こんにちは、ピッコです。
今回は6話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
6話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- ルース・セルベル
討伐隊の人員が減ったため、ワイバーン解体作業は予想より長くなった。
魔物の体から血を抜いて皮を剥くのに半日かかり、骨から肉を分離するのにまた丸一日を消費しなければならなかった。
それまで、魔法使いは文字通りリフタンのそばから一時も離れなかった。
他の所にふらりと行ってしまおうとすると、発情期に入ったセイレーンのようにびっしりとしたため、リプタンも完全に怯えてしまうほどだ。
魔法使いは、少しでも油断すると誰かが金貨を奪い取るかもしれないという心配で、全神経が尖ったようだった。
時がたつにつれて彼の目の下は真っ黒になり、そうでなくても青白い顔が目に見えて憔悴した。
お金を払わない方が良かったのではないかと思うほどだ。
魔法使いなら、依頼の種類によっては、これより高い大金もいくらでも稼げるはずなのに、どうしてあんなに金貨一枚で震えるのだろうか。
どうやら、かなり質の悪い奴らに引っかかって搾取されてきたようだった。
そして、どういうわけか、そんな奴らと違って、リフタンだけは自分を守ってくれると固く信じているようだ。
その厚かましい錯覚に内心あきれていたが、リプタンは依頼が終わるまでは彼を放っておくことに決めた。
実際、魔法使いの心配は誇張されたものだけではない。
リプタンも傭兵たちの尋常でない視線を何度か感じたていのだ。
(・・・つまらないやつだが、いないよりはましだろう)
襲撃を警戒するために数日間眠ることも、生理現象を処理することもできない状況。
しかし、そのような安易な考えがもたらした結果は凄惨たるものだった。
うんざりする依頼を終えて帰る馬車に乗っていたリプタンは、当然のように自分についてくる魔法使いの姿に歯を食いしばる。
「おい、いい加減にしろよ。いつまで私を追うつもりだ?」
「帰る道が一番危ないじゃないですか!森の中で待っていて、襲撃してくるんですって!」
稗経衰弱症にかかった老人のようにぶるぶる震える姿に、リプタンは喉までこみ上げてくる悪口を飲み込んだ。
全く根拠のない言葉でもなかった。
奇襲を行うには、キャンプ場よりは木々が生い茂った森の中がはるかに有利だった。
「よし、代わりに、森を抜け出るや否や降りろ」
「黄金の砂村までこの馬車に乗ってもいいと、すでに許可を得ています」
やむを得ず片方の席を譲ろうと避けていたリプタンは、こわばって体を固めた。
ゆっくりと首を回して彼を睨むと、魔法使いが胸を伸ばして意気揚々と宣言した。
「私ももう黒い角傭兵団の一員です。今あの方に間いてみましたが、魔法使いは
いくらでも歓迎だそうです」
リプタンは彼の指が示す方向に視線を移すと、サモンが馬の上に鞍を置いていた。
「あのろくでなしめが最後まで・・・」
歯を食いしばっていると、魔法使いが馬車の上に上がってきて、ごそごそと向かい側にしやがんで座った。
リプタンはすぐにお尻を蹴飛ばして、追い出したい欲をぐっとこらえる。
自分には、こいつが傭兵団に入るのを防ぐ権利がなかった。
客観的に見た時、魔法使いは貴重な人材であり、サモンが正しいと思って入団を受け入れたのも無理はない。
しかし、こいつが自分にくっつくことを許すつもりはなかった。
リプタンは腕を組み、高圧的にうなり声を上げた。
「入ってくるのはお前の勝手だが、私がお前の後始末をしてくれると期待したなら錯覚だ。邪魔になったらすぐに喉を開いてしまうと思って」
ルースは本気で怯えたように肩をすくめて、すぐに虚勢を張る。
