こんにちは、ピッコです。
「悪役令嬢の推しに選ばれました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
36話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 第2の主人公
「本日から、レディ・サンチェスが私たちの読書会に新しく参加されることになりました」
レディ・シャウッドがぎこちない笑みを浮かべながら口を開いた。
「サンチェス伯爵夫人が、私たちの母に直接お話しくださったそうです。レディ・サンチェスが私たちの読書会に興味を持ってくださるなんて……本当に意外です。うれしいですね」
そう切り出した彼女は、ちらりとレディ・サンチェスへ視線を向けた。だが、その言葉には心から喜んでいるというよりも、社交辞令として口にしていることがありありと表れていた。
(まあ、当然よね)
読書会のメンバーは愚かではなかった。これまでレディ・サンチェスが所属していた『ピオニー』は、名実ともに社交界で最も人気のある読書会だった。そこに所属するレディたちは、誰もが一目置かれる存在であり、総じてプライドが高かった。
だからこそ――彼女たちは内心、自分たち以外の読書会を見下していたのだ。
しかし、レディ・シャウッドはワトキンス読書会に本気で取り組み、読書会を発展させるために様々な努力を重ねてきた。勇気を振り絞って、この私に招待状を送ってくれるほどに。そんな状況で、レディ・サンチェスが両親のつながりを通じて強引に加わることになれば、迎え入れるほかなかったのだろう。個人的な感情はさておき、彼女は社交界でもかなり影響力のあるレディの一人なのだから、断ることは難しかったはずだ。
「これからは皆さん、レディ・サンチェスをよろしくお願いします」
レディ・シャウッドは半ば引きつったような表情でそう締めくくった。
「よろしくお願いします」
「こうしてお会いできるとは思いませんでした」
他の二人のレディたちも、表向きは礼儀正しく挨拶を交わしたものの、その表情にはどこかぎこちなさが残っていた。
一方、公女様は他のレディたちが挨拶をしていようがいまいが完全に近寄りがたい無関心を貫き、私を自分のそばから離すつもりはないようだった。
「こちらへ来て座ってください」
私の席を当然のように自分の隣に指定すると、テーブルに並んだ焼き菓子の皿を私の前へ引き寄せる。
「あ、このマドレーヌ、おいしいですよ」
その様子はまるで、飼い主を独り占めしようとして周囲を警戒する猫のようで……。
(いえ、公女様を猫にたとえるなんて失礼すぎるわ)
私は心の中でそっと反省した。
その時だった。
「今回は、私がおすすめの本を一冊ご紹介してもよろしいでしょうか?」
レディ・サンチェスがにこやかに口を開いた。
その瞬間、レディ・シャウッドの表情が険しく曇った。
読書会では通常、まずこれまで読んだ本について感想を語り合い、その後、話し合いを経て次回読む本を決めるのが慣例だった。つまり、レディ・サンチェスの提案は、読書会のルールを完全に無視したものにほかならなかった。
しかし――断りたい気持ちを押し隠すのも難しかったのだろう。レディ・シャウッドは複雑そうな表情で頷いた。
「いいですよ。どんな本を読みたいのですか?」
レディ・サンチェスはにっこりと微笑んだ。
「私は『やさしく読める101の聖書物語』がおすすめです!」
そのタイトルを聞いて、私は合点がいった。
聖書の逸話をわかりやすくまとめたその本は、帝国でも一時ベストセラーとなるほど有名な一冊だった。もっとも、人気を集めた理由は人文学的に優れた価値があるからではない。それよりも、著者の知名度が非常に高く、その名声によって本が広く知られるようになった面が大きかった。
著者の名は、アイザック・エバンス。
クラウディウス公爵家の分家であるエバンス子爵家の後継者であり、大神殿でも重責を担うエリートだった。若くしてその実力を認められ、司祭となってわずか3年で、大司祭を直接補佐する「主席司祭」へと異例の昇進を果たした人物だ。全司祭の中でもわずか二人しか存在しないその役職に、彼は歴代最年少で就任した。
しかも容姿は端正。神殿内では司祭の結婚がむしろ推奨される風潮だったこともあり、レディたちの人気で言えば、エバンス主席司祭は間違いなく第二位だった。もちろん第一位は公爵様だけれど……。
それでも私が彼の名前を正確に覚えているのは、彼がこの世界で特別な立場にいる人物だったからだ。
(ここで、第二の男性主人公が出てくるのね)
アイザック・エバンスもまた、原作でセラフィナと深く関わる男性主人公の一人だった。
「ええ、その本も良い本ですね。聖書の逸話を分かりやすくまとめた本でしたよね。それだけでも十分素晴らしい本です。それに……」
読書好きらしく、レディ・シャウッドがすらすらと言葉を続けようとした。
すると、レディ・サンチェスは「そんなことどうでもいい」と言いたげに目をぱちくりさせた。
「まあ、そんなことは重要じゃありませんよ!」
「えっ? では、何が重要なのですか?」
「もちろん、エバンス主席司祭様ですよ!」
レディ・サンチェスは星が輝くように目をきらきらと輝かせた。
「エバンス主席司祭様って、本当にものすごくお美しいでしょう?」
「……」
その一言で、レディ・シャウッドの表情がすっと険しくなった。私も少し呆気に取られた。
(いや、読書会に興味がないことを、ここまであからさまにする……?)
