こんにちは、ピッコです。
今回は2話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
2話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 幼少期②
鍛冶屋に戻ると、「どこでサボっていたんだ」と頬を殴られた。
リフタンは何度も頭を抱え込ませながらも弁解しなかった。
いたずらに騒ぎ立てると、どんな災いを被るか分からないことだった。
あの騎士はそれほど馬鹿げているようには見えなかったが、とにかく気をつけて悪いことはない。
リプタンは鍛冶屋に悪口を言いながら草むしりをした。
ところが、どういうことか、蒸し暑い熱気にもかかわらず、体がますます冷たくなっていくのが感じられる。
彼はこわばった手を握ったり伸ばしたりしながらほんやりとした視界に力を入れた。
額の上に冷や汗がにじんで息が苦しくなる。
ふと、彼女の腕から毒を吸い込んだことを思い出した。
どうも口に残った毒液を全部吐き出せずに飲み込んだようだ。
彼は石ころでも登ったように息苦しくなる胸をガンガン叩きながらしばらく深呼吸をする。
すると、すぐにガラガラという叫び声が耳をつんざく。
「このろくでなしめ!やる気がなければ、すぐにここから出て行け!」
彼は鍛冶屋の赤や青の顔を疲れた目で見て、再び機械的に腕を動かした。
何の精神で仕事を終えたのか分からない。
やっと後片付けまで終え、いつの間にか日が暮れていた。
リプタンは炭黒がついた顔と手を洗うことも考えずに家に向かう。
小屋に入ると冷たい静寂が彼を迎えた。
彼は門柱に寄りかかったまま、板で作ったベッドと火種が消えた火鉢、少し傾いたテーブルと飲料水を受けておいた水筒にざっと目を通す。
誰かが訪れた形跡は見当たらなかった。
義父は仕事を終えるや否やすぐに飲みに行っただろうし、母親はまたあの丘で暮れていく太陽を眺めているだろう。
リプタンは藁を積んだベッドの上にひっくり返る。
ポケットの中の銀貨を持って治療術師を訪ねてみようかという考えがふと頭の中をよぎったが、手足がびくともしなかった。
医者を訪ねるどころか、火鉢に火をつける気力も残っていない。
彼は歯をぶるぶる震わせながら毛布を頭までかぶった。
このまま虚しく死ぬかも知れないという気がすると、孤独感が骨髄まで満たされていく。
何を馬鹿なことをしたのか。
あの女の子は使用人たちの手厚い世話の中で最高の治療を受けているに違いない。
一方、自分は治療どころか、家族の世話も期待できない立場だ。
誰が誰を心配したのかわからない。
彼は自分に向かって罵声を浴びせた。
しかし、自分の首筋にぶらさがっていた細い腕と涙でびしょぬれになったような顔が浮び上がると、歪んだ心が嘘のようにするするすると溶けた。
このまま死んだらどうだ。
どうせ一生雑事はかりしていて死に物狂いだった。
あんなに大事なお嬢さんを救って死ぬなんて、雑種にしてはかなり英雄的な終わりではないか。
たとえ誰も分かってくれないとしても。
リプタンはぎくしゃくする目をこすりながらぎゅっと目を閉じた。
そうするうちに、ある瞬間気を失ったようだ。
彼は顔の冷たさにさっと目を覚ます。
朦朧とした覗界に心配で曇った女の顔がちらりと入ってきた。
彼は夢を見ていると思った。
いつも苦しいように彼の目を避けていた母親が不安な目で自分を見ている。
彼女は彼の黒い顔をおしぼりで拭いながら何か呟いていた。
しかし、耳元にウィンウィンという耳鳴りがして、まともに間き取ることができない。
彼は熱い目を火の玉のように瞬きした。
体は氷のように冷たいが、頭は燃えているようだった。
リプタンは心の中で悪口を浴びせる。
<そー・・・。
「薬草をもらってきたわ。少しでも食べてみて」
やっと彼女の言うことが聞き取れた。
彼はなんとか頭を上げて、ぬるいものを数口飲み込んだ。
しかし軽い咳が出て、すべて吐き出してしまう。
