといった拒否をせず、大人しくカシスの胸に抱かれた。
彼の手は、まるで陶器に薬を塗り重ねるよう。
まるで、少しでも気を緩めたら、いつでも割れてしまうガラスの破片を扱っているようだった。
カシスはそのまま足を動かし、ロクサナを彼女の部屋に運ぶ。
降ろした場所はソファの上。
ロクサナはさっき庭へ散歩に行って帰ってきた直後、すでにお風呂を終えてパジャマに着替えた後だった。
カシスに抱かれてからソファに降ろされる間に、粗末に閉じていたパジャマの前端がそっと開き、その間から胸の膨らみが。
しかし、ロクサナは身なりを整えもせず、ただカシスをじっと見上げていた。
次の瞬間、彼女の白い足がカシスの膝の上に降りる。
滑らかなつま先が硬い太ももを通ってゆっくりと滑り始めた。
露骨な含意を盛り込んだ奇妙な動き。
そのように太ももをくすぐって下がった足がさらに野生的に動こうとした瞬間、強い握力を持った手が途中でそれを防いだ。
冷たい気運のある細い足首に熱い暖かさが密着する。
部屋の中に溜まった空気が一層濃くなった。
ロクサナを見つめているカシスの金色の瞳は、夜の森のように暗く沈んでいた。
鮮烈な欲望が触れ合う手に乗って、ロクサナにまで届いてしまうと思えるくらいに。
そして、カシスの銀色の髪の毛が傾いた彼の頭に沿って、目の前で乱れた瞬間。
「・・・カシス」
ロクサナは思わず口を開けた。
けれど、すぐに足の甲に燃え移った熱気で、それ以上の言葉をつぐむ。
カシスはもう一度息を合わせ、ロクサナの足の甲に焼き印を押すように残熱を広げた。
立て続けにつつくカシスの唇は熱く、ロクサナはまた唇を震わせた。
「ん・・・」
しかし結局は、その間に何も言わずに息を呑むだけ。
ロクサナの足の甲に乗って足首付近まで上がってきたカシスは、そこで満足せず、目の前の白い聖地に自分の痕跡を刻み込もうとするかのように貪欲に唇を開いた。
けれど結局そこまで。
やっと二、三回息を整えるほどの時間が経って、太ももに近かったカシスの唇はもう近づかず、ゆっくりと距離を広げる。
「・・・やりすぎたようだね」
カシスは衝動に駆られて完全に制御を失う前に自分を止めた。
「夕食の時間になったら呼びにくる。その時まで休んでて」
カシスはいまだに彼の中で騒ぎ立てているもの全てをまとめ、後ろを向く。
ロクサナは、カシスが部屋を出て行くまで遠ざかる彼の後ろ姿を見ていた。
そして、ついに一人になった時、耐えきれずカシス触れていた足をソファの上に乗せて手で包む。
彼に触れられた箇所が裂傷を負ったようだった。
直接触れたのは足だけなのに、熱が滲んだかのよに、全身が熱い。
確かに悪ふざけをするようにカシスに触れたのは自分なのに、続く状況に動揺を隠すことができなかった。
「なんなのよ・・・」
ソファの上にひっくり返るように仰向けに。
そしてすぐに上気した顔を隠すようにクッションに深く沈んでしまった。
-
ペデリアン別館での穏やかな休息と、純粋なシルビアへの奇妙な感情
アグリチェが没落した後、ロクサナはカシスに伴われてペデリアンの来賓用別館に滞在します。原作小説では過酷な運命により純粋さを失うはずだったカシスの妹シルビアが、無邪気に自分を歓迎し庭園へ連れ出す姿に、ロクサナは不思議で奇妙な感覚を覚えます。
-
ロクサナの動向を追う他家門(ガストロ、ベルティウム、フィペリオン)の思惑
アグリチェ滅亡の報は他家へと瞬く間に伝わります。和合会でロクサナに一目惚れしたノエル(ベルティウム)が執着を見せ、一方で毒蝶の痕跡を追う魔術師のオルカ(フィペリオン)は、カシスが女性(ロクサナ)を領内に連れ込んだという情報を得てペデリアンへ引き寄せられていきます。
-
カシスとロクサナの間に深まる、危うく鮮烈な官能と欲望
別館で二人きりの時間を過ごす中、ロクサナが仕掛けた悪戯な誘惑をきっかけに、カシスの中で彼女を永遠に閉じ込めたいという暗い欲望が跳ね上がります。限界寸前で自制したカシスの熱い抱擁と口づけに、仕掛けたはずのロクサナ自身も激しく動揺し、胸を高鳴らせます。