公女様でさえ、きちんと感想文を書いてこられているというのに。
それでもレディ・サンチェスは、終始うっとりした表情のままだった。
「大神殿にいらっしゃるので、外でお見かけする機会はほとんどありませんけれど、司祭様が外へお出ましになるたびに、人が雲のように押し寄せるそうですよ!」
彼女は両手をぎゅっと握りしめ、突飛な提案をした。
「というわけで、次の読書会はみんなで大神殿へ行ってみませんか?」
「……大神殿ですか?」
「はい! もしかしたら、偶然エバンス主席司祭様にお会いできるかもしれませんし!」
困ったような表情を浮かべたレディ・シャウッドは、小さく唇を噛んだ。レディ・サンチェスを止めようとしているようだったが、結局は口を閉ざしてしまった。さすがに、それをはっきりと口に出して反対する勇気まではなかったのだろう。
ただ、レディ・シャウッドとは違い、残る二人のレディは少し興味を示しているようだった。まあ、その気持ちも分かる。読書会のメンバーは皆、社交界にデビューしたばかりの若い令嬢たちなのだ。落ち葉が風に舞うだけでも胸が躍るような年頃で、しかも話題の中心はあの高名な美男子なのだから。
「そういえば、私もエバンス主席司祭様がとても美男子だという噂は聞いたことがあります」
一人のレディが控えめに口を開くと、別のレディもすぐに同意した。
「姉が言っていたんですけど、礼拝は全然退屈しないそうですよ。主席司祭様のお顔を眺めているだけでも楽しいんだとか」
「公爵様を除けば、若い聖職者の中では主席司祭様が断然目立っていますものね」
「お顔立ちが整っているだけでなく、お力も優れているなんて、本当に素敵です」
レディ・サンチェスの遠慮のない振る舞いはあまり好きではなかったが、私は「第二の男性主人公」という存在に少し興味が湧き、さりげなく会話に加わった。
「エバンス主席司祭様は、そんなにすごい方なんですか?」
「もちろんです! あれほどの速さで出世された方は他にいませんし、大神殿の中でもとても信頼されていると聞いています」
レディ・サンチェスは、彼を褒めることに夢中になっていた。
一方、公女様は終始ぎゅっと口を閉ざしたままで――どこか不満そうな目でレディたちと私を交互に見比べていた。
――いや、どうしてそんな目を!?
(もしかして、公女様も会話に入りたいのかな?)
様子をうかがっていた私は、そっと公女様に話しかけた。
「公女様。エバンス主席司祭様は、公女様ともご親戚ではないのですか?」
その質問に、公女様はあっさりと言い切った。
「親戚といっても、幼い頃に少し顔を合わせたことがあるだけです」
ぴしゃりとした、いつもよりもずっと刺々しい反応だった。
「……」
「……」
気まずい沈黙が流れる。
(公女様、どうされたんだろう? 何かお気に障ることでもあったのかな?)
