こんにちは、ピッコです。
「悪党おじさんと暮らしています!」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
58話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- すべての清算
店の方から、突き刺さるような悲鳴が響き渡った。
シモアはただならぬ気配を感じ取り、すぐさま傍らにあった斧を手に取った。
よりによって武器すら持ち合わせていない、こんな日に限って!
ほんの数瞬、立ち止まってしまった隙に、あっという間に怪漢たちがシモアを取り囲んでいた。
退路は完全に塞がれた。
「くそっ……!」
依頼人側が差し向けた追手か?
それとも、まったく別の手勢か?
いずれにせよ、逃げ出すにはあまりに遅すぎた。
「誰の命令だ!」
ヒュン! ブンッ!
義母は迫り来る怪漢たちに向かって、がむしゃらに斧を振り回した。
このような修羅場は、決して初めてではない。しかし最後の件を除けば、すでに3年以上も昔のことだ。過去の依頼の尾を引いているとは思えなかった。
(やっぱり、あの最後の依頼に問題があったんだ……!)
義母は覆面で顔を隠した男たちの正体を突き止めようとしたが、叶わなかった。
確かめる暇もなく、冷たい刃が顎の下へ一直線に突きつけられる。まさに一瞬の出来事だった。
ドンッ!
「うっ!」
膝を激しく踏みつけられ、シモアの体が砕けるように折れ曲がる。
間髪容れず、別の男が斧を握っていた手を思い切り蹴り上げた。
「きゃっ……!」
痛みに悶絶する間すら与えられず、顔面から惨めに地面へ叩きつけられた。
「くっ……」
関節が外れたのか、手にまるで力が入らない。
朦朧とする視界の中、取り囲む男たちの隙間から、一人の男が歩み出てくるのが見えた。
シモアは荒い息を吐き出しながら、必死で顔を横に向けた。
男の正体を確認しようとしたその瞬間――男は容赦なく近づき、シモアの頭を足蹴に踏みつけた。
「これまで帝国内を好き勝手に歩き回っていたようだな。誰も彼も、実に命知らずだ。……そう思わないか?」
ジェラードは革手袋の指先をいじりながら、吐き捨てるように呟いた。
今すぐにでも、この禿げ上がった頭を完璧に踏み潰してやりたい衝動に駆られていた。よりによってセリア様を――あのお嬢様のお母上を手にかけたのだから。
「こいつで最後か?」
「はい。五人のうち、最後のひとりです」
あの日、あの現場にいたロンドとこの男を除き、関わった者は残らず捕らえた。
ついに、残るは目の前の一人のみ。
「そうか。お前だけは、私が直接主君のもとへ引きずっていきたかったんだ。……おい、引っ張っていけ」
シモアの頭に、再び鈍い痛みが走った。
視界が暗転し、そのまま意識は深い闇へと落ちていった。
—
義母が再び目を覚ましたときも、相変わらず地面に顔を押しつけられたままだった。
あたりは漆黒の闇に包まれていたが、そこが屋外であることだけは感覚で分かった。先ほど捕らえられた場所とは明らかに違う。
かろうじて首をねじ曲げると、かすむ視界の隅に燃えるような赤い髪が映り込んだ。
(赤い髪……?)
