こんにちは、ピッコです。
「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
35話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 切り捨てられたエメラルド
夕日がゆっくりと沈み始める頃、令嬢たちの集まりはようやくお開きとなった。
「今日は本当に楽しかったです、レディ・サンチェス!」
「またお会いしましょう!」
和やかに挨拶を交わす令嬢たちを見送り、最後まで席に残っていたセラフィナは、ようやく少しだけ緊張を解いた。
(早く帰って休もう……)
一日中、令嬢たちの冷たい視線にさらされ続けていた。座りっぱなしだったせいで全身がひどくこわばり、無理に笑顔を作り続けていた唇は、痙攣しそうなほど引きつっている。
そのとき――。
「まあ」
ぱっと開いた扇で口元を隠しながら、レディ・サンチェスが意味ありげに目を細めた。
「今日はグスト様がいらっしゃらないのですね?」
「……!」
不意を突かれたセラフィナは、思わず息をのんだ。
レディ・サンチェスは扇をゆるやかに揺らしながら、言葉を重ねる。
「いつもはグスト様が、レディ・ロペスをお迎えにいらっしゃるじゃありませんか。しかも、ご婚約者であるレディ・アンシよりも先に、レディ・ロペスのことを気にかけていらっしゃいましたよね?」
レディ・サンチェスの笑みが、さらに深まった。
「その姿を見るたびに、『レディ・ロペスは本当に愛されているのね』って思って、羨ましかったんです」
そう言うと、サンチェス夫人はどこか面白がるような目で、セラフィナを上から下まで値踏みするように眺めた。
セラフィナは顔がかっと熱くなるのを感じた。
パタン、と音を立てて扇を閉じたサンチェス夫人は、白々しく肩をすくめてみせる。
「それでは、お気をつけてお帰りください、ロペス夫人」
そうして令嬢たちは、それぞれ自分の家の馬車に乗って去っていった。
セラフィナも逃げるように馬車へ乗り込んだ。車内で一人腰を下ろした瞬間、張り詰めていた糸が切れ、小さく肩を震わせた。
「どうしてグレゴリーが私にこんなことをするの……!?」
ラリットの件で彼が神経をすり減らしているのは理解している。しかも、アンシ子爵夫人とアンシ子爵令嬢にまで裏切られたも同然なのだ。セラフィナ自身も、ラリットと関わるようになってから社交界で何かと苦労を重ねてきた。
それでも、グレゴリーの受けた衝撃は彼女以上に大きかったのだから、少しずつ彼が自分をおろそかにするようになったとしても、それは仕方のないことなのだろう――そう考えるしかなかった。
だが、込み上げる感情を抑えきれない。
「それでも……だからって、どうして私をこんなふうに冷たく扱えるの!?」
セラフィナの唇から、氷のように冷え切った声がこぼれ落ちた。
「グスト伯爵家のタウンハウスへ向かって!」
御者にそう告げ、到着したグスト伯爵家のタウンハウス。
突然訪ねてきたセラフィナを見て、使用人たちは戸惑いを隠せなかった。
「ロペス夫人?」
「本日はどのようなご用件で……」
セラフィナは、使用人たちの態度がどこか微妙に変わっていることに気づいた。普段なら、肝を冷やしたようにおどおどしていたはずなのに、今は表向きこそ礼儀正しいものの、明らかに自分との間に一線を引いている。
セラフィナは意識して口元に微笑みを浮かべた。
「グレグは?」
わざとグレゴリーの愛称で呼び、この屋敷の主人との親密さを誇示した。しかし使用人たちは、相変わらずどこかぎこちない様子を崩さない。
「ご主人様は、お出かけになられました」
「グレグが……出かけたのですか?」
今日は自分がピオニー社交会の集まりに出席することを知っているはずなのに。以前なら、当然のように迎えに来てくれたはずなのに……。
(私よりも、他の予定を優先したということ……?)
