幼馴染が私を殺そうとしてきます

幼馴染が私を殺そうとしてきます【155】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【幼馴染が私を殺そうとしてきます】まとめ こんにちは、ピッコです。 「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹...

 




 

155話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 永遠の夜、束の間の救い

実のところ、レリアが胸に抱いていた不安は、目の前の人間関係だけではなかった。

もしかしたら友人たちが本当に皇城へ赴き、取り返しのつかない大事件に巻き込まれてしまったのではないか──その疑念が、どうしても頭を離れなかったのだ。

しかし、隣にいるオスカーにそれとなく尋ねてみても、彼はただ何も知らないという風に、どこまでも穏やかな表情を浮かべるだけだった。

「もう、君の許可なしには何もしないよ」

ただ優しくそう答える彼の言葉を、信じるしかなかった。

念のため、屋敷の中でグリフィスやカリクス、ロミオの姿を探してみたものの、結局誰一人見つけることはできなかった。レリアは、むしろそれで良かったのだと自分に言い聞かせる。

復讐なんて、これっぽっちも望んでいない。ただ一生の間、あの男たちと二度と顔を合わせることもなく、何の連絡も来ないまま、それぞれの場所で静かに生きていてくれれば、それだけで十分だった。

ひとまずその件に関する心配は消えたはずなのに、なぜかレリアの胸には、正体のわからない不穏な気がかりが澱のように残っていた。

日が経つごとに、窓の外の空は確実にどんよりと曇っていった。

それと呼応するように、レリアの目の前には奇妙な「通知ウィンドウ」が浮かび上がっていた。

【お知らせ】

―『錬金復権』サービス終了のお知らせ―

本サービスの終了日まで、あと[4]日となりました。

これまで『錬金復権』を愛してくださった利用者の皆様に心より感謝申し上げます。

この無機質な半透明のウィンドウが、いったい何の意味を持つのか、今のレリアには見当もつかなかった。ただ、4日というカウントダウンが過ぎた後も、この世界が何事もなく平然と存在していてほしい──そう心の底から願うばかりだった。

募る不安に耐えかねて、レリアは何度もシステムに向かって話しかけようと試みた。しかし、その必死な呼びかけは、すべて冷たく無視されるだけだった。

レリアは深くため息をつき、這い寄る不安を振り払うように、強い決意を固めて席を立った。

彼女には今、何よりも先に解決しなければならない重大な問題が、もう一つ残されていた。

 



 

「おじいさま、おじさま、お母さん。あの……私、オスカーと結婚したいです」

公爵邸の執務室。

突如として現れたレリアが口にしたその一言に、その場にいた祖父(ノ工匠)と叔父のカリウスの表情は、一瞬にして凍りついた。

静まり返る室内で、ただ一人、横でお茶を嗜んでいた母親のエリザベスだけが、まるで最初からすべてを予想していたかのように、かすかな微笑を浮かべている。

「……誰、だって? か、カーリクスじゃないのか?」

叔父のカリウスが、我が耳を疑うように身を乗り出して尋ねた。

「グリフィスの件じゃなかったのかい? 一体なぜ、急にそんな男の名が……」

祖父もまた、あまりの衝撃に困惑を隠せない様子で目を見開く。

二人のあからさまな動揺に、レリアは戸惑いながらも、必死に言葉を続けようと唇を動かした。叔父のカリウスはカリクスと最も親しかったし、祖父もまたグリフィスをとりわけ気にかけていたから、このような反応になるのは当然だった。

「まさか、すり替えられた時に、あいつの怪しい魔法か何かにかかってしまったのではないでしょうか、お父さん?」

「うーん、そうかもしれないな……。いや、そもそもあの目つきの怪しい奴のどこがいいんだ! あんな胡散臭い男との結婚なんて絶対にダメだ、レリア!」

カリウス叔父は、何かの間違いだとレリアの手を強く握りしめ、必死に説得を試みる。

「カリクスがどれほど器が大きくて、頼りがいのある男か、まだお前には分からないんだな。男っていうのはな、レリア、だから……」

「私は、賛成ですよ」

それまでうたた寝をしていたかのように静かだった母が、にっこりと花が咲くような笑みを浮かべて割って入った。その予想外の言葉に、叔父と祖父は驚愕の眼差しを彼女へと向ける。