次第に焦点が合い、目の前に立つ男の姿がはっきりと見えてくる。
(ああ……やっぱり、あの女の血縁か。)
黄金色の瞳。
予感があったからか、すぐに記憶の糸がつながった。自分が依頼を受けたあの女と、どことなく面影が重なる。
(やっぱり、あの最後の依頼なんて受けるべきじゃなかった……)
シモアは3年前、裏の仕事から完全に足を洗い、新しい人生を歩み始めたはずだった。身に余るほど素晴らしい女性と出会い、家庭も持った。
しかし、穏やかな暮らしが始まってまもなく、妻が原因不明の難病に倒れたのだ。
シモアはあらゆる手を尽くし、薬の情報を探し求めた。
「『ペンデベルの薬』なら治せるだろうが……」
「ペンデベル? それはどこで手に入るんだ! いくらかかっても構わない、教えてくれ!」
「うーん、高価な代物だよ。この人物を訪ねてみな」
「ちょうど、仕事を頼める人間を探していたところだったのだ」
「すまないが、もう依頼は受けていない」
「まあ、好きにしろ。だが、こちらを頼らねば薬を手に入れることは不可能だろうな」
家に引き返したシモアは、深い苦悩に沈んだ。
妻は相変わらず、いつ目覚めるとも知れぬ深い眠りについたままだ。
もう一度だけあの暗闘の世界へ戻れば、どれほど危険であろうと薬を手に入れ、妻に望む生活をさせてやれる。
だが今の自分は、ただ日陰のない安定した暮らしを望んでいた。いつ命を落とすとも知れない生き方は、もう終わりにしたかったのだ。
シモアが葛藤を抱えている間にも、妻の容体は一刻一刻と悪化していった。
『二度と目を覚まさないかもしれない』――医師からそう告げられた矢先、件の薬を持つという人物が自らシモアの前に現れたのだ。噂を聞きつけてのことだった。
「一人、始末してくれればそれでいい。簡単な仕事ですよ」
「……薬だ。まず、薬をくれ」
「必要なら、急いで動いたほうがよろしいのでは?」
断る選択肢などなかった。
足を洗って3年。義母は再び、一線を越えて修羅の道へと足を踏み入れた。
与えられたのは、報酬に見合う頑丈な馬車。
殺害対象は一人の女性。
事前の手回しは完璧で、仕事を片付けること自体は容易かった。
しかし、想定外の事態が起きた。
(子供がいるなんて、聞いていないぞ……!)
恐怖に震え、自分を見上げる幼い少女と目が合ってしまった。
涙で満ちたその瞳を見た瞬間、剣を握るシモアの手が固まった。
子供さえいなければ、何の後腐れもなく終わっていたはずなのに。
依頼主の女は殺したが、幼子まで手にかけることはどうしてもできなかった。
自分も今や家庭を持ち、妻との間に子供が欲しいと願っていたからだ。
この仕事さえ終われば、望んでいた穏やかな日常に戻れる。そう信じていたからこそ、止めを刺せなかったのだ。
「……うっ!」
少女は必死に泣き声を押し殺していた。
冷たくなった母親の服の裾を小さな手で固く握りしめ、必死に身を隠そうとしている。
結局、シモアは剣を収めた。
こんな人里離れた場所に置き去りにされれば、幼い子供が生き延びられるはずがない。遠からず、徘徊する野獣の餌食になるだろう――そう自分に言い聞かせ、その場を去った。
その後、薬によって妻の病は癒え、シモアは過去の過ちをすっかり忘れ去っていたのだ。
ところが――。
いま、死の恐怖が目と鼻の先に迫っている。
家では、快復した妻が自分の帰りを待っているというのに!
両腕を縛られたまま、義母は自ら頭を地面にこすりつけた。
「た、助けてくれ! 私は……私はただの雇われなんだ! 依頼した奴が誰なのか知っている! 全部、全部吐くから! 頼む、命だけは……!」
「――どうやって殺した。」
抑揚のない声だった。
感情のすべてが深く沈み込んだような乾いた声に、義母は恐る恐る顔を上げた。
「え……?」
どうやって殺したのか、だと?
義母は混乱しながらちらりと周囲を見回した。
後ろ手に縛られ、ひざまずいていた男たちの一人が、彼女に向かって小さく顎をしゃくってみせる。
『吐け』ということか?
すべて話せば、助けてもらえるのだろうか?
