こんにちは、ピッコです。
「幼馴染が私を殺そうとしてきます」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
163話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 小さな太陽たち
時の流れは水のように速く、安定期を過ぎて臨月が近づくにつれて、レリアは部屋に籠もることを好むようになった。正直なところ、身重の身体で動くのはひどく億劫だった。
(けれど、横になっている方がもっとつらいのよね……)
彼女は一日の大半をベッドに横たわるか、楽な椅子に腰掛けて過ごしていた。
すぐに部屋へと戻されてしまう日々に、少しばかり寂しさを感じることもあった。
本当はもっと外を歩きたかったし、国を挙げての大工事が始まったという変化もこの目で見てみたかった。しかし、鉛のように重い身体は、思うように動いてはくれなかった。
一日に一度、ごく軽い散歩をする以外は、ほとんどの時間を部屋の中で過ごした。食事もすべて室内で済ませていたが、不自由はまったくなかった。
オスカーがいつも、自ら温かいお湯の入った洗面器を抱えてやってくるからだ。
身体を丁寧に拭い、柔らかい布で仕上げをしてくれるのはもちろん、保湿剤を塗り、服を着せ、髪を梳かすことまで彼がすべてをこなした。それどころか、食事も一口ずつ直接運んでくれた。
その献身的な世話のおかげで、レリアは一切の手を煩わせることなく、至極快適な生活を送ることができていた。
「平和ね……」
こんなにも穏やかで、心に余裕のある日々を過ごしたことがあっただろうか。まるで人生で初めての長い休暇をもらったかのような心地だった。
何よりも、オスカーと二人きりで過ごす親密な時間が愛おしかった。
その時間を通じて、レリアはオスカーについて新たな発見を重ねていった。それはどれも、本当にささやかなことばかりだった。
(オスカーのことなら、何でも知っているつもりだったけれど……)
今になって振り返れば、それは思い込みに過ぎなかったのだ。
彼には予想もしなかった意外な一面がいくつもあった。
味にうるさくなく何でも食べるのかと思いきや、実は素材の味を活かした淡白な料理を好んでいた。甘いものよりは、酸味のあるものを喜んで口にする。
彼が好む香りにしても、レリアは自分が代わりに着ていた服の匂いだと思い込んでいたが、実は彼自身、初めからその新しい香りが好きだったのだ。
彼の本の趣味、好みの香り、他の人なら見落としてしまうような小さな癖。それらを一つずつ知っていく過程が、レリアにはたまらなく嬉しかった。
例えば、こんな癖があった。
オスカーは何かを議論する際、話し始める直前に、中指の先でそっと自分の唇をなぞるのだ。
そのことに気づいてからというもの、レリアは彼がその仕草をするたびに、愛おしさが込み上げて思わずクスリと笑ってしまった。
「……なぜ笑うんだ?」
理由がわからないオスカーは、困惑したようにレリアの真似をして唇を尖らせる。
「ううん、なんでもないの」
そのたびに、レリアの胸の奥から温かい何かがふわりと溶け出していくような、不思議な充足感に包まれた。
二人は互いに頭をもたせかけ、日常の他愛のない会話を交わしたり、並んで本を読んだりして時を過ごした。
気に入った一節があれば相手に読み聞かせ、ふと思い出した幼い頃の思い出話に花を咲かせては笑い合う。
お腹の赤ちゃんが胎動を見せるたび、その上にそっと手を当てて、慈しむように語りかけた。
「私は、子どもたちにとって友達のようなお母さんになるつもりよ」
「俺も、そうする」
「でも、一人くらいは少し厳しい役割も必要じゃない? 私がやった方がいいかしら?」
「いや……君は怒ると怖いからな」
「私が怖いって?」
レリアが呆れたように問い返すと、オスカーは彼女の銀髪を指先でくるくると弄んだ。少しの動揺も見せないその態度に、レリアはもどかしげに眉をひそめる。
