こんにちは、ピッコです。
「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
26話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 南部での出来事
私は今、お嬢様――エヴァンジェリン様と一緒に、南部にある我が家、アンシ子爵領へ向かう馬車の中にいる。
理由は単純だった。
数日前、領地に住むご両親から突然一通の手紙が届いたのだ。私はガタゴトと揺れる馬車の窓外をぼんやりと眺めながら、その時の出来事を思い返していた。
【愛するラリットへ】
最近はずいぶん暖かくなってきたね。元気に過ごしているかな?
今回こうして手紙を書いたのは、グスト伯爵家から連絡があったからなんだ。お前がグレゴリーに婚約破棄を申し入れたと――。
……本当なのか?
「えっ……」
何気なく手紙を読んでいた私は、思わず肩を震わせた。
「どうしたんですか?」
隣に座っていたエヴァンジェリン様が、不思議そうな顔で私を見つめる。けれど私は返事をすることも忘れ、慌てて続きを読み進めた。
【婚約を破棄したことを責めるつもりはない。私たちは、お前がよく考えて決めたことなのだと信じている。ただ、詳しい事情を聞きたいから、久しぶりにアンシ子爵領へ帰ってこないか? ラリットの顔を見たのも、もうずいぶん前になるね。――愛を込めて、お母さんより】
そこで手紙は終わっていた。
私は胸にちくりと痛むものを感じた。
(そういえば……婚約を破棄したこと、まだ両親には伝えていなかったんだ……)
婚約破棄の手紙を真っ先に送ってしまったこともあるだろう。その後は、公爵家での騒動や続く会議に追われ、あまりにも慌ただしすぎたのだ。
「もう、本当に。レディ・アンシ!」
ちょうどその時、エヴァンジェリン様が頬をぷくっと膨らませ、不満そうに私の名前を呼んだ。
「は、はい!」
我に返った私は、慌てて隣を向いた。エヴァンジェリン様はじっと私を見つめて尋ねる。
「どんな手紙だったんですか?」
「ああ……そのことですか」
私は手紙をたたんで封筒にしまいながら答えた。
「両親が、しばらくアンシ子爵領へ帰ってきなさいって」
「アンシ子爵領ですか?」
エヴァンジェリン様は目を丸くした。私はうなずく。
「グレゴリーとの婚約を破棄しましたから。そのことについて、詳しく話を聞きたいみたいです」
もちろん、両親がひどく怒っているということはないだろう。もともと両親は最初から、私とグレゴリーの婚約をあまり良く思っていなかったのだ。
(それなのに私は、グレゴリーと婚約したいって泣いて頼み込んで、両親をずいぶん困らせたんだよね……)
私はこみ上げてくるため息を、必死に飲み込んだ。
あの頃の私は、どうしてあそこまでグレゴリーに執着していたのだろう。そうじゃなかったらよかったのに。私を本当に大切に思ってくれる人たちを、傷つけてまで……。
その時だった。
(ん?)
なぜか頬が少し熱くなるような気がして、私はそっと隣を振り向いた。
そして目に入ったのは――エヴァンジェリン様が目をきらきらと輝かせながら、わざとらしい大きさでぶつぶつと独り言を言っている姿だった。
「いいなぁ……私も一度、アンシ子爵領へ行ってみたいな」
「……」
「私とレディ・アンシは、友達契約までしてるんだから……。……友達なんだから」
「……」
「友達同士って、お互いの家族を紹介したりもするものなんでしょ?」
「……」
「私は、お兄様まで紹介したのに」
……ここまで露骨に「私も連れて行って!」とアピールされて、気づかないふりなんてできるわけがない。私はくすっと笑いながら、エヴァンジェリン様に尋ねた。
「ご一緒に行かれますか?」
「うん、行く!」
エヴァンジェリン様は嬉しそうに声を上げた。けれど、それも束の間。
「で、でも……レディ・アンシが一緒に行こうって誘ってくれたからなんだからね」
と、彼女は照れ隠しのように付け加えた。
「も、もちろん私も行きたかったけど……でも、レディ・アンシが誘ってくれたから行くのよ!」
「はい。私もお嬢様と一緒に行きたかったので、お誘いしたんです。無理やり連れて行くわけじゃありませんよ?」
