こんにちは、ピッコです。
「悪女の姉を救う勇敢なわんこです」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
46話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 悪女の微笑みと、偽りの華
「……以上が、これまで皆様にご投資いただいた東大陸香辛料事業についてのご説明でした。基本的に、五%以上の利益率を保証しておりますわ」
貴族や投資家たちがひしめき合う豪華な会場。
整った拍手が天上に響き渡る中、ダリア・メロランドはどこまでも穏やかで、慈愛に満ちた笑みを浮かべていた。説明会が幕を閉じると、集まった人々は我先にと彼女の周囲を取り囲み、口々に惜しみない称賛の言葉を浴びせかける。
「今回の事業も大成功でしたね。本当に素晴らしい手腕だ!」
「ダリア様の完璧な事業計画を聞かされては、投資しないという選択肢など存在しませんからね!」
まるで手付かずの金鉱を見つけた採掘者のように、手元の資金をちらつかせながら「ぜひ私にも投資させてほしい」と群がる人々。そんな現金な光景を見つめながら、ダリアは少し困ったように、照れくさそうに微笑んだ。
「そんな……滅相もございません。すべては私の愛しい婚約者――海上提督様が、陰で私を支えてくださったおかげですわ」
「お二人のロマンチックな恋物語は、今や社交界の語り草ですからね」
「もちろん提督様も英雄ですが、それでもメロランド令嬢の聡明さには敵いませんよ」
ダリア・メロランド。
かつて没落寸前まで追い詰められたメロランド家の末娘。
淡い青緑色の髪に、神秘的な銀色の瞳を持つ、気品あふれる美しい女性。
彼女は約一年前から、社交界で名高い若き実業家として急激に頭角を現し始めていた。巧みな投資説明会を通じて、他の貴族たちから巨額の投資資金を合法的に集めてきたからだ。
「次の事業は、これまでとは規模がまったく違いますの。私たちメロランド家も家門の総力を挙げて取り組みましたわ。きっと……この帝国に、計り知れない『革新』をもたらすことでしょう」
人々は期待に満ちた表情でどよめいた。
そうして次々と投資家たちの貪欲な質問に答え終えた、その時――。
会場の一番最後列で、静かに戦況を見つめるように座っていた一人の高貴な貴婦人が、優雅に立ち上がった。
「その“革新”というものが一体何なのか、この私も今から楽しみで仕方がないわ」
コツ、コツ――。
静かな靴音を響かせながらまっすぐに歩み寄ってくる貴婦人を見て、ダリアは嬉しそうに目を細めた。
「ルクレチア公爵夫人……!」
「ええ。ダリア・メロランド嬢、久しぶりね。あれから一年……ずいぶんと立派に、生意気変わったじゃない?」
「そうでしょうか。未熟ながら様々なことを学ばせていただき、少しは成長できたのかもしれませんわ」
一年前のダリアは、今とは違ってひどく消極的な令嬢だった。没落しかけた家門の出身であることに強い劣等感を抱き、その重圧にいつも押しつぶされそうになっていたのだ。
そんなダリアが激しく憧れ、同時に深く嫉妬していたのが、常に社交界の中心で堂々と意欲に満ちあふれていたクロエ・アルドスだった。ダリアのほうから何度も健気に声をかけて距離を縮め、ようやく友人として親しくなった仲。
――けれど、その脆い関係は、ダリアがクロエの婚約者を文字通り「略奪」したことで、最悪の終わりを迎えた。
「ちょうどあの頃、公爵家の飼い犬が一匹死んで、クロエが引きこもってくれたおかげで不倫の噂も大きく広まらずに済んだ。ダリア嬢、あなたは本当に運が良かったわね」
ルクレチアは、お澄まし顔のダリアを意味深な視線で見つめると、彼女の耳元へ顔を寄せ、密やかに囁いた。
「クロエが本格的に社交界へ復帰しようとしているわ。その話は当然、耳に入っているでしょう?」
「もちろんでございます」
