こんにちは、ピッコです。
「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
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又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
37話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 26年ぶりの末っ子
「まずはうちに来い」と言い合っていた三人の騒がしい口論は、イビィのお腹が「ぐうっ」と可愛らしい音を立てた瞬間、あっさりと幕を閉じた。
「私たちったら、ご飯も食べずに遊ぶ話ばかりしていたね」
恥ずかしそうに笑うイビィの様子に、三人は一瞬で我に返った。急いでテーブルを片づけた四人は、そろって配膳台へと向かう。いつものように、それぞれ好きな料理を山盛りに取ってくると、先ほどまでの張り詰めた空気はどこへやら、楽しそうに笑い声を響かせながら食事を楽しんだ。
しかし、食事が終われば現実に戻らなければならない。その日はそれぞれ受ける授業が違っていたため、四人は食堂を出たところで別々に行動することになった。
一人になったイビィは、そのまま真っ直ぐ自分の部屋へ戻ろうと考えた。いつも隣で盾のようになってくれていた三人――アイリーン、アルセル、ルスカーがいなくなった途端、周囲の生徒たちが少しずつ、値踏みするような視線で近づいてくるのが見えたからだ。
シアン教授が実は皇帝陛下であり、イビィがその御心に留まった子供であると知られて以来、それは毎日のように繰り返される鬱陶しい光景だった。
イビィは見て見ぬふりをして、足早に廊下を歩いた。一度でもこういう人たちに捕まってしまうと、解放されるまでに長い時間を無駄にしなければならないことを、この二週間で嫌というほど学んでいた。
図書館へ向かう途中、イビィは数人の職員や教師たちとすれ違った。彼らは皆、イビィの姿を認めるなり、これ以上ないほど明るい笑顔で挨拶をしてきた。
イズリエラ事件のあと、英才院でイビィの名前を知らない者はいなかった。以前は、イビィが教室に入ってきても迷惑そうな顔をして、一瞥しただけで興味を失っていた偏屈な教師でさえ、今では皆が破格の笑みを向けてくれる。
突然ひっくり返るように変わってしまった周囲の態度に、イビィは強い戸惑いを覚えていた。そして、それは少し不気味で怖くもあった。
(以前の皆さんは、私の前で本音を隠そうとはしなかったのに……)
かつての生徒や教師たちは、取り繕うことも忘れ、嫌悪や軽蔑をあからさまに見せていた。皮肉なことに、イビィはあれがそれほど嫌いではなかった。最初から本当の姿を見せてくれる人のほうが、かえって警戒しやすくて安心できたからだ。
けれど今は、皇帝が自分の後ろ盾になったことで、人々は皆、感情の読めない厚い仮面をかぶるようになってしまった。だから、目の前の相手が本当に自分を嫌っているのか、それとも好いているのかさえ、以前より分からなくなってしまったのだ。
それでもイビィには、相手が「本物」かどうかを見極めるための、ちょっとした基準があった。
「おや、イビィ・エルデンじゃないか」
図書館の近くまで来たとき、歴史学の教授がイビィに気づいて声をかけてきた。イビィが足を止め、丁寧に頭を下げると、教授は嬉しそうにイビィの頭を優しく撫でた。そして、すぐに隣にいた人物――外部から来たらしい客人へと向き直り、誇らしげに胸を張った。
「聞いたことがあるでしょう。最近、皇帝陛下が我が英才院のある生徒の後見人になられたという話を。その子がまさにこの子です。私の授業も熱心に受けていましてね」
「ああ、この子が噂の……」
歴史学の教授はイビィをきっかけにして、そこからいかに自分が皇帝陛下と縁があるか、いかに英才院が素晴らしいかを客人へ語り続けた。彼の視線はイビィを見ておらず、ただ自分を引き立てるための都合の良い「飾り」として彼女を扱っているのが透けて見えた。
結局、先に口を開いたのはイビィの方だった。
「先生、少し急ぎの用事がありますので、失礼してもよろしいでしょうか」
すると、教授はあからさまに残念そうな表情を浮かべた。しかし、これ以上イビィを無理に引き止めることはしなかった。もし後になって、この子が皇帝陛下に謁見した際、自分について少しでも不満を漏らされるようなことがあっては困るからだ。