(そ、それにしても、あんなに冷たくおっしゃらなくても……)
レディたちは互いに顔色をうかがいながら、そっと視線を交わした。
あとになって言い過ぎたと気づいたのか、公女様は慌てて弁解した。
「ご、ごめんなさい。今日は少し疲れていたみたいで……」
「そういう日もありますよ」
「私も眠いときは、ついイライラしちゃいますから!」
ほかのレディたちも、すぐに公女様の言葉に同調して場を取り繕った。
「それなら、せっかくこうして初めて集まったんですし、大神殿へ遊びに行きませんか?」
すると、レディ・サンチェスがぱんっと手を叩き、楽しそうに口を開いた。次回の集まりで行こうという話だったはずが、いつの間にか「今日このあとすぐ行こう」という話にすり替わっている。
「毎日本ばかり読んでいたらつまらないじゃないですか? たまには外へ出て気分転換もしないと」
「えっ? 今日ですか?」
「それはいくら何でも急すぎるのでは……」
戸惑ったほかのレディたちが遠慮がちに口を開いたが、レディ・サンチェスは気にも留めなかった。
「私、今日が初めての参加じゃないですか。みんなで大神殿へ行けば、読書会にも早く馴染めると思うんですけど……。それに、もしかしたらエバンス主席司祭様にお会いできるかもしれませんよ? ね?」
まるで、読書会のメンバーは当然自分を歓迎し、自分に合わせるべきだと言わんばかりの態度だった。
読書会の主催者であるレディ・シャウッドは、あからさまに困った表情を浮かべた。読書会の趣旨から完全に外れてしまっているのだから当然だ。とはいえ、はっきり反対するのも気が引けたのか、彼女はそっと公女様のほうを見た。
「公女様は、いかがなさいますか?」
正直、公女様もかなり乗り気ではなさそうな表情をしていた。そのときだった。レディ・サンチェスが突然、会話に割って入った。
「公女様も、きっと行きたいですよね! みんなで仲良く過ごしたほうが楽しいじゃないですか。そうでしょう?」
(……あれ、ちょっと待って?)
その瞬間、私は目を鋭く細めた。
実に巧妙なやり方だった。さっき公女様がエバンス主席司祭の話題に少し過敏な反応を示したことを、うまく利用したのだ。公女様が一度断ったせいで場の空気が気まずくなったから、今度は周りの人たちの目を気にして断れないように仕向けたのだろう。
そのやり口は、まるでセラフィナそのものではないか。
私は慌てて公女様のほうを向いた。
「公女様、お嫌でしたら断っても……」
しかし、公女様はもう頷いてしまっていた。
「わかりました」
表面上は何事もないような無表情だった。けれど私は見逃さなかった。公女様がそっと他のレディたちの反応をうかがっていたことを。その姿は、まさにレディ・サンチェスの思惑どおりだった。
(はぁ、レディ・サンチェス……本当にやり方がいやらしいわ)
私は胸の奥がぐつぐつと煮え立つのを感じた。
「せっかく決まったんですし、早く行きましょう! ね?」
レディ・サンチェスの勢いに押され、読書会のメンバーたちはそれぞれ馬車へ乗り込んだ。
私の向かいに座る公女様は、どこか複雑そうな表情を浮かべていた。
「公女様、もしレディ・サンチェスの提案がお嫌でしたら、お断りになってもよかったのですよ」
私は遠慮がちに声をかけた。すると公女様は、唇をきゅっと結んで首を横に振った。
「いいんです。私のせいで場の空気を悪くするのは嫌なので」
「ですが……」
私は言葉を飲み込んだ。これ以上、この話題には触れたくないご様子だったからだ。
「公女様」
私は結局、小さく息をついて話題を変えた。
「ところで、主席司祭様ってどんな方かご存じですか?」
この世界の第二の男性主人公、アイザック・エバンス。原作では、特に欠点のない人物として描かれていた。まあ、ヒロインであるセラフィナと恋愛関係になる相手なのだから、欠点があるほうが不自然なのかもしれないけれど……。
(でも、公女様はどうもエバンス主席司祭様のことをあまり快く思っていないみたいなんだよね)
事前に知っておいて損はないだろう。もし本当に鉢合わせるようなことがあれば、こちらも心構えができる。
そんな私の問いに、公女様は一瞬言葉を詰まらせた。
「あ……」
そして、どこか戸惑ったような声で答えられた。
「ええと……私の従兄なのですが……まあ、いい人ですよ」
(公女様。それ、あまりにも気のない言い方ではありませんか?)
