幼馴染が私を殺そうとしてきます

幼馴染が私を殺そうとしてきます【159話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【幼馴染が私を殺そうとしてきます】まとめ こんにちは、ピッコです。 「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

159話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 新しい命の兆し

表面的には、公爵邸にとても穏やかで平和な日々が流れていた。

ときにレリアは、完全に消え去ってしまったゲームシステムの不在を思い出し、胸の奥にそっと虚しさを覚えることもあったけれど、すぐに気を取り直して頭を振った。

「わあ、きれい……」

ふと視線を向けた窓の外で、春の陽光を浴びて満開に咲き誇る桜の花を見つめ、レリアは自然と微笑んだ。そして机の前に座り、一本の万年筆を手に取る。

それは幼い頃、ロミオから贈られ、友人たちと分け合った、かすかな魔法の込められた万年筆だった。レリアは清らかな気持ちで、上質な白紙の上にさらさらと文字を綴っていった。

『みんな、起きた? まさかまだ赤ちゃんみたいに寝坊してるんじゃないよね?

こっちの庭は、今、桜がすごくきれいに咲いてるよ。

子どもの頃、みんなで一緒に桜を見に行ったのを思い出すね。あの時は本当に楽しかった。

カーリクスが「桜ってどんな味がするんだろう」なんて気になるって言うから、みんなで一斉に口の中に一枚ずつ花びらを入れてあげたよね。(ほんと、今思えばバカみたいだったけど。)

私はシュペリオン城で、とても元気にしてるよ。たまにみんなのことが恋しくなるけど、それさえなければ毎日とても快適。

ねえみんな、あのウサギの人形はちゃんと持ってるよね?』

レリアは万年筆を置き、再び窓の外の景色に視線を向けた。

春風にしなやかに舞う桜の花びらを眺めているうちに、自然と身体が動き、ちょうど部屋にやってきたベッキーに手伝ってもらって服を着替えた。

ひと息ついて再び机のほうへ向かうと、そこには驚くべきことに、すでに返事の手紙が魔法のように届いていた。

他でもない、ロミオからの返事だった。

『レリアへ。

元気で過ごしているようで安心したよ。

でも、ぼくはあまり元気じゃないんだ。

レリア、君に会えなくて寂しくて、退屈で死にそうだよ……。毎日毎日、君とぴったりくっついていたいのにさ。

前にカーリクスが桜でお腹いっぱいにしたあの事件、覚えてる? もちろん覚えてるよね。あの時、あいつがどれだけ真剣だったか……。今思い出しても笑いが止まらないよ。

とにかく、早くみんなのところに戻りたいな。あ、帰るときはお土産もたくさん持っていくから楽しみにしててね。

追伸 – オスカーとはいつ離婚するの?』

手紙の最後に添えられた不穏な一文に、封筒を下ろしたレリアは思わずくすっと吹き出してしまった。

そのときだった。

まだ空白だったはずの手紙の余白に、じわじわと新たな文字が浮かび上がり始めた。リアルタイムで、誰かがその瞬間に書き込んでいるメッセージだった。

『くだらないことはやめて、さっさと食事でもしたらどうだ?』

それは、グリフィスの無機質な筆跡だった。文字の跳ね方を見るだけでも、彼が今どれほど苛立っているかが手に取るように伝わってきた。

昔から、ロミオとレリアがこうして手紙を通じてふざけた悪ふざけを交わすたびに、グリフィスはいつも決まってこのような冷ややかな反応を示した。だからこそレリアとロミオは、わざとグリフィスをからかって遊ぼうと、あれこれと悪知恵を働かせたものだ。

もちろん、からかわれていた当の本人は、いつも涼しい顔をしていて全く攻撃力がなかったけれど。

正直なところ、グリフィスよりもカーリクスをからかうほうが、反応が大きくて遥かに面白かった。

──あるいは、隣にいるオスカーだとか。

————————–

レリアは大切な手紙を丁寧に封筒にしまい、部屋を出た。

朝食をとるために階段を降りていると、階下から聞き慣れた懐かしい声が響いてきた。

「わあ、レリア。どれくらいぶりだろう?」

「ロミオ!」

レリアはくすくす笑いながらロミオに歩み寄った。彼が差し出してきた手を軽くハイタッチするように叩き、二人はまるで子供に戻ったかのように、悪戯っぽいまなざしを交わし合う。