「まったく!私がいつ後始末をしてくれと頼んだことがありますか?心配しないでください!自分の分は自分でやりますから。西大陸を隅々まで探してみても、私より優れた魔法使いは見つけにくいでしょう」
リプタンは苦笑いした。
「見事に依頼に失敗しておいて、そんなに大きなことを言うなんて呆れるな。睡眠魔法が効いていたら、これほど大きな被害が出ることはなかっただろう」
「そ、それは・・・、実際にやってみたら理論と少し違って・・・」
魔法使いが暗い表情をしてため息のように打ち明ける。
「私は数十年間、塔に閉じこもって勉強ばかりしていました。実戦経験を積み始めてからまだ半年も経っていません。それも回復魔法や治癒魔法をかけてあげることしかしたことがありません。魔物に睡眠魔法をかけてみたのは、以前に盤龍討伐に参加した時が初めてなので・・・。ワイバーンの抗魔力がここまで優れているとは知りませんでした。二度とこんなミスはないと思います」
リプタンは鼻で笑った。
数十年とは、せいぜい20歳前後に見えるやつが口を開けばホラ吹きだ。
「実力で直接証明して見せて。言葉で騒いでも何の役にも立たない」
魔法使いは反論することがないように口をつぐんでしまった。
リプタンは馬車の壁に背を向けて目を閉じる。
証明してみろと言ったが、自分はこいつとできるだけ絡まないつもりだった。
確かに魔法は便利だが、失敗の可能性が高い戦力などは最初から外したほうがいい。
計画が狂うほど厄介な状況はないのだから。
しかし、リフタンの決心とは関係なく、ルースという男は執拗に彼の後を追った。
彼が依頼を受けるたびに橋をかけ、宿に泊まる時にはすぐ死んでも彼の隣の部屋を占めた。
リプタンはこのろくでなしがいざというときに自分を護衛として使おうとしていることにすぐ気づく。
最も苛立たしいことは、傭兵団内でも「自分が魔法使いの世話をしている」という噂が広がったということだ。
おかげで、魔法使いは平坦に傭兵隊の中に溶け込むことができた。
反面、リプタンは駆け出しの裏手となる。
「後始末をしてあげるつもりはない」ときっばり言い切ったのが面目を失うほとだった。
一緒に依頼を受けることが多いため、やむを得ず、新人を指導する立場に置かれるようになったのである。
リプタンは不満そうな目で、スーツケースをかき回している魔法使いを睨みつけた。
今度だけは奴を避けようと後ろからこっそり依頼を受けたのに、奴は鬼のようにお金のにおいを嗅いで追いかけてきたのだ。
そして間違いなく自分の足を引っ張っている。
リプタンは行く道がまだしばらく残っているにもかかわらず、すでに疲れた顔で回復草を噛んでいる魔法使いに向かっていらいらして叫んだ。
「まだ目的地までは半分も残っている。誰かが見たら出発して1ヶ月はなると思うだろうね。この程度の山登りで死ぬような格好をしてどうする?」
「世界の人たちがみんなカリプスさんみたいだと思っているのですか?一週間の間、こんな強行軍をしておいて異常なんですよ!」
これまでかなり度胸のある魔法使いが怒鳴りつけた。
そして、平らな岩の上にごろごろと横たわってしまう。
リプタンは呆然として眉をひそめた。
「ハーピーの生息地は目と鼻の先だ。すぐに起きろ!」
「カリプスさんがいるのに、何が心配ですか。機会がある時、私が少しでもゆっくり休んでおいた方が、カリプスさんにも役に立つと思いますよ?私が途中で倒れたりしたら、おんぶして行かなければならないじゃないですか」
「おんぶして行くの?変なこと言わないで。すぐに絶壁に投げ捨て、気楽に旅立つ」
「それなら、私はもっと休まなければなりません。自分の体は自分で気をつけろと言ったのは、カリプスさんじゃないですか」
魔法使いは手を振りながら振り向いた。
リプタンはそのまま蹴って山の下に転げ落ちてしまうのではないかと真剣に悩んだ。
しかし、そのようにしては、このしつこいやつはリッチにでもなって、一生追いかけられそうだった。
