こんにちは、ピッコです。
今回は73話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
73話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 頑張って
翌日、アグネス王女は早朝から騎士たちと随行員たちを連れてドラキウムに帰る準備を始めた。
マックは使節団が旅行する間に食べる様式と必要な物品をもれなく用意するためにロドリゴとしばらく帳簿を覗き込み勘定をし、使用人たちが荷物をまとめることを監督した。
本来はリプタンと相談して王室に送る賭り物も準備しなければならなかったが、王女一行が持っていくべきワイバーンの骨と皮だけでも莫大な荷物であり、高価なタペストリー4枚とルビーが入った黄金の杯6個を載せることで終わらなければならなかった。
「ば、馬車の点検は、全部終わりましたか?」
「はい、丈夫な新しい車輪に交換して、馬たちもこれまで十分に食べさせて体力をつけておきました。鍛冶屋たちに馬の蹄も点検しておくように頼んでおきました」
マックは執事の報告を間きながら、すべての荷物を漏れなく準備したのか帳簿を2回にわたって几帳面に確認する。
その姿を静かに見守っていたロドリゴが心配そうに一言投げた。
「病床から立ち上がったばかりなのに・・・無理をしすぎじゃないですか?こんなことは私たちに任せても・・・」
マックは苦笑いする。
リプタンの激しい態度が使用人にまで伝染したようなのか、彼女が何かをしているのを見る度に皆がそのように一言ずつ言ったのだ。
彼女は自分がそんなに病弱に見えるのをか、と淡い緑のドレスに包まれたほっそりとした体つきを改めて見下ろす。
そんなに丈夫そうな体型ではないが、すぐにでも折れそうにやせ細ったわけでもない。
マックは威厳のある態度で、あごを高く持ち上げた。
「私は・・・病人ではありません。これまで十分に休んでいたので・・・もう何ともないですよ」
「それならいいのですが・・・あまり無理はしないでください」
「気をつけます」
彼女は執事の心配そうな言葉にうわの空で答え、元気な足取りで振り向いた。
自分が城の隅々を歩いているのを見れば、彼らの心配を軽くすることができるだろう。
自分まで衰弱した老人の扱いを受けたくなかった。
マックはこれ見よがしに普段より歩幅を大きくして大股でホールを横切る。
グレートホールの外では王女と騎士たちがそれぞれ武器と魔導具、各種旅行装備を一つ一つ几帳面に確認していた。
彼らの説明によると、アナトリウム山地を越えるだけでも大変なので、出発する前から徹底的に戦闘態勢を整えなければならないということだ。
彼らは馬に防具をかぶせ、馬車の屋根には魔物が乗り込むのを防ぐために鋭い刃をつけた。
騎士たちは甲冑を身にまとい、どこか欠陥がないか綿密に観察し、随行員たちも腰にずっしりとした長さの剣を身につけ、軽い防具を着用していた。
旅行というよりは戦争でもしに行くようだ。
「マクシミリアン!」
アグネス王女は彼女がホールから出てくるのを見て嬉しそうに手を振る。
「荷物をまとめてくれてありがとう」
「いいえ、そんな。もしかして、もっと・・・必要なものは・・・」
「ルベイン男爵領に到着するまで食べる食料と水だけあればいいです。それ以上の荷物を持っていくと、移動が遅くなって大変なんですよ」
王女は帳簿を手渡してもらって目を通し、満足そうな顔でうなずいた。
「これくらいがちょうといいです」
「や、薬草は・・・どれくらい・・・準備すればいいですか?」
「解毒剤30セゲル(約330g)、回復剤20セゲル(約220g)程度で十分です」
マックは王女が言う言葉を早く書き取った後、そばに待機して立った使用人に紙を渡し、ロドリゴに渡すように伝える。
その姿を見守っていた王女が、少し申し訳なさそうな笑みを浮かべて見せた。
「私のせいで夜明けから苦労しますね。実は2日ほど滞在しながらゆっくり出発する準備をするつもりだったのですが、王室から急な電報が来てしまって・・・」
王女が列をなす馬車の一つを指して、ため息をつく。
