メイドになったお姫様

メイドになったお姫様【139話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【メイドになったお姫様】まとめ こんにちは、ピッコです。 「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となって...

 




 

139話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 暗躍する共犯者たち

皇后宮の奥深く。静寂に包まれた一室で、皇后は毅然と座していた。

そこへ、気配もなくフードを深くかぶった人物が現れる。

その者がゆっくりと顔を覆っていた布を外すと、そこには世にも神秘的で、同時に異様な顔立ちが露わになった。

血の気が引いたように白い肌に、雪を戴いたかのような長い白髪。何よりも人目を引くのは、異様なほど大きな黒い瞳だった。白目がほとんど見えないその両眸は、深い闇を湛えている。男か女か、その外見からはまるで判別がつかなかった。

「お久しぶりですね、皇后陛下」

まだ二次性徴すら迎えていない子どものような、高くてどこか不気味な声が室内に響く。

(相変わらず気味が悪いわね……)

皇后は内心の嫌悪を完璧に推し量り、慈悲深い笑みを浮かべて応じた。

「ええ。しばらくぶりね、ヨン。元気にしていたかしら?」

「はい、とても。何の心配もなく魔法の研究に没頭できましたから。すべては皇后陛下のおかげです」

男とも女ともつかぬ魔法使い――ヨンは、かつて皇后の依頼を受け、皇帝の感情を消し去る魔法を施した張本人だった。その報酬として、皇后から莫大な富を受け取っている。それは単なる技術への対価ではなく、永遠の口封じのための口止め料でもあった。

(もちろん、その金がなかろうと、あの皇帝について回るつもりなど毛頭なかったが……)

ヨンは冷ややかに思考する。この件が公になれば、皇后共々、破滅を迎えるのは火を見るより明らかだった。二人はすでに、同じ泥舟に乗った共犯者なのだ。

ヨンは薄く微笑んだ。

「皇后陛下は以前、私とは二度と会うことはないとおっしゃいました。私もそのつもりでおりました。ですが、それからまだ大して時も経たぬうちに、こうして呼び戻されるとは……」

皇后はすっと視線を落とし、低く答えた。

「ええ、そうね。だが――もう一つ、頼みたいことができたのよ」

その言葉に、ヨンの黒い瞳がわずかに光る。何を考えているのか読めないその目をまっすぐに見据え、皇后は静かに言い放った。

「皇帝に、もう一度魔法をかけなさい。今度は……私の望むままに、彼を操れるように」

さしものヨンも、その言葉には目を見開いた。

現在、皇帝にかかっているのは単に感情を抑え込むだけの魔法だ。いわば身体の痛みを一時的に麻痺させる麻酔のようなもの。皇帝の肉体に害はなく、むしろ長年彼を苦しめてきた偏頭痛や精神的苦痛から解放され、かつてないほど安らかな状態にあるとも言えた。

しかし、精神を直接支配する魔法となれば、話はまったく別だ。

「魔力を脳へと強制的に侵入させ、精神と肉体を支配する術です」

ヨンは淡々と説明を始めた。

「操られた者は、想像を絶するほどの苦痛とストレスに晒されます」

一度言葉を切り、冷徹な事実を告げる。

「高い確率で、皇帝陛下の精神は崩壊するでしょう。あるいは、その負荷に耐えきれず、肉体そのものが死に至る可能性もあります」

常人であれば到底受け入れがたい、恐るべき副作用だった。

それでも――。

皇后は艶やかに笑った。まるで、この上なく喜ばしい祝報でも聞いたかのように。

「本当に、あの悪魔のような男にふさわしい最期だわ」

「……」

狂気を孕んだ笑みを浮かべたまま、皇后は続けた。

「とはいえ、明日すぐに死なれては困るの。少なくとも、私が望むものをすべて手に入れるまでは、あの男を利用し尽くさねばならないのだから。魔法をかければ、どれくらい持つのかしら?」

