悪役令嬢の推しに選ばれました

悪役令嬢の推しに選ばれました【31話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【悪役令嬢の推しに選ばれました】まとめ こんにちは、ピッコです。 「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介...

 




 

31話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 月明りの救世主

やがてダンスが終わった。

それと同時に、社交界きっての人気者である公爵様は、たちまち他の貴族たちに取り囲まれてしまった。

「申し訳ありません、レディ・アンシ」

もちろん公爵様は、何とかしてもう少し私をエスコートしようと努めてくださった。その姿はまさに、この世界の男性主人公らしい紳士的な振る舞いだったけれど……。

「大丈夫です。私はこれで失礼しますね」

公爵様と一緒にいて、あの大勢の猛猛しい人たちに巻き込まれるのは、絶対に遠慮したかった。私はにこやかに微笑んで、するりと一歩後ろへ下がった。

それでも、どこか奇妙な既視感を覚える。

(以前の舞踏会でも、こんな場面があったような……?)

私は心の中で苦笑した。

まあ、貴族たちが目の色を変えるのも無理はない。こんな南部の田舎で、クラウディウス公爵様ほどの大貴族に拝謁できる機会なんて、そうそうあるものではないのだ。何とか一言でも話しかけたい、せめて一度くらい目に留まりたい、もしかしたら幸運が転がり込んでくるかもしれない――彼らがそんな期待を抱くのも当然だった。

……そういえば、昔のセラフィナも。

何気なく彼女のことを思い出し、私は少し気分が沈んだ。

舞踏会へ行くたびに、身分の高い貴族ばかりを追いかけ、愛想笑いを振りまいていたセラフィナ。そして、そんな彼女の後ろで、まるで荷物持ちのようにただ立ち尽くしていた自分の姿が脳裏によみがえる。

(やめよう。こんなことを考えても、気分が落ち込むだけだわ)

私は首を横に振り、セラフィナへの思いを強引に振り払った。

(それはともかく、公女様はどこにいらっしゃるのかしら?)

辺りを見回しながら、私は宴会場の外へと足を向けた。

さっき、私と公爵様がダンスホールへ向かうとき、公女様は確か――。

『私は少し風に当たってきますから、レディ・アンシは思う存分ダンスを楽しんできてください!』

そう言って、私の背中を軽やかに押してくださったのだ。

しばらく歩いて、私は静かな庭園へと足を踏み入れた。

やわらかな月明かりが、あたり一面を白く静かに照らしている。時折吹く夜風が、手入れの行き届いた庭木の葉をさらさらと揺らすだけで、周囲は心地よい静寂に包まれていた。

(……落ち着くなぁ)

私はゆっくりと歩を進めた。

思えば、パーティーに参加してこれほど心穏やかでいられたことは、今まで一度もなかった。セラフィナやグレゴリーの顔色をうかがう必要もない。それだけで、こんなにも心が軽くなるものなのだと、改めて思い知らされた。

あの人たちと一緒にいた頃の私は、どれほど不幸だったのだろう。そして、誰がそばにいるかによって、自分の人生がどれほど変わるものなのか。

(公女様。そして……公爵様)

私は知らず知らずのうちに、そっと拳を握りしめていた。

まだ、公爵様と手を取り合ったときの感触が残っている気がする。長くしなやかな指。温かなぬくもり。私の腰を優しく、しかし確実に支えてくれたあの力強い腕。

そのすべてを思い返した途端、なぜだか急に口の中が乾いた。

(正直……)

私はぎゅっと目を閉じた。

こんな気持ちはよくないと、ちゃんと分かっている。それでも。

(私、少し……ときめいてしまったみたい)

胸の奥が高鳴っている。

もちろん、このときめきはごく自然な感情だと言い訳もできた。公爵様のような完璧な男性が目の前にいて、ときめかない女性などいるはずがない。

その証拠に、今日のパーティーに出席していた令嬢たちを見れば一目瞭然だった。公爵様が会場へ姿を現した瞬間、すべての令嬢たちは魅了されたような視線で彼だけを熱心に見つめていたのだ。せめて挨拶だけでも交わせないか、あるいは一度でも目を合わせられないか。そんな熾烈な状況の中で、私はなんと彼と一緒に踊ったのだ。胸が高鳴ってしまうのは、不可抗力というものだろう。

