こんにちは、ピッコです。
「抱かれるたびに泣くくせに」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
38話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 狂乱の来訪
大公妃の応接室には、大小さまざまな箱が次々と積み上げられていった。
そのすべてに「ミロ衣装室」のロゴが誇らしげに貼られている。
クレセンティアは、その圧倒的な物量を前に、衣装室の従業員たちをただ呆然と見つめていた。エーリッヒから「衣装室の者が来る」とは聞いていたが、これではまるで店ごと大公邸へ引っ越してきたかのようだった。
終わりがないかのように続いていた箱の列が、ようやく途切れた。だが、これで終わりではなかった。
今度は、幾重ものドレスがぎっしりと掛けられた大きなハンガーラックが、何台もガラガラと音を立てて運び込まれてきた。
そして、最後のラックとともに姿を現したのは、洗練された紫色のドレスをまとい、美しい灰色の髪を揺らす一人の女性だった。
アティナ・ミロ――その人である。
「ようやくお会いできますね!」
アティナは満面の笑みを浮かべ、クレセンティアの前に優雅に礼をした。彼女が膝を折ると、後ろに控えていた衣装室の従業員たちも一斉に頭を下げる。
「アティナ・ミロ、大公妃殿下にご挨拶申し上げます」
「お会いできてうれしいです」
クレセンティアはぎこちなく笑いながら手を差し出した。アティナはその手をしっかりと握り、明るい声でまくし立てる。
「いつお呼びいただけるのかと、ずっと心待ちにしておりました。大公殿下から再びご連絡をいただいたときは、どれほどうれしかったことか!」
「『再び』ですか? エーリッヒが……いえ、大公が以前にも衣装室へ連絡を?」
アティナの言葉に、クレセンティアは不思議そうに目をパチクリとさせた。アティナはうなずき、朗らかに続ける。
「妃殿下が療養に出られる前のことです。大公殿下が商店街を一掃するほどお買い物をなさったでしょう? マヒス宝石商の最高級イヤリングも、妃殿下の宝石箱に入ったそうではありませんか」
「イヤリングなら……」
クレセンティアはそばに控えていたヒルダに目配せした。
ヒルダがドレスルームへイヤリングを探しに行ったあとも、アティナの弾むような声は止まらなかった。
「あのとき、うちの店にもいらっしゃったんですよ。妃殿下がカタログを受け取らずに帰られたものですから、どうしてなのか気になって……」
「それで、お聞きしたんです。そうしたら、まあ……」
快活に話していたアティナが、ふと声を潜めた。クレセンティアにだけ聞こえるほどの距離まで顔を近づけ、こっそりと囁く。
「大公様に電話してみろとおっしゃったんです。大公様が『大公妃にはカタログを送るな』と厳命されていたのに、それを聞いた途端、あんなふうに怒って店を出て行かれたんですよ」
アティナは「こんなふうに」と言いながら、頭の両側に人差し指を立てて小さな角を作ってみせた。肩をぶるぶる震わせてから手を下ろし、大げさに身を震わせてみせる。
「どれほど恐ろしかったことか!」
「そんなことがあったのですね……」
クレセンティアはアティナの説明を聞きながら、静かに考え込んだ。
どうしてエーリッヒがヘレナの悪巧みを知ったのか、ずっと疑問だったが、そういう裏事情があったのだ。
アティナは何か特別な秘密を共有するかのように、温かい笑みを浮かべた。
「私が奥様に大変お世話になりましたから。お礼をしたいんです」
「まあ、そういうことでしたら……」
クレセンティアの言葉に、アティナは目を輝かせた。
彼女が大公妃の顔を見たときから――
その言葉の続きは、突如として遮られた。
—
## 狂乱の来訪者
「どけ! どけって言ってるだろ!」
突如として響き渡った騒々しい声とともに、応接室の重厚な扉が勢いよく押し開けられた。
クレセンティアがハッとして声のほうへ目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。
「……ヘレナ?」
