こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
123話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 皇后の試練
宴が終わった翌日。
皇太子の恋人である侍女が、実は異国の王女だった――そんな噂が宮廷と社交界に一気に広がった。
シアナが尋ねる。
「侍女たちの様子はどう?」
チュチュは少しもためらわず、にやりと笑って親指を立てた。
国が滅びたあの日。
亡国の王女と、敵国の皇太子は出会った。
なぜか、皇太子はその王女のことが気にかかっていた。
だから彼は、命を助ける代わりに彼女を宮廷へ連れ帰り、侍女としてそばに置いたのだ。
王女は救われた命に感謝し、侍女として懸命に働いた。
皇太子は、少し距離を置きながらも彼女を見守り続けていた。
――そして。
いつしか、彼の中でその存在は大きくなっていく。
王女への想いが、ゆっくりと、しかし確かに深まっていった。
皇太子はついに気持ちを抑えきれず、王女に想いを告げた。
そして――思いもよらないことが起きた。
拒まれると思っていた王女が、涙を浮かべながらうなずいたのだ。
「……実は、私もあなたを愛していました。でも、この想いは抱いてはいけないものだと思って……ずっと隠していたのです。」
まるで物語のような展開に、侍女たちは夢中にならずにはいられなかった。
「みんな集まると、目を輝かせてその話ばかりしてるの。もともと侍女って、ああいう話が大好きでしょう?」
隣にいたグレイスも頷く。
「貴族たちも同じよ。あなたのこと、話したくてうずうずしてる。皇后陛下の目があるから、あからさまにはできないだけで。」
――ただ一人を除いて。
ライラ皇妃だけは別だった。
皇后の機嫌など意に介さず、あからさまに動いている――。
皇后が何を言おうと、ライラはますます楽しげにラシードとシアナの話を広めて回っていた。
[なんてロマンチックで美しい物語なのかしら。ラシード皇太子殿下とシアナ公主は、必ず結ばれて、この味気ない皇宮に一筋の光となってくださらなければなりませんわ。]
シアナは眉を下げながら言った。
「宴の日のこともそうですし、ライラ皇妃様には本当にたくさん助けていただきました。このご恩をどうお返しすればいいのか……」
するとグレイスがきっぱりと言い切った。
「そんなの気にしなくていいわ。あの方はね、皇后陛下を出し抜くことを人生最大の楽しみにしてる人だから。むしろ、あなたに感謝してるくらいよ。」
その言葉に、隣にいたアンジェリナがくすりと笑った。
「ライラ皇妃様って、本当にすごい方ですよね。あの方はどうしてあんなふうに堂々としていられるのかしら。私なんて、皇后陛下の前に立って話すだけで、口の中がカラカラに乾いてしまうのに……」
アンジェリナは、皇后の試練を提案する役目を担っていた。
政治的な野心がまったくない彼女だったからこそ、見物していた人々や皇后も大きく反発することなく、その意見を受け入れたのだ。
望んでいた結果は得られたものの、アンジェリナの表情は暗かった。
「それにしても、シアナが皇后の試練を無事に乗り越えられるか心配ですね。」
グレイスも腕を組みながら頷いた。
「ええ、本当に。皇后の試練といえば、まるで皇后の拷問とも言われるほど、苛烈な難易度で有名ですものね。」
チュチュが顔をしかめた。
「はあ……皇太子殿下の婚約者になるのも、簡単なことではありませんね。」
三人は同時に、深いため息をついた。
三人の様子を眺めながら、シアナは自分がアシルロドの公主であることを明かした日のことを思い出した。
驚くことに、三人の反応は――[やっぱりね。]――その一言で終わった。