「彼はね、私の命を救ってくれたこともあるの」

「……」

「それに……最後の瞬間に、二人がもう一度私を探しに来てくれたでしょう?」

母は遠い目をして、感慨深げに語り始めた。

「その時、レリアを見つめていたあの方の眼差しを、私は今でもはっきりと覚えているわ。とても優しくて、言葉にできないほどの愛情にあふれていた。あんな目を最愛の人に向けられる人なら、きっとレリアを世界で一番幸せにしてくれるわ」

母の温かい言葉に、レリアは胸がいっぱいになり、ただパチパチと瞬きを繰り返した。

「いや、しかし……」

「……ふう」

母の揺るぎない、確信に満ちた言葉には、あれほど頑なだった祖父と叔父も、一瞬にして言葉を失うしかなかった。カリウス叔父はそれ以上何も言えず、悔しそうに口をぎゅっと閉ざす。

レリアは小さな、しかし心からの微笑みを浮かべ、母へ「ありがとう」という感謝の気持ちを視線で伝えた。母親はただ、穏やかに微笑み返してくれる。

 



 

執務室での緊迫した会話を終えたレリアは、次なる関門へ向かうため、慎重に友人たちが集まっている温室へと足を向けた。

祖父や叔父、母親に打ち明けた時よりも、胸の鼓動は二倍も激しく波打っていた。正直に言って、怖くてたまらなかった。

ロミオなら、きっと笑顔で祝福してくれるだろう。だが、問題はあとの二人──グリフィスとカリクスだった。

シュペリオン領に戻ってきてからのグリフィスは、かつてのようにレリアを困らせるような質の悪い冗談を口にしなくなっていた。あの執着を孕んだ変な目つきも見せなくなっている。しかし、もし突然オスカーとの結婚という現実を突きつけられたら、彼がどんな反応を示すのかは全く予測がつかなかった。

そして、それ以上に恐ろしいのはカリクスだった。

今のグリフィスには、まだかろうじて常識というフィルターが通じる状態だった。だが、カリクスは一度感情が爆発すれば、手が付けられなくなる。

ゆっくりと歩を進め、温室の重厚な扉の前に到着したレリアは、しばらくその場から動けずに躊躇していた。何分もの沈黙ののち、ようやく意を決して中へと入る。

温室の中では、中央のティーテーブルを囲むようにして、大柄な四人の男たちが奇妙な距離を取って座り、静かに会話を交わしていた。しかし、レリアが近づいた瞬間に、その会話はピタリと止まる。

「レリア」

オスカーがすぐさま手を伸ばし、彼女をそっと自分の隣の席へと引き寄せた。

おとなしくその隣に腰掛けたレリアは、極度の緊張で干からびそうになる喉をごくりと潤した。

「おい、何を話すつもりでこんな所に俺たちを呼び出したんだ?」

カリクスが、不機嫌さを隠そうともせずにむすっとした声で言った。確かに、屈強な男が四人も集まるには、この可憐な温室はあまりにも不釣り合いな場所だった。

レリアは、ガラス天井の向こうに咲き誇る鮮やかな花々を見つめ、心を落ち着かせながら口を開いた。

「その……みんなに、話したいことがあって」

「何の話だよ」

テーブルの下、膝の上に置いていたレリアの小さな手の上に、オスカーの大きくて温かい手がそっと重なった。レリアが隣のオスカーを恐る恐る見上げると、彼は「大丈夫だ」と言うように、優しい目で見守り、励ましてくれた。

その温もりに支えられ、レリアはついためらいがちになりそうな唇を、ついに動かした。

「わたし……オスカーと結婚するつもりよ」

「……」

温室を、言葉を失うほどの絶対的な沈黙が支配した。

鋭く、痛烈な視線が瞬時に三人の男たちを貫く。その一瞬の時間は、まるで永遠の刑罰のようにも感じられた。

「……そうか、おめでとう」

意外にも、最初に沈黙を破って返事をしたのはグリフィスだった。彼は全く感情の籠もっていない、底の知れない淡々とした目つきで、ただ事実だけを受け止めるように答えた。

「おめでとう、レリア」

ロミオもまた、いつものようににっこりと柔らかな微笑みを浮かべながら、祝福の言葉をかけた。グリフィスの冷徹な声音とは違い、彼は本当にレリアの幸せを心から願っているのが伝わってきて、レリアの胸を突いた。

「……」

しかし、カリクスだけは一言も発さなかった。

ただ拳を握りしめ、血がにじむほどの強い視線でレリアをじっと見つめ続けている。レリアはあまりの痛々しさに目をそらし、襲いかかる罪悪感に耐えるしかなかった。

友人たちの顔をまともに見ることが気まずく、恥ずかしく、そして申し訳ない気持ちで胸がはち切れそうだった。

「その、私……オスカーを……」

オスカーを愛するようになったのだと、隠さずに正直な想いを告白しようとした、その時だった。

(ガタタッ!)