実を言うと、この場所に来てからというもの、ロミオは一度もシュペリオンの広大な敷地を離れたことなどなかった。それなのに、あの幼い頃のように「遠く離れた異郷から手紙をやり取りしているふり」をするのが、最近の二人の間で流行っているちょっとした秘密の遊びだったのだ。

レリアの胸に、幼い頃の輝かしい思い出が次々とよみがえる。本当に楽しかったし、ロミオもきっと同じ気持ちのはずだった。

二人は毎日のように手紙の機能を使っては、他の男たちの他愛のない失敗談を盗み見て、一緒にからかい合っていた。

グリフィスとオスカーは、そんな二人の子供じみた悪ふざけをあまり好ましくは思っていなかったし、それはカーリクスも同様だった。

なかでも最も頻繁にからかいの標的にされていたカーリクスは、そのたびに誇り高い獣のように激しく噛みついて反応していた。その全力の反応が面白くて、余計にからかいたくなってしまうのがロミオとレリアの悪い癖だった。

ロミオと共に賑やかに食堂に入ると、そこにはすでに、背筋をぴしっと正した姿勢で座っているカーリクスの姿があった。

「おい、なんでこんなに遅いんだよ?」

「なんだよ、腹が減ったなら、外に行って桜でも腹いっぱい食って来いってか」

ロミオの意地悪な切り返しに、レリアの頭の中に先ほどの手紙の文面がよぎった。きっと、朝の手紙のやり取りでまた悪ふざけをしたのがバレているのだろう。食事が終わったらすぐに部屋に戻って、手紙の余白にどんな文句が書かれているか確認しなければ、とレリアは胸を躍らせた。

席に着いたレリアは、目の前で不機嫌そうに口を尖らせているカーリクスを見て、思わず吹き出してしまった。幼い頃、大真面目な顔をして桜の花びらを一口で丸ごと飲み込んだ彼の姿を思い出すと、どうしても笑いをこらえきれなかったのだ。

「ねぇ……人が本気でドキドキするくらい綺麗に笑うの、やめてくれない? 僕と付き合ってくれるわけでもないのにさ」

「……」

カーリクスに真剣な目でそう抗議され、レリアは慌てて笑顔を引っ込め、おとなしく口を引き結んだ。

そのとき、グリフィスが静かに姿を現した。彼はどこか退屈極まりないといった面持ちで、流れるような動作で席に着いた。

「そうそう、オスカーならもうすぐここに戻ってくるよ。どうやら、あっちのフレスベルグ帝国でちょっとした火事があったらしいんだ」

グリフィスの何気ない一言に、その場にいた三人の男たちの表情が一瞬にして歪んだ。完璧に「あいつの事なんてどうでもいい」という、冷徹な拒絶の反応だった。

「へえ、そう? 忙しいなら、二度とここへ戻って来なきゃいいのに」

ロミオが声音を冷たくして吐き捨てると、それを聞いたグリフィスの表情が、どこか意味深に曇った。彼は低く、含みのある声で口を開く。

「あいつ、最近よくあっち(フレスベルグ)へ行っているな。ちょっと変だと思わないか? ……レリア、お前をここに置いたまま、一人で頻繁に出かけているなんて」

グリフィスは、特にこういう部分において異様なまでに敏感だった。何か少しでも腑に落ちない不審な点があると、すぐにオスカーの裏を暴こうと詰め寄るのだ。

「フン、どうせ別の女でもできたんじゃないのかよ、あいつ」

カーリクスがこれ幸いにと意地悪く相槌を打つと、ロミオも思わず食事を吹き出しそうになって笑う。レリアは、そんな三人のあまりにもあからさまな嫉妬交じりの反応に、少し戸惑いながらも、静かに食事を口へと運び始めた。

実のところ、最近オスカーが頻繁に屋敷を留守にして忙しく動き回っていたのには、彼らには絶対に教えられない、全く別の理由があった。

オスカーとレリアは最近、友人たちの目が届かない夜の密室で、以前よりもずっと深く濃密な会話を毎晩のように交わしていた。

少し前には、「いつか生まれるであろう子ども」をテーマにして、夜が明けるまで語り合ったこともあった。もちろん、まだお腹の中にも存在していない、未来の不確かな子どもについての話し合いだったけれど、ただその想像を語り合うだけでも、二人の心は芯から温かくなった。