義母はすがるような思いで少しでも時間を稼ごうと、その日の出来事を洗いざらい打ち明けた。
依頼主の人相、知っている限りの情報、そして――言い訳にすぎないと知りつつも、病の妻のために薬が必要だったことまで。
すべての話を聞き終えると、赤みがかった黒髪の男は、固く閉ざしていた口をゆっくりと開いた。
「心配するな。すぐに、妻のもとへ送ってやる」
「ま、待て! 話が違う、頼む待ってくれ――!」
そこには何の慈悲も存在しなかった。
シモアは、自分がかつてあの女性を手かけたのと、まったく同じ方法で惨絶な最期を遂げた。
・
・
・
その日の夜。
カッセルは姉を殺害した者たちの首級をすべて集め終えていた。
首謀者らの息の根を止めたというのに、胸の奥で渦巻く荒涼とした怒りは少しも収まらなかった。
どれほど仇を討とうと、セリアが生きて戻ってくるわけではないのだから。
カチャ。
静かな音を立てて、レトが部屋へ入ってきた。
彼が捧げ持つトレイには、強い酒の瓶とグラス、そして胃を守るための薬が一瓶載せられていた。
相変わらず窓の外を見つめたまま微動だにしないカッセルの背中に軽く一礼し、レトはトレイをテーブルに置くと、そのまま静かに退出しようとした。
振り返ったカッセルはレトの配慮に気づき、自嘲気味に鼻で笑うと、デスクの端に適当に腰掛けた。
「なんだ、飲んで潰れろとでも言うのか?」
「今夜は少し、お酒が必要かと思いまして」
「相変わらず、うちのレトは気の回る奴だな」
軽口を叩くような声だったが、レトは苦笑いを返すことしかできなかった。
主人が無理に軽薄を装うときほど、その内面が苛烈に荒れ狂っていることを熟知していたからだ。
レト自身の胸も、鉛のように重かった。一使用人の自分ですらこれほどの痛みを抱えているのだ。主君の断腸の思いは察するに余りある。
セリア様の訃報が届いたあの日のこと。
主人は文字通り、目を血走らせ、正気を失うほどの激情を見せていた。
日頃の態度がどうであれ、カッセルは何よりも家族を深く愛する男だったのだ。
「レト」
重く沈んだ静寂の中、カッセルが低い声で問いかけた。
「はい」
「……すべてを片付けたら、セリアは私を許してくれると思うか?」
力なくうなだれるカッセルの姿に、レトの胸から小さなため息が漏れた。
もし事前に悲劇を察知できていれば、防ぐことができたのだろうか。
ほんの少しでも気を配っていれば――。
深く重い息を吐き出す主君に対し、レトはさらに深く頭を下げた。
「ご主人様は今、お嬢様(アイカ)をお守りしていらっしゃるではありませんか。それこそが、セリア様が最も望んでおられることに違いありません」
「……そうだな。そうしなければならないな」
「僭越ながら、これはまだ始まりにすぎないと考えております。デスリンとの接点も必ずや突き止めてみせます。私どもはご主人様のお命じのままに動くのみ。どうかご命令を。この命を懸けて従います」
悲壮感すら漂わせる従者の姿に、カッセルはふっと苦笑を漏らした。
そういえば、夕方にもジェラードがまったく同じようなことを言っていた。
「それなら明日からは、ジェラードと一緒に二人で私を背負って歩くか? 二人揃ってどうだ?」
冗談めかしたカッセルの言葉には、決して揺らぐことのない固い決意が秘められていた。
引き締まっていたレトの表情が、呆れたように崩れる。
「もう……本当にお戯れはおやめください! 体を使う泥臭い仕事は、すべてジェラードに任せておけばいいのです!」
カセルは少し口を尖らせた。