その言葉に、エヴァンジェリン様はようやく安心したように微笑んだ。
……そんな経緯があって、今こうして私とお嬢様は一緒の馬車に乗っている。
窓の外を眺めていたエヴァンジェリン様が、再び頬を膨らませながらぼやいた。
「ほんと、お兄様ったら出発する直前までずっと小言を言ってたんですよ」
「小言、ですか?」
私が首をかしげると、彼女は不満そうに唇を尖らせた。
「『レディ・アンシを困らせるようなことはするな』って」
そう言って肩を落とすと、少ししょんぼりした声で尋ねてきた。
「ねえ、レディ・アンシ。私って……迷惑?」
「そんなことありませんよ」
私はくすりと笑って首を横に振った。なんというか――気高い血統書付きの猫が、だんだん人懐っこい子犬になっていく様子を見ているような気分だった。
最初は、お嬢様にどう接すればいいのか分からなくて、とても緊張していた。でも、エヴァンジェリン様がこんなふうに私に親しく接してくださるのを見ていると、なんだか少し嬉しくなってしまう。
「そうですよね? 私、迷惑じゃないですよね?」
安心したように、エヴァンジェリン様がほっとした声で言った。
「でも、お兄様ったらいつも小言ばかりで、私のことをこんなふうに言うんですよ」
そう言って、彼女はお兄様であるディートリヒ公爵の口調をそっくり真似してみせた。
「『お前は勝手に歩き回るな。帰るときは私が迎えに行くからな』」
「ふふっ」
私は思わず吹き出してしまった。どうしよう、本当にそっくり……!
しばらく笑ったあと、涙を拭いながら尋ねた。
「でも、公爵様が迎えに来るって……どういうことですか?」
「ああ、今回、お兄様も南部へ出張に行くんです」
「出張ですか?」
ディートリヒ公爵自らが動かれるほどなら、きっと重要な案件なのだろう。エヴァンジェリン様は軽く肩をすくめた。
「最近、公爵家が南部の船団に少し投資したんです。その件を視察しに行くみたいで」
「ああ……」
何のことか分かった気がした。
アンシ子爵領がある南部は、海に面した地域だ。そのため、多くの人が漁業や貿易に従事しており、いくつかの大きな商会は南部に本拠地を置いて船団を運営している。アンシ子爵領にも一つあったはずだけれど、その名前は確か……。
「もしかして、公爵様が投資された船団って、ライト商会のものですか?」
「えっ? レディ・アンシ、どうしてそれをご存じなんですか?」
エヴァンジェリン様は目を丸くして驚いた。私は軽く肩をすくめる。
「南部ではライト商会が一番大きな商会ですから。だからそうかなと思って聞いてみただけです」
「私が聞いた話では、アンシ子爵領は保養地として有名だそうですけど、商会の本部まであるんですか?」
「ええ、そうですね……」
私は苦笑した。お嬢様の言うとおりだった。
アンシ子爵領は規模こそ小さいものの、観光収入に加えて貿易でも栄えており、かなり裕福な領地だった。だからこそ、グレゴリーも「アンシ子爵」の爵位と財産を手に入れるために、私との婚約を維持していたのだろう。私のことを大切には思っていなかったくせに。
そのとき――。
「まったく、お兄様って仕事中毒なんじゃないかしら……。あっ、見てください!」
さっきまで兄の愚痴をこぼしていたエヴァンジェリン様が、窓の外へ身を乗り出して声を上げた。
「ほら、海が見えます!」
そこは、懐かしい潮の香りが漂う、アンシ子爵領だった。
アンシ子爵家の本邸。
幼い頃から暮らしていた三階建ての屋敷が、私を迎えてくれた。涙が出そうになるほど、懐かしい景色だ。
馬車を降りた私は、まっすぐ両親のもとへ駆け寄った。
「お母さん、お父さん!」
「ラリット!」
両親は私を見るなり、ぱっと笑顔を浮かべた。その姿は記憶の中のままで、思わず胸が熱くなる。
……ただ、次の瞬間、すべてが止まった。
「ク、クラウディウス公女殿下……!」
エヴァンジェリン様が馬車から姿を現した瞬間、両親はまるで石になったように固まってしまったのだ。
「公女殿下、お目にかかれて光栄です」
「このたびはお越しいただき、誠にありがとうございます」
ごくりと唾を飲み込んだ両親は、ギチギチと音がしそうなほどぎこちない動きでエヴァンジェリン様に挨拶をした。
(お母さんもお父さんも……魂が半分抜けちゃってるんじゃない?)