「冗談だよ。怖いのは君じゃない。俺の法がずっと、君を怖がっている。レリア、君は本当に凛々しい顔をしているから」
「まさか」
オスカーは低く笑うと、悪戯っぽくレリアの頬や額、首筋に幾度も優しい唇を落とした。
レリアはとうとう降参したように彼を抱き寄せ、心地よい笑い声を漏らすのだった。
雨季が始まると、レリアは部屋の中を静かに歩き回ることで散歩の代わりにしていた。
天気の良い日には、オスカーが彼女の筋肉が強張らないよう、腕や脚を念入りにマッサージしてくれた。
雨が降る、ある穏やかな午後。
オスカーはソファの端にもたれて脚を組んで座り、レリアはその逞しい腰を枕にして横になっていた。
レリアは読んでいた本を閉じ、視線を窓の外へと向けた。
外は白く煙るほどの土砂降りで、ガラス窓には無数の雨粒がびっしりと張り付いている。
タタタタタ……。
窓ガラスを叩く規則的な雨音が、室内に心地よく響いていた。
部屋の中はじじめした不快感もなく、爽やかで快適な温度に保たれている。
二人は互いに寄り添い、静かに体温を分け合っていた。
レリアは良い香りのする薄手のブランケットを胸元まで引き上げながら、ふと声をかけた。
「オスカー、雨が降るとどんな料理が思い浮かぶ?」
問いかけられたオスカーは、開いていた本を一度閉じ、視線を落とした。
「……そうだな。君は何が思い浮かぶんだ?」
「私はね……子供の頃、神殿で食べた野菜スープ。覚えている? 雨の日には決まって出された料理なの」
「……あれは、もの凄く不味くなかったか?」
「ええ、不味かったわ。でも、ふと思い出しただけ。また食べたいっていうわけじゃないのよ」
「今、ほかに食べたいものはないのか?」
「今日はお腹がいっぱいだから、特にないわ」
そう答えながらも、オスカーが差し出した果物を、レリアは素直に口を開けて受け取った。もぐもぐと咀嚼して飲み込む。
よく熟したイチゴは、驚くほど柔らかく口の中で甘く溶けた。
オスカーは身をかがめ、そんな彼女の頬にそっと口づけを落とす。二人は果物を食べさせ合い、自然と目が合うたびに、どちらからともなく何度も唇を重ねた。
窓を叩く雨音に包まれながら、二人は穏やかなぬくもりを分かち合う。
いつしか、互いの身体が微かに熱を帯びていくのを感じ、さらに深く身体を寄せ合った。じんわりと伝わるその温かさが、たまらなく心地よかった。
優しく包み込まれるような感覚に、レリアの心と身体の緊張は完全に解きほぐされていく。
ふと我に返ると、彼女はオスカーの厚い胸にすっぽりと寄り添うようにして座っていた。
オスカーがレリアの耳元にそっと顔を寄せ、低く落ち着いた声で囁く。その温かな響きに、レリアは安心してすべてを身に委ねた。
彼女が少しでも動こうとすれば、彼の手が自然と、そして極めて丁寧にその身体を支える。大きなお腹に触れる手つきには限りない慈愛が込められていたが、背中をなぞる指先からは、微かな緊張も伝わってきた。
「オスカー……」
「静かに」
首筋に落ちてきた柔らかな愛撫に、レリアは静かに目を閉じた。
大きな掌が、彼女の華奢な身体をどこまでも穏やかに、愛おしそうに包み込む。
「ずっとこんなふうに、君と部屋の中で過ごしていたい」
オスカーはレリアの首元に唇を寄せたまま、低い声で呟いた。それは、彼の偽らざる本心だった。
ベッドの上で寄り添い、互いの肌の温もりを感じ、他愛のない話をしては笑い合う。
眠りにつく直前、ふと怖くなるほど、この暮らしはあまりにも幸福に満ちていた。
毎晩、「明日も今日のように平和な一日でありますように」と祈りながら、二人は目を閉じるのだった。
さらっ、と。
レリアの柔らかな銀髪が、オスカーの指の間を滑り落ちていく。
オスカーは愛おしげにその髪の先に口づけし、そっと彼女の耳たぶに触れた。
頬に唇を寄せると、レリアは拒むことなく、自然に彼の唇を受け入れた。
彼は静かに不器用な情熱を滑らせながら、彼女を優しく 促していく。
レリアの喉から、微かに震えるような吐息が漏れた。
唇が離れ、視線が交差した瞬間。
