こんにちは、ピッコです。
「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
150話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- オスカーの秘密
オスカーの秘密
その夜。レリアは冷たいベッドの上で小さく膝を抱え、不安に駆られたように何度も目をぱちぱちと瞬かせていた。
視線の先にあるのは、暗闇に淡く浮かび上がる「錬金復権」のシステムウィンドウ。そこに非情に刻まれた告知事項を、彼女はもう何十回、何百回となく読み返していた。一体なぜ、これまで自分の人生のすべてを支えてくれたこの奇跡のようなサービスが終了しなければならないのか、どれほど思考を巡らせても答えは出ない。
やがて夜の十二時を告げる時計の針が重なった瞬間、非情なカウントダウンの数字は【9】日へと更新された。
「……」
あと九日。それを過ぎれば、もうこの便利なシステムなしで、己の身一つで生きていかなければならない。その厳然たる事実に、指先が冷たく強張る。
(では、ゲーム内に残された膨大な材料は? 錬金を通じて借りていたあの多額のお金は? 事前に約束して作っておいた数々のアイテムは……すべて消えてしまう前に、引き出して処理しなければいけないの?)
実務的な混乱が頭を駆け巡る。
だが、それ以上にレリアの心を鋭く抉っていたのは、もう一つの残酷な現実だった。
画面の向こうにいる「錬金」は、もう二度と、彼女と会話のキャッチボールをしてくれなくなっていたのだ。どれほど名前を呼びかけても、かつてのように小癪で愛らしい返事が返ってくることはない。いったいどうして急にそんな冷たい真似をするのかと、涙ながらに問い詰めたとき、最後に画面にぽつんと表示されたのは、こんな一列のメッセージだった。
【=͟͟͞͞(꒪⌓꒪*) あの……これ以上お話しすると情が移ってしまいますので、もう私を呼ばないでくださいね……;;】
それは、文字通り「もう二度と私に話しかけないで」という、機械からの永遠の訣別の宣告だった。
「………」
正直なところ、胸が張り裂けそうなほどに寂しく、空しかった。幼い頃にあの冷酷な皇城を命懸けで逃亡して以来、彼女は絶望的な孤独の中で、ずっとこの「錬金」という存在に深く依存し、二人三脚で生きてきたのだ。それなのに、最後の最後で突き放されるように消え去ってしまうなんて、あまりにもあんまりだった。
レリアは薄い唇をきゅっと結び、必死に目元に込み上げる涙をこらえた。
もうすぐ、約束の「誰か」がこの部屋へ来る。その人にだけは、自分がこんな風に取り乱して泣いていた痕跡など、絶対に個別に見せたくなかった。
彼女は涙で潤んだ瞳を何度も瞬かせ、動揺を覆い隠すようにして、今日のお昼間に起きた「あの出来事」を静かに思い返した。
衝動的に口から飛び出したプロポーズではあったが、あれは間違いなく、彼女の偽らざる本気だった。オスカーなら、きっと驚きながらも、世界でいちばん嬉しそうに自分を受け入れてくれる――そう信じて疑わなかったのだ。
ところが、オスカーの反応は彼女の予想とは完全に違っていた。
「……」
彼は、レリアの真っ直ぐな求婚を耳にした瞬間、まるで呪いにでもかけられたかのように、露骨にその美しい表情を強張らせてしまったのだ。
すぐさま、彼の深い瞳には世界中の喜びを凝縮したような「歓喜」の光が宿った。しかし、それも本当に一瞬の、幻のような瞬間に過ぎなかった。彼はまるで極寒の地で凍えているかのように身体を細かく震わせ、ひどく躊躇いながら、消え入りそうな声で言ったのだ。
『……後悔するよ、レリア。僕なんかと結ばれても、君は絶対に……』
『一体、何の話をしているの? オスカー』
『僕には、君の隣に立つ資格なんて、最初からどこにもないんだ』
完全に虚を突かれた。生まれて初めて命を懸けて放ったプロポーズの返答が、まさかこんな、血を吐くような自己嫌悪の拒絶であるなんて思いもしなかったのだ。
しかし、あの時のオスカーの表情は、狂気的なまでに切実だった。底知れぬ罪悪感に濡れたその瞳は、彼が本気で「自分と一緒になれば、レリアが不幸になって後悔する」と心の底から信じ込んでいることを物語っていた。
だからこそ、レリアはあの時、彼の言い訳を遮るようにして告げたのだ。
「――今夜、私の部屋に来て」
「……」
「その時に、もう一度だけ、二人きりでじっくり話しましょう」
レリアはそう言い残すと、逃げるようにその場を立ち去った。
