こんにちは、ピッコです。
今回は75話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
75話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 解毒魔法
リプタンはしばらくの間、残念な顔でマックの顔を撫でながら柔らかいキスを浴びせかけ、衛兵たちの呼びかけに渋々席から立ち上がる。
マックは、彼が領主の義務を果たすために去る姿を見守りながら、憂鬱に目を輝かせた。
父がリプタンを徹底的に欺隔し、自分は沈黙でそれに同調しているという考えが脳裏から消えなかった。
マックはとぼとぼと部屋に戻り、ベッドの上で倒れるように横になる。
リプタンが自分を皇女のように尊く思っているという事実が、首にかかった小骨のように彼女を不快にさせた。
この22年間、マックは父親が飼っている犬にも劣る存在だった。
犬はクロイソ公爵が鞭を振ると反抗したが、彼女はひざまずいて涙で服従しなかったのか。
彼女は自分がいかに無気力で卑屈な人間であるかを深く理解している。
虫のように床を這いながら父の足にしがみついた時、マックは部屋に置かれた鏡を通して見た自分の姿を忘れることができなかった。
肌が赤く膨らんで石の床の上をうごめく自分の姿は、まるでミミズのようだった。
皇女、公爵令嬢、全部とんでもない話だ。
「バカみたい・・・」
彼女はエビのように体を丸くして膝に顔をうずめる。
リプタンのことを考えるほど、胸が苦しくなった。
彼が自分の妻に比べてはるかに足りない立場だと信じるように放っておいても大丈夫なのか。
しかし、夫に自分の過去を率直に打ち明けるという想像だけでも冷や汗が出て胃がねじれた。
彼女はクロイソ城の使用人たちが自分をどう見ているかをよく知っていた。
通りを置いたまま生ぬるい同情を込めてちらちらしていた彼らの視線は、時々父親の暴力よりも耐えられなかった。
リプタンにそのような視線を受けるなら、むしろ死んだ方がましだ。
自分の妻が世の中で最も尊い淑女だと固く信じている夫に、これまで自分がどれほど惨めに生きてきたのか絶対に知らせたくなかった。
自虐的な考えで自分を追い詰めたマックは、これ以上我慢できず、再び部屋を飛び出す。
何もせずにそのようにずっと一人でいたら頭がおかしくなりそうだったから。
何かすることが必要だった。
とめどもなくぶらぶらしていると、クロイソ城にいた頃に戻ったような気がして。
マックは夕食の準備がうまくいくか、使用人たちを監督するふりでもすることに決心し、厨房に足を運んだ。
その時、突然肩越しから大きな声が聞こえてきた。
「カリプス夫人!」
マックは音がした方を向いて首をかしげる。
ラクシオン卿とロンバルド卿が、開いた正門から大またで歩いて入ってきた。
彼らの深刻な表情を見て、マックは緊張した。
「どうしたんですか。こんな時間に・・・?」
「突然呼び止めて申し訳ありません。怪我人が出たのですが、見てもらえますか?」
彼らはホールの床を掃除する使用人たちを追い抜き、すぐにマックに向かって走ってくる。
マックは驚いて目を大きく開けた。
治癒魔法を練習し始めた頃にはよく騎士たちの傷を見てくれたりもしたが、魔力枯渇を起こしたこと以後はそのような形の交流が途絶えたのだ。
彼らが突然このような要請をしてくることから、深刻な状況のようだった。
マックは慌てて口を開く。
「ル、ルースは・・・」
「魔法使いは今工事現場に出ています。奥様の負担をかけたくはありませんが、町に下りて他の治療術師を探す余裕がありません」
騎士は返事を待たずに素早く彼女をドアの方へ導いた。
「一体・・・誰が怪我をしたんですか?」
「去年の冬にリバドンに偵察を送った随行騎士たちです。アナトリウムに越えてくる途中、ウェアウルフの襲撃を受けたようです。よりによって一人が毒に感染したせいで・・・」
ガベルが激しく舌打ちをして、後になって思い出したようにマックに向かって心配そうな覗線を送る。
「解毒魔法はできますか?」
「ま、魔法式は勉強しておきました。でも、まだ実戦練習はしたことがないのですが・・・」
「この機会にやってみればいいんですね」
ガベルが思いっきり吐き出し、滑るように階段を駆け下り始めた。
マックは階段から転げ落ちるのを防ぐためにスカートの裾を片方に集めて握り、びょんびょん跳ねるようにしなければならなかった。
「い、いっそのこと・・・ルースの帰りを待っていたほうがいいのではないでしょうか?」
「時間を遅らせて毒が広がれば、あいつは一生右手を使えなくなるでしょう。それなら騎士としての命は終わりです。失敗してもいいです。一応試してみてください」
ロンバルもお願いというより、強要に近い口調で吐き出した。
マックは乾いた唾をごくりと飲み込んだ。
小さな傷も見せないように身を隠していた騎士たちが、このような深刻な問題で自分に頼ってくることに肩を持つべきか、負担を感じるべきか分からなかった。
自分が手に負えない状態だったらどうしよう?
