剣を持った花

剣を持った花【48話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「剣を持った花」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【剣を持った花】まとめ こんにちは、ピッコです。 「剣を持った花」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...

 




 

48話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 残酷な欺瞞

ユリエンは、激しく動揺して後ずさる彼女を真っ直ぐに見下ろした。

エキネシアはいたたまれずに視線を逸らす。

彼は深く一度息を整えると、低く静かに告げた。

「知っていた」

エキネシアの動きが完全に止まった。耳に入ってきた言葉の意味を、彼女の脳はゆっくりと理解していく。呆然としたまま顔を上げると、澄み渡った空色の瞳が真っ直ぐに彼女を見つめていた。その瞳はまるで、彼女の心の奥底に隠された真実まで見透かしているかのようだった。

彼は、彼女が今何をこれほどまでに恐れているのかを分かっていると言わんばかりに、もう一度穏やかに口を開いた。

「知っていたから、心配しなくていい」

「……な、何をですか?」

思わず絞り出した掠れた問いに、彼は静かに答えた。

「君がマナを使えるということを」

彼女の口から、反射的に次々と疑問が飛び出した。

「知っていたって……? どうやって? いつから……?」

疑問が嵐のように頭の中を駆け巡る。どうして知っていたのか。なぜ気づいたのか。それならどうして、今まで知らないふりをしていたのか。いったいいつから――。完全に混乱したエキネシアは、しどろもどろになりながら問いかけを重ねた。

「し、知っていたって……どうして……いつから……」

どうやって気づいたのだろう。彼に見抜かれるような隙をどこかで見せただろうか。それとも、やはり前回の人生の記憶をもとに、あの『魔剣の悪魔』の存在まで察していたのだろうか。

そこまで考えが至った瞬間、全身の血が瞬時に凍りつくような恐ろしい感覚が走った。

(もし……もし魔剣のことまで知られていたら、私は……)

魔剣バルデルギオーサの所有者だと知られれば、魔塔や聖騎士団に追われ、各国から危険分子として生涯警戒されることになるだろう。ロアズ伯爵家という家族まで巻き込まれ、今の平穏な暮らしは跡形もなく崩れ去ってしまう。

そんな破滅の未来が脳裏をよぎり、エキネシアの顔からさらに血の気が引いていった。だが、その社会的な破滅以上に、彼女の胸に真っ先に浮かんだ恐怖は――ユリエンが自分を軽蔑と嫌悪の目で見る姿だった。

そんな光景だけは、死んでも見たくなかった。絶対に。それが今の彼女にとって、何よりも恐ろしいことだった。

エキネシアは耐えかねてうつむき、両手で顔を覆った。ユリエンに両肩を掴まれているため逃げることもできず、せめて顔だけでも隠そうとするかのように。

全身は恐怖で小刻みに震えているのに、目元だけが焼けつくように熱かった。今にも涙があふれそうになる。呼吸は激しく乱れ、立っていることさえ苦しい。このまま底なしの奈落へ落ちて、二度と日の光を見られなくなるような底知れない恐怖が胸を締めつけた。

震える彼女の身体を、ユリエンの手がしっかりと支えていた。彼は肩を掴んだまま僅かに身をかがめ、顔を覆う指の隙間から彼女の表情を窺おうとした。そして、自分の手の中で小刻みに震える彼女の華奢な肩に気づく。

