もう泣いてもいいですか?

もう泣いてもいいですか?【35話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【もう泣いてもいいですか?】まとめ こんにちは、ピッコです。 「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介とな...

 




 

35話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 傷だらけの勝利

アイリンの切実な願いとは裏腹に、皇室騎士団は寄宿舎の前までしっかりとイビを護衛した。

それだけでは終わらない。男性騎士たちが周囲をがっちりと固める中、副長のヒルデはなんと二人の部屋の前までイビを送り届けたのだった。

「アイリンが帰ってきた!」

「イビ・エルデンも一緒だわ!」

あいにく、まだ門限前で私室に籠もる時間ではなかった。

そのため、寄宿舎のバルコニーや廊下には、今日の騒動の主役を一目見ようと女子生徒たちがこぞって詰めかけていた。彼女たちは、歴戦の女傑であるヒルデに付き添われて歩くイビの姿を見て、一斉にひそひそと囁き始める。

「私、あのマントの紋章を知っているわ。皇室騎士団よ」

その一言で、ざわめきは波のように広がった。

彼らが帝国最強の騎士であることはもちろん、それ以上に「皇帝の命令にしか従わない存在」であることは周知の事実だ。ただ一人の皇族だけを守るはずの彼らがイビを護衛している。それはすなわち、皇帝自らが命じ、彼女に皇族と同等の待遇を与えたという事実に他ならなかった。

そんな喧騒を背に、イビは部屋の扉を開けた。

見慣れた空間と、どこか懐かしい空気の匂い。ここへ至るまで張り詰めていたイビの表情が、ようやくふわりと和らいだ。

イビは振り返り、ヒルデに向かって丁寧に頭を下げた。

「送ってくださってありがとうございました。ほかの騎士様たちにも、本当にありがとうございましたとお伝えください!」

小さなイビの挨拶を受け、ヒルデは周囲で見守る生徒たちをぐるりと見回した。すると不意に、表情から一切の破顔を消し、片手を胸に添えて深々と腰を折ったのである。

「皇帝陛下より賜りました護衛の任、無事に果たしましたのでこれにて失礼いたします。――イビ・エルデン様、どうか良い夜をお過ごしください」

ヒルデは、わざと周囲の耳に届くよう「皇帝陛下」という響きを、低く、重々しく強調した。

ここへ来るまでの道中、「お姉ちゃんって呼んでいいのよ?」「抱っこしようか?」「また遊びに来てね!」と絶えず笑顔でデレデレしていた人物とは、到底思えない変わりようだった。

今の彼女は、隙のない姿勢で至高の敬意を捧げる、模範的な皇室騎士そのものだった。

皇室騎士団がこれほど深く腰を折って礼をする相手など、本来は皇帝陛下ただ一人。高位の大臣相手でさえ、軽く会釈をする程度で済ませる彼らが、今、平民の少女であるイビに対して最上級の礼を尽くしたのだ。

それを見た生徒たちのざわめきは、もはや恐怖に近い衝撃へと変わっていった。

「……大変なことになったね」

扉が閉まった瞬間、アイリンは頭を抱えて額を押さえた。

そんなアイリンの苦悩を察したように、窓の外のベランダから、ヒルデが窓を少し開けて小声でささやきかけてきた。

「どうせ陛下があの子を特別に目をかけていることなんて、いずれ皆に知られることだろ?」

「それはそうですけど……でも、ここまでするのは少しやりすぎじゃないですか?」

アイリンの抗議に、ヒルデは不敵にウインクしてみせた。

「どうして? 皇室騎士団がここまで見せつけたんだ、お前たちにちょっかいを出そうなんて馬鹿はもう現れないさ。……だが、もし万が一、そんな愚か者が現れたとしても」

ヒルデはふっと笑みを消し、射抜くような真剣な眼差しで続けた。

「それは私たち皇室騎士団への挑戦であり、皇帝陛下への挑戦でもある。だから、何か問題が起きたら、いつでも私たちを頼りなさい」

そう言い残すと、ヒルデは「ゆっくり休めよ」と今度こそ告げ、身を翻して階段を下りていった。

ロビーへと降り立った彼女が冷徹な視線で周囲の学生たちを見回すと、目が合った女子生徒たちは怯えたように慌てて視線をそらした。ヒルデは満足げに小さく笑うと、そのまま外へ出ていく。