突然、静寂を破る獰猛な音が響き渡り、レリアは思わず肩をすくめた。

それまで静かに座っていたカリクスが、凄まじい勢いで立ち上がったのだ。その衝撃で、彼が座っていた椅子が派手に後ろへと倒れた。

「……」

カリクスは苦々しげに顔を歪め、怒りと絶望の入り混じった目でレリアとオスカーを一瞥すると、そのまま何も言わずに背を向けて温室を飛び出していってしまった。

「カリクス……!」

レリアが反射的に彼を追おうと立ち上がりかけたが、すかさずオスカーがその細い手首を掴んで引き留めた。

「……」

「わあ、彼って今、一度で全部を理解したの? 一体何があったっていうんだ?」

レリアが諦めたように再び席に戻り、大きなため息をつくと、ロミオが場の空気を和らげるように不思議そうな声で冗談を言った。けれど、その軽い冗談を以てしても、レリアの重く沈んだ心を浮き上がらせることはできなかった。

おそらく、しばらくの間はまた、カリクスとまともに顔を合わせることはできないだろう。

そんな暗い表情のレリアを静かに見つめていたグリフィスが、やおら口を開いた。

「レリア、心配しなくていいよ。あいつだって、すぐに現実を受け入れるさ」

「……」

カリクスの拒絶は予想していたことだった。だが、グリフィスからそんな労りの言葉が出てくるとは思ってもみおらず、レリアは驚きに目を見張る。

「それに、お前が誰と結婚したとしても、俺たちはこれからもずっとここで、お前のそばにいるよ。──『友達』としてね」

「……グリフィス」

胸の奥から溢れ出してくる感情に、レリアの視界が思わず涙で潤んだ。そこには純粋な感謝と、彼らの想いに応えられない申し訳なさが、複雑に入り混じっていた。

グリフィスは「何も心配いらないよ」と告げるように、どこまでも優しい、完璧な笑みを浮かべてみせる。

テーブルの下、オスカーがそっと重ねてくれた手に、レリアは静かに力を込めて握り返した。

 



 

それからしばらくして、レリアとオスカーは席を外した。

二人が「これから一緒におばあ様に会いに行く」と言って温室を出ていくや否や、残されたロミオは、溜め込んでいた感情を爆発させるようにテーブルに思い切り頭を打ちつけた。

「ちくしょう……! オスカーの野郎……! あんな奴、子供の頃からやたらとレリアの近くをうろついていた時から、もっと警戒しておくべきだったんだ……っ!」

グリフィスは、冷ややかな、完全に温度の消えた表情で隣のロミオを見つめる。ロミオは本当に悔しそうで、今にも泣き出しそうな顔をしていた。

「ねえ、興味があるなら、僕の『計画』を聞いてみる?」

すでに遠い、何年も先の未来にまで張り巡らせた計画を思い描きながら、グリフィスは極めて落ち着いた口調で尋ねた。

しばらくの間、子供のようにすすり泣く声を漏らしていたロミオは、ハッとして顔を上げた。そして、みるみるうちに顔を真っ赤に染めながら、嫌悪感を露わにして視線をそらす。

「聞かない! 今そんなの聞いたら、きっとお前の狂った理屈に説得されちゃうからね!」

「……そうかもな」

「俺はお前みたいなクズとは違うんだ。俺は本当に、心からレリアの幸せを願っている!」

「……いいさ。どちらにせよ、俺たちにも必ずチャンスは巡ってくる。レリアは、もっと幸せになれるんだから」

「うるさい! このクズめ! 聞きたくなんかない!」

「もう少しの辛抱さ。そうすれば、レリアは俺たち全員の──」

「うわあああ!」

ロミオはそれ以上グリフィスの不気味な言葉を聴くまいと、両手で耳を力一杯ふさぎながら立ち上がり、バタバタと大きな音を立てて温室から逃げ出していった。

しかし、一人残されたグリフィスは、しばらくの間その場から動こうとはしなかった。

コツコツ、コツコツと、感情の消えた無表情のまま、細い指先で規則正しくテーブルの木目を叩き続ける。

はっきりとその未来を予感しており、頭の中で何百回、何千回とシミュレーションしていた場面ではあった。けれど、いざそれが「現実」として目の前に突きつけられると、流石に受ける衝撃は決して小さくはなかった。