ただ、公爵様は最終的にセラフィナと結ばれる人だと分かっている。だからこそ、この気持ちを整理するのも比較的簡単で――。

その時だった。

「ラリト!」

誰かが私の手首を乱暴に、強くつかんだ。

「痛っ!」

私は慌てて振り返り、同時に驚愕して大きく目を見開いた。

(えっ、なんであいつがここにいるの!?)

グレゴリー・グスト。

私の元婚約者であり、セラフィナの最も熱心な求婚者。彼は般若のような険しい表情で私を睨みつけていた。

(いつまでこんな無意味な会話を続けなければならないんだ)

ディートリヒは退屈さを完璧な微笑みの下に隠しながら、貴族たちの会話の輪に加わっていた。

「今回の私どもの事業は……」

「もし機会がございましたら、一度ぜひ公爵様を我が領地にお招きして……」

「お忙しいとは存じますが、一度だけでもこの事業計画書をご覧いただければ……」

次々と浴びせられるお仕着せの話を聞き流しながら、ディートリヒはどうしようもない退屈さを覚えていた。もっと有意義に時間を使いたい。例えば――妹のたった一人の友人と、妹のことについてもう少し深く話をするとか。

正直に言えば、レディ・アンシがすっと自分の手を離したあの瞬間、ディートリヒはわずかな物足りなさを覚えていた。ラリトと一緒に過ごす時間は、それだけでとても心地よかった。そして彼にとって、そんな風に思える相手は本当に稀な存在だった。

(それで、今レディ・アンシはどこにいるんだ?)

ディートリヒはふと視線を上げた。大勢の人混みの中でも、彼女の姿は不思議とすぐに目に入る。

ラリトは窓辺に立ち、物憂げな表情で外を眺めていた。賑やかな宴会場の中にありながら、彼女だけはまるで別世界にいるかのように静かだった。

長いまつ毛の影の下で、あの穏やかな淡い桃色の瞳は、今何を見つめているのだろう。何を考え、どんな気持ちでいるのだろう。

ディートリヒは、自分でも驚くほど彼女に強い興味を抱いていた。

「……公爵様?」

「あ」

その瞬間、彼ははっと我に返った。いつの間にか、会話の流れを聞き逃してしまっていた。

「申し訳ありません。何とおっしゃいましたか? 少し考え事をしておりまして」

ディートリヒは、いつもの完璧な笑みを浮かべた。

「あ、ええと……」

話しかけていた貴族は、慌てて話を再開した。適当に相槌を打ちながら聞いていたディートリヒだったが、不意に眉をひそめた。

(あの男は……?)

ちょうどその時、ラリテが会場の外へ出ていくのが見えた。だが問題は、その後を一人の男が険しい表情で追っていったことだった。ディートリヒの視線に気づいた貴族が、得意げにその男の正体を教えてくれる。

「おや、まさかグスト卿まで今回のパーティーに参加していたとは知りませんでしたな。自分の家の催しまで放り出して、今回のパーティーに来たかったのでしょう」

その表情には、おべっかを使うような色が見えていた。つまり、「それほどクラウディウス公爵家は偉大であり、誰もが引き寄せられるのです」という意味を込めたつもりなのだろう。