セラフィナの作り笑いに、わずかなひびが入った。
「本日は少しお帰りが遅くなるとのことです」
「それなら、中で待たせてもらうわ」
「えっ?」
返事を待つことなく、セラフィナは足早にタウンハウスの中へ入っていった。これまで自分の家のように出入りしてきたため、この屋敷の間取りは手のひらを見るようによく把握している。
「あの、ロペス夫人!」
慌てた様子の使用人がセラフィナを呼び止めた。しかし、彼女は気にも留めず、そのまま応接室へと入っていった。
ソファにゆったりと腰掛けた彼女は、小首をかしげながら使用人を見上げた。
「どうかしたの?」
セラフィナの笑みが少しだけ深まる。いつもの柔らかな微笑みのはずなのに、どこか冷たい威圧感を漂わせていた。
「まさか、私を追い出しようというのではないでしょうね?」
「……」
複雑な表情でセラフィナを見つめていた使用人は、やがて首を横に振り、一歩下がった。
「……そのようなことはございません」
まるで自分がこの屋敷の女主人であるかのように、セラフィナは尊大な口調で言った。
「温かいお茶が飲みたいのだけれど。用意してもらえるかしら?」
「はい、かしこまりました」
しばらくすると、テーブルの上には湯気の立つ紅茶が運ばれてきた。それは、いつもセラフィナが好んで飲んでいたブランドの紅茶だった。
「……」
それを見て、ようやくセラフィナの気持ちは少し落ち着いた。少なくともグレゴリーは、今もこのタウンハウスに自分のためのお茶菓子や紅茶を用意してくれている。その事実が、大きな慰めになった。
(それでも――)
温かな紅茶の香りを味わっていたセラフィナの目つきが、一転して鋭くなる。
(今回のことを、このまま終わらせるわけにはいかない)
グレゴリーまで失うことだけは、絶対にできなかった。
その日の夕方。
遅く帰宅したグレゴリーは、応接室にいる彼女を見て大きく目を見開いた。
「セラ、どうしてここにいるんだ?」
「ただ最近、あなたとゆっくり過ごす時間がなかった気がして」
セラフィナは、優しく目を細めて微笑んだ。
「久しぶりに顔を見に来たの。どう? 嬉しいでしょう?」
当然、歓迎して喜んでくれるグレゴリーを期待していた。だが、彼の反応はどこか冷ややかだった。
「どうしてそんなに大げさなんだ?」
「……え?」
予想外の反応に、セラフィナは呆然と目を瞬かせた。
「私たち、グスト伯爵家の茶会でも会ったじゃないか」
ソファにどさりと腰を下ろしたグレゴリーは、疲れ切った手つきで顔をこすった。
「せっかく会えたんだ。一つ聞いてもいいか」
「聞くって、何を?」
「セラ、お前はどう思う?」
しばらく言いよどんだグレゴリーは、ため息混じりに続けた。
「……ラリットのことなんだ」
(またラリットなの!?)
