影の皇妃【２１１話】ネタバレ

本格的にサロンの業務に手を出し始めたエレナは、あっという間に忙しくなる。

巨匠たちに会って疎通し、別館の開場を準備するだけでも大変だった。

今後サロン内の発表会や討論会に参加まですれば、体が二つでも耐えられるか未知数だろう。

「お嬢様、楽しそうですね」

「そう見える？」

「ええ、大公家では一度も見たことのない顔です」

メイが言ったように、エレナは一日一日が本当にやり甲斐があって楽しかった。

厳しい日程のため、体は疲れていたが活力に満ちている。

エレナは革命的デザイナーとして評価されているクリスティーナと会う。

エレナに好意的な彼女は、大公家がサロンを離れるように提案したことを打ち明けた。

『私がどうして大公家に行くと？私のミューズであるLはここにいるのですから。私の作品のインスピレーションそのものなのに、私に狂えということですか？』

そう言って、クリスティーナは大公家の申し出を断ったそうだ。

それは他の二人の巨匠も同様に。

『病気というのは治療時期を逃すと永遠に治らないと聞きました。この身が果てるまでは去るつもりはありません』

エレナの後援のおかげで適切に治療を受けることができた交響曲の父、チェントニオは、彼の恩は何でも返すことができないと考えた。

その他の巨匠たちに会ったが、追加的に大公家が接触を試みた芸術家はいない。

その言葉は、大公家がラファエル、クリスティーナ、チェントニオの３人を最も高く評価し接触したという意味だ。

「今頃かなり困惑しているでしょうね。単なる芸術家に大公家が断られたのだから、自尊心も傷ついているでしょう」

大公家という地位を前面に出せば、誰もが頭を下げる。

そのような大公家が見事に振られてしまったのだ。

エレナとしてはスッキリしていた。

「私もじっとしていられない。サロン別館が開場して一ヶ月後にはバシリカの完成よ。巨匠たちのブティックや店の割り当てを急がないと」

エレナはバシリカのロイヤルフロアとゾーンを巨匠たちに譲る計画だ。

建築家ディアスにバシリカ建築を依頼する時から準備していた。

巨匠たちがその場所にブティックや店を開けば、貴族たちはサロン一帯の町に集まるしかない。

流行と希少性に敏感な貴族なのだから。

すべてが順調だった。

そんなある日、シアンとレンから返事が届いた。

手紙を読んだエレナの口元に笑みが広がる。

「明日か」

３人が一堂に会する日。

エレナの日課は早朝に新聞を読むことから始まる。

新聞の一面を飾った集会の話に注目した。

最近、首都の広場を訪れた演説家たちは、帝国民を対象に思想を広めることに余念がない。

彼らの大多数は学術院出身の平民だが、没落貴族の子女。

ジャカリンと交流し、思想的影響を受けた彼らは、絶えず啓蒙思想を主張している。

身分を離れて誰もが学んで知らなければならず、悟らなければならない。

他人に頼らず、自分で選択しなさい。

あまりにも当たり前のように見えるが、貴族を除いて自分の意志で生きていく帝国民は多くない。

体を回すように熾烈に一日を生きていくだけだ。

食べていくのが優先なので、学ぶことは贅沢であり、骨の髄まで根付いた身分制度は、彼らが自ら選択するよりは領主や貴族の選択に服従するのが当然だと考えていた。

「問題は貴族たちね。彼らは平民に学んでほしくないだろうから」

貴族の認識だと、平民は家畜と変わらない。

彼らにとって平民は収奪の対象であり、それ以上でもそれ以下でもなかった。

しかし、平民が学べば話は変わる。

不当さを不当だと感じ、間違ったことを間違ったと声を出すことになるのだ。

既得権が壊れないことを望む貴族たちは、そのような変化を望んでいない。

学ぶことは考えさせる力である。

自らの人生が不当だと考える可能性も高くなるだろう。

貴族たちは平民が家畜として残ることを望んだ。

そのため、啓蒙思想に対する貴族の反感は当然だった。

「殿下が努力しているのが見えるわ」

シアンは広場での集会を奨励し、取り締まりを緩和した。

彼がいなかったら、ここまで公開的に集会は出来なかっただろう。

また、ヴィレム伯爵家を前面に押し出し、新聞社に圧力をかけ、貴族を刺激するような内容は多く削除した。

新聞の主な消費層が貴族だという事実を考慮して。

他の人は知らなくてもエレナは知っていた。

馬車に乗って集会現場を通り過ぎながら演説家たちが騒ぐ内容を直接聞いたからだ。

中には急進的な性向の演説家も多い。

彼らが噂にならない理由もやはり、知らないうちにシアンが力を入れたおかげだった。

「市民意識は成長しなければならず、貴族は変わらなければならない」

エレナは、この小さな風が台風に変わると信じて疑わなかった。

小さな亀裂が岩を切り出すように、遅くゆっくりと変わっているが、結局は認識の変化が大公家の破滅という頂点に達することになるだろう。