もう泣いてもいいですか?

もう泣いてもいいですか?【41話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【もう泣いてもいいですか?】まとめ こんにちは、ピッコです。 「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介とな...

 




 

41話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 私のための本当の断り

重厚な木の質感を漂わせる巨大な扉が、入り口を守る二人のドアマンの手によって恭しく左右に開かれた。アイリーンに続いて一歩中へ足を踏み入れると、ほのかに重厚でありながら、どこまでも上品な甘い香りがイビの鼻腔をくすぐった。

見上げれば、息を呑むほど豪華なクリスタルのシャンデリアが天井で眩い光を放っている。華麗な紋様が施された壁や、そこに飾られた一級の美術品たち。皇宮の持つ洗練された優雅さとはまた異なる、眩いばかりのきらびやかさにイビが言葉を失っていると、ロビーの奥から仕立ての良いドレスを纏った上品な女性が、静かに歩み寄ってきた。

「マダム・クレベル!」

「いらっしゃいませ、アイリーンお嬢様」

親しげに挨拶を交わす二人を見て、イビはさらに目を丸くした。

(マダム・クレベルって、このお店のオーナーさんだよね? もしかして、アイリーンとお知り合いなの?)

イビが二人を交互に見比べながら戸惑っていると、アイリーンはその様子に気づいてくすっと悪戯っぽく笑った。

「マダム・クレベルはね、もともと南部の出身で、テレンス家の傍系にあたる方なの。幼い頃から衣装仕立ての才能がずば抜けていたから、お父様が彼女の将来を見込んで多額の出資をなさったのよ」

「はい。あの時の公爵閣下のご支援があったからこそ、今の私がございます。テレンス家には一生尽くしても足りないほどの恩義を感じておりますわ」

クレベルは慈愛に満ちた笑みを浮かべ、それから隣に立つ小さなイビへと視線を移した。

その瞬間、彼女の鋭い目元が、イビの質素な服の胸元に留められたブローチでぴたりと止まった。

「まあ……!」

それは、社交界の酸いも甘いも噛み分けたトップデザイナーが見せるには、あまりにも露骨な驚愕の表情だった。彼女は小さく口を開けたまま、信じられないと言わんばかりに目を丸くしている。

予想通りの最高の反応に、アイリーンは満足げに肩をすくめてみせた。

「ほらね。マダムなら一目で驚くと思ったわ」

一流の目利きであるクレベルだからこそ、そのブローチが持つ狂おしいほどの価値と名誉が理解できるはず――アイリーンの読みは完璧に当たっていた。クレベルはどう反応していいか分からず、ただ困惑と興奮の混ざった瞳でアイリーンを見つめ返した。

「お嬢様……恐れながら、こちらのお方は一体……?」

「私のルームメイトのイビよ! すっごく可愛いでしょ?」

アイリーンの誇らしげな紹介を受け、イビは少し頬を赤らめながらも、丁寧に頭を下げた。

「はじめまして。イビ・エルデンと申します」

「ようこそお越しくださいました、イビ・エルデン様。本日は、我が店にとって本当に大切なお客様をお迎えでき、この上ない光栄に存じます」

子ども相手とは到底思えない、腰の低い丁寧な最敬礼だった。

頭を下げながら、クレベルの胸内は確信に満ちていた。この少女は間違いなく、近いうちにこの店だけでなく、帝国全体を揺るがす最重要人物になるのだと。

その頃、店内にいた他の貴族の客たちの視線は、マダム・クレベルと二人の少女の元へ一斉に集まっていた。

ここは王都最大の衣装店。ただ規模が大きいだけではない。名だたる大貴族や大富豪、名声高き著名人たちが、クレベルの並外れた才能に魅了されて通い詰める最高峰の社交場だ。

それゆえに客の数は膨大で、クレベルがすべての客を自ら接客することなど肉体的に不可能だった。彼女は一年の大半をデザイン画の執筆や、奥の工房での作業に費やしている。彼女が自ら出向いて頭を下げる相手など、誰もが納得する最高位の権力者だけのはずだった。