「もし、あの方を叩き潰すための『力』が必要なら、いつでもこの私を頼りなさい」
かつて、クロエと決別して四面楚歌だったダリアを裏から全面的に支えたのは、他でもない公爵夫人のルクレチアだった。
「きっとクロエも、もうすぐ自分がどれほど惨めな立場に堕ちたのかを、思い知ることになるわ」
「……ええ、きっと」
ダリアは顔を上げ、確信に満ちたにこやかな笑みを浮かべた。
「明日、私と特に親しい令嬢が主催する社交パーティーに招待されておりますの。その日……」
「その日?」
「クロエは社交界から――いえ、この帝国の貴族社会そのものから、完全に孤立して消えることになるでしょう」
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生きていれば、どうしようもなく肌が粟立つような日があるものではないだろうか。
全身を冷たい不吉な予感が包み込み、なぜか世界がガラリとひっくり返るような、そんな予兆に満ちた日。
そしてクロエは思った。モロコ令嬢が主催する社交パーティーが開かれる、新緑に囲まれた春の別荘へ到着した今こそが、まさに「そんな日」なのだと。
「……あなた、どうしてここにいるの? ココ?」
新シーズン最初の本格的な社交パーティーに招待されたとき、クロエは当然、末妹のココを屋敷に置いてくるつもりだった。社交界とは、血の流れない陰湿な戦場だ。まだ幼いココが、貴族たちの心ない刃のような言葉で傷つくことを何よりも心配していた。
それなのに――。
「ねえ、クロエ。うちの可愛い妹が、どうしても社交パーティーを見てみたいって言うからさ。兄として、連れて来るしかなかったんだよ」
次男のルースにしっかりと手を繋がれたココが、無邪気な顔でそこに立っていた。
「ルース……お兄ちゃんに任せていたら、本当に人生の役には立たないわね……」
「面と向かって悪口を言わなかっただけ、ありがたいと思いなさい」
クロエは額に手を当て、深い溜め息をつきながら別荘の豪華な廊下を歩いた。
「いい? 何か問題を起こしたら、すべてあなたの責任だからね。形式上は、私がこの子を社交界に連れてきたことになっているんだから。わかった?」
「わかったよ、わかった。俺が全部の責任を取る。ほら、おチビ、あっちで一緒に遊ぼうか」
「うん……!」
責任を押し付け合っているルースを、クロエはまったく信用していなかった。結局、心配で目を離すことができず、三人並んで廊下を進むことになる。
「どうして私が、いつも身内からまで“黒幕”みたいな扱いをされなきゃいけないのかしら」
「えっ! お姉ちゃん、私、黒幕なんかじゃないよ? ちゃんと生身の人間だよ! それに、黒幕だなんてすごく失礼なんだから……!」
「よく言うわ。あなた、ここでもまた何か騒ぎを起こすつもりでしょう?」
「……へへ」
「ルース、その生意気な子を捕まえておきなさい」
「ほら、おチビ。こっちへおいで。お兄ちゃんが抱っこしてあげるからね」
クロエには、再びこの濁った社交界で活動を始めた明確な目的があった。だからこそ全身の気を引き締め、一歩一歩の立ち居振る舞いにも、完璧な乱れなき気品を保たなければならない。
それなのに……隣から聞こえる二人の気軽な冗談のやり取りが、氷のように張り詰めていた彼女の心を、少しずつ、確かに和らげていく。
クロエはふと、廊下の窓ガラスに映る自分の姿を見て、思わず驚きに目を見張った。
自分が、微かに優しく微笑んでいたからだ。
(ココをあんなふうに自由にさせておいて……。私は今、こんなに幸せそうな顔をしていてはいけないのに)
彼女はハッと我に返ると、再び冷徹な表情を引き締め、歩調を速めた。
しかし――。
「わあ! お姉ちゃん! 見て見て、あそこに大きな湖があるよ! すっごく大きい!」
どれほど無表情を保とうとしても、隣を歩く小さなココがあまりにも落ち着きなく弾むため、どうしても気が散ってしまう。
