こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
143話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 玉座なき支配者
アンゲルス公爵家の大邸宅。その重厚で豪奢な会議室には、張り詰めた沈黙と重苦しい熱気が満ちていた。
円卓を囲む貴族たちの表情は、誰もが一様に険しい。数日前に皇宮で勃発した“皇帝暗殺未遂事件”の余波は、彼らの足元を激しく揺るがしていた。
「皇帝陛下は、今なお獅子のように怒り狂っておられるそうですな」
「ええ。罪人の塔に幽閉されている皇太子殿下に、公聴の場も与えず、今すぐ毒を飲ませろと騒いでおられるとか……」
その言葉に、居並ぶ貴族たちは思わず身をすくめた。長年仕えてきた彼らは、最高権力者である皇帝の逆鱗がどれほど理不尽で凄まじいものかを骨の髄まで知っていた。
「ここ数年は、多少は丸くなられたと思っておりましたが……」
「牙を隠していただけだったか。とんだ見誤りでしたな」
貴族たちの間に、深い後悔と焦燥が広がっていく。つい数日前まで、時代の潮流は完全に皇太子ラシードへと傾いていたはずだった。だが、わずか一晩で勢力図は完全に逆転してしまったのだ。ラシードを支持していたアンゲルス公爵一派は今、存亡の危機に立たされていた。
「この状況で下手に皇太子殿下を擁護すれば、陛下の怒りは我々に向く。最悪の場合、大逆罪として一族ごと根絶やしにされるやもしれん」
「やもしれない、ではなく……確実にそうなるでしょうな」
かつて盲目的に寵愛していた息子の“裏切り”。それに対する皇帝の憎悪は暴走しており、ラシードだけでなく彼を支えてきた血脈すべてを巻き込もうとしていた。しかも今は「反逆の鎮圧」という絶対的な大義名分が皇帝の手にある。
最悪の光景を脳裏に描いた貴族たちの顔から、みるみる血の気が引いていった。
「やはり……今は動くべき時ではありませんな」
「ええ。まずは嵐が過ぎ去るのを待ち、我が身と一族の命を守ることを最優先すべきだ……」
保身のために誰もがそう結論づけ、深く頷き合おうとした、その時だった。
――ガチャリ。
静寂を引き裂いて、会議室の重厚な扉が開かれた。一人の女性が、何の前触れもなくその場に姿を現した。
貴族たちは一瞬にして息を呑み、何人かは椅子の脚を鳴らして小さな悲鳴を漏らした。それも無理はなかった。
そこに立っていたのは――皇帝暗殺未遂の共犯として皇宮から追われ、行方不明になっていたはずの皇太子妃候補、シアナ・アシルロンドだったのだから。
「し、シアナ公女……!? なぜ、どうしてここに……」
動揺し、蜂の巣をつついたように騒ぎ出す貴族たち。その喧騒を切り裂くように、上座に座していたアンゲルス公爵が静かに口を開いた。
「この場に公女様をお呼びしたのは、私だ」
「なっ……!?」
公爵はそれ以上の釈明をせず、ただ厳かに立ち上がると、自身が座るべきテーブルの最上席をシアナへと譲り、席を勧めた。シアナは公爵の配慮にエレガントな一礼を返し、迷いなくその席へ腰を下ろす。
なおも状況を飲み込めない貴族たちは、狐につままれたような目で彼女を凝視していた。その無数の視線を真正面から受け止め、シアナは鈴を転がすような、しかし凛とした声で話し始めた。
「突然の拝謁、ならびに会議への不躾な乱入をお詫びいたします。ご存じの通り、現在私は皇宮から追われる身。事前の通達により情報が漏洩し、皇宮の手先が動くリスクを避けるため、このような形を取らせていただきました」
貴族たちはようやく合点がいったように息を漏らした。だが、シアナは彼らに息をつく間も与えない。
「――ですが、そのような前提は重要ではありません。状況は一刻を争います。すぐに本題に入らせていただきます」
シアナは円卓に座る貴族たちの一人ひとりと真っ直ぐに視線を交わしながら、冷徹に告げた。