だが、ディートリヒはそんな含みにはまったく気づかなかった。なぜなら、以前耳にした妹のつぶやきが脳裏をよぎったからだ。

『……どう見ても、善意で後を追っているようには見えないな』

ラリトの後をつける、あの男の異様な緊迫感。

その瞬間、ディートリヒは決断した。

「少し失礼します」

周囲に短く断りを入れると、ディートリヒは人混みをかき分けて歩き出した。足早にグレゴリーの後を追い、庭園への扉へと向かう。

その時だった。

「あっ……!」

誰かが小さな悲鳴を上げると同時に、ディートリヒの目の前へ倒れ込んできた。彼は反射的に、その倒れそうになった人物の腕を支えた。

腕の中に収まったのは、とても美しい令嬢だった。若葉を思わせる淡い緑色の髪。そして、エメラルドよりも鮮やかに輝く瞳。その華奢な姿は、見る者の庇護欲をそそるほどだった。

「ありがとうございます。少し立ちくらみがしてしまって……」

セラフィナだった。

長いまつ毛を揺らしながらディートリヒを見上げたセラフィナは、しかしその次の瞬間、ぴくりと身体をこわばらせた。

ディートリヒが、まるで不快な虫でも見るような冷徹な目で彼女を見下ろしていたからだ。

(ああ、この令嬢か)

ぱっと、ディートリヒは無造作に彼女の腕を放した。

(レディ・アンシを召使いのように扱っていたという……)

ディートリヒは、貴族としての形式的な挨拶すら交わさず、そのまま彼女を無視して通り過ぎていった。

一人取り残されたセラフィナは、衝撃のあまり目を大きく見開いた。

(そんな……あり得ないわ)

セラフィナが普段から抱いていた絶対的な自信の源。それは、「どんな男性でも自分に注目せずにはいられない」という確信だった。どこへ行っても、どんな男性でも、一度くらいは自分に視線を向ける。すぐに我に返って興味がないふりをするか、あるいは露骨に近づいてくるか、その違いがあるだけだ。

つまり、セラフィナを前にして、ここまで完璧に「無関心」を貫いた男は初めてだった。

(どうして……こんなことが……!)

セラフィナの瞳が大きく揺れた。これまで彼女の人生を支え続けてきた巨大な土台が、音を立てて崩れ落ちていくような、圧倒的な喪失感。

その土台の名は――彼女の肥大化した「自尊心」だった。

「今のお前、一体どういうつもりだ!?」

……それは私のほうが聞きたい。

なんで急に目の前に現れて、顔を真っ赤にして怒鳴っているのだろう。

「いい加減にしてよ。このパーティーは一体何なの?」

グレゴリーは首筋に青筋を立て、再び怒鳴った。

「お前まさか、グスト伯爵家を侮辱するつもりなのか!?」

「侮辱?」

「そうだ! わざわざ俺たちの家と同じ日にパーティーを開くなんて……!」

相変わらずのグレゴリーだった。要するに、いつものように筋の通らない言いがかりをつけているだけだ。私は呆れ果てた顔で、グレゴリーにつかまれた手を思い切り振り払った。