今なお、思い出すだけで心臓が激しく波打つ。あれは拒絶だったのか、それとも別の何かなのか。釈然としない妙な気持ちを抱えたまま、彼女は夜遅く、静まり返った寝室でただひたすらにオスカーの訪れを待っていた。
幸いなことに、今夜はなぜかいつも邪魔をしてくるベッキーが部屋にやってくることはなかった。
その時だった。
静寂に包まれた部屋に、「トントン」と控えめな音が響いた。
確かなノックの音。レリアはハッとしてベッドから立ち上がると、弾かれたようにドアの方へと駆け寄った。
だが、高鳴る胸を抑えて勢いよく扉を開けたとき、そこに佇んでいたのは、彼女が待ち焦がれていたオスカーではなく――。
「……え?」
対面した人物の顔を見て、レリアは呆然と声を漏らした。そこにいたのは、待ち人ではなかった。
「グリフィス……? どうしたの、こんな時間に」
扉の前に立っていたのは、グリフィスだった。彼は薄暗い廊下の壁に静かに背をもたせかけながら、いつも通り、どこか達観したような穏やかな微笑を浮かべていた。
「少し、君と話がしたくてね」
「話って……もうこんな夜中よ?」
「うん。……中に入ってもいいかい?」
レリアは一瞬、激しい躊躇いに襲われた。だって、もうすぐここにオスカーがやってくるはずなのだ。もし二人がこの狭い部屋で鉢合わせでもしたら、それこそ取り返しのつかない事態になる。
そんな彼女の内心の動揺を見透かすように、グリフィスは静かに微笑みを深めた。
「オスカーが今からここに来ることは、僕もちゃんと知っているよ。だからこそ、彼が到着する前に、どうしても君に話しておきたいことがあるんだ」
「………」
その拒絶を許さない響きに、レリアは小さくため息をつき、静かにドアを開けて彼を室内に招き入れた。
暗い部屋の中に、グリフィスが連れてきた一筋の気配が混ざり合う。彼は促されるままに、部屋の中央にあるソファへと静かに腰を下ろした。レリアは冷え込む肩にショールをきつく巻き直しながら、彼の向かい側へとゆっくり近づいていった。
グリフィスの表情は、昼間と変わらずどこまでも穏やかで優しげだった。しかし、なぜだろう、彼の周囲には、皮膚がヒリつくような異様な気配がねっとりと漂っていた。あまりにも平然と、あまりにも完璧に美しく微笑んでいるからこそ、かえって得体の知れない不気味さが際立っている。
「……レリア」
固く閉じられていた彼の美しい赤い唇が、静かに開かれた。
その瞬間、レリアは彼のわずかな声音の変化から、いつもと違う「決定的な違和感」に気づいた。
グリフィスの喉元が、妙に赤黒く変色していたのだ。
レリアはふいにソファから立ち上がると、彼の間近へと歩み寄り、その首元を鋭く見つめた。
「その首……どうしたの?」
「……何でもないよ。少し虫に刺されただけさ」
「嘘をつかないで。ちょっとじっとしていて」
レリアはきっぱりと言い放つと、抵抗する間も与えず、グリフィスの服の襟を両手で力任せに掴んで引き寄せた。
やはり、見間違いではなかった。グリフィスの白い首筋には、生々しく、どす黒い痣のような痕跡がべったりと刻まれていた。それは虫刺されなどでは断じてない。人間の太い指が、彼の喉を力任せに、骨がきしむほど強く掴みかかった痕跡そのものだった。
「これ、一体何よ……!? 誰にこんな酷いことをされたの?」
「あ……」
グリフィスは、まさかレリアにここまで強引に剥ぎ取られるとは思っていなかったようで、一瞬だけ目を見開いた。すぐに困ったように彼女の手を優しく払いのけると、自らの手で服の襟を丁寧に整え、その醜い痕跡を隠すように首元を覆った。
レリアはさらに深く眉をひそめ、彼を問い詰める。
「どういうことか説明して、グリフィス。一体誰が、あなたの首をそんな風に絞めたっていうの?」
「本当に、大したことじゃないんだ。気にする必要はないよ」
「………」
レリアは唇をぎゅっと結び、目の前の男を睨みつけた。
現在、このシュペリオン領内において、次期教皇の座を約束されているほどの強大な魔力と権力を持つグリフィスに対し、これほど生々しい暴力を振るえる人物など、一体誰がいるというのか。
正直なところ、あの「友人たち」の顔以外には、何一つ思い浮かばなかった。
そしてその中でも、誰よりも激しい激情を宿した、一人の男の顔がはっきりと脳裏に浮かび上がった。
「――オスカーね。オスカーがやったんでしょう? あなたたち、また二人で喧嘩をしたの?」
二人が陰で衝突するのは、これが初めてではない。以前にも、お互いに派手な傷を負って周囲をハラハラさせた前科がある。