『陛下も、ここまで見越しておいでだったわけか』

ただの過保護で皇室騎士団を送り込んだのではない。二度と昼間のような理不尽な事件が起きないよう、学生たち全員の骨の髄まで分からせるために、最強の盾を誇示させたのだ。

主君の真意を完璧に理解したヒルデは、これまで以上に凛とした姿勢で背筋を伸ばし、夜の闇へと消えていった。彼女の背中で、皇室騎士団の紋章が入ったマントが誇らしげに翻っていた。

寝間着に着替えたアイリンは、イビのベッドの隣に腰を下ろすと、今日留守の間に起きた出来事を説明し始めた。

「……それでね、みんなが見てる前でイズリエラは泣き出すし、他の取り巻きたちも『自分たちが悪かった』って床に手をついて謝り始めるし、本当に大騒ぎだったんだから!」

それは、イビが皇帝クロイスに連れ去られた後、あの教授室に残された者たちに起きた顛末だった。

イビがあっけにとられていたように、クロイスが立ち去った直後は、アイリンも自分の見ている光景が夢なのではないかと思ったという。それはアイリンだけでなく、その場にいた全員が同じだった。神聖不可侵たる皇帝が目の前に現れた衝撃に、誰もが長い間、魂を抜かれたように立ち尽くしていたのだ。

やがてイズリエラが突然大声で泣き出し、その友人たちまでがセラフィナ学長にすがりついて泣き叫んだことで、ようやく空間の時間が動き出した。

「みんな、自分の部屋へ戻りなさい! この建物はしばらく封鎖します。もしここを使うなら……」

セラフィナは厳しい声で周囲を下がらせると、イズリエラとその友人たちを冷酷に引き留めた。

「アイリン、あなたも少し残ってちょうだい」

「え? 私もですか?」

「あなたも当事者の一人でしょう? それにイビがいない以上、何があったのか正確に証言できる人がいないの。あなたが見た光景だけでもいいから、説明してちょうだい」

アイリンはすぐに頷いた。

「もちろんです! イズリエラ、あれは……!」

一瞬、試験勉強のことが頭をよぎったが、親友の危機に比べればそんなものはどうでもよかった。アイリンは、自分が覚えている限りの事実をすべてセラフィナにぶちまけた。

大袈裟に脚色する必要すら、どこにもなかった。どう考えても、非は百パーセント、イズリエラの側にあったからだ。

「話してくれてありがとう。それから今日は、このくらいで勉強は終わりにして寮へ戻りなさい」

そう言ってセラフィナは、教授室の隅に置かれた大きな全身鏡を指さした。

アイリンが近づいて鏡を確認すると、そこに映った自分の姿はひどい有り様だった。だが、驚きはしなかった。

『あのイズリエラの髪を掴んで、あれだけ派手に振り回したんだもの。当然よね』

イビが殴られているのを見た瞬間、アイリンは頭が真っ白になり、猛然と駆け寄ってイズリエラの髪を力任せに引き剥がしたのだ。その勢いでイズリエラも逆上し、アイリンに掴みかかってきたが、アイリンもおとなしくやられるようなタマではなかった。

見た目こそ可憐なお姫様そのものだが、彼女には「南部の幼い獣」という、恐るべき非公式のあだ名がある。

アイリンは、自分から飛び込んでくる喧嘩を避けたことなど、これまでの人生で一度もなかった。だからこそ同級生のルースカは、普段からアイリンのことを「狂犬」だと、呆れと畏怖を交えて呼んでいたのだ。

何よりアイリンは修羅場の場数を踏んでいた。イズリエラが不慣れなお嬢様手つきで掴みかかってくる間に、急所や痛いところだけを的確に狙って、振り払ったり、つねったり、叩いたりした。

今夜、イズリエラは全身の鈍痛でまともに眠れないに違いない。

アイリンは寮へ戻ると、すぐに泥まみれの体を洗い流して着替えを済ませ、それから今か今かとイビを待っていた。

しかし、どれだけ待ってもイビは戻らない。そのうち外から激しい泣き声が聞こえたので様子を見に行くと、イズリエラたちの一団が、学園職員の冷ややかな監視のもとで、部屋の荷物をまとめさせられているところだった。まだ彼女たちの正式な処分は決まっていないため、新しい隔離寮へ移るのだという。

特に見物する気も起きず、アイリンが部屋へ戻ろうとしたその時、日頃は見向きもしなかった他の学生たちが、ひそひそと囁きながらおもねるような笑みで近づいてきた。

「あの……すみません、アイリン様。イビ様について、少しお聞きしたいことがあるのですが……」

「イビ様」

その呼び名を聞いた瞬間、アイリンは思わず心の中で冷たい失笑を漏らした。

今までの周囲の連中はどうだったか。イビのことを名前で呼ぶ人すら稀だった。「そこの子」「平民」「孤児院の」「身分の低い子」――そんな見下した呼び方ばかりを平然と浴びせていたのだ。

それが、皇帝に連れて行かれたと分かった途端、急に「イビ様」だと?