「これより先、皇太子殿下のために『命を賭して動く覚悟』のある方だけ、この場に残ってください。それ以外の方は、今すぐこの部屋から退出を。――我々が求めているのは強固な結束です。風向き次第で揺らぐような、軽くて薄っぺらな忠誠など、こちらとしても必要ありませんので」
「……っ!」
その言葉には、これまで静観を決め込んでいた貴族たちの不義理を辛辣に糾弾する意図が明確に込められていた。図星を突かれた貴族たちは一瞬で顔を真っ赤にする。
その中の一人が、耐えかねたように苦々しい表情で反論した。
「公女様! 我々が殿下に忠誠を誓っているのは紛れもない事実です! しかし現状、我々が軽挙妄動すれば、それは一族すべての破滅を意味するのです。それを分かっておいでか!」
「……それは、あなた方の事情でしょう?」
シアナは感情の失せた声で低く言い放った。
「皇太子殿下は今、事実無根の罪を着せられ、罪人の塔の暗闇に幽閉されています。狂った陛下の掌の上で、明日をも知れぬ命なのです。にもかかわらず、あなた方はここに集まり、自分たちが『損をしない方法』を優雅に品定めしている余裕があると?」
彼女の小さな身体から発せられているとは到底信じられないほど、鋭く重い威圧感が部屋全体を支配していく。
「今は、損得の天秤を傾ける時ではありません。――生かすか、見殺しにするか。選択肢はその二つだけです。それでもなお足踏みをするというのなら……最初からこの場に席を置くべきではなかったのでは?」
誰も、言葉を返せなかった。会議室に痛いほどの沈黙が落ちる。
シアナは小さく息を吐き、張り詰めた空気を弛めるように、少しだけトーンを落として続けた。
「……申し訳ありません。殿下のこととなると、つい感情的になってしまいました。皆様のご不安は痛いほど理解しております。ラシード殿下に味方すれば、築き上げてきたすべてを失うかもしれない。その恐怖は当然のものです」
シアナは一拍置き、貴族たちの顔を見回して微かに口元を緩めた。
「だからこそ、皆様の決断の助けになるお話をいたしましょう。簡単な話です。今ここで立ち上がり、皇太子殿下をお救いした功労者には――後に、相応の絶対的な地位と富が与えられます。殿下が復権なされた暁には、高位の官職と莫大な褒賞をこの私が保証いたします」
あまりにも現実的で、そして喉から手が出るほど魅力的な“アメ”の提示だった。貴族たちの目の色に、わずかな欲が混じる。
しかし――シアナの言葉は、そんな甘い誘惑だけで終わるはずがなかった。彼女はすっと背筋を伸ばし、氷のように冷ややかな声で付け加えた。
「――もし皆様が動かぬというのなら、最悪の場合、私は軍を動かします」
その一言で、今度こそ場の空気が完全に凍りついた。
「ぐ、軍を……!? 正気ですか公女様、あなたにそんな権限は……」
「私にはありません。ですが――ラシード殿下にはあります」
動揺する貴族たちを前に、シアナは淡々と頷く。
たとえ主が罪人の塔に囚われていようとも、彼が鍛え上げた最精鋭の軍隊は健在だ。そして前線の騎士たちが殿下に抱く忠誠心は、目の前の日和見主義の貴族たちとは比べものにならないほど強固だった。
「彼らがこれまで動かなかった理由はただ一つ。指揮を執る『核』がいなかったからです。ですが、殿下の代理としてこの私が名乗りを上げれば――話は別です。彼らは必ず私に従います」
確信に満ちた断言だった。もちろん、シアナがラシード本人ではない以上、軍のすべてを完全に掌握できる保証はない。それでも、彼女の瞳には微小な迷いもなかった。
「すべての軍勢でなくても構いません。半数、いえ……一部の精鋭が動くだけで十分です。今この瞬間、皇宮の城壁を叩き割り――殿下を力ずくで奪還するには」
「そ、それは……明白なる『反逆』だ……!」
思わず立ち上がって声を震わせた貴族に、シアナは冷ややかに首を傾げてみせた。