私は少し戸惑いながら、公女様の顔を見つめた。
しばらくして、公女様は何かを思い出すように少し考え込み、それからポツリと口を開いた。
「正直に言うと、エバンス主席司祭は少し苦手なんです」
「苦手、ですか?」
「それが……」
少し言い淀んだ公女様は、複雑そうな表情で続けた。
「とても親切な人なんです。でも、親切なのに、どこか親切じゃないような気がするというか……。確かに私のために助言してくれて、私のために動いてくれているように見えるんです。でも……気がつくと、全部終わったあとには私のほうが悪者になっているんですよ」
公女様はそっと眉をひそめた。
「例えるなら……そうですね。レディ・ロペスに対して感じる気持ちと同じです」
――これ以上ないほどわかりやすい例えだった。
一瞬で公女様の言いたいことを理解した私は、心の中で深いため息をついた。まさか、セラフィナそっくりの人間だったなんて。私の“第二の男性主人公”への幻想が、こんなにもあっさり壊れてしまうなんて。
「でも、それ以上に腹が立つというか、引っかかるのは――」
しばらく言葉を探していた公女様は、さらに困惑したように言った。
「そう感じる私のほうがおかしいのかもしれません」
「うーん、何となくわかるような、わからないような……」
「これは実際に接してみないとわからないんです。まあ、顔立ちが良くて優秀なのは事実ですからね。レディたちに人気があるのも理解できます。でも……」
そこまで言うと、公女様は突然目を丸くして私を見つめた。
「とにかく、エバンス主席司祭だけは駄目です。私が許しません」
――えっ、公女様はいったい何を考えているんですか?
私は思わず吹き出してしまった。
「ご安心ください。公爵様を見てしまったせいで、私の理想が高くなりすぎていますから」
「えっ?」
その瞬間、公女様の瞳が猫のようにきらりと輝いた。
「レディ・アンシ、今の言葉ってどういう意味ですか?」
「え?」
目を丸くした公女様は、私を指差しながら叫んだ。
「今のって、レディ・アンシがうちのお兄様に興味があるってことじゃ……!」
「違います!」
もう、公女様はいったい何をおっしゃっているんですか!?
私は慌てて否定した。しかし、公女様の疑いの眼差しはなかなか消えず、
「本当に興味ないんですか?」
「……」
「うちのお兄様、けっこう格好いいほうだと思いません?」
「……」
「もう、ちゃんと答えてくださいよ。ね?」
私は大神殿に着くまで、公女様からの質問攻めという地獄を味わう羽目になった……。
(まあ、公爵様があまりにも格好いい方だから)
終わりのない質問を続ける公女様に半ば呆れながら、私はいつものように心の中で自分を落ち着かせた。
(私があの方に人として好感を持つのは当然よ)
けれど、心の奥底から、かすかな声が私に問いかけてきた。
(本当に? 本当にそれだけ?)
……そして私は、大神殿に着くまで、その問いに最後まで答えを出せなかった。
◇
大神殿。帝国宗教の総本山であり、皇室・貴族院と並んで帝国三大勢力の一つと呼ばれる場所だ。そして、貴族院以上に貴族たちが集まる場所でもあった。
理由は簡単だ。クラウディウス公爵家のように爵位を二つ以上持つ家でなければ、次男以降は爵位を継げないため、自分で生きる道を切り開かなければならない。家の援助を受けて気ままに暮らす者も多いが、名誉を重んじる者は騎士団に入団したり、聖職者になる道を選ぶのが一般的だった。
もちろん、爵位を持つ令嬢と結婚し、両家の合意のもとで妻の爵位を継ぐという道もある。だが、相手の家もお人好しではない。よほどの事情がない限り、婿よりも実の娘に爵位を継がせたいと思うものだ。
――つまり、私がその「よほどの事情」のあるお人好しだったということだ……。
ともあれ、聖職者として仕える子どもたちを手厚く支援してもらう意味もあり、ここには寄付金も潤沢に集まる。帝国宗教の総本山という威厳も相まって、大神殿はまさに豪華絢爛な造りになっていた。
午後の日差しを浴び、純白の大理石で精巧に築かれた建物は、目がくらむほど眩しく輝いている。その壮麗な姿を眺めていると、思わず圧倒されそうになった。
一方、レディ・サンチェスは期待に胸を躍らせた表情で声を弾ませた。
「聞いた話では、エバンス主席司祭様は大神殿の本館でお勤めされているそうですよ! それなら、まず本館に行ってみませんか?」
「ちょっと待ってください、レディ・サンチェス」
レディ・シャウッドがため息をつきながら言った。
「本館って、一般の人は立ち入り禁止ですよね?」
大神殿は、大きく礼拝堂と本館に分かれていた。礼拝堂は一般の人も自由に出入りでき、祈りを捧げたり献金をしたりできる場所だ。一方、本館は神官たちが暮らし、執務を行う場所で、関係者以外は立ち入ることができなかった。
だが、レディ・サンチェスは意に介さない。
「大丈夫です。こういう時に使える方法があるんです」
そう言うと、彼女は突然困ったような表情を作り、わざとらしく大きな声で叫んだ。
「まあ、大変! 私のハンカチ、どこへ行ったのかしら!?」
「……」
私は冷ややかな目でレディ・サンチェスを見つめた。まさか――物をなくしたふりをして探しに行くという、そんな古典的で子どもじみた手を使うつもりじゃないでしょうね……。
まさか、本気でそんなことを考えていたの!?