しかし今、クレベルが直々に付き従っているのは、まだ十歳にも満たない幼い少女二人なのだ。

「あの銀髪の少女……」

「まぁ、なんて華やかな美しさかしら。あと数年もすれば、間違いなく帝国社交界の頂点に君臨する大輪の華になるわね」

「テレンス公爵家のアイリーン様でしょう。マダム・クレベルはテレンス家の援助で大成したのだから、特別扱いされるのも当然だわ」

「英才院を卒業された後の社交界デビューに向けて、王都のタウンハウスを大規模に改装されたという噂は本当だったのね。この夏休みを利用して、さっそくお買い物にいらしたんだわ。今のうちにご挨拶できる機会があればいいのだけれど……」

アイリーンを見つめながらひそひそと囁き合っていた夫人たちの視線が、自然とその隣に佇む小さな少女へと移動した。

「……でも、あのお隣にいらっしゃる小さな女の子は誰かしら?」

「さあ? 社交界の夜会や集まりでも、一度も見かけたことがない顔だわ」

「だけど、あのプライドの高いマダムがあそこまで恭しく接しているのだから、どこか隠された名門の令嬢か、あるいは極めて格式の高い家柄のお子様なのではなくて?」

「だとしても……見てごらんなさいな。あのお召し物、ずいぶんと質素でくたびれていませんこと?」

飛び交う憶測と好奇の視線。アイリーンの耳には、それらのヒソヒソ話がすべて筒抜けだった。

(服が少しくらい古くたって関係ないじゃない! イビはこんなに可愛いんだから!)

とはいえ、アイリーンの目から見ても、イビの服が幾度もの洗濯でくたびれているのは否定できない事実だった。

(だからこそ、私がここへ連れてきたんじゃないの!)

アイリーンはさっそく、ずらりとハンガーに掛けられた美しい衣装の数々を見渡した。

これらは今シーズン、クレベルとその優秀な弟子たちが総力を挙げてデザインした最新作だ。それぞれのデザインには三つの基本サイズが用意されており、客はここで試着してシルエットを確認した後、店側が新しい生地からその客の体型に合わせて仕立て直して邸に届ける、というシステムをとっている。

この「サンプルを手直しする」方法であれば、完全なフルオーダーメイドよりは少しだけ良心的な価格に抑えられていた。

(本当なら一からあつらえたいけれど、今すぐイビに着せる服が必要なんだから仕方ないわね!)

