こんにちは、ピッコです。
「ロクサナ〜悪女がヒロインの兄を守る方法〜」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
どういう訳か小説の中の悪の一族、アグリチェ一家の娘「ロクサナ」に生まれ変わっていた!
アグリチェは人殺しをものともしない残虐非道な一族で、ロクサナもまたその一族の一人。
そして物語は、ロクサナの父「ラント」がある男を拉致してきた場面から始まる。
その拉致されてきた男は、アグリチェ一族とは対極のぺデリアン一族のプリンス「カシス」だった。
アグリチェ一族の誰もがカシスを殺そうとする中、ロクサナだけは唯一家族を騙してでも必死に救おうとする。
最初はロクサナを警戒していたカシスも徐々に心を開き始め…。
ロクサナ・アグリチェ:本作の主人公。
シルビア・ペデリアン:小説のヒロイン。
カシス・ペデリアン:シルビアの兄。
ラント・アグリチェ:ロクサナの父親。
アシル・アグリチェ:ロクサナの4つ上の兄。故人。
ジェレミー・アグリチェ:ロクサナの腹違いの弟。
シャーロット・アグリチェ:ロクサナの妹。
デオン・アグリチェ:ロクサナの兄。ラントが最も期待を寄せている男。
シエラ・アグリチェ:ロクサナの母親
マリア・アグリチェ:ラントの3番目の妻。デオンの母親。
エミリー:ロクサナの専属メイド。
グリジェルダ・アグリチェ:ロクサナの腹違いの姉。
ポンタイン・アグリチェ:ラントの長男。
リュザーク・ガストロ:ガストロ家の後継者。
ノエル・ベルティウム:ベルティウム家の後継者
40話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 残された時間をあなたに
もちろん馬車の中にいた時から予想していたことではあったのだが、このように直接確認してみると失笑せざるを得なかった。
私はカシスに向かって冷ややかに尋ねる。
「じゃあ、私は捕虜?それとも戦利品?」
燃え盛ったアグリチェ。
廃墟と化した土地。
記憶が混乱している中でも、その光景だけは目に焼き付けられたように鮮明だ。
そうしたのが彼で、そうなるまでアグリチェの扉を開いたのが私だった。
その事実だけは忘れることが許されなかったかのように忘れることができない。
今更、それに不満を感じているわけではなかった。
私は和合会の日、カシスが公式の場に現れる可能性もあるという事実も前もって知っていたし、あの時からペデリアンがアグリチェに刃を向けるという事実も推測していたのだから。
だから私も、わざとあの日に決めたのだ。
ペデリアンの手を借りて、アグリチェを完全に潰すために。
カシスをはじめとするペデリアンの人々がこのように移動しているのを見ると、予定された手順で事が進行したことは明らかだった。
しかし、今私の目の前にカシスがいる現実は計画にない。
アグリチェの最後の日、私は一人で旅立つつもりだった・・・。
「何の目的で、私をここまで引っ張ってきたの?」
カシスはしばらく黙って、私をじっと見下ろした。
私の顔を見つめる目には、動揺一つない。
しばらくして彼の顔に一瞬の感情が走る。
しかし、余りにも刹那の事だったので、それが何なのかまだ把握できなかった。
次の瞬間、カシスは私に手を伸ばした。
冷ややかな暖かさを抱いた指が触れた瞬間、ぎくりとした目つきを震わせる。
カシスの手はそんな私の額を掠め、頬に触れた。
撫でるような優しい手に、思わず顔が強ばる。
「また熱が上がってきた」
周りの人たちが、カシスを静かに見ているのを感じた。
その中で彼だけが淡々とした表情を浮かべている。
すぐに彼の手が私の顔から離れた。
「イシドール、今日はここで幕を張る」
「ええ、準備させていただきます」
ずっとカシスの後ろに立っていた男が答える。