「反逆、ですか? ――何の問題もありません。なぜなら、その罪が問われる頃には、すでに殿下は救出され、この国の新たな主として剣を握られているのですから」
「……っ!」
あまりにも迷いのない言葉。皇帝の激怒も、凄惨な処罰も、すべてを踏み越える覚悟がそこにはあった。その狂気的なまでの決意の重さに、誰も軽々しく反論を口にできなかった。
彼らは即座に理解したのだ。血統正統にして圧倒的な武力を持つ皇太子ラシード。彼がひとたび解放され、怒りに燃えて軍を率いれば、いかに現皇帝といえどもそれを鎮圧することは不可能であると。
だが、一人の老貴族がなおも強く首を振った。
「無謀だ……! 皇帝陛下がそんな隙を見せるはずがない。仮に力ずくで救出に向かったとしても、その前に殿下は……消される」
処刑される。その決定的な言葉を濁したが、意味は誰の目にも明白だった。再び重苦しい絶望が部屋を包む。しかし、シアナの唇の弧は深く崩れなかった。
「……本当に、それだけでしょうか? 皆様、お忘れですか?」
シアナはゆっくりと、どこか妖艶な笑みを浮かべた。
「私には――まだ『切り札』があります。その気になれば、今この瞬間にも、痛みも死も知らぬ数千規模の『不死の軍勢』を現世に呼び出すことも可能なのですよ?」
「……不死の、軍……!?」
誰かの呟きが恐怖に震えた。かつて戦場を蹂躙したというアシルロンドの秘術の噂が、彼らの脳裏をよぎる。むろん、現在のシアナの力で即座にそれを実現するのは誇張であり、時間も条件も足りない。だが、彼女の瞳に宿る絶対的な意志の強さが、その大言壮語を恐るべき現実味へと昇華させていた。
「仮に――殿下に万が一のことがあったとしても、私はその現実を飲み込み、血の最後の一滴まで戦い続けます。私の婚約者を奪った者たちを、この世の果てまで決して許しはしません」
――その瞬間、一同は完全に理解した。
目の前にいるのは、かつて自分たちが侮っていた“か弱く守られるだけの公女”などではない。覚悟を決め、修羅の道へ足を踏み入れた一人の女だった。
あまりにも脆く、簡単に踏みつぶせると思っていた存在が、今や誰よりも冷酷で、誰よりも揺るがない意志を持って自分たちを見下ろしている。
(まるで……戦場で血に濡れた剣を振るう、皇太子殿下その人ではないか……)
そう錯覚させるほどの凄まじい眼差しに、貴族たちは気圧され、ただ圧倒されるしかなかった。すると、シアナはふっと視線を和らげ、静かに眉を下げた。
「気が触れたわけではありませんので、ご安心を。私が口にした手段が、私自身にとっても、皆様にとっても、そしてこの帝国にとっても、どれほど危険で残酷な毒薬であるかは十分に理解しております。……それでも」
彼女は静かに、しかし気品に満ちた声で懇願した。
「そのような最悪の破滅に頼らず、殿下を平穏に救い出せる道があるのなら――私は迷わずそちらを選びます。そのために、どうか皆様の力を私に貸してください。どうか――お願いいたします」
先ほどまでの苛烈な覇気が嘘のように、静かで優雅な令嬢の姿に戻ったシアナ。それでも、貴族たちは容易に息を吐くことができなかった。
最側近に座るアンゲルス公爵もまた、畏怖の念を抱きながら、数時間前の出来事を思い出していた。
――シアナが何の前触れもなく、単身で公爵邸を訪れた時のことだ。
身を隠すべき犯罪者となった彼女が、リスクを冒してまでここへ来た理由は一目で分かった。先日届いた哀れな手紙と同様、ラシードのための助力を求めに来たのだと。
だが、公爵の予想は根底から覆された。
シアナは公爵と対峙した瞬間、そのエメラルドの瞳を獰猛に光らせ、部屋が震えるほどの咆哮を上げたのだ。
『――あなたの娘と孫の命を守ってやった恩を、このような不義理で返すつもりか!』
とても十八歳の少女とは思えない、凄まじい執念と気迫だった。その時、公爵はすべてを悟ったのだ。