だが、今回のこれはあまりにも度が過ぎていた。これまでのように、拳で殴り合って唇から血がにじむといった、男同士の単純な喧嘩のレベルを完全に逸脱している。
首筋に残された指の痕は、あまりにも生々しく、そして深かった。
それは、本当に「相手の命をここで完全に奪おうとした」確かな殺意がなければ、絶対に刻まれないほどの強烈な力で絞められたことを物語っていたのだ。
レリアがさらに語気を強めて問いかけようとした、その時。グリフィスはこれ以上隠し通せないと悟ったように、降伏を告げる小さいため息をついて、ぽつりと言った。
「……本当に、大したことじゃないんだよ、レリア。これは僕が完全に悪かったんだ。こうなってしまっても、仕方がないことをしたのさ」
「あなたが悪いことをした? 一体、オスカーに何をしたっていうのよ」
「僕が……」
グリフィスは、澄んだ瞳をぱちぱちと瞬かせた。その美しい瞳の奥が、見たこともないほど複雑に揺れ動いている。彼は何かを思い出すようにまぶたを開閉させると、まるでうわ言のように、掠れた声で呟いた。
「僕が……彼にとって、いちばん触れられたくない、致命的な『秘密』を知ってしまったからだよ」
「……秘密?」
「うん。そして、口封じのために殺されかけた。……彼は、僕がそれを君に話してしまうのを、何よりも恐れているんだ」
その瞬間、レリアの背筋に、氷水を浴びせられたかのような悍ましい悪寒がぞくりと駆け抜けた。
なぜなら、その恐ろしい告白をしているグリフィスの微笑みが、不気味なほどに「幸せそう」に見えたからだ。
彼の表情そのものは、秘密を知ってしまった友人としての寂しげな憂いを帯びている。しかし、その網膜の裏に隠された真実の感情は、どうしようもないほどの歪んだ「喜び」と「愉悦」に満ちあふれていた。
レリアは全身の震えを必死に抑え、戸惑いを隠しながら、乾いた声で尋ねた。
「その、オスカーの秘密って……一体、何なの?」
「……うん。残念だけど、それは僕の口からはとても言いにくいな。他人の人生を狂わせるような秘密を、第三者である僕の口から軽々しく語るのは、友人として筋違いな気がするんだ……」
「………」
「だけどね、レリア。その秘密は……もしかすると、君自身の命や存在を、根底から危険にさらすかもしれない。だからこそ、僕は君を守るために、すべてを明かすべきかどうか、こうして激しく迷っているんだよ」
「………」
「僕は、僕たちが永遠にこの平和な場所で、何事もなく幸せに過ごせたらいいと、心から願っている。君も、僕も、オスカーも、ロミオも……」
「カーリクスだって、皆そうさ」
グリフィスは、歌うような滑らかな声で付け加えた。
レリアはゴクリと、乾いた唾を痛いほどに飲み込んだ。全身を襲う底知れぬ緊張と恐怖を抑え込むのは、もう限界に近かった。
グリフィスは、怯える彼女の白く細い首筋を、まるで愛おしい獲物でも眺めるかのように静かに見つめながら、さらに言葉を紡ぐ。
「レリア。僕は、このシュペリオンという場所が本当に気に入っているんだ。こんなに温かい場所を置いて、どうして昔の自分は、あんな冷たい神殿に行こうなどと考えたのか、今では後悔するくらいにね……。君のご家族の皆さんも、血の繋がらない僕に対して、本当に本当によくしてくださる」
「………」
「本当に、僕にとっての本当の家族のようだ。わかるだろう? 本国にいるあの冷酷な皇族の連中なんて、僕にとっては最初から家族でも何でもなかったんだって……。君が僕をあそこから救い出してくれたおかげで、僕には生まれて初めて、本当の家族ができたんだ。おじい様も、おばあ様も、お母様も、叔父様たちも、おば様たちも……みんな、僕にとっては命に代えても守りたい、大切な人たちなんだよ」
グリフィスの語る言葉は、それ単体を聞けば、涙が出るほどの感動を呼び起こすものだった。その声の響きから、彼が口にしている感謝が、間違いなく偽りのない「本心」であることも痛いほどに伝わってきた。
だが、なぜだろう。レリアの心は、その美しい感動を素直に受け止めることを、本能的に激しく拒絶していた。
少し前に彼の微笑みの奥に垣間見てしまった、あのゾッとするような楽しげな狂気のせいに違いなかった。
「だからこそ僕は……オスカーにも、自分が背負っている重い罪をすべて振り払って、早く楽になってほしいと思っているんだよ」
「………」
あまりにも慈愛に満ちた、けれど致命的なその一言に、レリアは思わず息を呑んだ。
――罪だって? オスカーが、一体何の罪を犯したというの?