「もしかして帝国の法律に、『7月5日はグスト伯爵家だけがパーティーを開いてよい』なんて決まりでもあるの?」

「な、何だと!?」

「そうじゃないなら、あなたが怒る理由なんてないでしょ? ……あ、もしかして」

私はわざとらしく首をかしげてみせた。

「ひょっとして、グスト伯爵家のパーティーにお客様が来なかったの? だとしたら、それはお気の毒ね。……だからあなた、友達が少ないのね?」

公女様から「好きに名前を使って構わない」と言われていたのだ。このくらい言ってもバチは当たらないだろう。

「……」

しばらく肩を震わせながら私を睨みつけていたグレゴリーは、ぎりっと歯を食いしばった。そして、深く額を押さえ、大げさにため息をついた。

「はぁ、ラリト。もうそのくらいにしておけ」

まるで聞き分けのない子どもを諭すような、傲慢な態度だった。

「俺の嫉妬心を煽ろうとしているなら、大失敗だぞ」

「……」

私は本当に、開いた口が塞がらなかった。

「嫉妬心を煽る? 私が? なんで?」

純粋な疑問として尋ねると、グレゴリーはなぜか得意げに胸を張った。

「そんなの決まってる。お前がまだ、俺のことを好きだからだ」

ああ、根拠はただの「自分の思い込み」だったわけね。私はうんざりして、何度も首を横に振った。

「まったく、グレゴリー。妄想もそこまでいくと病気よ」

「な、妄想だと!?」

「そうよ。もし私がまだあなたを好きだったなら、わざわざ自分から婚約破棄なんて申し出るわけがないでしょう」

図星だったのか、グレゴリーの自信満々だった表情がわずかに曇った。だが、それもほんの一瞬のことで、彼はさらに声を張り上げた。

「ふざけるな! お前の本心を俺が分からないとでも思っているのか?」

「本当に? 私自身ですら分からない本心を、あなたが知っているっていうの?」

からかうように言い返すと、グレゴリーの顔は熟れたトマトのように真っ赤になった。そして、言葉を吐き捨てるように言った。

「婚約破棄を申し出て、俺のほうからすがりつくように仕向けたかったんだろ? 違うか!?」

「……」

私は、このあまりにもひどい誤解だけはきっちり解いておく必要があると感じた。でなければ、この先も彼とこんな不毛な言い争いを続けることになりかねない。

「私が、そんなことをする理由がある?」

私は大きくため息をついて口を開いた。

「私に執着する理由なんてないでしょう」

痛いところを突かれたのか、グレゴリーはわずかに肩を震わせた。

「そ、それは……」

「婚約というのは、相手を縛っておくにはとても効率のいい方法なの。特に、自分を好きでもない男性ならなおさらね」

私は落ち着いた口調で続けた。

「あるいは、その『効率のいい方法』を、私は自分から手放したのよ」

「……ラリト」

「つまり――」

私は肩をすくめて、真っ直ぐに彼を見つめた。

「それだけ、あなたへの未練をきれいに捨てたってことじゃない?」

「……」

グレゴリーの顔がみるみる歪んでいった。でも、私はその反応に少しも同情できなかった。これまで婚約者だった私を召使いのように扱い、セラフィナの後ばかり追いかけ回していたのは、一体誰だったのか。

「むしろ私に感謝すべきじゃない?」

「感謝しろって?」

「そうよ。あなた、セラフィナが好きなんでしょう?」

私は顔を真っ赤にしたグレゴリーを、冷ややかな目で見つめた。

「これでもう私に縛られることもなく、正式にセラフィナへ求婚できるようになったじゃない。アンシ子爵家には嫁げなくても、公爵家に嫁ぐよりは、セラフィナのほうがずっと価値があるんでしょう? そうじゃない?」

「お前……!」

その言葉に、グレゴリーは唇を噛みしめ、血がにじむほど力を込めた。図星とも違うし、否定もできない――そんな無様な反応だった。

「それより、セラフィナを一人にしていていいの? セラフィナはか弱いから、あなたがエスコートしてあげないと倒れてしまうって、いつも言っていたじゃない」

普段彼が口癖のように言っていた言葉をそのまま返してあげると、グレゴリーは苦虫を噛み潰したような顔になった。

とても気分がすっきりした。二人はいつも一組の害虫みたいにべったり一緒にいたから、一度くらい言い返してやりたかったのだ。まさかセラフィナまで今回のパーティーに来ているとは思わなかったけれど……。

「とにかく、話はもう終わったみたいだから、私は帰るね。あなたも早くセラフィナのところへ戻りなさい」

これ以上時間を無駄にしたくなかった私は、そのまま背を向けた。その時だった。

「お前も、その辺にいるくだらない女どもと同じなんだな」

グレゴリーが不意に、冷酷な声で口を開いた。

(急に何を言い出すの?)

私は呆れて振り返った。目が合うと、彼は皮肉な笑みを浮かべた。

「どうした? クラウディウス公爵と一曲踊ったくらいで……自分が特別な存在にでもなったつもりか?」

「……」

その瞬間、私は初めて言葉を失った。

正直に言えば、まったくそう思わなかったわけではなかった。いつも誰かの引き立て役として生きてきた私が、今回はまるで物語の主人公になったような気がして……。

(でも、それの何が悪いの?)

