こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
113話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 若き恋愛模様
ラシードはこのところ機嫌が悪かった。
理由は、ある女がやたらと目の前に現れるからだ。
「殿下、ようこそおいでくださいました。」
満面の笑みを浮かべてラシードを迎えるその女は、公女ヴェロニカだった。
その顔を見た瞬間、ラシードは苛立ちを覚えた。
ここ数日、ラシードがヴェロニカと顔を合わせたのは数えきれないほどだった。
望んで会ったわけではない。
皇后のもとに行けば、必ず彼女がいた。
ここまでくれば、意図は明らかだった。
『母上は、私をこの女と結びつけたいのだな。』
そう察していた。
だが、これまでは必ず皇后が同席していたのに、今日は珍しく彼女一人だけだった。
「殿下、お座りください。皇后陛下が楽しい時間を過ごせるようにと、ご馳走を用意してくださったのです。」
ベロニカは気取った調子で言いながら、ラシードの腕を取った。
その瞬間、ラシードは冷ややかに彼女の腕を振り払った。
「勝手に触るな。」
氷のように冷たい声だった。
ベロニカは一瞬ひるみ、顔を歪めたが、怯むことはなかった。
「で、でも皇后陛下が一緒に食事をするよう仰ったのです。陛下の言葉を聞かないとなると、私たち二人とも叱られるかもしれませんよ。」
必死に縋るように目を大きく見開き、子どものように拙い言い訳を並べ立てるベロニカの姿に、ラシードの瞳には苛立ちが募っていった。
ラシードは心底、彼女が嫌いだった。
彼は挨拶すらせず、踵を返して応接室を出て行った。
「殿下、どこへ行かれるのですか!」
ヴェロニカがラシードを引き止めようとしたが、彼は振り払うように距離を取った。
ラシードが早足で向かった先は、皇后の部屋だった。
突然現れた息子を見て、皇后は眉をひそめた。
「ラシード、なぜここに?ヴェロニカ公女はどうしたの?」
「……」
「まさかヴェロニカ公女を一人残してきたの?もしそうなら大変な無礼よ。すぐ戻りなさい。」
皇后の口調は、幼い息子を叱るかのように厳しかった。
だがラシードは、母の言葉に従うことはできなかった。
感情を抑え込んだ声で、彼は答えた。
「戻りません。」
「……」
「そして、二度とこのようなやり方で――今後、公女と顔を合わせるなら、私はもうお母様の呼び出しには応じません。」
これまで一度も反抗したことのなかった息子だった。
いつも自分の言葉に従ってきたラシードが、こんなことを言うとは。
皇后は失望をにじませた目で言った。
「シアナのせいなの?」
「……」
「シアナのせいで、こうまで私に背を向けるというの?」
ラシードはその言葉を否定しなかった。
「はい。」
「……!」
「ですが誤解しないでください。今、私とシアナは何の関係もありません。ただ……私が彼女を一方的に心に抱いているだけです。」
皇后は息を呑んだ。
皇太子がただの侍女に心を寄せるなど、決して許されないことだった。
だが、この会話で重要なのはそこではなかった。
「ラシード、私はあの子を反対しているわけじゃないの。だから以前に彼女を呼んだときも特に何も言わなかったのよ。」
その後も皇后はラシードにシアナのことを問いただすことはなかった。
だからラシードは、皇后がこれまで通り自分の私生活に大きく干渉しないだろうと思っていた。
違った。
「その子が気に入ったのなら、存分に可愛がればいいわ。でも、結婚は別の話よ。」
「……!」
「お前は皇位に就く道を歩むのだから、その助けになる女性と結ばれなければならないの。」
皇后の言葉に、ラシードの美しい顔が歪んだ。
いつもそうだった。
彼女の要求の果てには、必ず「皇位」があった。
そうでなければ、皇后はラシードに一切関心を示さなかった。
ラシードが何を好み、何を嫌うのか、まるで何も。
ある時から、ラシードはそれを受け入れるようになった。
母からの関心を望むのはやめよう。
代わりに、母が望むことをすべて成し遂げよう、と。
だからラシードは小さな手に剣の痕が残るほど剣術を習い、夜が明けるまで勉学に励み、十三歳にして立派な戦士へと成長した。
そうすれば母が笑ってくれたから。
その笑顔が嬉しくて、ラシードは皇后の言葉なら何でも懸命に従った。
しかし……今はもう違った。
母がごく稀に見せる微笑みよりも、もっと大切な存在ができたから。
ラシードは低い声で言った。
「申し訳ありません、母上。」
「……」
「私は、シアナ以外の女性とは、どんな形であれ関わりたくありません。」
皇后の顔が険しく歪んだが、ラシードは怯むことなく言い切った。
それきり、彼はただ礼を述べて退出し、母の許可も待たずに皇后宮を後にした。
ラシードが去った場所を呆然と見つめていた皇后は、こめかみを押さえてめまいを堪えていた。
