こんにちは、ピッコです。
「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
41話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- エヴァの計略と、予期せぬオペラの夜
こうして食事が終わり、温かいお茶で口を潤していたとき、お嬢様がそっと立ち上がった。
「あれ?」
私は首をかしげた。
お嬢様が、どこか上機嫌に見えたからだ。
「私、ちょっとお手洗いに行ってくるわ」
「分かりました」
公爵様は軽くうなずいた。
令嬢が席を立つと、食堂には私と公爵様の二人だけが残った。
(さて……何を話せばいいんだろう)
私はすっかり緊張してしまい、視線だけがあちこち泳いでいた。
そんなふうに内心で冷や汗をかいていると――
公爵様は優雅な仕草でティーカップを持ち上げ、先に口を開いてくださった。
「せっかく神殿を訪れたのに、不愉快なことにお巻きしてしまい、申し訳ありません」
(よかった……)
どちらから話しかけるべきか悩んでいた私は、胸をなで下ろしながら答えた。
「いえ、それでも今日はとても楽しかったです」
「楽しかったのですか?」
「はい。神殿の礼拝堂に、クラウディウス公爵家から奉納された花瓶が飾られているのを見たんです」
祭壇の中でもひときわ目立つ場所に置かれた、クラウディウスの名が刻まれた豪華な花瓶。その花瓶を見て、私はいろいろなことを考えた。
「司祭様が教えてくださったんです。クラウディウス公爵家が定期的に寄付をしてくださっているおかげで、地方にも新しい孤児院を開設できたそうです」
私は微笑んだ。
「それは本当に……素晴らしいことだと思います」
心からそう思った。
正直、「私は貴族だ」と威張るだけの貴族は多い。だが、あれほど継続的に寄付を続けている家門は珍しかった。しかも、その寄付金で孤児院の支援事業が進められるほどなのだから、その金額も相当なものだろう。
もちろん、アンシ家も領地の中ではさまざまな支援を行っている。
『それは領民の福祉を守ることに近いから』
けれど、公爵家が支援しているのは、公爵領だけではなく、帝国中の子どもたちの福祉だった。現実的には、帝国内のすべての孤児院を支えることはできないだろう。
それでも――
『それだけでも十分すごいことだ』
そのときだった。
黙って私を見つめていた公爵様が、ふいに口を開いた。
「ようやく、エバが言っていた意味が少しわかった気がします」
令嬢の言葉……?
どういう意味だろう。
私は不思議そうに首をかしげた。
そのとき、公爵様は穏やかな声で話し始めた。
「エバがこう言っていたのです。『レディ・アンシと一緒にいると……自分ももっと良い人間になれる気がする』と」
令嬢が、そんなことを……?
私は驚いて目を見開いた。
「私も同じ気持ちです」
そう言うと、公爵様はまっすぐ私を見つめた。揺らぐことのない、まっ直ぐな眼差しだった。
「そして、その理由はきっと……レディ・アンシが私を“良い人”として見てくださるからなのでしょう」
深い青い瞳は、ただ私だけを映していた。
そして――
「『良い人』というのは、不思議な言葉ですね」
公爵様はその言葉を何度か噛みしめるように繰り返した。まるで、とても大切な宝物を扱うように、慎重に。
「正直に申し上げると、私にはあまり似つかわしくない言葉だと思っていますが……」
公爵様は穏やかに目元を和らげ、そのまま私に優しく微笑みかけた。
「それでも、少しでもその期待に応えられたらと思っています」
その瞬間――
小さな小石が湖面に落ちたように、心の奥が静かに波立った。
私はその視線に引き込まれたように、どうしても目をそらすことができなかった。柔らかく細められた瞳と、ほんのり赤く染まった頬が、不思議と私の胸をくすぐる。
「いいですね。レディ・アンの、そんな眼差し」
—
エヴァンジェリンは扉の陰に身を隠し、隙間からそっと食堂の中をのぞいた。
『ひとまず雰囲気は、悪くなさそうだけど……』
その時だった。廊下を歩いていた侍女が、エヴァンジェリンに気づいて声をかけた。
「まあ、令嬢様?」
「しーっ!」
エヴァンジェリンは慌てて人差し指を唇に当て、早く行くよう手で合図した。
「え? あ、はい……」
侍女は戸惑いながらも、そのまま廊下を通り過ぎていった。
同時に、エヴァンジェリンは再び食堂の中へ耳を澄ませた。
「エバが言うには、『レディ・アンシと一緒にいると……もっと良い人間になれる気がする』そうです」
穏やかな笑みを含んだ声が、静かに続いた。
「私も、同じ気持ちです」
「……」
その言葉を聞いたエヴァンジェリンは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。本当に、その通りだった。ラリットと一緒にいると、「わがままだ」と言われてきた自分でさえ、もっと良い人間になれそうな気がするのだった。
だから――
『絶対にラリを手放しちゃだめ』
もちろん、人の気持ちはエヴァンジェリンの思いどおりになるものではない。ラリとディトリヒがお互いに好意を抱いていたとしても、それが必ず恋愛へと発展するとは限らない。
それでも――
『できることは全部やってみよう』
エヴァンジェリンはぎゅっと拳を握りしめた。もしうまくいけば、ラリとずっと離れずにいられる。エヴァンジェリンは、そのチャンスを何としてもつかむつもりだった。
—
神殿での一件のあと、レディ・サンチェスは読書会から追放された。表向きは療養を理由に帝都を離れたということになっていたが……。
(ふむ。確か、シャウド伯爵家とサンチェス家には親交があったんだっけ?)