馬車の上には、伝書鳩のように見える小さな鷹が乗っていた。
マックは目を丸くする。
「首都・・・何かあったんですか?」
「いつものように些細な領土紛争です」
彼女は頭が痛いようにこめかみを押す。
「水の季節が来ると、血気を抑えきれない馬鹿たちが暴れまくるものでしょう。この時期になると、魔物であり人間であり、冬眠で目覚めた熊のように騒ぎ始め、一日も風が眠る日がありません」
王女の言葉に、マックは胸がドキっとするのを感じた。
公爵領に滞在していた騎士たちも、この時期になると父の命を受けて出征を離れていた。
騎士は一生の大半を戦場で過ごすものではないだろうか。
マックは動揺の色を隠すために、わざと気乗りしない口調で尋ねる。
「それでは・・・リ、リプタンも・・・すぐ出征に行くことになりますね」
「レムドラゴン騎士団が乗り出すほど大きな紛争が生じれば、おそらくそうでしょう」
王女が自分の鞍にかけておいた荷物を確認しながら陽気に答えた。
マックは青ざめた顔を隠すために頭を下げたまま、帳簿に間違った部分がないか調べるふりをする。
しかし、動揺で曇った目には何の文字も入ってこなかった。
胸の中にある鋭い喪失感に唇を噛むと、王女の落ち着いた声が耳をつんざく。
「その時はマクシミリアンも一緒に来ることになるかもしれませんね」
そのとんでもない言葉に、マックはさっと頭をもたげた。
「わ、私が・・・?」
「マクシミリアンは魔法使いじゃないですか?」
王女は何をそんなに驚いているのかと言わんばかりに首をかしげる。
「リプタンが出なければならないほど大きな問題が生じれば、当然治療術師も必要ではないですか?世の中にはあまりにも多くの問題が散在しています。そして、その問題を解決してくれる魔法使いは途方もなく不足している実情です。マクシミリアンの助けが必要な状況になるかもしれません」
「と、とんでもない。私は・・・ま、魔法を習い始めたばかりなので、治癒魔法を何度か・・・使ったって、気絶するくらい・・・魔力も大したことないのですよ」
「魔法を繰り返し使っていると、魔力はすぐ雪だるま式に増えるでしょう」
彼女の消極的な態度があまり気に入らないかのように、王女はかすかに眉間をしかめた。
「騎士たちに癒しの魔法を学び始めてから何ヶ月も経っていないと聞きました。マクシミリアンは確かに資質がありますよ」
「ほ・・・褒めすぎです。私が・・・まともにできる魔法は・・・治療術だけです。ルースに別の魔法を、いくつか教わったのですが・・・進展がないんですよ」
「特定の魔法にだけ強い親和力を見せる魔法使いも少なくありません。おそらく、マクシミリアンは癒しの魔法に卓越した適合性を持っているのでしょう。1、2ヶ月で実戦でその程度の実力を発揮できれば、数年後にはすごい治療術師になれるはずです」
王女の口調があまりにも確信に満ちていて、マックは初めて本当に自分に優れた才能があるのではないかと思った。
王女は勇気を奮い立たせるかのように、優しく言葉をかけ続ける。
「せっかく神様がくださった才能を腐らせないでください」
マックは言葉を失ったまま彼女の青い目にぼんやりと向き合う。
何の役にも立たない吃りとして生きてきた22年。
アナトールに来てから以前とは違う人になるために色々と努力しているが、何をしても足りなくて生半可なようで落胆したのが何度だったのか。
ところが今、全大陸を駆け巡るすごい魔法使いが自分に特別な才能があると言っている。
マックはもしかしたら王女の目に同情心が混ざっているのではないかと不安な目で見た。
アグネスの表情は柔らかかったが、瞳は落ち着いていた。
どんな誇張も交じっていない本心を言うように・・・。
マックは乾いた唾を飲み込んだ後、かろうじて声を絞り出した。
「努カ・・・してみます」
「頑張って」
王女はにっこり笑って彼女の馬を一度たたいて、旅行の準備ができているかどうかを確認するために騎士たちに歩いて行った。
マックは固い手のひらが上がっていた肩をそっと触ってみる。
頑張って。
大したことではないその言葉が、心の中で穏やかな波紋を呼んだ。
