１５話

「もう、やめて・・・」

マックはベッドの上にうつぶせになり、アヒルのようにかすれた声ですすり泣いた。

薄い雲に覆われた白い空から白い光が降り注ぎ、窓の中に染み込んでくる。

白く明るかったという意味だ。

抜け出すために布団の上を這ったが、一晩中苦しめられた手足には一輪の花を折る力も残っていない。

「リ、リプタン・・・、私、もう・・・」

「もうちょっと・・・」

足の間で息をすると、彼女はシーツの上に激しく顔を押しつぶした。

汗と体液で濡れた肌がほとんど消えていく暖炉の明かりで温められる。

その微かな熱気さえも拷問と同じだった。

「不思議だ。あなたに私を受け入れられる部分があるということが・・・。私にあなたと繋がる部分があるということが・・・」

広がった太ももはこわばって痙攣し、濡れた肌は赤く腫れ上がりズキズキした。

マックはすすり泣いた。

彼の目の下に恥部を無防備にさらしているという事実が、心臓を痛めるほどに。

体全体が溶けてその部位だけが残ったような。

強烈な絶頂に涙を流すと、リフタンがなだめるように優しく背中をなでながらささやいた。

「本当に、とても綺麗だよ」

奥ゆかしい低音が首と耳の後ろをざあざあとかき落とす。

気が狂いそうな感覚に包まれ、マックは髪の毛をかきむしった。

熱い息がか弱い肌を火傷するように熱く、硬い歯が厚く腫れ上がった敏感な部位をよく噛んだ。

全身の神経が細かく裂けるような気分だった。

「い、いや・・・、うぅ・・・！」

もう指一本動かす力も残っていない。

マックは目の前が真っ白になるのを感じた。

すべての音が遠くなり、明かりが灯った視界が暗間の中に沈んだ。

崖の下に真っ逆さまに落ちるような感覚に我を忘れたのもつかの間、激しく窓を叩く雨の音に彼女は気がついた。

彼はいつの間にか満足できるほど噴き出して、だるくなった物を濡れた通路の中に浸して、おとなしく背後に横たわっている。

彼女は彼の腕に抱かれたまま、ぼんやりとまぶたを震わせた。

どれほど気を失っていたのだろうか。

背中に触れた胸板がゆっくりとした呼吸で柔らかく揺れる。

リフタンも彼女と同じくらいめちゃくちゃだった。

研ぎ澄まされた刃のように冷たい顔は汗で赤く上気していたし、厳しい目つきは熱気で曇ってしっとりと水気を含んでいる。

握りちぎったように乱れた髪の毛、爪の跡がぎっしりと出ている首筋と腕、私がしたのかとびくびくしながら赤く腫れた傷を触ると、彼がかすかな笑みを浮かべた。

「バジリスクと戦う時も体に傷一ついてないのにね・・・」

「ご、ごめんなさい・・・」

喉からカエルの鳴き声のように恐ろしい音が間こえてきた。

彼は頭を下げて、もう一度キスをする。

頭の中まで覗くような黒い瞳が少し怖かった。

「あなたは恐ろしい魔物だ」

どういう意味かと聞きたかったが、これ以上声が出なかった。

彼がもう一度キスをする。

舌と舌がしなやかに絡み合った。

「初めて見た時から知っていた。あなたが私を・・・、傷だらけにするということを」

彼の最後の言葉はあまりにもかすかでほとんど聞き取れなかった。

彼女はぬるま湯に溶け込むように深い眠りに落ちる。

前日の勢いを挽回しようとするかのように、ものすごい雨が降った。

空に穴が開いたのではないかと思うほどに。

果たしてその雷のような勢いには騎士たちもどうしても催促できなかったのか、リフタンの出征は延ばされた。

出征どころか領地覗察も出られないほどで、リプタンは城に来てから初めて一日中部屋でぶらぶらして時間を過ごした。

二人は裸のままベッドに横になり、何も言わずに雨が降る音を間いたり、一身のようにくっついて熱く愛を分かち合った。

ここまで耽溺してもいいのかと思うほと情熱的に関係を持った後は、一緒に体を洗って下女が持ってきてくれた食事を取る。

彼はマックを膝の上に置き、食べ物を食べさせた。

くたびれたマックは恥じらい感じる暇もなく彼の胸に頭をもたげて甘い果物とクリームをのせたパン、小さなお菓子をもらって食べた。

その姿を見下ろして、リプタンが嬉しそうに笑う。

「まるで小鳥みたいだ」

彼がワインを一口飲ませては、可愛くてたまらないというように、頬の上に唇を押した。