平然とした仮面を被ってはいたが、胸の奥に広がる空虚さと気まずさは、彼の心を静かに侵食していく。

しかし──長い長い時間を耐え忍んだ末に、完璧に熟しきった果実をこの口にする極上の瞬間を思い浮かべれば。

この程度の前哨戦の苦痛など、十分に耐えるに値する、ほんの些細な痛みに過ぎなかった。

 



 

家族や友人たちにすべての真実を打ち明けたことで、レリアの心はいくらか軽くなっていた。

話を終えるやいなや、祖父は待ってましたとばかりに具体的な結婚式の話を切り出してきた。レリアが気持ちを固めた以上、一刻も早く式を挙げさせてやりたいというのが、不器用な彼の親心なのだろう。

話し合いの結果、結婚式はごく小規模な身内だけで行うことになり、祖父が昔から親交のある信頼できる神官を呼ぶことに決まった。

アティアスおばさんは「新婦の部屋を世界一可愛く飾るわ!」と息を巻いて、どこからか色とりどりの飾りつけの品々を大量に集めて大はしゃぎしている。レリアの結婚を前に、もしかしたら一番お祭り騒ぎをしているのは彼女かもしれない。

そして、その夜。

レリアは自室のベッドの上で、柔らかな毛布を愛おしそうに抱え込んで座っていた。

夜の12時を告げる時計の針が重なると、案の定、例の『錬金復権』のシステムウィンドウが、淡い光を放ちながら目の前に現れた。

【サービス終了日は<3>日後です。】

望んでいたすべてを手に入れたからといって、これ以上欲を出してはいけないのだろうか。

これまでの感謝と共に、心をあらかじめ綺麗に整理しておこうとしたが、そう簡単に割り切れるものではなかった。この見えないゲームシステムこそが、孤独だったこの世界で、誰よりも、何よりも彼女の支えとなり、助けてくれた存在だったのだから。

レリアはベッドの横にあるサイドテーブルの引き出しを静かに開けた。

その奥には、かつてシステムに提示されたレシピ通りに、細心の注意を払って自らの手で調合した『薬』が収められていた。万が一の事態に備えて、あらかじめ用意しておいたものだ。

まだオスカーに渡してはいなかったが……いつかはこれを、彼の手に委ねる時が来るのだろう。

けれど、いかに事情があるとはいえ、それが「致死の毒薬」であるという事実は変わりなく、レリアの胸にはどうしても後ろめたい罪悪感がかすめてしまう。

「この薬、本当に飲んでも大丈夫なのかな……」

誰もいない部屋で、ポツリとそんな独り言をつぶやいた、その時だった。

どういうわけか、すでに機能を停止しかけていたはずのシステムウィンドウが、不意に新たなメッセージを弾き出した。

『致死率100%!! 年金を信じても大丈夫!! (。•̀ᴗ-)✧』

(……でも、だからこそ不安なんだよ)

レリアは嬉しさと、それ以上の得体の知れない恐怖が入り混じった複雑な表情で、そのポップなフォントのメッセージを見つめた。

「もし……オスカーがこれを飲んで、すぐに死んじゃったらどうしよう?」

『効果はかなりゆっくり現れます!(ง •̀_•́)ง 長い年月がかかっても、必ず死ねるようになりますよ!』

どう見ても不穏で怪しげな、しかし妙にユーモラスで不気味なメッセージを前にして、レリアは返す言葉を失って黙り込んだ。

「本当に、3日後にはこのシステムが完全に消えちゃうの?」

『その間、「錬金復権」を愛してくださり感謝いたします。|ʘ‿ʘ)ゝ』

無機質な文字を見つめているうちに、レリアは思わず、前世で自分が孤独に死を迎える直前のことを思い出していた。

あの時、冷たくなっていく身体の中で彼女が切実に願っていたのは、「どうか、あの大好きなゲームの中に転生させてほしい」という、ただ一つの祈りだった。神様が、その哀れな望みを叶えてくれたのだろう。

「……今まで、本当にありがとう」

なぜか、今のうちにちゃんとお別れの挨拶をしておいた方がいいような気がして、レリアは静かに微笑んだ。

しかし、その心からの言葉に対して、『錬金復権』からの返事が返ってくることは、二度となかった。

そのときだった。

(トクン……)

