こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
148話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 獅子の目覚め
翌朝、シアナは重いまぶたをゆっくりと押し上げた。
(朝……?)
昨日、無我夢中で全力を尽くした代償か、全身が鉛のように重い。できることならこのまま温かな布団に埋もれて二度寝をむさぼりたかったが、懸命に思考を覚醒させた。優雅にまどろんでいる猶予など、今の状況にはない。
(やることが山ほどあるわ。皇宮の動向を把握して、味方の貴族たちを急ぎ集めて対策を練らなければ……)
ようやく開いた瞳に映った光景に、シアナは小さく息を呑んだ。
隣で深々と眠っているはずのラシードが、すでにベッドの傍らに佇み、見下ろしていたのだ。
いつの間に起きたのだろうか。彼はすでに寝間着を脱ぎ捨て、寸分の狂いもなく整えられたシャツを身に纏っていた。乱れていた髪も綺麗に整えられ、その紫色の瞳は磨き抜かれた最高級の宝石のように妖しい輝きを放っている。
数日間にわたる過酷な拘束の影や、昨夜漂わせていたあの壊れそうな危うさは、綺麗さっぱり消え失せていた。そこに立つのは、圧倒的な威圧感と、肌を刺すほどの強大な生命力を纏った「皇太子」その人であった。
シアナはそっと視線を落とし、掠れた声で呟いた。
「……どうしてそんなに早くお起きになられたのですか? もう少しお休みになられてもよろしかったのに」
その眼差しに滲む溢れんばかりの情愛と心配を感じ取り、ラシードの口元が自然と綻んだ。自分が無理をしているのではないかと、心底案じているのだ。
だがシアナの心配をよそに、ラシードの体調は完治していた。『神秘の花』が持つ超絶的な治癒効能と、彼自身の常人離れした生命力が噛み合わさった結果であった。
本当なら、昨夜のようにシアナへ甘えてみたい衝動も残ってはいた。彼女の手で慈しまれる時間が、あまりにも幸福だったからだ。だが、そこまで分別のない子供になりきるわけにはいかない。
ラシードは静かに身をかがめると、ベッドに横たわるシアナの髪を愛おしそうに撫でた。
「身体はもう完全に元通りだ。だから心配せず、君はもう少し眠っていなさい」
「……本当、ですか?」
「ああ。本当だ」
そのたった一言に、シアナの胸の奥から深い安堵が込み上げた。ラシードがいなかった間、自分がどれほど張り詰めた緊張の糸の上にいたのかを、今さらながら痛感する。
張り詰めていた糸がふっと解けると、抗いようのない強烈な眠気が波のように押し寄せてきた。
「……では、お言葉に甘えて、もう少しだけ……」
シアナが小さく微笑みながら再び瞳を閉じると、足元に寄せられていた掛け布がふわりと肩まで掛け直された。ラシードは愛しい人の穏やかな寝顔をしばし見つめたあと、気配を殺して静かに部屋を後にした。
***
扉の外に出たラシードを迎えたのは、腕を組み、冷ややかな視線を突きつけるアリスだった。一晩中寝ずに見張っていたのか、その表情は極めて険しい。
「……正直に言いなさい。あの線、越えたの? 越えてないの?」
ラシードは妹の小さな頭にポンと手を置き、薄く笑った。
「心配いらない。シアナはきっちりと約束を守ったよ」
その答えに、アリスの肩がぴくりと跳ねた。
「……じゃあ、お兄様は……?」
語尾がわずかに震える。ラシードが沈黙を守ると、アリスは顔を真っ赤にして怒号を上げた。
「なんで黙るのよ!!」
「幼い妹のために優しい嘘をつくべきか、それとも残酷な真実を教えるべきか、真剣に悩んでいるんだ」
「……っ!?」
意味を理解した瞬間、アリスは「うわああああん!」と金切り声を上げてラシードへ飛びかかろうとした。だがすかさず、控えていたニニとナナが両脇からその身体をがっちりと抱え込む。
「お落ち着いてください姫様! そのような野蛮な振る舞いは高貴な姫様にそぐいませんわ!」
「そうですとも! いずれ皇太子殿下には盛大な罠を仕掛け、優雅かつ凄惨に復讐を果たしましょう!」
「そんなのどうでもいい! 今すぐあの人の首をねじ切ってやるんだからー!!」
背後で繰り広げられる騒がしいやり取りを一顧だにせず、ラシードは悠然と廊下を歩いていった。
やがて、彼はある一室の前で足を止めた。扉を押し開けると、そこに佇む一人の青年と視線が交錯した。
鮮やかなオレンジ色の髪に、野性味を帯びた金色の瞳。――ミスティック商団のキルアンであった。
キルアンがこの隠れ家に到着したのは、つい先ほどのことだ。ビルヘルム侯爵から「皇帝が精神干渉の禁術に冒されている」という情報を得たシアナは、即座にキルアンへ緊急の密書を送っていたのだった。