使用人たちに両腕をつかまれ、必死に抵抗している人物。それは、かつて大公邸で絶対的な権力を誇っていたヘレナだった。
いつも優雅に髪を結い上げ、最高級の最新流行ドレスに身を包んでいた彼女。しかし今の姿は、見る影もないほどに落ちぶれていた。
ボロボロに破れた古いドレスをまわりまとい、髪は鳥の巣のようにぼさぼさだ。一言で言えば、道端で施しを乞う乞食のような姿だった。
「そこで何をしているんですか?」
「何をしてるですって? 見れば分かるでしょう!」
クレセンティアの問いかけに、ヘレナは血走った目をさらに見開いた。
彼女が狂ったように首筋の青筋を立てて暴れるため、使用人たちはさらに強く彼女を押さえつける。そのまま外へ引きずり出そうとすると、ヘレナは耳を劈くような悲鳴を上げた。
「きゃっ! ちょっと! 放してよ! 私は大公妃よ! 大公妃なのよ!」
クレセンティアは、見る影もなく引きずられていくヘレナの姿をじっと見つめた。ふと、ヘレナとヒルダの視線が交差するのを見る。
大公邸を空けている間に、いったい何があったのだろうか。ただの追放とは到底思えないほどの変わりようだ。
だが、今すぐその答えを知る術はない。エーリッヒは今朝早く宮殿へ向かっており、ドレスのフィッティングには間に合うよう戻ると言っていたが、帰宅まではまだ時間がある。
かといって、あんなふうに狂乱して叫び続けるヘレナに事情を尋ねるわけにもいかない。どう見ても正気を失っていたからだ。
「お前たちのせいよ! 私の優しかった息子が私を追い出した! お前のせいで私が乞食になったのよ!」
頭が割れそうなほどの叫び声に、クレセンティアの心臓が激しく脈打った。
胸の奥に閉じ込めていた嫌な予感が、すべて最愛の息子――ラファエルへと向かう。
もう物心がついた我が子が、この狂気に満ちた光景を目にしたらどうなるだろう。もし、偶然ラファエルがヘレナと鉢合わせでもしたら……。
クレセンティアは焦燥感に駆られ、すぐそばにいたヒルダの耳元へ駆け寄った。
「ラフィは今どこにいるの?」
「若様は、たった今マックスさんと……あっ!」
クレセンティアの問いに答えていたヒルダは息をのみ、青ざめて廊下へと駆け出した。クレセンティアもまた、その後を追って全速力で走った。
廊下の突き当たり。わずかに開いた扉の隙間から、外へ出ていくラファエルの小さな背中が見えた。
そしてそのすぐ傍らで、狂気に満ちたヘレナが――小さな子供に向かって、庭仕事用の重いシャベルを振り上げようとしていた。
「お前なの? お前があの女の子供なの?」
「ラフィ!」
クレセンティアは一瞬で距離を詰め、ラファエルの背後から両手でしっかりと耳を塞いだ。そして、恐怖に震える子供の額に自分の額を寄せ、優しく口づけをする。
「いい子ね、ラフィ。ヒルダおばさんと一緒にいて。ママもすぐに行くから」
「うん? うん……」
ラファエルは丸い目をぱちぱちと瞬かせ、こくりとうなずいた。クレセンティアは、追い付いてきたヒルダに我が子を託した。
「ヒルダ、お願い」
「はいっ! 若様、こちらへどうぞ!」
ヒルダは侍女たちと一緒にラファエルを抱き上げ、一目散に3階へと駆け上がっていった。
遠ざかっていく我が子の姿を確認し、クレセンティアは初めて深く安堵の息をついて、ゆっくりと立ち上がった。
—
## 揺るぎない覚悟
「何をするつもりだ! 子どもに指を差すなんて……! それに、あの子は私生児などではなく、大公家のご令息です」
「笑わせないで!」
ヘレナはカッと目を見開き、唾を飛ばした。
周囲の空気が急速に凍りつき、使用人たちが再び彼女を取り押さえようと一歩踏み出す。
「待ってください」
クレセンティアはスッと片手を上げ、毅然とした声で制した。
そして背筋を真っ直ぐに伸ばし、落ちぶれた元大公妃をまっすぐに見据える。
「おかしなことをおっしゃいますね。私が何を笑わせたというんです?」
「夫に隠れてこっそり逃げ出し、どこかで子供を産んできたせせこましい女のくせに! それが私生児じゃなかったら何だっていうのよ。図々しい!」
「私生児……?」
「そうよ、私生児よ! どこから湧いたかも分からない薄汚い奴が、しゃしゃり出てくるんじゃないわよ! 汚らわしい!」
