こんにちは、ピッコです。
「言葉遣いには気をつけてください、聖女様!」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
23話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 思わぬ贈り物
「えっと……お父様?」
「……」
「領地からは、いつお戻りに……なったのでしょうか?」
「……」
「もしかして、私のせいで予定も終えられないまま戻って来られたのでは……」
「……」
気まずくてたまらなかった。
居心地が悪くて仕方がない。いっそ思い切り怒鳴られたほうが、まだ幾分か気が楽だった。
どうして何も言ってくれないのだろう。まさか、これは新手の精神的拷問なのだろうか。
もしそうなら、大成功だ。今の私は、十分すぎるほど苛まれているのだから。
前世で働いていた頃も、言葉で叱責されるより、無言の視線で責め立てられるほうがずっと辛かったことを思い出す。
「ロエーラ」
「はい、お父様!」
ようやく聞こえた声に、私は反射的に元気よく返事をした。
公爵様の声が、こんなにも嬉しく聞こえる日が来るなんて。
彼はしばらく私を凝視したあと、深く、大きなため息をついた。
「一昨日の件は、グリオンから報告を受けている」
なるほど。新聞が出たのは今日なのにどうしてもう知っているのかと思ったら、グリオンが直々に報告書を提出していたらしい。
はは……そこまで忠実に頑張らなくてもよかったのに。
どこかよそよそしい雰囲気が漂い、以前のような親しみやすさが少し薄れてしまった気がした。
私がぎこちなく笑うと、公爵様はもう一度ため息をついた。
「今回も神託を受けたそうだな」
「はい。その通りです。夜中に急いで神託を受けて……」
「何も言わず、一人で出て行ったのか?」
「……はい」
消え入りそうな声で答えると、公爵様は目を大きく見開いた。
「前にも言ったはずだ。そういうことがあったら、誰かを連れて行けと」
そうだった。
でも、あの時はそうするしかなかったのだ。喋るデブ猫と一緒に夜のトウモロコシ畑へ向かわなければならないなんて、普通は誰も想像がつかないだろう。
だけど今は、言い訳をするより素直に謝るほうが懸命だった。
私は弁解を飲み込み、静かに頭を下げた。
「お言いつけに背いてしまい、申し訳ありませんでした」
しかし、返ってきた反応は思いもよらないものだった。
謝罪を聞いた公爵様は、酷く悲しげな表情で私を見つめたのだ。
その表情はこれまでに見たことがないもので、私は戸惑いを隠せなかった。黙って見つめられていた時よりも、さらに動揺が広がる。
悲しそうな眼差しを残したまま、力のない声で彼は尋ねた。
「お前は、私がそのことで怒っていると思っていたのか?」
「……だから、お怒りなのだと思っていました」
「……そうか。それは私の言い方が悪かったな」
返ってきたのは、苦々しい自己反省の言葉だった。
「前回、私の説明が足りなかったせいで、お前は勘違いしてしまったようだ」
「勘違い、ですか……?」
「私は、お前が心配だったんだ。前回もそうだったし、今回も同じだ」
「……」
「神が与えた神託に全力を尽くすのは構わない。だが、一番大切なのはお前自身だ。そのことだけは絶対に忘れてはいけない」
その言葉を聞いて、私は返す言葉を完全に失ってしまった。
『この反応は……一体なんなんだろう』
まったく予想していなかった。
こんなにも率直で、はっきりとした心配の言葉を向けられるなんて。
『そもそも、ロエーラと公爵様の仲は冷え切っていたはずなのに』
もちろん、ロエーラとして生きるようになってから、私は少しずつ彼との溝を埋めようと努力してきた。
でも、ここまでの反応は予想の範疇を超えている。
こんなの、本当に――
『慣れないな……』
誰かから向けられる、純粋で心からの心配。
特に「家族」に大切にされるなんて体験は、私にとって馴染みのないものだった。
祖母が生きていた頃以来、初めてだろうか。
……いや、違う。
祖母が生きていた頃でさえ、私はこんな風に大切にされたことなんてなかった。
祖母には、どうしても私を突き放さなければならない事情があったからだ。
祖母が真に愛していたのは私ではなく、顔も知らない私の父だった。娘ではなく息子を愛していたからこそ、私を遠ざけたのだ。
まるで、祖母が父の残した借金を私に背負わせたように。
私はただ、その負債のためだけに存在を許されていた。
だから私はいつも――
『感謝しながらも、ずっと怖かった』
いつか祖母にまで見捨てられてしまうのではないかと。
祖母が亡くなった後、必死に働いて父の借金を返済したのもそのためだった。すべてを返し終えて、本当の意味で自由になりたかったのだ。
私を縛りつけていた、あらゆる呪縛から。
なぜだか胸の奥が熱くなり、涙がこぼれそうだった。一度あふれ出した過去の感情が、津波のように押し寄せてくる。
その時――
「もういい。ただ、お前に気をつけてほしかっただけだ。神託も大事だが、これからはもっと自分の体を大切にしなさい。何があっても、安全が最優先だ」
静かにそう言い残すと、公爵様は席を立った。
私はただ座ったまま、遠ざかっていく彼の背中を見つめていた。
その背中が離れていくたびに、胸がどくどくと激しく高鳴る。
やがて、彼が扉の取っ手に手をかけた時――
「お父様!」
私はたまらず、彼を呼び止めていた。ただ、そうしなければいけないような気がしたからだ。
・
・
・
『はは……どうしてあんなことを言っちゃったんだろう』
ガタゴトと揺れる馬車の中で、私は数日前の自分の行動を思い返しては激しく後悔していた。
――お父様、ご一緒にお出かけしませんか?
