ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜【１６１話】ネタバレ

「小さい子たちが怖がる」

フィペリオンの群れに背を向けて歩くジェレミーの口元に捻くれた笑みが浮かぶ。

彼は少し前に見た顔を全て覚えた。

恩ならまだしも、恨みは必ず何倍にもして返してこそアグリチェだ。

家門の状況のためにしばらく大人しく過ごしてはいたが、ずっとあんな風に気に触れるならば後悔させてあげよう。

「全員、アグリチェで私が言ったことを肝に銘じなさい」

馬車に乗る前にジェレミーがアグリチェの人々に、もう一度しっかりと注意を払わせた。

ただでさえユグドラシルに出発する前に、彼らに一度警告と要請の言葉を刻んだところだ。

鮮烈な目つきを受けた彼らがギョッとする。

既に何度もジェレミーに破られた経験があったので、彼らは急いで頷きながら「分かった」と答えた。

中に反発心を感じている人はもういないようだ。

毎度圧倒的な差で撲殺されたため、既に完全に気が挫け、これ以上ジェレミーを侮る人がいなくなったためだ。

やはりアグリチェで最も迅速かつ正確に序列を整理する方法は、弱肉強食の体系に従うことだった。

そうして彼らは紆余曲折の末、ユグドラシルに入城した。

まず、中に入ったフィペリオンの行列が一足早く荷物を解く。

「ああ、もどかしくて死ぬかと思った」

オルカは精神的な疲れを感じながら自分の部屋を探して建物の中に入った。

慣れない馬車旅行がもどかしかったのはパンドラも同じだ。

彼女も休むために建物の中に入ろうとして馬車から降りるジェレミーを見つける。

その直後、パンドラはビックリして素早く首を傾げた。

去年の冬、アグリチェが没落したという知らせを聞いて、詩を書くに値する魔物がいるのかと思って覗き込んだ時、よりによってそこで出会った人物がまさにジェレミーだ。

今度ユグドラシルに来たら会えるかもしれないと思っていたけれど・・・。

あっという間の出来事だったので、あの男は自分を覚えていないかもしれない。

もちろん、フィペリオン特有の青い髪を見せたことは気になるが、ただその時アグリチェを踏み荒らそうと試みたのがパンドラだという事実さえ正確に知らなければ、ひとまずは大丈夫だろう。

パンドラはジェレミーが自分の顔を発見するのではないかと思い、急いで建物の中に入った。

「何だろう、雰囲気がどうしてこんなに落ち着かないんだ？」

一方、ジェレミーは馬車から降りるや否や散漫な空気を感じ、眉をひそめる。

ユグドラシルにはガストール家が真っ先に到着していた。

ところが、彼らの一部は各自の部屋にいるのではなく、外に出て花園の方を見ていた。

その姿がどこか奇妙で、ジェレミーも釣られて視線を滑らせる。

人々が囁く音が彼の耳元に流れたのは、まさにその瞬間。

「・・・！」

騒々しい隙間でも「その名」はあまりにも鮮明にジェレミーの耳に刻み込まれた。

彼の足はしばらくの間釘付けになり、ようやく引き離される。

彼はなぜか花園に近づく気にはなれず、ただ周りを彷徨いているだけの人々を通り抜けた。

ユグドラシルの中には既にバラが咲いていた。

花園の入り口に近づくほど、息が詰まるような奥ゆかしい香りが肺の奥深くまで充満する。

目眩がするほど強烈なバラの香りに次第に息が切れた。

いいや、違う。

今、ジェレミーの呼吸が乱れているのは、そのような理由ではない。

いつからか彼の心臓は容赦なくドキドキし、ゆっくりと続いていた彼の歩みは、今では殆ど走るように速くなっていた。

視界に鮮やかな赤色と緑色が入り混じって目眩がする。

そして、ついに両目を刺した光景にジェレミーが息を吸った。

低く吹いてきた風に満開のバラが細かく揺れる。

その女性は、花々の真ん中に置かれた椅子に、絵のように座っていた。

柔らかく流れ落ちた金色の髪が日光を浴びて光の群れを描きながら明るく輝いている。

人の気配を感じ、ゆっくりと滑った瞳は咲いたバラのように赤かった。

一瞬息をするのを忘れてしまう・・・。

ジェレミーには、ただ彼女がいるという理由だけでゾッとするほど恍惚とした場面だ。

固く閉ざされていた彼の唇が震えた。

もしかして夢じゃないのだろうか？

ジェレミーは思わず彼女の名前を呼びながら前に進む。

「サナ姉ちゃん・・・」

しかし、すぐにジェレミーは席を離れた。

無意識のうちに前に伸びようとした彼の手は、いつの間にか血が滲むほどギュッと握りしめられていた。

・・・ダメだ。

もし今、自分が下手に近づいて、また目の前で跡形もなく消えたりしたら・・・。

「ジェレミー」

しかし、ジェレミーの頭の中を彷徨いていた恐怖と不安混じりの考えは、次の瞬間に跡形もなく蒸発して姿を消してしまった。

ジェレミーの目の前にいた人が低い声で自分の名前を呼んだのは一瞬のことだった。