カシスの視線は、再び私に向けられた。
「熱のせいで寒さも分からないのか?そんな格好で外に出るなんて」
叱ったり情けなさそうな口調で言われる。
「相変わらず、自分の体を大事にしないのだな」
しかし、私を見つめるカシスの顔に映った感情は、そうではなかった。
続いて彼はマントを脱いで、私の身を包む。
いや、包むというより、風が少しも漏れないように、ほとんど縛ったも同然だ。
それからカシスはそのまま私を抱きしめる。
その一連の行為があまりにも自然であったのか、周りにいた人々はおろか、私さえ彼に抗議の言葉も出せなかったほど。
カシスは私がまるで人間ではなく藁の山のように軽々と持ち上げて、少しの揺るぎもない足取りで馬車に向かって歩いた。
彼は私を再び馬車に連れ込んで、再び横にする。
そして、私がさっき脱いだ毛布を持ってきて、体の上に被せられた。
全身に食い込む柔らかな温もりで変な気分に。
「・・・私を縛っておいた方がいいんじゃない?」
沈んだ声でそう聞くと、カシスの視線がちらっと私の顔の上に落ちた。
「君にそんな趣味があるとは知らなかった」
そういう意味ではないと知りながらも、彼は冗談半分で答える。
「残念ながら私の趣味ではない。しかし、君が望むなら考慮ぐらいはしてみよう」
「私が逃げたらどうするの?」
「また連れて来ないといけない」
私はその答えに口をつぐむ。
「捕まえないと」じゃなくて、「連れて来ないと」って。
一体、彼は私をどうしたいのか感じられなかった。
「そんなに雑念が多いから、しきりに熱が上がるのだろう。違うか?」
低い声で私に耳元をくすぐった後、涼しい手が目元を覆う。
熱があるという言葉が本当なのか、カシスの手が清々しく感じられた。
再び耳元に静かな囁きが聞こえてくる。
「心配しないで休みなさい。君が気遣うべきことは、もう何もないのだから」
不思議なことに、その声を聞いている間にクラクラしていた心が徐々に静まってきた。
私の記憶が絶たれた後、アグリチェはどうなったのか。
また、母親やジェレミー、そしてデオンとラントをはじめ、アグリチェの人々はどうなったのか。
カシスの意見によると、今ではそのような考えを完全に裏切ることができたようだ。
今、私のそばにいる人も、また馬車の外にいる人たちも、皆、ペデリアンから来た人たち。
だからこそ、今私は敵陣のど真ん中にいるとも言える。
しかし、嘘のようにアグリチェにいる時よりも安らかな気持ちで目を閉じることができた。
朧げになる意識の向こうで、何だかそれがちょっとおかしいなと・・・、私は思った。
トントン。
「起きられましたか?」
熟睡した自分に少し懐疑を感じていた時だった。
馬車の扉を叩く音とともに、聞きなれない声が聞こえてくる。
どこか女性的な感じを漂わせる落ち着いた中低音の声。
自分で馬車の扉を開くと、オリーブ色の髪と濃い藍色の目を持った人物と目が合った。
「少々お邪魔いたします」
目が合った瞬間に私はピリッとして、視界に映った固い表情は少し緩む。
微妙ではあるが、私が目覚めて幸いだと思っているような表情。
髪が短髪で声も低い方ではあったが、私を訪ねてきたのは確かに女性だった。
アグリチェでも実力さえあれば、性別に関係なく部下にする主義だったため、特に不思議ではない。
私が気になっているのは別の理由から。
「お腹が空いているのでしたら、簡単な食事でしたら用意できますが?」
「カシスは?」
「ウィンストン卿と、しばらく席を外しています。・・・お嬢様・・・」
「・・・」
ウィンストン卿は、あのイシドールという男性だろう。
まあ、それは二の次にして。
彼女の話を聞いて、私はここでの自分の立場がどうなのか今更気になったのだ。
今、私の目の前にいる人も、私の呼び方をどうすればいいか困っている様子。