「……皇帝陛下のお体は未だ強靭です。最低でも三年は耐えられるでしょう。それ以降のことは、どうなるか保証いたしかねます」

――三年。

皇后はわずかに眉をひそめた。想定よりも短い時間だったからだ。

それでも、彼女の野望の炎が消えることはなかった。

「いいでしょう。人目につかぬよう手配してあげるわ。皇帝に魔法をかけなさい」

無言で立ち尽くす魔法使いに対し、皇后は以前とは比べものにならないほどの巨額の報酬を提示した。

「皇帝を操ることに成功したなら、お前が望むものは何でも与えよう」

大陸中に散らばる数千の魔力石だろうと、皇宮の奥深くに眠る古代王国の秘宝だろうと、彼女は惜しみなく差し出すつもりだった。

ヨンは欲深い男だった。しかしそれ以上に、皇后が皇帝を操ってどのような未来を紡ぐのか、その破滅的な結末を見てみたいという飽くなき好奇心があった。多くの魔法使いがそうであるように、彼の内には尽きない探求心が脈打っている。

ヨンはゆっくりと目を細め、静かにうなずいた。

ところ変わり、こちらは皇太子宮。

シアナはその日、華やかな宴には出席していなかった。二週間後に控えた婚約式で身にまとうドレスと、それに合わせる装飾品を選ぶ大切な予定があったからだ。

広い部屋の中には、都で最も名高い仕立て屋がシアナのために仕立てた、絢爛豪華なドレスの数々が並べられている。

薄紫のドレスを身にまとったシアナは、鏡の前でくるりとその場で一回転した。

「どうですか?」

目の前に立つ皇太子ラシードは、至極柔らかな笑みを浮かべて答えた。

「すごく綺麗だ」

シアナは次に、爽やかな水色のドレスへと着替え、再びラシードのほうを見る。

ラシードはやはり、優しく目を細めた。

「最高に綺麗だ」

「……」

その後もシアナは何着も着替えてみせたが、ラシードの反応はまるで貼り付けたかのように同じだった。――いや、少しずつ言葉の密度が変化していく。

「ドキドキする心臓が、胸を突き破りそうだ……」

「胸を突き破って飛び出しそうなほど美しい」

「天使にどうして翼がないのか不思議に思うくらい美しい」

「『お前が綺麗だと思う人は手を挙げてみろ』と言えば、この世の全員が手を挙げて空が見えなくなるほど美しい」

とうとう聞いていられなくなったシアナは、困ったように眉を寄せた。

「一体、そういう変な台詞はどこで覚えてきたんですか?」

するとラシードは、真面目な顔で答えた。

「数日前、アリスから手紙が来ただろう。婚約式に一度来てみろと。式の日には東部の軍を全部引き連れてでも、お前を連れて帰ると書いてあった」

「……それで?」

アリスの物騒な脅しと、ラシードの甘すぎる台詞がどう繋がるのか、シアナにはさっぱり分からなかった。

不満げな顔をするシアナに、ラシードは真剣な口調で告げる。

「年下の弟にお前を奪われる気はない。だから、それなりに対策をしているんだ。どんな状況になっても、お前が俺を選べるように」

そこでようやく、シアナはラシードの意図を理解した。

「……まさか私に点数を稼ぐために、あんな妙な台詞を言っていたんですか?」

驚いたことに、ラシードはあっさりとうなずいた。

「アリスがそういうことを言うと、お前はいつも楽しそうに笑っていただろう?」

真顔で言い切るラシードを見て、シアナは言葉を失い、恥ずかしさのあまり唇を噛んだ。

(それは子どもが言うから可愛いのであって、大の大人が言うと……ただただ恥ずかしいだけなのに!)

しかも、この場には二人きりではないのだ。ドレスを仕立てたデザイナーとその助手たち、さらにはシアナの侍女が二人も控えている。ラシードが口を開くたびに、控えていた女性たちは顔を見合わせては、小さく黄色い悲鳴をあげていた。

「まあ……!」

「まあ、なんてこと……!」

あちこから漏れる感嘆の声に、シアナの羞恥心は限界に達していた。

(はあ……殿下の意見なんて聞こうとした私がバカだったわ。予想はしてたけど、やっぱり殿下はミジンコほども役に立たないわね)

シアナはラシードの意見をきっぱりと切り捨て、さっさとドレスを決めてしまった。最初に試着した、あの淡い紫色のドレスだ。その後は、それに合うアクセサリーや靴も迷いなく選んでいく。

(どうせ商人たちが持ってきたものはどれも最高級品だし、出来の差なんて大してない。なら、自分に一番似合うものを選べばいいだけだわ)