ラシードが、自分の子を奪ったと偽った娘ベロニカをあえて許し、それを担保にアンゲルス公爵家を強引に引き入れたあの完璧な策謀――その裏で糸を引いていたのは、ラシード本人ではなく、このシアナという少女だったのだと。
『陛下は恐ろしいお方だ。だが、殿下もまた、明日をも知れぬ危うい立場にある……』
だからこそ公爵は、事件以降、どちらの天秤が重いかを見極めるために静観を決め込んでいた。だが今、彼は明確な答えに達した。皇帝は、一度でも皇太子に与した自分を絶対に生かしてはおかないだろう。そして何より――このまま傍観し、もし皇太子殿下に万が一のことがあれば。
公爵は目の前に座るシアナと視線を合わせた。その瞳には、自らの愛する者を奪った者を地獄の底まで呪い殺すという、冷徹な炎が燃え盛っている。
逆らえば、皇帝に滅ぼされる前に、この少女に骨まで焼き尽くされる――。
アンゲルス公爵は静かに極上の唾を飲み込むと、ゆっくりと席を立ち上がった。
「……殿下に忠誠を誓った臣下として、殿下の命が危機に瀕している今、己の保身のために動かずにいた己の怯惰を、深く恥じる次第であります」
公爵はシアナに向かって、深く深く頭を垂れた。
「迷いは断ち切りました。これより先、アンゲルス公爵家の名誉と全財産を賭し、皇太子殿下奪還のために邁進いたします」
その重厚な宣言に、会議室の空気が大きく鳴動した。貴族たちの目が驚愕に見開かれる。アンゲルス公爵が完全に現皇帝に反旗を翻し、皇太子側につくと明言したのだ。この場にいる者は全員が公爵の傘下。彼に背いて生き残る道などどこにもない。そして彼らもまた、シアナの放つ怪物的な器に圧倒されていた。
やがて、一人、また一人と、導かれるように椅子から立ち上がる。
気づけば、円卓を囲むすべての貴族たちが席を立ち、シアナに対して臣下の礼を取り、深く頭を垂れていた。
シアナは、自分の前にひざまずく彼らの群れを冷ややかに見下ろしながら、その端正な唇にかすかな皮肉の笑みを浮かべた。
(心からの願いを込めた綺麗事の手紙は一瞥もせず無視したくせに……。こうして命と利益を脅かせば、こんなにもあっさりと犬のように従うのね)
滑稽で、哀れで、あまりにも皮肉な現実だった。だが、不思議と怒りは湧かなかった。この激動の日々の中で積み重ねてきた経験と覚悟が、彼女の中で冷徹な真理となっていたからだ。かつての自分には、彼らを従えるための「牙」が足りなかった、ただそれだけのこと。
(結局、大事なのは手段じゃない。――今、私があらゆる力を動かせる状況を作り出したということよ)
シアナのエメラルドの瞳が、暗闇の中で獲物を完全に捉えた猛獣のように、鋭く、そして残酷に輝いた。
主な要点は以下の3点です。
-
シアナの電撃訪問と貴族の選別
保身のためにラシードを見捨てる結論を出しかけていたアンゲルス公爵一派の会議に、追われる身のシアナが突如現れる。シアナは「命を賭ける覚悟のない者は去れ」と冷徹に告げ、日和見主義の貴族たちを痛烈に牽制する。
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軍の掌握と「不死の軍勢」という脅し
シアナは、ラシード復権後の莫大な報酬を約束する一方で、「動かないなら殿下の代理として私が軍を動かす」「最悪の場合はアシルロンドの秘術で不死の軍勢を呼び出し、殿下を奪った者を絶対に許さない」と言い放つ。かつての優しい公女とは見違えるほどの凄まじい覇気と狂気的な覚悟で、場を完全に支配する。
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アンゲルス公爵の屈服と全面協力を獲得
かつてシアナが裏で手を回して自身の娘と孫を救ってくれた恩、そして逆らえば皇帝より先にシアナに滅ぼされるという恐怖を悟ったアンゲルス公爵は、完全に腹を括ってひざまずく。公爵の宣言に引きずられるように他の貴族たちも全員が臣下の礼を取り、シアナは恐怖と利益によって反撃のための確固たる戦力を掌握する。