大きな秘密を打ち明けたはずなのに、胸が高鳴っていた自分が拍子抜けするほど、あまりにもあっさりした反応だった。
「これから苦労することになるのに、何がそんなに嬉しいの?」
グレイスの声に我に返ると、三人がじっとシアナを見つめていた。
どの顔も真剣そのものだった。
けれど当の本人であるシアナは、不思議と大きな不安は感じていなかった。
(自分で選んだ道だもの。ちゃんと準備もしてきた。)
決して楽ではないだろう。だが、途方に暮れるほどではないはずだ。
――決して乗り越えられないほどではない。
そう思ったシアナは、ふっと微笑んで言った。
「そんなに心配しないでください。ちゃんとやり遂げてみせますから。」
不思議なものだった。
どこか頼りなく見えるあどけない顔なのに、彼女がそう言うと、なぜか「きっとうまくいく」と思えてしまう。
しばらくして、グレイスがにやりと口元を上げ、拳を差し出した。
「シアナの成功を祈って、応援の一発、いっとく?」
チュチュも頷きながら、酒瓶の栓のように握った拳を差し出す。
アンジェリナも少し照れた様子で、おずおずと手を伸ばした。
三つの拳が集まるその上に、シアナも小さな拳を重ね――
コツン、と軽く打ち合わせた。
この試練を乗り越えた時、シアナは誰もが認める――皇太子の正式な婚約者となる。
皇后の試練に臨む初日。
シアナは侍女服を脱ぎ、ドレスへと着替えていた。
皇太子宮の筆頭侍女エバが、その着付けを手伝っている。
ふわりと広がるスカートの裾を整えるエバを見つめながら、シアナは口を開いた。
「エバ様は、私が殿下とお付き合いしていることを明かした時も、外国の公主だと分かった時も、いつも変わらず落ち着いていらっしゃいますね。」
彼女はどんな状況でも、岩のように動じなかった。
エバは穏やかな表情のまま答えた。
「私の役目は、ただ皇太子殿下に安らぎをお届けすることです。それ以外のことに心を煩わせる必要はございません。」
一見すると冷たくも聞こえる言葉だった。
だがエバは、まるで独り言のように続けた。
「ですから、その意味でも――殿下にふさわしいお相手が現れることを、望まぬわけではありません。最近の殿下は、これまでになくお幸せそうですから。」
「……」
シアナはなぜか胸の奥がくすぐったくなった。
今日は宴に出るわけではないため、装飾は控えめにし、すっきりとした装いに整えていた。
部屋を出ると、ラシードがシアナを待っていた。
彼はシアナの姿を見るなり、目元をふわりと緩めた。
「今日も綺麗だ。」
ぱちりと目を瞬かせたシアナは、少し照れたように胸元を押さえながら答える。
「殿下も素敵です。」
視線を交わし、くすりと笑い合った二人は、そのまま皇帝宮へと向かった。
宮殿に足を踏み入れた瞬間、張り詰めた空気が一気に押し寄せる。
中央には皇帝と皇后、その隣には四人の皇妃。
そして反対側には皇子たちと皇女たちが並んで座っていた。
ラシードは不安そうな表情で、シアナの方をちらりと見た。
視線が交わる。
――大丈夫です。
シアナはにこりと微笑んだ。
ラシードは複雑な表情で彼女を見つめたが、やがて決意したように足を踏み出し、自分の席へと向かった。
皇子たちの最前列だった。
ラシードが着席すると、皇后が静かに口を開く。
「これより、シアナ・アシルロド・フォン・シリテの“皇后の試練”を開始する。この試練を無事に乗り越えたならば、そなたを皇家の一員として迎え入れる。」
「はい。全力で臨みます。」
シアナは頭を下げて応じた。
それを見つめながら、皇后はさらに言葉を続ける。
「――だが、もしこの試練を通過できなければ。そなたは皇家にふさわしくない女であると、天下に示すことになる。その時は、どうすべきか……理解しているわね?」