ふと、まっとうな疑問が湧いた。今回のパーティーは、私たちアンシ子爵家が主催したものだ。

(私と両親が主催者なんだから、主催者が注目を集めるのは普通のことじゃない?)

そもそも、私がどう思おうと、グレゴリーにとやかく言われる筋合いなどこれっぽっちもないのだ。

(危ない。またあんな奴の言葉に傷つけられるところだったわ)

こうして誰かの言葉ひとつで簡単に落ち込んでしまう癖は、いい加減直さなくては。私は心の中で苦笑した。

一方、私が黙り込んだのを見て勝ち誇ったと思ったのか、グレゴリーは得意げに笑った。

「はっ! もうその辺で素直に謝ったらどうだ? 今ならまだ、お前が俺の婚約者に戻れる最後のチャンスを――」

「謝る、ですか?」

その瞬間――聞き慣れた低い声が、不意に会話へ割って入った。

同時に、暗がりの向こうから一人の男が姿を現した。まばゆい月明かりに照らされ、その彫刻のように端正な顔立ちが浮かび上がる。

(公爵様!?)

私は思わず目を見開いた。

(えっ!? どうして公爵様がここに!?)

公爵はゆったりとした足取りで、こちらへ歩いてくる。

「むしろ、機会を逃したのはグスト伯爵家のほうではありませんか」

そう言って、彼はグレゴリーへ凍りつくような鋭い視線を向けた。

「こ、公爵様……?」

「レディ・アンシの婚約者になれる機会は、あなた自身がすでに手放したのでしょう? それなのに、なぜ今さら――」

公爵はわずかに首を傾げる。

「今になって、何度もレディ・アンシに執着しているのですか?」

氷のように冷たい青い瞳が、グレゴリーを射抜くように見据えた。

「……実に見苦しい」

――かっこいい。

私は事態の深刻さも忘れて、思わず彼に見とれてしまった。尊大に見下ろす眼差し。まるで不快な虫でも見るかのような露骨な嫌悪の表情。何より、あの「見苦しい」という一言まで!

(兄妹じゃないかと思うほど、公女様とそっくりじゃない?)

「も、申し訳ありません!」

グレゴリーは青くなって、慌ててその場から逃げ出していった。まったく、私には獲物を狙う猛獣みたいな態度なのに、公爵様の前では借りてきた猫になるのね。

冷めた目で逃げていくグレゴリーの背中を見送っていると、

「口を挟んでしまい、申し訳ありません」

公爵様は軽く二度、拳を口元に当てて咳払いをしてから口を開いた。

「グスト家のご子息があまりにも馬鹿げたことを言っていたので、思わず……」

「いえ、助けてくださって本当にありがとうございました!」

私は慌てて首を横に振った。

「公爵様が来てくださらなければ、私はあのグレゴリーにずっと付きまとわれていたと思います」

すると、公爵様は心配そうな眼差しで私を見つめた。

「もしかして、グスト家のご子息に乱暴なことをされたりはしませんでしたか?」

「……」

その瞬間、私の鼓動がドクンと乱れた。

(公爵様は、私のことを心配してくださっているんだ……)

どうしてだろう。誰かにこうして無条件に心配されること自体が、まだ少し慣れなくて。

「はい。私は大丈夫です」

私は無理に笑顔を作った。けれど、公爵様は納得していないような厳しい表情を浮かべていた。

「失礼ですが、私にはまったく大丈夫には見えませんでした」

「え?」

「グスト家のご子息は、レディ・アンシにしつこく付きまとっていました」

公爵様はきっぱりと首を横に振った。

「そのような無礼な振る舞いを、『大丈夫』の一言で済ませるべきではありません」

「……でも」

「相手の無礼をただ我慢することだけが、賢い生き方ではありません。少なくとも、他人がレディに軽々しくつけ込めないようになさってください。レディは、そのような扱いを受けるべき方ではありません」