結局、リプタンは歯ぎしりしながら一人で薪を集めて火を起こし始める。
魔法使いは大声でいびきをかいて寝ていて、彼が夕食の準備を終えてからやっと席から立ち上がった。
食べ物の匂いに惑わされ、野獣や魔物が押し寄せてくるのではないかと周囲を警戒していたリプタンは、魔法使いが自分の器を一つ一つ取り出すのを見て、頬をびくぴくと動かす。
まるで目の前でうなる虫のように行動一つ一つが気に障るように。
「これから目的地まで、あとどれくらい行けばいいんですか?」
「・・・お前がいなくなれば、これから10日で到着できるね」
「それでは、これから多めに見積もって半月ほどかかりそうですね」
ルースは瞬きもせずに返事をし、山に登る途中、狩っておいた鳥肉をもぐもぐとかじった。
申し訳ないとか、顔色をうかがうような素振りは見当たらない。
むしろ、さらにため息をついて、身の上の嘆きを並べたりもした。
「やっばり追いかけてくるのではなかったです・・・。カリプスさんについてくると、とても苦労するんですよ」
リプタンは泣きそうな顔で彼を睨んだ。
「じゃあ、ついてくるな!」
「私も二度とこの人間について行くものかと、どれほど歯ぎしりをしたか分かりません。ところが、カリプスさんを追いかけると、いつもこれが半端じゃないので・・・」
魔法使いが人差し指と親指を繋いでコインの形を作って見せた。
この程度になると、怒る意欲すら出ない。
リプタンは黙々と自分の食べ物を食べてしまい、岩に背を向けて座って目を閉じた。
頬がふくらむように食べ物をいっぱい口の中に押し込んでもぐもぐと噛んでいた魔法使いがその姿を見て目を細くする。
「今日もそうやって寝るんですか?」
「・・・」
「カリプスさんは・・・、人間ではあるのですか?」
これはまた何かの言いがかりなのかと、リプタンは閉じていた目を開けた。
魔法使いは口元をごしごし拭いて深刻な表情をする。
「率直に言ってもいいですか?私たちの間に秘密などありますか?もしかしてキメラとか、古代種族の末裔とかじゃないですか?」
「うわごとを言わないで寝ろ!」
「それじゃあいったい何なんですか!村を離れてから、私はあなたが横になるのを一度も見たことがないんですよ!」
魔法使いは、心からぞっとするように身震いした。
「あなたの体力と身体能力は、明らかに人間の範疇を超えています。たまに本当に鳥肌が立つんですよ!率直におっしゃってください。何かが混ざっているんですよね?ウェアウルフやトロールのような亜人種の魔物のハーフではないのですか?」
リプタンは忍耐の限界を感じながら、剣の柄に手を上げる。
するすると剣を半分ほど抜くと、ルースが慌てながら、ささっと手を出した。
「わ、私は少し混ざっているんです!」
突然の宣言にリプタンは立ち止まる。
「本当に若干です。一族の先祖の中に古代エルフがいるそうです。おかげで一般の魔法使いよりマナ親和力もはるかに高く、寿命も普通の人間より20年から30年ほと長い方です。その他の特性は残っているものがありません」
彼はふさふさした灰色の髪を指でとかして、耳の丸いところを見せてくれた。
「世代をかけて降りてくるエルフの血はほとんど希釈されて、今はただ不老長生する特性を持った人間に過ぎません」
リプタンは目を細め、彼の顔を一つ一つ見ていく。
目鼻立ちがかなり整っていて、青灰色の瞳が特異ではあったが、目につくほど秀麗なものではない。
本当にこんな間抜けな奴が古代に絶滅したというエルフの末裔というのか。
彼は不信感を込めて、ルースのだらしない身なりを上下に目を通した。
この魔法使いはむしろセイレンにもっと近かった。
青白く、うねうねして、うるさい言葉がないのがまさにその魔物と似ている。
心の中で辛らつな酷評を浴びせていることを知っているか知らないかにかかわらず、ルースが彼に向かって体を傾けると、それとなく追及してきた。