レリアの瞳は半月のように優しく細められた。
その無垢な微笑みを見たオスカーの胸に、不意に激しい感情が突き上げてきた。
それが何という感情なのか、彼自身にも分からなかった。
彼女はまるで何も知らない子供のように、さきほどの深い接吻さえ気に留めず、ただ穏やかに笑っている。
時折、自分の中に湧き上がる不安や動揺を、レリアは何事もなかったかのように心の奥底にそっと仕舞い込んでいるのだ。
その時、レリアがオスカーの首に愛おしげに両腕を回した。
オスカーは躊躇うことなく、その身体を強く抱きしめた。
彼女の確かな温もりを感じながら、オスカーはなぜか、胸が締め付けられて泣きたいような気分に包まれていた。
最近、二人きりで過ごす時間が続く中で、オスカーの心の中は何かが少しずつ、確実に変化し始めていた。
それは極めて緩やかな変化だった。
か弱く、幼い何かの上に、決して壊れない頑丈な保護膜が形成されていくような感覚。同時に、張り詰めていたすべてが優しく解けていくような感覚でもあった。
確かなことは、彼に対するレリアの警戒心が、以前に比べて格段に和らいだということだ。
まだ時折、以前のように彼女を戸惑わせ、困らせてしまうこともあったが、その頻度は目に見えて減っていた。
もちろん、彼の心の奥底には、未だに独占欲に駆られた子供っぽい一面が潜んでいる。それが強く出過ぎれば、また彼女を傷つけてしまうかもしれない。今でも時折、彼女の愛を試したくなる衝動が頭をよぎる。
だが幸いなことに、その歪な感情は――ゆっくりと、音を立てて崩れ落ちつつあった。
それは、堅固で頑丈だった防御壁が崩壊していく姿だった。
新たに築かれたのは彼女への絶対的な「信頼」であり、崩れ去ったのは、彼女の愛に対する「疑念」だった。
不安の残滓はあれど、もはやそれに支配されることはない。
手を差し出せば、いつでもレリアがその手を握り返してくれると信じられるからだ。
オスカーは再びレリアを引き寄せ、自らの胸へと深く抱きしめた。
顔を近づけると、レリアもまた当然のように唇を重ねてくる。
空いた手で、オスカーはレリアの腰のあたりを優しく愛撫した。
その手つきはどこまでも労わるように優しかったが、重なる唇の奥の動きには、一切の躊躇いのない情熱が宿っていた。その矛盾したギャップさえも、今の二人には酷く自然に感じられた。
レリアはただ、彼のすべてを受け入れた。
オスカーは、自分の利己的な欲望も、逞しい身体も、大きな掌も、その存在のすべてを彼女に受け止めて欲しかった。そして、彼女がそれらを余すことなく包み込んでくれた時、オスカーは生まれて初めて、自分が「完全な存在」になれたような充足感を覚えるのだった。
「愛してる、レリア……」
「……」
「たとえ魂が砕け散ろうとも……君がどこへ行こうと、俺は必ずついていく」
柔らかな耳元で囁かれる、重く、どこか暗い執着を孕んだ愛の告白。しかしレリアは一切拒むことなく、「大丈夫よ」と告げるかのようにすべてを受け入れた。
彼の中の底暗い情念さえも、彼女は優しく飲み込んでみせた。
「レリア、レリア……」
「……愛しているわ、オスカー」
「もっと……もっと言ってくれ」
オスカーは、レリアの身体から力が抜け、心地よい疲労に包まれるまで、幾度も愛を乞い、そして囁き続けた。
満ち足りた甘やかな時間がしばらく流れた。
ふと我に返った時、レリアは心も身体もすべてがとろけて液体になってしまったかのような気怠さの中にいた。
オスカーはそんなレリアの身体を丁寧に拭い、新しい服を着せてやった。
ちょうどその頃、使用人が静かに食事を運んできた。
オスカーは運ばれてきた肉を小さく切り分け、ベッドにもたれかかるレリアの口元へと、一つずつ丁寧に運んでいく。
気怠い余韻の中で食事を噛み、飲み込みながら、レリアの胸は言いようのない幸福感で満たされていた。
まるで心地よい微睡みの中にいるようだった。
「もう少し食べてから寝ようか。ん?」
優しい声に促され、レリアはまるで雛鳥のように素直に口を開けて食べ物を受け取る。