「いつか、私たちのあいだに子どもが生まれたら、フレスベルグ帝国にもみんなで一緒に行こうね。パパの生まれた故郷だから」

レリアのそんな温かい言葉に、オスカーの冷徹な表情は嘘のように和らぎ、愛おしそうな優しい笑みを浮かべていた。

「……フレスベルグの皇城は、今かなり荒れているだろうからね」

「じゃあ、皇城以外に、どこか綺麗でいい場所はないの?」

「……分かった、僕が事前に調べておくよ」

そう答えたときのオスカーは、なぜか喜びの裏で、ほんの少しだけ浮かない表情を見せていた。レリアは、その隠しきれない不器用な姿すらも愛おしそうに見つめていた。

レリアは、あまりにも不遇で孤独な過去を生きてきたオスカーに、誰よりも「家族の本当の温かさ」というものを教えてあげたかったのだ。彼なら、きっと世界で一番優しい、心豊かな良い父親になるだろうという確信があった。

その日を境に、オスカーはフレスベルグ帝国の治安や、環境の良い「星の位置」を直接調べに出かけるようになったのだ。せいぜい数日に一度、一、二時間ほど空間を渡って出かける程度の、レリアとの約束のための極秘の外出だった。

本当は、彼は一秒たりともレリアのそばを離れたくはなかったのだが、レリアが「私たちの未来のためよ」ときっぱり言って、彼を一人で行かせていたのだ。

どうやら、彼の中に巣食う「いつか見捨てられるかもしれない」という情緒不安定な気質が、結婚後にさらに悪化しているように思えたから、あえて一人の時間を作らせるためのレリアなりの配慮でもあった。

レリアが真剣な顔で言いつけると、オスカーは仕方なく、後ろ髪を引かれる思いで一人で出かけるようになったのだ。

今日、食堂で不機嫌に固まっている友人たちの様子を見て、レリアは「なるほど、オスカーがあれほど席を空けるのを嫌がっていたのは、こういうことだったのか」と、合点がいった。

(そういうことだったのね……)

オスカーがほんの僅かでも席を離れた瞬間に、ハイエナのように一斉に悪口を言い合ったりふざけ始めたりする友人たちを見て、レリアは少しの呆れと寂しさを感じながらも、思わず笑ってしまった。

「みんな、嫌がらせもほどほどにしてね」

そのときだった。

「……ほどほどにしなければならないのは、彼らの方だと思うけれど」

低く、けれどどこまでも穏やかなその声に、レリアは弾かれたように顔を上げた。

食堂の入り口のところで、いつの間にか戻ってきたオスカーが、腕を組んで壁に寄りかかりながらこちらを見つめていた。

「オスカー!」

レリアは嬉しそうに彼を呼びながら、パタパタと大きく手を振った。オスカーは、自分を睨みつける三人の友人たちに氷のような冷ややかな一瞥を送りつつ、ごく自然な動作でレリアのすぐ隣の席へと腰を下ろした。

「いやいや、しらしらと白々しい格好で戻ってきたな。ぶっちゃけ、あっちで新しい彼女でもできたんだろ?」

カーリクスがニヤニヤと意地悪く笑いながら絡みついた。しかし、オスカーはそんな下らない挑発を完全に無視し、レリアのテーブルの上の食事量を鋭くチェックした。

「レリア、まさかこれだけしか食べていないのか? もう少し、ちゃんと栄養のあるものを食べた方がいい」

「ほら見ろ、あいつ露骨に話をそらしたぞ。間違いない、向こうに女ができたんだ!」

カーリクスがしつこく絡み続けると、オスカーはついに食事の手を止め、射殺さんばかりの冷徹な目を彼へと向けた。

「……レリアという最高の存在をすぐそばに置いておきながら、他の人間に目がいくと思うのか? もしそんな真似ができるというなら、お前が先に挑戦してみたらどうだ。──他人の妻に、いつまでもしつこく執着するな」

「……っ、お前、あとで覚えてろよ……!」

真っ向から言い負かされたカーリクスは、あまりの悔しさに奥歯をギリリと激しく噛み締めた。

(あとで、俺があの『二番目の夫』の席を手に入れた時、どんな顔をするか見ていろ……!)