静まり返った夜の闇の中、窓の方からかすかな不審な音が聞こえ、レリアは反射的に首をパッと振り返った。

次の瞬間、驚きのあまり彼女の口がぽかんと開く。

「オスカー……!? ここに、どうして……っ」

月光を背に、窓を器用に通り抜けてこっそりと室内に侵入してきたのは、他ならぬオスカーだった。

彼はレリアの驚きに満ちた声に答えるよりも早く、音もなくベッドへと近づき、彼女の硬硬な唇を塞ぐように深く口づけた。

レリアは慌てて眉間にしわを寄せ、ベッドから這い出るようにして彼を小さな手でグイと押しのける。

「もうすぐ結婚式を迎えるっていうのに、その前の夜にこんな風に来るなんて……絶対に良くないと思うわ」

「……少しだけ、ここにいてから帰るよ」

レリアは口をもごもごと動かした。彼の「少しだけ」が、本当に少しだけで済むとは到底思えなかったからだ。

それでも、レリア自身もまた、オスカーに会いたくてたまらなかった気持ちに嘘はつけず、どうしても強い調子で「帰って」と拒絶することはできなかった。

「じゃあ……そこに少し座って、お話だけでもしていって」

 



 

レリアはオスカーの手を引き、気まずい寝室を通り過ぎて、ソファの置かれた応接室へと彼を連れて行った。

オスカーの漆黒の視線が、一瞬だけ名残惜しそうに主を失ったベッドへと向けられたが、彼はそれ以上我が儘を言わず、素直にレリアの後を追ってソファに腰を下ろした。

「もしかして、緊張して眠れなかったの?」

レリアが心配そうに覗き込むと、オスカーは何も言わずに彼女の細い腰をぐっと引き寄せ、自分のすぐ隣へと隙間なく座らせた。

今では、二人きりになると、こうして自然にスキンシップを取るのが当たり前のようになっていた。

しかし、レリアは腰に回された大きな手を、恥ずかしさから少し力を入れて振りほどいた。

決して、オスカーと肌を触れ合わせていたくないわけではない。ただ彼女の頭の中には、「結婚式を正式に挙げるまでは、不順な真似をしてはいけない」という、どこか堅苦しい倫理観が頑固に居座っていたのだ。

屋敷の誰かに、もしこの逢瀬の音を聞かれでもしたら──そんな不安も手伝って、どうしても気を遣わざるを得なかった。

レリアがそっと押しのけると、オスカーはそれ以上抵抗せず、静かに手を下ろした。

しかし、その深い瞳の奥には、未だに燃え盛るような熱い情熱が、しっかりと宿ったままレリアを射抜いている。

「……僕のこと、嫌いになった?」

オスカーが、まるで見捨てられた子供のように小さな声で、ぽつりとつぶやいた。

レリアの目がすぐさま大きく見開かれる。

自分の勝手な都合で、これまで隠していた秘密を無理やり打ち明けてしまった後、レリアはオスカーに対して最大限の気遣いをしてきたつもりだった。それなのに、まさか彼にこんな風に誤解されてしまうなんて。