「おや……噂をすれば、ちょうどあそこに来たみたいだね」
グリフィスが視線を向けた窓の方を、レリアも弾かれたように振り返る。
そこには、バルコニーの窓を静かに開け、室内へと音もなく侵入してくるオスカーの姿があった。
靴音一つ立てずに部屋へと入ってきた彼は、獣のような険しい表情を浮かべ、恐ろしい速度でこちらへと近づいてきた。
そして、レリアが声を上げるよりも早く、オスカーはグリフィスの服の襟首を、凄まじい力で掴み上げた。
「――オスカーっ!!」
「………」
レリアが慌てて彼の手首を強く掴むと、オスカーの濁った瞳に、かろうじて理性の光が灯った。激しい怒りと睡眠不足で真っ赤に充血した両目が、ゆっくりと彼女の顔を見つめる。
彼の身体から、限界まで抑え込まれたドス黒い怒りと焦燥が、ビリビリと静かに伝わってきた。
「お願いだからやめて、ここで喧嘩なんてしないで……! お願い、オスカー……!」
レリアが必死に哀願すると、襟首を掴まれたままのグリフィスもまた、挑発するようにまぶたを伏せながら、殊勝な声で言った。
「……わかったよ、オスカー。今回の件は僕が完全に悪かったんだから、もうやめよう。僕だって、大好きなレリアの目の前で、君とこんな醜い争いをしたくはないんだ」
「………」
グリフィスのその言葉が引き金となったかのように、彼の喉を押さえていたオスカーの手が、ガタガタと激しく震え始め――やがて、絶望したように、ふっと力が抜けて離れていった。
「……ゲホッ、あ……」
グリフィスは打撲したかのように首のあたりを手で押さえ、痛ましそうに顔をしかめて見せた。レリアは彼を心配そうに見つめながら、何とかその場を収めるために告げた。
「グリフィス、ごめんなさい……。とりあえず、あなたは一度自分の部屋に戻って、すぐに首の治療をしたほうがいいわ。私……オスカーと、二人だけで少し話したいことがあるの」
「……うん、そうだね。それがいい」
グリフィスは素直に立ち上がると、レリアに向かって貴族らしく軽く優雅に会釈した。
そして、部屋を出ていくために彼女の横を通り過ぎるその一瞬――。
彼はレリアの耳元へと自らの唇を極限まで近づけ、誰にも聞こえないほどの小さな声で、悪魔のささやきを落とした。
『――オスカーを、どうか許してあげてね、レリア』
彼の温かい息が、レリアの頬にそっと触れて消える。
しかし、その直後に続いたのは、よほど注意を払って神経を集中させなければ聞き取れないほど、あまりにも小さく、絶望的な一言だった。
『……彼は、君を生き返らせるために、この世界を一度「滅ぼした」のだから』
「――っ!?」
レリアは続くその言葉の意味が理解できず、思わず驚愕のあまり眉をひそめた。
その言葉を最後に、グリフィスは満足そうに小さく微笑むと、今度こそ静かに部屋を出て行った。
バタン、と扉が閉まる。レリアはあまりの衝撃に、何度も激しく目を瞬かせながら、ショールの下で拳を白くなるほど強く握りしめた。
「……レリア」
背後から、掠れた声で彼女の名前を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ると、オスカーが、まるで取り返しのつかない大罪でも犯してしまったかのように、切なげに、そして今にも崩れ落ちそうな姿でぽつんと立っていた。
「……私に、一体何を飲ませたの?」
「私は……何でもないわ。あなたを傷つけるようなものじゃない。だから、お願いだから私にすべてを言って、オスカー」
「……レリア」
「お願いだから、一人でそんな風に苦しんだりしないで。ね?」
哀願するように、レリアは彼の前にひざまずき、縋るようにささやいた。
オスカーは、自らの運命を呪うようにぎゅっと目を閉じた。
薬の効果が現れるのは、本当に一瞬のことだった。
レリアが事前に用意し、彼に無理言ってお茶に混ぜて飲ませたその液体は、錬金のシステムで作った、およそこの世のものとは思えないほど効果の強い「自白の霊薬」だった。