いや、操り人形だって、あそこまでぎこちなくは動かない。まあ、無理もない。手紙であらかじめ知らせてはいたけれど、あのクラウディウス公女殿下が直々に我が家を訪ねてきたのだから。
(私だって、エヴァンジェリン様に初めてお会いしたときは、ものすごく緊張したっけ)
それでも、あれは私のほうから「会いたい」とお願いした結果だった。でも両親は違う。まるで晴天の霹靂のように、突然公女殿下を迎えることになったのだ。
「レディ・アンシ……どうしましょう?」
目を白黒させて固まってしまった両親を見たエヴァンジェリン様は、助けを求めるように私を振り返った。
私は……何も言えなかった。それも無理はない。これまでアンシ子爵家を訪れた貴族の中で、一番身分が高かった人物といえば、危うく私の義父になるところだったあのグスト伯爵だったのだから。
私はエヴァンジェリン様の耳元でそっと囁いた。
「き、公女殿下。あまりお気になさらないでください。少し時間が経てば、私の両親も緊張がほぐれると思いますので……」
そのとき。
「こ、公女殿下……?」
震える声で、父がエヴァンジェリン様に呼びかけた。
「もしかして私たち、何か失礼なことをしてしまいましたでしょうか……? もしお気に障ることがございましたら、どうか遠慮なくお申し付けください。すぐに改めさせていただきます」
エヴァンジェリン様は困ったような表情で、小声で私に囁き返した。
「まだ緊張が解けてないじゃないですか!」
まあ、彼女からすれば、こういう反応は珍しくないのだろう。セラフィーナが流した悪意ある噂のせいで、エヴァンジェリン様は望まずして社交界の畏怖の対象になってしまっていたのだから。
けれど、今日のエヴァンジェリン様には切り札があった。
「はぁ……仕方ありませんね」
ため息をひとつついた彼女は、堂々と一歩前へ出た。
「可愛い私が、何とかするしかありませんね」
(エヴァンジェリン様……。「可愛い」と「自分で何とかする」という言葉は、あまり結びつかない気がするのですが……?)
けれど、彼女はその言葉どおり、行動で見事に示してくださった。
「こんにちは。私はエヴァンジェリン・フォン・クラウディウスです」
エヴァンジェリン様は、私の両親に向かってこれ以上ないほど礼儀正しく、完璧な挨拶をなさった。
「レディ・アンシからお話はたくさん伺っています。こうしてお会いできて、本当に嬉しいです」
そう言って、にこりと微笑まれた。
同性の私でさえ一瞬で見惚れてしまいそうになるほど、エヴァンジェリン様が育てているどんな薔薇よりも、ずっと華やかで眩しい笑顔だった。さすがは、この世界一の美貌を持つ方――その微笑みの威力は絶大だった。
「さあ、どうぞ中へお入りください」
「ささやかですが、お茶とお菓子をご用意しております」
両親はまだ少しぎこちなさを残していたものの、先ほどよりは明らかに緊張が和らいだ様子で、エヴァンジェリン様を家の中へ迎え入れた。
(すごい……)
私が心から感心していると、エヴァンジェリン様がどこか得意げな表情で、ちらりと私を振り返る。
(ほら、見たでしょう? 可愛い私がちゃんと解決しましたよ?)
――そんなふうに言いたげな顔で、誇らしそうに胸を張っていた。やっぱり、この世は美しい者が勝つのだ。
そうして応接室で横に並んで腰を下ろすと、最初に口を開いたのは母だった。
「それで、婚約破棄はどういう経緯だったの?」
「あ、それは……」
私は、なぜ婚約破棄を選んだのか、その理由を慎重に説明した。ヨハンス伯爵夫人のお茶会で起きた出来事。そして、グレゴリーとセラフィーナの間で、いつも疎外され続け、利用されていた私の立場について。
「……それなのに、お父様とお母様に相談もせず、先に婚約を破棄してしまって、本当にごめんなさい」
「そうだったのね」
母は静かにうなずきながら、私の手を優しく包み込んだ。
「よく決心したわ。何よりも、あなたがつらくなかったことが一番大事なのだから」
「お母さん……」
「むしろ、このタイミングで婚約を解消できて本当に良かったと思うわ」
「そうよ、お母さんの言うとおりだ、ラリット!」
今度は父まで勢いよく話に加わってきた。
「むしろ胸のつかえが取れたよ! 私は最初からあのグスト家の坊ちゃんは気に入らなかったんだ!」
「そうそう」
父の痛快な反応に、エヴァンジェリン様も大きくうなずいた。
「その通りです! レディ・アンシのほうが、ずっともったいないです! 物事もよく分かっていないくせに、私の親友を振り回すなんて。会うたびに一発くらい頭を叩いてやりたくなりますよ!」
いつの間にか父とエヴァンジェリン様は意気投合し、グレゴリーへの不満を次々と口にし始めた。
……なんだか不思議な気分だった。もちろん、両親は普段から私を心から愛してくれていたし、グレゴリーとの婚約にもあまり賛成ではなかった。それでも、ここまであからさまに露骨に、彼を嫌っている様子を見せたことはなかったのに。
(もしかして、私が原作での“セラフィーナの引き立て役”という役目から外れたせいなのかな?)