ユリエンの表情が、痛々しく歪んだ。だが、頑なに顔を隠していたエキネシアは、彼のその表情を見ることはできなかった。

何かを言おうとしては飲み込み、ためらうように微かに動いていたユリエンの唇が、やがて決意を固めたようにきゅっと引き結ばれる。

そして彼は、さらに身をかがめて彼女と目線を合わせた。

「エキネシア、私を見てください」

彼は、壊れ物に触れるかのように優しく囁いた。

だがエキネシアはなおも両手で顔を覆ったままで、その肩は今にも崩れ落ちそうなほど震えている。ユリエンは静かに言葉を紡いだ。

「もし君がそれを隠したいのなら、私は隠します。君が望むなら、このことを綺麗に忘れるよう努めましょう。だから――私を見てください」

その声は静かだったが、どこか切実に懇願するように聞こえた。

エキネシアにはその言葉の意味が分からなかった。秘密を守る? 忘れようとする? なぜ、彼がそこまでしてくれるのだろう。

恐る恐る、震える手をゆっくりと下ろした。涙で滲んだ視界の先に、すぐ目の前にあるユリエンの顔が映る。彼女の涙を目にした瞬間、彼の青い瞳が激しく揺れた。

ユリエンは感情を抑え込むように一度深く息を整え、慎重に言葉を選びながら話し始めた。

「君が“マスター”だと知っていたからこそ、私は君と手合わせがしたかったんだ。対決の後で答えると言っていたことを、今ここで話そう」

ユリエンは、今にも消えてしまいそうな彼女を引き留めるように見つめながら、必死に彼女が受け入れられそうな説明を口にした。

「以前、君を誕生祝賀会の頃の才能発掘会で見かけたことを覚えているだろう。その時、私は君の突出した才能に気づいたんだ。だから個人的に強い興味を持ち、君が士官学校に入学すると、すぐに自分のスクワイアとして迎えた」

「才能に……気づいた? どうやってですか?」

才能発掘会の頃のエキネシアは、まだ剣すら握っていないごく普通の貴族令嬢だったはずだ。理解できないという困惑の表情を浮かべる彼女を見て、ユリエンは少し言葉を選んだ。

「……最初から君がマスターだと知っていたわけではない。ただ、君が剣を手にすれば誰よりも優れた使い手になると分かっていた。その眠れる素質を見抜いただけだ。私が聖剣の主だからな」

「聖剣の主には、そんな力があるんですか……?」

エキネシアは聖剣の主となる条件を満たしていなかったため、聖剣の固有能力について詳しく知る機会がなかった。だからこそ、彼のそのもっともらしい言葉をすぐには疑わなかった。かつて噂を集めていた時も、狂気の魔法使いの能力については広く知られていること以外は分からなかったのだ。

ユリエンはふっと優しい笑みを浮かべ、話を続けた。

「君がマスターではないかと疑い始めたのは分隊で君に会った時で、確信したのは新入生順位戦の時だった」

「分隊でですか……?」

「君の手は、本来あれほどの剣を振るう者の手ではなかった。選抜試験の時から君を見ていたが、あれほど完璧な技術を使いながら、君の身体には鍛錬の痕跡がほとんどなかったんだ。それはマナの扱いに極限まで慣れていなければ不可能なことだ。だから疑いを持ち、新入生順位戦で観察して確信した」

「新入生順位戦の時、いらっしゃったんですか?」

「公式にはいなかったがね」

非公式に――つまり、こっそり見に来ていたということだ。

エキネシアは戸惑って口を開きかけたが、すぐに閉じた。彼の言葉が、ゆっくりと頭の中でつながっていった。

(つまり、誕生祝賀会の頃から私が天才だと分かっていて、それで私を覚えていたということ? それで私が士官学校に入学すると、才能が惜しかったから、すぐにスクワイアとして引き取ったの? そして、鍛えられていない身体には不釣り合いなほど優れた技術を見て私がマスターであることに気づき、ずっと手合わせしたがっていたのも、そのためだったの?)

『あれ、頭の中が筋肉でできてるんじゃない?』

脳内で魔剣バルデルギオーサが絶句した。エキネシアはその言葉を否定することができなかった。あまりにも辻褄が合いすぎていたからだ。

呆然としているうちに、熱くなっていた目元から涙が一筋、静かに頬を伝ってこぼれ落ちた。

ユリエンの視線が、その頬を伝う涙のしずくをじっと追った。エキネシアはそれに気づかないまま、疑問を投げかけた。

「もうご存じだったのなら、さっき私が巨人を斬った時は、どうしてあんなに驚いていらしたんですか?」

その問いに、先ほどまで冷静に話していた彼の表情が一瞬で瓦解した。

答えようとした彼は、ハッとしたように驚き、彼女の肩を掴んでいた手を慌てて離した。自分がどれほど無遠慮に、彼女の身体を強く抱きすくめていたかに、今になってようやく気づいたかのような動揺ぶりだった。

ユリエンは彼女から距離を置くように、二、三歩よろよろと後ずさった。

エキネシアは黙って彼の返事を待った。彼はその場でしばらく立ち尽くし、赤面しながらようやく口を開いた。

「君が……」

言葉を切り出したものの、その先がどうしても続かないようだった。

彼が言い淀んでいる間に、エキネシアは少しずつ冷静さを取り戻していった。

どうやら『魔剣の悪魔』だと見抜かれたわけではなく、ただ純粋に才能に気づかれ、その才能に興味を持たれていただけのようだった。戸惑いはあったが、内心では大きな安堵が広がっていた。冷静に考えてみれば、今の状況はそこまで最悪ではない。