「そうか。それは引き止めて悪かったね。行っておいで」
教授は最後まで営業用の笑顔で見送り、イビィは逃げるように足早に図書館の中へ入っていった。
だが、聖域であるはずの図書館の中でも、人が話しかけてこなくなったわけではない。イビィは誰の目にも留まらないような、隅の静かな場所を探さなければならなかった。
ロビーを通り抜けようとしたとき、イビィは奥の柱の近くで見覚えのある大きな背中を見つけた。
「マレス教授!」
「ん? イビィか」
天井と古い設計図を交互に見比べていたマレス教授は、先ほどの歴史学の教授と同じように、外部から来たらしい客人を連れていた。
イビィが小走りで近づくと、マレス教授はその客人に向かって不機嫌そうに、しかしどこか自慢げに言った。
「この子が、私が手紙で話していたあの子だよ。ついに私に“本当の数学”を教えさせてくれる、唯一の生徒なんだ」
そう言うと、マレス教授はどっしりとした体を低くかがめ、イビィの頬を大きな手で優しくなでた。
「おやおや、頬の腫れはすっかり引いたんだね。もう本当に痛まないんだろう? 試験期間で根を詰めすぎたせいか、顔色がまだあまり良くないように見えるが……ちゃんと食べているのか?」
自分自身の体調を真っ先に気遣ってくれる温かい声に、イビィの口元から自然と笑みがこぼれた。
ここが、決定的な違いだった。
イビィを心から大切に思ってくれる人たちは、バックにいる皇帝の話など二の次にする。まず何よりも先に、イビィという一人の子供のことを心配してくれるのだ。
「もう本当に大丈夫です!」
「そうか、そうか。それにしても、あの騒動の時、あの生意気な悪党どもをこの手で一発殴ってやれなかったのが、今でも心残りでならんよ。よくも私の愛弟子にあんなひどいことをしてくれたものだ……」
マレス教授は二週間が経った今でもまだ怒りが収まらないようで、不満げに舌打ちをしながら遠くを見やった。やがて、我に返ったように隣にいた人物を引き寄せ、イビィに紹介した。
「おっと、こちらは昔の私の教え子で、ルシという者だ」
ルシと呼ばれた中年の女性は、あきれたような視線をマレス教授に送った。
「おや、先生。公の場でちゃんと私を『弟子』だと認めてくださるんですね?」
「仕方あるまい。現役時代は実に入り口の狭い、気に入らない奴ではあったが、お前が手がけた建築作品はどれも優秀だった。認めざるを得んよ」
「まったく……。先生はいまだに『私は数学者であって建築家じゃない』なんて拗ねているんですか? 現場を離れてもう三十年も経ったんですよ。そろそろ諦めて認めてください」
「誰が拗ねていると言うんだ! 事実を言っているだけだ!」
子供のように声を荒らげるマレス教授を見て、イビィは(教授、やっぱりまだ過去のあれこれを根に持っているんだな……)と内心でくすくす笑った。
ルシはマレス教授のいつもの文句を軽くいなすと、イビィの前まで歩み寄り、その場に優しく膝をついた。
「君がイビィなんだね。師匠が手紙をよこすたびに、君の自慢ばかり書いていてね。一度ぜひ会ってみたいとずっと思っていたんだよ、我らが可愛い末っ子」
ルシはそう言って、大きな右手を差し出し、イビィに握手を求めた。
こんなふうに対等な一人の人間として、大人から握手を求められるのは初めてのことだった。イビィは少し戸惑いながらも、そっと小さな手を差し出した。
インクの染みがあちこちについた、職人の大きな手がイビィの小さな手を優しく包み込み、温かい握手が交わされる。まるで自分も一人前の大人、あるいは同じ道を志す専門家として認められたような感覚に包まれ、イビィは胸が弾むのを感じた。
しかし、そのときルシが口にした言葉が頭に引っかかった。
「でも……末っ子、ですか?」
イビィが小首をかしげると、ルシは感慨深げな目でマレス教授を見上げながら微笑んだ。
「そうさ。私たちの学派の仲間で、一番の末っ子が二十何年ぶりかに入れ替わったんだ。何年ぶりだったかな?」
「二十六年だ」
マレス教授がぶっきらぼうに訂正する。
「そうそう。師匠にとっては、実に二十六年ぶりに新しい弟子ができるなんて、私たちにとっても大ニュースだったのさ。先生から君の優秀さはすべて聞いているよ」
二人が何の話をしているのか分からず、イビィがぱちくりと目を丸くしていると、ルシは「おや」と眉を上げた。
