ヤンデレを演技していたら本物に執着されました

ヤンデレを演技していたら本物に執着されました【53話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【ヤンデレを演技していたら本物に執着されました】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。 ネ...

 




 

53話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 去りゆく野獣

ステンドグラスから差し込む極彩色の光が、シャビアンの端正な横顔を静かに照らし出していた。夜通し明かりが灯されていた異国の街並みは、まるで大使館の窓から眺める精巧なジオラマのようだった。

「……このまま神殿へ向かうのですか?」

同行者の問いかけに、シャビアンは静かに首を振った。

「いいえ。私たちは大使より先にバイウッドへ到着し、現地の調査を進める予定です」

(そうか――)

シャビアンは視線を落とし、太ももの上のズボンをそっとなでた。

彼が向かうべき本当の目的地は、神殿ではない。神殿はただ、バイウッドで起きている異変を調査するために立ち寄る方便に過ぎなかった。本来の予定では、バイウッドに派遣されている神官たちと仕事を終えたあと、そのまま神殿へ戻ることになっていたのだが――。

『私が向かうのは神殿ではなく、レクティスだ』

シャビアンは北へ向かう途中で下車し、未開の地「レクティス」へ向かうつもりだった。もともと彼が神殿に身を寄せていたのも、すべてはそのための布石。しかし、北部レクティスへ向かうには、どうしてもハイレン皇国を横断しなければならなかった。

