こんにちは、ピッコです。
今回は90話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
90話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 新しい魔法使い②
マックは医務室の窓の外に夕焼けに赤く染まっていく広い練兵場と黒い陰に包まれた城壁を眺めた。
日が暮れる直前まで厳しい訓練を受ける騎士たちの顔には、以前とは違う悲壮さが漂っていて、赤く染まった空には黒い鳥の群れが悲しい泣き声を出して飛んでいる。
マックはひょっとしてあの鳥たちの中に伝書鳩が混ざっているのではないかと気になって空を見上げた。
遠征隊が去った後、鳩は一度も良い知らせを持ってきたことがない。
それとも、今度こそ状況が好転しているという朗報を伝えてくれるだろうか。
鳥の羽ばたきを見ただけで彼女の中で期待と不安が衝突を起こした。
「奥様、もうグレートホールヘお帰りになってください。夕方までここにいたことを領主様が知ったら喜ばないでしょう」
メドリックは鍋いっぱいに煮た軟膏を小さなつぼに移し替えて言った。
彼女の隣に座る腕に軟膏を塗っていた2人の若い騎士が素早く席から立ち上がる。
「私たちがホールまで一緒に行きます」
「そ、そうしなくても大丈夫ですよ」
「いくら出入り者の身元を几帳面に確認しても、泥棒や強盗が隠れてくる場合があります。部屋まで安全に奥様を護衛してあげないと、私たちが安心できないからです」
彼女は彼らの熱心な態度に微笑んだ。
騎士たちはもはや、彼女がいつかは去る客であるかのようによそよそしく扱わなかった。
積極的に好意を示したりもしている。
そして、そのような態度に触れると、マックはリプタンと騎士をしっかりと結びつける信頼の網の中に自分も含まれているように感じた。
マックは恥ずかしそうに彼らの配慮を受け入れる。
「それでは・・・お、お願いします」
彼らは明るい笑顔で彼女の腕から重い本を受け取った。
マックは部屋を出る前にメドリックにあまり遅くまで働かないように頼むのを忘れなかった。
膝の弱い老魔術師は、毎日急な階段を上り下りするのが大変で、医務室の隣に設けられた小さな寝室を使っている。
先日は、彼の部屋に丈夫な収納棚とゆったりとした大きさの本棚を用意したりもした。
マックは新しい家族がカリプス城に慣れるように格別に気を使うつもりだ。
グレートホールに到着するやいなや、メイドを呼んで彼に栄養価の高い食事を持ってきて、早く寝床に入るように気を遣ってほしいと頼む。
メドリックは勤勉で意欲的だったが、口先だけでは健康とは言えない状態だった。
一生懸命働きすぎて倒れるのではないかと心配するほどに。
「あの魔法使いは自分の仕事をちゃんとしてくれているの?」
遅い時間に部屋に戻ったリプタンが鎧を脱ぎながら尋ねる。
彼の上着をもらって、ハンガーの上に干していたマックは、目を丸くした。
「ええ、もちろんです。あまりにも熱心に働いて・・・し、心配なんですもの」
「それではなぜ君がそこで過ごす時間が前より長くなったんだ?ロドリゴに聞いたら昼から夕方まで医務室にいたそうだが・・・」
「メドリックに・・・や、薬草と魔法についてあれこれ学んでいます。仕事はほとんどか、彼がします。メドリックは薬草や治療術については知らないことが・・・ないんですよ」
リプタンは彼女の言葉に物思いにふけった。
「健康はどう?旅行ができるくらいかな?」
「え、旅行ですか?」
マックは困惑した表情を浮かべる。
もしかして、彼を再び伯爵領に戻すつもりなのか。
意欲的に働いていた老人の姿が浮かび上がると気が重くなった。
彼から聞いたところによると、ロベルン伯爵はあまりいい主人ではない。
アナトールに送られたのも、年を取って気力が尽きて突き放したも同然だった。
彼女は固い顔で首を横に振る。
「メドリックは・・・足の調子が悪いです。階段も上り下りが大変そうな・・・程度ですもの。若くはないですが・・・知っていることがとても多いです。か、彼を行かせてはいけません」
「落ち着いて。あの魔法使いを出すつもりはないから。ただ一度聞いてみただけだ」
リプタンはため息をつきながら片手を振った。
マックは彼の暗い顔色を怪謗な目で見る。
彼は何かに頭を悩ませているように見えた。
「何か・・・心配でもあるんですか?」
「君が気にすることではない」
きっばりと言う言葉にマックはこれ以上問い詰めず、口をつぐんだ。
彼がそのように線を引く時は絶対にその線を越えることができないということをよく知っていたのだ。
マックは少しは心を痛め、少しは腹が立ったまま首をかしげる。