カーリクスは、その席さえ手に入れることができれば、レリアの心を強引にでも奪い去る自信が満ち満ちていた。レリアがオスカーだけに特別甘いわけではないのだとすれば、自分にも必ず勝算があるはずだと確信していたのだ。

グリフィスは、そんな風に一人で勝手に熱くなっているカーリクスを、底の知れないあきれたような目で見つめたのち、静かに視線をそらした。

「……」

再び、隣でオスカーと話しているレリアへと目を向けたグリフィスは、ゆっくりと、確かめるようにその瞼をまたたかせた。

まだ世界で誰も──当事者であるレリア自身も、そしてその隣にいる夫のオスカーでさえも、この瞬間には気づいていなかった。

けれど、五感と魔力が異常なまでに鋭いグリフィスにだけは、はっきりと解ってしまったのだ。

レリアの小さなお腹の中で、今まさに、新しくて尊い「ひとつの命」が静かに芽生え始めていた。

その奇跡の存在を、世界の誰よりも、父親よりも先に知ることができたのが他ならぬ「自分」であるという事実が、グリフィスの胸の奥に、言葉にできない不思議な親近感をもたらした。

そしてそれと同時に、かすかに、けれど確実に、その命を守らなければならないという強い責任感のようなものが彼の内側から湧き上がってくる。

手のひらの上でかすかに脈打つような、その小さな生命の気配が、グリフィスにはたまらなく愛おしかった。

レリアにさえ似ていてくれるなら、これから生まれてくるあの子に、自分は一生分の惜しみない愛を注ぎ込めるような気がした。

グリフィスはこれまでの人生で、一度として神の存在など信じたことはなかった。けれど、この瞬間だけは、天に向かって心から祈りたいと思った。

──これから生まれてくるあの子が、どうか、あの醜いオスカーの要素など一切引き継がず、レリアだけに似て美しく生まれてきますように、と。

————————–

グリフィスの確信に満ちた予感の通り、それから間もなくして、公爵邸の誰もがレリアの妊娠という驚くべき知らせを知ることとなった。

そのおめでたい報せを聞いた人々はみな、心の底から歓喜し、レリアとオスカーの前に集まって祝福の言葉を贈った。

もちろん、大切な娘の身体を心配する僅かな不安はあったものの、誰よりも狂喜乱舞していたのは、レリアの目の前にいる家族たちだった。

「私の目には……レリアはまだ、ほんの子供にしか見えないというのに……っ」

カリウス叔父さんは、信じられないという風に表情を凍りつかせながら、隣に立つオスカーを親の仇のようにじっと睨みつけていた。

その傍らで、レリア自身もまだ実感が湧かないといった様子で、自分のお腹のあたりをそっと愛おしそうに撫でる。母のエリザベスが、そんなレリアの小さな手の上に、自らの温かい手をそっと重ねて優しく微笑みかけてくれた。祖父母は、感極まったように早くも目元に涙を浮かべている。

そして、盛大な祝福のパーティーが催された、その日の夜。

夕食を終えて寝室のベッドの上に横になったレリアは、どこか不安げな様子で隣に腰掛けているオスカーの姿を、じっと見つめていた。

あの妊娠の知らせを聞いてからというもの、オスカーはずっと魂が抜けたようにぼんやりとしていたのだ。強張ったままの彼の口元は、一向に緩む気配すら見せようとしない。

「オスカー……? もしかして、嬉しくないの?」

実はだいぶ前から、二人は「未来に生まれるであろう子どもと、いつか一緒に行くための場所」について熱心に話し合っていたのだ。それどころか、オスカーはすでに、フレスベルグ帝国の景勝の良い海辺にある広大な数区画の土地を、将来のために事前購入してある状態だった。