彼女は緊張で湿った手のひらをスカートの裾にこすりつけ、騎士たちについて庭を横切る。
騎士たちが城門を通過し、直ちに宿舎に向かって方向を変えた。
「こちらです」
彼らについて木材の建物に足を踏み入れたマックは、カーテンを厚く引いて、薄暗い部屋の風景にぎょっと体を引き締めた。
騎士がろうそくに火をつけると、3、4個の野戦ベッドがびっしりと並んでいる索漠とした空間が目に入った。
訓練中に負傷した人たちを治療するために作られた部屋のようだ。
騎士について歩くと、薬草袋と正体不明の薬瓶が積もった棚とかすかな光を噴き出す火鉢、そしてぐつぐつ沸いているやかんが次々と姿を現す。
不気味に感じられる風景に肩をすくめて休む間もなく首をあちこち回すと、細いうめき声が聞こえてきた。
マックは音がした方に首を向けると、部屋の一番奥にあるベッドの上に若い騎士が横たわっていた。
マックは彼のそばに歩み寄り、眉をひそめる。
「暗くて、傷がよく見えません。カ、カーテンを取り払ってはいけませんか?」
「ウェアウルフの毒中毒になると、神経が極度に敏感になります。日光を浴びると痛みがひとくなって身悶えをするでしょう。ここに火を点けてさしあげます」
ガベルはベッドの横に置かれた燭台に火をつけた。
そのかすかな光に裸の黒っぽい上半身がぼんやりと形を現す。
緊張した顔で患部を見下ろしていたマックは、傷の大きさが思ったより大きくないことを確認し、肩から力を抜いた。
腕に深く歯の跡がついていたが、幸い骨を貫通していないようだ。
ただし、中毒状態は深刻だった。
青年の顔の上に手の甲を乗せて体温を測ったマックは、熱々の熱気に眉間をしかめた。
「解毒剤は・・・使って、使ってみましたか?」
「ウェアウルフに噛まれたとき、すぐに作るように葉を服用しました。でも上級魔物なのか解毒剤が効かなかったですね」
突然聞こえてきた聞き慣れない声にマックは首をかしげる。
やつれた顔をした若い騎士が水筒を持って医務室の中に入ってきていた。
ロンバルド卿は素早く彼の手から水筒を受け取る。
「こんな雑事は侍従にやらせて、君は休んでいろと言ったじゃないか」
「私は大丈夫です。こいつは私を庇って噛まれました。私が直接面倒を見なければなりません」
頑なに答えた若い騎士が水筒を奪ってベッドの横に近づいた。
そして、タオルに水を濡らして意識を失って横になっている騎士の体を拭き始めた。
ぐらぐら沸く熱い体に冷たいおしぼりが当たると、負傷者の口から細いうめき声が流れる。
その姿を固い顔で見下ろしていたロンバルド卿が、ひどくマックを促した。
「急いでください。さらに毒が広がると、腕に永久的な損傷を受けるかもしれません」
「やって・・・やってみます」
彼女は緊張した顔で燭台を傾け、魔物に噛まれた腕の状態を注意深く観察する。
以前にもウェアウルフに噛まれた傷を見たことがあるが、その時とは全く違う傷だった。
杭で釘でも打ったように深く開いた二つの歯の跡からは強い悪臭が漂い、絵の具がにじんだように赤黒い紫色に染まった二の腕は中をぎっしり埋めたソーセージのようにむくんでいた。
果たして自分がまともに治療できるだろうか。
マックはルースから学んだ魔法式を思い出そうとして震える手を傷口に乗せる。
解読魔法は治癒魔法より少ない量の魔力を消耗したが、一段階さらに複雑な演算を経なければならない。
慣れない設計図に従って魔力を運用しようとしたため、力を調節するのが思ったより容易ではなく、マックは2度も魔法式を誤って描いてしまった。
彼女が苦労していることに気づいたのか、そばで静かに見守っていた騎士たちの顔に緊張感が漂う。
「やっばり難しいですね?」
「も・・・もう一度だけ試してみます・・・」
マックは顔を真っ赤に染め、はいはいするような声でつぶやいた。
自己憐憫に陥り、もがく時間に解読魔法をよく練習しておけばよかったという後悔が押し寄せてくる。
この若い騎士を救うことができなければ、これまで築いてきた騎士たちの信頼を失ってしまうのではないかと怖かった。