『私は神の代理人になれるのでしょうか?』

かつて神殿に身を寄せることを決めた日、シャビアンは大司祭にそう尋ねたことがあった。

そのとき、大司祭は意味深な微笑を浮かべるだけで、明確な答えを口にしなかった。まるで、その座は初めからお前のためのものではない、と告げているかのように。

『神の代理人になれないのなら、別の道を選ぶべきでしょう』

シャビアンは知っていた。レクティスに隠された大いなる真実を。そして、神の代理人という肩書に頼らずとも、世界を揺るがす強大な力を手にする方法があるということを。

「決して忘れないでください」

あの日、「公爵様のお望み通りにしてもよろしいですか」と尋ねたとき、彼女が確かに「はい」と答えた、あの瞬間のことを――。

同じ頃、ハイレン皇国の冷宮では、侍女たちが主の去った宮殿の片付けに追われていた。

「殿下はもう、皇宮を出られた頃かしら?」

「そうでしょうね。荷馬車二台が一杯になるほど、公爵様からの贈り物を詰め込んで出発されたもの」

侍女たちはため息をつきながらも、冗談を交えて場を和ませていた。しかし、去った者は去った者だ。彼女たちにはやるべき仕事があった。

「隅々まで綺麗にして。もしかしたら、殿下の忘れ物があるかもしれないから」

一人の侍女が古い引き出しの奥へ手を伸ばし、布巾で丁寧に拭っていた、そのときだった。

「あれ……? 何かおかしいわ」

「どうしたの?」

「この引き出し、奥に隠し収納があるみたい」

「えっ、本当? 見せて」

近づいてきた別の侍女が手を入れて探ると、その表情が驚愕に見開かれた。

「本当だわ! ここを開けたら、忘れ物がどさっと出てきたりして……」

「まさか、ねえ?」

二人は顔を見合わせ、くすくすと笑い合った。そして半分は悪ふざけのつもりで、その小さなくぼみを押してみた。

「じゃあ、開けるわよ。せーの、一、二の――」

「三!」

カチリ、と小気味いい音が響き、引き出しの奥がスライドした。しかし、そこから溢れ出てきた「それ」を見た瞬間、二人の笑い声は完全に凍りついた。

「な、何よこれ……?」

「……本当だったんだ。殿下が公爵様にあやしい薬を飲ませていたっていう、あの噂……」

「やっぱり、本当だったのね!」

そこには、怪しい光沢を放つ大量のガラス瓶が敷き詰められていた。

二人の侍女は青ざめた顔で見つめ合った。

「どうする? これ」

「どうするも何も、すぐに監察部に報告しなきゃ! 黙っていたら、私たちが共犯にされちゃうわ!」

慌てふためいた侍女たちは、その大量の「媚薬」を抱え、文字通り監察部へと駆け込んだ。

そして、その衝撃的なニュースが皇宮の隅々にまで広まるのに、半日もかからなかった。

「私が寝ている間に、一体何が起きたの……?」

ここ最近の私の生活は、お世辞にも公爵として褒められたものではなかった。執務室で泥のように眠り、訓練場で適当に体を洗うという荒んだ宮殿生活を送っていたのだ。だが、それを見かねた皇帝レシウスについに見つかってしまい、「いっそのこと空いている皇后宮を使え」と半ば強制的に邸宅をあてがわれ、そこで寝起きするようになっていた。

そんなある日、私が廊下を歩いていると、すれ違う騎士たちが一斉に直立不動になり、九十度の見事な礼を捧げてきた。

(な、何……!? どうしたの、みんな。久しぶりに変なキノコでも食べたの?)

確かに、私が以前起こした騒動のせいで、騎士たちからのリスペクトは地に落ちていたはずだった。それなのに、今の彼らの視線はどうだろう。

「これまで誤解しておりました。申し訳ありません、公爵殿下!」

「はい! 私たちは殿下が自らあのような奇行に走る方ではないと、ずっと信じておりました!」

騎士たちの眼差しには、以前にも増して熱い、そしてどこか同情の混じった強い尊敬の念が宿っていた。なんというか、「本当に申し訳ないことをした」という罪悪感から、腫れ物に触るように丁重に接してくるのだ。

「これまで誤解していて申し訳ありません、公爵様」

次に立ち寄った先でも同じ言葉をかけられ、私は飲んでいたお茶を危うく吹き出しそうになった。

(誤解? 一体全体、何を誤解しているっていうの?)

「バハートの皇子が、公爵様に、あのような卑劣な怪しい薬を盛っていたとも知らずに……」

「ええ。その事実をご存じだったからこそ、あえて何も言わず、皇子をお帰しになったのですね」

――バハート皇子。

――怪しい薬。

その二つのワードが繋がった瞬間、私はすべての事情を察した。

どうやら彼らは、「シャビアンが私に惚れ薬を飲ませて操っていた」と、完璧に勘違いしているらしい。

(みんな、ずいぶんと確信に満ちた目をしてるけど……証拠もないのにそこまで信じる?)

その後、宰相の執務室へ向かい、私はようやく事の全貌を知ることになった。冷宮の隠し部屋から、大量の惚れ薬が押収されたというのだ。

あの薬は、ほんの一滴を希釈して使うだけでも効果を発揮する、極めて強力で濃縮されたものだ。てっきりあのガラス瓶一本きりだと思っていたのに、まさか何本もストックされていたなんて。

噂は雪だるま式に膨れ上がり、あっという間にバハートへの敵対心へと形を変えていった。

「バハートの連中は実力がないから、あんな卑怯な手を使うんだ!」

「失せろ! うちの陣営から出て行け!」

宮庭の片隅では、バハートの騎士に食ってかかるハイレンの騎士たちの姿があった。

文官の行政部と武官の元帥部が置かれている翼宮。これまで元帥が長年バハートに気を遣い続けてきたせいで不満を募らせていた武官たちは、今回の「媚薬事件」をきっかけに、溜め込んでいた怒りを一気に爆発させていた。

「どうせなら、正々堂々と立ち合えばいいじゃない」

私は後ろに控えていた副官にそっと指示を出した。鬱憤を晴らすのは本人たちの自由だが、どうせなら建設的な形で発散させた方がいい。

「バハートの騎士たちと直接剣を交えるなんて、またとない機会でしょう?」

「さすが公爵殿下です!」

「敵国の騎士と剣を交えれば、多くのことを学べますからね。彼らの剣術や、戦い方の癖を見極める良い機会です!」

副官は尊敬の念に満ちた表情で私を見つめると、すぐさま騒ぎの渦中へと向かっていった。彼もまた、「私が媚薬を飲まされ、そのせいで今までおかしな振る舞いをしていた」と信じ込んでいる一人だった。

(一応、誤解を解こうとはしたんだけどな……)

これまでの私の行動があまりにも奇妙すぎたせいで、今さら「あれは素行です」と言っても誰も信じてくれないのだろう。収拾がつかないとは、まさにこのことだ。

宮中の異様な熱気を何とか落ち着かせなければならない。現在、皇宮には神殿の大使とバハート皇帝ケリオンが滞在している。もしケリオンがこの空気に怒り狂って暴れ出したら、それこそ国が傾く。

(でも……思ったより静かだな。大使の目があるから抑えているのかな?)