二人揃って自分を宥めようとするのを見るに、ここ最近は相当に弱った姿を見せてしまっていたらしい。
いつまでも落ち込んでいるわけにはいかなかった。
「分かった。骨折り損だったな。下がって休め」
「ご主人様もお早めにお休みください。それでは、また明日」
「ああ」
レトが退出していった後、カッセルはようやくゆっくりと体を動かした。
酒に痛みを委ねるなど、本来の自分の性分ではない。
だが……今夜くらいは、少しばかり酔いに逃げても罰は当たらないだろう。
重い腰を上げ、デスクに置かれた酒瓶へ手を伸びかけたカッセルの動きが、ぴたりと止まった。
彼は酒瓶から手を離し、自らの首元へ視線を落とした。
手のひらの半分ほどもある、四角い首飾り。
指先でその表面を丁寧になぞると、そこに刻まれた愛おしい甥の名前が、はっきりと感触として伝わってきた。
「そうだ……まだ、終わっていない」
すぐに帰ると、約束したのだから。
『おじさん、気をつけて行ってきてね!』
『首飾り、絶対に外しちゃダメだよ!』
幼い声が脳裏に蘇る。まるで「酒など飲んでいる場合ではない」と戒めるように、テーブルのグラスがカランと小さな音を立てた気がした。
カッセルは伸ばしかけたグラスをそっと逆さに伏せた。
どこまでも深く、やけに長い夜がゆっくりと過ぎていった。
—
「主君! おっしゃっていた通り、ロンドが夜明けの隙を突いてこっそり屋敷を抜け出したようです。追手を放ちました」
ロンドは闇に紛れて首都からの逃亡を図った。
彼に対する裁判はほぼ結審しており、あとは判決を下されるのを待つばかりとなっていた。
言い逃れのできない決定的な証拠が次々と提出され、形勢は完全に一極へと傾いていたのだ。
ロンドが最後の綱と頼みにしていたデスリンにまで見捨てられると、貴族派の面々も続々と突きつけられる証人や証拠を前に、もはや彼を庇い立てすることはできなかった。
デスリン自身もまた、ロンドが失脚し始めてからは蜘蛛の子を散らすように身を縮め、固く息を潜めていた。
ロンドが片付けば、次の標的がデスリンになるのは明白だった。
ロンド自身、このまま裁判が終われば自分に待っているのは死のみだと痛感していた。だからこその脱獄、逃亡だった。
「その場所へ向かう」
地獄の底まで逃げようと、どこまでも追い詰めてやるだけだ。
「はい、主君」
・
・
・
「もっと飛ばせ! 遅すぎるぞ!」
ジェミエルは馬車の御者を何度も鞭で叩きつけ、さらに速度を上げるよう狂気じみた声で急かした。
一晩中走り続けているというのに、窓の外には相変わらず荒涼とした人影のない道ばかりが続いていた。
御者からの返事はない。
「レギア、あの忌々しい小娘が……!」
怒りと激砲で、握りしめた拳がガタガタと震えた。
今は屈辱に耐えて身を隠しているが、力を蓄えさえすれば必ずや返り咲いてやる。この屈辱を何倍にしてでも追い返してやるのだ――!
キィッ――!
命じてもいないのに、激しい軋み音を立てて馬車が急停車した。
「なぜ止まる! どうしたというのだ!」
ジェミエルは外の様子を確かめようと、乱暴に窓のカーテンをめくった。
「……?」
ジェミエルの瞳孔がぎゅっと収縮する。
ここは――どこだ?
勢いよくカーテンを引きちぎるように開け放ち、周囲を見回す。
「そんな……バカなハズが……!」
そこは、前世で自分が無残な死を遂げた、因縁の場所そのものだった。
自分が向かおうとしていた目的地とは、完全に正反対の方向だ。
ジェミエルは湧き上がる怒りを抑えきれず、馬車の壁を思い切り殴りつけた。
まさか自分が、このような惨めな追われる身に成り下がるとは!