ヘレナは吐き捨てるように罵声を浴びせ、クレセンティアの頬めがけて勢いよく唾を吐きかけた。
「――っ!」
信じられない暴挙に、周囲に控えていた使用人たちは一斉に息をのみ、息を潜めた。
しかし、クレセンティアは動揺しなかった。ヘレナの本性を知り尽くしていたからだ。
彼女がこれまで上品を取り繕っていたのは、ただ世間体を気にするプライドゆえにすぎない。化けの皮が剥がれた今の彼女は、ただの感情に狂った哀れな女でしかなかった。
「……あなたがそれを言う資格はありません」
クレセンティアは静かに言い放つと、白いハンカチでそっと頬の唾を拭った。その瞳には、一塵の怯えも宿っていない。
「あなたの息子は、帝国における私生児への差別をなくすために尽力してきました。それなのに、実の母親であるあなたが私生児を蔑み、子どもを傷つけるのですか?」
「なっ……この……!」
「それに、あなたの望みを裏切るようで本当に申し訳ありませんが――私の息子は私生児ではありません」
クレセンティアの声は澄み切り、廊下に響き渡るほど力強かった。
ラファエルの安全と未来のためにも、ここで一切の疑惑を断ち切らなければならない。我が子を脅かす根拠のない噂など、これ以上放置するわけにはいかなかった。
「私は帝国皇帝陛下が正式に認めた大公妃です。そして、私の夫は帝国の大公です。ですから!」
クレセンティアはさらに優雅に姿勢を正し、胸を張った。
「私の息子は、大公妃である私と大公との間に生まれた、正当な大公家の後継者です。私の言ったことに何か間違いでも? あるならおっしゃってみてください、ヘレナ」
「こ、この泥棒猫が……!」
ヘレナは憤怒のあまり歯を食いしばり、廊下の美しい絨毯を足で何度も激しく踏み鳴らした。
クレセンティアは、彼女の怒りが頂点に達するのをただ静かに見守った。
エーリッヒが変わったように、クレセンティア自身も変わっていた。
彼女はもう、世間知らずでただ泣き寝入りするだけの王女ではない。ヘレナの執拗な嫌がらせなど、今のクレセンティアの心を傷つける盾にはならなかった。
—
## 下された断罪
「……私が確かに、追放を命じたはずだが」
張り詰めた空気の中、ヘレナの荒い息遣いに重なるように、低く冷たい声が響いた。
宮殿からの用事を終え、足早に戻ってきたエーリッヒだった。彼はズボンのポケットに片手を突っ込み、苛立ちを隠さない冷徹な眼差しでヘレナを睨みつけている。
「どうやって、あんな辺境のエバルトからボレンまで戻ってきたんだ?」
「エーリッヒ、私の可愛い息子よ……!」
「一体誰から、そんなくだらない妄言を聞いてここまで這い上がってきた?」
ヘレナは縋るような目を向けたが、エーリッヒは彼女に一瞥すらくれなかった。
彼は長い足で歩みを進め、クレセンティアのすぐ傍らに立つ。
そして、彼女の頬にわずかに残る唾の跡を見つめた瞬間、エーリッヒの奥歯が音を立てて強く噛みしめられた。
「私の大切なティアに……こんな真似をしたのか」
『私の大切なティア』――。
無意識にこぼれ落ちたその甘やかな響きに、クレセンティアの心臓が激しく波打った。
先ほどヘレナが喚き散らしていたときよりも、はるかに大きく心が乱されていく。
「……エーリッヒ」
「くそっ」
クレセンティアの瞳にじわりと涙が滲んだのを見た瞬間、エーリッヒは短く吐き捨て、焦ったように自分のポケットからハンカチを取り出した。
慎重に、そして大切に扱うように、彼はクレセンティアの頬をそっと拭う。その表情には怒りと、そして深い自責の色が浮かんでいた。
「すまない。私が最初から守るべきだったのに」
「……いいえ、大丈夫です」
クレセンティアは唾を飲み込みながら答えた。なぜか喉の奥が詰まり、うまく声が出ない。
エーリッヒは彼女の頬に優しく触れようと手を伸ばしたが、その寸前でピタリと動きを止めた。そして、ゆっくりと身体を背け、凍りつくような冷たい視線をヘレナへと向けた。
「驚いたな。私生児が稼いだ金で散々贅沢な暮らしをしておきながら、いざとなれば私生児を蔑むとは……見事なものだ」
「エ、エリヒ! この母に向かって何を……!」