いかなる強靭な精神を持つ者であっても、問いかけに対して、自らの魂の「真実」しか答えられなくなるという、禁忌の薬。
――『レリア。オスカーは、君に対してその汚い真実を、自発的には絶対に話したりはしないと思うよ。彼は永遠に、その罪悪感で一人で狂うほど苦しみ続けることになるだろう……。もしかしたら、君に申し訳なさと恐怖を感じるあまり、ある日突然、君の側から永遠に逃げ出してしまうかもしれない。だから、彼を救うためにも、友達として僕からお願いするよ。力ずくで暴いて、許してあげてくれ』
レリアは、先ほどグリフィスが部屋を出る間際に耳元でささやいた、あの恐ろしい言葉の数々を必死に思い出しながら、目の前で呼吸を荒くしているオスカーに向けて、ついに最後の問いを投げかけた。
「あなたが、私にずっと隠し続けていることって、一体何なの? 教えて、オスカー」
オスカーの形の良い唇が、激しく震えた。
こんな形で、彼女に真実を話したくはなかった。こんな風に突然……強制的に、己の醜悪なエゴのすべてを知らされたくはなかったのだ。
いや、違う。どうあっても、死んでも明かしたくはなかった。一生をかけて墓場まで持っていき、永遠に自らの心の闇の奥底に閉じ込めておくべき、最悪の秘密だったのだ。
これを話してしまえば、自分は間違いなく、最愛の彼女に激しく拒絶される。怪物だと恐れられ、軽蔑され、捨てられるに違いない――。
「オスカー、言って。あなたがどんな恐ろしい罪を犯していようと、私にはもう関係ないわ。何だって受け止めるから」
「僕は……僕は……っ」
レリアは、今にも消えてしまいそうな深い憐れみの目を向け、オスカーを見つめた。
彼がどんな大罪を犯していようと、この世界でどんな凄惨なことがあろうと、彼女にはもう、オスカーのすべてを許し、共に背負う覚悟がとうの昔にできていた。彼が過去の罪悪感にのみ込まれ、一人で孤独に苦しみ続けることだけは、どうしても見ていられなかったのだ。
もちろん、こんな風に薬の力を使って、強制的に自白させるような真似はしたくはなかった。だが、この強硬手段を使わなければ、オスカーという男は永遠に自らの殻に引きこもり、口を閉ざしてしまう。そしてグリフィスの予言通り、いつか罪悪感に耐えかねて、彼女のそばから跡形もなく逃げ出してしまうかもしれないのだから。
オスカーは、血が滲むほどにぎゅっと口を結んだ。しかし、薬の魔力は容赦なく彼の脳を支配し、固く閉じた唇を無理やり抉り開けていく。彼の瞳から、大粒の涙が揺れ、頬を伝った。
彼の網膜の裏に、あの忌々しくも、美しかった「過去の記憶」が、鮮明な映像となって映し出された。まるで、昨日の出来事のように。
ずっと昔から、彼は自分をあの地獄のドブ底から救い出してくれた、レリアのあの温かい笑顔だけを思い浮かべながら生きてきた。
もしもう一度、奇跡的に彼女に会える日が来るのなら、今度こそは、無力だった昔とは違う、この手で彼女を世界の理不尽から守り抜いてみせる。小さくて頼りなかった、あの泣き虫の無力な少年の姿ではなく、誰よりも強くて頼りがいのある、しっかりとした姿を見せてあげるんだ。ずっと君に会いたかった、恋しかったと伝えなければいけない。これからはずっと君のそばにいたい、もう一度、あの頃のように友達になってほしいと、そう伝えるはずだった。
あの子が、あの過酷な皇城での陰謀の果てに「死んだ」という絶望的な知らせを聞くまでは、彼はそんな美しい夢のような希望に、ずっと胸を弾ませていたのだ。
『――いっそ、僕も死んでしまおうか』
彼女の訃報を聞いた直後、最初に彼の頭をよぎったのは、そんな純粋な後追いの情動だった。
だが、死ぬ前にもう一度だけでいいから、どうしてもあの子の姿を目に焼き付けたかった。憐れみでも同情でもない、人生で初めて自分に無条件で向けられた、あの奇跡のようなあたたかな眼差し。あの子が差し出してくれた、あの小さなあたたかい手を、もう一度だけでいいから、この手で強く握り締めたかった。