「イビが戻ってきたら、本人に直接聞いてください。私は何も知りませんから」

アイリンは氷のようにそっけなく答えると、彼女たちの言葉を遮って部屋の扉を閉めた。

『イビが殴られていた時は、面白がって遠巻きに見ていただけのくせに。今さら何がイビ様よ。虫が良すぎるわ』

ぶつぶつと毒づきながら、アイリンは深くため息をついた。

皆の前で皇帝がイビを直々に庇い、そのまま連れ去ったのだ。これからどれほど多くの、有象無象の噂や下心がイビにつきまとうことになるのだろう。

「イビ、これからは私以上に面倒なことになるかもしれない。あなた、優しすぎるから」

テリンス家の令嬢という肩書きだけで、自分に群がってきた強欲な大人や学生たちの顔が思い浮かぶ。自分だけでなく、ルースカやアルセルも、その望まない歪んだ注目にいつも泥吐きそうなほど、うんざりしていた。

これからは、イビもその冷酷な濁流の中で生きていかなければならない。

「とにかく、これからはあなたも周りに気をつけないとダメだよ」

「うん、ありがとう、アイリン」

にっこりと無邪気に笑って目を細めるイビを見て、アイリンはたまらなくなって彼女をぎゅっと抱きしめ、その柔らかな髪を何度もなでた。

まだ顔に治療用の湿布が貼られていたため、その夜はアイリンが浴室まで一緒に入り、濡らさないよう細心の注意を払いながら、イビの髪を優しく洗って乾かしてあげた。

「私がずっと手伝ってあげるから、何も心配しなくていいからね」

「うん!」

「明日の朝、アルセルとルースカにも無事だって声をかけてあげてね。まあ、言わなくてもあの二人、朝から女子寮の前でソワソワしながら待っていそうだけど」

イビはこくりと素直に頷いた。

「それじゃあ、もう寝ようか」

イビは小さく可愛らしいあくびをすると、ふかふかの布団の中へと潜り込んだ。

するとアイリンは、枕元で少しだけ躊躇したあと、遠慮がちに、どこか縋るような目で尋ねた。

「あのね、イビ……私も、今日一緒に寝てもいい? もし夜中にイビの具合が悪くなったら、すぐ職員さんを呼べるし……それに、昼間の恐ろしいことを思い出して、怖くなっちゃうかもしれないから……」

そう話すアイリンの瞳は、本当に行き場のない不安で揺れていた。

昼間、イズリエラに容赦なく殴られていたイビの姿が、今でもアイリンの脳裏に焼き付いて離れないのだ。

『私が、あともう数秒早くあの部屋に駆けつけていれば、イビに鼻血なんて出させずに済んだのに。……いや、それどころか、あのお高くとまった女が手を上げる前に、私の足で思いきり蹴り飛ばして黙らせてやったのに!』