その様子がなんだか可笑しくて、彼女の口元からくすくすと笑みがこぼれた。
オスカーが温かいポテトサラダをスプーンですくい、不思議そうに尋ねる。
「どうして笑っているんだ?」
「なんとなく……この世界に、貴方と私二人きりしかいないような気がして」
「そうか? 悪くないな」
オスカーはその言葉がひどく気に入ったようで、満足そうににっこりと微笑んだ。
そんな、どこまでも穏やかで、一分の隙間もないほどに満ち足りた、熱い日々が続いていた。
「うぅ……っ」
冷たい雨が降るある日、ついにその時が訪れた。
激しい陣痛が始まったのだ。
レリアは、母親になるということがどれほど過酷な試練であるかを、身を以て痛感していた。
妊娠期間中にもそれなりに覚悟はしていたつもりだったが、命を産み落とすということは、決して美しく尊いだけの生易しい出来事ではなかった。
想像を絶する不快感に耐え、次々と襲いかかる未知の激痛を乗り越えなければならない。
それでも、隣で必死に自分を支えてくれるオスカーの存在があったからこそ、彼女は耐えることができていた。
しかし、この凄まじい肉体の痛みだけは、いかに万能なオスカーであっても代わってやることはできない。
オスカーは、苦しむ彼女の前で何もできない己の無力さに打ちひしがれ、その苦痛をそのまま自分が背負いたいと、本気で神に乞うような表情を浮かべていた。
だが、当のレリアはそんな精神論など微塵も求めていなかった。
すべての苦痛を直接感じることだけが、人間の成長や深みにつながるわけではないはずだ。安全で確実な手段があるのなら、なぜ無駄に耐え忍ぶ必要があるだろう。
必死に痛みを堪えようとするオスカーの姿を、レリアは心の中で(本当にバカなんだから)と呆れつつも、運ばれてきた「緋金の薬」へと手を伸ばした。
それは、彼女が「錬金」によって作り出した奇跡の薬。
薬を口に含んだ途端、それまで身体を切り裂くようだった激痛が、まるで嘘のように引いていった。
(ヨングマ……本当に、あなたは私の英雄よ)
嵐のようだった視界が、一瞬にして静けさを取り戻していく。
一息ついたレリアは、速やかに厳重な分娩室へと移された。
分娩室の中には、かなり前から万全の体制で待機していた、経験豊富な熟練の助産師たちの姿があった。
「そんなに緊張なさらなくて大丈夫ですよ」
年配の助産師の穏やかな微笑みに、レリアの強張っていた心が少しずつ解きほぐされていく。
その時、誰かがレリアの手をぎゅっと力強く握りしめた。
「レリア……っ」
見れば、ひどく緊張した面持ちのエリザベスが、手を小刻みに震わせながら寄り添っていた。
不思議なことに、母の顔を見た瞬間、レリアの目頭が熱くなり、泣きそうな感情が込み上げてきた。
「お母さんがずっとそばにいるから。だから、何も心配いらないわ。ね?」
レリアは声を出せず、ただ喉をごくりと鳴らして頷いた。
しかし、そう励ましてくれるエリザベス本人の顔色の方が、誰の目から見ても最悪だった。当事者であるレリアよりも遥かに具合が悪そうに見える。
きっと、これから娘を襲うであろう出産の苦しみがどれほど凄絶なものか、身を以て知っているからこそ、我がことのように恐ろしいのだろう。
レリアは、痛みがぶり返しそうになったら、この「緋金の薬」をこれでもかと身体に注入してやろうと心に誓いながら、握られた母の手に応えるように力を込めた。
一方、固く閉ざされた分娩室の外は、異様な緊張感に包まれ騒然としていた。
労働伯爵とカーリクスは、召使いたちが用意した椅子に腰掛け、険しい表情で床を睨みつけていた。
「レリアに何かあったらどうしよう、父さん……」
「滅多なことを言うな、黙っていろ」
「だって心配なんだよ! レリアはまだ、あんなに若いのに……」
隣に座るアティアスもまた、一言も発さずに真剣な面持ちで固まっている。そのアティアスの手を優しく包み込むように握っている伯爵夫人だけが、唯一、穏やかな微笑みを湛えて夫と息子たちを見守っていた。