同じように、私も彼らにどんな話し方をするべきか少し悩んでいた。
「ご希望であれば、馬車に何か食べ物をお持ちいたします」
「じゃあ、そうしてちょうだい」
しかし、あまり長く考えずに、いつも通りにすることに。
カシスに敬語を使わない私が、彼の部下に敬語を使うのは不自然だから。
だからといって、カシスに敬語を使うつもりもないのだが。
前にいる女性も、私の話し方がどうであれ、あまり気にしていないようだ。
彼女は表情を変えないまま、俯いて馬車のドアを閉めた。
「・・・」
あの無表情な顔を見ると、エミリーを思い出す。
母に彼女を送ったのが最後で、私の最後の命令。
思っていたよりも早く食事が提供された。
「キャンプ中ですのできちんとした食事ではありませんが、味は悪くないと思います」
「ありがとう」
さっきから感じていたのだが、私に対する態度が思った以上に丁重だ。
捕虜に対する扱いではない気がする。
「もしかして、私がアグリチェに人間であることを知らない?」という気もしたが、事実上、そうするのは難しいはず。
「あなた、名前は?」
「オリンと呼んでくだされば結構です」
名前を聞いてはいるが、おそらく彼女が教えてくれた「オリン」は名字だろう。
初めて会った私に親近感を持って名前を教えるはずがなかったから。
私は彼女が渡す皿を受け取った。
思わず指先が触れたとき、オリンがビクッとする。
そういえば、彼女の態度は、私に必要以上に丁重であるほかに、少しおかしい部分があった。
私を避けるというほどではないが、何となく、私の手に触れないようにしていたのだ。
「ありがとう。いただくわね」
自分でも気づいたことがあったので、彼女の動揺に気づかなかったように平然と話す。
再び一人残された時、私はため息をつく。
そうだろうね。
三日間も意識がなかったら、体の毒気をまともにコントロールできなかっただろう。
他の人たちが私に近づくこと自体が不可能だったはず。
ひょっとしたら、外にいる人たちに迷惑がかかっているかもしれない。
だから今も、私に手を出さないように気をつけたのだろう。
あ・・・、もしかしてカシスが私を診ていた?
かつて経験したところでは、カシスは私に近づけたようだ。
じゃあ、もしかしてこの三日間、カシスはずっと私の面倒を見てくれていたのだろうか?
そう考えると、徐々に眉間に力が入る。
そういえば、意識がないうちに、ちゃんと洗えないのは当たり前だったのに、体が清潔なこともおかしい。
人が洗ってくれるはずはないだろう・・・。
カシスが私にそんな恥知らずなことをしたはずはないので、おそらく彼の持つ異様な能力の一部ではないかと思った。
アグリチェにいる時も、カシスは地下の牢屋に数日間閉じ込められていても、清潔さを保ってきたではないか。
後でカシス本人から聞いてみたかったが、一方では気まずい答えが出るのではないかと思って、このまま黙っていようかと思ったりもする。
オリンがくれた食事を一口すくって口の中に押し込む。
こんな野営地で簡単に調理できる割には、彼女の言った通り、素晴らしい味だった。
けれども私は、そのままお皿を置く。
もともと食べ物に好き嫌いがあるわけでもない。
しかしどうしても食欲がなくて、食べ物が喉に通らなかった。
私は申し訳ない気持ちでオリンを呼ぶ。
彼女は、器の中身がほとんど残っているのを確認し、口に合わない場合は別のものを用意すると提案してくれたが、私は「体が食事を拒否しているみたい」と言って断った。
オリンが席を外した後、私は開いたドアから外を見回す。
カシスの姿はまだ見えていない。
キャンプの準備をしている人たちが目立たないように私をチラッと見るが、それでもわざわざ私のいる方へ進んでくる人はいなかった。
扉を閉めて、カーテンを開ける。