――出かける?
――はい。ようやく噴水の建設場所が決まったんです。一緒に見に行きませんか……?
本当は、立ち去ろうとした公爵様をただ引き留めたかっただけだったのに。
口から出まかせで外出の話を切り出し、ちょうど思い出しかけた噴水の見学に誘ってしまったのだ。
断られるかもしれないと思っていたのに、公爵様は意外にもあっさりと頷いてくれた。
そして今日――
公爵様との、この上なく気まずい二人旅が実現してしまったというわけだ。
こういうのを世間では何と言っただろうか。
「自分で自分の墓穴を掘る」……だったっけ?
ははは。
……いや、笑い事じゃない。
「では、ロエーラ」
「はい、お父様」
耐えがたい沈黙の中、先に口を開いたのは公爵様だった。
「少し遅くなったが、知らせを聞いたぞ」
知らせ? 何の知らせだろう。
『表情を見る限り、悪いニュースではなさそうけれど……』
「あ、もしかして、あれですか? 私が皇太子殿下と契約を結んだという話でしょうか?」
「お前がケリアン公子を諦めたという話だが?」
「……え?」
「……え?」
同時にまったく別々の言葉を口にした私たちは、しばらく無言で顔を見合わせた。
「それはどういうことだ? 皇太子殿下と契約しただと?」
「どうしてここで皇太子殿下の話が……?」
「契約とは、一体何のことだ?」
なんだか会話が決定的に噛み合っていない気がする。
どうやら、公爵様の関心はすでに「ヒルデオンとの契約」へとシフトしてしまったらしい。
それなら、私もそちらに話を合わせるとしよう。
「これから向かう噴水広場は、皇太子殿下が進めている再開発地区なんです。バスティオンの件で衰退してしまった商業地区を復興させるのが目的で、その象徴として噴水を設置することになりまして」
「それで、皇太子殿下と正式に契約を結んだということか?」
――あれ?
よく考えたら、まだ正式な契約書は交わしていなかったはずだ。
『そういえば、書類はまだだったっけ』
ベンティオンを一緒に視察した際、この場所に噴水を建てようという話にはなったが、書面での手続きまでは完了していなかった。次に会った時に書こうという流れになっていたけれど……。
『その「次」が、あのトウモロコシ畑での修羅場だったんだよね……』
気まずくなった私は、指先を弄びながらうつむいた。
「そういうお話は進んでいましたけれど、まだ契約書には署名していません。たぶん、次にお会いした時に交わす予定だったと思います」
公爵様は黙って私を凝視すると、どこか不満そうに口を開いた。
「だが、それをどうして今まで私に言わなかった?」
「え?」
「ケリアン公子の件もそうだ。どうして私はいつも、すべてが決まった最後になってから知ることになるんだ?」
「でも、お父様はずっと帝都をお留守にされていたじゃないですか」
ぴたり、と。
公爵様は返す言葉を失ったように口を閉ざした。
「それはそうだが……その……」
……何だろう、この反応は。
もしかして。
「お父様、もしかして拗ねていらっしゃるんですか?」
「だ、誰が拗ねていると言うんだ!」
試しに突っ込んでみると、公爵様は慌てた様子で否定した。
――これで確信した。
『うん、完全に拗ねてる』
間違いなく、百パーセント拗ねているのだ。
こういう時、一体どう対応すればいいのだろう。最近は本当に慣れない状況ばかりだ。
少し思案した私は、前世の経験に置き換えて考えることにした。
『アルバイト先で、バイト同士だけが裏で仲良くなっていて、店長だけ仲間外れにされて寂しい思いをしている状況……』
驚くほどすんなりとイメージが湧いた。
私は平然とした顔を取り戻し、肩をすくめてみせた。
「考えてみたら、お父様がご存じないのも当然ですね」
「どういうことだ?」
「私も、今初めて誰かに話したことですから」
ぴくり。
公爵様の口元が、わずかに緩んだのが分かった。
「誰にも話していなかったのか?」
「はい」
「……グリヨンにも話していないのか?」
どうしてここで執事の名前が出てくるのだろう?