――そういえば、かつて愛したあの子犬のココも、散歩に出かけるとあちこちの匂いを嗅いで回ってばかりで、いつも家に帰るまでに信じられないほど時間がかかっていた。
そんな愛おしい過去を思い出したクロエの口元に、またしても微かな笑みが浮かび――彼女は慌ててそれを消し去った。
(クロエ・アルドス、落ち着きなさい。一体何に絆されているの)
片方は高貴な人間で、もう片方はただの子犬なのに。
自分に厳しく言い聞かせるように、クロエは冷たく言い放った。
「行きましょう。急いで」
「うん!」
ココはひまわりのようににっこりと笑い、別荘の扉の向こうへと入っていった。
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(今日の社交パーティーの主催者は、モロコ令嬢。……ダリアと非常に親しい間柄だったわね)
会場へ足を踏み入れながら、クロエはふと、ダリア・メロランドという女性について思いを馳せた。
最初に、クロエの当時の婚約者だったギレン・アマデウス侯爵を引き合わせたとき、ダリアの瞳はこれ以上ないほど貪欲に輝いていた。
『侯爵様、ずっとお会いしたかったのですわ!』
『ん? 君は、クロエの知り合いかい?』
クロエが気づかないうちに、いつの間にかダリアとギレンは、自然と目が合えば親親しげに挨拶を交わすほどの関係になっていた。
『あの……クロエは、たぶんギレン侯爵様のことをあまり好いておられないみたいなんですの。可愛そうですわ……』
ダリアが自分と婚約者の仲を陰湿に引き裂こうとしていることに気づきながらも、当時のクロエが何も手を打たなかったのは、ただ単に彼女自身が感情を露わにすることを嫌ったからだった。
だが、いつからだっただろうか。婚約者が、露骨にダリアの名前を口にするようになったのは。
『クロエ。君も、ダリアみたいにもっと愛らしく、女性らしく笑ってみたらどうなんだ』
『……クロエ』
そうして、事あるごとに何かと比較され、貶められた。
その頃までは、クロエもギレンに対して、未来の伴侶としてのささやかな好意を抱いていた。同年代の男性であり、将来を約束された結婚相手。恋愛にそれほど熱狂していなかったとはいえ、意識せずにはいられない特別な存在だったのだ。
しかし――。
愛犬のココが死に、彼女が絶望のあまり屋敷の奥深くへ引きこもっていたその僅かな隙に、二人はクロエの背後で、あろうことか婚約を発表した。
『クロエ様が屋敷に引きこもっていらっしゃる間、ギレン様にお会いにならないのかと聞いてみたのです。すると、クロエ様は……ギレン様を一方的に捨てると仰って……』
クロエが引きこもる遥か以前から、ダリアは親友の顔をして彼女を欺き、ギレンと二人きりで密会を重ねていた。それなのに、ダリアが流したたった数言の憐れみの涙によって、社交界でのクロエは「傷心の婚約者を一方的に捨てたひどい悪女」に仕立て上げられたのだ。
目を開けて息をするだけでも苦しいほど憔悴していた当時のクロエには、弁明する気力など残されていなかった。その沈黙を肯定と受け取った噂は、雪だるまのように膨れ上がり、瞬く間に帝国中を席巻した。
『傷ついたギレン侯爵様を側で慰めているうちに、いつの間にか、私を本気で愛してくださるようになって……』
『ダリアお嬢様は愛嬌があって、とても可愛らしく、女性としての魅力にもあふれていますもの。ギレン様が恋に落ちないほうがおかしいですわ』
婚約者を奪われ、すべての社交活動をやめて引きこもってしまったかつての絶対的女王。そんな暗い女性との不幸せな婚約を乗り越え、真実の愛を勝ち取ったロマンチックな悲劇のカップル――。お互いの純愛を見せつけるように美化して振る舞う彼らの姿には、反吐が出そうだった。
それでも、そこまではまだ、冷徹に耐えることができた。
しかし、決定的な一言がクロエの逆鱗に触れた。