気になった私は、ケリオンが滞在している宿舎へと足を運んだ。

宿舎の塀越しに、私はそっと中を覗き込んだ。

「1211」

そこには、上着を脱ぎ捨てて黙々と腕立て伏せをするケリオンの姿があった。日に焼けた浅黒い肌を、大粒の汗が流れ落ちていく。野獣を思わせるそのしなやかで猛々しい肉体に、私は思わず見とれ――。

(いや、なんで見とれてるのよ、私!)

心の中で自分にツッコミを入れていると、宿舎の中からバハートの大使が慌てた様子で飛び出してきた。

「陛下! お戻りください!」

「1212」

「主要な海上交易路の一つが完全に封鎖されたのです!」

「1213」

「今、どれほどの被害が出ているかお分かりですか!? 物流の停滞による莫大な損失に加え、人質の身代金まで要求されているのです! 王国から届くはずの貢ぎ物も、すべて送り返されています!」

ケリオンは忌々しげに息を吐き、その場にどかりと腰を下ろした。そして近くにあった手ぬぐいを大使へと投げつける。

「全部、お前たちの不手際のせいだろう」

濡れた前髪を無造作にかき上げ、ケリオンは目を細めた。

「ハイレン皇帝が、自分の弟に手を出したと言って、俺たちを陥れたんだ」

「……ですが陛下、あれは海賊の仕業です」

(ここで、どうしてレシウスの名前が出てくるわけ?)

確かに、ロザリンがシャビアンと共に海へ落ちた件について、裏でバハートが糸を引いているという噂は聞いていた。私自身、バハートがシャビアンを狙った結果、運悪くロザリンが巻き込まれたのだろうと考えていた。

(でも、レシウスがそんな回りくどいことをしたって? あれはただの海賊の襲撃だったじゃない)

我が最愛の皇帝レシウスを、悪の黒幕のように扱うケリオンに対し、私は不満を込めて目を細めた。うちのレシウスが、そんな陰湿なことをするはずがない。

「ははっ。これまでバラバラに動いていた海賊どもが急に同盟を組み、あまつさえロテム王国の軍艦まで手に入れたんだぞ?」

ケリオンは額の汗を拭いながら、皮肉めいた笑みを浮かべた。

「それがすべて、ただの偶然だと思うか?」

……言われてみれば、確かに偶然にしては出来すぎている気もする。けれど、世の中には信じられない偶然が重なることだってある。何より、レシウスはそんな陰謀を巡らせるような男ではない、と思いたい。

「陛下、理由はおそらくそれだけではありません」

大使はケリオンに顔を近づけ、声を潜めた。だが、ソードマスターである私の耳を欺くことはできない。私はさらに意識を集中させた。

「ハイレン皇帝と神殿の大使が会談を重ねているようです」

「……バイウッドの件だな。俺を牽制する狙いもあるはずだ」

「はい。ですから、くれぐれも警戒なさってください。ハイレン帝国も脅威ですが……」

大使はごくりと唾を飲み込んだ。

「もし神殿が我々の敵に回れば、大陸全土を敵に回すことになります。場合によっては、バハート国内で内部分裂が起きかねません」

神の名が持つ絶大な影響力。この大陸において、教会の権威は国家の枠組みすら容易に超える。どれほどケリオン個人が武力に秀でていようとも、世界そのものを相手に戦うことは不可能なのだ。

「それに、神殿はハイレン皇帝に対して異様なほど好意的です。特にあの大使は」

『いったい、どうやって取り入ったんだか……』

バハートの大使は不満を隠しようともせず呟いた。

言われてみれば、最近のレシウスは茶トラ猫(クリフ)を連れて皇宮の書庫にこもることが多く、神殿の大使もよくそこへ顔を出していた。神殿の大使がレシウスに対して、やけに平身低頭な態度を取っていたのは、私も気づいていた。

(でも、おかしいのはそれだけじゃない)

私は小さく息を漏らしたが、ケリオンは気づかずに立ち上がった。

(……ケリオンが、汗をかいている?)