セラフィナの眉間に深いしわが刻まれた。
「ラリットがファホンへの破門を宣言したと聞いたけれど、思ったよりも尾を引いているみたいだね」
グレゴリーはちらりとセラフィナを見た。
「それでも……まさかラリットが私を見捨てるなんてことはないよな?」
「……それは……」
「少し道を踏み外しただけだ。いつかは私のところへ戻ってくるよな? そうだろう?」
矢継ぎ早に投げかけられる問いに、セラフィナは答えられなかった。――いや、答えることができなかった。ただ、氷のように冷え切った眼差しでグレゴリーを見つめるだけだった。
「セラ?」
グレゴリーは不思議そうな声で彼女を呼んだ。
「あ……」
ようやく我に返ったセラフィナは、恨めしそうな目でグレゴリーを見上げた。
「グレグ、私ちょっと寂しいわ」
セラフィナは再び甘えるような口調で、グレゴリーに不満を漏らした。
「せっかく久しぶりに会えたのに、またラリットの話ばかりするの?」
「……」
グレゴリーは計算高そうな目でセラフィナを見つめた。
以前なら、セラフィナの甘い言葉や、感情のこもったひとつひとつの眼差しに、簡単に心を奪われていた。しかし、今は違う。
(セラは……私の助けにはならない)
もちろん、セラフィナを連れて社交界を歩けば優越感を覚えるのは事実だった。クラウディウス公爵令嬢と並んで、セラフィナは今の社交界で最も注目を集める令嬢の一人だったからだ。美しく、立ち居振る舞いも愛らしく、話し方まで上品で柔らかい。自然と異性に好かれる魅力を持つ女性、とでも言うべきだろう。
だが、それだけだった。
(このままでは……私は本当に平民になってしまう)
焦りを抑えきれず、グレゴリーは無意識に奥歯を噛みしめた。たとえグスト伯爵家の爵位がアンシ子爵家より高くても、グレゴリーはあくまで次男だった。爵位を継ぐことはできないのだ。
そんなグレゴリーが、何としてでも生き残るためには――。
(どんな手を使ってでも、ラリットを引き留めなければ)
しかし、現実はどうだ。小柄だが切れ者のアンシ子爵令嬢、アンシ子爵夫人……そしてラリットまで。セラフィナに気を取られている間に、そのすべてを失いかねない状況ではないか。しかも最近のラリットは、以前とは比べものにならないほど美しくなっていた。何人もの令息たちが好意を寄せるほどに。
胸の内がかき乱されるような思いで、グレゴリーは勢いよく立ち上がった。
「もう遅い時間だな、セラ」
セラフィナはきょとんとした表情で彼を見上げた。
「グレグ?」
「今日はもう帰ってくれ。私は疲れたから、もう休みたい」
そう言い残すと、セラフィナを応接室に残したまま、グレゴリーは足早に部屋を出ていった。
「グレグ!」
セラフィナは勢いよく立ち上がり、慌てて彼を呼び止めた。しかし、グレゴリーは振り返ることすらしなかった。
「あなた、本当に……!」
一人残されたセラフィナの顔は、怒りで真っ赤に染まった。
◇
夜も更け、ほとんど真夜中になってようやく、セラフィナは自分が暮らす共同タウンハウスの前へと戻ってきた。
「……」
セラフィナは沈んだ目で建物を見つめた。
本来、帝都で独立したタウンハウスを所有して暮らせること自体が、一種の特権だった。帝都の高額な地価を負担できるほどの財力が必要であり、その費用は莫大だったため、多くの貴族には到底手が届かない。そのため、裕福ではない貴族が帝都に長期間滞在しなければならない場合は、共同で使用するタウンハウスに住むのが一般的だった。
(本当にうんざりする……)
セラフィナもまた、この共同タウンハウスで暮らしていた。貴族たちが共同生活を送る建物だけあって、内装は清潔で整えられていたものの――つい先ほどまでグスト伯爵家の豪華なタウンハウスにいた彼女にとって、満足できるはずがなかった。貴族たちのタウンハウスが集まる帝都の中心部から、馬車でしばらく走らなければたどり着けない場所。
(私はいつになったら、この安っぽい共同タウンハウスから抜け出せるの?)
セラフィナの瞳に鋭い光が宿った。
ラリット、そしてグレゴリー。これまで二人を利用して社交界でも最も注目される令嬢として振る舞ってきたが、この場所へ足を踏み入れるたびに現実を思い知らされる。辺境の領地すら持たない、名ばかりのロペス男爵家の令嬢と――クラウディウス公爵家の唯一の令嬢との間には、あまりにも大きな差があることを。
(本当に嫌……!)
セラフィナは歯を食いしばりながら、タウンハウスの中へ入っていった。社交界の令息たちから「最高級のエメラルドのようだ」と称賛されていた深い緑色の瞳は、鋭い光を帯び、恐ろしいほどの殺気を漂わせていた。
バタン!