それは、ためらいなくラシードのもとを去れという意味だった。
ラシードは不快そうに眉をひそめたが、シアナは迷いなく答えた。
「もちろんです。」
わずかに口元を歪めた皇后が、続けて告げる。
「皇后の試練は三つの試験で構成されている。第一の試験は、後宮の女性として必要な基本素養を見るものだ。厳選された十名の皇族によって、礼儀と知識の審査を受けてもらう。」
シアナはその十名の前へと進み出た。
まず披露したのは礼儀作法。
歩き方、挨拶、食事の所作、舞、絵画、茶の湯、詩の朗読、刺繍、書。
「様子を見よう」――そんな視線を向けていた十人の皇族は、やがて一様に目を見開き、言葉を失った。
「……見事だ。非の打ち所がない。」
「“公主”という肩書きが、ただの飾りではないと分かるな。」
幼い頃から身につけていなければ到底たどり着けない、完成度だった。
再現できないほどの身のこなしだった。
シアナは心の中でほくそ笑む。
(礼儀作法には自信があるわ。)
問題は教養だった。
教養とは、この帝国の歴史や文化に関する知識のこと。
異国出身のシアナにとっては、どうしても限界がある分野だった。
この日のために何日も徹夜で勉強してきたが、それでも限界はあった。
十名の皇族からの問いに、いくつかは答えきれなかったのだ。
だが――
「教養の点は低いが、礼法は満点か……。合算すれば、ぎりぎり合格といったところだな。」
皇后の言葉に、シアナは心の中で歓声を上げた。
第二の試練は、皇族たちの心をつかむこと。
方法は単純だった。
後宮を除く皇族たちに、赤い玉と青い玉を配る。
十日後、皇族たちはシアナについての評価を下し、その玉を箱に入れる。
赤は好意、青は不支持。
複数の候補者がいる場合は、赤い玉を多く集めた者が勝者となるが、今回はシアナ一人の試練。
赤が青より多ければ合格とみなされる。
皇后は手の中の赤と青の玉を転がしながら考えていた。
(ふん、この十日間、皇族たちに愛想でも振りまいて取り入ってみるがいい。亡国の姫で、今はただの侍女に過ぎないお前など、何をしても皇族たちにはふさわしくない不快な存在でしかないのだから。)
――それだけだろうか。
皇宮を握る皇帝と皇后、その二人がシアナを拒んでいる。
いくらラシードが恐ろしい存在であっても、最終的に見るべきは“こちら側”の顔色だった。
……だが、それは皇后の誤算だった。
十日後、箱の中から取り出されたガラス玉は、赤の方が圧倒的に多かった。
信じられないといった表情の皇后を見つめながら、シアナは考える。
(玉を入れたのは“皇族”でも、所詮は同じ――結局は皇位を巡る競争相手に過ぎない。)
彼らにとって重要なのは、「皇家にふさわしいか」ではなかった。
皇帝や皇后の顔色をうかがうことでも、シアナへの嫌悪でもない。
――皇太子ラシードにとって、“都合のいい存在かどうか”。
それこそが、彼らの判断基準だった。
(私の立場が低く、後ろ盾もないこと――それが、むしろ好都合だったのね。)
シアナは複雑な笑みを浮かべ、皇后を見つめる。
皇后の顔は、一瞬にして険しくこわばった。
だが、すぐに表情を整え――穏やかな顔で、その場に集う皇族たちへと視線を向けた。
皇后は集まった皇族たちを見渡し、ひと言吐き捨てた。
「あなたたちの考え、よく分かったわ。」
「……!」
その言葉に、皇族たちは一瞬肩をすくめたが、大きく動揺する様子はなかった。
――玉はすべて匿名で入れられている。
(誰が何を言おうと、“自分は青を入れた”とでも言えばいい。)
その程度の言い逃れには、十分な自信があった。
こうして、第三の試練が始まった。
そして――それこそが、“皇后の試練”の真髄だった。
皇后は目を伏せ、静かに口を開く。
「皇太子の婚約者とは、ただ彼の身と心を満たすだけの存在ではない。いずれ皇太子妃となり、そして皇后となる者――」