「さっき聞いていただろう。あの子は私の嫡子だ。ということは……母上が侮辱した『私生児』とは、この私一人ということになるな」
エーリッヒの声音は、血の通わない氷のようだった。彼は冷ややかに母親を見下ろし、容赦なく言い放つ。
「この屋敷には、大公妃の地位を再びかざしに戻ってきたのだろう? どうせ追放されても、自分は大公妃だという特権にしがみつきながら」
「待って、エリヒ……!」
「私が甘すぎた。そうだ、金だけ持たせて追放したのでは足りなかったらしい」
ヘレナの顔から血の気がサーッと引いていく。彼女は恐怖に顔を歪ませ、涙を流しながら激しく首を横に振った。
「だめよ、エーリッヒ! それだけは……!」
「よく聞け。今この時をもって、ヘレナ・ペテールをペテール家から『除名』する。彼女はもはや大公の母ではない。二度とペテール家の敷居を跨がせるな」
「嫌あああああっ!」
耳を劈くような悲鳴が響き渡ったが、エーリッヒは眉一つ動かさなかった。
彼は冷酷な瞳で取り乱す母親を一瞥し、周囲の使用人たちに低く命じた。
「今すぐこの女を叩き出せ」
「離して! エリヒ、お願いよ……!」
狂ったように暴れるヘレナを引きずり出す使用人たちに背を向け、エーリッヒは再びクレセンティアへと向き直った。
先ほどの修羅場が嘘のように、彼の表情はすぐさま柔らかく穏やかなものに戻る。エーリッヒは心配そうにクレセンティアの様子をうかがい、眉尻を下げた。
「……怪我はないか? 怖かったな」
「私は本当に大丈夫です」
「客人を迎える大事な日に、お前の面目を丸潰れにしてしまったな……すまない」
エーリッヒの言葉に、クレセンティアはハッと小さく息を呑んだ。
――そうだ。衣装室の主人であるアティナが、この一部始終を最初から最後まで目の当たりにしていたのだ。
ヘレナの乱入に気を取られていて、すっかり忘れていた。
「せっかくのドレスの注文が、こんなことに……どうしましょう」
「どうするも何もないだろう」
エーリッヒはたくましい肩を軽くすくめ、散らかった品物を淡々と片づけている使用人たちを一瞥した。
「失った信用は金で買えばいい。それだけのことだ」
それだけ言い残すと、エーリッヒはそのまま自分の執務室へと歩き去っていった。
クレセンティアは、遠ざかっていく彼の広い背中を見つめながら、そっと唇を真一文字に結んだ。
*『人はお金で買えばいい、だって?』*
何気なく吐き捨てられたその言葉には、彼の心の底にある信念がそのまま表れていた。
エーリッヒは、世の中のすべてのものは金さえあればどうにでもなると、本気で信じているのだろうか。
*『やっぱり、あの人を愛してはだめだ。』*ふと、クレセンティアは心の中で首を横に振った。
たまに見せる優しい一面や、守ってくれる姿に心が揺らぎかけていたが、それだけで忘れてはならない。
自分とエーリッヒの間には、カレラ海よりも深い隔たりがある。クレセンティアには、一生かかっても彼のすべてを理解することはできないだろう。
—
## ヒルダの涙と、新たな決意
「妃殿下、お怪我はありませんか?」
上の階から、心配そうな顔をしたヒルダが慌てて駆け降りてきた。
クレセンティアはかすかに笑みを作り、首を横に振る。
「私は大丈夫よ。ラフィは?」
「イゾルデ様が特別なお部屋へ連れていってくださいました。今はきっと、驚きも落ち着いて楽しく遊んでいると思います」
「あの子、かなり怖かったでしょうね……あとでしっかり様子を見に行かなくちゃ」
もしヘレナの手がラファエルに伸びていれば、クレセンティアはどんな手を使ってでも彼女を許さなかっただろう。
そう考えると、エーリッヒがあのタイミングで現れ、すべてを断ち切ってくれたことは、結果的に最善の処置だったのかもしれない。
「降りてくる途中で小耳に挟んだのですが……大公妃様、いえ、あの方が正式に除名されたというのは本当ですか? それも、ただの追放ではなく……」
「ええ、本当よ」
クレセンティアはヒルダと一緒に静まり返った廊下を歩きながら答えた。しかし、どこか様子がおかしい。ヒルダは視線をしっかりと床に落とし、言い淀んでいた。