だから彼は、まるで狂ったように、亡くなったという「レオ(レリア)」に関する情報を、世界中から貪るように探し始めたのだ。
そして、泥沼のような調査の果てに、ついに知ってしまった。レオの本当の正体が、アウラリア帝国の第一皇女、レリアであるという、隠された真実を。
その時、絶望の極みにいた彼の脳裏に、ある一つの、恐ろしい「至高の方法」が思い浮かんだ。
『――神殿に伝わる、伝説の聖物』
そうだ。あらゆる不可能な願いを対価と引き換えに叶えてくれるという、あの神殿の聖物を見つけ出し、発動させることができれば……。
彼はその聖物の行方を確実に突き止めるため、それまで自ら封印し、恐れ忌み嫌っていた、あの「黒い怪物のような力」を完全に解放した。
かつては自らを破滅させる呪いだ恐怖していたその強大すぎる黒い力も、今の彼にとっては、目的を果たすためのただの便利な道具に過ぎなかった。彼は瞬く間にその力を完全に統制下に置くと、神殿の内部にあらかじめ抱き込んでいた他の神官たちをチェスの駒のように利用し、聖物を手に入れようと暗躍した。
「ルート」という甘い男が保管していた一つ目の聖物を奪い去るのは、あまりにも容易なことだった。最後まで抵抗を続ける彼を、いっそこの場で殺してしまおうかと脳裏をよぎりすらしたが、無用な血を流すのを嫌い、ただ聖物を鮮やかに盗み出して逃亡した。
ただし、皇女「ユリアナ」が肌身離さず厳重に保管していたもう一つの聖物を手に入れるのだけは、困難を極めた。周囲の友人たちの人脈を使ってみたが、彼女の鉄壁の警戒心の前には一切通用しなかったのだ。
業を煮やした彼は、ついに自ら闇の軍勢を組織し、圧倒的な武力をもってして強引にユリアナから聖物を強奪した。
そして二つのパーツが揃った瞬間、彼はすぐさまそれを一つへと完成させたのだ。
『おい、オスカー。ところでその禍々しい代物、一体どこで何に使うつもりなんだ?』
片腕を失い、血に染まったカリウスが、怪訝そうに尋ねてきた。
オスカーは何も答えなかった。傍らにいたグリフィスとロミオも、どうせ彼からまともな答えなど期待していなかったかのように、諦めたように深いため息をつくだけだった。
『これで、僕たちの長かった不幸な戦いも終わったんだ。……あぁ、これで、レオがどこかで生きていてくれたら、本当に良かったのにな……』
ロミオの切ない呟きに、その場にいた全員の表情が、重く暗く沈み込んだ。
ただ一人、グリフィスだけが、蛇のような鋭い目でオスカーの動向をじっと観察していた。彼が手の中に隠し持っている、完成した聖物の真の輝きを見透かすかのように。
その夜。オスカーは仲間たちの目を完全に欺き、一人で遠く、遠くへと駆け出した。
幾重もの強固な結界を張り巡らせ、彼がようやく辿り着いたのは、世界の果てと呼ばれる断崖絶壁。
漆黒の絶壁の下には、すべてを飲み込もうとする荒れ狂う怒濤の波が、激しく打ち寄せていた。
強い暴風が、彼の身体を容赦なく包み込み、衣服を激しくなびかせる。
彼は、歓喜と恐怖に震える手で、ゆっくりと手の中の二つの聖物を噛み合わせた。
その瞬間、世界が反転するかのような強烈な光が噴き出した。あまりの眩しさに目を背けそうになりながらも、彼は執念だけで、まっすぐにその光の中心を見つめ続けた。彼の手の中で、聖物はやがて月の光のような、どこまでも優しく不気味な輝きを放ち始めた。
そして、その光の帳の上に、一つの恐ろしい姿が揺らめきながら浮かび上がったのだ。波に砕け散る白い泡のように、今にも消えてしまいそうなほどに儚く、同時に直視できないほどに恐ろしい姿。
聖物の宿る守護者は、神々しい天使の姿と、醜悪な悪魔の姿を、完全に同時に併せ持っていた。
【――聖物を取り戻し、一つに調えし人間よ。その身に相応しい相応の代価を支払うと言うのであれば、お前の望む願いを、どれでも一つだけ叶えてやろう】
荒れ狂う豪雨の波音と風の音を強引にかき分けて、オスカーの脳細胞へと直接響いてくる、重層的な声だった。