公爵様は穏やかな、しかし強い口調で続けた。

「……」

その通りだ。公爵様が見ていないところでは、私もグレゴリーに散々言い返していたけれど……。それでも、そこまで私のために怒り、気にかけてくださるなんて。

(正直……すごく嬉しい)

これまで両親を除けば、私の味方になってくれる人は誰もいなかった。けれど、公女様と公爵様は違う。私の立場を真っ先に考え、私を気遣ってくれる人がいるということが、こんなにも心強いなんて。

私は思わず微笑み、静かに頷いた。

「ありがとうございます」

「いえ。当然のことを申し上げただけです」

公爵様は礼儀正しく、私に優しく微笑みかけた。そして、その極上の笑顔を目にした瞬間――。

(なんて素敵なの……)

なぜセラフィナがこれほど公爵様に夢中になってしまったのか、私はその気持ちが痛いほどよく分かった。

だけど問題は――。

「……」

「……」

グレゴリーの話題が終わると、もう話すきっかけが綺麗になくなってしまったことだった。気まずい沈黙が流れる。

(この空気、どうしよう……!)

耐えきれなくなった私は、おずおずと公爵様に尋ねた。

「そ、その……公爵様も、公女様をお探しに来られたのですか?」

見ている限り、公爵様はかなりの妹思いだった。そんな大切な妹が会場にいないのだから、探しに来るのも当然だと思ったのだ。

一方、公爵様は少し困ったような表情を浮かべた。

「ああ、それは……」

一瞬言葉を止めたかと思うと、すぐにいつもの柔らかな笑みを浮かべた。

「ええ。エヴァを探しに来ました」

――でも、今の一瞬、少し戸惑われたように見えたのは気のせいだろうか。

「えっ?」

きょとんと瞬きをした私は、慌てて公爵様に提案した。

「でしたら、ご一緒に公女様を探しに行きませんか?」

「え?」

「その……私も公女様を探しに来たんです。二人で探した方が、きっと早く見つかると思いますし……その……」

私はしどろもどろになりながら言葉を続けた。すると――。

「ふっ」

……え、笑った?

私は必死に、さっき自分が口にした言葉を思い返した。

(どうして笑われたの!? 私、何か変なことでも言った!? いや、そんなことないはずだけど……!)

そのとき、公爵様は穏やかに頷いた。

「ええ。そうしましょう」

少し不思議ではあったけれど、公爵様が不快そうな様子ではなかったので、私は深く気にしないことにした。

こうして、夜の「公女様捜索作戦」が始まった。

とはいえ、本当は公女様を探すのは建前で、半分は散歩のようなものだったけれど……。

「そういえば、今回のパーティーの花の装飾は、公女様がご自身で手がけられたそうですね」

「エヴァンジェリンがですか?」

「はい。とても素敵でしょう? 公女様は、こういうことに素晴らしい才能がおありなんです」

気づけば私は、公女様の自慢話を延々と続けていた。まるで我が子を自慢する親みたいだけれど、仕方がない。うちの公女様は、こんなに可愛くて、優しくて、しかも頭までいいのだから!

「今では、私が手伝わなくても、予算書くらいなら問題なく作れるようになりました」

「ああ、そうなのですか」

公爵様の目に感心したような色が浮かぶ。私は誇らしげに頷いた。

「はい。正直、公女様はこういうお仕事は初めてだったので、最初は戸惑われるかと心配していたんです。でも、思っていた以上に几帳面で、とても飲み込みが早いんですよ」

「エヴァが几帳面で、しかも仕事ができる、ですか」

公爵様は信じられないというように苦笑した。

「私の知っているエヴァとは、まるで結びつかない評価ですね」

「本当なんです! 最初は簡単な計算で少し間違えることもありましたけど、今ではそういうミスもまったくありません。それに……」

公爵様はとても聞き上手だった。途中で話を遮ったり口を挟んだりすることなく、私の話にじっと耳を傾けてくださる。私はなぜだか胸がじんわりと温かくなった。

(こんなに気楽に誰かと話せたのって……いつ以来だろう)