オペラが始まる前。
私はクラウディウス公爵家専用の豪華なボックス席に座り、飲み物を一口飲みながら考え込んでいた。
(となると……今回、令嬢様が進級なさったという話も耳に入っているはずね)
余計な騒ぎを起こさないよう、公爵家の目につかないように、わざと姿を見せていないのだろう。
(まあ、私には関係ないことだけど)
肩をすくめた私は、もう一口飲み物を口に運んだ。甘さと爽やかさがちょうどよく、とても気に入った味だった。
周囲を見回すと、豪華なオペラハウスの景色が目に飛び込んできた。高い天井、柔らかく降り注ぐ照明、そして広々とした舞台。私は見とれるようにその光景を眺めた。
『きれい……』
今私がいる場所は、帝国で最も大きく、最も有名なオペラハウスだった。以前、グレゴリーと婚約していた頃には、とてもこんな場所へ来られるとは思っていなかった。
なんというか……。
『まるで夢みたい』
私はおそるおそる微笑んだ。舞台が一番よく見えるボックス席に座り、お菓子や飲み物を楽しみながらオペラの開演を待つなんて。
もしセラフィナと一緒に来られていたら、きっと……。
「ラリ、馬車にバッグを置いてきちゃったみたい。取ってきてくれる?」
「ラリ、係の人を呼んできて」
「ラリ、ラリ、ラリ……」
「うーん」
私は思わず顔をしかめた。
(というか、そもそもセラフィナと一緒にこのオペラハウスへ来こと自体、なかったかもしれないな)
だって、本来ならグレゴリーと二人で来る予定だったのだから。私は心の中でため息をつきながら、今日オペラハウスへ来ることになった経緯を思い返した。
ある穏やかな午後。お菓子をぽりぽり食べながらソファでくつろいでいた令嬢が、不意に私へ尋ねた。
「ラリ、一緒にオペラを観に行かない?」
「オペラですか?」
「ええ」
令嬢はうなずくと、ちらりと私を横目で見た。
「ラリも知ってるでしょう? クラウディウス家のサロンで――」
「……さまざまな分野の芸術家を発掘し、支援しているんです」
「そうなんですね」
「その中に、ソフィア・モーガンという方がいるんですが……」
「えっ、ソフィア・モーガンですか!?」
私は思わず目を丸くして、お嬢様を見つめた。
ソフィア・モーガン。現在、帝国で最も有名なオペラ歌手の一人だった。類まれな美貌と、人の心を揺さぶる演技力、そして小鳥のさえずりのように美しい歌声を持ち、彼女が出演するオペラは、いつも全席完売すると言われていた。
「モーガン様は、クラウディウス公爵家の支援を受けていた方なんですか?」
「昔はそうだったの。今はもう有名になったから、支援を受ける必要はないけれど」
お嬢様は肩をすくめた。
「まあ、それでも公爵家とは今でも親しい関係よ」
「そうだったんですね……」
こういう話を聞くたびに、クラウディウス公爵家の影響力の大きさを改めて実感するのだった。
神殿へも定期的に寄付を行い、芸術界ではクラウディウス家が支援した芸術家たちが活躍している。政界でも貴族社会でも、圧倒的な影響力を持つ家柄なのだ。
(男性主人公って、たいていこういう背景を持っているものなのかな)
私は内心、少し気後れした。
(まあ、それは今は重要じゃないけれど)
令嬢は軽く手を振って話を続けた。
「今度ソフィアが新しいオペラを初演するんだけど、ソフィアってクラウディウス・サロン出身の芸術家の中でも一番有名でしょう?」
「はい、そうですね」
「だから私も顔を出したほうがいいかなって思ってるの」
令嬢はいたずらっぽく微笑んだ。
「でも、一人で行くのはつまらないんです」
「あ……」
「私と一緒に行ってくれるでしょう?」
—
そういう経緯で、私はオペラハウスへ来ていた。