怯えているようでありながら、それ以上に何か深い心配事を抱えているような顔だった。
「どうしたの、ヒルダ?」
「……実は……」
ヒルダは唇を固く結び、何度もためらった末に、小さく首を横に振った。
「いいえ、何でもありません」
「何でもない顔には見えないわ。ヘレナに何かされたの?」
「それは……」
「ねえ、ヒルダ、私を見て」
クレセンティアは、逃げるように視線を逸らすヒルダの両手をしっかりと握りしめた。
周囲に控えていた使用人たちにも目配せし、人気のない場所へと誘導する。静寂に包まれた空間で、クレセンティアは真摯な瞳で語りかけた。
「ヒルダは私の友人で、実の姉のような存在よ。私がつらいとき、いつもそばで支えてくれたのはヒルダでしょう? 今度は私が、ヒルダの力になりたいの。話してちょうだい。私たちの間に、隠し事なんていらないはずよ」
「……うっ……!」
クレセンティアの心からの言葉に、ヒルダの顎が小さく震えた。
彼女はこらえきれず涙をこぼし、途切れ途切れの声を絞り出す。
「実は……あの方のせいで、ずっと、とてもつらかったんです……っ」
「そうだったのね……いったい、何をされたの?」
「しょっちゅう私を呼び出しては、罵倒されて……『侍女の分際で出しゃばるな』『王女殿下の味方をするな』って……それに、殿下がレギナにいらしたとき、『王女はほかの男と密会していたのではないか』って……私が否定すると、腕をつねられて……怒鳴られて……それで……!」
ヒルダの告白を聞き、クレセンティアは怒りで奥歯が砕けそうになるのを必死にこらえた。
大公妃になってから、ヒルダがしばらく自分の前から姿を消していた時期があった。
当時は、不慣れな大公邸での仕事にヒルダが苦労しているのだとばかり思い込んでいた。だからこそ、彼女がホームシックになる前に故郷のレギナへ帰してやろうとさえ考えていたのだ。
だが、違った。
ヒルダはクレセンティアの目が届かないところで、ヘレナから執拗な虐めと嫌がらせを受けていたのだ。
「どうして私に言ってくれなかったの……! 言ってくれれば、すぐにでも……!」
「お前様が……ご自分のお立場でお辛そうだったから……これ以上、私のせいで心配事を増やしたくなかったんです……っ」
「……ごめんなさい、気づけなくてごめんなさい」
クレセンティアは泣きじゃくるヒルダを強く抱きしめた。
かつての自分は、すべてに耐えることが美徳なのだと信じていた。騒ぎを起こせば、エーリッヒの関心を完全に失ってしまうのではないかと、常に怯えていた。
だが、もう迷わない。
クレセンティアはこれ以上、理不尽な暴力や言葉に耐えるつもりは毛頭なかった。自分を踏みにじり、大切な人々を傷つけた者たちには、されたことの痛みをそのまま倍にして返してやる。
それこそが、自分と、愛する息子と、かけがえのない仲間たちを守るための唯一の方法なのだから。
そしてその強い意志こそが、彼女が再びこの帝国で生きていくための、揺るぎない覚悟となるのだった。
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ヘレナの没落と除名処分: 狂乱状態で応接室に現れ、ラファエルに危害を加えるなど暴挙を繰り返したヘレナに対し、エーリッヒがペテール家からの「除名」という最終的かつ決定的な断罪を下したこと。
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クレセンティアの精神的成長と覚悟: 暴言や侮辱に屈せず、我が子ラファエルが正当な大公家の後継者であることを毅然と宣言したこと。さらに、ヒルダが受けていた陰湿な虐待の事実を知り、これ以上耐え忍ぶのではなく、大切な人々を守るために強く立ち上がる決意を固めたこと。
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エーリッヒとの複雑な距離感: 自身の窮地を救い「大切なティア」と呼んで守ろうとしたエーリッヒの優しさに揺らぎつつも、「すべてのものは金で買える」という彼の冷徹な信念の根深さを目の当たりにし、決して彼に心棒を預けまいと冷静に一線を引いたこと。