母親がびっくりして布切れで口元を拭いてくれた。
その細心な手つきに彼は半ば魂が抜ける。
彼女が自分に触れたのがいつだったか覚えていなかった。
目が合う度に鉄の串に刺されたりしたように痛い表情をするのが見たくなく、彼も物心がついてからはいつも彼女を無視した。
「ちょっと待ってて。重湯を沸かしているから」
彼女は彼を元のベッドに寝かしつけ、素早く火鉢の前に歩いた。
焦っている姿を見ると気分が少しはよくなった。
私がどうなろうとも関係ないわけではないようだ。
彼はそんなことを考えながら、再び目を閉じる。
丸2日間を病んだ後、嘘のように寒気が消え体が軽くなった。
ベッドから起き上がって顔を洗うリフタンを見て、義父が一言を投げた。
「送り状を片付けることはないね」
そして、いつも持ち歩いている水筒のふたを開けて、安物のエールを飲み始める。
リプタンは間こえないふりをして、適当に顔から水気を取った後、水っぽいおかゆ一杯を食べてしまった。
食欲がわくことから見て義父の言うように死ぬことはないようだ。
自嘲混じりの笑みをこぼすと、義父の無愛想な声が間こえてきた。
「よくなったら、今日は鍛冶屋に出ろ。病気だと話しておいたが、そんなに元気のないやつをどこに使うのかと愚痴をこぼしていた」
義父が床をじっと見つめ、彼に向かって無気力な目つきを送る。
「血まみれの時も一度も患ったことのないやつが寝込むほどだから、仕事が手ごわいのだろう。よそ者扱いがひどいということも全部知っている。それでも粘り強く、くっついて技術を学ばなければならない。この形で生きたくなければそうしなければならないと」
リプタンは義父の目を避けて首をかしげた。
人生の重さに押さえつけられてあえぐ義父を見ていると、毒を飲んだわけでもないのに胸が苦しくなる。
彼は立ち上がって、裸の上半身にみすぼらしい服を着た。
「そうでなくても出かけようとしていた」
それから門に向かって歩く。
母親は彼が小屋の外に出るまで黙って火鉢をかき回した。
その姿を肩越しにちらちらしていたリプタンは、すぐに丘を駆け上がり始める。
2日間ベッドに横になっていたにもかかわらず、そのような元気が出るということに自らも驚いた。
彼は一気に2つの丘を越え、城門を通過する。
まっすぐ鍛冶屋に向かって走ると、早朝から慌ただしく四方八方を走り回る働き手たちの姿が見えた。
リプタンは不思議そうな顔をする。
気のせいか、いつもより忙しそうだった。
「やっと顔を出したな!」
鍛冶屋の中に入ると、派手に槌を打っていた鍛冶屋の一人がかっと叫んだ。
きらきらした目が.彼の体を上下に見渡し、不満の色を漂わせる。
「寝そべったというのに、何ともないじゃないか」
「・・・今朝やっと気がつきました」
鍛冶屋が大声で鼻を鳴らした。
「そんなにへろへろするやつをどこで使えと?」
リプタンは喉までこみ上げてくる口答えを飲み込む。
健康を回復したとはいえ、病床から起きた直後だ。
そうでなくても、ズキズキとした頭をむやみにつかまれたくはなかった。
鍛冶屋は恐ろしい目つきで彼を怒鳴ると、すぐに鍛冶屋の片隅に積もった袋を指す。
「昨日の夕方に王室の騎士団が訪れたせいで、仕事が山積みになった。すぐに追い出してしまいたいけど、やるべきことが山ほどあるから仕方なく今回だけ見逃してやる!」
かなり気前がいいですね。
リプタンは内心で皮肉を言いながらも黙々と仕事を始めた。
鍛冶屋の言うとおりにすべきことが山ほどあった。
鎧の修理と剣の補修から鉄槌、鎖、戦闘用斧、槍と盾まで手入れし、矢じりも数百個は作らなければならなかった。
それだけではない。
数百頭の馬が使う蹄鉄を作るために、ハンマーの音がしばらく絶えなかった。
とても忙しかったので、雑用ばかりさせていた鍛冶屋たちが彼にまで仕事をさせるほどに。
「入ってきて数ヶ月なのだから、馬蹄鉄くらいは作れるだろう?見本をあげるから使えそうなものを作ってみて」
まともに何一つ教えてくれたことがないのに、いきなり仕事から投げてくれることに内心では呆れたが、リプタンは文句なしに鉄を叩いた。