「先生、イビィにはまだ何も説明していなかったんですね?」
「当然だろう。こんな可愛い子を、お前たちみたいな可愛げのない偏屈な中年連中が集まる薄暗い会に、わざわざ進んで連れて行ってどうする」
「ひどい言いようですね! 先生が毎年一人ずつでも弟子を取っていれば、イビィと同年代の先輩もいて、もっと賑やかで楽しかったでしょうに」
「そんな必要はない! 私の基準を満たす学生が、この世にそう簡単にゴロゴロ転がっているはずがないだろう!」
「はいはい、そういうことにしておきます。――あ、イビィ。どういうことかというとね、普通、英才院やアカデミーの教授は自分の『一派』として弟子を持つものなの。当然、私たちの間にも横のつながりとしての集まりがある。そして君は、その歴史ある集まりに二十六年ぶりに加わる、新しい『最年少の末っ子』ということなんだよ」
ルシの丁寧な説明を聞いて、イビィはようやく事の大きさを理解した。
イビィが驚きながらうなずくと、ルシは上着の懐をごそごそと探り、精巧に作られた小さなブローチのようなものを取り出した。
「これは私たちの学派の紋章だ。英才院の制服につけてもいいし、紐を通して首から下げても構わない。もし夏休みに外に出て、困ったことがあったら、首都にある私たちの設計事務所や工房でこれを見せるといい。そうすれば、私たちの仲間はもちろん、この紋章を知っている職人や役人なら、誰だって君の力になってくれる」
そう言うと、ルシはまるで極上の秘密を打ち明けるように、イビィの耳元に顔を近づけて小声でささやいた。
「事務所に遊びに来たら、とびきり美味しいアイスクリームもごちそうしてあげるよ」
「本当ですか!?」
イビィの目がぱっと太陽のように輝いた。英才院では、お腹を壊しやすいという健康上の理由から、アイスクリームは週に一度、ほんの少ししか出されなかったのだ。冷たくて甘いデザートは、今のイビィにとって最高のご褒美だった。
「おい、ルシ! なんで私の目の前で、その子をそっちへ誘惑しようとしているんだ!」
「どうしてかって? みんな君に興味津々だからよ! それに、もうすぐ夏休みでしょう? もし英才院に残るのなら、暇なときにいつでも遊びに来て。君の兄姉弟子たちが、首を長くして待っているから」
「私を……ですか?」
「もちろん。今もみんな、どうにかして英才院へ入る口実を探していてね。『特別講師の助手でもいいから連れて行ってくれ』なんて先生に直談判しようとしている人までいるのよ。みんな君を大歓迎するわ。このままだと新しい弟子の血は途絶えると思っていたところに、こんな小さくて愛らしい後輩が入ってきてくれたんだもの」
イビィは手渡されたブローチへと目を落とした。それを英才院の制服の胸元にあてがってみると、高窓から差し込む陽の光を受けてきらりと誇らしげに輝いた。金色、銀色、そして深い青色で彩られた小さな紋章は、細かな数字と美しい幾何学模様が複雑に絡み合って構成されていた。
(私を待ってくれている人が、ここ以外にもいる……)
英才院の敷地を一歩出れば、首都には知り合いなど一人もいないと思っていた。それなのに、自分の帰りを待つクライス院だけでなく、この見知らぬ大都市にも、自分を歓迎し、助けてくれる大人の仲間たちがいるのだ。そう思っただけで、イビィの胸の奥はジンと温かいもので満たされていった。
そんな隠しきれない喜びが、素直に表情に出ていたのだろう。嬉しそうに頬を染めて微笑むイビィを見て、マレス教授はそれ以上ぶつぶつとぼやくのをやめた。
「……ふん。そんなに喜ぶと分かっていたなら、私が一日くらい連れて行ってやればよかったな」
「はっ! 私たちが何千通も手紙を送っても一度も返事をくださらなかったくせに、ずいぶん依怙贔屓(えこひいき)があったものですね?」
「うるさい! 夏休みになったら、私が責任を持ってイビィを連れて一度顔を出す!」
「まあ、本当に来てくださるんですか? それなら来る前にぜひ連絡してくださいね。上の先輩から下の世代まで、関係者全員を意地でも集めておきますから」
「まったく、騒がしい連中だ」
文句を言いながらも、マレス教授の口元には隠しきれない笑みが浮かんでいた。
長い間、弟子たちとは距離を置いていた。彼らを嫌っていたわけではない。ただ、宮廷やアカデミーの面倒な派閥争いに巻き込まれるのが億劫だっただけなのだ。師匠が自分たちを他の有力な教授や貴族たちに紹介してくれないことへの不満は多かったものの、弟子たちは師匠の技術を継承しているという誇りのもと、彼ら自身で固く結束していた。