おしぼりで汗に濡れてテカッとした上半身を拭いていたリプタンが彼女の顔を見て片方の眉をつり上げた。
「うちのお嬢さんはどうしてまた拗ねているんだ?」
「す・・・拗ねていません」
「唇が突き出ているぞ?」
彼は意地悪な笑みを浮かべ、彼女の頬を両手で包み、いたずらっぽく唇をこすり合わせた。
マックは赤くなった顔で彼を睨みつける。
リプタンは耳たぶから首の下までキスをまき散らし、彼女の胸を包み込み、優しく愛撫した。
その甘美な手に不快だった心がお手上げ状態でとろけてしまう。
彼がこんなに簡単に自分の気持ちを変えられるというのが少し怖かった。
「ふ、服を着てください。風邪を・・・ひきますよ」
彼の顔を片手で押しながらつぶやくと、リプタンは目をしかめた。
「私が服を着るんじゃなくて、君が脱がないと」
リプタンの長い指がドレスのひもを巧みにほどく。
リプタンは彼女の滑らかな太ももを撫でながらつぶやいた。
「今日、いいことは一つもなかった。一日の最後くらいは楽しく過ごさせてくれ」
彼の瞳に濃い影がさす。
今日、悪い知らせでも聞いたのだろうか。
胸が苦しくなる。
彼の心を隅々まで知りたかったが、すべてを話してくれないからといって責めることもできなかった。
自分だけでも本音を全部打ち明けられないでいるのではないか。
「無駄な考えはしないで集中して」
リプタンの不満な声が糸のようにもつれた意識の中に入り込んできた。
彼は野生動物を思わせる機敏な目つきでじっと見下ろし、唇を下げる。
じめじめして熱い呼吸が入り混じって、すべての考えは砂のように散らばってしまった。
マックは大理石の彫刻のような厚い肩を握りしめながら、熱いため息をつく。
彼が何を心配していたかを彼女が知ったのは、それから1週間後の午後だった。
太陽の光がひときわ熱い昼間に、3人の伝令がカリプス城を訪れる。
医務室の中で薬草を配合していたマックは、外から聞こえてくるざわめきに練兵場から出てきた。
王室の紋様が刻まれた旗を持った伝令が巨大な馬の上に座って大声で叫んでいた。
「アナトールの領主、リプタン・カリプス卿にルーベン陛下の伝言を伝えに来た!」
マックは心臓がドキっとするのを感じた。
こんな時期に伝言なんて、よくないことに違いない。
彼女が途方に暮れている間に、リプタンの代わりに騎士たちの訓練を監督してくれたオバロン卿が伝令たちを迎えた。
「領主は城の外に出た。このドミニク・オバロンに代理で伝言を受けさせろ!」
目を細くして、オバロン卿の顔を注意深く見ていた伝令が、胸から巻物を取り出した。
「リバドンでの戦闘で大敗し、連合騎士団は散々に瓦解した」
騒々しい練兵場に一瞬、冷ややかな静寂が舞い降りる。
顔をこわばらせていたオバロン卿が深刻な声で尋ねた。
「全滅したということか?」
伝令が首を横に振る。
「半分はばらばらに散らばって魔物たちと対峙中であり、残りの半分はルイベル城に孤立した。トロール部隊が城壁を取り囲んでいるため、正確な内部状況は分からないが、一日も早く救出しないと全滅するだろう」
「アナトールから送られた騎士の行方は?」
「レムドラゴンの騎士たちは最前線に配置されたので、おそらくルイベル城に孤立しているでしょう」
マックはよろめきながら後ずさりした。
ついてきたメドリックが肩を支えてくれなかったら、そのまま座り込んでいたかもしれない。
目の前にルースの顔とエリオット・カロン卿、ロンバルド卿、ウスリン・リカイド卿、そして自分に親密に接してくれた騎士たちの姿が素早く通り過ぎる。
彼女がそうだと思うが、他の騎士たちの気持ちはどうだっただろうか。
練兵場に集まった騎士たちの顔が冷ややかに固まった。
伝令は厳粛な顔で伝言を続けた。
「七国平和条約に基づき、各国に追加の支援要請が来ました。ウェデンの第1騎士リフタン・カリプスは王命を奉じて、騎士たちを率い至急リバドンに向かうことを願う!」
「今すぐ、領主様をお連れしろ!」
オバロン卿が騎士たちに向かって叫び、伝令を威厳に満ちた目で見上げた。
「もっと詳しい状況を知りたい。城にお入りください」
伝令とその護衛兵が素直に馬から降りてきた。
彼らが騎士の宿舎に設けられた会議室に入ってしまうと、マックは道に迷った子供のように右往左往する。
何が起こったのか詳しく知りたかったが、自分が割り込む場ではないということがあまりにも明白だ。
マックは医務室をうろついてから部屋に戻るのはどうかというメドリックの勧めに耐えられず部屋に戻った。
いよいよ恐れていた事態になりました。
ルースたちが孤立状態になった今、リフタンは王命で出征することになるでしょう。
マックはどうするのでしょうか?