アイリーンは周囲を鋭く見渡すと、電光石火の速さで服を選び始めた。隣に控えていた店員たちは、アイリーンが指差す服を次々と両腕に抱えていく。

やがて、三人の店員が重さで少しよろめくほど大量の服の山が出来上がると、アイリーンはきっぱりと言い放った。

「これ全部、試着室へ運んで」

「さすがアイリーンお嬢様、お目が高い。どれもイビ様のみずみずしい魅力を引き立てる素晴らしいお洋服ばかりですわ」

「当然よ。私、イビと毎日一緒に過ごしているんだもの。このくらい一目見れば何が似合うか分かるわ。さあイビ、早く試着してサイズを確認しましょう!」

店員たちがさっそく最初の一着を手にイビの元へ歩み寄ると、イビは戸惑ったように顔を上げ、すくみ上がってしまった。

「どうしたの、イビ?」

「あの……アイリーン、どうして私にこんなにお洋服を……?」

「どうしてって、貴女がこれから着るお洋服だからに決まっているじゃない」

イビは困惑したように周囲の豪華な内装を見回すと、アイリーンの袖をそっと引き、耳元で慌てたように小声で囁いた。

「アイリーン、ここは……私にはあまりにも高すぎるお店だと思います」

その健気な躊躇いに、アイリーンは心底あきれたような、それでいて愛おしさが爆発しそうな顔をした。

「何言っているの? 貴女がお金を払うわけないでしょ?」

「でも、私が着るお洋服ですから」

「違うわよ。これは私が貴女に買ってあげるの。そのためにここへ連れてきたんだから!」

アイリーンがプレゼントすると宣言すると、イビはさらに驚いて緑色の瞳を大きく見開いた。

「だめです! そんな高価なもの、絶対に受け取れません!」

「どうして? こんなに似合うのに! 貴女が着たら絶対に世界一可愛いわよ!」

アイリーンの熱烈な主張に、後ろで見守っていたマダム・クレベルも深く同意するように何度も頷いた。

まだ幼く、全体的に細身のイビだったが、この数ヶ月間、アイリーンによって栄養満点の美味しいものをこれでもかと与えられ続けたおかげで、かつての痛々しさは消え、少しずつ健康的で愛らしい体つきへと変化していた。

実はルスカーもアルセルも、影で「イビを健康的に太らせよう計画」に全力を尽くしていたのだ。

もっとも、生まれてからずっと満足な食事を与えられてこなかったイビの身体は、そう簡単に肉が付くものではなかったが、それでも幸いなことに、両頬にはふっくらとした柔らかな肉が付き始めていた。血色も劇的に良くなり、指先で触れれば極上のマシュマロのような弾力が返ってくる。

髪も以前のようなパサつきはなくなり、今では太陽の光を浴びるたびに艶やかにきらめく、深い金色の輝きを取り戻しつつあった。アイリーンはそんなイビの日々の愛らしい変化をすべて計算に入れた上で、最高の衣装を選び抜いたのだ。

それなのに、受け取れないなんて。

「イビ、お金のことなら一ミリも心配しなくていいのよ。全部私が――」

「だから、ダメなんです」

普段ならアイリーンの押しにすぐ折れてしまうイビだったが、今回ばかりは一歩も引かなかった。

「アイリーンのその気持ちは、本当に、すっごく嬉しいです」

いつもと違うイビの真剣で真っ直ぐな声音に、アイリーンは言葉を挟むのをやめ、静かにその続きを促した。

「でも、私の身につけるものなのに、アイリーンに全部買ってもらうのは良くないと思うんです。アイリーンが私を大好きでいてくれて、大切に思ってくれることは、私も本当に幸せです。でも……こんな風にずっと甘えさせてもらっていたら、いつかそれが『当たり前』だって勘違いしてしまうかもしれない。もしそうなったら、いつかアイリーンがそうしてくれなくなった時に、私は寂しいって思ってしまうかもしれないから……」

少し言い淀みながらも、イビの言葉は驚くほど明確で、芯が通っていた。

その話しぶりを聞いて、アイリーンはすぐに察した。イビはこのことを、今日突然思いついたのではなく、ずっと前から心の中で大切に温めていたのだと。でなければ、これほど真摯な言葉が淀みなく出てくるはずがない。

(私が優しくするたびに、この子はそんな健気なことを心配してくれていたなんて……!)

アイリーンは思わず胸の奥がじわりと熱くなるのを感じた。

「イビ……貴女って子は、本当にもう……!」

アイリーンは感極まった声で呟いた。

「今までね、私が何かをあげたら、みんな当然みたいな顔をして受け取っていく子ばかりだったのよ」

南部でも王都でも、テレンス公爵令嬢であるアイリーンの周りに集まる子どもたちは、いつも彼女のご機嫌を取り、何かおこぼれを貰おうと必死な者ばかりだった。贈り物をすれば、口では着飾った感謝を述べるものの、内心では「公爵家なんだから当然だ」という態度が透けて見えた。中には「どうしてあの子の貰った物の方が良い物なの」と、あからさまに不満を漏らす不届き者さえいたのだ。