旅行の準備が整うと、彼らはレストランでささやかな送別会を行った。
送別会というには少し恥ずかしい食事だったが、彼らは何の不平も言わず簡素な食卓を楽しんだ。
リプタンと騎士たちがもれなく同席して使節団の旅行に幸運を祈り、短い別れの儀式が終わると、彼らは直ちにカリプス城を離れるために外に出る。
まかり間違えば、アナトリウムの山中で野営をしなければならない状況に陥るかも知れないので、王女一行は遅滞なく馬の上に乗った。
「しばらくの間、お世話になりました」
赤褐色の種馬に乗ったアグネスは、王女らしい堂々とした態度で叫んだ。
マックは彼女の明るい顔を見上げ、礼儀正しい笑みを浮かべる。
「もっと・・・誠心誠意おもてなしできなくて・・・お恥ずかしいだけです」
「そんな堅苦しい挨拶はやめてください」
彼女は肩をすくめて振り向いて、出発の準備が完璧にできていることを確認した。
大きく開かれた城門の前には荷物をいっぱい積んだ馬車3台が列をなして立っており、その左右には近衛騎士たちが列を合わせて立って王女の出発命令が下されるのを待っている。
その中にはレムドラゴンの騎士団員もいた。
リプタンは王女一行がアナトリウムの外まで無事に脱出できるように6人の騎士が同行するよう指示したのだ。
「さて、もう本当に去る時が来たようですね」
隊列を几帳面に見回した王女が、再び自分たちを見送るために出てきた人たちに向かって頭を向ける。
ヘバロンは後頭部をかき回して高笑いをした。
「台風のように来て雷のように去っていくんですね。何事にもこのように人の魂を抜いておかないと気が済まないんですか?」
「私が何でも引きずって焦らすのは嫌じゃないですか」
「普段短気なわけじゃないんだ」
最前列に腕を組んで立ったリプタンは冷笑的につぶやく。
王女は呆れたように鼻で笑った。
「世の中のすべての人々が私にせっかちだと言っても、卿はその資格がありません。あなたに比べたら私はとても忍耐強い人なんですよ」
「私の前で忍耐心について論じる考えはしないでください」
リプタンは負けずにうなり声を上げる。
「ここ数週間、しつこい勧誘と脅迫にさいなまれても、声を一度も上げずに辛抱強く耐えたのが私だというのです」
「声を一度も上げずに?」
王女が自分が聞いた言葉をまったく信じられないというように、甲高い声で反問した。
マックは別れの時に口喧嘩をするリプタンと王女を当惑した目で交互に見る。
彼らを取り巻く騎士も、うんざりするかのように首を横に振っていた。
「最後の日まで戦うつもりですか?別れの挨拶くらいは気持ちよく交わしましょう」
「今回はこの男が先に言いがかりをつけました!」
「日が落ちてから去るつもりですか?」
リプタンの歯ぐきにひとしきり不平を吐き出そうとするように肩を震わせていた王女が、すぐに諦めのため息をつく。
「招かれざる客はもうおいとましてあげますよ」
「ありがたいだけです、王女さま」
「リ、リプタン・・・!」
マックはリプタンの無礼さが度を過ぎると、急いで裾を引っ張って引き止めた。
リプタンはちらりと彼女を見下ろして、無理やりにこわばった笑みを口元に浮かべる。
「どうか、無事な旅路になることを願っています」
「それはありがたいですね」
王女は無味乾燥に答え、マックに視線を向けた。
彼女の顔にはすぐに優しい笑みが浮かんだ。
「マクシミリアンもお元気で」
「気をつけて・・・行ってください。どうか無事な旅路になりますように・・・」
「夫人の将来にも幸運が満ちていることを祈ります」
王女は片目を愛嬌たっぷりにくしゃくしゃにして、馬の頭を回して馬車のそばに立つ。
まもなく、コッペルの音が響き、騎士たちと馬車が渡橋を渡り始めた。
彼らが通った場所に土埃が立ち上る。
まるで台風が過ぎ去ったような静寂の中で、マックは王女の姿が見えなくなるまで手を振った。
頭の中を不快にかき混ぜていた窮屈な存在が消えていく姿に、どうして寂しい気がするのか不思議に思いながら。
「部屋に戻ろうか」
物思いにふけって城の外を眺めるマックを、リプタンが断固とした手で抱きしめる。
マックは木の幹のように太く固い腕に抱かれて振り向いた。