『はぁ……公爵家の犬が一匹死んだくらいで部屋に引きこもるなんて、クロエ様の精神状態が本当に心配ですわ』
ダリアが何気なさを装って口にしたその一言は、社交界のあらゆるゴシップ紙のトップを飾り、国中の格好の笑いものとなった。
【アルドス公女が引きこもった本当の理由――たかが公爵家の犬一匹の死】
(――犬一匹、だなんて)
あのとき、クロエは生まれて初めて、ダリアという女をこの手で惨殺したいとすら激しく渇望した。父親によって別荘へ強制的に軟禁されていたため実行には移せなかったが、あの暗黒の時代を思い出すだけで、今でも怒りで両手がワナワナと震えそうになる。
――その、瞬間だった。
先に扉をくぐろうとした小さなココが、後ろを振り返り、クロエの震える手をぎゅっと小さな両手で握り締めて、にっこりと太陽のように笑った。
その温かいぬくもりが、冷え切ったクロエの手のひらいっぱいに、優しく伝わってくる。まるで、彼女の胸の奥で燃え盛る黒い怒りを、跡形もなく溶かしていくかのように。
「お姉ちゃん、入らないの?」
「ふぅ、結局お姉ちゃんと一緒に入ってきちゃった!」
社交パーティーの会場は、春の別荘にふさわしく、非常に明るく華やかな雰囲気に包まれていた。まるで小さな舞踏会のような活気だ。
私とお姉ちゃん、それにルースお兄ちゃんは、ひとまず壁際に立ちながら、きらびやかな会場の様子を静かに眺めていた。
ところが、少し不思議なことがあった。
「ねえ、お兄ちゃん。どうして誰も私たちのところに挨拶に来ないの?」
「だって、クロエ・アルドスは社交界一の“稀代の悪女”として有名だからさ。気に入らない相手には、一瞬で鋭い毒舌のナイフを浴びせるって恐れられているんだよ」
「……」
(うちのお姉ちゃん、悪い意味で有名すぎるんだね……)
周囲の貴族たちは、すれ違うたびにこちらへ冷ややかな視線を向けるだけでなく、腫れ物に触るかのように、誰もが近寄ることを露骨に避けているようだった。
その一方で、空気を読まないルースお兄ちゃんは、トレイを持ったワインサーバーたちに気軽に話しかけていた。
「おい、そこの君。うちのチビ、信じられないくらい可愛いだろ?」
……完全に、ただの親バカである。
「ルース、本当に親バカだね……お姉ちゃんが呆れてるよ」
お姉ちゃんは何かを見極めるように、絶えず鋭い視線を周囲へと巡らせていた。
――その時だった。
周囲の様子を窺っていたミール令嬢が、こちらの孤立を察してか、すっと歩み寄って声をかけてくれた。
「こんにちは、ココお嬢様。それから、ルース公子様、クロエお嬢様も、ようこそお越しくださいました」
「ミール令嬢! 久しぶり!」
「おっ、うちのおチビが前回の展覧会でえらく会いたがっていた、噂の綺麗な絵描きさんだな?」
(会ったこともないはずなのに、ルースお兄ちゃんはどうして知っているの!?)
「本当に、社交界の噂が広まるのって早すぎるね……」
私はミール令嬢と明るく笑いながら言葉を交わした。ミール令嬢は、今新しく描き始めている素晴らしい絵の話をしてくれたあと、「次の展覧会でも、ぜひまたココお嬢様にお会いしたいです」と嬉しそうに話してくれた。
そうして、気づけば十分以上もの間、周囲の冷視を遮るような楽しい会話が続いた。
「次の展覧会には、この私も絶対に足を運ぶよ。うちのおチビが行くのに、兄である私だけが留守番なんて、寂しくて耐えられないからね」
「ふぅ……ルース、あなたは本当に聞いていて疲れるわね」
私たちがミール令嬢とあまりにも自然に、楽しそうに会話している様子を目撃したからだろう。周囲の遠巻きにしていた好奇心旺盛な令嬢や令息たちが、少しずつ、引き寄せられるように私たちの周りに集まり始めた。前回の展覧会で見かけた顔ぶれも何人か混ざっている。
よし、この流れなら、完璧な会話のきっかけを作れそう!
(今こそ、お姉ちゃんの最悪な悪い噂を払拭する大チャンスだわ!)