その結果、今では帝国でも建築・数学の分野でそれなりに名を知られる巨大な一大勢力になっていたのだ。自分たちだけで立派に成長してくれたことは誇らしかったが、それ以上に、今まで突き放してきたことへの申し訳なさが強かった。
それなのに、彼らは今でも自分を「師」として待ち続けてくれているという。しかも、新しく入ったイビィのことまで我がことのように歓迎し、待っていてくれている。
マレス教授は(私は、本当に弟子に恵まれたな……)と、人知れず胸を熱くしていた。
教授たちが感慨にふけっている間、イビィはマレス教授の太い指に握られている設計図を、興味深そうにじっと眺めていた。
「ところで、教授とルシさんはここで何をされていたんですか?」
「ああ、そうだった。話し込んで忘れるところだった、仕事を進めないとな」
イビィの純粋な問いかけに、二人はようやく我に返った。まるで素人が描き殴ったような、線の歪んだ拙い参考設計図を見ながら、ルシが説明する。
「別の都市にある地方学院からね、この英才院の図書館のような画期的な建物を新築したいという依頼が来てね。その参考にするために、本物の構造を見に来たのさ」
そう言うと、ルシは建築における構造計算の知識を、イビィへ分かりやすく教え始めた。どんな種類の石材を使っているのか。その石の強度なら、どれくらいの高さや全体の重さに耐えられるのか。そうした条件を数式に当てはめて綿密に設計すれば、空間の中に一切の「柱」を立てずに、どれほど広い空間を確保できるかを割り出すことができる――そんな、非常に高度な講義だった。
ルシが羊皮紙の端に書いた計算式を数秒見つめていたイビィは、設計図のある一点を指差しながら、何気なく言った。
「それなら……この部分の梁(はり)の強度を調整すれば、十五リードの幅までなら、柱を一本も立てずに建てられますね?」
「「…………」」
マレス教授とルシの動きが完全に止まった。
ルシは信じられないものを見るかのように驚きに目を見開き、息をのんでイビィを見つめた。頭の中で何度も検算し、それが完全に正しい数値であると理解すると、彼女は静かに、そして深くうなずいた。
「先生が、こんなに長い間、誰一人として新しい弟子を取らなかった理由が……今、ようやく骨の髄まで分かりました」
「そうだろう? そうだろう!? うちの子は、こんなにも凄まじい天才なんだ!」
「そうですね。でしたら先生、やはり彼女の将来のためにも、我が学派が誇る『帝国史に名を残す偉大な建築家』として育てるのが筋というもので――」
「違う!! この子は純粋なる数学者にするんだ! 美しい数式の中にこそ彼女の未来がある!」
静かだった図書館の一角で、再びマレス教授とルシの激しい言い争いが始まり、その声はどんどん大きくなっていった。
二人の熱すぎるスカウト合戦は、とうとう奥から顔を青くした図書館の職員がやって来て、「お二人とも、館内ではお静かにお願いします!」と涙目で注意されるまで、延々と続くのだった。
物語の要点は以下の3点です。
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周囲の態度の変化とイビィの困惑
皇帝(シアン教授)の後援を受けたことで、周囲の教師や生徒たちが手のひらを返したように笑顔で近づくようになり、イビィは彼らの「本音」が見えなくなったことに戸惑いと怖さを感じていました。
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マレス教授の学派への歓迎
かつての教え子であるルシと再会したイビィは、自分がマレス教授の「26年ぶりの新しい弟子(末っ子)」として学派の仲間に大歓迎されていることを知り、困ったときに助けてもらえる紋章のブローチを受け取りました。
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イビィの天才的な才能とスカウト合戦
ルシから建築の構造計算について教わったイビィは、その場で瞬時に正しい数値を計算してみせ、その凄まじい才能を目の当たりにしたマレス教授とルシは、彼女を「数学者」にするか「建築家」にするかで再び激しい口論を繰り広げました。