――皇帝を縛る術を解くには、強い魔力を秘めた特殊な魔力石が必要になる。
大陸屈指の規模を誇るミスティック商団であれば保有していると考えたシアナの打診だったが、さすがのキルアンも困惑を禁じ得なかった。該当するような精神無効化の魔力石など、商団の蔵にも存在しなかったからだ。
しかし、キルアンは手ぶらで来たわけではなかった。代わりに持ち出したのが、空間そのものを跳躍させる伝説級の魔力石であった。その超常の力があったからこそ、シアナは法廷からラシードを連れて鮮やかに脱出できたのだ。
シアナからその経緯を聞いていたラシードは、キルアンに向けて静かに頭を下げた。
「……助かった」
「……っ!?」
あの「血の皇太子」と恐れられる男からの素直な感謝の言葉に、キルアンは猫のように目を丸くした。予想だにしなかった反応に動揺を隠せないまま、彼はプイッと顔を背け、耳ぐりを赤くして言い放った。
「べ、礼なんて結構ですよ! 別に無償で助けたわけじゃありませんからね!」
空間移動の魔力石は、商団の歴史においても「国が買える」と言われるほどの国宝級の品だ。それを独断で持ち出したキルアンが実家に戻った際、老いた母親と実の姉から危うく殴り殺されかけたのは言うまでもない。
「シアナ姫様のためなら命を投げ打っても惜しくはありませんが、殿下のためにそんな命がけの目に遭う義理はありません! ですので、魔力石の代金は正規の相場の数倍……いや、たっぷりふっかけて請求させていただきますからね!」
どこまでも図々しい物言いだったが、ラシードは不快感を示すどころか、当然だと言わんばかりに穏やかにつむじを曲げずにうなずいた。
「望むだけの対価を支払おう。……だが、もう一つ尋ねたい」
「何です?」
「魔法によって精神を操られた者を、正常に戻す手段はあるのか?」
問いの意味を察したキルアンの表情が引き締まる。ラシードの言う「操られた者」とは皇帝のことだ。一国の主が陰で魔法使いの傀儡にされているなど、恐ろしいどころの話ではない。
キルアンは眉間にしわを寄せ、重々しく口を開いた。
「シアナ姫にも申し上げましたが、魔法そのものを消滅させるような都合の良い魔力石はこの世に存在しません。少なくとも我が商団のデータベースにはありませんね」
大陸最大の商団にないということは、事実上、存在しないに等しかった。
「ですが、手段が皆無というわけではありません。最も確実なのは、術をかけた魔法使い本人を特定し、直接解除させることです」
「……その魔法使いを見つけ出すことは可能なのか?」
正体を伏せた魔法使いを探し出すなど、雲を掴むような話だ。だが、キルアンは不敵に微笑んだ。ミスティック商団は魔力石の流通網を通じて、闇の魔法使いとも太いパイプを持っている。情報網の精度は大陸一だった。
「精神干渉の禁術を使い、あそこまで大胆な狂気を振るう魔法使いなど、大陸を探してもそうはいません。候補はすでに絞られています。奴らは強欲で狡猾、そして異常なまでに好奇心が強い。魅惑的な『餌』を撒けば、必ず食いついてきますよ。……少々時間はかかるでしょうがね」
「どれくらいだ?」
「こちらから襲撃するのではなく引きずり出す手法ですから、明日にでも現れるかもしれないし、最悪の場合は何十年も潜伏し続けるかもしれません」
ラシードの眼光がすっと鋭くなった。
何年も待てるような状況ではない。彼にそこまでの忍耐を与える時間は、残されていなかった。
その殺気を感じ取ったキルアンは、ぱちりと目を見開いて言った。
「……まさか殿下、姫様からまだ何もお聞きになっていないのですか?」
「……何の話だ?」
「魔法使いを探し出さずとも、魔力石を使わずとも、皇帝陛下を正気に戻す方法が一つだけあるのですよ」
ラシードの眉が跳ね上がる。その表情の変化に密かな優越感を覚えつつ、キルアンは言葉を継いだ。
「“罪人の塔”です。皇宮にそびえるあの謎めいた塔には、あらゆる魔力を無効化する絶対的な結界が存在すると言われています。陛下をあの塔の中へ押し込めば、術は勝手に解除される……シアナ姫様はそうおっしゃっていました」
「……!」
ラシードは「そうか」と短く息を吐いた。理にかなった解であった。
キルアンは勝ち誇ったように唇を吊り上げた。
「やはり、姫様からは何もお聞きになっていなかったのですね」
シアナが黙っていた理由を、ラシードはすぐに理解した。満身創痍で生還した自分に、せめて一日だけでも一切の憂いを忘れ、心穏やかに休んでほしかったのだ。
だがシアナは、ただ彼を看病していただけではなかった。