彼女は額の汗をぬぐい、最後に慎重に力を入れて魔力を上げる。
まるで陽炎のように立ち上った青い光が、修行騎士の腕を包み込み、複雑な模様を描き始めた。
すると、騎士の体に流れ込んだ魔力が毒で汚染された血を浄化させた後、再び式に沿って外に排出されていく。
魔法がちゃんと作動するのを感じたマックは長い安堵のため息をついた。
しばらくして、騎士の腕から赤黒い色が消え、腫れが徐々におさまる。
「治療・・・出来ました」
マックは体から濁った空気が完全に消えていくのを感じ、ゆっくりと手を離した。
ガベルは燭台を持って彼の顔色を注意深く観察し、カーテンを開ける。
マックは急に顔の上にこぼれた明るい光に眉をひそめた。
「光が当たっても苦しまないのを見ると、完全に解毒されたようですね」
「でも、ひょっとして毒気が残っているかもしれないから・・・解毒剤をもっと飲ませなければなりません。薬草を沸かしてもらえますか?」
「私がやります」
そばでそわそわしていた別の随行員が、素早くやかんの中に作れと葉とハーブを入れてお茶を滝れ始めた。
マックはお茶が出てくる間、窓際に座って一息つく。
久しぶりに魔力を消耗したため、若干の疲労感が押し寄せたが、魔力枯渇を体験した時のように眩暈は感じられなかった。
慎重に体の中に残った魔力の量を測ってみたマックは、余裕があると思われると、今度は患者に治癒魔法をかける。
腕についた歯の跡があっという間に消えて、騎士の顔は一層楽になった。
「無理なお願いを聞いてくださってありがとうございます。奥様もお茶を飲んでおいてください。解毒作用だけでなく、魔力回復にも役立つ薬剤です」
「あ・・・ありがとうございます」
「感謝の挨拶は私たちの方です。部下の命を救ってくださってありがとうございます」
ガベルの丁寧な挨拶にマックは顔を赤く染める。
自虐的な考えにふけっていたため、他人の感謝が日照り中の恵みの雨のように甘く感じられたのだ。
マックは湯気がゆらゆら上がってくるお茶をすすり、はにかんだ顔で呟いた。
「お役に立てて・・・よ、良かったです」」
「大変助かりました。遅れると回復できないほど毒が広がって腕が使えなくなることもありました。ルース様も席を外していたので、奥様が魔法を身につけていたこいつには天運がついていたわけです。」
彼は突然顔をしかめ、パイロットをにらみつけた。
「君たちはすぐに城に戻るのではなく、すぐに回復術師から訪ねて行くべきだった」
「私たちは序文を通じてアナトールに入ってきました。敢えて坂を下りて村に立ち寄るより、城に帰った方が良いと判断したのです。何よりもこいつがすぐにお城に戻らなけれはならないと意地を張りました。毒がここまで広がっていたとは、本人も思っていなかったのです」
汗をだらだら流しながらやかんの中をかき回していた随行騎士が悔しい顔で反論する。
「そして何より私たちは団長に一日も早く新しい知らせを伝えなければならないと思いました」
「新しい知らせ?」
ガベルは不思議そうな顔で聞き返した。
すると、随行騎士がしばらく言葉を選んで慎重に口を開く。
「カリプス卿が情報を集めるために私たちをリバドンに送ったことは、卿たちも知っていると思います。私たちは昨年の冬、リバドンに滞在し、魔物の移動現象について調べていました」
「そこで何か分かったのか?」
彼は固い顔でうなずいた。
「リバドン北部のパメラ高原に生息する亜人種の魔物の間に連合組織ができたようです。知能の高いリザードマンとトロールたちが大規模な魔物軍隊を作って村を襲撃し始めたそうです。私たちがリバドンを去る直前に聞いたニュースによると、北部のかなり大きな領地までトロール軍に略奪されたそうです」
「魔物間の大規模な連合?」
荒唐無稽な知らせに騎士はもちろん、マックまで目を見開く。
ロンバルド卿はまるでばかげているかのように鼻を鳴らした。
「群れをなして暮らす魔物たちの規模といっても、せいぜい小さな部落水準だろう。亜人種の魔物たちが人間のように大規模な軍隊を組織したという話は私が一生聞いたことがないないよ」