これまで、肩越しに鍛冶屋の技術をのぞき込み、作業の順番は頭の中でー通り熟知している。
彼は炭火で鉄を熱し、ハンマーで叩いて蹄鉄の形にした。
しかし、目で見るのと直接するのは雲泥の差だ。
なかなか形が出ず、しばらく迷った末、やっと蹄鉄を4組を作り出すことができた。
鍛冶屋が彼が作った物をあちこち見て大きさと厚さ、強度を確認し、完成品のかごにさっと投げる。
合格点という意味だ。
彼はすぐに次の作業に取り掛かった。
病床で起きたばかりの状態で汗をだらだら流しながら肩が凝るように槌を打っていたので死にそうだったが、彼はそぶりを見せずに持ち堪える。
勝手に休息を取っては、ただでさえ気を揉んでいる鍛冶屋が怒るだろう。
彼はしばらくハンマーを使っていたが、かごが蹄鉄でいっぱいになると、肩に乗せられて馬小屋に向かって足を運んだ。
早足で早く森を横切っていくと、ふと離れの建物が目に入った。
リプタンはしばらくの間ぐずぐずしていた。
そうするうちに衝動に勝てず、離れに向かって方向を流した。
重い鉄の塊をいっぱい持って、わざとぐるぐる回る自分が愚かのように感じられたが、彼女が無事な姿を目で確認したい欲求を振り払うことができなかった。
彼は少しずつ速度を落とし、注意深く庭を見回す。
彼女は花壇の前にしゃがんで、木の枝で地面をかき回していた。
元気そうな姿に安心したのもつかの間、淡い灰色の瞳をばちばちとしながら、しょんぼりと地面を見下ろしている姿に胸が重くなる。
もしかして、自分が犬を連れてくるのを待っているのではないだろうか。
大きな瞳がちらちらと周りを見回して、また地面に落ちる姿を繰り返すのを見守っていたリプタンは逃げるようにその前を速く通り過ぎてしまった。
(もう気にするのはやめよう)
彼は寂しそうな彼女の姿を頭から振り払い、馬小屋に向かって走り去った。
しかし、久しぶりにあれほど可愛がっていた子馬たちを見ても、憂鬱な気分は少しも良くならなかった。
リプタンは機械的に馬蹄鉄の交替を手伝い、再び鍛冶屋に戻って金づちを打つ。
そのように慌ただしく仕事をしたところ、日が暮れる頃になってようやく鍛冶屋たちが道具を整理した。
「お前も後片付けだけして帰れ」
鍛冶屋の1人がぶっきらぼうに叫んだ。
リプタンは彼らが皆外に出るまであちこちに積もった灰の粉とほこりを掃き出し、焼けた跡をごしごしこすって拭いた。
大まかに後片付けを終えて家に帰るために体を回すところ、何かが足に蹴られる。
視線を落とすと、つぶれた蹄鉄が床を転がっていた。
まともに研磨されていないので、捨てておいた不良品のようだ。
リフタンは蹄鉄をいじくり回してしばらく躊躇う。
せっかく掃除が終わった状態だった。
病床から起きるやいなやまともに休むこともできずに死ぬほど働いたので倒れる寸前だ。
余計なことはやめて家に帰ってため息でもついておくのが百倍は理にかなっている。
そう思いながらも、彼は火鉢の前に歩いて行き、再び炭に火をつけた。
ふいごを力いっぱい踏んで温度を高くした後、蹄鉄を熱してハンマーでカいっぱい叩いた。
肩と腕がずきずきする。
リプタンは眉をひそめながらも、曲がった蹄を伸ばして平らにし、エ具を持ってきて下手な手つきで王冠の形にした。
しかし、時間がかかってやっと完成した結果物は情けないほどみすぼらしい。
リプタンは滑らかではなく,しわくちゃの鉄の輪をじっと見つめ、服の中に詰め込んだ。
王冠って何の王冠だろうか。
余計なことをした。
彼は自分自身に嘲笑を浴びせながらすぐに城を出る。
いつもより時間を遅らせたせいで、四方は真っ暗だった。
彼は石につまずいて転ばないように注意しながら丘を下った。
小屋に着くと、かすかな食べ物のにおいが鼻をくすぐった。
リプタンは空腹を抱えて中に入る。
すると、明かりがゆらめく部屋の片隅に座っていた母親が、びっくりしてさっと顔を上げた。