乱暴に閉められた扉が大きな音を立て、あたりは再び静まり返った。
◇
最初の集まり以来、読書会は順調に続いていた。
私としては、それなりに満足している。もともと本を読むのは好きだったし、参加している令嬢たちも、自ら読書会を立ち上げるほど本好きな人ばかりだったからだ。互いに感想や意見を語り合う時間は、思いのほか楽しかった。
ただ、公女様だけは……。
(うーん、やっぱり読書会はあまりお気に召していないみたい)
サーウッド伯爵家へ向かう馬車の中で、私はそう思った。公女様は無表情のまま頬杖をつき、馬車の窓の外をじっと眺めていらした。
公女様が読書会をどう思っているかは別として、私はそんな公女様を少し不思議に思っていた。正直に言えば、うちの公女様は読書が好きなタイプではない。それなのに、毎回きちんと本を読み、感想文まで書いてくる姿は、とても真面目だと言うべきだろう。
「どうしてそんなに見ているのですか?」
ちょうど窓の外を眺めていた公女様が、ちらりとこちらを見た。
「あ、その……」
私は照れくさそうに笑った。
「公女様は、本当に真面目なお方だなと思いまして」
「……急に?」
「急というわけではありません。私はずっとそう思っていました」
「ふふ」
私をしばらく見つめていた公女様は、やがて照れ隠しをするように視線をそらした。
「レディ・アンシは、今回選んだ本は面白かったですか?」
それでも、公女様のほうから先に話しかけてくださるようになったところを見ると、今は少し気分も良くなられたようだ。
「それはそうと、今回読書会で選んだ本なんですけど……」
今回の課題図書は、古典に分類される恋愛小説だった。書評には、恋人と富、そして権力の狭間で苦悩する一人の男性を主人公に、人間の本質的な葛藤を描いた作品だと紹介されていたが……。
「うーん……正直に言うと」
少し考え込んだ私は、肩をすくめた。
「ちょっと退屈でした」
「ですよね?」
私の返事に、公女様は目を輝かせ、勢いよくこちらを振り向いた。
「今回の本なんですけど、主人公の男性があまりにも優柔不断だったんですよ」
「そうなんですよね! 家門を選ぶなら家門、恋人を選ぶなら恋人と、どちらかをきっぱり選べばいいのに、その間でいつまでも迷っていて」
「はぁ、やっぱりレディ・アンシですね。だから私は、レディ・アンシとお話しするのが好きなんです」
そうして私たちは、今回の本についてあれこれと感想を語り合った。
本についてあれこれ語り合っているうちに、やがて馬車はサーウッド伯爵家のタウンハウスの前に到着した。
ところが――。
(あれ?)
見慣れない馬車がタウンハウスの前に止まっていた。馬車に描かれている家紋は……。
「サンチェス伯爵家ですね?」
公女様は一目でどこの家の馬車かを見抜かれた。
私はきょとんとしてしまった。それもそのはず、サンチェス伯爵家のレディといえば――
(セラフィナが所属している『ピオニー』の集まりに参加しているはずなのに?)