たとえ将来、私が子犬の姿に戻ってしまっても、お姉ちゃんが「性格の悪い冷酷な悪女」だと陰口を叩かれないように。
私はお姉ちゃんのドレスの袖をぎゅっと引っ張り、これ以上ないほど甘えるような、愛らしい声を上げた。
「お姉ちゃん、お腹空いちゃった。私、あそこにある角切りチーズが食べたいな」
お姉ちゃんは無表情のまま、じっと私を見つめた。
その瞬間、周囲の貴族たちから、ざわざわと小さな、心配そうなざわめきが起こる。
「まあ、どうしましょう。いくら実の妹相手とはいえ……」
「……今すぐおねだりを止めたほうがいいんじゃないかしら? 容赦のないクロエ様ですもの、激怒されるわよ」
だが、そんな周囲の怯えを他所に――。
お姉ちゃんは何事もないように、優しくトングでチーズを摘むと、私の口元へとひと口サイズのチーズを運んでくれた。
私は「あーん」と大きく口を開け、そのままチーズをパクリとおいしく頬張った。
(ほら、みんな! お姉ちゃんが私にこうして優しくご飯を食べさせてくれるところを見て、どう思った!?)
うちのお姉ちゃんの、意外で最高に優しい一面を見つけたと思わない? 子どもにこんなに甘々で接する人なんて、社交界にそうはいないでしょう? だから少しは見方を変えてよね!
「お姉ちゃん、歩き疲れて、なんだか腕が痛くなっちゃった」
「こっちへおいで」
お姉ちゃんは至極当然のような様子で、私の小さな腕を優しく揉みほぐしてくれた。
その瞬間、周囲にいた全員が、まるで幽霊でも見たかのように言葉を失った表情を浮かべた。
私は(皆さん、うちのお姉ちゃんは本当はこんなに優しい人なんですよ!)という大作戦が見事に大成功したと確信し、誇らしげに胸を張った。そして、決定打となる一言を言い放とうとした、まさにその時――。
展覧会でお姉ちゃんの毅然とした姿を見ていたはずのミール令嬢でさえ、ひどく戸惑ったような表情で口を開いた。
「ク、クロエ様は……コ、ココお嬢様のことを、本当に心の底から大切になさっているのですね……!」
するとルースお兄ちゃんが、私の頬を指先でつつきながら我が物顔で言った。
「そりゃあそうだろう。うちのおチビがこれほどまでに可愛いんだから、あの冷徹なクロエだって一コロでメロメロになるさ」
(……ルースお兄ちゃん、作戦の方向性としてはあまり役に立っていない気がする)
けれど、隣にいた高貴な令息の一人が深く納得したように頷いているのを見ると、案外その「可愛いから仕方ない」という言葉は効果絶大だったのかもしれない。
(……しまったわ。これじゃお姉ちゃんの名誉挽回じゃなくて、私の可愛さアピールばかりになっちゃう!)
それでも、私がこうしてお姉ちゃんの隣にぴったりとくっついて甘えていたおかげだろう。人々の中にあった「クロエ・アルドス=冷酷非道な怪物」という恐ろしい印象は、確実に和らいでいくのが分かった。
(うん、少しだけ場の空気が優しくなってよかった!)
私がえへへ、と満足そうに笑いながら皆の様子を見守っていた、――その時だった。
カツ、カツ、と遠くから、空間を支配するような傲慢な足音が近づいてきた。
極上の上品なドレスに身を包み、淡い青緑色の髪と冷徹な銀色の瞳を持つ、神秘的な雰囲気の女性。
「こんにちは。“神の祝福の子”と名高いココ・アルドスお嬢様。――そして、クロエ。ずいぶんと久しぶりね」
ダリア・メロランド。
せっかく穏やかになりかけていた空気の真ん中に、“社交界の今をときめく華”と呼ばれるその女性が、満を持して姿を現したのだった。
「こんにちは、クロエ。引きこもりの間、元気にしていらした?」
「ええ、それなりにね」
クロエの極めてそっけなく、興味なさげな返事に、ダリアの完璧な笑顔がわずかに曇った。彼女はすぐに可哀想な被害者を装うように、悲しげに眉をひそめる。
「昔はあんなに、実の姉妹のように仲が良かったのに……今やこのような冷え切った関係になってしまって、私は本当に残念で堪りませんわ」
その言葉が発せられた瞬間、周囲の貴族たちが一斉にひそひそとざわつき始めた。
(うわあ……これって典型的な、自分は悪くないっていう“被害者アピール”だわ……!)