思い返すたびに、込み上げる激しい怒りと悔しさで、今でも手が小刻みに震え、喉の奥が熱くなる。

そんな親友の震えに気づいたイビは、ふっと起き上がると、早くおいでよと言うように隣のスペースをぽんぽんと優しく叩いた。

アイリンは嬉しそうに顔を輝かせると、クッションを枕代わりにしてイビの隣へ滑り込んだ。

「うん、アイリンが隣にいてくれたら、私ちっとも怖くないよ。今日、イズリエラをバシッ!ってやっつけてくれたもんね」

「でしょ? やっぱり私、結構いい仕事したよね」

二人は顔を見合わせ、くすくすと低く笑い合った。

しばらくの間、本宮のベッドが驚くほど豪華だったことや、帰り道に出会った皇室騎士団の人たちが実はすごく面白くて優しかったことなど、他愛のないお喋りが続いた。

やがて、可愛らしい返事は少しずつ途切れがちになり、気づけば二人は手を固く繋いだまま、静かで穏やかな寝息を立てて深い眠りへと落ちていった。

固く結ばれた二人の幼い手の上に、机の魔石から溢れる淡い光が、どこまでも優しく降り注いでいた。

翌朝、英才院の学長室では、セラフィナが朝早くから押し寄せてきた「招かれざる客」の相手をさせられていた。

客の正体は、イズリエラの両親である、泣く子も黙る高慢な伯爵夫妻だった。

「どういうことですの、学長!? まだあんなに幼い我が娘を、誰もいない極寒の別棟の部屋へ、一人きりで監禁同然に閉じ込めるなんて!」

「一人ではありません。廊下には英才院の職員が常駐しており、何か問題があれば一秒で対応できる完璧な体制になっております」

セラフィナは、人生で何度目かの上品なあくびを白い手で隠しながら、冷淡に言い放った。

そのあからさまに面倒くさそうな態度に伯爵夫妻は激昂したものの、それ以上強く詰め寄ることはできなかった。

――相手は、あのセラフィナ・リードなのだ。

帝国屈指の大魔導師であり、皇帝の絶対的な信頼を得る最側近の一人。そんな怪物が、今は英才院の学長という地位に収まっている。所詮一介の伯爵風情では、逆立ちしても太刀打ちできず、権力や力ずくでどうにかできる相手では到底なかった。

「ちょうど今日、こちらから正式に厳重な書状を差し上げる予定だったのですが、まさか先んじてこちらへお越しになるとは。……一体、どこから情報が漏れたのでしょうね? 手紙を送ったとしてもまだ届いていないはずですし、英才院内部の教職員には口外禁止を徹底させていたのですが」

セラフィナはにっこりと極上の微笑みを浮かべ、値踏みするように伯爵夫妻を見つめた。

「どうやら英才院の内部に、外部へ国家機密に準ずる情報を漏らしたネズミがいるようですね。これは、明白な国家守秘義務違反ですが?」

その冷徹な一言に、伯爵夫妻はわざとらしく大きな咳払いをし、気まずそうに視線を泳がせた。

昨夜遅く、英才院で起きた一悶着は、幾人もの口を経由して夫妻の耳へと届いていた。もっとも、その密告ルートの話からは、肝心の「皇帝クロイス」に関する部分だけが、恐ろしさのあまり綺麗に削ぎ落とされていたのだが。

「それよりも学長、先ほどのお話は一体どういうことですの? そんな不当な処分になれば、我がテリオン家の名誉はもちろん、娘が来年控えているアカデミーの入学試験そのものも受けられなくなるかもしれない、という意味ですか!?」

その事実を聞いて、最も醜く取り乱したのは、他ならぬイズリエラ本人だったという。

――「そんなの絶対に嫌よ! 私、来年アカデミーを首席で受けるって決めてるのよ! そんなことになったら、お父様たちのせいで私の人生はおしまいだわ!」

そう叫びながら、今すぐ英才院へ怒鳴り込んで事情を聞いてくるよう、親の袖を掴んで狂ったように騒ぎ立てたのだ。伯爵夫妻も本当は夜を待たずに動きたかったが、英才院は皇宮直属の聖域。勝手に夜間押しかけようものなら、不法侵入で本物の騎士団に捕縛されかねない。そのため、朝になって皇宮の重厚な正門が開くのを今か今かと待ち構え、開門と同時に英才院へ雪崩れ込み、学長との面会を強引に申し込んだのだった。

「まあ、手紙を書く手間が省けてかえって都合がよろしかったですわ。思った以上に事が大きくなってしまい、整理して書くとなると、目も当てられないほどの長文懲戒書になるところでしたから。こうして直々にご足労いただけたので、説明が早く済みます」

セラフィナは淡々と、昨日の事件の客観的な経緯を伯爵夫妻に説明した。

しかし、話を聞いている間も、夫妻は傲慢に口を挟むことを止めなかった。

「フン、お話を聞いていれば、そもそも原因はあの身分の低い平民の娘が、我が娘をたぶらかしたのが悪いのではありませんか!?」

「そうですわ! それに、テリンス家のあの狂犬のような令嬢が、うちの高貴な娘の美しい髪を掴んで殴り飛ばしたというのですか!? なんて無礼極まりない……!」

夫妻が喚くたびに、セラフィナの美しい眉間には深い皺が刻まれていった。

『イズリエラがなぜあれほど自己中心的で、他人の痛みが分からない歪んだ人格に育ったのか不思議だったけれど、今ようやく謎が解けたわ。親の顔が見てみたいと思ったら、一卵性双生児のようにそっくりじゃない』