レリアの目に映るオスカーの心は、今にも粉々に砕け散ってしまいそうな、薄いガラス細工よりもさらに脆く感じられた。

一度割れて傷ついてしまったガラスだからこそ、これからは誰よりも慎重に、丁寧に、愛情を込めて扱ってあげたいと心から思っていた。

「そうじゃないわ。ただ、誰かにこの音を聞かれるかと思って心配なだけ……」

「どんな音?」

すべてを分かっていながら、オスカーはわざと知らないふりをして意地悪に問いかける。

レリアは言葉に詰まり、困ったように視線を落とした。その耳たぶは、触れずとも分かるほど真っ赤に染まっている。

オスカーは内心で愛おしそうに笑いながら、その赤くなった耳をじっと見つめ、静かに尋ねた。

「それじゃあ……ちょっと、誰もいない場所に行こうか」

「え?」

オスカーは小さく笑った。どこか危うさを孕んだ、抗えないほどに誘惑的な笑みだった。

そして彼はレリアの目の前で、空中に細い指先をかざし、滑らかに円を描いてみせた。

すると、空間がまるで生き物のように揺らぎ、丸く分かれた光のひだの向こう側に、見たこともない見知らぬ景色が目の前に広がった。

驚きに目を見開いたレリアが、その光の柵の向こうを恐る恐る覗き込む。

かすかに灯る柔らかな蝋燭の火に照らされた部屋には、中央に大きな、豪奢なベッドが設えられていた。

「ねえ、あれって……一体どこなの?」

「見に行きたいって、前に言っていただろう」

あまりにもあっさりと言い放つ彼の言葉に、レリアは眉をひそめたが、すぐにハッとして驚いた声を上げた。

「じゃあ、あそこは……フレスベルグ帝国なの?」

「皇城の外れの、一番端っこにある古い塔だよ。今はもう、誰も出入りしない場所だ」

「……」

「行ってみる?」

オスカーが優しく促したが、レリアはすぐには返事を出せなかった。

「……すぐ、ここに戻ってこられるんでしょうね?」

「君が望むなら、いつでも、何度でも」

「……じゃあ、行きましょう」

レリアが意を決して先に立ち上がると、続いて音もなく立ち上がったオスカーが、彼女の身体を軽々とその両腕で抱き上げた。

予期せぬ浮遊感に驚いたレリアは、慌ててオスカーの首に細い腕を回し、彼にしがみつく。

オスカーは愛おしい重みを腕の中にしっかりと抱いたまま、迷いのない足取りで光のひだを越えて歩みを進めた。

二人の身体が向こう側へと通り抜けたと同時に、空間を割っていた光のひだは跡形もなく消え去った。

静まり返ったシュペリオンの部屋の中には、ただ壁暖炉の薪がパチパチと静かに燃える音だけが、虚しく響き続けていた。

 



 

オスカーの腕の中からそっと床に降り立ったレリアは、好奇心に満ちた眼差しで周囲の部屋の中をぐるりと見渡した。

広い部屋に置かれた調度品は、壁の装飾から絨毯に至るまで、すべてが目を見張るような最高級の逸品で満たされていた。

レリアは静かに窓際へと歩み寄り、冷たいガラス越しに外の景色を見つめる。

本当に人の気配が全くない、完全に隔離された場所のようだった。遠くの方に、うっすらと王城のシンボルである巨大な塔らしき影が見えるばかりで、建物の周囲には遮るもののない広大な虚無の空間が広がっている。

そんなレリアの背後から、オスカーが音もなく忍び寄った。

彼はレリアの細い腰に、引き離すことを拒むようにしっかりと逞しい腕を回し、その白いうなじへと自分の唇をそっと寄せた。

「ここでは……君がどんなに声をあげても、誰の耳にも届かないよ」

「え……? 何、それ……」

あまりにも意味深な囁きに、レリアは慌てて彼の胸の中で振り返った。

オスカーは静かに目を細め、彼女を見下ろしている。

最近彼が見せていた、あのガラスのように繊細で落ち着いた様子とは明らかに違っていた。その瞳の奥には、妖しく、狂おしい別の光がゆらめいている。

それは、どろりとした情熱が激しくちらつく、真紅の眼差しだった。

その瞳を見た瞬間、レリアは気圧されるように思わず視線をそらしてしまった。

オスカーとこうして夜の静寂を共にするようになってから、それなりの時間が経ったことは分かっているつもりだった。けれど、彼の内に秘められた飢餓感が、まさかここまで深いものだとは思いもしなかったのだ。

レリアの視線が、部屋の片隅で圧倒的な存在感を放つ大きなベッドへと向かう。自然と眉間にしわが寄った。

まさか……。

「オスカー、あなたまさか……ここをあらかじめ用意していたの?」

「……」

返ってくる言葉はなかった。沈黙──それはすなわち、完全なる肯定の意味だった。

レリアは降参したように、大きくため息をついた。

とはいえ、シュペリオンにある彼女の部屋は、もう安全とは言えなかった。いつベッキーが気配を察して現れるかわからない危険が常に付きまとっていたし、何よりもグリフィスが、まるでレリアの部屋を常に見張っているかのような不気味なメッセージを、昼夜を問わず送ってくるようになっていたからだ。

外が昼なのか夜なのかすら曖昧になるようなこの隔離された空間は、彼らの密会にとって、これ以上ない最適な隠れ家でもあった。

レリアは、オスカーの奥底にある真っ黒な本音が透けて見えるような目で、じっと彼を見つめ返した。

彼の濃く深い瞳は、言葉以上に雄弁に、壊れるほど強くレリアを求めている。

「……」

レリアはもう、言葉で拒むことをやめた。

代わりに、静かに自分の小さな手のひらを、オスカーの逞しい胸の上にそっと置いた。

(ドクン、ドクン……)