自分が若くしてこれほどのマスターになった経緯については、今後何とか言い訳をひねり出さなければならないだろうが、魔剣の存在が露見するよりはずっとマシだった。すでに自分がマスターであることを疑われていたのなら、むしろ今後の行動もしやすい。他の人に知られれば彼女の過去を徹底的に調べられ、素性を隠し通すのは難しいだろうが、ユリエン一人だけなら適当に過去を作り上げることもできる。まさか彼が彼女の幼少期まで細かく調べ回ることはないだろうし、「秘密は守る」と言いながら言いふらすような男でもない。

以前から自分の才能に目を留めていたのだから、正体不明の強大なマスターであるという事実を、前世の『魔剣の悪魔』と結びつけることもないはずだ。

そう考えるほどに、少しずつ気持ちは落ち着いていった。彼女は手袋をはめた右手で目元をこすり、残っていた涙の跡を拭った。

すると、ユリエンがようやく答えた。蚊の鳴くような、とても小さな声だった。

「君が……私の名前を呼んだのを、初めて聞いたからだ」

「……はい?」

まったく予想していなかった返答だった。名前を呼ばれたことに、そんなに驚いたというのだろうか。

そういえば、さっきはユリエンが怪我をしたと思って気が動転しており、いつものように役職で呼ぶ余裕もなく、彼の名前をそのまま叫んでしまっていた。

エキネシアは、視線を不自然に伏せている彼の耳が、ほんのり赤くなっているのに気づいた。

そんな彼の様子を見て、エキネシアは呆気に取られた。あれは何だろう。どうしてあんなに赤くなっているのだろう。スクワイアがロードの名前を不躾に呼び捨てにしたというのに、無礼だと咎めるどころか、むしろ酷く動揺して、どこか嬉そうにさえ見える。

彼女はしばらくその様子を不可解そうに眺めていたが、ふと先ほどの会話の一端が脳裏に浮かび、口にした。

「さっき、私がマスターであることを隠したいなら隠してあげるとおっしゃいましたよね。ロードは、どうして私がそれを隠そうとしているのか、その理由はご存じなんですか?」

「……君が話してくれるなら、聞くが」

つまり、話してくれなければ本当の理由は知らない、という意味だ。

エキネシアはますます怪訝そうな表情になった。彼女は少しだけ、彼に歩み寄った。

ユリエンはびくりと身体を強張らせたが、今度は後ずさりはしなかった。エキネシアはじっと彼を見上げた。

「では、なぜ隠したいのかの理由も分からないのに、どうして私が望むなら隠してあげるとおっしゃるんですか?」

「……」

「それに、話を聞く前から、私を問いただすつもりもないように聞こえましたけれど、私の理解で合っていますか?」

「……」

「……どうして、そこまで私を無条件に気遣ってくださるんですか?」

彼女が核心を問いかけても、彼は頑なに答えなかった。だが沈黙している間にも、彼の耳を染めていた赤みは徐々に広がり、目元や頬、首筋までを瞬く間に染め上げていった。

ユリエンはどうしていいか分からないような、ひどく困り果てた表情で彼女の視線を露骨に避けた。それでもエキネシアが黙って見つめ続けると、ついには彼の顔全体が熟した果実のように真っ赤になった。

そのあまりにも純情な姿を見て、彼女の頭に浮かぶ理由は――ただ一つしかなかった。

これまで彼と交わしてきた出来事や、彼に言われた言葉の数々が次々と思い返され、その突拍子もない仮説を鮮やかに裏付けていく。

貸してくれた上質なマント。

淹れてくれた温かい生姜茶。

「無理をしないでほしい」と、いつも私を最優先に気遣ってくれた言葉。

何気なく自分にだけ向けられた、あの優しい笑顔。

決闘場から出てきた時の、あのただならぬ動揺。

任命式で不意に投げかけられた、私の将来に関する質問。

この任務に出る前に交わした、あの少し切なげな会話。

贈ってくれた名剣ランギオーサ。

そして、自分がただ話しかけるだけで、いつも破顔して嬉しそうにしていた彼の様子。

――彼は、もしかして。

これまでずっと見てきた彼の姿。慎重で、不器用で、彼女の前ではいつも妙に緊張し、些細な一言に一喜一憂し、常に自分を気にかけ、守ろうとしてくれている。それは単に「スクワイアの才能に興味を持っている」という主従の反応だけでは、どうしても説明がつかないものだった。