そして窓からしばらく外を眺めていると、キャンプを準備している人々の向こうから見慣れた人物の姿が映った。
カシスは、やはりイシドールと一緒だった。
私はこっちに近づいてくる彼を見て、再びドアを開ける。
「カシス」
私が呼ぶと、カシスの視線が飛んできた。
昼と似たような静寂感が辺りに舞い降りる。
静かなキャンプ場を横切って、近づいてきたカシスが尋ねた。
「食事は?」
「いただいたわ」
カシスの視線が馬車のそばで待機していたオリンに向く。
彼女が頭を小さく振っているのを、私は見逃さなかった。
しかし、カシスはそれ以上何も言わず、再び私に目を向ける。
「もし必要なものがあれば、これから私がいない時はオリンに話してくれ」
小さく首を頷いて、口を開く。
「息苦しいから、少しだけ風に当たりたいんだけれど」
短い空白が過ぎ、カシスは再び口を開いた。
「さっきより気温が下がって寒いと思うが」
私は黙ったまま、カシスから貰ったマントを羽織り、その上に毛布を巻いた。
それなりに断固たる意思表現をしてみたのだ。
「中にいた方が・・・」
そばにいたオリンが少し躊躇いながら、私を止める。
心から私の状態を心配している様子だった。
しばらく黙っていたカシスが手を差し出してくる。
私は彼の手を取って、馬車から降りた。
キャンプ場で最も温かみのある場所へ、カシスが私を導く。
周囲にいた人々が離れた場所に移動し、彼らは私たちの方向へ視線を向けなかった。
このような環境でも、やはり彼らには「騎士」という言葉がピッタリだ。
「食べて」
しばらくして、カシスは私に湯気の立つ器を差し出してくる。
席に着く前に部下を呼んで何かを指示しているかと思えば、私が食事をほとんど取っていないことを気にしていたらしい。
「あまりお腹が空いていないの」
「食欲がなくても、少しは食べておけ。三日間何も食べていないのだから」
今回も私は断ったが、オリンと違ってカシスは退かなかった。
彼は私にスープの入った器を持たせて、もう一方の手にスプーンを握らせる。
「まさか、自分のことを水だけ飲んで生きられる生物だと思っているんじゃないだろうな?」
手に持っている温かいスープを見下ろして、こっそり眉をひそめた。
このような状況は少し不慣れなのだ。
食べないと意地を張る私に、誰かがここまで強引に食事をさせようとするのは、少なくとも生まれて初めてのことだから。
そのせいか、なんとなくむず痒い気分に。
照れ臭い気持ちを隠そうとして、食器を持った手を動かしてスープを混ぜる。
妙に気まずい気分を切り替えようと思いつくような適当な言葉を投げかけた。
「あなたの言うとおり、一眠りして起きたら熱が下がったみたい」
「それは良かった」
「私、解熱剤を飲んだの?記憶がぼうっとしてて」
「熱が上がる気がしたから、私が飲ませた」
カシスは淡々と答える。
その姿が平然としていたので、私もあまり気にしなかったの。
ところが、ふと隣の方で怪しい反応を発見する。
「ごほ・・・。ゴホゴホ___」
隣の焚き火で食事中の何人かが急にむせたように吹き出したのだ。
同時多発的な反応から、私とカシスの会話を聞いているのが明らかに。
急に不思議な気持ちになり、目を細くして彼を見つめた。
けれどもカシスは、表情一つ変えずに私を見ながら話す。
「食べろ。冷めると不味くなる」
明らかに「何かある」という感じがしたが、敢えて問い詰めるのも気まずい。
隣にいた人々は、急いで食事を終えて席を外す。
いつの間にか、辺りが閑散としてきた。
わざとなのか、みんながカシスと私の居場所から一定の距離を置いて近寄ってこない。
焚き火の燃える音の間から草虫の鳴き声が小さく聞こえる。
「フレデリカ高原であれば、魔物生息地に向かうの?」
私の質問に、カシスが答えた。