衣服越しでもはっきりと分かるほど、彼の激しい胸の鼓動が、手のひらを通じてダイレクトに伝わってきて、レリアの胸を優しく締めつける。

レリアは慎重に、しかし拒まない意思を示すように、ゆっくりとした手つきでオスカーの上着のボタンを一つずつ外していった。

音もなく外された衣服が床へと滑り落ち、彼の鍛え上げられた美しい肉体が露わになった瞬間、オスカーは堰を切ったように彼女を優しく、しかし有無を言わさぬ力で抱きしめた。

最初に触れ合ったのは、息が詰まるほどに荒々しい唇だった。

オスカーは互いの唇を一時も離すまいと貪りながら、レリアの身体を軽々と抱き上げ、中央のベッドへと向かった。レリアは彼の首にしっかりと腕を回し、戸惑いながらも、彼の熱に応えるように自らの唇を動かす。

以前の消極的な態度とは違う、レリアの確かな、積極的な反応を感じ取り、オスカーの口元にかすかな狂おしい微笑みが浮かんだ。

ここへ彼女を連れてきたのは、これ以上ない最高の選択だった。もともとは別の目的のために作られた塔ではあったが、彼女を誰の手にも触れさせずに独占するという意味では、大差はないだろう。

ここは、他ならぬレリアという存在を、世界から完全に隠匿するために作られた彼だけの聖域なのだから。

オスカーは彼女を壊さないよう、しかし逃がさないようにベッドの上に横たえた。

情熱に赤く染まった唇、シーツの上に乱れる美しい髪の束──。

この隔離された美しい場所で、レリアと共に睦み合う瞬間を、オスカーはこれまで何度頭の中で想像してきたことだろう。

けれど、今目の前にいる本物の彼女は、歪んだ妄想のなかの姿よりも、はるかに対比できないほど美しかった。

それはきっと、今のレリアの瞳に宿っているのが、かつてのような恐怖や悲しみ、絶望の光ではなく、自分に対する確かな、深い『愛情』であるからに他ならなかった。

オスカーは、自分を世界でただ一人の男として見つめてくれる、レリアのその優しい瞳がたまらなく好きだった。

できることなら、その瞳のなかに宿る想いのすべてを奪い去り、永遠に自分だけのものにしてしまいたいと願うほどに。

「レリア……」

オスカーは低く、掠れた柔らかな声で彼女の名前を何度も呼びながら、愛おしそうにその身体を引き寄せた。

彼女の細い手首をそっと握りしめ、自らの溢れんばかりの想いを重ねるように、再びその唇を奪う。彼女から漂う、甘く清らかな香りが、オスカーの荒んだ胸を優しく、全包囲するように包み込んでいった。

 



 

オスカーの硬い鼻先が愛おしそうに首筋をなぞり、その下で身をよじったレリアの身体が、かすかな緊張に微かに震えるのが伝わってきた。

オスカーは焦燥感を隠せない様子で、彼女の衣服を丁寧に、しかし確実にはぎ取っていく。レリアの華奢な身体を包み込むように抱きすくめながら、彼は静かに、飽くことなく唇を重ね続けた。

他の誰も知らない、自分だけが知っているレリアの秘められた姿。

それを今、この手で完全に独占しているという、甘美で、どこまでも危うい全能感がオスカーの全身を満たしていく。レリアに関わるすべての事象を、自分だけが完全に把握しているというその事実が、彼の歪んだ優越感と、深い満足感を呼び起こしていた。

しかし──その圧倒的な幸福感の裏側には、常に「いつか彼女が自分の手の届かないどこかへ消え去ってしまうのではないか」という、正体のつかつかない、暗い不安がべったりと張り付いていた。

いつか、冷たく見捨てられるかもしれないという焦燥。

彼女を見つめる愛しさに満ちたその赤い瞳の奥には、言葉にできない静かな悲しみと、祈るような願いが混ざり合っていた。

もし……もし本当にそんな日が来てしまったら。

その時は、この手で世界のすべてを、彼女ごと壊してしまおう。

こんな生ぬるい塔なんかよりも、もっと世界の誰の目にも触れない、光すら届かない孤立した暗い奈落の底にレリアを閉じ込めて、一生、自分だけを見つめさせて苦しませてしまうかもしれない。

そんな風になってしまったら、私は──。

「オスカー……」

狂気へと傾きかけていた彼の思考を引き戻したのは、下から優しく響いた彼女の声だった。

オスカーの激しく揺れ動く瞳を見つめながら、レリアはそっと、慈しむように彼の名前を呼んだのだ。

「……」

赤く、情熱と不安に潤んだオスカーの瞳が、じっと彼女を見つめ返す。レリアの声に導かれるように、彼のまなざしからは次第に刺々しい狂気が消え去り、穏やかな落ち着きを取り戻していった。