そんなシアナが、唯一じっくりと時間をかけたものがあった。

それは、婚約指輪だった。

シアナは目を細め、宝石箱いっぱいに並べられた指輪を見比べた。値踏みをする鑑定士さながらの真剣な表情だ。シアナがこの指輪を見ては、あちらの指輪を見てとひどく悩んでいるのを見て、ラシードは「宝石商が持ってきた指輪を全部買って、十本の指すべてにはめればいいだろう」などと、相変わらず役に立たない提案をしそうになり、慌てて口を閉じた。

やがて決心したように、シアナは一組の指輪を手に取った。

「これにします」

彼女が選んだのは、プラチナ製の、シンプルでありながら上品なデザインの指輪だった。

シアナは続けて要望を伝える。

「ただし、はめ込まれているダイヤモンドは外して、紫色のサファイアとエメラルドに替えてください」

宝石商は目を丸くし、ぽんと手を打った。

「なるほど、皇太子殿下と姫様の瞳の色に合わせた宝石をお望みなのですね」

シアナは照れくさそうに、こくりとうなずいた。宝石商はそれを見て、優しく目を細める。

「お二人の澄んだ美しい瞳に、できる限り近い宝石を探して指輪をお作りいたします」

「はい、お願いします」

こうして、その日の予定はすべて滞りなく終わった。

商人たちが退室し、ようやく人払いが済むと、ラシードはすかさずシアナを愛おしそうに抱き寄せた。

「ああ、疲れた……」

その言葉に、シアナは不思議そうに小首をかしげる。

「一日中選んでいたのは私ですよ? 殿下が疲れることなんてありました?」

今日一日、ラシードは横で穏やかに微笑みながら「可愛い」「いいね」「全部買おうか」などと言っていただけだったはずだ。それなのに彼は、ひどく理不尽だと言わんばかりの顔で答えた。

「お前が俺を見て笑うたびに、抱きしめてキスしたいのを我慢するのがどれだけ大変だったか分かるか?」

「……っ」

言うが早いか、ラシードはシアナの唇にそっと口づけた。

それを皮切りに、ラシードの甘いキスの嵐が始まる。シアナの丸い頬、小さな花のつぼみのような愛らしい鼻、 tender な唇へと、途切れることなく幾度も口づけが落とされた。

終わりが見えないほどの愛撫に、シアナの心臓は激しく音を立てた。

(殿下にこの心臓の音が聞こえたらどうしよう……)

だが、そんな心配はすぐに吹き飛ぶことになる。

ドクン、ドクン――。

その瞬間、ラシードの胸の鼓動のほうが、シアナのものよりもはるかに大きく、激しく響いていたからだ。

シアナの細い首筋に唇を寄せたまま、ラシードが熱っぽくささやく。

「やっぱり無理だ。二週間後の婚約式なんて待てない。いっそそのまま結婚式にしないか?」

最近のラシードは、顔を合わせるたびに結婚の話ばかりしている。シアナの前だけでなく、公の場でもそうなのかは分からないが……今にも侍女のソルが苦悩の表情で「殿下、どうかお控えください。本当に、結婚に取り憑かれた人みたいです!」と叫び出しそうなほどの熱烈さだった。

ラシードはソルの脳内の言葉を肯定するように、真顔でシアナを見つめた。

「その通りだ」

そう言って、ラシードはシアナの細い腰をさらに強く引き寄せる。

「朝起きたらすぐにお前の顔が見たい。一緒に朝食をとって、昼も夜も一緒に食べて、お茶も一緒に飲みたいんだ。日が暮れたら、夜空の下で手をつないで散歩をして、他愛のない話をして……同じベッドで、ぎゅっと抱きしめたまま眠りたい」

「……殿下」

「シアナ、お前の柔らかい蜜色の髪を撫でながら、眠るまで子守歌を歌ってやる」

シアナはぽかんとラシードを見つめ、それから困ったように、けれど愛おしそうに微笑んだ。

「どうか落ち着いてください。まだその時ではありませんから」

どれほど二人の仲が睦まじく、愛情に満ちていようと、すべてを一度に手に入れることはできない。ラシードは大帝国の皇太子なのだから。

(それでも、こうして婚約までたどり着けたこと自体、私にとっては奇跡みたいなものだわ)

シアナは自分の立場を誰よりもよく理解していた。いくら自分が「神秘の花」を持つ王族であり、神アシルンドの寵愛を受ける存在だとしても、帝国の皇太子であるラシードの隣に並ぶには、まだ足りない部分がある。