彼女は骨の髄までとろとろと溶けた。

まるで我が子の世話をする獣のように、彼は彼女を一瞬も懐から離さない。

体を洗ってあげて、食べ物を食べさせて、体の隅々にキスをした。

このように情熱的で執拗な関心を受けたのは初めてのことで、正気に戻ることができなかった。

奇妙な高揚感に包まれ、彼女は彼の体に腕を巻きつけ、広い胸に顔ををやたらにこすりつけながら甘えたい衝動を感じた。

指一本動かせない状態でなかったら、本当にそうしていただろう。

実の母親もこのように抱いて面倒を見てくれなかった。

「ブドウの実が狂うほど羨ましいと思ったのは初めてだね」

リフタンはマスカットをマックの口の中に押し込みながらつぶやいた。

彼女は酸っばいブドウの実を歯で割って、のどの奥に優しく飲み込んだ。

彼が口からこぼれた果肉を舌で舐める。

湿った唇を優しく擦るたびに黄金色の酒で体を浸す気分だった。

空気中に漂う湿った雨水のにおいの中に官能の熱気が混じって入ってくる。

「飲み込んでみて」

どんな言葉よりも鮮明な言葉が開いた唇の間を行き来した。

「ふぅ・・・、うう・・・」

「はあ・・・」

彼らはぬるぬるした舌をこすり合わせてベッドの上を転がる。

彼の口からも果物の焦げ臭いにおいがした。

赤く燃え上がった体をぴったりと合わせながら、甘い息を分けて飲んだ。

彼が吐いた息を彼女が吸い込み、彼女が吐いた息を彼が吸い込む。

胸の中で熱く何かがこみ上げた。

リフタンは視線を合わせながら熱く要求してくる。

「私の名前を呼んでみて

「リ、リプタン・・・」

「もっと・・・」

「リ、リプタン・・・、フウ・・・うん・・・」

「もっと・・・、もっと呼んでくれ・・・」

マックは声が出なくなるまで彼の名前を呼んだ。

その瞬間だけは、彼を満たすために自分が存在してきたように感じられた。

その切迫した情熱の中には、静粛な女性の徳目や節制に関する説教などが割り込む余地がない。

彼女は母親の懐に食い込む幼い動物のように彼にしがみついた。

気持ちいい、気持ちいい、彼が私を殺して生まれ変わらせてくれる。

生まれて初めて誰かに求められているという喜びに、気がおかしくなりそうだった。

「リ、リフ・・・、タン・・・」

彼女は朦朧として彼を見上げた。

世の中にひたすらその名前だけが存在するように。

不幸にも夕方から静かになった雨は明け方に完全に止んだ。

久しぶりに見るのどかな朝の日差しにマックは目を細めた。

体を起こしたかったが、骨が消えたように手足に力が入らない。

かすかな痛みにうめき声を上げると、大きな手が裸の背筋をなだめるように撫でた。

「もっと寝ていなさい」

彼女は鋭い日差しにはっきりと陰影を帯びたリフタンの顔に見とれていた。

いつ起きたのか、彼は綺麗に着こなし、鎧を身に着けている。

その姿にドキッとした。

「も、もう出発、出発・・・」

「正午に出発するよ。まず武器と式量を用意しないといけないんだ」

彼はあごをつかみ、腫れ上がった唇に優しくキスをし、白い鉄製の手袋の中に手を押し込んだ。

「出発する前に顔を見に来るから、もう少し寝ていて」

それから腕まで届く銀色の防具を詰めた後、最後に剣を持って外に出た。

マックは閉じたドアを見つめながらぼんやりと瞬きをする。

虚しい気運が胸の中を駆け抜けた。

彼女は震える足取りで席から立ち上がり、下女に洗う水を頼んだ。

「もっと寝ろ」と言われたが、眠気は完全に消えた状態だった。

「奥様、バスタブをご用意いたしました」

ルディスは3人のメイドと一緒に風呂の入った浴槽を持ってきた。

彼女はメイドの助けを借りてかろうじて浴槽に入る。

ルディスは髪を優しく巻きつけ、柔らかいスポンジで体に石鹸をつける

とても恥ずかしかったが、一人でお風呂に入る気力もなかったので、彼女はおとなしく女中の手を受け入れた。

「少々お待ちいただけますか？首までのドレスを用意してきます」

水の外に出てタオルで体を拭いてくれた下女が慎重に話した。

彼女は顔を赤く染める。

皮膚病でもかかったように体全体が赤くなったのだ。

「そ、そうしてください」