側仕えの侍女イヴリンが慌てて近寄り、皇后を気遣った。
「お加減はいかがですか、皇后陛下。」
「……ラシードが私に逆らったのは、これで何度目かしら?」
宮殿に戻ってまだ一月も経たないのに、その間ラシードは彼女に何度も反抗していた。
一度はアリスの件で、もう一度はヴェロニカとの縁談で。
そして、今。
ラシードはこれまでになく強い口調で、自分の意志をはっきりと示したのだ。
侍女に心を奪われて。
皇后は荒々しい声で呟いた。
「やることが父親そっくりだ。女にうつつを抜かして。」
大きく目を見開いたイヴリンが、両腕で皇后を抱きしめた。
「落ち着いてください、マリア。」
幸い効果はあった。
険しく歪んでいた皇后の顔が、もとの穏やかな表情に戻った。
イヴリンの胸に頭を預けた皇后が口を開いた。
「イヴリン、思っていたよりラシードは随分変わったわね。」
「殿下ももう十七歳ですから。そうなる頃合いでしょう。」
ラシードはもう母の庇護のもとではなく、自分の声を出し始めていた。
けれども皇后は依然として、息子をそのままにしておくつもりはなかった。
ラシードはそれを理解しなければならなかった。
何歳であろうと、ラシードは結局、皇后の望むように動かなければならない――。
静かだった皇宮に、やがて噂が流れ始めた。
「皇太子殿下とベロニカ公女が特別な関係だって?」
「そうよ。この頃ベロニカ公女がしょっちゅう宮中に来ているでしょう?皇后陛下に挨拶に来ている体裁だけど、実際は皇太子殿下に会うためなんですって。」
「まあまあ。」
勇敢な皇太子と美しい公女――この二人のスキャンダルは人々の好奇心を刺激するには十分だった。
噂は瞬く間に広がっていった。
「ベロニカ公女とラシード殿下が一緒にいるところを見たことがあるわ。二人が親しげに口づけを交わしていたって。」
それだけでは終わらなかった。
ベロニカ公女が夜明け近くに邸宅へ戻ったが、その夜を共に過ごしたのが皇太子殿下だという噂が立っている、と伝えられた。
「……という話まで流れているそうです。」
護衛騎士ソルの言葉に、ラシードは思わず息を呑み、顔をこわばらせた。
先日、ベロニカと関係を持ったという噂を初めて耳にしたときも、まるで根拠のない話だったのに、その後もまるで雪玉のように膨れ上がっていたのだ。
「吐き気がする。」
ラシードは吐き捨てるように言った。
ソルは否定しなかった。
ただ一つ救いだったのは、こうした醜聞を本気で信じる者はほとんどいないという点だった。
ベロニカ公女が頻繁に皇宮を出入りしていたのは事実だが、それ以外には何の証拠も証人も存在しなかった。
皇宮と社交界に溢れる数多の噂話の一つにすぎなかった。
ソルが言った。
「それでも、このような噂を放置するわけにはいきません。一日も早く、この件を解決なさるのがよろしいかと存じます。」
「どうやって?」
「殿下ご自身が人々の前で、『私はベロニカ公女に塵ひとつ分の興味もない!』とでも大声で宣言されてはいかがでしょう?」
「不満が収まるだろうな。」
「はい、その通りです。」
二人の間に一瞬の沈黙が落ちた。
ソルが肩をすくめながら口を開いた。
「実際のところ、殿下が直接このような根も葉もない噂を否定されるのは得策ではありません。殿下の名誉にも傷がつきます。それよりは、この噂を広めた張本人を突き止め、公然と罰する方が良いでしょう。」
しかしラシードは首を振った。
「そんな必要はない。」
「犯人をそのまま放置なさるおつもりですか?!」
「ああ。」
ソルは言葉にならないというように、虎のように鋭い目を光らせた。
「そんな馬鹿なことは許せません。卑しい噂を流した者に必ず報いを受けさせねば!」
ソルは普段なら主君を心の中で悪く思うこともあったが、他人がこんな形でラシードを辱めるのは到底容認できなかった。
大柄で逞しい筋肉を震わせながら、ソルは声を荒らげた。
「どうか命令を下してください。明日には必ず、このくだらぬ噂を広めている卑劣な者を突き止め、捕らえて殿下の前に引きずり出してご覧に入れます!」
燃えるような瞳には、ラシードへの忠誠心がありありと宿っていた。
だが、ラシードはソルにそれを許すつもりはなかった。
なぜなら――
「その噂の出どころは……皇后陛下でしょう?」
茶器を手にしていたシアナが口を開いた。
大きく目を見開いたラシードは、やがてゆっくりと目を伏せた。
やはり、あなたには隠せないね――という顔だった。
「どうして分かったの?」
「難しいことではありませんでした。」
皇后がベロニカ公女を宮中に招き入れるようになってから流れ始めたスキャンダル。
そのタイミングはあまりに出来すぎていた。
それだけではない。
「本来なら、宮中でこのような不名誉な噂が立てば、真っ先に動いて鎮めるのは皇后陛下の役目なのに、今回はまったくその姿勢が見られませんでした。」
人々は、皇后がこうした醜聞を相手にするのを嫌って無視しているのだと思っていた。
だがシアナの考えは違っていた。