だからこそ、彼女はさらなる努力を重ねようと決意していた。皇太子妃として彼の隣に立つその時、誰にも文句を言わせないために。

(婚約式が終わったら、もっと頑張らなくちゃ)

貴族たちとの関係をさらに深め、神秘の花の力で神アシルンドの国をより強くしていく――そんな輝かしい未来を思い描いていた。

シアナがそう心に決めると、ラシードの胸にそっと顔を埋めた。

ドクン、ドクン。

彼のたくましい胸の奥から伝わる力強い鼓動が耳に響く。シアナはその音を聞くのがたまらなく好きだった。

ふと気づけば、ラシードは嬉そうに彼女の指先へ幾度も口づけを落としていた。そんな彼を見上げて、シアナは思い出したように口を開く。

「実は、ずっと前から聞きたいことがあったんです。でも、なかなか機会がなくて……」

「何だ?」

「もしかして、私の知らないところで……殿下には、仲のいい年上の女性がいたりしませんか?」

思いがけない質問に、ラシードは驚いて目を丸くした。戸惑う彼に、シアナは少し言いにくそうに続ける。

「実は……」

それは、シアナの心の一角にずっと引っかかっていた疑問だった。

まだ彼女が幼い侍女だった頃――りんご農園で働く農夫たちを招いて開かれたティーパーティーでの出来事だ。

「アップルトン男爵夫人だと思い込んでいた貴族の女性がいたんですけど……殿下にそっくりだったんですよ」

銀色の髪に、紫の瞳、整った美しい顔立ち。その時の妖艶な女性を思い出しながら、シアナは困惑混じりに言った。

「今思い返しても変なんです。まるで、殿下が女装していたみたいで……」

「うん、そうだよ」

「……え?」

あまりにもあっさりとした肯定に、シアナは言葉を失った。

ラシードは楽しそうに目を細めて続ける。

「その女性、俺だよ。偽のアップルトン男爵夫人」

「……」

シアナの目がみるみるうちに大きく見開かれ――次の瞬間、思わず素っ頓狂な声を上げた。

「え、殿下があの女性だったんですか!?」

「うん」

「で、でも……! Loud」

シアナは必死にあの一件の女性の姿を思い出した。確かに女性にしては背が高く、声も少し低めだった。けれど、豊かな胸にくびれた腰、そこで柔らかな声色。どう見ても“完璧な美女”そのものだったのだ。

「いくら殿下が腕のいい技術者を呼んで女装したとしても、あそこまで肉体が変わるなんてありえませんよ!」

ラシードはくすくすと楽しそうに笑った。

「体を変える魔石を使ったんだ」

「いや、『ああそうなんですね』で済ませられる話じゃないですよ! なんでそんな重要なこと、今まで黙ってたんですか!」

「別に大した意味はない。ただ……忘れていただけだ」

それでも、ラシードじっとシアナの顔を見つめていた。シアナの顔は、今や熟したトマトのように真っ赤に染まっている。

ラシードは様子をうかがうように、そっと声をかけた。

「怒った?」

「怒ってるんじゃなくて……びっくりしただけです」

「……ごめん。そこまで大事なことだとは思っていなかったんだ」

それは本心だった。ラシードにとっては、シアナを見つめているだけで「可愛い」「綺麗だ」「好きだ」という感情で頭がいっぱいになってしまい、過去の些事など吹き飛んでしまうのだ。