それなのに、いざ子どもができたと分かった途端に、あんな風に冷たく固まってしまうなんて。

まさか、本当に子どもができたことが嬉しくないのだろうか……。

「オスカー、もしかして……この子は、あなたにとって望んでいなかった子なの?」

「……」

レリアの悲しげな問いかけに、それまで虚空を見つめてぼんやりしていたオスカーが、ハッとしたように視線を上げてレリアを見つめ返した。

彼は微かに震える手で、レリアの細い腰に、その大きな手をそっと添えた。彼の片手だけでも簡単に包み込めてしまいそうなほど、細くて華奢な腰だった。

彼の手は、愛おしさを確かめるように、ゆっくりと彼女の下腹部へと向かって滑っていく。衣服を隔てた彼女のやわらかいお腹は、驚くほど温かくて、どこまでも優しかった。

オスカーが自らの魔力をそっと指先に集中させると、彼女の胎内から、かすかではあるけれど、確かにそこに存在する温かい生命の気配が手のひらを通じて伝わってきた。

自分とは違い、治癒の魔力を持つグリフィスなら、きっと最初からもっとはっきりとこの気配を感じ取っていたに違いない。そう考えると、他の男への猛烈な嫉妬となんとも言えない独占欲が押し寄せてきた。

だがそれよりも、今のオスカーの胸には、何よりも先に大きな「心配」が先立っていたのだ。

「……君が、この先出産のつらさに直面したり、身体を壊して苦しんだりしないかと思うと……僕は、怖くてたまらないんだ」

「オスカー……」

レリアは、不安に細かく震えるオスカーの手の上に、自らの手をそっと重ねて、安心させるように微笑んだ。

「大丈夫だよ、オスカー」

「怖いんだ。もし、君の身体に何か万が一のことがあったら……僕は……」

「何も心配しないで。私は、あなたが思っているよりもずっと丈夫だし、大丈夫だから」

「……」

レリアの声は、どこまでも 淡々としていて、しかし揺るぎない確信に満ちていた。

オスカーは愛おしさに耐えかねたようにレリアの身体を強く抱き寄せ、彼女のこめかみのあたりに何度も熱い唇を落とした。

そうだ、この屋敷には、世界最高峰の治癒能力を持つグリフィスがそばにいる。何があっても、レリアの身体の安全だけは絶対に保障されているのだ。その事実に嫉妬で心の中は激しくざわついたけれど、レリアの命のためなら、そんなプライドなどいくらでも我慢することができた。

「なんだか……不思議で、変な気分……」

オスカーが安堵から沈黙すると、レリアの表情がパッと明るいものへと切り替わった。彼の顔色を見て、決して新しい命を嫌がっているわけではないのだと分かったからだ。

レリアが、先に弾んだ声で尋ねた。

「ねえ、名前は、どうやって決めようか?」

「君の、好きなようにしてくれていいよ」

「男の子かな、女の子かな? 今からすごく気になるね」

レリアの楽しげな言葉に、オスカーの強張っていた口元が、ようやく一筋の美しい弧を描いてほころんだ。どんな性別で生まれてこようとも、この子は世界の誰よりも愛おしい、自分たちの生きた証になるに違いないと感じていた。

オスカーはレリアの身体を、これ以上ないほどしっかりと、腕の中に引き寄せた。

胸の奥が、未だかつてない不安と期待で激しく高鳴っている。こんな感情を抱くのは、長い人生の中で初めてのことだった。

レリアと、そして自分に似た小さな子どもが、これからこの世界に生まれてくるなんて。自分のような呪われた存在が、これほどの至高の幸せを掴み取ってしまっても良いのだろうか。つい、そんな風に思ってしまう。

「……あ、そうだ!」

そのとき、レリアが突然オスカーの胸をポンと押しのけて、ベッドの上で勢いよく身体を起こした。

「どうしたの、急に?」

レリアは、物心がついてからずっと肌身離さず身に着けていた、あの形見の首飾りを首元から外した。

「ふと、大切なことを思い出したの」

「何を?」

「お母さんが私を産んだあと、このネックレスに特別な魔法をかけたんだって言っていたでしょう? それが何であれ、持ち主の望む願いを、ひとつだけ完璧に叶えてくれるようにって」

「……ああ、言っていたね」

「だからね……私も、新しく生まれてくるこの子のために、同じように魔法をかけてあげたいの。……私にも、できるかな?」

「──僕が、やってあげるよ」

オスカーは静かに手を伸ばし、レリアの小さな手のひらにあるネックレスへと指先を触れ、その輪郭をそっと撫でた。フレスベルグ帝国の最高峰の魔力を持つ彼であれば、それくらいの付与魔法など、造作もないことだった。