すべては、あの忌々しい狂人のせいだ。
屋敷は跡形もなく焼き払われ、使えていた使用人たちも大半が命を落とすか、散り散りになって逃げ出した。
家族だけは命からがら領地へ避難させたものの、自分自身が追われる身となったため連絡が途絶え、無事に到着したのか確認することすら叶わない。
このままでは、先祖代々の領地まであのレギアに奪い取られるのは時間の問題だった。
狂ったように命を狙ってくる追手から逃れるため、ジェミエルは唯一の協力者であり親友でもあるエグシ伯爵のもとへ向かっていたのだ。
首都では、もはや自分に手を差し伸べてくれる貴族など誰一人としていなかった。
デスリンに見限られた後、ジェミエルは藁にもすがる思いで、かつてレギアと敵対していた家門を片っ端から訪ね歩いた。
最初に訪ねたのはグリーン伯爵家だった。
最初は門前払いされかけたものの、必死の哀願の末、どうにか伯爵との面意を取り付けた。
『私をお助けください!』
『……私にどんな力があるとお思いで、わざわざ訪ねて来られたのです?』
『伯爵も、あのレギアから酷い目に遭わされたはずだ!』
グリーン伯爵はその言葉に、かつてレギアによって潰されかけた自身の事業を思い出して顔を顰めた。
必死の思いで耐え抜き、どうにか破滅だけは免れたものの、一歩間違えれば家門そのものが吹き飛んでいた恐怖の記憶。
たった一人の愚かな娘のせいで巻き込まれた悪夢だ。
『二度目はない』というレギアの冷酷な警告を思い出し、伯爵は固く口を結んだ。
あの時はまだ「娘の不始末」だったからその程度で済んだのだ。落ち目の男と手を組み、今度こそ本当に家門を滅ぼすわけにはいかない。
ましてやロンド侯爵家は、一瞬にして地に落ちた破滅確定の家門として、すでに社交界中に噂が広まり切っていた。
ジェミエルがどれほど焦っていようと、相手が泥舟か否かを見分けるくらいの知恵はあった。
『……お引き取りください』
『今回だけ助けてくれればいい! レギアに奪われた損害はすべて取り戻してやる! 倍の金を払うから、私を匿ってくれ!』
必死の叫びも虚しく、ロンドはグリーン伯爵家から追い出されるように叩き出された。
『金を借りに来るような落ちぶれが……返すアテなどどこにあるというのだ!』
リッツ子爵家も、ボルドン子爵家も、ディミト家も、反応は酷似していた。
メニベラ伯爵に至っては、直接会いもしず、使いの者を寄越して金貨一箱を握らせ、『お気の毒に』と一言告げて門を閉ざした。
マギ・ラホドに至っては、自分と同じように追い詰められ、今や生死すら不明の状態だった。
ギリッ……!
ジェミエルは奥歯が砕けんばかりに噛み締めた。
「今回はまんまとハメられたが……必ずだ! 必ず……! ……おい、馬車はなぜ動かんのだ! 返事をしろ!」
その時だった。
ジェミエルの乗った馬車が、ガクンと大きく傾いた。
「うわあッ!?」
一瞬にして横倒しになった狭い馬車内で、ジェミエルは転げ回るように強打した。
天井だった場所に頭部を激しく打ち付け、ゴッという鈍い音が車内に響き渡る。
「くっ……! な、何だというのだ!?」
外は不気味なほど静まり返っていた。
今や壁となってしまったドアをどうにか押し開けようと、ジェミエルは必死で拳を叩きつけた。
しかし、仕掛けでもあるのか、扉はびくともしない。
その時――ガチャガチャッ! ガンッ! と重々しい金属音が響いた。
まるで頑丈な鎖で、馬車全体を何重にもぐるぐる巻きに縛り上げているかのような音だ。
「だ、誰だ! イルレク! 外で何が起きている! イルレク!!」
今や唯一残った御者からの返答は、やはりなかった。
底知れぬ悪寒が背筋を駆け上がる。
ジェミエルは息を殺し、刺客が飛び込んできた際にいつでも身を守れるよう、必死で体勢を低くした。
ガラガラッ……パチパチッ……。
その直後、異様な音が聞こえ始めた。
続いて、車内の隙間から、木が焦げる嫌な煙が大量に流れ込んでくる。
「こ、これは……ッ!?」
