ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜【１６５話】ネタバレ

そんなある瞬間、食器を持っていた私の手がビクッと小さく震えた。

ユグドラシルに到着してあらかじめ放っておいた毒蝶が、何かを感知して私に知らせてきたのだ。

「姉ちゃん、どうしたの？」

その小さな反応さえ機敏に捉えたジェレミーが慎重に私の顔を見る。

私は何も言わず、この宴会場の入り口に視線を固定した。

するとジェレミーの視線も私についてくる。

短い時間の後、ついに私の視界に闇より黒い形が映った。

隣にいたジェレミーも私と同じものを見つけたようだ。

突然、彼の手に持っていた食器と皿がぶつかる音が鼓膜を刺す。

一緒に首を傾げた私の隣の席の異母兄弟から甲高い声が沸き起こった。

「えっ、デオン！？」

鋭い雷鳴が鼓膜に突き刺さる。

外はいつの間にか雨が降っているようだった。

降り注ぐ雨に当たってきたようで、視界に映る人の服はびしょびしょに濡れている。

彼の裾から落ちた水気が、眩しい大理石の床をどんどん染めていく。

宴会場の入り口に突然現れた男は、この煌めく空間と少しも似合わない身なりと雰囲気を全身に巻いていた。

香ばしい花と甘い音楽が似合う場所に、彼はまるで一人で現れた真っ黒な染みのように感じられる。

今やアグリチェのテーブルに座っていた人たちの中で宴会場の入り口を注視しない人はいなかった。

周囲にあっという間に沈黙が舞い降りる。

反面、他の家門のテーブルには今までとは明確に異なる騒音が溜まり耳元を叩いた。

アグリチェの動揺に気づいた他のテーブルの人たちが、一人二人と疑問を抱いた視線を動かしていく。

彼らは宴会場の入り口に立っている異質な存在に気づき、唇を綻ばせる。

確かにデオンがいるところと、今私が座っているところの距離はそれほど近くなかった。

けれど、確かに目が合ったと感じる。

今まで何度も感じたように。

私は冷めた目で遠くにいるデオンを見た。

そうだね。

あなたが来ると思っていたわ。

母の口から聞き覚えがなく、私の両耳に烙印のように刻まれたその名前を聞いた時から、ずっと。

いいや、実はアグリチェを抜け出した時から、この瞬間を予感しなかったことがなかった。

デオン・アグリチェも視線の先で私に囁いているような。

「私も、あなたが私を待っていると思った」と。

この上なく乾燥して冷たい声が、蛇のように這い出て耳を覆うような感覚。

本当に・・・、相変わらずウンザリしてつまらない。

デオン・アグリチェと私を取り巻く物語は。

私はゆっくりと席を立つ。

「姉ちゃん」

隣でジェレミーが私を捕まえた。

彼は酷く鋭い目でデオンを睨み、私に視線を移す。

私を見上げる目つきが、まるで「行くな」と言っているようだった。

もともとジェレミーはデオンが嫌いだ。

しかし、今は特に大きな拒否感を感じているように見える。

それもあり得る。

宴会場の入り口に立っているデオンは、一目で見ても尋常ではない気運を流しているのだから。

しかし、今彼が待っている人は私だった。

デオンは、私が直接この両足を動かして自分に近づくのを待っている。

もし私が今この場で動かなければ、デオンが直接この中に入ってくるだろう。

それは私にとっても、かなり厄介なことになるに違いない。

けれど、そのような理由のためでなくても、私はデオンに会わなければならなかった。

「大丈夫、行ってくるわね」

「じゃあ、僕も一緒に行くよ」

「いいえ」

私は同行を求めるジェレミーを一人にして席を立つ。

「今行くのは私一人だけよ」

詳しい状況は分からないが、何か自分たちが割り込む状況ではないと感じたのか、アグリチェの人々は口を閉じてジェレミーを眺めている。

私は穏やかな声で彼らに囁く。

「それでは皆さま、楽しい晩餐の時間をお過ごしください」

入り口に立っていたデオンはいつの間にか視界から消えた後だった。

私は床に長く敷かれた赤いじゅうたんを踏み、彼の空席に長く溶け込んだ影に向かって歩いた。

シャアアア・・・。

宴会場に入り口に近づくほど、音楽の代わりに微かな雨音が耳元に細かく響いた。

私はその遥かなる音に引かれて足を運ぶ。