「目を閉じて、レリア」

オスカーの低い言葉に従い、レリアはおとなしくその瞳を閉じた。

オスカーは、月光に照らされて微かに震える彼女の美しい睫毛にしばらくの間うっとりと見惚れたのち、静かに形見の首飾りへと自らの強大な魔力を流し込んでいった。

新しく生まれてくる我が子の健やかな願いはもちろんのこと、それを願うレリア自身の望みまでもが、すべて完璧に叶うようにと、祈りを込めて。レリアの願いであれば、オスカーはこれから先、どんな不条理なことだろうと何でも叶えてやるつもりだった。彼女のすぐそばにいられる限りは。

持てる魔力のすべてを首飾りに込め終えたオスカーは、未だ目を閉じているレリアの柔らかな唇に、そっと吸い付くように口づけを交わした。

そして、レリアが妊娠している今、当分の間は身体を労るために、二人で静かに部屋のなかで会話を交わして過ごすことになるだろうと、自らに言い聞かせる。

だが、それで十分だった。むしろ、触れ合えない時間が、レリアをより一層大切に思う気持ちを深めてくれるだけだったから。

これからは、レリアのためだけに、自分のすべての時間を捧げることができる日々になる。オスカーは愛おしさを込めた優しい手つきで、レリアの細い腰をそっと抱きしめ、共に眠りについた。

————————–

妊娠の事実が明らかになって以降の公爵邸での日々は、レリアにとって、まるで自分が本当の「皇后」にでもなったかのような錯覚を覚えさせるものだった。

夫のオスカーだけでなく、家族や友人、そしてシュペリオン城に仕えるすべての使用人たちに至るまで、彼女に対する態度が異常なまでに慎重で、過保護になったからだ。

少し気が重くて不便に感じることもあったけれど、それ以上に、一人の母親としての大きな責任感が、彼女の胸の内に確かに芽生え始めていた。

自分の不揃いなお腹の中に、今、本物の命が育っている。それは、何度考えても不思議でたまらない感覚だった。

ある日の午後。

暖かく温度が保たれた部屋の中、ふかふかの椅子に腰掛けて本を読んでいたレリアは、ふと、部屋のドアが開く微かな音に耳を傾けた。

(こんなとき……もし、あの『錬金』がいれば、あれこれと身体の不思議について質問することができたのに……)

最近、周囲の人々はレリアの身体を気遣うあまり、彼女の前で極めて慎重に言葉を選ぶようになっていた。その過剰な配慮のせいで、自然と日々の会話自体が少なくなってしまっていたのだ。

いつも思ったことを何でもすぐ口にしていた、あの狂暴なカーリクスでさえ、レリアの前ではすっかり言葉少なになって大人しくなっている始末だった。

レリアは、「誰かと、何の気兼ねもなく心ゆくまでくだらないお喋りがしたいな」と思いながら、自分のお腹をそっと愛おしそうに撫でた。

どうしても、あの賑やかだった錬金に会いたくてたまらなかった。

ぼんやりと誰もいない虚空を見つめたあと、レリアが諦めたように再び手元の本に視線を落とした、その瞬間だった。

(──ピロンピロンッ!)

静まり返った部屋のなかに、突如として、どこか聞き覚えのある懐かしい電子音がけたたましく鳴り響いた。

この世界において、もう二度と聞く理由がないはずの、あの音だ。

「え……?」

レリアはぼんやりと目を瞬かせながら、無意識のうちに首元へと手をやった。

すると、彼女の視界のなかに、懐かしい、あの半透明の青い画面が鮮烈な光を放ちながら勢いよく飛び出してきたのだ。

【 system:最適化 100% 進行完了! 】

【 こんにちは。新しくなった『錬金復権シーズン2』を今すぐご覧ください!✨*。 】

【 ٩(ˊᗜˋ*)و✧*.。 追加のデータファイルがあります。ファイルリソースをダウンロードしますか?(。•̀ᴗ-)✧° 】

これが果たして夢なのか、それとも現実なのか、レリアにはすぐには区別がつかなかった。

ただ、胸の奥から突き上げるような狂おしい喜びと涙に視界を滲ませながら、レリアは目をぱちぱちと瞬かせ、震える指先を、画面のなかに浮かぶ『はい』のボタンへとそっと動かしたのだった。

<完結>

 



 

 

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