その過度な反応にびっくりして立ち止まると、魂の抜けた顔で彼を眺めていた母親が慌てて体を起こした。
「ああ、今日は遅くなったね。食事を温めてあげるから、休んでいて」
彼女は乱れた髪を耳の後ろにかき回し、火鉢の前に歩く。
彼は不審そうな目で後ろ姿を見た。
彼女はいつもと違ってひどく騒ぎ立てた。
自分が遅れて心配したのだろうか。
リプタンは照れくさそうな顔をしてテーブルの前に座った。
「お父さんは?」
「あの人は・・・、まだ帰っていないわ」
彼女は鍋をかき混ぜながら沈んだ声でつぶやいた。
リプタンは眉をひそめる。
また、村の居酒屋で酒を飲んでいるようだ。
義父の唯一の楽しみは酒だけ。
不満そうな表情をしていたリプタンは小さくため息を吐く。
義父を理解できないわけでもなかった。
10年以上一緒に住んでいても、よそよそしい妻と血が一滴も混じっていない真っ黒な奴がいる家の隅に、何がいいと言って駆けつけるだろうか。
彼はおかゆ一杯をすくって飲み、おしぼりで顔をぬぐい、藁の上で疲れた体を横にした。
その様子を静かに眺めていた母親が尋ねた。
「体の調子はどう?」
「もう大丈夫」
母親は躊躇いながら彼の肩に毛布をかけた。
その用心深い手にわけもなく鼻息がずきずきするようになる。
リプタンはたまには病気も悪くないと思って目を閉じた。
翌日も相変わらず忙しい一日が始まった。
リフタンは蒸し鍋同然の鍛冶屋を夜明けから忙しく走り回る。
騎士たちが城を離れる前に武器の補修を完璧に終えなければならないため、鍛冶屋たちは精一杯神経を尖らせていた。
できるだけ彼らの機嫌を損ねないように苦労しながら手際よく雑用を処理しているが、ふと曲がりくねった真っ赤な髪の毛が視野に入ってきた。
薪を運んでいたリプタンはぼんやりと目を瞬かせた。
公爵家の令嬢がドアの後ろに隠れて、ひょっこりと首を突き出して鍛冶屋の中を偵察していたのだ。
「一体ここで何をしているんだ?」
彼は細目で彼女をにらみつけ、ドアの外をのぞき込んだ。
使用人を連れてきたようではなかった。
リプタンは顔を引き締めた。
鍛冶屋は離れからかなり離れたところにあった。
一人でここまで来たというのか。
彼は薪を炉のそばに投げ捨て、ドアの方に向かって歩く。
つい数日前にあんなことがあったのに一人で歩き回るようにしておくなんて。
みんな正気なのかな?
保護者が常にそばで見守ってくれなければならないのではないかということだ。
彼女にしっかりと注意しようとすると、鍛冶屋が彼の腕をひったくった。
「知らないふりをして。働き手たちが先に話しかけたらダメなのを知らないのか?」
「こんなところに子供がひとりでいると危ないじゃないか!」
「それはあの方に仕える使用人たちが責任を負うことだ」
鍛冶屋はぶっきらほうに返事をし、彼を激しく後ろに押しのける。
「私たちは自分たちのすべきことをすればいい!訳もなく前に出て迷惑なことをするな」
リプタンは怒った目で彼をにらみつけた。
しかし、他の鍛冶屋たちも皆同じ考えであるかのように、彼に向かっていらだたしい視線を送る。
みんな彼女の存在に気づいても知らんぷりをしていたようだった。
彼がじっと立っていると、鍛冶屋が威嚇的にこぶしを振って見せた。
「余計な関心はやめて、自分のことでもしろという言葉が聞こえないのか!」
リプタンはしぶしぶ振り向いた。
しかし、金槌を打ちながらも、しきりにドアに向かって覗線が回ることを防ぐことができなかった。
彼女は好奇心に満ちた大きな目で鍛冶屋の中を見回していた。
「何を探しているんだろう?」
鍛冶屋の中には子供には危険な物が多すぎた。
四方に武器が山のように積まれており、随所で火花が飛び散るうえに、煙のために空気も濁っている。
ひょっとして彼女が怪我をしないかとハラハラした心情で見守るが、大きな灰色の瞳とばったり出会った。
彼女はびっくりしたようにさっとドアの後ろに顔を隠す。
彼は扉の横に突き出たスカートの裾と曲がりくねった赤い髪を眺めながら、そら笑いをした。
今あれで隠れているの?