それ以来、アイリーンは他人に自分の大切なものを分け与えることを一切やめていた。

そんな彼女が、生まれて初めて「この子に全てをあげたい」と心から思えた唯一の光が、イビだった。

イビはアイリーンの豪華な持ち物を見るたびに目をきらきらと輝かせながらも、「わあ、触ってもいいですか?」と必ず事前に丁寧に尋ねてきた。羨ましそうに見つめることはあっても、その清らかな瞳には嫉妬や下卑た妬みの色は微塵もなかったのだ。

だからこそ、念願の夏休みが始まった今日、自分が普段使っているような最高級の服をイビに贈り、その時の弾けるような満面の笑みが見たいと願っていたのだが――見事に断られてしまった。

生まれて初めて他人に好意を拒絶されたというのに、アイリーンの胸には嫌な気分など微塵も湧かなかった。それどころか、愛おしさのあまり愛知の笑みがこぼれてしまう。

アイリーンは隣に立つイビの小さな身体をぎゅっと抱きしめ、自分の頬をすり寄せた。

「うん、分かったわ。そんな風に深く考えてくれていたなんて知らなかった。イビがそんな気持ちになるなんて思ってもみなかったけれど、貴女が嫌だと思うなら、もう無理強いはしないわ」

アイリーンの優しい返答に、イビの表情がぱあっとひまわりのように明るくなった。

「アイリーン、本当にありがとうございます……!」

受け取れないと拒絶したことで、大好きなアイリーンの心を傷つけてしまったのではないかと、内心ずっとハラハラしていたのだ。

「でもね、私が自分のお洋服を選ぶのには付き合ってくれるわよね? 似合うかどうか、イビの正直な意見を聞かせてほしいの」

「ええ! もちろんです!」

「買いたい物がたくさんあるから、一緒に厳選してくれる人がいると助かるわ」

「それなら私にお任せください!」

アイリーンの腕の中で、イビは小さな拳をぎゅっと握って元気いっぱいに答えた。

「じゃあ、まずは帽子から見ましょう。私に似合いそうなのはどれだと思う?」

アイリーンがそう促すと、イビは楽しそうに帽子売り場へと駆け寄り、一つひとつの商品を真剣な表情で見比べ始めた。

「うーん、アイリーンなら……」

イビが夢中で帽子を選んでいるその隙を見計らい、アイリーンは背後に控えていたクレベルの元へ歩み寄り、その耳元で素早く何かを囁いた。

それを聞いたクレベルは、すべてを察したように優しく微笑み、深く頷いた。

アイリーンが何食わぬ顔でイビの元へ戻る間、クレベルは店員たちに音もなく目配せで指示を出した。店員たちは先ほどアイリーンが選んだ大量の服に手際よく番号札を取り付けると、他のお客様の目を盗んで、目立たないように素早くその場から運び去っていった。

「アイリーン! 私、この帽子がすごく可愛いと思います! こちらはいかがですか?」

イビが掲げたのは、つばの広い上品な帽子だった。「アイリーンの大好きな花飾りも、こんなに綺麗に付いていますよ」

アイリーンはイビから帽子を受け取ると、鏡の前で頭に乗せてみた。驚くほど自分の顔立ちに馴染む、完璧なチョイスだった。何より、イビが自分の好みを完璧に把握してくれていることが嬉しくてたまらない。

アイリーンは胸を高鳴らせながら、イビが選んでくれたものと全く同じデザインで、二回りほど小さなサイズの帽子を棚から抜き取ると、イビの頭にそっとかぶせた。そして、二人並んで鏡の前に立つ。