もちろん、「なぜ?」「いつから?」という疑問は山ほど残っていたが――。

「ロード……もしかして」

(だめだ、私は一体何を聞こうとしているの。ただの自意識過剰な思い込みかもしれない。あまりにも突拍子もない考えだわ)

必死に心の中で自分を戒めたが、一度喉元まで浮かび上がった言葉は、もう止められなかった。

「私のこと、好きなんですか?」

エキネシアの言葉は、静まり返った水面に投げ込まれた巨大な石のようだった。

激しい波紋が広がる。彼に向けても、そして彼女自身に向けても。

彼女は、自分の口から飛び出したあまりにも不敬で大胆な言葉に、遅まきながら強い衝撃を受けていた。彼が自分に好意を寄せているかもしれないという、有り得ない可能性。

あの地獄のような前世の記憶を持つ『ユリエン』と、彼を殺した『魔剣の悪魔』の間では、天地がひっくり返ってもあり得ないことだと思っていた。

だが――現在の『ユリエン・ハルデン・キリエ』と、ただの『エキネシア・ロアズ』の間なら。

可能性は極めて低いにせよ、決してあり得ない話ではなかったのだ。最初は名高い蒼天騎士団長と平凡な伯爵令嬢という、接点すら存在しない間柄だった。だが、彼女がアジェンカへ来てから奇妙な関わりが生まれ、さらにロードとスクワイアという、誰よりも近しい関係になっていたのだから。

まだ完全には状況が理解できなくても、彼のその反応が何より雄弁に答えを物語っていた。

ユリエンはすぐには答えられなかった。その顔はこれ以上ないほど真っ赤に染まりきっている。震える長いまつ毛の下で、美しい青い瞳が落ち着きなく揺れ、ようやく意を決したようにエキネシアの方を真っ直ぐに見た。

「そ……」

かろうじて一文字だけ声を絞り出し、彼はたまらず片手で口元を覆った。視線は下を向いたかと思えば彼女へ向き、また彷徨うように宙を泳ぐ。好意を隠しようがないほど、彼は激しく動揺していた。ついには、その綺麗な目にうっすらと涙まで浮かべる始末だった。

エキネシアは、そのあまりの純情な反応を、まるで未知の珍しい生き物を見るような気分で呆然と眺めた。見ているうちに、なんだか彼に対して申し訳なくなってきた。まるで自分が立場を利用して、純潔な騎士をいたずらに追い詰めている悪者のようだったからだ。

しかも、彼の顔がどんどん熱を帯びていくのを見ているうちに、いつの間にかエキネシア自身の頬までがカッと熱くなり、赤くなっているのが自分でも分かった。

彼女は恥ずかしさを誤魔化すように、慌てて口を開いた。

「ろ、ロード。私、今のは大変失礼な質問を――」

「好きだ」

彼は、彼女の言い訳を遮るようにはっきりと言った。

エキネシアは呆然と彼を見上げた。

ユリエンは真っ赤な顔のまま、少し潤んだ瞳で、声を小さく震わせながらも、今度は逃げずに真っ直ぐと言い放った。

「いや……好きという言葉では足りない。君を、心から慕っている」

頭の中まで真っ白に染まった気がした。心臓がうるさいほど狂ったように鼓動し、全身へ熱い血が巡る。くずっとくすぐったくて、ひどく柔らかな何かが体中を駆け巡り、彼女は思わず息を呑んだ。

好きだと。あのユリエンが、私を。

まるで都合のいい、甘い夢でも見ているようだった。

しかし――それと同時に、彼女の胸の奥底からは、抑えきれない冷ややかな恐怖が急速に湧き上がっていた。

甘く熱い感情のすぐ裏側で、決して消し去ることのできない残酷な現実が彼女の胸を容赦なく締めつける。

(――彼は、何も知らないのよ)