シアナは少し頬を膨らませながら言った。

「私たち、恋人同士ですよね? どんな小さなことでも話してほしいんです。私は殿下に隠し事なんて……」

そこで、はっと言葉を止める。

――思い出した。自分にも、まだ伝えていない重大な秘密があった。

シアナは瞬きをして、少し戸惑いながら口を開いた。

「殿下、私が皇太子宮に初めて来たときに話したこと、覚えていますか?」

「どんな話だ?」

「冬の王国の姫君の話です」

「……!」

ラシードの表情が一変した。彼はすぐに、それが何の話か思い出したのだ。

寒さが厳しくて外に出られなかった冬の王国の姫君。そんな彼女に、小さな鳥が太陽を一かけら運んできて、姫君は幸せになった――という、あの切なくも温かい童話。

しばらく考え込んだラシードは、静かに問いかけた。

「その話、誰から聞いた?」

シアナは少し驚きながら答えた。

「故郷に昔から伝わっているお話だと思います……と、あの時は言いましたけれど」

彼女は視線を落とし、申し訳なさそうに続けた。

「実はあの話、誰かに聞いたわけでも、本で読んだわけでもないんです。……私が作ったお話なんです」

「……!」

ラシードの目が大きく見開かれる。

「嘘をついてごめんなさい。あの時、殿下の表情があまりにも真剣で……本当のことが言えなかったんです」

ラシードは怒らなかった。代わりに、激しい衝動に突き動かされるようにシアナを強く抱きしめ、叫んだ。

「俺にその話をしてくれたのは、お前だったんだな……! お前だったんだ!」

その声は、隠しきれない歓喜と安堵に満ちていた。

ラシードの腕の中で、シアナはしばらく言葉を失う。

(あの時も思ったけれど……殿下は、本当にあの話をしてくれた人をずっと探していたんだわ)

――だったら。

(もっと早く、話しておけばよかったのかな……?)

けれど、当時のシアナにはできなかった。なぜなら、自分こそがその物語をラシードに語った“その人”だなんて、微塵も思っていなかったからだ。

シアナは静かに視線を落として言った。

「でも殿下、私は以前に殿下にその話をしたことはありません」

唇を引き結び、言葉を選ぶように続ける。

「8年前に、一人の男の子にあのお話をしてあげたことはあります。でも……その子が殿下だったとは思えないんです」

あの時の少年は、ラシードに驚くほどよく似ていた。年齢の辻褄も合う。それでも、同一人物だとは思えなかった。――なぜなら、あの時の少年は、今にも命を落としそうなほどの危機に瀕していたのだから。

シアナはそのことが気がかりで、後に宮廷の記録を調べたこともあった。けれど、ラシードは帝国の尊き皇太子だ。あの時の瀕死の少年と結びつくはずがなかった。もし本当にそんな大事件があったのなら、どれだけ箝口令が敷かれていようとも、何かしらの痕跡が残るはずだ。だが、長年宮廷に仕えてきた侍女や側近たちは、皆そろって首を横に振ったのだ。――皇太子殿下にそんな異変が起きたことは一度もない、と。

ラシードはシアナの疑念を否定しなかった。

「そうだな。お前の言う通り、俺の公式な記録にそんな目に遭った事実はない。少なくとも……俺の記憶の中では」

「……」

「前にも言っただろう。冬の王国の姫の話は鮮明に覚えているのに、それを語ってくれた相手の顔だけが、まったく思い出せないんだ」

ラシードは、いつ、どこで、何歳のときにその話を聞いたのか――その前後の記憶が何一つ思い出せなかった。まるで、円いパイの一切れだけをきれいに切り取ったかのように、その部分だけがぽっかりと抜け落ちているのだ。

それでも、魂が覚えている確信だけはあった。

「その話をしてくれたのは、間違いなくお前だ」

「どうしてそこまで言い切れるのですか?」

「その人の声や姿は思い出せない。でも……感覚だけが、ぼんやりと残っているんだ」

ラシードはシアナの髪にそっと触れ、愛おしそうに囁いた。

「春みたいにあたたかくて――まるで、お前みたいだった」



 

 

  • 皇后と魔術師ヨンの危険な再契約

    皇后は皇帝の感情を消した魔術師ヨンを再び呼び戻し、今度は皇帝を完全に支配する魔法を命じた。皇帝の精神崩壊や死の危険(余命3年)を伴うものの、皇后は莫大な報酬を提示して契約を結んだ。

  • シアナと皇太子ラシードの甘い婚約準備

    2週間後の婚約式に向け、シアナはドレスや互いの瞳の色を模した指輪を選ぶ。ラシードはシアナへの熱烈な愛を隠さず、すぐにでも結婚したいと迫るなど、二人は深く愛し合っている。

  • 明かされる過去の秘密と「冬の王国」の謎

    ラシードが過去に女装してシアナの前に現れていた事実が発覚。さらに、シアナが作った「冬の王国の姫君」の童話を8年前に瀕死の少年に語りかけた記憶と、ラシードの失われた過去の記憶(春のような温かい感覚)が重なり、二人の運命的な繋がりが浮き彫りになった。

 

 

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