ジェミエルの目が、飛び出しそうなほど限界まで見開かれた。
「ひ、火殺する気か!? 火だぁッ!!」
彼女は狂ったように扉を叩き、叫び散らした。
「開けろ! ここを開けろ! 火がついているんだ! 助けてくれ!!」
誰か一人でも聞いてくれることを祈り、喉が破れるほど悲鳴を上げたが、車内に充満する黒煙は刻一刻と濃くなるばかりだった。
ジェミエルは逃げ場のない灼熱の中で、狂乱しながら足をバタつかせ続けた。
・
・
・
馬車から少し離れた小高い丘。
カッセルはポケットに手を突っ込んだまま佇み、激しく炎上する馬車を冷ややかな瞳で見つめていた。
逃亡を許さぬよう、訓練された部下たちが馬車を取り囲み、鉄の布陣を敷いている。
ジェラードが静かに歩み寄り、主君に向かってうやうやしく頭を下げた。
「…………」
そして、そのままカッセルの傍らに控えた。
ここは――かつてアイカが発見された森であり、セリアの命が奪われた事故の現場そのものだった。
横倒しになった馬車の成れの果て。今では朽ちた木の破片がわずかに散らばるばかりの場所だが、カッセルの脳裏には、訃報を聞いて駆けつけたあの日の悲惨な光景が、今なお鮮明に焼き付いていた。
今すぐにでも、寸分違わず描き出せるほどに。
「うわああああっ! 助けてくれ!! 頼む、助けてくれぇっ!!」
馬車の中から、ジェミエルの苦悶に満ちた絶叫がここまで届いてくる。
やがて馬車全体が紅蓮の炎に包まれ、激しく燃え上がった。
カッセルは、その馬車が完全に灰燼に帰すまで。
ジェミエルの断末魔の悲鳴が完全に途絶え、この世から消えてなくなるまで。
その場所に留まり、死神のようにじっと火柱を見張り続けていた。
1. シモアの最期
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追手との戦闘と捕縛:武器もないまま怪漢たちに囲まれたシモアは、抵抗も虚しくジェラードたちに捕らえられ、頭を踏みつけられて意識を失う。
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過去の依頼の真相:目を覚ましたシモアは、3年前に妻の難病を治すための「ペンデベルの薬」欲しさに、裏の依頼(セリアの殺害)を引き受けた過去を思い出す。当時は子供(アイカ)がいたためその場は見逃したが、その報いとして死を免れない状況に陥る。
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処刑:シモアは命乞いをしてすべての情報を吐いたが、慈悲はなく、自分がかつて女性を手にかけたのと全く同じ方法で命を絶たれる。
2. カッセルの復讐と割り切れない想い
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部下たちの処断完了:カッセルは妻を殺害した者たちの首を集め、首謀者らを次々と始末していく。
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消えない苦悩と決意:仇を討ってもセリアは戻らないという虚しさと、事前に防げなかった後悔に苦悩するカッセルだったが、遺された甥(アイカ)を守るため、そしてデスリンとの接点を突き止めるため、復讐をやり遂げる固い決意を抱く。
3. ジェミエルの逃亡と最期
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逃亡の失敗:裁判を控え逃亡を図ったロンドに続き、ジェミエルもまた親友や貴族たちに次々と見放され、かつて事故が起きた因縁の場所へと追いつめられる。
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焼き討ちによる処罰:ジェミエルの乗った馬車は鎖で封じられ、カッセルの指示によって火が放たれる。カッセルはジェミエルの断末魔の叫びを聞き届けながら、現場を冷徹に見守り続ける。