「お父様とお母様がくださった大切なハンカチなのに、風で本館のほうへ飛ばされちゃいました~!」
そう叫ぶと、レディ・サンチェスは本館のほうへ一目散に駆け出していった。ちなみに、彼女の演技は……決して上手とは言えなかった。
「レ、レディ・サンチェス!?」
「ちょっ、それは……!」
顔を見合わせていたレディたちは、慌てて彼女の後を追いかけていった。本当にあれで通用すると思っているのだろうか。
私はそっと公女様のほうを見た。公女様はにこやかに微笑んでいたものの、その強張った眉と、かすかに震える唇を見る限り――今すぐ怒鳴りつけたいのを、必死で我慢していらっしゃるのが伝わってきた。さっき場の空気を悪くしてしまったことを気にしているからだろう。自分の振る舞いを慎重に抑えているのだ。
(公女様は主席司祭のことを快く思っていない。そうなると、できるだけ彼とは関わらないよう気を付けたほうがよさそうだわ……)
そう判断した私は、足早に追いつき、そっとレディ・サンチェスの前に立ち塞がった。
「レディ・サンチェス。主席司祭様にお会いしたいお気持ちはわかります。でも、せっかく大神殿に来たのですから、まずは大神殿の規則に従うべきではありませんか?」
「え?」
「まず礼拝堂へ行って、お供えをするのが順番だと思います」
「でも……礼拝堂では主席司祭様にはお会いできそうにありません」
レディ・サンチェスは不満そうな顔をした。
(本当にエバンス主席司祭に夢中なのね……)
私はこみ上げるため息をぐっと飲み込んだ。
「どうしても主席司祭様にお会いしたいのでしたら、次回あらためて正式に面会を申し込まれたほうがよろしいと思います。勝手に本館へ立ち入るような無礼を働いてしまったら……もしエバンス主席司祭様のお気に障るようなことになったら、そのほうがもっと困りませんか?」
「……それは。」
「エバンス主席司祭様も大神殿の一員なのですから、きっと訪問者の皆さんには、大神殿での礼儀を守ってほしいとお考えになるはずです」
私があえてエバンス主席司祭の名前を持ち出して説得すると、そこへ公女様も口を開いた。
「私もレディ・アンシの言うとおりだと思います。そうですよ。今日はみんなで気分転換をしようと思って来たんですから」
「もちろん主席司祭様にお会いできたら嬉しいですけど、だからといって大神殿の中で無礼を働くのは、ちょっと……」
他のレディたちも私の意見に賛成した。
公女様に続き、他のレディたちまで味方についたことで、レディ・サンチェスは不満そうな表情を浮かべたものの、それ以上は強く言えなかった。こうして私たちは礼拝堂へ向かうことになった。
私は公女様の隣にぴったり寄り添い、小声で尋ねた。
「公女様、大丈夫ですか?」
「え? 何がですか?」
公女様は何でもないような表情で私を見返した。けれど、彼女の固く結ばれた唇は、簡単には緩みそうになかった。
◇
一方その頃、セラフィナは久しぶりに気分転換のため外へ出かけていた。ピオニー会とグレゴリーの件で沈んでいた気持ちを晴らすためだった。
彼女が腰を下ろしたのは、神官たちがよく訪れることで有名な、大神殿近くの喫茶店だった。紅茶を一杯注文し、詩集を読んでいるふりをして静かに座っていると、店にいた神官たちが次々とセラフィナのもとへ近寄ってきた。
「おや、レディ・ロペスではありませんか?」
「今日も本当にお美しいですね」
「ここでレディ・ロペスにお会いできるなんて、本当に光栄です」
「どうか私に、レディ・ロペスをおもてなしする機会をいただけませんか?」
セラフィナを取り囲んだ神官たちは、次々と甘い言葉を口にした。そのお世辞を聞いているうちに、彼女の沈んでいた気持ちも少しずつ晴れていくようだった。
その時だった。
「その話、お聞きになりましたか?」
神官の一人が何気なく口を開いた。
「今日、クラウディウス公女様が大神殿をご訪問されたそうですよ」
何ですって?