「私たち、二人ともとってもよく似合っているわ。そう思わない?」

「はい! すごく素敵です!」

どうせ自分用として買うわけではないのだからと、イビは無邪気に笑って答えた。

「よし、これに決めたわ。マダム・クレベル、これをお願い」

「かしこまりました、お嬢様」

アイリーンは自分がかぶっていた帽子と、イビがかぶっていた帽子を合わせてクレベルへと手渡した。

「……?」

イビは不思議そうに首を傾げた。私の分は買わなくていいと約束したはずなのに、どうして帽子を二つともお会計に回してしまうのだろう。

怪訝そうなイビの視線を受け流しながら、アイリーンは何気ない口調でこう言った。

「さっきマダムから聞いたのだけれど、なんと今日は偶然にもお店の『特別セール』の日なんですって! 帽子を一つ買うと、それより小さなサイズの帽子が、もう一つ無料でサービスしてもらえるのよ。ねえ、クレベル?」

「左様でございます。本日は年に一度の、当店の特別なセール期間でございます」

アイリーンとクレベルが、一点の曇りもない完璧なビジネススマイルで当然のように言い切るものだから、純真なイビは「そうなんだ!」と納得して頷くしかなかった。

(そんな太っ腹な売り方があるんだなぁ。でも、それだとサイズが合わない帽子を貰うことになっちゃう気がするけれど……)

イビにはよく分からなかったが、王都の最高級店にはそういう貴族向けの不思議なシステムがあるのだろう、と自己解決した。

「わあ、あっちのアクセサリーも可愛いわ! イビ、こっちに来て!」

イビがまだ小さな首を傾げている間に、アイリーンはその手を引いてさっと次の売り場へと移動した。

その背後で、マダム・クレベルは懐から一本の仕立て糸を取り出すと、熟練の技で泳がせた。イビがアイリーンの洋服に夢中になっている隙を突き、他の客や本人にさえ一切気づかせることなく、その肩幅や腕の長さ、さらには身長や手首、腰回りまでの正確な数値を瞬時に採寸していく。それは、伝説のデザイナーである彼女にとって、瞬きをするよりも造作もないことだった。

クレベルは先ほどアイリーンが選んだ服の山を頭の中で思い浮かべた。

(あのお洋服たちはすべて、お嬢様が幼少期にお召しになっていた『お下がり』という名目で、後日テレンス公爵邸へ届けられることになるのね――ふふ、本当に可愛いお友達だこと)

「今日は本当に楽しかったわね。そうでしょう、イビ?」

「は、はい……!」

買い物を終え、アイリーンは山のように積み上げられた美しい衣装箱の山を見つめて満足げに微笑んでいた。その隣で、イビはすっかり目を白黒させて疲弊していた。

(今日だけで一体、何着のお洋服を見たんだろう……)

アイリーンが「参考までに」とイビの身体に当ててみた数だけでも、優に百着は超えていた。

それらのサンプル服は値段も手頃で、普段着として重宝するものばかりだったが、それよりもさらに高価で特別な「儀礼用のドレス」に関しては、マダム・クレベルが描いた最新のデザイン画や試作用のサンプルを見ながら、一から別注する仕組みになっていた。その相談の席で、イビはアイリーンのために素晴らしい感性を発揮し、率直な意見を次々と口にしたのだ。

「アイリーンの髪は月明かりみたいに綺麗な銀色だから、髪飾りは銀色か、引き締まる黒が絶対に似合います! それからリボンは……これ! この鮮やかな青色の方が、アイリーンの瞳の色を引き立ててくれます!」

「そのバッグは、今のアイリーンには少し大きすぎる気がします。こっちの小ぶりなデザインの方が、絶対に何倍も可愛いです!」

その様子を後ろで見ていたクレベルは、「なんて的確で素晴らしい審美眼かしら」と感心しきりの表情でイビを見つめていた。実際、イビの助言通りに小物を合わせると、アイリーンの美しさが何倍にも際立って見えたのだ。

(こんな風に、私に正直な意見を言ってくれる人なんて、今まで誰もいなかったわ)

周囲の人間は誰も彼もがテレンス家の権力を恐れ、アイリーンの顔色を伺っては、彼女が何を身につけても「大変お美しいです」と判で押したような賛辞しか口にしなかった。かつてアイリーンがわざと自分に全く似合わない色の服を選んで見せた時でさえ、周囲の令嬢たちは気に入ったふりをして「まあ、お似合いですわ!」と口を揃えたのだ。

