影の皇妃【１６５話】ネタバレ

エレナは時間差をつけてノートン子爵、フアン男爵の順に接触した。

投資金に言及すると、彼らも難色を示す。

しかし、長期的な見方から見て、大公家の後継者になるエレナの側に立った方が良いという結論は変わらなかった。

ノブレス通りは成功が既定事実化された事業であるため、損害は受けないというそれなりの計算が立ったのだろう。

口頭契約というのは気にかかったが、エレナの署名が入っている証明書を書いてくれるという話に納得したのだ。

その裏には、高圧的な姿勢でいつでも他の貴族に代わりがいるというエレナの言葉が大きく作用した。

そのような利害関係が絡み合い、エレナは望むことを成し遂げる。

３人の貴族は領地に戻るや否や、東部、南部の貴族と接触して世論を集めた。

今は水面下で静かだが、世論が集中すれば皇太子妃選出式の２次競合が終わる時期に合わせて爆発する計画だ。

エミリオは秘密裏に投資金を受け取るために動いた。

「やっぱり、私を監視する人がいましたね」

アンがいない間に、エレナは紅茶を飲みながらヒュレルバードと話を交わした。

相次ぐパーティーの時、リアブリックの代わりに彼女の周辺をうろついていた令嬢に関する話だ。

「はい、いつも公女殿下の周りを彷徨っていました」

ヒュレルバードの話によると、あまりにも静かで平凡な令嬢だという。

その平凡さのおかげで、いつでも自然に溶け込むことができ、注目を浴びなかった。

もしヒュレルバードが注意深く観察しなかったら監視者を発見するのは難しかっただろう。

「誰なのか分かっただけでも十分です」

エレナは監視者の存在を認知できたことに満足する。

いざ気を使わなければならないのは、外出時に自分を尾行する者だ。

「卿、もしかして誰が私たちの後ろを尾行しているのかも分かりましたか？」

「はい」

ヒュレルバードの返事に、ティーカップを口元に運んでいたエレナの手が止まる。

「誰ですか？」

「ローレンツ卿です」

エレナの目つきが冷たくなる。

口元が歪んで冷笑が流れた。

「以前も今も、私の足を引っ張ろうとしているのですね」

「ローレンツ卿がですか？」

事情が感じられるエレナの独り言に、ヒュレルバードが慎重に問い返した。

「ええ、固い悪縁です」

「彼がお嬢様に何か間違いを犯したのでしょうか？」

「間違い・・・。故意だったらともかく、間違いではないでしょうね」

沈殿した彼女の瞳の向こうでローレンツ卿が腹部に剣を突き刺した瞬間が通り過ぎる。

冷たい金具の感触が浮かんで腹部がズキズキと痛んだ。

「卿がいなかったら、ローレンツが私の直属の騎士になっていたはずです。偽りの忠誠を誓って、いずれ私を裏切っていたでしょう」

「・・・」

「だから幸いだと思います。卿が私のそばにいてくれたので、これだけ持ち堪えて準備することができたのですから」

ヒュレルバードを眺めるエレナの顔に満面の暖かい笑みが広がった。

過去から抜け出し、今私を守るヒュレルバードを見ると、あの日の悲惨な記憶は埃のように散った。

「私は決して裏切りません」

「知っています」

エレナの笑みがさらに濃くなる。

「私がいる限り、誰も公女殿下に害を及ぼすことはできません」

「信じています」

ヒュレルバードの言葉が虚言ではないから、エレナは大公家の中で孤独な戦いを続けながらも、このように笑うことができたのだ。

彼がそばにいるという事実だけでも心強い。

「時間になりましたね。そろそろ出かけましょうか？」

「はい、公女殿下」

茶碗を下ろしたエレナが部屋を出る。

アンを連れて邸宅の前に待機していた最高級馬車に足を踏み入れたエレナが立ち止まった。

「ジョン」

「はい、お嬢様」

「サンゼリゼ通りを迂回してキュリー夫人の展示場に行きなさい」

「はい？わ、分かりました」

ジョンは怪しんだが、何も言わない。

首都中央に位置するサンゼリゼ通りを経由すると目的地をぐるりと回ることになる。

納得できない注文だったが、ジョンは指摘しなかった。

大公家の屋敷を出た馬車は、間もなくサンゼリゼ通りに入る。

シークレットサロンがオープンし、過去の活気を取り戻したサンゼリゼ通りは首都で最も多くの人が集まる有名通りに変貌していた。

（私が想像していた街の姿が少しずつ見えてきたわね）

エレナは車窓の外に広がるサンゼリゼ通りの全景から目を離せなかった。

元の歴史でランドールと同様に天才建築家として崇められていたディアスを抱き込んで建てた大型建築物のバシリカが、サンゼリゼ通りの左右にその威容を少しずつ表れ始めている。

劇場や集会場、密集商店街などが集まっているこの長方形の大規模商業建築物は柱とアーチを中心に作られ、美的外観も立派で、早くもサンゼリゼ通りを訪れる人々の注目を集めていた。