自分が、かつて彼をあの残酷な破滅へと追いやった『悪魔』そのものであるということを。

今、彼がその清らかな好意を向けているのは、ロアズ伯爵家に生まれた才気あふれる可憐な令嬢、エキネシア・ロアズだ。ドレス姿で士官学校を歩き回る変わり者の士官候補生であり、マスターであることを隠している、愛らしい自分のスクワイア。

たとえ今の彼が前世の記憶を完全に持っていなかったとしても(あるいは断片的にしか持っていなかったとしても)、彼女はその真っ直ぐな気持ちを素直に受け入れ、喜ぶことなど到底できなかった。

彼を無残に殺し、その名誉も蒼天騎士団もすべてを踏みにじった大罪の記憶を抱えながら、ただ彼に愛されている事実だけを都合よく喜べるほど、彼女は図々しくも破廉恥でもなかった。

真実を永遠に闇に隠したまま、目の前の恋だけを見つめて彼と寄り添うことなど、欺瞞でしかない。

立場を逆にして考えれば、その罪の重さはなおさらだった。もし、自分にとって大切な家族や仲間を皆殺しにし、最後には自分自身まで無残に死へ追いやった仇敵がいたとして、その相手が時間を巻き戻してすべてを元に戻したからといって、「もう終わったことだから」と簡単に許せるだろうか。そんな相手を、何も知らずに変わらず愛することなど――もし、自分が真実を知ってしまったなら。

(「愛している」と言うのなら……なおさら、激しい憎しみで我を忘れ、その手で殺したくなるはずだわ)

それこそが、彼女とユリエンの間に横たわる、決して否定しようのない冷徹な事実だった。

ただでさえ受け入れ難い真実なのに、ユリエンには前世の記憶があることがこれまでの言動からほぼ確実視されていた。もし、彼が後になって彼女の完全な正体を知ったら。自分が心から慕い、想いを告げた最愛の相手が、かつて自分と蒼天を惨殺したあの憎き悪魔だったと知ったら、彼は一体どれほどの絶望と怒りに駆られるだろうか。

そう想像しただけで、エキネシアは息が詰まりそうになった。これは、ただの残酷な欺瞞だ。真実を隠したまま彼の気持ちを受け入れることは、彼を二重に裏切る行為に他ならない。

だからといって、今すべてを打ち明けるべきなのか? 魔剣の主であることが公になった後に起こるであろう大陸規模の騒動を一旦無視したとしても、ユリエン個人のことだけを考えても、彼女にはそんな惨いことはできなかった。

先ほど模擬戦をしようとした時に身に染みて分かったのだ。彼女はもう、彼に向かって剣を向けることさえできないほど、彼を特別に思ってしまっている。そんな状況で、もし彼が真実を知って猛烈な憎悪の目を彼女に向け、「復讐する」と剣を抜いてきたりしたら――その時、自分は一体どうなってしまうのだろうか。

彼になら、そのまま殺されてしまいたくなるだろうか。その最悪の瞬間を迎えても、自分という人間を保っていられるだろうか。

もし、絶望のあまり理性を失ってしまったら、魔剣バルデルギオーサに蓄積されている禍々しい殺意はどうなる? 再びその邪悪な殺意に飲み込まれ、前世以上の怪物として狂ってしまうかもしれない。

カイロス卿は冷酷に言っていた。二度目の機会などない、と。

(――だめよ。受け入れてはいけない)

彼に対しても致命的な裏切りになるし、何より私自身の心がその罪悪感に耐えられない。

燃える鉄を生身の胸に直接押し当てられたかのような、ひりつくような鋭い痛みが胸を走った。

先ほどまで熱を帯ていた身体は、恐怖と冷徹な理性によって急速に冷えていく。初恋の甘さに一瞬だけ酔っていた心はパキパキと凍りつき、彼女の顔色は再び幽霊のように青ざめていった。

受け入れてはいけない。絶対に。

ユリエンは、エキネシアの頬が一度ぽっと赤く染まり、そしてみるみるうちに血の気が引いて青ざめていく様子を、痛切な面持ちで見つめていた。

やがて、彼女が拒絶を告げるように静かに後ずさるのも、彼の手にはっきりと伝わった。

彼は、それ以上手を伸ばして彼女を引き留めるような無粋な真似はしなかった。静かに視線を落とすと、その場でそっと向きを変えた。何度か深く深呼吸を繰り返し、高鳴る胸と息を整える。そして、震える唇をきつく引き結んだ。