レディ・サンチェスは『ピオニー』の副代表のような立場で、セラフィナとは普段から親しくしていた。私もセラフィナを通じて何度か顔を合わせたことがあるが、一言で言えばあまり好感の持てる人物ではなかった。(友達だからって、性格までそっくりなんだな)なんて思ったこともある。
ただ、私が気になったのはそこではなかった。
「公女様」
私は恐る恐る、公女様に尋ねた。
「どうして一目でサンチェス伯爵家の家紋だと分かったのですか?」
だって、公女様は普段、どの貴族家のことにも興味がないように振る舞われることで有名なのだ。私はこれまで、公女様は他家に関心がないから、家紋なども覚えていないのだと思っていた。普通、貴族は侯爵家以上の高位貴族の家紋から覚えていくものだが、公女様は誰が相手でも知らないかのように終始無関心な態度を貫いていた。その態度が、セラフィナが意図的に流した「公女は傲慢だ」という噂を裏付けることにもなってしまっていたのだ。
私の不思議そうな声に、公女様は肩をすくめながら答えた。
「私、伯爵家以上の家紋は全部覚えていますけれど?」
「そ、そうだったんですか?」
「ええ。兄が『そのくらいは覚えておくべきだ』って、耳にたこができるほど言っていましたから」
「……それなのに、どうして普段は知らないふりをなさるんですか?」
「面倒だからです」
「……」
ああ、そういうことでしたか。私は返す言葉を失った。
その時まで終始無表情だった公女様が、初めて柔らかく微笑んだ。
「でも、アンシ子爵家だけは、兄に言われる前から私が先に覚えていたんですよ」
「……私たちの家ですか?」
「そうです。波と白鳥の家紋でしたよね? 私、合ってましたよね?」
そう尋ねるように、公女様は瞳をきらきらと輝かせながら私を見つめた。
「はい、その通りです」
胸がじんわりと温かくなった私は、慌てて何度も頷いた。
満足そうな表情で私を見ていた公女様は、ふと我に返ったようにして、
「べ、別に勘違いしないでください」
と、照れ隠しをするようにぷいっと視線をそらした。
「ただ、私とレディ・アンシは友達契約を結んだ仲でしょう? だから礼儀として覚えていただけです。分かりましたか?」
「もちろんです。公女様は契約に忠実であろうとされただけですものね」
私は慌てて公女様の言葉に同調した。すると、公女様はなぜか少し照れたように再び視線をそらす。
「……まあ、必ずしもそれだけというわけではありませんけど」
「え?」
「あ、何でもありません。さあ、降りますよ」
公女様は慌てて馬車から飛び降りた。その慌ただしい様子は、まるで尻尾に火がついた猫のようで、思わず笑ってしまった私は公女様の後を追った。
すると、一番先にこちらへ足早に近づいてきた人物がいた。レディ・サンチェスだった。
「こんにちは、公女様!」
レディ・サンチェスは満面の笑みで公女様に挨拶した。
「……」
しかし公女様は、レディ・サンチェスを見ることなく、ちらりと私のほうへ視線を向けた。
(この人、レディ・ロペスと一緒によく行動していたレディよね?)
そんな意味を込めた視線だった。
(大丈夫です)
私が小さくうなずくと、公女様はどこか気に入らなさそうな表情を浮かべたあと、
「はい」
とだけ返事をして、そっけなく顔を背けてしまった。礼儀としての挨拶さえ返さなかったのだ。
「あ……」
レディ・サンチェスは少し気まずそうな顔をしたが、すぐに私へ話しかけることで、その場の微妙な空気をごまかした。
「レディ・アンシもいらっしゃったんですね。お久しぶりです!」
……何というか、私には親しげに挨拶してくるところを見ると、本当に調子のいい人だと思う。セラフィナと一緒にいる時は、あれほど私を見下していたのに。
ただ、ここを指摘したところで「心が狭いのは私のほうだ」と思われるだけだろう。この微妙な違和感を説明しようとすると、帝都の令嬢たちの人間関係まで話さなければならなくなるのだから。
帝都の令嬢たちと南部の令嬢たちとの違いを理解していなければならない。南部の令嬢たちは幼い頃から私を知っていて、セラフィナが私を見下す様子も長年見てきた。そのため、いつの間にかセラフィナに合わせて、私を召使いのように扱うようになってしまったのだ。
一方で帝都の令嬢たちは、それよりもずっと洗練された振る舞いをしていた。陰では私を嘲笑っていても、面と向かえば愛想よく微笑む――そんなやり方である。される側としては気分の良いものではないが、かといって正面切って責めるには微妙な程度、といったところだった。