【ただし、お前の願いに応じる対価は、その願いと同等の価値を持つ『命』でなければならない。また、過去にその聖物を扱った者たちの凄絶な私念や記憶が、世界の因果に混じる可能性があることを、あらかじめ覚悟しなければならぬぞ】
「――死んだレオを……いや。レリアを、今すぐこの世界に生き返らせてくれ!」
【すでに肉体が滅び、その魂が世界の理に従って、別の遠い場所へ流れていってしまった死者を、元の姿のまま蘇らせることは……神の領域であっても絶対に不可能だ】
その無情な宣告に、オスカーの胸は張り裂けんばかりにかき乱された。彼は大きく息を呑み、絶望に顔を歪める。
(助けられないなんて……そんなはずはない。最後に一度だけでも、どうしてもあの子に会わなければいけないのに。あの優しい微笑みを、あの澄んだ美しい声を、もう一度、もう一度だけ……!)
「それなら……!! 世界の時間を、もう一度丸ごと巻き戻してくれ!」
時間を、何年も前にもう一度戻すんだ。あの子が、あの冷たい皇城で孤独に死んでしまう、その前の時間へと。
【時間を巻き戻し、因果を改変すると言うのだな。……よかろう。だが、そのためにはお前自身の『命』と『存在』のすべてを代償として差し出さねばならぬ。本当に、それでも構わないのか?】
「――あぁ、構わない。そんなものでいいなら、いくらでもくれてやる」
一片の迷いもない簡潔な返答に、世界の守護者はそれ以上、返す言葉を持たなかった。大自然の圧倒的な脅威の前で、打ち寄せる波の音だけが不気味に響き渡る。
すると、守護者は何かを確かめるように、じっと沈黙した。
【……奇妙だな。お前がそこまでして現世に呼び戻したいと願うその魂が、この世界へ戻ることを、激しく拒んでいる。魂そのものが、再生を拒絶しているのだ】
「………」
【それでもお前は、彼女の意志を完全に無視し、無理やりこの現世へと引き連れて来たいと言うのか?】
先ほどまでの天使のような神聖さは消え失せ、今度は地の底から響く悪魔のような冷たく不気味な声が、オスカーの罪を容赦なく責め立てた。
【無理やり、魂を現世に縛り付けたいのか?】
「……あぁ、そうだ。無理やりでも、地獄の底からでも、彼女を僕の元へ連れ戻したい」
たとえその結果、生き返ったあの子に一生恨まれ、呪われることになったとしても、彼女のいない世界に生き続けることなど、彼には到底不可能だったのだ。
ギギギッ、ギギィ。
錆びついた鋭い鉄を無理やり削り取るような、奇怪な声が続いて聞こえてきた。天使の、いや、悪魔の形をした悍ましい像が、奇怪な音を立てながら、因果改変の恐ろしいシステムを説明し始めた。
時間を巻き戻し、かつてこの聖物を扱って無惨に死んでいった者たちの膨大な死骸と怨念を利用して、無理やりあの子の魂の軌道を強引に引き戻す。この現世に残る、彼女のわずかな未練の残滓を手繰り寄せて、世界を再構築するのだ、と。
だが、それは世界の理を完全に破壊する、とてつもない大いなる『呪い』であると、像は狂ったように付け加えた。
【その恐ろしい禁忌の罪業を犯したお前もまた、その代償として、新しく再構成された世界において、永遠に解けない苦しみと絶望を受け入れながら生きなければならぬのだぞ】
そんなことは、どうでもよかった。関係なかった。
オスカーは少しも動じることなく、ただその世界の果ての絶壁で――。
じっと待ち、ただひたすらに世界の崩壊を待ち続けた。胸の奥から凄絶な罪悪感が津波のように込み上げてきたが、それよりも、あの子にもう一度触れたいという狂気的な「執着」のほうが、遥かに強かったのだ。彼は、これは仕方のない選択だったのだと、自らの壊れかけの心に言い聞かせ続けた。
――『最初から、あのドブ底で、私を救わなければよかったのに』
(どうしようもないんだ、レリア。耐えられない。君のいない世界なんて、僕にとってはただの地獄だ。君にもう一度会うためなら、僕は世界だって滅ぼしてみせる……!)