「カリプスさんも正直に言ってみてください。先租の中に魔物があったとしても、神殿に告発したりしません。何か隠された秘密があるんですよね?」
「・・・そんなものはない」
リプタンは曖昧な口調でつぶやいた。
私生児である自分が、家の来歴などどうして分かるだろうか。
彼の躊躇いに気づいたのか、ルースが執拗に食い下がった。
「嘘をつかないでください!純粋な人間がどうしてそんなにとてつもない力を持つことができるのでしょうか?」
リプタンは歯を食いしばる。
「いいから早く寝ろ!明日も弱音を吐いたら、本当に置いていくからな」
「話を変えないで答えてください!人の重大な秘密を聞いておいて、本人は口をつぐんでしまうのは卑怯じゃないですか!」
「勝手に騒いでおいて何を言ってるんだ!」
険悪にうなり声を上げるのもものともせず、ルースは目を奇妙に光らせ、沼地から出てくる泥人間のように彼に這ってきた。
「知りたいんです!気になって狂いそうです!その驚異的な身体能力の秘密は何ですか?一体構造がどうなっているんですかって!調査だけでもさせてください!」
リプタンは魔物が大量に飛びつくとき感じたことのない寒気を感じながら、ばっと席を立った。
そうして今度こそ異性の虫を取り除くつもりで、石を一つ拾い上げた。
その姿を見て危機感を感じたのか、ルースがさっさと退いて、かなり耳寄りな妥協案を提示してくる。
「10数分ほどでできます!魔力で体を調べることを許していただければ、あと3回はカリプスさんの依頼についていきません」
リプタンはこぶし大の石を握りしめてしばらく悩んだ。
そもそも自分がなぜこのような悩みをしなけれはならないのか分からなかったが、とにかく奴の提案はかなり気に入った。
このうるさい魔法使いから抜け出すことができるなら、お金を払えと言われても同意する意向があったのだ。
リプタンはため息をつくと、べたりと岩の上に座り込んだ。
「・・・分かった。ただし、変なことをしようとするとすぐに首を取ってしまうぞ」
「ただ、体の中に魔力を流そうとしているだけですから安心してください!」
魔法使いがすばやく彼の前に走ってきた。
リプタンは硬い首筋をこする。
自分がどうしてこんな境遇になったのだろうか。
他人が心を乱していようがなかろうが、魔法使いはこれまで寝かせておいた好奇心を解きほぐすことができるという考えで浮かれているのか、明るく笑って彼の腕をつかんだ。
リプタンは体の内側にぬるい気運が流れ込むのを感じながら眉間を狭める。
腕に沿って流れてきた魔力が体の隅々までに広がった。
その忌まわしい気持ちにそっと身震いするが、魔法使いが到底信じられないというようにぽんやりと瞬きしながら言った。
「・・・本当に平凡な人間ですね」
「ずっとそうだと言ったじゃないか」
リプタンは少し安堵感を感じながら彼の手を振り払う。
魔法使いは彼の生まれに秘密があると固く信じていたようなのか、少なからず失望した様子だった。
彼はとぼとぼと向かいに座り、弱々しく言った。
「私は何かすごい秘密があると思いました。しかし、ただ生まれつきの身体的技量が格別なだけだなんて・・・、ある意味では魔物の混血というよりもっと衝撃的ですね」
リプタンはすぐに目を閉じてしまう。
相手にするのも疲れた。
一日中山に登るより、こいつと言葉を混ぜるのがもっと体力を消耗する気分だった。
「もう黙って寝ろ。もう一度話しかけると本当に切ってしまうかもしれない」
「はい、分かりました」
リプタンは少し弱った炎の中に乾いた枝をいくつか投げつけ、静かに目を閉じる。
周りを警戒しなけれはならないだけに深く眠ることはできなかったが、目を閉じているだけでもある程度疲れが取れた。
しばらくして、四方に闇が舞い降りる。
彼は涼しい風の中で生きた動物たちの匂いがかすかに混ざっているのを感じ、ナイフの取っ手に手を置いた。