「誰もパメラ高原の奥深くまでは入ったことがないじゃないですか。私たちが知らない間に知能の高い魔物たちがそこで王国水準の文明を成し遂げたかもしれないことです」
随行騎士の真剣な言葉に、マックは青ざめる。
おびただしい数の魔物軍隊が人間を略奪する恐ろしい光景が頭の中に広がると、恐怖で体がぶるぶる震えてきた。
ロンバルド卿も深刻さを認知したのか、顔を引き締める。
「確かな情報なのか?」
「まだ確認されていない噂に過ぎません。しかしリザードマン、トロール、ロムゴブリンで構成される魔物部隊が組織的な略奪を開始したことは明らかです」
ガベルはじっくりと考え込んであごを撫でる。
「リバドンが奴らに耐えられると思う?」
随行騎士が悩んでみるように、目元にシワをつけて首を横に振った。
「近いうちに七国協定によって各国の騎士団が派遣される可能性が高いと思います」
「それなら同盟関係にあるウェデンに一番先に支援軍の要請が入ってくるだろうね」
「レ、レムドラゴン騎士団が・・・リバドンに遠征に行くということですか?」
行き交う会話を黙って間いていたマックが突然割り込んできた。
自分が割り込むテーマではないことはよく知っていたが、焦ってとても我慢できなかったのだ。
やっと彼女が怖がっていることに気づいたガベルは素早く首を横に振る。
「レムドラゴン騎士団は3年間の遠征を終え、かつ昨年やっと帰国しました。支援要請が入ってきても、王室の騎士団が派遣される線で終わるでしょう」
「下手に断言できません。魔法使いたちの話によると、パメラ高原の魔物軍隊が北部一帯を荒らし回ったせいで、魔物たちの大規模な移住現象が起きたようですね。西部大陸全体に影響を与えるほど深刻な問題です。きっとアナトールにも支援要請があると思います。あらかじめ備えておかなければなりません」
「それに関しては、団長が戻ったらまた議論してみることにしよう」
ガベルは熱弁を振るう随行員を睨んだ。
マックは彼らが自分のせいで会話を中断しようとしていることに気づき、急いで席を立つ。
「この方はもう・・・良くなったようなので、私はこれで・・・失礼しますね」
「私がお部屋までお送りします」
「いいえ、大丈夫です。一人で行けます」
「だめです。城内といっても護衛を連れて通わなければなりません」
ガベルは断固として答え、素早くドアの方へ歩いた。
マックはロンバルド卿に体の中に毒気が残っているかもしれないので、ルースが帰ってきたら必ず随行騎士を再び見せるよう頼んだ後、騎士の宿舎を抜け出す。
いつの間にか日が暮れて外は一面赤みがかったオレンジ色に染まっていた。
「この前、過度に魔力を消耗して苦労されたと聞きました。もしかして調子が悪くはないですか?」
「ああ、平気ですよ。心配しなくても・・・もう気絶することはありません」
ガベルが観察するように彼女の顔をじろじろと出す見ているうちに、安心した顔でうなずいては、大股で歩いた。
そのそばを静かに歩きながら、マックは.心配そうに遠い山を眺める。
過去をかみしめながら自虐する時ではなかった。
これから大きなことが起こるかもしれない。
自分もそれに備えなければならないという気が強くした。
今日のように誰かが突然毒中毒になったり致命的な負傷を負うこともありうる。
そんな時、自分の存在が役に立つだろう。
今日だけでも、自分の魔法で若い騎士が腕を永遠に使えなくなる事態を防いだのではないか。
リプタンは私の助けが必要ないと言ったが、実際にはそうではなかった。
私にもできることがある。
マックはその考えに必死にしがみついた。
父親は自分に何の役にも立たない人間だと何度も言った。
しかし、彼女は今日、そうではないことを証明した。
いや、今日だけではなかった。
アナトールに来てから、いろいろなことを必死に学びながら多くのことをしてきたのではないか。
もし、ここでそれらすべてを思いとどまらせたら、自分は一生劣等感を捨てられないだろう。
父親の言葉のように、一生無能な失敗作として残ることになるかもしれない。
物思いにふけった顔で歩いていたマックは、すぐ決然と目を輝かせた。