――国をも治め得る存在だということよ。
無能な女に、そのような重責を任せることはできない。
皇族の女性は“証明”しなければならないのだ。
それを見極めるための試練。
皇后はシアナをまっすぐ見据え、静かに告げた。
「学問で目覚ましい成果を上げてもよい。民のために尽くしてもよい。あるいは、この国を揺るがすほどの功績でも構わない。お前の“知恵”と“勇気”を示せるものなら、何でもいい。皇族すべてが納得できる“実績”を持ってきなさい。それが、この試練の最終段階だ。」
実績。
――たった一人の女に課すには、あまりにも重すぎる条件だった。
だからこそ、合格するためには持てるすべてを使うしかない。
財力も、人脈も、知識も。
ありとあらゆるものを総動員して、“最大の結果”を叩き出さなければならない。
シアナは内心で苦笑した。
(本当に、とんでもない試験ね。)
だが、それゆえに意味があった。
これほど困難な試練をやり遂げれば、傲慢な皇族たちも文句なくシアナを認めざるを得ない。
シアナは静かに頭を下げた。
「皇族の皆様を納得させられるだけのものを、必ず持ち帰ってまいります。」
その率直な言葉に、皇后の眉がわずかに跳ね上がる。
――どれほどの“成果”を持ってくるつもりなのか。
見極めてやろう、という視線だった。
皇太子宮の庭園。
丸いテーブルを囲み、ラシードとシアナ、そしてソルが向かい合って座っていた。
ソルは楽しげに笑いながら、ぱちぱちと手を叩く。
「本当にすごいですね、シアナ様。あの厳しい皇后の試練をあっという間に突破して、ついに最後の関門だけが残ったなんて。」
シアナは少しだけ眉を寄せた。
「最後の関門が一番難しいんです。」
複数の候補者が競う場合は、基本的に優れた方を選ぶ形になるため、どちらか一方は必ず合格できる。
だが今回は違う。
シアナはただ一人で試練に臨んでいる。
比較対象がない以上、“それ自体で認められるほどの成果”を出さなければならなかった。
はるかに厳しい条件だ。
それでも、ソルは気楽そうに笑った。
「でも、シアナ様のそばには皇太子殿下がいらっしゃいますよね?望むことがあれば、何でも叶えてくださるはずです。」
「そうだな。」
軽く頷いたラシードが、シアナに視線を向ける。
「シアナ、どんな実績を作りたい?」
まるで「どんなお菓子が欲しい?」とでも聞くような気軽さだった。
そして、続ける。
「北の山脈に棲むというドラゴンでも狩ってくるか?」
「えっ!?」
思わず、シアナは目を見開いた。
「最精鋭の騎士団と魔法使いたちを集めて遠征隊を編成すれば、討伐できるだろう。少し大変ではあるが。」
気が遠くなりそうな話に、シアナの目が一瞬ぼんやりとした。
それを見たラシードは、違うと思ったのかすぐに言い直した。
「それか、帝国の西と東をつなぐ道路を造るか?名前は“シアナ街道”で。」
道の建設には莫大な費用がかかる。
それでもラシードなら実現できた。
彼にはダイヤモンド鉱山を持つ領地と、幾度もの戦争で築いた莫大な財産があったからだ。
だが、ラシードはすぐに眉をひそめた。
「……いや、道路建設は時間がかかりすぎるな。」
それは難しい。
ラシードは「他に何かないか」と考え込むように眉を寄せた。
その様子を見て、シアナは思わずくすっと笑った。
思っていたより、私の男はずっと有能みたい。
ラシードの助けを借りれば、シアナはこの試練を難なく乗り越えられる――そう確信していた。
だが……。
シアナは口を開いた。
「殿下、実は“功績”について、すでに考えていることがあるんです。」
「それは何だ?」
ラシードは目を輝かせて尋ねた。
シアナが何を望もうと、たとえ空の月を取ってきてほしいと言われても叶えてやる――そんな勢いだった。