唇を引き結んだ後、彼はようやくいつもの落ち着いた声を出した。

「返事をする必要はない、エキネシア。ただ、私の気持ちがそうだという、ただそれだけの話だ」

それだけを静かに言い残すと、ユリエンは気まずさを遮るように身を翻し、黒い巨人の残骸の方へと歩き去っていった。

エキネシアは彼を引き止めなかった。いや、引き止める返事など、今の彼女には逆立ちしてもできなかった。こんなにも近くにいるのに、手を伸ばしてしまえば砂の城のように壊れてしまいそうな危うい未来が怖くて、指一本動かすことができなかったのだ。

二人の間に激しく揺らめく真紅の炎だけが、彼らの境界を隔てるように寂しく燃えていた。エキネシアは呆然と立ち尽くし、遠ざかる彼の背中をただ見つめ続けた。

その時、だらりと下がった彼の左腕を伝い、鮮やかな赤がぽたり、ぽたりと焦げた地面に落ちていくのが見えた。

先ほど巨人の大鎌によって負った傷だった。あまりにもお互いが動揺していたせいで、彼も彼女もその怪我のことに今まで全く気づいていなかったのだ。

だが、その赤い血が目に入った瞬間、彼女の理性より先に身体が勝手に動いていた。

凍りついていた足が、自然と前へ踏み出す。

エキネシアは燃え盛る炎を飛び越えて彼へと駆け寄り、その負傷した腕を躊躇なく掴んだ。ユリエンは驚いたように振り返る。

「腕を怪我しているじゃないですか! 止血もしていませんし……!」

エキネシアは怒ったような口調で彼の腕を持ち上げると、ランギオーサを抜いた。そして、ためらうことなく自身のドレスの内側にあるペチコートを再び裂き、その白い布を細長く手際よくちぎり取った。

彼の傷口を綺麗な布でぐっと圧迫しながら、しっかりと手際よく巻き付けていく。

即席の包帯を作って彼の腕に応急処置を施している間中、頭上からユリエンの熱い視線がずっと自分に注がれているのを肌で感じていた。だが、彼女はどうしても恥ずかしさと申し訳なさで、顔を上げることができなかった。

「そ、それと……サリックギオーサの持ち主の少女と馬は、安全のために別の場所に置いてきました。今から連れてきます」

包帯の結び目をぎゅっと作りながら、エキネシアは早口で言った。彼の顔を一度も見ないまま、小さく不自然に会釈をして、逃げるようにその場を足早に離れようとする。半分は、この耐え難い空気から逃げ出すような心地だった。

ユリエンは、彼女が去っていった後もしばらくの間、自分の腕に巻かれた白い布をじっと見つめていた。そして、不器用な指先で、彼女が一生懸命に結んでくれた布の結び目をそっとなぞる。

エキネシアはペチコートの切れ端だけで、驚くほど手際よく完璧な止血を施していた。

しかし、その手慣れた軍医のような手つきとは対照的に――包帯を巻いている間、彼女の手はずっと小刻みに震えていた。

声も微かに震えていた。

乱れた桃色の髪の隙間から垣間見えた、伏せられた彼女の紫色の瞳は潤んでおり、今にも泣き出しそうなほど切なげだった。

ユリエンは、彼女が青ざめて後ずさる直前の様子を愛おしげに思い返した。

告白を聞いたあの瞬間、間違いなく彼女の美しい頬は赤く染まり、瞳には眩い輝きが宿っていた。抑えきれない恋のときめきが、白い紙に落ちた上質なインクのようにじわりと広がっていった、あの一瞬の確かな煌めきを、彼は見逃さなかった。

「可能性は……あるのか?」

彼の小さな独り言に、脳内からすぐに返事が返ってきた。年齢も性別も判然としない厳かな声が、魂の中に直接響く。その声の主は、彼の聖剣ランギオーサだった。

『あると思いたいだけではないのか、主よ。誰かも言っていただろう。お前はあの娘が絡むと、途端に妙な方向へ思考が飛躍する。勝手に都合よく確信するな』

「お前から見てどうだ? 私の独りよがりな思い違いだと思うか?」

ユリエンは黒い巨人の残骸を越え、その中央に倒れている住民へと近づきながら尋ねた。聖剣はしばらく気まずそうに沈黙した後、うんざりしたような声で答えた。

『私はこれまで人間の恋愛に首を突っ込んで、ろくな目に遭ったことがないのだがな』

「恋愛……だと? これが、恋愛なのか」

『魔剣の主が腹の底で何を考えているかは私には知らん。だが、お前の方は間違いなくそうだ。だからいちいち私に聞くな』

「もう十分、首を突っ込んでいるじゃないか」

ユリエンは少しむっとした顔で、心の中で言い返した。“恋愛”というあまりにも生々しい二文字に、一瞬だけ思考が停止しかける。彼は額を押さえて小さくため息をつくと、足元に倒れていた住民の男の状態を確認した。気を失っているだけで、幸い呼吸は安定している。