「魔物の生息地はエメラルド湖に接する高原の端に位置しているから、ここは安全だ。明日の正午に生息地の近くを通る予定だが、迂回して移動する計画だから危険なことはない」
その言葉に「なるほど」と思う。
カシスは、聞きたいことがあれば聞けとばかりに私を見た。
焚き火を少しの間眺めてから、もう一度口を開く。
「ラント・アグリチェはどうなったの?」
「・・・簡単に結果だけ言えば」
すぐにカシスが短く答える。
「あなたの望み通りに」
それを聞いて、私は小さく笑った。
「そう、彼は死んだのね」
燃え上がるアグリチェの城が、揺れる焚き火の向こうで幻影のように揺らめく。
少しずつあの日の記憶が蘇ってきた。
執務室から出て別れた後、デオンが向かった場所はラントのいる場所だったはず。
結局、誰がラントを殺したのか、また彼の最後がどうだったのか気になる。
それと同時に、そのようなことなど少しも重要に感じられなかった。
矛盾していることは、自分でも理解している。
「君の母親が邸宅を抜け出す姿を、イシドールが確認したそうだ」
相変わらず私を見つめながら、カシスはそう付け加えた。
その言葉に、私はゆっくりと視線を落とす。
「そう・・・」
「他は?」
今度はカシスが私に尋ねた。
「気にならない?」
黙ったまま、彼を見つめる。
焚き火を挟んだまま、私たちはしばらく黙って視線を合わせた。
「全部、君の望み通りになったな」
「そうね・・・」
「あまり嬉しくなさそうだな」
「あなたはどう?」
自分で考えても、かなり無味乾燥な声が自分の口から漏れた。
「復讐できて嬉しい?アグリチェが崩壊した姿を見て、どう思った?」
清々しい風が襟足を撫でる。
日が暮れて気温が下がったせいか、さっきより頬に当たる空気が冷たかった。
体温が下がるけれど、私は寒さを感じない人のように振る舞う。
それはカシスも同じだった。
「そうだね」
一度、目を長く閉じて開けたカシスが、さっきより遅い口調で話す。
「ただやるべきことを終えただけで、期待以上の感情は生まれないな」
彼の話を聞くと、自分も同じだという気がした。
「私も同じよ」
「あなたが私に似ている?」
しかし、その瞬間カシスの顔に冷たい笑みが浮かんだ。
焚き火の炎を、そのまま飲み込んだような濃い黄金色の瞳が、私を突き通すように見つめていた。
「あなたの感情がどんな表情か、自分では分かっていないようだね」
カシスは、突然その場から立ち上がった。
数歩も進んでいないのに、彼との距離があっという間に縮まる。
彼の足に蹴られた食器が床に転がった。
カシスは、プレッシャーを感じるほど身を低くして私に近寄る。
近くで見る彼の顔は氷のように冷たかった。
私を見つめる瞳も、私が初めて見る種類の寒気を帯びていた。
「お前、あの日、死ぬつもりだったのか?」
低い囁きに、私はじっと眼前の人を見つめる。
陰の薄い金色の瞳が私を一口で飲み込んでしまいそうだった。
「・・・何言ってるの?どうして私が?」
小さな波紋を隠して、カシスに落ち着いて聞き返す。
私を正面から見つめるカシスのが、私の中までくまなく暴くような感じだった。
「あなたをここに連れてこなかったら、どうするつもりだった?」
「出かけたでしょうね」
「どこへ?」
「どこへでも。アグリチェじゃない場所へ」
「あの日、私があなたを見つけたとき、あなたがどんな表情をしていたか知ってる?」
向かい合った雪がさらに低く沈んでいく。
「あの時のあなたは、まるで死ぬ場所を求めて旅立とうとする人のようだった」
その瞬間、遥かな深淵の中に沈んでいた記憶が水面に上昇した。
『どうして・・・』
『姉さん、一人でどこへ行こうとしているの?』
『姉さん・・・、僕も捨てるの?』
あの時に見たジェレミーの切ない顔が、私を追いかけた哀れな目つきが、棘のように私の中に焼き付けられて、心を痛めた。