その隣には、背筋をこれ以上ないほどピンと伸ばした姿勢のカルリスと、さらに輪をかけて硬直した姿勢のグリフィス、そして両手を固く組んで座り込んでいるロミオがいた。
そして、オスカーはといえば――。
分娩室の扉の真ん前で、微動だにせず直立不動で立っていた。その端正な顔は真っ青に刷かれ、赤くなった目元には今にも溢れそうな涙が滲んでいる。
本来ならば当然、出産室の中まで付き添うつもりだった。しかし、それをレリアが断固として拒絶したのだ。
『そんなに青ざめた顔のオスカーが横にいたら、私が気になって出産に集中できないわ』というのが理由だった。
オスカーは唇を血がにじむほど強く噛み締めた。
胸の中が、未だかつてない不安と恐怖で激しくのたうち回っている。生きてきた中で、これほどまでに心臓が潰れそうな緊張を味わったことはなかった。
「……とにかく気分が悪い。なぜレリアがあんな痛い思いをしなければならないんだ」
その時、ずっと黙っていたカーリクスが、耐えかねたように突然ガタッと立ち上がって吐き捨てた。
最近のレリアの大きく膨らんだお腹を見て、カーリクスは正直なところ、不謹慎にも再び彼女に激しく心を奪われていた。その姿が、あまりにも神秘的で、神聖なものに思えたからだ。当時のレリアは、まるで現世に降り立った女神そのものだった。
そのお腹にいる子の父親が、目の前の忌々しいオスカーであるということだけが、どうしても気に食わなかった。
だが、美しいものは美しい。
カーリクスは、レリアが辛そうにしている時にいつも特等席で寄り添っているオスカーが、鬱陶しくて仕方がなかった。本当に腹立たしい男だ。どうしようもない奴め、レリアを……。
今まで何度も何度も自分を押し殺して我慢してきたが、今日という日は、本当にもう限界だった。
出産の痛みがどれほど激しいものか、経験のないカーリクスには想像もつかない。しかし、最近読んだ医学書によれば、それは人間の耐えられる限界を超える凄絶な痛みだという。
正直、レリアにあれほどの苦痛を与えた罪として、今ここでオスカーを殴り倒しても合法なのではないか。
カーリクスは苛立ちのままオスカーに詰め寄り、その肩を激しく揺さぶった。
普段のオスカーであれば、気配を察して近づく前に拒絶の反応を示すはずだった。しかし、今日の彼は完全に魂が抜けたようになっており、されるがままだった。
そのあまりの生気のなさに、カーリクスは思わず動きを止めた。
「おい……しっかりしろよ」
「……」
『レリアが痛む分だけ、お前も痛がれ』と、その腹に強烈なパンチでも叩き込んでやるつもりだった。しかし、幽霊のように青ざめたオスカーの顔を見てしまうと、流石にその気も失せた。
おそらく、これから我が子の誕生を迎える父親にしか分からない、狂気的な重圧があるのだろう。
目の前の男が、レリアを失うかもしれないという恐怖に本気で怯えている――その事実が過ると、カーリクスの全身の血が引いていくような感覚に襲われた。
激しい困惑と動揺。それは紛れもない嫉妬であり、同時に焦燥だった。
「ちくしょう……っ」
カーリクスは今でも、いずれ自分がレリアの「二人目の夫」になるのだと、自分こそが最終的に彼女にふさわしい男になれるのだと自負していた。明らかにこの頼りないオスカーより、良い夫になってみせると。
だが、この世に何も怖いものなどなさそうに見えた傲慢なオスカーの瞳に、明らかな「恐れ」が垣間見えた瞬間、なぜかカーリクスの心臓にも冷たい緊張が走ったのだ。
いつか自分も、あの立場に立てば、あんなふうに無様に怯えるのだろうか。
「頭がおかしくなりそうだ、この野郎……」
カーリクスは忌々しげに毒づきながら、オスカーの肩から手を離し、再び席にどさりと座り込んだ。
隣で様子を伺っていたグリフィスが、オスカーを横目でちらりと盗み見ながら、低く皮肉めいた声を上げる。
「誰かが見たら、自分が子供を産むのかと思いかねない取り乱し方ですね」
オスカーはグリフィスの痛烈な皮肉にさえ、全く怒る気配も見せず、ただ掠れた声で問いかけた。