だが、心配していたのとは裏腹に、夜は静かに深まっていった。
リフタンは決まった時間だけうたた寝をし、夜明けが明けてくる前に目を覚ます。
空気が湿った湿気を含んでいることから、雨が降りそうだった。
「今日中に山を越えるのは大変だね」
雨水に濡れた服を着て山の中を歩き続けると、体温が下がって大変な目に遭うかもしれない。
彼は振り向いて魔法使いの白い頭を見下ろした。
自分一人だけなら何とかやり過ごすことができるが、あいつは違うだろう。
「雨が降る前にできるだけ移動して、雨宿りする洞窟でも探さないと」
リプタンは燃え残った長い木の枝を拾い上げ、端の部分に長い布をしっかりと巻いて火をつける。
そして、ルースの背中を容赦なく踏みつけた。
「ど、どうしたんですか?」
「もう出発の時間だ。さあ、これを持って追いかけてきて」
ぼんやりと瞬きをしていた魔法使いが不満そうな表情でたいまつを受け取る。
リプタンは彼が背後でぶつぶつ言うことを無視して、岩が不規則に積もった山道をつかつか登り始めた。
魔法使いは息を切らしながらもしつこく追いついてくる。
リプタンは何度か彼に目を向け、思ったよりよく耐えることを確認し、移動速度を高めた。
枯れた枝の間から空がだんだん明るくなっていた。
予想通り、薄い雨雲がぼんやりと立ち込めている。
「これから2、3時間ぐらいは大丈夫だね」
風の方向と雲の厚さを見計らっていたリプタンは、ひらりと岩の上に飛び上がった。
荒い息遣いをしながら彼の後をついてきたルースが、しばらく息を整えてから、石の上を這い上がってきた。
リプタンはさらに40分ほど彼を連れて行き、小さな水たまりを発見する。
「ここでひと休みしよう」
魔法使いは答える気力もないかのようにうなずいた。
リプタンは水筒を開けて残りの水を飲み干して、泉をすくってルースに渡した。
ルースは床に座り込んで水と塩を少し食べた後、やっと一息ついたように元気なく尋ねる。
「雨が降るでしょうか?」
「・・・もうすぐ」
リプタンはぶっきらぼうに言い返し、荷物の入った袋からジャーキーを取り出して噛んだ。
5分ほど休憩した後、彼らは再び歩き始める。
灰色の峰の向こうから暗雲が立ち込めていた。
風が尋常でないことを感じたリプタンは、素早く周辺を探索し、雨宿りする場所を探す。
魔法使いを催促して急な坂道を登ると、岩壁の間から小さな洞窟を一つ見つけることができた。
魔物や野生動物が隠れていないのか、内側を注意深く調べた後、雨水が当たらないように洞窟の前に石と木の板を当てる。
いつの間にかあれほど遅れていたルースが洞窟の中に入ってきて、ガタンとひっくり返った。
リプタンは舌打ちをする。
「こんな速度で行けば、遺跡地に到着する頃には、使える物は一つも残っていないだろう」
「それなら• • •、発見される前から、その遺跡地には何もなかったのです」
ルースは乱れた呼吸を選んでぶっきらぼうに答えた。
「こんなものすごいスピードでレメック山脈を登る人が何人いると思いますか?傭兵隊から情報を入手するやいなや、すぐに出発した彼らも、すでにはるかに追い越したはずです。だからその情けないような目つきをちょっとやめてください。世界のどの魔法使いも私ほど持ちこたえることはできないんですよ!」
「話す気力を歩くのに使っていたら、今頃は目的地に到着していただろう」
ルースは怒り、口を大きく開ける。
その瞬間、空からゴロゴロという音が鳴り響いた。
リプタンは首を回して、涼しい雨脚を見る。
やがて黒い峰が白い水霧に包まれた。
ルースは気が抜けたのか、洞窟の壁にもたれてつぶやいた。
「こうなることを知っていたら、他の傭兵たちについて紛争にでも参加すればよかったです・・・」
「今度はぜひそうしてほしい」
リプタンは無味乾燥につぶやき、片足を伸ばして座った。