それに、公女様の評判にも関わることだ。私情でレディ・サンチェスと対立し、そのせいで公女様にまで迷惑が及んでは困る。せっかく最近、公女様の評判も良くなってきているのだから。
そう判断した私は、にこやかに微笑みながら頷いた。
「そうですね。お元気でしたか?」
「わあ、レディ・アンシ。私のことを心配してくださるんですか?」
ちょうどよかったと思ったのか、レディ・サンチェスは私にぴったり寄り添い、親しげに話し始めた。
「この前、アンシ子爵家で開かれたパーティーがとても盛大だったそうですね?」
「ええ、それは……」
「なんと、公女様と公爵様まで出席されたパーティーだったとか。ああ、本当にうらやましいです!」
私は思わず苦笑した。レディ・サンチェスの本心が、あまりにも見え透いていたからだ。表向きは私に話しかけているようで、その実、彼女の関心はクラウディウス公爵家にしか向いていない。
(つまり私は……公女様へ取り次ぐための橋渡し役ってことね)
何とかして私を通じて公女様に近づきたい、そういうことなのだろう。
(それは駄目)
公女様が誰と親しくなろうと、それ自体は何の問題もない。けれど、ああやって打算的に公女様へ近づき、何とかして公女様の威光を利用しようとするような人だけは――。
(やっぱり、ちょっと度が過ぎているんじゃない?)
そう思った私は、思わず肩をすくめた。
(これって、私がやればロマンス、他人がやれば迷惑っていう話なのかな……?)
少し良心が痛んだ私は、わざともっと距離を取った。
まあ、いいか。私は公女様と対等な立場で友達契約を結んでいるのだから。一方が一方を利用するような関係じゃないんだもの!
「それで、どうしてワトキンス読書会に参加されることになったんですか?」
「ええ、母がサーウッド伯爵夫人ととても親しくしているんです。それで母に勧められまして」
「なるほど、そういうことでしたか」
私は表向きはレディ・サンチェスと和やかに話しながらも、頭の中では考え込んでいた。
(『ピオニー』の副代表だったレディ・サンチェスが、まさかあちらを離れてこちらへ来るなんて。読書会全体として、少しずつセラフィナを切り離そうとしているのかな?)
そんなことを考え込んでいた、その時だった。
突然、誰かに腕をぐいっとつかまれた。
「えっ?」
引っ張られるまま数歩歩いた私は、戸惑いながら相手を見上げた。公女様だった。
「いつまで外でおしゃべりしているつもりですか?」
そう言うと同時に、公女様は鋭い口調でレディ・サンチェスに言った。
「早く中へ入りましょう。他のレディたちを待たせていることも分からないのですか?」
「あ……申し訳ありません」
レディ・サンチェスは気まずそうに謝った。
公女様はその謝罪を聞き流しながら、私の腕をぎゅっと抱き寄せた。そして、不機嫌そうな声で私に言った。
「何をしているんですか。早く入りましょう」
「は、はい」
私は思わず冷や汗をかきながら返事をした。
(いや、公女様はどうしてまた機嫌が悪くなったの!?)
要点は以下の3点です。
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セラフィナの孤立とグレゴリーとの破綻
社交界で冷ややかな視線にさらされたセラフィナは、すがる思いでグレゴリーの屋敷を訪ねるが、ラリットへの執着と自身の保身(平民落ちへの焦り)で頭がいっぱいの彼から、冷酷に追い返されてしまう。
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主人公と公女の深まる絆
読書会を通じて主人公(レディ・アンシ)と公女の距離がさらに縮まり、公女が実はアンシ家の家紋だけを事前に覚えていたことや、主人公と話すのが好きだと照れながら明かすなど、不器用ながらも特別な好意を示す。
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社交界の動向と新たな火種
セラフィナの取り巻き(ピオニーの副代表)だったレディ・サンチェスがセラフィナを切り捨てて読書会に乗り換え、公爵家の威光(公女)に近づこうと主人公を利用し始めるが、それに気づいた公女が不機嫌になって主人公を連れ去る。