ふと、強烈な違和感が私を襲った。

私と同じ最高峰の『ソードマスター』である彼が、たかが腕立て伏せ程度で、これほど激しく汗を流すなんてあり得るだろうか。常人離れした体力と気の巡りを持つ者が、そう簡単に息を切らすはずがないのだ。

私は汗に濡れて妖しく艶めくケリオンのたくましい背中を眺めながら、不可解さに小さく首をかしげた。

その頃、ハイレン皇国の極秘書庫。

「お前、少々やりすぎたのではないか?」

一匹の茶トラ猫――その正体であるクリフが、机の上で首をかしげていた。

ケリオンを牽制するため、レシウスは古代魔法や禁忌の薬草に関する知識をフルに活用していた。その結果、ケリオンは今、生まれて初めて「常人と同じように疲弊する」という無力感を味わわされているのだ。

「お前の嫌がらせのせいで、皇室秘蔵の貴重な薬草がほとんど使い尽くされてしまったぞ」

「…………」

「まさか、バハート皇帝をそのまま殺すつもりか?」

「……それはできません」

レシウスは静かに答えた。ケリオンが、かつてルウェイン(公爵)が想いを寄せていた男(ルーイン)の血縁であることを知っているからだ。本心では消し去ってしまいたいほど憎んでいても、一線を越えるわけにはいかない。

「戦争を起こすわけにはいかないのです」

もし大戦になれば、ルウェインは公爵として、 tender 将軍として自ら最前線に立とうとするだろう。レシウスには、彼女にそんな苦しみを味わわせるつもりは毛頭なかった。ケリオンを殺せば大陸の均衡が崩れ、再び凄惨な戦乱の時代へと逆戻りしてしまう。

「では、なぜあの男をそこまで苦しめる?」

「ロザリンを海に突き落としたことへの、正当な報復です」

「だが、すでにバハートの交易路は封鎖したのだろう? 軍用艦まで沈めたというのに」

「あれはただの警告です」

レシウスは何気ない仕草で開いていた古書を閉じ、立ち上がった。もうすぐ、神殿の大使と会う約束の時間だった。バイウッドの件も含め、一度腹を割って話をしておく必要があった。

「お越しいただき、ありがとうございます」

「いえ……」

執飾室の机に腰掛けた猫のクリフは、入ってきた神殿の大使館長をじっと見つめていた。

「……っ!」

部屋に足を踏み入れた大使館長は、ぼんやりとした目で周囲を見回したあと、激しい頭痛に襲われたように突如頭を押さえた。

「大丈夫ですか?」

レシウスは口先だけで彼女を気遣った。最低限の礼儀だけは完璧にこなす男の手際だった。大使館長は可憐な少女の姿をしているが、その中身はすでに成人した老練な神官だ。

「……」

大使館長は、まるで世界の終わりでも見たかのような衝撃に震えながら、再び周囲を見回した。

「何を見たのですか?」

クリフとレシウスは、彼女が「未来視」の異能を持つ者であることを知っていた。そして今の尋常ではない反応から、たった今、この部屋に関する不吉な未来を視たのだと察した。

「それが……」

大使館長は言いかけて言葉を濁し、深く考え込んだ。

「どのような未来をご覧になったのか、お聞かせ願えますか?」

レシウスが冷徹な、しかし真剣な眼差しで尋ねると、大使館長は諦めたように重い口を開いた。

「……陛下が毒を飲まれ、その場に倒れるお姿を見ました」

その予言を聞いたレシウスは、驚愕するどころか、むしろ心底うんざりしたように眉をひそめた。

(私を毒殺しようとする、身の程知らずな勢力が現れるということか)