ユリエンは男を軽々と抱き上げ、他の住民たちが集まっている安全な場所へと運んでいった。

その移動の間に、聖剣が再び冷やかすように口を開いた。

『これは介入ではない。主への真っ当な忠告だ。お前が恋愛に溺れて愚かな真似をし、私を使えなくなるような無様な事態だけは避けたいからな。……それに、お前は“恋愛”という言葉に妙に動揺していたようだからな。告白したというのに、相手があれほど嫌がって青ざめているなら、これ以上近づくべきじゃない。それが男としての最低限の礼儀だぞ』

ユリエンは、自分の腕にきつく巻かれたペチコートの布切れを見下ろし、小さく首を振った。

「彼女は、私を嫌ってはいない」

『……仮に嫌っていなくても、相応の距離の取り方というものはあるだろう』

「私が、その程度の自制もできない野蛮な男に見えるのか?」

彼が不快そうに眉をひそめると、聖剣は脳内でくつくつと楽しげに笑った。

『なら正直に答えろ。もしあの娘がお前に確かな好意を抱いている可能性が完全に分かったら、お前は今後どうするつもりだったのだ?』

「彼女が、私を……」

ユリエンは言葉を途中で止めた。炎の向こう側、半ば崩れ落ちた避難所へ向かいながら深く考える。

もし、彼女が本当に自分を望んでくれる日が来るのなら――。そのあまりにも甘美な想像だけで、胸がはち切れそうにいっぱいになった。

不意に歩調が乱れ、危うく足元の火の中へ足を踏み入れそうになる。それを見た聖剣は、呆れたように舌打ちした。

『ほら見ろ、この様だ』

ユリエンの顔は、誰も見ていないというのに再び林檎のように赤く染まった。頬の熱を手で冷ましながら、ユリエンは決然と答えた。

「彼女が私を望んでくれるなら、私はどんな手を使ってでも彼女を手に入れる」

『どんな手を、だと?』

聖剣は怪しむように鋭く問い返した。だが、ユリエンはそれ以上答えない。

聖剣はため息混じりに、独り言のように言葉を続けた。

『魔剣の主は、自分が欲しいもののために、今の平穏を犠牲にするつもりは毛頭ないと言っていたはずだがな』

「彼女の平穏を壊すつもりは私にもない。……壊れるのは、私の方だ」

反射的にそう言い返したユリエンは、ふいに足を止めた。その空色の瞳に、冷徹で鋭い光が宿る。ある大胆な考えが、突如として頭をよぎったのだ。

彼女を諦めずに済む方法。それでいて、彼女の平穏な人生を何一つ縛らない方法。あの強欲な兄や父の支配から、彼女自身が完璧な主導権を握れるようにする方法――。

以前の生真面目な自分なら、逆立ちしても思いつかなかったであろう狡猾な道筋だった。

ユリエンの胸は、まるで新たな炎が灯ったかのように熱く高鳴った。

「そうか……なら、それでいい」

彼はその場に立ち尽くし、しばらく険しい顔で考え込んでいた。

聖剣は不安そうに声を上げる。

『頼むから、私を捨てるなら今のうちにそう言ってくれ。妙な真似だけはするなよ、主よ』

「妙な真似とは心外だな。お前は主人への信頼が少々足りないのではないか?」

『あの娘のことが絡まなければ、お前は今までの歴代の主人の中でもかなりまともで高潔な部類だ。むしろ上位に入るだろう。問題は最近だ。最近のお前は、何かが決定期的におかしい』

ユリエンは反論する代わりに、かすかに皮肉な笑みを浮かべた。そして再び歩き出し、崩れた避難所の残骸を押しのけながら中へと入っていく。

始祖の痕跡は、まだ最初に見つけたその場所に禍々しく残っていた。まるで空間そのものに刻まれた、長い傷跡のような不気味な裂け目。彼はそれを見つめながら、傾いた頑丈な柱へともたれかかった。