皇后がこの事態を放置しているのは――噂を流した張本人が彼女だからだ。
そして、気高い彼女がわざわざそんな噂を流した理由は……
シアナは少しこわばった顔で尋ねた。
「……もしかして、それは私のせいですか?」
「……」
「皇太子殿下のそばに仕える侍女が疎ましくて、皇后陛下はこんな噂を流されたのですか?」
シアナの瞳が翳った。
当然だった。
ほかでもない皇后が自分を疑っているという事実は、一介の侍女にとって到底耐え難いことだったから。
そんなシアナに向かって、ラシードが声をかけた。
「お前のせいじゃない。」
「……本当ですか?」
「ああ。だから怯えることはない。」
シアナを安心させるように、ラシードはさらに続けた。
「お前とは関係なく、母上はただ、そろそろ私に婚姻をさせねばとお考えになっただけだ。皇太子としての道を歩むのに最も助けになる女性と――」
その言葉に、シアナの肩がわずかに震えた。
聞き取れはしなかったが、二人の間にしばし沈黙が流れた。
ラシードは苦しげな顔で髪をかき上げると、かすれた声で言った。
「……すまない。」
「……何が、ですか?」
ラシードはその時になって初めて、自分がシアナとの関係をどれほど軽く考えていたのかを思い知らされた。
「知らなかったんだ。人々の口にのぼり、こんな形で噂されるのが、どれほど不快で、耐え難いことなのかを。」
「……。」
「以前、君が心配していたのは、こういうことだったんだな?」
シアナはラシードが何を言おうとしているのか理解した。
ラシードがシアナへの想いを告白したとき、シアナは「きっと妙な噂が立つでしょう」と言った。
彼は今、そのことを口にしていた。
「……おそらく、僕たち二人の噂も立っているはずだ。今の俺と比べれば、お前はもっと大変だったはずだ。」
ラシードがひとり不器用に言葉をつむぐ。
だがシアナは、これまで数えきれないほどの人々から罵りや冷たい言葉を浴びせられてきた。
シアナはただの下級侍女だから。
弱者への非難はいつだってより一層残酷だった。
「……」
思いもしなかった言葉を受け、シアナは驚いた顔でラシードを見つめた。
ラシードの顔は翳っていた。
まるでシアナに対して、大きな罪を犯してしまった人間のように。
ベッドに横たわり、天井を見つめていたシアナがつぶやいた。
「今日も私を呼んでくださらなかった……。」
ここ数日、ラシードはシアナを呼ばなかった。
一日に三度以上は呼び、最低でも二時間はお茶を共にしていたラシードが、である。
「……ふむ。」
シアナはゆっくりと目を開いた。
しばらくして、彼女がベッドから身を起こし足を運んだ先にいたのは、護衛騎士のソルだった。
ソルはシアナが自分を訪ねてきたことに驚き、目を見張った。
「どういったご用件で私を?」
「確かめたいことがあって来ました。」
「では、早くお済ませになってお戻りください。」
ソルは蒼ざめた顔で慌てて言った。
「シアナ様とお会いしたと知られたら、殿下がどんなご処罰をなさるか分かりません。最近、シアナ様に会えず気を病んでおられる殿下ですのに……それでも殿下にとって大切なお方がシアナ様でないとしたら、それこそ殿下は正気ではおられますまい。」
その言葉にシアナは眉をひそめた。
「では、どうして殿下は私をお呼びにならないのです?」
「……!」
ソルの目が大きく見開かれた。
「もしかして殿下は、わざと私を避けていらっしゃるのですか?」
ソルの目はさらに大きく見開かれた。
しばし沈黙した後、ソルは蚊の鳴くような小さな声で答えた。
「はい。」
「……」
シアナは小さく息を吐いた。
「一体なぜですか?」
「……最近、多くの人々が殿下に注目しているではありませんか。」
以前から侍女たちはラシードのことをひそひそ語っていたが、それは主に彼の美しさや冷ややかさへの感嘆に過ぎなかった。
だが今は違う。
人々の関心は若き皇太子の恋愛模様に集中しており、時が経つにつれてその噂は憶測を呼び、ますます真実味を帯びつつあった。
「殿下は、万が一そのような噂にシアナ様が巻き込まれるのを心配しておられるのです。」
「……それで私を呼ばれないと?」
「はい。皇太子宮で仕える侍女や使用人たちは口が堅いですが、どこから話が漏れるか分かりませんから。」
「……。」
シアナは胸の上に石を載せられたような気持ちで答えを聞いた。
――世を恐れることなどなかった方が、どうしてそんな常識的な心配を?
もちろん、シアナ自身も噂が広まることを懸念していた。
だが、ここまで過剰に慎重になるとは思わなかった。
――いくらなんでも、お茶を淹れる侍女を呼んで一杯飲むくらいは構わないでしょうに。
唇をかんだシアナを見て、ソルは言葉を飲み込んだ。
「それでは、気になっていたことにお答えしましたので、私はこれで失礼してもよろしいでしょうか?」
すっと消え入りそうになったソルを、シアナが引き止めて尋ねた。
「殿下は今どちらにいらっしゃいますか?」