ダリアは、クロエお姉ちゃんが長い間社交界から完全に姿を消していた暗黒の期間を利用して、自分に都合のいい嘘の噂を植え付け、周囲を洗脳していたのだ。
ところが、我が家のお姉ちゃんは――。
「昔? そんなこともあったかしら。下らない雑事はもう、すべて忘れてしまったわ」
私は、お姉ちゃんが当然ここで、ダリアの過去の不倫や略奪の罪について激しく切り込むものだと思っていた。けれど、お姉ちゃんはその二人の男の話題には、ただの一言も触れなかった。
「私の記憶にあるあなたといえば、お茶会のテーブルクロスをしわくちゃにして怯えるくらいしか能がなかったはずだけれど……。その無能さは、今も相変わらず変わっていないのかしら?」
(……お姉ちゃん、不倫なんかよりも遥かにプライドを切り裂く言葉で、見事に向こうを言い負かしているわ!)
「まあ……過去は過去のことよ、クロエ。今の私は違いますわ」
「そう? でも、どうして私の目には、未だにあの頃の惨めなあなたの姿しか見えないのかしら」
お姉ちゃんに冷たく見下ろされたダリアは、一番痛いところを突かれたように顔を痙攣させた。
「ねえ、クロエ。あなたは過去のアルドス公爵家の栄光に、いつまでもしがみついているんじゃないかしら?」
「過去の栄光、ね」
「高貴な元婚約者、強大すぎて制御できない闇の力……そういう傲慢なもののことを言っているのよ。でもね」
彼女はいかにも親友を本気で心配しているような、わざとらしい口調で続けた。
「今のあなたときたら……こうして外の空気を吸いに出てくるだけでも、精神的に大変なのでしょう?」
「……」
「本当に体は大丈夫? 私はあなたをかつての友人として信じたいけれど……」
そう言って彼女はわざとらしく周囲を見回し、大袈裟に小さく溜め息をついた。
「でも、周囲のほかの方々は、いつ暴走するかと不安に思われるかもしれないから」
「心配してくださる殊勝な気持ちだけは受け取っておくけれど、私の体はもう完全に問題ないわ」
お姉ちゃんをじっと見つめていたダリアが、勝利を確信したようににこりと邪悪に微笑んだ。
「でも、皇宮の古代魔法陣のように、公的に無実が証明されたわけでもありませんでしょう? 何の証拠もないまま、あなたのその言葉だけを信じろというのは、少し虫が良すぎるのではなくて?」
ダリアが何度も執拗にお姉ちゃんを挑発し、周囲の恐怖を煽ろうとしたその時、クロエお姉ちゃんはあっさりと言い放った。
「私も、あなたのことで一つだけ心配なことがあるのよ、ダリア。――今のその傲慢な態度、あとで私に真実を暴かれたとき、一体どうやって取り繕うつもりかしら?」
「……っ!」
(これってまさか、「お前の過去の不倫と汚い略奪の証拠を、いつでもみんなの前で暴露してやるわよ」っていう、最高にシびれる脅し文句!?)
私は心の中で快哉を叫んだ。
お姉ちゃんは至って涼しい無表情なのに、ダリアの顔は見る見るうちに恥辱で真っ赤に変色していく。
(……やっぱり、うちのお姉ちゃんは本当に最強だわ!)