首を横に振り、彼女は再び首を伸ばして彼を見ている。
そうして目が合うと、またさっさとドアの後ろに隠れてしまい、再び顔を出してちらちら彼を眺めて・・・、リプタンは眉間にしわを寄せた。
ひょっとして自分を訪ねてきたのかな?
なぜ自分の犬を連れてこないのかと聞きに来たのかもしれない。
彼はぎゅっと首を回してしまった。
彼女にその犬を地中に埋めたという話をする自信がなかった。
彼はわざと忙しそうに金づちを打つ。
どれほとそうしていただろうか、再びドアに向かって視線を向けると、がらんとした入口が目に入った。
どうやら諦めて帰ってしまったようだ。
彼は唇をかんだ。
いくらなんでも一人で歩き回るように放っておくわけにはいかないのではないか。
リプタンは足りない材料を取りに行く空き袋を何枚か持って鍛冶屋の外に出た。
そして鍛冶屋の隣に止めておいた手押し車を引っ張ると、何か異質なものが覗界に入った。
彼はぼんやりと瞬きをした。
色とりどりの夏の花をつなぎ合わせて作った花冠が窓際に置かれていたのだ。
彼はそれを手に取り、注意深くあたりを見回す。
彼女が木の後ろに隠れて彼をじっと見ていた。
「・・・わざとここに置いたのかな?」
彼はそれを元の場所に戻してカートを引くふりをする。
すると、彼女は飛び上がって、目に見えてそわそわしながら足をばたばたと動かした。
リプタンは笑いをこらえる。
「ぐずぐずしないでさっさと行って来い!」
彼はすぐに車を引いて小道に沿って歩き始めた。
木の間をしばらく歩くと、彼女が離れに向かってちょこちょこ走っているのが見えた。
彼女が無事に建物の中に入ることを確認したリプタンは、すぐに倉庫に方向を変える。
車輪がガタガタ揺れるたびに、取っ手にかけて.おいた花冠が手首をくすぐった。
彼はちらっと花冠を見下ろす。
ゆらゆらと花びらの間に緑色の茎がもぞもぞと絡み合っていた。
自分のために作ったのだろうか。
あの子が小さな手でもぞもぞ花冠を作ったと思うと、しきりに笑いが込み上げてくる。
彼は小さく口笛を吹きながら力強く森へ向かった。
倉庫から石炭を持って鍛冶屋に戻ると、慌ただしく槌を打つ鍛冶屋たちの姿が見えた。
彼らのうちの1人が、早く助けずに何しているのかというように激しく睨んでくる。
リプタンはため息をついた。
すぐに家に帰って花冠が傷まないようによく保管しておこうと思ったが、まだ仕事が終わるには時間がかなり残っている。
リプタンは花冠を納屋の中に隠し、再び炉の前に歩いて行き草むしりを始めた。
ついに一日の日課を全て終えて家に帰る時間になった時は全身が汗でびしょ濡れになっていた。
彼は水筒に入れておいた水でざっと顔を洗い、倉庫から花冠を持って出てきた。
花は半日で少ししおれていた。
それを惜しい目で眺めて、できるだけ花びらが傷まないように注意深く握って鍛冶屋を抜け出す。
夕焼けで赤く染まっていく森を通り過ぎると、夏の花々が生い茂った庭園が目の前に広がった。
しかし、彼女の姿はどこにも見えない。
もしかしたら、一人でこっそり歩き回ったことでひどい目にあったのかもしれない。
リプタンは彼女が時々座っていた席をじっと見つめ、服の中に手を入れて王冠を取り出した。
これでも置いて行こうかと思ったが、やはり若々しく見えた。
くすんだ色の鉄の輪を指先で触っていたリプタンは、再びそれを懐に入れた。
村で小さな玉でもいくつか買って打ち込めば、少しは見てくれもいいかもしれない。
彼は未練を振り切るように素早く別棟を通って城門を出る。
いつもより忙しくて大変な一日を過ごしたのに、気持ちは飛んでいくようだった。