伯爵夫妻は、我が娘が犯した凄惨な暴力という大罪は「子供の小さないたずら」であるかのように扱いながら、相手が身を守るために行った反撃には何倍もの言葉で噛みつき、責め立てていた。

イズリエラも英才院の生徒である以上、セラフィナは教育者として、できる限り穏便に、法に則って解決したいと考えていた。たとえ重い処分が避けられなくても、彼女の将来が完全に破滅する最悪の結果だけは免れるよう、親の出方次第では最善を尽くすつもりだったのだ。

そのため、一つひとつ丁寧に、噛み砕いて説明しようとしていたのだが――。

セラフィナ・リードという最高峰の魔導師の忍耐は、あっという間に限界へと達した。

『さっさとこの無能どもを片付けて、早く二度寝したいわ』

もはや、この哀れな家系に対して必要以上の配慮を割く義理など、毛頭なかった。セラフィナは心の中で、英才院の規則で科せる最高位の懲戒処分――すなわち『一発退学、および全財産没収に準ずる皇宮追放』までを視野に入れながら、にっこりと黒い微笑みを深めた。

その時、勝ち誇ったような顔の伯爵が、これ以上ない大声で机を叩いた。

「特に、あの生意気な孤児の後見人とやらを今すぐここへ呼び出しなさい! 子供の仕出かした不始末には、その保護者が全責任を負って我が家に膝をつくべきだ!」

その言葉を聞いた瞬間、セラフィナの笑みは、今日一番の美しさで満開になった。

――その言葉を、ずっと待っていた。

『本当に、権力ってこういう時に最高に便利ね』

理不尽な有象無象を、一切の言い訳を許さず、上から物理的に踏み潰せる絶対的な力。

『だからこそ、私はあの偏屈な男の忠臣になったのよ』

セラフィナはますます艶やかな笑みを浮かべ、哀れな伯爵夫妻を哀れみの目で見つめた。

「素晴らしいご提案ですわ、伯爵。そこまで仰るのでしたら、イビ・エルデンの保護者の方も、お二人に直々にお会いして、積もるお話をしたいと切望されているでしょう。一度、徹底的に話し合われてはいかがかしら?」

「ぜひとも、そうさせてもらおう!」

英才院で小競り合いがあった、ということしか聞いていなかった無知な伯爵は、この事件の最も恐ろしい核心部分を何一つ知らなかった。だからこそ、自分の勝利を確信して、傲慢に保護者を呼べと大見得を切ったのだ。

『所詮、あんな身寄りのない平民の子供を預かる後見人だ。大方、しがない教会の司祭か、よくて下級の商人だろう。大した相手であるはずがない』

相手が誰であろうと、テリオン伯爵家の家名と人脈を盾にすれば、徹底的にねじ伏せて、莫大な慰謝料をむしり取れると確信していた。

セラフィナは優雅に机へ向かうと、最高級の羊皮紙のメモ用紙に、流麗な金インクのペンでさらさらと何かを書き、それを伯爵の前へと滑らせた。

「これは何ですかな、学長?」

「イビ・エルデンの保護者様の、現住所ですわ。ぜひ、お二人にとって実りある、命懸けの話し合いができることを心からお祈りしております。――まあ、そこへたどり着ける気概があればの話ですが」

セラフィナは心の中で深いため息をつきながら席を立った。人生で初めての保護者面談というものは、思っていた以上に知的体力を消耗し、不愉快極まりないものだった。

『次からは、こういう無能な親との面談は一律五分までに時間制限を設けよう。それ以降は一分ごとに金貨一枚を徴収する規則を作ろうかしら』

そう心に固く誓うと、彼女は上質な上着を手に取って立ち上がった。

「では、私はこれで失礼いたします。学長という立場上、国家を揺るがす仕事と責任が山積みでして、お調子者のお相手に一時間たりとも無駄にはできませんの。話し合いの結論がまとまりましたら、事後報告だけ書面で提出してください。それ以外にご連絡がなければ、学園の最高規則に従って、イズリエラ様を即座に処断いたしますわ」