一言一言に計算された棘があり、言葉そのものが鋭利な刃物のようだった。それだけでなく、放たれる圧倒的な覇気と迫力が凄まじい。もし私が前世の子犬の姿でダリアの立場だったら、恐怖でキャンキャンと震えて逃げ出していたかもしれない。
ダリアは真っ赤になった顔を隠すように俯き、蚊の鳴くような小さな声で呟いた。
「……証拠なんて、あるの?」
「さあね。ないかもしれないわよ?」
「……残念だけれど、クロエ。今の社交界はもう、完全に私の味方ですの。だから、あなたが好き勝手に女王面できるのも、今日この時までよ!」
鋭く捨て台詞を吐いたダリアは、くるりと激しく背を向け、自身を崇拝する人々が集まる中央の華やかなテーブルへと歩いて行ってしまった。
二人の緊迫したやり取りを側で感心しながら見守っていたルースお兄ちゃんが、小さな声で呟いた。
「さすがはクロエ・アルドスだな。強い相手にも容赦ないが、格下の弱い相手にはさらに容赦がない」
「お黙りなさい。何を馬鹿なことを言っているのよ」
クロエが軽く呆れたように返し、二人が他愛のない兄妹の冗談を言い合っていると、ステージに上がったダリアが周囲を見回しながら、高々とワイングラスを掲げた。
「皆様! 本日はぜひ、皆様に素晴らしい『朗報』をお伝えしたく、この場をお借りいたしましたわ!」
彼女は壁際にいる私たちには一切目もくれず、周囲に群がる権力者たちだけを見回しながら、誇らしげに話し始めた。
「私の新しい大規模事業についてご報告いたします。前回の香辛料事業で得た莫大な資金を、かねてより目を付けていた鉱山開発へと投資いたしました結果……なんと、この度、伝説の『魔晶石鉱山』を発見いたしましたの!」
その瞬間、会場のあちこちから、今日一番の凄まじい驚きの声と地鳴りのような歓声が上がった。
「素晴らしい! 魔晶石鉱山など、この帝国全体を見渡しても、片手で数えるほどしか存在しない国宝級の価値だぞ!」
「魔晶石鉱山?」
私はその言葉に、小さく首を傾げた。
「その奇跡の鉱山からは、なんと一次調査だけで、すでに魔晶石が『二十個』も採掘されたそうですわ。今後は毎年、限られた数だけが厳重に採掘される予定ですの」
彼女は興奮の絶頂にある人々を満足そうに見回しながら、さらに続けた。
「この魔晶石は、使用することで一時的に持ち主の魔力を最大で『二倍』まで高める驚異の効果がございます。しかも、たった一つの魔晶石で、約三ヶ月間も効果を持続させることができるのですわ!」
「……」
「強化系の能力者がマナ切れを起こして能力を維持できなくなるのとは、まさに雲泥の差ですわね」
勝ち誇ったように微笑みながら、ダリアは決定的な特権を口にした。
「そして……この大変貴重な魔晶石は、今後の帝国の平穏のため、一部の高貴な家門にだけ『独占的』に供給する予定ですの。すなわち、私たちメロランド家と、日頃から私と極めて良好な信頼関係を築いてくださっている、選ばれし方々だけに」
そう告げると同時に、ダリアの冷酷な視線が、まっすぐに壁際のお姉ちゃんへと向けられた。
現在の社交界における二人の立場は、まさに天と地ほどに対照的だった。
「いつ魔力が暴走するか分からない」という最悪な噂が広まり、腫れ物のように人々から距離を置かれている、過去の遺物となった悪女・クロエお姉ちゃん。
一方で、次々と新事業を成功させ、ついに国宝級の魔晶石鉱山まで手中に収めて社交界の頂点へ登り詰めた、時代の寵児・ダリア。
その二人が決定的に対立していることは、今や社交界の誰もが知る公然の事実だった。
けれど……私はふと、素朴な疑問を抱いた。お姉ちゃんはあのアルドス公爵家の、歴史ある正統な直系なのだ。それなのに、ポッと出のダリアは「公爵家がその気になれば、身分と権力の力だけで自分たちなど一瞬で圧殺できる」という当然の可能性を、一度も考えなかったのだろうか?