お嬢様は少し用事があるからと、先に行っていてほしいと言っていた。だから私は、こうして一人でお嬢様を待っていたのだけれど……。
『お嬢様、一体いつ来るんだろう?』
もうすぐオペラが始まる時間だというのに。
ガチャ。
ちょうどその時、ボックス席の扉が開いた。
私は嬉しそうに振り返った。
「お嬢様、お帰りなさい」
――ところが。
『え?』
私は驚いて目を見開き、入ってきた人物を見つめた。扉を開けて入ってきたのは、私が待っていたお嬢様ではなく――
「公爵様!?」
クラウディウス公爵様だったのだ。
『どうして公爵様がここに!?』
私は戸惑いを隠せなかった。一方、公爵様もまた、この状況を理解できていないようだった。何があったのか、少し戸惑ったような表情だった。
「……」
「……」
長い沈黙が流れた。私たちは互いにぼんやりと見つめ合っていた。
しばらくして――
「まずは……申し訳ありません」
公爵様は額を押さえ、大きくため息をついた。
「どうやらエバの思いつきだったようです」
「え?」
「突然エバが『頭が痛いから代わりに行ってきて』と言い出しまして……」
公爵様は困ったような表情で、ちらりと私を見下ろした。
「レディ・アンシがいらっしゃるとは知りませんでした」
ああ、令嬢様……!
私は心の中でため息をついた。もちろん公爵様が嫌なわけでは決してない。ただ、こうして二人きりになると、どうしても緊張してしまって、ぎこちなくなってしまうのだ。
すると、公爵様が遠慮がちに口を開いた。
「もしご不快でしたら、私はこれで失礼いたします」
「いえ!」
私は慌てて首を横に振った。
「ご迷惑なんかではありません!」
この世界の男性主人公であり、セラフィナの運命の相手。正直に言えば、気後れしてしまう相手ではあった。でも――
『嫌なわけじゃない』
むしろ――
「公爵様とご一緒に、オペラを観られるなんて……」
声は自然と小さくなっていった。頬が熱くなるのを感じながら、私は深くうつむいた。
「本当にうれしいです」
「……」
勇気を振り絞って口にしたその言葉に、公爵様は感情を読み取れない眼差しで、じっと私を見つめた。
そして――
「私も、レディ・アンとご一緒できることをうれしく思います」
そう言って微笑んだ公爵様は、私の隣の席に腰を下ろした。
私は無理に笑顔を作ると、慌てて顔を正面へ向けた。
だけど問題は――
(視線のやり場がない……)
舞台にはまだ厚い赤い幕が下りているだけで、オペラが始まる気配はまったくない。
(どうしよう……)
私はごくりと唾を飲み込んだ。
(……心臓が速すぎる)
このままでは、公爵様に私の鼓動まで聞こえてしまいそうだった。
私は慌てて口を開いた。
「そういえば、モーガン様はクラウディウス家の支援を受けてデビューされたんですよね?」
「ああ、エバからお聞きになったのですね。ええ、その通りです」
公爵様は軽くうなずいた。
「初めて彼女を見た時から、才能のある人だと思っていました。それだけ努力家でもありましたから」
「……」
その瞬間。
まるで針で心の奥深くをそっと刺されたような気持ちになった。
私はふと違和感を覚えた。
『なんだか、おかしい』
私は思わず唇を噛んだ。
モーガン嬢は、クラウディウス公爵家が見いだしたオペラ歌手だ。だから、公爵様がモーガン嬢に注目するのは、ごく自然なことのはずなのに……。
『どうしてこんな気持ちになるんだろう』
私は努めて平静を装いながら尋ねた。
「では、モーガン様は公爵様ご自身が見いだされたのですか?」
「ええ、そうです」
公爵様は落ち着いた口調で説明を続けた。
「クラウディウス家のサロンは敷居が高く、誰でも入れる場所ではありませんから」
「なるほど……」