その瞬間、セラフィナは鋭い目つきで彼を見つめた。慌てた神官は、取り繕うように続けた。
「い、いえ、公女様には何の関係もございません! 今、私の目の前には社交界で最も清らかな白百合がおられるのですから」
「お褒めいただきありがとうございます」
そう答えたセラフィナは、優雅に、しかし峻烈な動きで席を立った。
「ですが、私はそろそろ失礼いたします。急用を思い出しましたので」
「えっ?」
「また次の機会にお会いしましょう。それでは失礼します」
セラフィナは優雅さを保ちながらも、足早に店を後にした。呆然とその後ろ姿を見送っていた神官たちは、最初に公女の話題を出した神官を責め立てた。
「まったく、あなたのせいでレディ・ロペスのご機嫌を損ねてしまったじゃありませんか!」
「せっかく夢のようにレディ・ロペスとご一緒できる機会だったのに……!」
馬車に乗り込んだセラフィナは、怒りに震えながら奥歯を噛み締めた。
(よくも私の前で公女の話なんて出したわね……!)
しかし、すぐに思考を切り替える。
(それでも……まずは状況を把握しないと)
むしろ好都合だったのかもしれない。大神殿なら、偶然を装って公女に接触するにはうってつけの場所だからだ。
セラフィナは焦った様子で命じた。
「大神殿へ向かって」
◇
ステンドグラスで彩られた礼拝堂には、色とりどりの光が降り注いでいた。
礼拝堂の入口では、神への供物として捧げる香ろうそくや、真っ白なガーベラの花が売られていた。ちなみに、ガーベラの花束を飾った豪華な花瓶も販売されていたが、その値段は目が飛び出るほど高かった。花瓶には寄進者の名前を刻んでもらえるらしく、おそらく裕福な人たちが「自分が寄付した」と誇示するための品なのだろう。
「うーん」
私はそこまで熱心な信者ではなかったので、花を一輪だけ買った。他のレディたちも私と同じだった。
そうして奉納者名簿に名前を書いていると、名簿のそばに立っていた司祭が、何かを見つけたように驚いた表情を浮かべた。
要点は以下の3点です。
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新たな男性主人公「アイザック・エバンス」の登場と本性
読書会に強引に加わったレディ・サンチェスの提案で、若き天才聖職者アイザック・エバンスの著書が話題になる。彼は原作の「第二の男性主人公」だが、公女いわく「親切に見えて実は自分を悪者にする、セラフィナと同類の手層」であり、主人公の幻想は早くも打ち砕かれる。
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レディ・サンチェスの暴走と主人公の機転
レディ・サンチェスは公女の立場を利用して大神殿への「今日すぐの訪問」を強行させ、さらに立ち入り禁止の本館へ「ハンカチを落とした」という白々しい嘘で侵入しようとする。しかし、公女の心中を察した主人公がアイザックの名を逆手に取った見事な正論で彼女を制し、一同を礼拝堂へと導く。
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セラフィナの追撃と大神殿での緊迫
グレゴリーに冷遇され自尊心が傷ついていたセラフィナは、喫茶店で神官たちに囲まれて気を良くしていたが、そこで「公女が大神殿に来ている」という噂を耳にする。怒りを燃やしつつも、公女と偶然を装って接触する好機と捉えた彼女は、主人公たちが名簿に記帳しているまさにその場所へと馬車を急がせる。