しかし、シアナの言葉は彼の予想とはまったく違っていた。
「アシルロンド王国に行ってきます。」
「……は?」
目を大きく見開くラシードに、シアナは続けて言った。
「そこに、私にしかできないことがあるんです。」
シアナが考えた功績。
それは――滅びた祖国を再び立て直すこと。
驚いた表情でシアナを見つめたラシードは、やがて苦笑するように呟いた。
「だからか……」
交際を始めてまだ日も浅い頃、シアナはラシードに一つの頼みごとをしていた。
――アシルロンド王国の現状を詳しく教えてほしい、と。
ラシードは、それが故郷への郷愁からだと思っていた。
だが、違った。
「皇后の試練を見据えて、聞いていたんだな。」
その言葉に、シアナは静かにうなずいた。
「はい。」
その瞬間、シアナを見つめるラシードの瞳には、言葉にできないほど強い感情が宿っていた。
ラシードは険しい表情で言った。
「明日でもアシルロンド王国へ一緒に行こう。そこであなたの望むものはすべて叶えてあげる。」
その言葉は決して誇張ではなかった。
アシルロンド王国と帝国の力の差は、子どもと大人ほど歴然としている。
しかもラシードは、その帝国の中でも指折りの権力者だった。
彼なら、シアナが望むものを何でも与えられる。
だが、そんなラシードの言葉に、シアナは静かに首を横に振った。
「殿下の助けは受けません。」
その瞬間、輝いていたラシードの表情が石のように固まった。
シアナはそんな彼をなだめるように、やさしく頬に触れながら続けた。
「私はアシルロンド王国を思いのままに動かしたいわけじゃありません。殿下の隣に立つことを、誰にも否定させないために私の力を認めてほしいだけです。だからこそ、自分の力で結果を出さなければ意味がありません。それに……」
シアナは一瞬言葉を切り、少し慎重な声で続けた。
「殿下は、アシルロンド王国を滅ぼした方ですから。」
たしかにアシルロンド王国は内部から腐敗していたため、ラシードがいなくてもいずれ滅びていた可能性は高い。
だが実際に、その終焉を決定づけたのがラシードだったのも事実だ。
そのため、アシルロンドの人々の間では、彼に対する感情は決して良いものではない。
――そんなラシドの力を借りてしまえば。
「殿下はもちろん、祖国を滅ぼした方と共に現れた私に対しても、強い反感や恨みが向けられるでしょう。」
シアナは、国民から敬愛されたいわけではなかった。
だが、それによって関係がこじれることは望んでいなかった。
シアナは言った。
「だから、アシルロンド王国には私一人で行きます。殿下はここで待っていてください。殿下が思わず目を見張るような成果を持って帰ってきますから。」
「……」
ラシードは複雑な表情でシアナを見つめ、小さくため息をついた。
そして腕を伸ばし、シアナの腰に手を回して引き寄せると、そのまま自分の胸へと強く抱き寄せた。
彼女を抱きしめたまま、隠しきれない本音をこぼす。
「あなたはいつも驚くほど理性的で優秀だが……あまりにもしっかりしすぎている。」
シアナはその言葉を否定しなかった。
もし彼女がもう少しずる賢い性格だったなら、そもそも皇后の試練など受けようとはしなかっただろう。
ただラシードの腕の中に身を委ね、彼がすべての困難や試練を払いのけてくれるのを待っていればよかったのだから。
だが、シアナはそれを望まなかった。
少し拗ねたような表情で、シアナは言った。
「こういうところを見ると、私は誰かに守られるよりも、誰かを守るほうが好きみたいです。だから……私の楽しみを、どうか尊重してください。」
ラシードはしばらく黙って彼女を見つめ、それから抱きしめる腕にぐっと力を込めた。
どうしていいのかわからない――そんな様子だった。