女中たちが外に出ると、マックは鏡の前に立って慎重にタオルを広げてみた。

やはり襟元も赤らんでいた。

胸はピンク色の紅潮を含み、普段よりもっと大きく膨らんでいて、所々濃いバラ色に鬱血がついていた。

彼女は震える手で胸に触れてみる。

彼が触る時とは明らかに違った。

本当に彼は体を作り直したようだった。

いつも憂鬱でいじけた顔で肩をすくめていた青白い女性と全身をピンク色に赤く染めて両目を気だるく輝かせているこの女性が本当に同一人物だろうか。

彼女はゆっくりと手を下ろし、くびれた腰から白いお腹、足の間まで掃いた。

しっとりしていて、熱くて、柔らかかった。

自分の体のようではなかったような。

「奥様、服をご用意してまいりました」

マックはドアを叩く音にびっくりして手を離す。

体を触っていたのがばれたかのように顔が火照った。

「ど、ど、どうぞ」

女中が部屋に入ってきて、上手な手つきで服を着せてくれる。

彼女は緑と金色の波が入り混じった華やかなドレスを着て、金のベルトを締めた。

それから髪を乾かす間もなく、リボンでざっと束ねた後、部屋を出た。

大きく開いた窓からさわやかな日差しが降り注ぎ、気持ちよく顔をなで下ろす。

水気を含んだ清涼な空気をたっぷり吸い込むとマックはまっすぐ階段を降りた。

出発する前に自分を見て行くと言ったが、もし忘れてそのまま去っていったのではないかと気がもんだ。

「奥様、お目覚めですか」

広いホールに出てくると、久しぶりに窓を大きく開けて域内を換気させ、床を使う使用人たちが見えた。

彼らを慎重な目つきで監督していたロドリゴが彼女を発見し、丁寧に頭を下げる。

「食事の用意ができています。食堂で召し上がりますか？」

「あ、いいえ。しょ、食事は後で・・・。そ、それよりリ、リプタンは・・・、あ、旦那様は・・・」

「領主様は練兵場で騎士の方々と一緒にいらっしゃいます」

彼女はドアの外に出ようとして立ち止まった。

追いかけてどうするの？

訳もなく邪魔になるんじゃないかな？

ドアの前に立ってためらっていると、ロドリゴがそばに近づいて慎重に口を開いた。

「あの・・・奥様、失礼でなければ・・・」

使用人が咳払いをすると、ぎこちなく後口をつないだ。

「領主様に食事の準備ができたと伝えてくれませんか？旅行に行く前にしっかり
召し上がらなけれはならないと思って、キッチンで早朝から気を使いました」

「私、私が伝えます、伝えます！」

彼女は嬉しそうに叫んだ。

生意気なお願いをしたのではないかと緊張していた老人の顔がパッと明るくなる。

「ありがとうございます。奥様、それでは・・・、お願いします」

彼女は彼に行く口実ができてただ嬉しくて、まともに返事もせずにドアを蹴って出て行った。

びりっとした秋風がだるい体を優しく撫で下ろしている。

彼女は青白い秋の日差しを見上げ、パビリオンを通り過ぎて階段を降りた。

庭のいたるところに銀色の水たまりがたまっていた。

スカートが濡れないように注意深く握りしめ、広い庭を横切ると、内側の城門が見えてくる。

高く厚い外壁に囲まれている広い練兵場には銀色の鎧を着た騎士たちが秩序整然と並んでいた。

リプタンは威圧的に彼らの前に立っている。

マックは足を止めた。

盛んに何かを議論中のようで、声をかけるのが難しかった。

「もし団長がアナトールが本当に心配だとおっしゃるのなら、私は残ります」

ガベルという名の若い騎士が前に出てきた。

「レムドラゴンの騎士団員一人でも残っていれば、何の心配もないじゃないですか？」

「それはだめだ。討伐戦に参加した騎士は、必ず親宴に参加しなければならない。功労は公正に分けないと」

「私は陛下が賜る爵位や褒賞金などには興味がありません。騎士としての名声は十分に轟かせ、賛辞も散々聞きました。退屈な祝宴に参加して時間を無駄にするなら、城に残って剣を鍛えたほうがいいです」

「本気か？」

ヘバロンが胸に腕を組んで信じられないというように首を横に振った。

「修道者でもないしね。王城のすべてのレディーたちが抜歯に幾重にも積もるのに断るというの？君の派手な言葉使いなら、どんな高慢な貴婦人も陥落させることができるのに！」