雨水がたまっている木の枝が一瞬にして黒く染まる。
水玉が跳ねる音だけが響き渡るのをいくらだろうか、さなぎのように毛布を体に巻いて座っていたルースが突然口を開いた。
「カリプスさんはなんでこんなに大変な依頼を受けるのですか?遺跡地を調査してお金になるような遺物を探し出せばいいのですが、それだけ危険が伴うじゃないですか。魔物と出くわすかもしれないし、厄介な落とし穴にかかるかもしれないし。むしろ他の方々のように戦場に出る方がもっといいんじゃないですか?カリプスさんの実力なら、大きな功を立てることが出来ると思うんだけど・・・」
「戦争はお金にならない。盤龍を一匹捕まえた方が、はるかに儲かる」
「それでも戦争に参加したほうが出世する可能性は高いじゃないですか。うまくいけば貴族の目に入って騎士になることもできるし・・・」
「興味ない」
「・・・そのように生きていては四十歳も満たせず死にそうですね」
雨を眺めていたリプタンは鼻を鳴らした。
雨粒がますます太くなる。
ほとんどの魔物は雨を嫌っていた。
この程度なら少し警戒を緩めてもいいだろう。
リプタンはベルトを緩めておいて、少しでも体力を蓄えておくために目を閉じた。
しかし、魔法使いは彼を休ませる気はないようだ。
ルースが疑いのこもった声で尋ねる。
「今何歳ですか?」
「大変だとぶつぶつ言ってなかったか?雨が止んだら、すぐにまた出発する。この機会に寝ておいて」
鋭い声にルースは再び口をつぐんだ。
しかし、突然できた好奇心をどうすることもできないように、彼が再び問い詰めた。
「20代半ばくらいですか?」
リプタンはため息をつく。
こいつは一度気になることができれば、その気になることを解くまでは絶対に自分を放っておかないだろう。
いっそのこと好奇心を満たしてあげたほうがいいはずだ。
「16歳だ」
「・・・」
これで少しは静かになるだろうと、リプタンは頭の上にフードを深くかぶり体を斜めに寝かせた。
その瞬間、ぎゃっ、という悲鳴が響く。
「冗談ですよね!?」
魔法使いが狭い洞窟の中で飛び上がり、天井に見事に頭をぶつけた。
頭を抱えて涙を流しながらも、ルースは到底信じられないというように彼を上下にくまなく探した。
リプタンは顔をしかめた。
自分に少年らしいところなんて、ちっともないことぐらいは自覚していたが、あんな反応を見せるほどかと思うと、無性に不愉快になる。
リプタンは猛烈にうなり声を上げた。
「私の年に何か問題でもあるのか?」
「冗談はやめてください!なんてこった、16歳だって!?」
魔法使いが叫んだ。
「その体格に、その顔をして16歳というのは、とんでもないことですよ?瞬きもせずに来て、今度の上に飛び上がるのではないか、盤龍の口に突進して首を剌してしまうのではないか、あらゆる狂ったことは全部やりながらやっと生まれて16年しか経っていないとは!いったいどんな人生を生きていけば、このありさまになるのですか!」
「・・・どういう意味だ?」
リフタンの声に込められたうら寂しい気を感じたのか、大騒ぎをしていた魔法使いがちらちらしながら口元にぎこちない笑みを浮かべた。
しかし、言いたいことは必ず言わないと気が済まない奴だけに、彼の顔色をうかがいながらも屈しない口をぺらぺらと鳴らした。
「まるであらゆる経験をした百戦錬磨のベテランみたいじゃないですか。こんなに歳の波に疲れた16歳がどこにありますか?その莫大な力はまたどうしてですか!」
「じゃあどうしろと言うんだ!」
我慢できずにかっと怒ると、魔法使いが口をつぐんだ。
彼の顔には複雑で微妙な気配が漂っている。
「それでは、傭兵団には何歳に入ったのですか?何歳の時から剣を取ってきて、もうそんな境地に・・・」
16歳には見えないリフタン。
あらゆることを経験してきたせいなのか、雰囲気が完全にベテランですよね。