「そうそう、もう一つ大変素晴らしいお知らせがございますの。アルドス公爵家の、あのルクレチア夫人も、私のこの魔晶石事業に惜しみなく巨額の投資をしてくださいましたわ」
(あ、なるほど。疑問が思ったよりあっさり解けちゃったわ)
ルクレチア公爵夫人が、未だにダリアの最大の黒幕(後ろ盾)として機能していたのだ。しかも、完全に実の娘であるお姉ちゃんを失脚させる目的のままで。
「ねえ、ミール令嬢。魔晶石って、そんなに特別で凄いものなの? 年間に、たった二十個くらいしか採れないんでしょう?」
私が独り言のように呟くと、隣にいてくれたミール令嬢が、非常に親切に声を潜めて教えてくれた。
「はい……。ここ最近は不穏な領地戦も多発しておりますし、時折、領地ごとに凶暴な魔物が突如として現れることもあるのです。ですから現代においては、優れた魔力や能力を持つことこそが家門の格を決め、貴族の身分をも大きく左右いたしますの」
「能力至上主義の時代に、完全になってしまいましたからね……。そんな恐ろしい状況下で、能力を二倍にする石が二十個もあれば、それは国家を揺るがすとてつもない価値になりますわ」
「なるほど、お守りや秘密兵器みたいなものなんだね。いざという時に、絶対に使える」
「ええ、まさにその通りですわ、ココお嬢様」
丁寧に説明してくれる優しいミール令嬢を、私は少し心配になって見つめた。
「そんなにもの凄い価値がある秘密の情報なら、ミール令嬢は私たちなんかに話しちゃって大丈夫なの? ダリアに怒られない?」
「……ふふ、私なら大丈夫ですわ。我が家は魔晶石がなくても、特に困りませんもの。私は何より、ただ絵を描く人間ですから」
(やっぱりチェリーのお姉ちゃん、本当に芯が強くて優しい人だなあ)
さっきまで私たちの周りで様子を窺って、お姉ちゃんの優しさに触れかけていた人たちも、ダリアの「魔晶石の独占供給」というあまりにも甘い蜜の誘惑に抗えず、一斉にダリアのテーブルへと群がっていった。少しでもそのおこぼれを貰おうと、必死に取り入ろうとしているのだ。
もっとも、ダリアがお姉ちゃんの鋭い言葉に言い返せず、悔しそうに顔を真っ赤にしたというささやかな勝利はあったものの、結果として私とお姉ちゃん、それにルースお兄ちゃんは見事なまでに会場で「孤立」してしまった。
(本当に、誰も話しかけてこなくなっちゃったね……)
私たちの近くで鳴り響いているのは、皮肉にも優雅で美しいオーケストラの演奏だけだった。
(でも、お姉ちゃんとルースお兄ちゃんが、テーブルからおいしいお菓子や料理を次から次へと私の口に放り込んでくれたから、これはこれでピクニックみたいで最高に楽しかったけどね!)
こうして、嵐の予感に満ちた社交パーティーは、表面上は何の波乱もなく静かに幕を閉じた。
馬車に乗り込みながら、私は窓の外の別荘を振り返り、心の中でにっこりと邪悪に笑った。
――せいぜい、今のうちにその程度の石で、勝ち誇って楽しんでおけばいいよ、ダリア。
(だって、うちの鉱山には、あなたのより【5倍】も凄くて、しかも数え切れないほど大量の魔晶石が眠っているんだからね!)
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ダリアの躍進と裏の協力者
没落家門出身のダリアは、投資説明会の成功や「魔晶石鉱山」の発見によって社交界の寵児として君臨。その裏には、クロエを追い詰めようとするルクレチア公爵夫人の強力な支援がありました。
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クロエの社交界復帰と姉妹の絆
悪女の噂により孤立するクロエでしたが、同行したココの無邪気な行動とおねだり(チーズや腕揉み)にタジタジになりながらも優しく応じたことで、周囲に意外な素顔を覗かせ、張り詰めた心を和ませました。
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ダリアの挑発とココの秘めたる優位
ダリアは過去の略奪(婚約者)を棚に上げてクロエを挑発し、魔晶石の独占供給を武器に彼女を孤立させます。しかしココは、自分たちの手元にはそれを遥かに凌駕する「5倍の価値の魔晶石」があると同情を引くダリアを内心で見下ろしていました。