毒を盛られること自体は、さしたる問題ではない。未来を知った今、対策などいくらでも講じられる。だが、そんな不穏な分子が未だに皇宮内に潜んでいるという事実そのものが、極めて不愉快だった。

「……大使館長、何かの見間違いではないか? あの悪辣な皇帝が、そんな姑息な手段に引っかかるとは思えんが」

クリフが信じられないといった様子で口を挟むと、大使館長は短く首を振った。

「いいえ」

そして、それ以上は何も語らないと言わんばかりに、意味ありげな笑みを浮かべた。

「私はこれで、神殿へ戻らせていただきます」

大使館長は丁重に一礼した。これ以上、この恐ろしい皇帝に付き合わされるのは御免だった。これまで散々レシウスに連れ回され、彼の都合の良いように利用されてきたのだから、これくらいの置き土産は当然だろう。

「そうしてください」

レシウスの許可が下りるや否や、彼女は素早く執務室を後にした。

その引き際を見送りながら、クリフは内心で感嘆していた。

(あいつ、人を顎で使うのが本当に上手いな。どうして神殿の大使館長まで、あいつの部下みたいになってるんだ?)

「おい、どこへ行くんだ?」

「疲れました」

足早に歩き出すレシウスの後を、クリフは小さな足で追いかけた。疲れたと言うからには寝室へ向かうのかと思いきや、レシウスが足を進めたのは、武官たちが集まる元帥部の執務室だった。

「疲れたんじゃなかったのか?」

「ええ。ですが、私の疲れは、ある人の顔を見れば一瞬で癒えるものなので」

その瞬間、ルウェインの姿を思い浮かべたのだろう。レシウスのいつになく冷え切っていた口元が、ふっと春の日差しのように柔らかく緩んだ。その劇的な変化を見て、クリフは思わず身震いした。

(自分は今、猫の姿のはずなのに、どうしてこんなに鳥肌が立つんだ……?)

「もう勘弁してくれ」

クリフがわざとらしく咳払いをすると、レシウスは少し顔をしかめた。

(自分が行けば、あの子の関心がすべてそっちへ向かうからな。猫のくせに嫉妬するとは、器の小さいやつだ)

レシウスの周囲の空気がみるみる甘くなっていくのに耐えかね、クリフはその場に足を止めた。レシウスは一人、皆が退勤して静まり返った元帥部の宮殿へと足を踏み入れた。

ギィ……と、僅かに開いていた扉を静かに押し開ける。

中を覗き込むと、ソファの上で毛布を頭からすっぽりと被り、丸くなっている愛らしい人影があった。毛布の隙間から、ぴょこんと飛び出した灰色の髪が不規則に揺れている。

「……本当に、ちょっとだけ目を閉じてただけだから」

毛布の中から、くぐもった愛らしい声が聞こえてきた。

「ちゃんと、家に帰って寝るつもりだったの」

「そうか」

私が皇后宮(臨時の邸宅)へ帰らずにここで油を売っているのを見咎められると思ったのか、ルウェインは慌てて言い訳を並べ立てていた。どうせ誰も使っていない宮殿なのだから、彼女がどこで寝ようが何の問題もないというのに。

(君のためなら、こんな宮殿など何十、何百でも建ててあげるのに――)

「何かあったの?」

毛布の隙間から、潤んだ銀灰色の瞳がレシウスを見上げた。レシウスはその場に片膝をつき、彼女と目線を合わせる。

(毒殺、か――)