すると、すべてを聞き届けた悪魔の姿が、醜悪に歪んだ。それは、自らの命を顧みず執着に溺れた者に下される、最後の最悪の呪いの宣告だった。
【これより因果は逆転する。お前は対価として、これまでの『命』と『記憶』のすべてを一度完全に失い、新しく与えられたその仮初めの命も、決して永遠に続くことはないだろう】
そんなことは、何でもよかった。
【お前の魂は永遠に神の救いを得ることはなく、お前の周囲のすべての人々が死に絶えた後も、お前の孤独な霊だけはこの世界を永久にさまよい続け、死ぬことも、転生することもできず、永遠の苦しみの中で醜く生き続けねばならぬ。……それでも、本当に行使するか?】
関係なかった。もう一度彼女に会えて、あの澄んだ瞳に見つめてもらえるなら、その後の自分がどうなろうと、知ったことではない。
「――あぁ、やってくれ」
彼の魂の返答に応じるように、悪魔の姿は不気味な暗い微笑を浮かべた。そして、因果が書き換わる直前、オスカーの目の前に、ある一つの「真実の光景」を幻視させたのだ。
「……あ」
オスカーは、まばたき一つせずに、その光景を呆然と見つめていた。
月明かりさえ厚い雲に隠された、いつかの暗い夜。一人の幼い少女が、深い淵の底へと、自ら進んで身を投げた。見間違えるはずがなかった。彼があれほど焦がれ、世界を滅ぼしてまで再び会いたいと願った、あの子だった。
まさにその瞬間、彼はレリアが前世で「死んだ本当の理由」を、残酷に知らされたのだ。
彼女は誰かに殺されたのではなかった。彼女は……自らその手で命を絶ち、その過酷な運命から逃れて、自由になろうとしていたのだ。
それなのに、自分という怪物は。
自由を求めて死んだ彼女の魂を、自らの独善的な執着のために強引に現世へと引きずり戻し、再びこの理不尽な犠牲の檻へと縛り付けてしまったのだ。
岩を激しく打つ波の音とともに、途方もない本物の罪悪感が、冷たい潮のようにオスカーの全身へと押し寄せてきた。
彼の身体は、ゆっくりと、糸の切れた人形のように床へと崩れ落ちていった。
自分が一体、どれほど恐ろしいことをしでかしてしまったのかを完全に悟った瞬間、前世の彼の呼吸は、そこで完全に停止した。
まぶたを閉じることさえ許されず、絶望に目を見開いたまま、彼は二度と戻れない孤独な死を迎えたのだ――。
「僕は……僕は……っ!!」
現在のオスカーは、激しく身体を震わせながら、震える声で、しどろもどろにそのすべてを白状した。
言葉を一つ吐き出すたびに、彼の壊れかけの心は細かく砕け散り、音を立てて崩壊していった。
一生をかけて、何があっても絶対に彼女にだけは隠し通しておきたかった最悪の秘密が、薬の魔力によって、あまりにも容易くその唇からこぼれ落ちていく。
強制的に、世界の真実が、今この部屋で完全に明かされたのだった。
前世の世界でも、そして新しく始まったこの世界でも、レリアはいつも、何も知らずに彼を救い続けてくれた。今回も、ぼんやりとした様子で、まさか彼が自分の足首を掴んで泥沼に引きずり込んでいる張本人だとは夢にも思わず、あまりにも素直に、優しく彼の命を救ってくれたのだ。
「……」
レリアは、完全に無表情になったまま、床に頽れるオスカーをじっと見つめていた。
彼女の前にひざまずき、小さくうずくまっている彼の顔は、幽霊のように青白かった。床に突いた彼の両手は真っ白にこわばってぶるぶると激しく震えており、見上げるその両目は、まるで血の涙を流すかのように真っ赤に充血している。
ぽたぽた、ぽたぽたと、彼の目から溢れ出た大粒の涙が、絨毯の床を黒く濡らしていく。
レリアはただ、一切の感情を消し去った無言のまま、泣き叫ぶ彼を静かに見守り続けるのだった。