けれど、イビだけは違った。

『えっ、それはアイリーンには似合いません!』

誰が見てもアイリーンの魅力を殺してしまうデザインのバッグを手に取った時、イビは慌てた様子でそれを止め、そっと棚に戻したのだ。

(うちのイビは、本当に嘘がなくて真っ直ぐね)

アイリーンは、かつて年の離れた優秀な姉が語ってくれた言葉を思い出していた。

『アイリーン。貴女にはね、はっきりと自分の考えを口にしてくれる友達を実家に作りなさい。そういう人こそが、テレンス家の看板としてではなく、アイリーンという一人の少女をそのまま見てくれる本当の友になるから』

その言葉を聞いた当時のアイリーンは、そんな都合のいい人間が本当にいるのだろうかと疑っていた。

時折、棘のある辛口な物言いをする令嬢はいた。

『それはお似合いになりませんわ』

『そんなことはおやめになった方がよろしいかと思います』

最初は、そういう人物こそが「率直な友人」なのだろうと思い、仲良くしようと試みたこともあった。

しかし、アイリーンはすぐにその欺瞞に気づいた。彼女たちはアイリーンのためを思って言っているのではなく、単にアイリーンの欠点を探して引きずり下ろすことに必死なだけだったのだ。

(あの子たちは、私の良いところを褒めてくれたことなんて一度もなかったわ)

それは率直なのではない。率直さを免罪符にした、ただの無礼だった。

でも、イビは根底から違った。

山のように積まれた品物の中から、アイリーンのために一つひとつ丁寧に時間をかけて選び、本当に一番似合うと思ったものだけを心からの言葉で勧めてくれる。そして、それをアイリーンが身につけて綺麗に微笑むと、まるで自分が素敵な服を着た時よりも嬉しそうに、ひまわりのような満面の笑みを浮かべるのだ。

(……テレンス家の令嬢としてではなく、アイリーン自身を見てくれる人)

「見つけたわ、私の本当のお友達」

アイリーンは愛おしさに口元を緩め、幸せそうに微笑んだ。

英才院の夏休みは全部で5週間。

「最初の2週間は私の家。そのあとアルセルの家に1週間、ルスカーの家に1週間泊まって、最後の1週間はまた私の家に戻ってくるのよ」

考えれば考えるほど、公平で無駄のない完璧なスケジュールだった。本音を言えば、ルスカーとアルセルには1週間どころか3日ずつ与えれば十分だと思っていたのだが、そんな冷酷なことをすれば、二学期が始まった後にあの二人から恨めしそうな視線や文句の嵐を浴びせられ続けるのは目に見えていた。

「だから慈悲深い私が、特別に1週間ずつ分けてあげたのよ。二人とも私に五体投地で感謝しなさいな」

まるで自分が時間を配給してやったかのように、アイリーンは得意げに胸を張った。そして後ろを振り返り、まだ慣れない買い物でふらふらしているイビの小さな腕を優しく掴んだ。

「疲れちゃった?」

「は、はい……少しだけ……」

「それじゃあ、今度はとびきり美味しいものでも食べに行きましょう!」

アイリーンはイビの手を引き、軽やかな足取りで一階へと降りていった。

ロビーの下では、先ほど手配された大量の衣装箱を確認し、テレンス家の馬車へと積み込むようテキパキと指示を出しているマダム・クレベルが待っていた。

「お戻りになりましたか、お嬢様。本日のお買い物はご満足いただけましたでしょうか?」

「ええ、もちろん大満足よ! でもマダム、これから秋の祝祭の舞踏会に向けて、本格的に忙しくなるでしょう?」

「ええ、恐らく。ですが有難いことに、今年の秋の舞踏会の御予約は、昨年の舞踏会が終了した直後から入り始めまして、年明けには既にすべての枠が締め切らせていただいておりますの。ですので、例年通り計画的に進めておりますわ」