「軽薄なやつ。そんな大きな頭でそんな下品な考えしかできないのか？」

「何だと！？」

お互いに向かって恐ろしく目をむくへバロン・ニルタとウスリン・リカイドを見て、ルースがため息をついた。

「卿たちは一日でもお互いにうなり声を上げなければ、炎病にかかって死ぬ呪いでもかかったようですね」

彼は舌打ちし、はっきりと話し続けた。

「カリプス卿の言葉通り、討伐戦に参加した騎士全員がもれなく王城に行かなければなりません。アナトールを守るには、今までそうだったように、オバロン卿とセブリック卿、そして衛兵なら十分です。私も他人になるつもりです」

「何を言っているんだ。魔法使いこそ必ず行かなくちゃ！討伐戦でものすごく活躍したじゃないか」

「私こそ、名声や武勲とは全く無関係な人ではありませんか。しかも・・・、私が行くと宮殿の魔法使いたちと摩擦が起こるでしょう。「世界の塔」を無断離脱したことで、私は魔法使いの間で逆賊扱いされているじゃないですか」

魔法使いが大したことないように肩をすくめると、騎士たちが目を転がした。

しばらく黙っていたリプタンがすぐ口を開いた。

「・・・君が残ってくれれば私も安心だ」

「最初からそうするつもりでした」

ルースは生意気に答える。

リプタンは再び騎士たちに向かって身を立てながら謹厳に話した。

「それでは決まったね。荷造り次第出発する。移動経路は先ほど言ったとおりだ」

騎士たちは一斉に胸に拳を突きつけ、それから切り離した。

彼らだけの礼法のようだ。

後ろでしばらくうろついていたマックは、話が終わったようで、こっそりとリプタンに近づく。

彼は振り向いて怪訝な顔をした。

「もう少し休んでもいいと言ったじゃないか。何か問題でもあったの？」

「いいえ、違います。私、私も・・・、た、立ち上がらなければなりません」

彼女は自分をちらつかせる騎士たちの視線を無視して彼の前に近づく。

リプタンは心配そうな目で見下ろした。

彼の視線に胸が重たく締め付けられるのを感じながら、彼女は恥ずかしそうに話し続けた。

「み、みんなのしょ、食事がよ、用意されているというので・・・、あの、伝えてあげようと思って・・・」

彼が空を見上げながら太陽の傾きを推し量ってみると、騎士たちに向かって話した。

「まずはお腹から満たそう」

騎士がざわざわと散っていく。

リプタンはマックの肩に腕を巻きつけ、まるで保護するかのように抱きかかえて歩いた。

マックは明るい日差しの下に立っている彼のたくましい姿をこっそりとのぞき込んだ。

濃い青色のチュニックの上に銀色の鎧をまとったそのは、神殿の壁画の中から歩いてきたばかりのように素敵だった。

なぜ人々が彼を見て天空に舞い上がったという伝説の中の騎士、ウィグルの現身を思い出したのか切実に感じられる。

「体の調子はどう？」

突然の質問に彼女は慌てて覗線を落とした。

「い、いや、大丈夫です」

「最後にやる時、ちょっと痛がってたじゃないか」

顔に火がついたようにほてった。

「うう、大丈夫・・・・」

「その話、ベッドの中でもちょっとしてほしいな」

男は目じりをしかめながら斜めに言った。

「私が『もう少しやってもいい？ 』と聞くと、『大丈夫です』と答えてくれるのか？」

「リ、リプタン！」

彼女は当惑した表情であたりを見回す。

すでに騎士はかなり進んでいた。

彼女は固い表情で彼をにらみつける。

「そ、外で・・・、そんなことを言ったら、ダ、ダメですよ。誰かが聞いたら・・・」

「聞いたら？」

ここ数日，彼らは淫らで節操のない時間を過ごした。

言葉を続けられずに泣き顔をすると、無表情な顔でじっと彼女を見下ろしていたリプタンが突然笑い出す。

「私の純真なお嬢さん」

それから腰を抱き上げて、優しく唇をこすってきた。

マックは洋服の向こうから感じられる鎧のひんやりとした肌触りにそっと身震いする。

耳たぶの下の部分で脈拍がびちぴちと鳴った。

「あまり離れにくくしないで」

マックは震える目で彼を見上げる。

本当に自分と離れるのが大変なのかと聞きたい。

自分も一緒に行ってはいけないかという話が首まで上がった。

この甘い瞬間が崩れ、彼が煩わしい表情をするかも知れないという恐れがなかったら、脇腹にぶら下がってせがんだかもしれない。

初めて感じた盲目的な感情を抑えながら、マックは落ち着いて吐き出した。

「い、行かなくちゃ。しょ、食事をし、しなければなりません」

「そうしないと」

彼が興が冷めたように自分の体を下ろした。

マックは彼のそばにしがみつきたい衝動を抑えながら落ち着いて歩いた。