彼はそよそよと吹く風に花びら一枚でも落ちるのではないかと慎重に坂を下っていった。
小屋はしんと静まり返っていた。
今日も母は丘へ行ったらしい。
リプタンは煙一本も上がらない煙突を見て、苦々しいため息をついた。
いつも遠いところを眺める母親やそんな彼女を知らないふりをして無視する義父。
冷たくて不便な静寂が漂う家の中の空気を思うと胸が苦しくなってきた。
彼は慰めを求めるように花冠を見下ろす戸を開けて小屋の中に入る。
すると妙な悪臭が鼻をついた。
野生動物が隠れて、汚物でも置いていったのだろうか。
眉をひそめていたリプタンは、光が入るように窓を開ける。
そうして火を起こすために体を回すと、真っ黒な何かが空中にぶらりとぶら下がっているのが目に入った。
彼はぎょっと後ずさりをして、椅子に足が引っかかって尻もちをついてしまう。
あれほど大切に持ってきた花冠が手の下に敷かれ、むちゃくちゃに潰れたが認識できなかった。
彼は自分が見ていることを理解できず、呆然と目をパチパチさせる。
それが母親の顔だということを理解するにはいくらかの時間がかかった。
リプタンはゆっくりと後ずさりする。
彼女のあごの下にはすぐにでも切れそうに引き締まった口ープがしっかりと締まっているのが見えた。
長く伸びた首は青く痣ができたまま不自然に折れており、石膏のように血の気が引いた両足は、すり減ったスカートの裾の下に垂れ下がったまま微動だにしない。
やっと頭の中に血が巡り始めた。
彼は荒いすすり泣きをして小屋の外に走り出た。
心臓が恐怖で狂ったように鼓動する。
赤い色に染まっていく丘に向かってしばらく走っていくと、ちょうど畑から牛を引っ張って出てくる義父の姿が見えた。
彼は自分が見たことを説明する言葉を見つけられず、いきなり義父の腕を引っ張る。
突然の行動に驚いたように悪口を浴びせた義父が、彼の白い顔を見て何か尋常でないことを感じたのか、素直についてきた。
リプタンは息を切らしながら小屋に向かう。
しかし、いざドアの前に着くと、もう一歩も踏み出すことができなかった。
リプタンは青ざめた顔で体中がぶるぶる震えていた。
そんな彼をしかめっ面でにらんでいた義父が、「一体どういうことだ」と言って、彼を追い抜いて家の中に入る。
リプタンは3、4歩離れたところにぽつんと立ち、自分が幻を見たことを切に祈った。
義父がそら夢でも見たのかと、自分を打撲することを祈って・・・。
しかし、彼の期待は無残に踏みにじられた。
義父は青白い顔をして外に飛び出し、彼を家の中に引きずり込んだ。
そして、背後にしっかりと戸をかけ、ランプに火をつけ、激しく叫んだ。
「すぐに窓を閉めろ!」
リプタンは機械的に義父の指示に従う。
義父はランプを彼の手に握らせてはしごを持ってきた。
「よく照らしていろよ」
リプタンは恐怖におびえた顔で父親の顔を見上げ、天井にぶら下がった母親に視線を向ける。
これ以上の悪夢があるだろうか。
彼は義父が母親の死体を引き下ろす中ランプで明かりを照らしていた。
手がぶるぶる震え、歯がしびれてきた。
彼女の体が床にずっしりとドーンと落ちる音に背筋に鳥肌が立つ。
自分でも知らないうちに後ずさりすると、つかつか近づいてきた義父が彼の肩をしっかりとつかんだ。
「しっかりして、よく聞いて。向こうの娘がどうなったか覚えてるよね?」
彼はぼうっとした顔で義父を見上げた。
頭の中が空っぽのように何も考えられない。
義父は正気に戻そうとするかのように彼を前後に振った。
「鉱夫たちに強姦され、森の中で首をつった精米所の末娘さ!あの家の娘、自ら命を絶ったからといってまともに葬儀も行えなかった。旧教の神官のやつらは自殺を許さないんだよ」