意図はよく分からなかったが、とりあえず頷いておいた。
「ええ、まだ誰にも……」
「そうか。つまり、私が最初だったということだな?」
「はい。こんな大事なこと、お父様より先に誰かへ話すわけがありません」
「……ふむ。そうか。まあ、それならよい」
よし、機嫌が直った。
私は心の中で胸を撫で下ろした。
「ともかく、良かった。これで、今まで私を見下していた者たちに思い知らせてやることができる」
「今、何とおっしゃいました……?」
「いえ、何でもない。それより、ケリアン公子との関係が終わったという話も本当なのか?」
「はい。本当です」
私が頷いた瞬間、公爵様の目つきが一気に鋭く険しいものへと変わった。
『えっ、私、何かまずいこと言った……!?』
だが、その凍てつくような視線は私に向けられたものではなかった。
「つまり……あの噂は、すべて事実だったということか」
・
・
・
公爵は内心、猛烈な怒りで煮えくり返っていた。
彼が領地の用事で帝都を離れている間に、妙な噂が街中に広まっていたのだ。
『聞いた? 公爵令嬢が人前で大泣きしたらしいわよ』
『えっ、あの血も涙もないようなロエーラ様が?』
『そうなのよ。大勢の人がいる広場で、地面に座り込んでわんわん泣いていたとか。なんでも……』
帝都で発生した噂は、尾ひれがついて尾羽打ち振うように拡大していった。
そしてブリエタ公爵家の領地に届く頃には――「ロエーラは愛していた男性を従妹に奪われ、広場で号泣した哀れな被害者」というストーリーに仕上がっていたのだ。
厳密に言えば、ロエーラの一方的な片思いだったのだから「奪われた」という表現は正しくない。
それでも――
『お嬢様とは、もう恋人同然の仲だったらしいよ』
『秘密で付き合っていたのに、従妹が割り込んだんだって? 私でも泣きたくなるわ!』
『「私しかいないって言っていたくせに、デモス様は嘘つき。それでも、どうかお幸せに」……って泣いていたらしいぞ』
尾ひれがついた噂を聞いた時、公爵は頭を抱えるしかなかった。
あの自尊心の塊のようなロエーラが泣いたというのだ。それも大勢の人間が見ている前で!