「……レリアの陣痛を、和らげる魔法や方法は、本当に他にないのか?」
「……」
グリフィスは黙って彼を見つめた。
オスカーは、自分の持つ絶大な力や魅力をもってしても、どうにもできない現実があるという事実に、相当なショックを受けているようだった。
実は、グリフィスはこの日のために、裏でいくつかの「準備」を重ねていた。本来であれば、レリアの苦しみを和らげるという大義名分のもと、自分が出産室へと入る手はずを整えていたのだ。
苦しみに悶えるレリアの手を握り、自らの精神力を注ぎ込んで、少しでも彼女の心の隙間に入り込みたかった。そして、生まれてくる赤ん坊を世界で最初に抱き上げるのは、自分になる予定だったのだ。その子を大切に抱き抱え、ベッドの上のレリアに見せて微笑むはずだった。
だが、その野望はすべて水泡に帰した。
出産室に入る直前、レリアは極めて穏やかな、全てを見通したような顔で「行ってくるわね」と手を振り、彼らの前を通り過ぎていったのだ。
おそらく、かつて彼女を支えた不思議な「錬金」の力が、再び彼女を守っているのだろう。
「レリアなら、必ず立派にやってのけます。余計な心配は無用ですよ」
結局のところ、グリフィスに言えるのは、そんな気休めの言葉だけだった。
オスカーはその言葉に救われることもなく、ただ気まずそうに眉をわずかにひそめた。
「おい、お前たち、少しは黙れ……神聖な分娩室の前でガヤガヤとうるさいぞ」
その時、ずっと両手を合わせ、固く目を閉じていたロミオが、我慢の限界といった様子で鋭い一言を放った。
その表情には、明らかな警告の色の刺さっている。カルリスは呆れ果てた顔で問い返した。
「お前、さっきから一体何をしてるんだ?」
「見ればわかるだろう。祈っているんだ」
あまりにも澄み切った声で返され、カルリスは言葉を失った。その姿からは、信じられないほどの神聖なオーラが溢れ出ている。
隣に座るこの男は、微動だにせず、ただひたすらに魔法使いの主宰へと熱烈な祈りを捧げていた。カーリクスは呆れを通り越して、最早乾いた笑いしか出ない。
「お前、普段は神なんて微塵も信じていないだろう」
「もう何日も前から敬虔な信徒だ。だから少し黙っていろ。祈りの邪魔になる」
「……」
「真剣に祈れば、奇跡は必ず叶うはずだ」
大真面目に言い放つロミオの姿に、周囲の面々は一様にゾッとするような表情を浮かべた。特にグリフィスは、あまりの滑稽さに笑いを堪えきれず、口元を不自然に釣り上げている。
そうして、新しい命の誕生を待つ男たちの間に、ひどく気まずく、張り詰めた沈黙が流れた。
――その、刹那だった。
分娩室の遥か奥の方から、静寂を破る高い産声が響き渡った。
「うわああん、うわああん……!」
わずかな時間差を置いて、重なるように響き始めた二つの確かな泣き声。
それは遠い未来、フレスベルグ帝国とアウラリア帝国の二つの国を照らす、偉大なる「太陽」となるべき尊き双子たちの、輝かしい誕生の瞬間だった。
-
深まる絆と、オスカーの心の変化
臨月を迎え部屋で過ごすレリアを、オスカーは甲斐甲斐しく世話し、二人は他愛のない日常の中で深く愛を通わせる。レリアを過剰に独占しようとするオスカーの歪んだ不安は、彼女への絶対的な「信頼」へと変わり、二人の絆は精神的にも完全に結ばれたものとなった。
-
突然の陣痛と、レリアの「奇跡の薬」による克服
激しい陣痛が始まるが、レリアは自ら調合した「緋金の薬」を使い、出産の凄絶な激痛を嘘のように消し去って分娩室へ向かう。同行を拒まれたオスカーに代わり、出産経験の恐ろしさを知るがゆえに誰よりも怯える母エリザベスに見守られ、レリアは落ち着いて出産に臨む。
-
室外の男たちの滑稽な葛藤と、双子の誕生
分娩室の外では、取り乱して涙ぐむオスカー、嫉妬と焦燥に駆られるカーリクス、画策が外れたグリフィス、にわか信徒となって祈り続けるロミオなど、男たちが異様な緊張感の中で狼狽していた。そして、静寂を破るように二つの産声が響き渡り、未来の二大帝国を照らす偉大な「双子」が誕生する。