自殺。
自ら命を絶った。
お葬式・・・。
父親が吐き出した言葉がやっと頭の中で意味を備える。
リプタンは、床に垂れ下がった母親の遺体を見て、さっと体を回して床に嘔吐した。
酸っばい匂いと酷い悪臭が鼻をつく。
ふうふうと息を吹きかけている彼を義父が立ち直らせた。
「神官が清めの儀式を行ってくれなければ、お前の母は一生この世をさまよううねりになってしまうぞ。あなたもあなたのお母さんが魔物になるのは見たくないよね?じゃあ、この件は絶対に口に出してはいけない。分かった?」
リプタンは唇をかみしめながらうなずいた。
義父が彼の腕を離し、ぺたぺたとベッドの前に歩いて行き、毛布で母親の体をぐるぐる巻きにする。
それから革の袋をもう一つ取り出して、そこに鎌とろうそくを入れて腰に回した。
まだ自分はしっかりしていないのに、どうしてあんなに落ち着いていられるのか、目で見ても信じられないほとだった。
リプタンは隅にうずくまって座り、一体何をどうしようとしているのか疑問に包まれた目で義父を眺める。
彼が冷や汗で湿った額をなで下ろすと、ぶるぶる簾える手で酒瓶を開けて一口飲んだ。
「暗くなったら森の中に連れて行って、熊やオオカミのような獣たちに死んだように偽装しておく。他の人たちの目につかないように静かに動かないと」
彼は酒瓶の栓をしようとして失敗し、床にこぼしてしまった。
血のように大切にする毒々しい蒸留酒がどくとくとあふれているにもかかわらず、義父は酒瓶を拾おうとは思わずにぽつんと立っていた。
彼らは地獄のような沈黙の中で太陽が完全に落ちて四方が真っ暗な闇の中に沈むのを待つ。
とうとう、夜が更けた。
彼らはそれぞれ1枚だけのコートを羽織つ。
義父が母親の死体を背負った。
しかし、数歩で足に力が抜けたように座り込んでしまった。
落ち着いて見えるのは外見だけのようだ。
いっこうに立ち上がれないのか、何度か身を起こそうと体を震わせていた義父が、すぐに遺体を床に下ろした。
そうして頭を抱えてしばらく黙って座って、無気力な目でリフタンの方を振り返る。
「森の中まであなたが背負って行かなければならない。できるか?」
リプタンは乾いた唾を飲み込み、義父から毛布にくるまっている母親の遺体を受け取り、背中におんぶした。
辛うじて体を起こすと、義父がロウソクに火をつけて先頭に立って歩き始めた。
彼はよろめきながらその後を追う。
毎日これよりさらに重い木炭の袋と鉄鉱石の入った袋を運んでいるにもかかわらず、背骨が砕けるのではないかと思うほど重く感じられた。
毛布からはみ出した髪の毛が首の後ろに気持ち悪くくっつき、柔らかい肉の塊の感触がはっきりと感じられる。
恐怖感なのか悲痛なのか分からない感情がこみ上げてきた。
「一体どうして・・・、何のためにこんなことをしたんだ」
彼は時折起こる荒い呼吸の間に抑えられたすすり泣きを吐き出した。
真っ黒な闇の中をどれだけ歩いただろうか、先を行っていた義父が周囲を見回しながら大きな木の下を指差す。
「これくらいでいい。ここに置いて」
リプタンはよろめきながら前に進み、背中に背負っていた死体を下ろした。
義父は毛布を取り払い、彼に頭を振った。
「あなたはあっちに行ってて」
それからぶるぶる震える手で、袋から鎌を取り出す。
リプタンは急いで木の後ろに身を隠した。
どこからか、丘の鳥の鳴き声が聞こえてきた。
風で木の葉がかさかさする音が、まるで誰かがすすり泣く音のように感じられた。
彼は頭を抱えた。
幸せからの絶望・・・。
ここからどうやって騎士になったのでしょうか?