言い終えるや否や、セラフィナは突風のように華麗に応接室を後にした。

その圧倒的な威圧感と後ろ姿を、伯爵夫妻は開いた口が塞がらないまま、呆然と見送るしかなかった。

社交界では常に最上級の歓待を受け、へつらわれてきた伯爵夫妻だった。それなのにセラフィナは、まるでこの世で一番不潔で厄介な害虫にでも出会ったかのように、さっさと逃げるように立ち去ってしまったのだ。

生まれて初めて受ける屈辱的な扱いに、伯爵夫妻は怒りで全身を小刻みに震わせた。彼らの怒りは、「自分たちより格下の平民の保護者」という存在を思い描くことで、いっそう醜く膨れ上がっていった。

「……このままでは、絶対に済ませまいに!」

伯爵は激しく歯の根を鳴らしながら、セラフィナから渡された羊皮紙を睨みつけた。だが、しばらくその文字を凝視しているうちに、彼は奇妙に首を傾げ、不審そうにつぶやいた。

「……おい、学長の奴、あまりの忙しさに住所を書き間違えたんじゃないか?」

セラフィナが残していった紙には、流麗な文字で、たった一行、こう刻まれていたからだ。

【皇宮・本宮 玉座の間】

伯爵は苛立ちながら立ち上がり、応接室を出た。外の廊下で待機していた英才院の男性職員が、すぐに重厚な出口へと案内しようとしたが、伯爵はその職員を横柄に呼び止めた。

「おい、ちょっと待ち書きなさい。貴殿らの学長は、住所の書き方も知らんらしい。書き間違えているぞ」

「住所を書き間違えている、ですか? 一体どういうことでしょうか」

「これを見ろ。これは、あの生意気な孤児の子供の後見人の住所だというが、こんな場所、帝国に存在するはずがないだろう。皇宮の本宮だと?」

すると職員は差し出された紙を一瞥し、それから、憐れみと絶望の入り混じった、何とも言えない目で伯爵の顔をじっと見つめた。

「……伯爵閣下。もしや、昨日の一件について、まだ何一つ詳しい説明を受けずにここへお越しになったのですか? 学長も、本当に人が悪い……」

「説明だと? 一体何の話だ」

きょとんとして眉を吊り上げる伯爵を見て、職員は深いため息をついた。どうやら、この哀れな権力者たちには、この世で最も肝心で、最も触れてはならない絶対的な事実がまだ伝わっていないらしい。

職員は居住まいを正し、廊下に響き渡る声で、明確に告げた。

「イビ・エルデン様の後見人は、現ハルキア帝国皇帝、クロイス・アレルキアン・ハルキア陛下でいらっしゃいます」

その一言が放たれた瞬間、空間のすべての音が消えた。

伯爵の指先から、金インクの躍る羊皮紙が、パサリ……と音を立てて床へと落ちていった。

しばらくの後――。

朝の光が差し込む英才院の静かな片隅には、あまりの現実の恐ろしさに、正気を失った伯爵夫妻の、獣のような悲鳴がどこまでも高く響き渡るのだった。



 

  • 皇室騎士団による圧倒的な威嚇と護衛

    皇帝の命令にしか従わないはずの「皇室騎士団」が、イビを部屋の前まで送り届け、さらに周囲の生徒たちが見守る前で最上級の礼を尽くしたことで、彼女が「皇帝から皇族同等の扱いを受けている」という事実を全校生徒に見せつけ、牽制しました。

  • アイリーンの深い怒りとイビとの絆

    イビがいない間に相手の髪を掴んで大喧嘩した顛末を語ったアイリーンは、周囲が急に「イビ様」と呼び始めた手のひら返しに憤慨。今でも怒りと悔しさで手が震えるほどイビを大切に思っており、夜は二人の手を固く繋いで眠りにつきました。

  • 伯爵夫妻の独断と、絶望の事実

    イズリエラの両親(伯爵夫妻)が、我が子の非を棚に上げてセラフィナ学長に猛抗議し、「平民の保護者を呼び出せ」と要求。しかし、セラフィナから渡された紙と職員の言葉によって、イビの後見人が「皇帝陛下」であるという衝撃の事実を知り、夫妻は絶望の悲鳴を上げました。

 

 

 

【もう泣いてもいいですか?】まとめ こんにちは、ピッコです。 「もう泣いてもいいですか?」を紹介させていただきます。 ネタバレ満載の紹介とな...