ふと、侍女に脅されて涙をボロボロと流していたロエーラの姿が頭をよぎる。これまで一度も弱みを見せなかった子が泣いているのを目撃し、どれほど動揺したことか。
あの男のせいで。
『デモスを諦めたのは正しい判断だが……』
公爵はもとより、ロエーラがデモス・ケリアンに固執していることを快く思っていなかった。
彼に夢中になって騒ぎを起こしていたことも問題だが、そもそも公爵はあのケリアン家そのものを嫌悪していたのだ。
ケリアン公爵は現皇帝の兄であり、先帝の存命時は第一皇子だった男だ。
本来であれば彼が皇位を継ぐはずだったが、その性格は放蕩で、強欲で、残忍極まりなかった。
そのため先帝は第二皇子である現在の皇帝を皇太子に指名し、敗れた第一皇子は自ら皇族の姓を捨てて「ケリアン公爵」となった経緯がある。
『誰もが疑問に思ったはずだ』
あれほど野心に満ちた男が、自ら進んで皇族の身分を捨てるはずがない。
上級貴族の間では、「重大な罪を犯した後始末として皇位継承権を放棄し、実質的に追放された」というのが公然の秘密だった。
そんな血筋の男にロエーラが執着していたのだから、父親として面白いはずがない。
『その件については解決したようだが……』
それでも、苛立ちは収まらなかった。
気高いあの子が、心から大切にしていた想いを踏みにじられ、涙を流したのだと思うと胸が締め付けられる。
だからこそ彼は、予定を繰り上げて急ぎ帝都へ戻ってきたのだ。あの子が絶望の淵に沈んでいるのではないかと心配でならなかったから。
『……そんな時こそ、この父親がそばにいてやらねばならん』
せめて一人でも頼れる者がいれば、あんな無茶はしなかっただろうに。
そんな思いで駆けつけたというのに、待っていたのは「また神託を受けて危険に飛び込んだ」という報せだった。
それは過ぎたことだから目を瞑るとしても――
『まったく、困った子だ』
ケリアン公子のことをあまりにも淡々と、未練なさそうに話すロエーラの姿に、公爵は別の切なさを覚えていた。
怒りの矛先は、当然デモスとヘレナに向けられる。
特にヘレナには失望していた。亡き弟の娘だからと、これまであれほど目をかけてやってきたというのに……。
『ロエーラをこれほど傷つけるとは……』
支援を完全に打ち切るつもりはないが、しばらくは屋敷に出入りさせない方がいいだろう。ロエーラがヘレナの顔を見れば、また辛い記憶を思い出してしまう。
『それにしても……少し痩せたのではないか?』
――いや、まったくそんなことはなかった。
ロエーラは一日三食きっちり完食しており、体重は1グラムも減っていない。
だが、過保護な父親のフィルターを通した目には、ロエーラが失恋の痛手でやつれ果て、悲しみを押し殺して健気に振る舞う少女にしか見えていなかった。
すべては完全な勘違いなのだが。
気まずくなった公爵は、小さく咳払いをした。
ロエーラが不思議そうに自分へ視線を向けると、彼は何事もなかったかのように厳かに口を開いた。
「……噴水の完成はいつ頃になるのだ?」
「商業地区の宣伝時期に合わせる予定です。あと数週間もすれば完成すると思いますが……」
「そうか。その際、神殿で大規模な催しを開くと言っていたな」
「はい、その予定です」
にこりと微笑みながら頷くロエーラ。
『まったく、無理をして平気なフリなどしおって……』
「その日の衣装は、もう決めたのか?」
「いいえ、まだです。手持ちのドレスを着ようかと思っているのですが……」
「今ある服を着るつもりだと?」
公爵は目を見開いた。
『やっぱり、この子は変わったな……』
彼の知るロエーラなら、絶対にそんな選択はしなかった。かつてのロエーラは、日常着でさえ一度袖を通したものを二度と着ようとしないほど贅沢を好んでいたのだから。
「新しいドレスを仕立てなさい。私が全てプレゼントしよう」
「服を買ってくださるのですか?」
「服だけではない。頭の先からつま先まで、欲しいものを好きなだけ選びなさい。値段も数も気にする必要はない。気に入ったものは全て買い占めるといい」
『大切にしていた想いを一つ手放したのだ。代わりに、望むもの全てで満たしてやらねばな』
こうして公爵は、失恋(と勘違いしている)で傷ついた娘のために、久しぶりの破格の贅沢をプレゼントすることを心に決めたのだった。
そして、当のロエーラはといえば――
『えっ……急に何を言い出してるの、この人……!?』
思いもよらないスケールの豪快な申し出に、ただただ目を丸くして固まるのだった。
要点は以下の3点です。
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【勘違いによる父親の親心】
ロエーラが「失恋して人前で泣いた」という大げさな噂を真に受けた公爵は、傷心した娘を心配するあまり帝都へ急行し、豪華なドレスや宝飾品を丸ごと買い与えるほどの過保護ぶりを発揮した。
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【会話のズレと「拗ねる」公爵】
皇太子(ヒルデオン)との再開発契約の話を「自分が一番最初に聞いた」と知った公爵は密かに機嫌を直し、二人の不器用ながらも微笑ましい親子関係が描かれた。
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【ケリアン家との因縁の露呈】
ロエーラが諦めたデモス(ケリアン公子)の一族が、かつて皇位継承権を剥奪された闇深い血筋であることが明かされ、公爵の強い敵意と警戒心が浮き彫りになった。