そんな姑息な手段で、自分が死ぬはずがない。レシウスはこれから先、果てしない時間を彼女と共に歩み、共に年を重ねていきたいと心から願っていた。

「君に会いたくなったからだ」

レシウスが穏やかに、ストレートな愛を告げると、ルウェインは照れくさそうに頬を林檎のように赤らめた。

「大使館長は、もうすぐ旅立つと思う」

その言葉に、ルウェインは驚いたように毛布を完全に跳ね除けた。

「それからルウェイン。バハート皇帝も、まもなくこの国を発つ」

たとえ本人が居座るつもりでも、無理矢理にでも追い返す算段はついていた。警告は十分に与えたし、今後のケリオンの動きを封じるための最低限の罠も配置済みだ。

「だから、少し休もう」

「……」

「君に、休暇をあげるよ」

レシウスはルウェインを見つめ、慈愛に満ちた笑みを浮かべた。それは決して、皇帝として他者に向ける冷徹な作り笑いではなく、彼女だけのために用意された、心からの優しい微笑みだった。

『大使館長はもうすぐ旅立つと思う』

『ルウェイン。バハート皇帝も、まもなくこの国を発つ』

最初は聞き間違いかと思ったレシウスの言葉は、すべて事実だった。

ケリオンは、本当にバハートへの帰国準備を急ピッチで進めていた。風の噂によると、海上交易路の深刻な問題に加え、大公派の残党がバハートの皇都に集結する不穏な兆しがあるため、急遽戻らざるを得なくなったらしい。

「そちらの皇帝は、私を追い返すためにまた随分と妙な陰謀を企んでいるようだな」

「……」

「もう帰るんだから、いい加減嫌がらせはやめろというのに」

帰国直前、私と対面したケリオンはやれやれと首を振った。

何か不都合があれば、すぐにレシウスの仕業だと決めつける。まるで陰謀論者のようなその姿勢は、一体どこから湧いてくるのだろう。

「皇帝陛下は、そのような陰湿なことをなさるお方ではありません」

私がきっぱりと告げると、ケリオンは苦笑を漏らした。

「そういうことにしておこう、公爵」

さんざんレシウスへの文句を並べ立てていたケリオンだったが、ふと、自分の大きな手を持ち上げてじっと見つめた。

「……こんな無力感を味わうのは、子どもの頃以来だな」

ケリオンの薄い唇が、ゆっくりと歪な形に歪んだ。

「本当に……あの力が必要になるかもしれないな」

その不穏な呟きを聞いた瞬間、私の背筋に冷たい戦慄が走った。

(『あの力』って……まさか、悪魔の力のこと?)

ケリオンが今使っている剣技とは別の、彼の血筋の奥底に眠る不浄な「悪魔の血」。それこそが彼の秘められた真の力だった。

(まったく……なんて物騒なことを言うのよ。レシウスがわざわざ神殿の力を借りてまで彼を牽制したのは、この暴走を止めるためだったんじゃないの!?)

「次はバハートの皇宮で会おう」

ケリオンは不敵に笑いながら、私に手を差し伸べた。

「行きません」

「だからこそ面白い。私の頼みを一つ聞いてくれると約束しただろう?」

「私にできる範囲のお願いなら、とお答えしたはずですが」

(バハート皇宮なんて遠すぎるし、絶対に行かないから!)

私の断固たる拒絶の意志を感じ取ったのか、ケリオンは意味ありげに眉を僅かに動かし、ただじっと私を見つめていた。まるで、私の表情の微細な変化を、その網膜に深く焼き付けようとするかのように。

 



 

 

  • シャビアンの目的地と陰謀

    神殿へと向かう建前の裏で、シャビアンは神の代理人ではなく「レクティス」に隠された強大な力を手に入れるため、密かに別の目的地を目指している。

  • 冷宮の媚薬発見と「惚れ薬」の誤解

    冷宮から大量の媚薬が見つかったことで、皇宮内では「バハートの皇子が公爵(ルウェイン)に薬を盛り、操っていた」という完璧な誤解が生じ、バハートへの敵対心と公爵への同情・尊敬が急速に高まっている。

  • レシウスの報復と迫る危機

    レシウスはロザリンの件への報復として、バハートの交易路封鎖やケリオンの力を削ぐ薬草の罠を仕掛け、ケリオンを帰国へと追い込んだが、神殿の大使館長はレシウスが今後「毒殺される未来」を予知している。

 

 

【ヤンデレを演技していたら本物に執着されました】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。 ネ...