「モーガン嬢はもともとオペラハウスでクローク係として働いていたのですが、偶然その歌声を耳にしたのです」
公爵様の瞳には、優しい光が宿っていた。それほどまでに、モーガン嬢を大切に思っているのだろう。
「よく、真珠は真珠貝の中に隠れていると言いますが――」
「そういう意味では、モーガン様はまさにそういう方でした」
……その言葉は、公爵様がモーガン様を実際に見て評価していたということなのね。モーガン様は、それほどまでに輝いていた人だった。
「ただ、あれほど才能のある歌手です。たとえ私が支援しなかったとしても、いずれどこかでデビューしていたでしょう」
わかっている。公爵様は公私の区別をきちんとつける方で、これまで一度も浮いた噂すら立たないほど誠実な人だ。だから、公爵様がモーガン様にどんな思いを抱いていたとしても、私には知る由もない。それに、他人の恋愛事情をあれこれ気にするのは野暮だということも……よくわかっている。
それでも――
(胸が苦しい)
私は無理に口元へ力を入れ、笑顔を保った。そうしないと、今にも表情が崩れてしまいそうだったからだ。
(ラリ、お願いだから思い上がらないで)
私はドレスの裾をぎゅっと握りしめた。
『私が何を思おうと、気持ちが沈むなんておかしい』
そんな資格なんてないのに。たとえ公爵様がモーガン様に好意を抱いていたとしても、それは私が口を挟むことではない。公爵様は、ただ私の友人であるお嬢様のお兄様。私とは何の関係もない人なのだから……。
その時だった。
場内が暗くなった。幕が上がり、眩しいスポットライトに照らされながら、豪華な舞台衣装をまとったソフィア・モーガンが姿を現した。
そして、歌い始める。
「今夜こそ、あの人は私を訪ねてくれるでしょうか。涙で明かした幾夜もの夜の果てに……」
どこまでも伸びていく澄み切った高音。まるで天使の歌声のような、美しい歌だった。
そして、その歌を聴きながら――
……私はますます気持ちが沈んでいった。
1. 食堂での心を通わせる時間とエヴァンジェリンの企み
-
公爵との穏やかな会話: 食後のティータイム、ラリットはクラウディウス家が神殿や孤児院に行っている手厚い支援について語る。その言葉を聞いたディトリヒ公爵は、妹のエバ(エヴァンジェリン)が言っていた「レディ・アンシと一緒にいると良い人間になれる気がする」という言葉に深く共感し、ラリットへの特別な好意と敬意を伝える。
-
エヴァンジェリンの思惑: ドアの陰から二人の様子を覗き見ていたエヴァンジェリンは、二人の雰囲気が良好なことを確信し、「ラリットを絶対に逃さない、できることは全部やる」と二人を結びつけるために奮闘することを決意する。
2. オペラハウスでの予期せぬ再会
-
エバの策略によるデート: エヴァンジェリンの「頭が痛いから代わりに行ってきて」という口実(仕組まれた罠)により、ラリットが待つオペラハウスのボックス席に現れたのは、お嬢様ではなくディトリヒ公爵だった。
-
高まる緊張とときめき: 突然の二人きりの状況に戸惑いつつも、ラリットは公爵と並んでオペラを観覧できることに密かな喜びと胸の高鳴りを覚える。
3. モーガンを巡る会話とラリットの胸の痛み
-
ソフィア・モーガンの話題: 話の流れで、公爵がかつて自ら見いだした才能あるオペラ歌手・ソフィア・モーガンについて優しく語るのを聞いたラリットは、言い知れない違和感と胸の締めつけられるような苦しさを覚える。
-
募る切なさ: 公爵とモーガンの関係はあくまで支援者と芸術家であり自分には関係ないと頭では理解しつつも、彼女の美しい歌声を聴きながら、ラリットは自身のなかに芽生え始めた恋心と、それに伴う切なさや嫉妬に似た感情に沈んでいく。