「シアナ姫様は殿下を奪還した直後、すぐさま首都全域に極秘の噂を流されました」
――皇帝陛下は邪悪な魔法使いに操られている。
――それを解く唯一の手段が存在する。
――全ての魔力を無効化する『罪人の塔』へお入りになれば、陛下は正気を取り戻されるだろう、と。
その布石は見事に功を奏した。
アングルス公爵をはじめとする重臣や貴族たちが、挙って皇宮の前へと押し寄せたのだ。
『陛下! 我らの疑念を晴らすため、どうか罪人の塔へお入りください!』
激高した皇帝は貴族たちを「不敬罪」だと一蹴しようとしたが、その過剰な狼狽ぶりこそが、かえって「本当に操られているのではないか」という疑念を決定的なものにしてしまった。
「おかげで昨夜から皇宮は大混乱ですよ。皇帝は拒み続け、貴族たちは『潔白を証明しろ』と詰め寄る。夜を徹して不毛な対立が続いています。……もはや、逃亡した殿下のことなど追撃する余裕すらありません」
皇帝への忠誠と信頼は完全に崩壊しつつあった。従う者たちは次々と離れ、皇帝派の勢力は日ごとに衰退していく。
キルアンは腕を組み、軽く肩をすくめた。
「ですから殿下は、ここで優雅に茶でも飲んでいればいいのです。機が熟すのを待ち、最も有利なタイミングで動けばいい。世界で一番賢いシアナ姫様が、完璧な盤面を作り上げてくださったのですから」
ラシードの胸に、熱いものがこみ上げた。
あの土壇場の混乱の中でさえ、シアナは自分を守り、最も安全に復権できる道筋を完璧に舗装していたのだ。
(どこまで聡明で、愛おしい人なのだ……)
彼女の深い慈愛と策略に、このまま素直に従っていたいという思いは確かにあった。
だが――。
ラシードの呟きが、静かに落ちた。
「これ以上……シアナ一人に重荷を背負わせるわけにはいかない」
先ほどまで漂っていた病み上がりの気だるげな空気が、一瞬にして霧散した。
ゆるんでいた目元は鋭く研ぎ澄まされ、溢れ出す絶対者の覇気が部屋を満たす。
ラシードがすっと片手を挙げた、その瞬間。
影の中から音もなく、気配を完全に遮断していた極秘騎士団“ブラックシャドウ”の精鋭たちが姿を現した。
跪く騎士たちを見下ろし、ラシードは冷徹に命じた。
「首都に潜伏する全軍を動員しろ。――皇太子ラシード・レヴィジオン・ド・アルデンの名において」
ブラックシャドウの騎士たちは一切の言葉を発さず、ただ深く頭を垂れて主の命を拝領した。次の瞬間には、彼らの姿は黒い煙のように消え去っていた。
一部始終を見ていたキルアンが、呆れたようにため息をつく。
「……正気ですか、皇太子殿下? あなたは現在、皇帝暗殺未遂の濡れ衣を着せられた大罪人なんですよ? 裁きの場から脱走したことで罪はさらに重くなっている。そんなあなたの号令一つで、正規軍が動くはずがないでしょう」
実際、ラシードが罪人の塔に投獄されていた際、彼の配下である軍勢は一切の暴動を起こさなかった。
しかし、ラシードは静かに、けれど揺るぎない絶対の確信を込めて告げた。
「あの時は、俺が直接命令を下せる状況ではなかった。……ただそれだけのことだ。俺の配下は、主の命なしに軽挙妄動するような愚か者ではない」
そして、今は状況が違う。
己の足で立ち、己の声で命を下した以上――彼らは必ず集う。
そこにあるのは、死線を幾度も共にくぐり抜けてきた男たちにしか解り得ない、絶対的な忠誠と、絶対的な畏怖であった。彼らにとってラシード・レヴィジオン・ド・アルデンとは、世界の何よりも優先される唯一無二の主将なのだから。
キルアンは困惑を隠せない様子で問いかけた。
「……軍を集めて、一体どうするつもりです? まさかそのまま皇宮へ正面突破で攻め込むなんて、狂った真似を考えているわけではありませんよね?」
ラシードはその問いを否定しなかった。
ただ、獲物を前にした飢えた獅子のごとく、その紫の瞳を恐ろしいほど鋭く輝かせるのだった。
-
完全に復活したラシードとシアナへの深い慈愛
神秘の花の力と驚異的な生命力で完全復活したラシードは、自分不在の過酷な状況を乗り越えて張り詰めていたシアナを優しく労わり、安心して休息させた。
-
シアナが仕掛けた世論の誘導と皇帝追いつめの策略
シアナは都中に「皇帝は禁術で操られており『罪人の塔』に入れば解除される」という噂を流し、貴族たちを動かして皇帝を揺さぶり、皇宮内を大混乱に陥れる盤面を作り上げていた。
-
シアナの保護を飛び出し、自ら動くラシードの出陣
シアナにこれ以上重荷を背負わせまいと決意したラシードは、彼女の計画に甘んじることなく「ブラックシャドウ」と全軍の動員を命じ、力による正面突破をも辞さない構えを見せた。