両親と公女様以外の人と、こんなふうに安心して会話ができるなんて思ってもみなかった。

「そういえば、レディ・アンシ」

私の話を熱心に聞いていた公爵様は、何かを思い出したように上着の懐へ手を入れた。

「お渡ししたいものがあります」

「え?」

私は少し戸惑った。

「私にですか? 公女様ではなく?」

「ええ。レディ・アンシへの贈り物です」

公爵様はうなずくと、手のひらに乗るほどの小さな贈り物の箱を私へ差し出した。

「これは……?」

私は驚いて目を丸くし、公爵様を見上げた。彼は珍しく、少し照れたような表情を浮かべていた。

「出張へ行くたびに、エヴァが『お土産を買ってきてください』と必ず頼むものですから。そのついでに、レディ・アンシの分も買ってきました」

その美しい顔に、かすかな微笑みが広がる。

「お気に召していただけると嬉しいのですが」

「……」

私は戸惑いながら、その贈り物を受け取った。手のひらほどの小さな箱を見つめたまま、ためらいがちに尋ねる。

「い、今ここで開けてもよろしいですか?」

「もちろんです」

公爵様は穏やかにうなずいた。私はごくりと唾を飲み込み、箱を包んでいた絹のリボンをそっとほどいた。

そして、箱の中から現れたものは――。

「イヤリング……?」

親指の爪ほどの大きさの、淡いピンク色のローズクォーツが、月明かりを受けて透き通るように輝いていた。耳にぴったりと収まるシンプルなデザインだが、繊細で上品な細工が施されており、ひと目で高級品だと分かるものだった。

「……」

その瞬間、私は胸がいっぱいになった。

グレゴリーはセラフィナに数え切れないほどの贈り物をしてきたのに、婚約者だった私にはハンカチ一枚さえくれたことがなかった。それなのに公爵様は、妹の友人でしかない私にまで気を配り、こうして贈り物を用意してくださったのだ。

「私……こんな素敵な贈り物をいただくのは初めてです」

私は思わず両手で箱を大切に抱きしめた。

「お返しは、どうすればよろしいでしょうか?」

「今もエヴァと仲良くしてくださっていますよね」

公爵様の笑みが少しだけ深まった。

「それだけで十分です」

「……」

私は込み上げる嬉しさを必死にこらえながら、小さく微笑んだ。

「本当にありがとうございます。大切にします」

「レディ・アンシに喜んでいただけて、私も嬉しいです」

頭上から降り注ぐ白い月明かり。その月光をまとい、真っ直ぐに私を見つめる美しい公爵様。

ロマンチックな月夜のせいだろうか。それとも、パーティーの熱気がまだ冷めていなかったからだろうか。

公爵様の言葉を聞いた瞬間、心臓の奥を羽根でそっと撫でられたように、胸の奥がくすぐったくなった。

――本当に、不思議な気持ちだった。

 



 

 

  • ラリテのときめきと元婚約者への決別

    ダンスの余韻で公爵へのときめきを自覚したラリテは、庭園で待ち伏せていた元婚約者グレゴリーと遭遇する。筋の通らない言いがかりや復縁の提案を毅然とした態度で論破し、未練が完全にないことを突きつけて撃退する。

  • ディートリヒの冷徹な一蹴とセラフィナの失墜

    ラリテの後を追うグレゴリーを不審に思い席を外したディートリヒ公爵は、わざと目の前で倒れ込んできたセラフィナの腕を無造作に放し、挨拶すら交わさず冷酷に無視する。これにより、セラフィナの絶対的な自尊心は音を立てて崩壊する。

  • 月夜の救出と特別な贈り物

    グレゴリーの暴言に言い返しながらも傷つきかけていたラリテの前にディートリヒが現れ、圧倒的な威厳でグレゴリーを追い払う。さらに、妹の自慢話に優しく耳を傾けた公爵は、ラリテのために用意していた淡いピンクのイヤリングを贈り、二人の心の距離をさらに縮める。

 

 

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