「・・・カシス、あなたなら分かると思うけど」
しばらくして、私の口から、これまで誰にも話さなかった事実が吐き出された。
「どうせ私は長く生きられない」
私の余生はそう長くない。
3年前、カシスが私に言った言葉通りだった。
これからどれくらい生きられるか正確に可能ではないが、長い目で見ても1年足らず。
体を酷使したのだから、当然といえば当然の結果。
何のためにそんなに骨を折ってきたのかを考えると、虚しくもあり、悔しくもある。
私が何をしようとも、小説と同じように、どうせ短命に値する運命だったから。
しかし、そんな気持ちも最初だけだった。
じっくり考えてみると、これといった努力をして、この人生をもっと長く続けたいという願望は感じなかったのだ。
「もう十分だって気がしたわ。多分どこで息が切れても、私の遺骸はどこにも残らないでしょう。私が死ぬ前に、毒蝶が最後の血の一滴まで惜しみなく食べてしまうでしょうから。だから___」
「だからそうやって、何の欲も未練もなく死を待ちながら生きると?」
カシスの目がヒリヒリするほど輝く。
そしてある瞬間、彼は唇の端を引き上げて微かな笑みを浮かべた。
「どうせ捨てるつもりなら、私が貰ってもいいだろう」
その後に続いた言葉の意味を、私はすぐに気がつかなかった。
「あなたの残りの時間を私にくれ」
向かい合った表情からは、一寸の躊躇いも感じられない。
「いずれにせよ、今後の目的地がどこでも構わないのなら、私のそばにいろ。あなたが死ぬまで」
その瞬間、頭の中がぼうっとする。
しかし、カシスは私が何か反応する機会さえ与えず、言葉を続けた。
「あなたは今すぐ死んでも何の事はないようだが、私はそうではないのだから」
「カシス・・・」
「だから、これからの残りのあなたの人生も、これからの時間も、そしてあなたの人生の最後の瞬間も、本当に無価値だと思ったら・・・」
耳元に低い囁きが漏れると同時に、熱さが私の手を覆う。
カシスが私の手の甲に唇をつけたのだ。
「私が全てありがたく頂こう」
手の上に舞い降りた烙印のような口づけと、近くに横たわる視線は、すべて火がつくように熱く感じられた。
頭上で星の群れが恍惚と輝いた夜。
そうして私は、私の人生の残りの時間をカシスに奪われた。
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アグリチェの崩壊とカシスによる保護
主人公(私)はペデリアンの手を借りて実家であるアグリチェを完全に潰す計画を立てていましたが、自身は一人で旅立つつもりでした。しかし、計画外の出来事としてカシスに連れ出され、3日間意識を失っている間も、敵陣であるはずのペデリアンの野営地で彼に手厚く看病されていました。
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ラントの死と主人公の「毒」への周囲の配慮
宿敵であったラント・アグリチェは主人公の望み通りに死亡し、母親も無事に邸宅を抜け出しました。また、意識不明だった主人公の体から発せられる毒気を考慮し、カシスの部下であるオリンたちは不自然なほど慎重に距離を保って丁重に接していましたが、カシスだけは平然と近づき食事を促すなど世話を焼いていました。
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余命わずかな主人公へのカシスの執着と誓い
あの日死ぬ場所を探しているようだったとカシスに指摘された主人公は、自らの余命が1年足らずであることを明かし、死後は毒蝶に喰われ遺骸すら残らないと語ります。それを聞いたカシスは、未練なく死を待つくらいならその残りの人生や最後の瞬間をすべて自分にくれと告げ、主人公の手に口づけをして彼女の残された時間を引き受けました。