セラフィーナへの世界の妙な強制力が消えたことで、周囲のグレゴリーへの嫌悪感が本来の形として強くなった――そういうことなのだろうか。……私の考えすぎだろうか。
「もう、本当に。あなたのお父さんったら」
父を呆れたような目で見ていた母が、再び私に向き直った。
「それはそうと、ラリット。知ってる?」
なぜか母の表情が少し曇ったように見えたのは、気のせいだろうか。
「グスト家の坊ちゃんとレディ・ロペス――セラフィーナも、南部へ来ているのよ」
「えっ?」
……いや、なんであの人たちが南部に?
「今はグスト家の領地に滞在しているらしいわ」
母は苦笑いを浮かべた。
「あなたと公女殿下宛てに、夏のパーティーの招待状まで送ってきたの」
「うぅ……」
私は思わず顔をしかめた。
ようやく、あのバカップルがなぜ南部へ来ているのか分かった。もうそんな時期だったのだ。
帝都には帝都の社交界があるように、それぞれの地域には地域ごとの社交界がある。もちろん南部にも社交界があり、セラフィーナはいつも南部社交界でも注目を集める令嬢だった。
その土地で力を持つ名家は、社交シーズンに合わせて定期的にパーティーを開くものだ。南部の社交シーズンは、たいてい夏。セラフィーナは、南部の名門であるグスト伯爵家からも非常に歓迎されていた。グスト伯爵家の次男・グレゴリーに溺愛されていたのだから、当然と言えば当然だ。
それにセラフィーナは、自分が注目を浴びる機会を決して逃さない性格でもあった。だから社交シーズンになると、どれだけ忙しくても時間を作って、必ず南部へ顔を出していたのだ。
(まあ、強いライバルがいない場所では好き放題できるってことね)
私は心の中でため息をついた。とはいえ、公女殿下がいる帝都でさえあれだったのに。
「それで、グスト伯爵家のパーティーには行かないの?」
「もちろん行きません」
私はきっぱりと答えた。
とはいえ、少し驚きもあった。ブランチのお店でエヴァンジェリン様に恥をかかされたばかりだというのに、もう何事もなかったかのように招待状を送ってくるなんて、本当に厚かましい。私だったら、とてもそんな真似はできない。
(まあ……焦る気持ちは分からなくもないけどね)
今回、グスト伯爵家には次々と問題が降りかかっていた。
一つ目は、グレゴリーがクラウディウス公女殿下の機嫌を損ねてしまったこと。二つ目は、伯爵一家が公爵家の狩猟会に招待されなかったこと。しかも、その原因を作ったのがグレゴリー本人なのだから、家の中でも相当な責任を問われているはずだ。
(……自業自得だけどね)
私は軽く肩をすくめた。
せめてもの救いは、セラフィーナとグレゴリーがグスト伯爵領に滞在していることだった。グスト伯爵家からの招待はすでに断っているのだから、よほどのことがない限り鉢合わせすることはないだろう。
(お願いだから、もう私の人生から消えてちょうだい)
そうなると、あとは――。
「公女殿下、私にお任せください」
私が自信満々に言い切ると、エヴァンジェリン様は首をかしげた。
「え? どういうことですか?」
「公女殿下がこの領地に滞在している間、私が公女殿下専属の観光ガイドになります!」
あとは思いきり楽しむだけだ。
案の定、エヴァンジェリン様の美しい瞳は、期待に満ちてきらきらと輝き始めた。