レリアは、彼の強い力によって組み敷かれていた自由な手をそっと持ち上げ、その小さくて、驚くほど温かい手のひらで、オスカーの端正な頬を優しく包み込むように撫でた。

「愛してるわ、オスカー」

「……」

その、たった一言の真っ直ぐな告白が鼓膜に届いた瞬間。

彼の胸をきりきりと締めつけていた暗く重い呪縛は、まるで極上の魔法にかけられたかのように、跡形もなくすっと消え去っていった。

あとに残されたのは、ただ一つだけの、純粋で切実な想いだけだった。

「レリア……」

オスカーは溢れる愛おしさをすべて込めて、彼女の唇に再び、今度はどこまでも優しい口づけを落とした。

レリアの身体を壊さないように強く抱きしめ、彼女の確かな温もりと、今ここに存在してくれているという事実を確かめるように、背中を静かに愛撫する。

もしかしたら、彼の中に眠る、永遠に生きる存在としての抑えきれない衝動が、再び静かに芽生えつつあるのかもしれなかった。

自分は彼女をどこまで深く愛し、受け止めることができるのか。そして、彼女はどこまで自分を許してくれるのか。それを自分自身に問いかけるようだった。

ひたすらに、深く、底の見えない愛情の限界を探り当てるかのように──確かせたくてたまらない衝動が、身体の奥底からこみ上げてくる。

そんな自分の、どこか歪んだすべてを受け入れてくれるレリアのひたむきな姿に、オスカーの胸は熱く、狂おしいほどに満たされていった。

──そうだ、レリアをこの手に持てるのは、僕だけだ。

レリアのすべてを手にし、彼女の愛を一身に浴びることができるのは、少なくとも「今この瞬間」においては、自分ただ一人だけなのだから。

オスカーは、掠れた声で何度も彼女の名を呼んだ。

レリアは、薄く涙を浮かべた潤んだ瞳で、そんな彼をどこまでも愛おしそうに見つめ返している。その、まるで少女のように純粋で無垢な瞳が、オスカーの傲慢な心を激しく揺さぶった。

「愛してる、レリア」

彼は、自らの魂を差し出すようにそっと告げた。偽りのない本物の愛の言葉が、彼の唇から、夜の静寂へとこぼれ落ちていく。

その瞬間、レリアの瞳は深い喜びの色でいっぱいに潤んだ。

オスカーは彼女の華奢な身体を優しく抱きしめ、その言葉に偽りがないことを、自らの身体を通じて静かに伝えようとした。

グリフィス──あの底の知れない冷酷な男が企んでいる、恐ろしい計画の通りに。

いつか、遠い未来において、レリアが自分のあずかり知らぬところで他の男たちにまで利用され、その関係を受け入れるようになってしまう日が、本当に来るのかもしれない。

もしレリア自身がそう決断したとしたら、自分にはそれを無理やり止める権利など、どこにもないのだという残酷な事実が、彼の心を激しくかき乱す。

しかし、それ以上に今の彼を本質的に苦しめていたのは、自分自身が「永遠の時間を生きる」という、逃れられない呪いのような事実だった。

レリアも、今を共に生きる親しい仲間たちも、人間である以上、いつかは等しく老いてこの世界から消え去っていく。

皆が逝ってしまったその後も、自分だけは変わらぬ姿のまま、彼女との思い出を胸に抱き、懐かしみながら、終わりのない永遠を孤独に生き続けなければならない──その未来の絶対的な重みが、彼の胸を絶望的に苦しめていたのだ。

その時、オスカーの背中に回されていたレリアの細い腕に、きゅっと静かに力が籠もった。

彼女はオスカーの首に愛おしそうに抱きつき、彼の耳元で囁いた。

「……オスカー」

彼女が自分の名を呼んでくれる、その瞬間のあまりにも儚く温かいぬくもりを、オスカーは忘れないよう、自らの胸の奥深くに、一生消えない傷のように強く刻みつけた。

少し気まずくて、けれど、言葉にできないほど心地よい時間。

自分の内に潜む、永遠という名の孤独な「恐れ」の気持ちにそっと気づき、何も言わずにただ優しく抱きしめてくれるレリアが、愛おしくて、愛おしくてたまらなかった。

彼女が自分に注いでくれるその無条件の優しさが、あまりにも眩しく、甘やかで──オスカーの心は、ただ静かに、満たされた幸福感でいっぱいになっていった。

 



 

 

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