すると、聖剣が再び静かに口を開く。

『時々、お前にあの前世の記憶を見せたことを、私は深く後悔することがある。あの忌まわしい記憶を見せる前のお前は、ここまで狂ってはいなかった』

「見せられなかったとしても、進む速さが多少違っただけで、結果は何も変わらなかっただろうさ」

『どうしてそこまで確信できる?』

「諦められないからだ。知ってしまった以上、どうしても未練が残る。忘れようとしても忘れられない。なら、早いか遅いかの違いだけで、結局はこうなっていただろう」

ユリエンはそっと目を閉じた。彼女と初めて出会ったあの選抜試験の時から、今に至るまでの愛おしい記憶が脳裏を走馬灯のように駆け巡る。

聖剣は大きく諦めたようにため息をついた。

『分かった、分かった。だから頼むから、騎士としての道だけは踏み外すなよ』

「努力はする」

『それは努力してどうにかする類の話なのか……? 私は主人を見る目には絶対の自信があるが、最近のお前に関しては少々不安が尽きないぞ』

「……さっき、自分でも抑えが利かなくなるかもしれないと言ったが」

ユリエンは自嘲気味に苦笑した。

「正直に言うと、私にもこれからの自分がどうなるか分からないんだ」

彼の鋭い知覚に、聞き慣れたエキネシアの愛おしい気ペが微かに触れた。ユリエンは顔を上げた。

小さな少女シャイを優しく両腕で抱きかかえたエキネシアが、立ち上る炎を器用に避けながらこちらへと歩いてくる。その後ろでは、愛馬のハナが怯えた様子でパカパカとついて来ていた。

エキネシアの姿を見た瞬間、ユリエンの険しかった眼差しは、魔法が解けたかのように自然と柔らかく和らいだ。

彼は誰に言うでもなく、小さく呟いた。

「彼女に出会ってから、私のすべてが変わってしまった……。だから、この先自分がどうなってしまうのか、私にも本当に分からないんだ」

――神暦1629年6月1日。

サリックギオーサの主――すなわち『聖女』の存在が、アジェンカ大神殿によって公に発表された。

聖女シャイは東方の遊牧民族の出身で、まだ12歳の幼い少女だった。同じ部族の優秀な呪術師であった母親と共に、帝国東部の辺境にあるゴート村でひっそりと暮らしていたという。

その頃、村では原因不明の恐ろしい疫病が大流行し、多くの死者が出ていた。聖女の母親もその病に倒れたが、村人たちは恐怖のあまり「この母娘が疫病を村に持ち込んだ元凶だ」として、理不尽に二人を非難し、村から乱暴に追い立てた。

十分な治療も受けられないまま母親が亡くなると、聖女はその形見であった一本の古い短剣を受け継いだ。その短剣こそが、長らく歴史の表舞台から行方不明となっていた精霊剣サリックギオーサだった。

聖女はサリックギオーサの主となるや否や、その神聖な力で疫病に苦しむ人々を次々と癒していった。しかし、その奇跡的な治療方法の特異さや、「なぜもっと早く治療を始めなかったのか」という村人たちの勝手な邪推と逆恨みにより、愚かな村人たちは彼女を「疫病を自らばらまいて人々を操ろうとする邪悪な魔女」だと決めつけ、あろうことか生きたまま火刑に処そうとした。

その処刑の直前、偶然その地を訪れていた蒼天騎士団長ユリエン・ド・ハルデン・キリエと、その高名なスクワイアであるエキネシア・ロアズの二人の手によって、聖女は危機一髪のところで無事に救出される。

その後、聖女はアジェンカ大神殿の厳重な保護下に入ることとなった。

また、この歴史的な一件を通じて、サリックギオーサと始祖の概念を巧妙に利用した新たな『結界破壊法』が、蒼天騎士団を経由して直接魔塔へと伝えられた。

これにより魔塔は、長年停滞していた結界研究における偉大な突破口を得ることとなり、その貴重な情報提供の正当な対価として、蒼天騎士団へ莫大な報酬が支払われたと記録されている。

 



 

 

【剣を持った花】まとめ こんにちは、ピッコです。 「剣を持った花」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介となっております...