「そうなの? じゃあ……追加であと一着くらいなら、急ぎで仕立てる余裕はあるかしら?」

アイリーンの含みのある問いかけに、クレベルはすべてを察して目を細め、妖艶に微笑んだ。

「ええ、あちらの可愛らしいお嬢様の小さなお召し物でしたら、何の問題もございませんわ」

「大好きよ、クレベル!」

「何をおっしゃいますか。昨年、お嬢様が当店のドレスをお召しになって舞踏会へ臨まれたおかげで、どれほど我が店の評判が跳ね上がったことか。今年の秋の祝祭は、新皇帝陛下の元で開かれる初めての公式な皇室行事ですから、例年以上に多くの重鎮たちの目に留まることでしょう。それに……」

クレベルは周囲に聞こえないよう、アイリーンにそっと耳打ちした。

「イビ様のご後見人が、あの皇帝陛下であると風の噂で伺いましたが……?」

「ええ、その通りよ。だから……私が何を求めているか、分かるでしょう?」

「もちろんでございます、ふふ。どうぞこのマダム・クレベルにお任せください。イビ様のお姿を拝見した瞬間から、彼女の魅力を極限まで引き出すデザインのインスピレーションが、次から次へと頭の中に溢れ出て止まらないのです。数日中にテレンス家へいくつかのデザイン画をお届けしますので、ぜひご覧になってください。あるいは、またいつでもお店の奥の工房へ直接いらしてくださっても大歓迎ですわ」

「本当!? それなら、近いうちにイビを連れてマダムの工房へ遊びに行くわね」

アイリーンは嬉しそうにイビを振り返った。

「イビはまだ王都の街をあまり見て回れていないでしょう? だから、この夏休みの間に私が色々な素敵な場所へ案内してあげたいの」

「そういうお心配りでしたら、なおさら大歓迎でございます。ご都合のよろしい日をあらかじめ教えてくださいませ。その日は工房を最上の状態に整えてお待ちしておりますわ」

「じゃあ、その日の帰りに近くのあの大人気レストランも予約して……」

「お嬢様、デザートでしたら、そこから少し足を伸ばしたあのお店が今一番の流行りでございますよ……」

そんな風に二人は、イビには聞こえないほどの小声で楽しげに密談を交わしながら、当の本人が知らないうちに、イビのための最高に贅沢な夏休みのスケジュールを次々と決定していくのだった。



要点は、以下の3点です。

  • マダム・クレベルの特大の歓待と周囲の注目

    テレンス家の援助で大成したオーナーのクレベルは、アイリーンだけでなく、イビの胸元に輝く『神の自然樹』のブローチを見て態度を一変させ、子ども相手とは思えない最敬礼で迎えます。店内の一流貴族たちは、クレベルが直々に接客する二人に羨望と好奇の視線を注ぎました。

  • イビの健気な拒絶とアイリーンの喜び

    アイリーンはイビのために大量の服を買い与えようとしますが、イビは「甘えすぎてアイリーンの優しさを当たり前だと思い、いつか寂しい思いをしたくないから」と、自分の服は自分で買うべきだと断ります。これまでの取り巻きとは違う、自分自身を見てくれるイビの真摯な内面に、アイリーンは「本当の友達」を見つけたと胸を熱くしました。

  • 二人の完璧な夏休みと「お下がり作戦」の始動

    イビの意思を尊重したアイリーンは、「セールのサービス」と偽って帽子を贈ったり、イビに内緒でクレベルに採寸させ、「昔のお下がり」の名目で後日ドレスを贈る完璧な計画を企てます。そして、アルセルやルスカーも交えた完璧な夏休みのスケジュールを胸に、イビをさらに楽しませるための計画をクレベルと嬉しそうに練るのでした。

 

【もう泣いてもいいですか?】まとめ こんにちは、ピッコです。 「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介とな...