こんにちは、ピッコです。
「メイドになったお姫様」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
120話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 味方
皇后は最近、機嫌がよくなかった。
それは単に、ベロニカ公女をラシードの相手として結びつけることに失敗したからではない。
皇太子を汚れた噂に巻き込んだベロニカ公女を厳しく処罰すべきだと、貴族たちの間で声が高まっていたのだ。
皇后がラクダを引き入れたことで事態はさらに大きくなり、どうしてこうなったのかとアンゲルス公爵に恨み言をぶつけられていたからだけではなかった。
ベロニカの背後にいる皇太子の新たなスキャンダルのせいだった。
「皇太子殿下が一人の侍女と特別な関係にあるそうですよ。皇宮と社交界では噂が広まっています。」
歌うように柔らかな声で語った女は、第三皇妃ライラだった。
その瞬間、彼女とともに長いテーブルに座っていた三人の皇妃が顔色を変えた。
しかしライラは気にも留めず、ささやくような声で続けた。
「皇太子殿下は長い間戦場にいらっしゃいましたから、寂しさを感じておられたのでしょう。だからお側にいる侍女に心を惹かれたのだと思います。私は殿下のお気持ちが分かります。」
皇后の優雅な顔がわずかに歪んだ。
今この場であえてその話を持ち出した意図――それはあまりにも明白だったからだ。
皇后を揺さぶりたいのだ。
皇后はライラ皇妃の言葉に流されることなく、穏やかに微笑んだ。
「そう言ってくれると助かるわ。私も同じように思っているの。血気盛んな年頃だもの、身近で世話をしてくれる侍女に心が向くこともあるでしょう。もちろん一時的なものよ。すぐに気持ちは整理するはずだわ。」
しかしライラ皇妃は眉をひそめた。
「そうでなければなりませんね。」
「……」
「殿下の誠実さを疑っているわけではありません。ただ少し心配なのです。殿下がその侍女にかなり深く入れ込んでいるという話を聞きまして。」
ライラの言う通りだった。
ラクタの言葉を耳にした日、人々の前に姿を現した丸顔の小柄な侍女。
人々は強い好奇心を抱いた。
いったいラシ^ドとあの侍女は、どのような関係なのだろうか?
その疑問はすぐに解けた。
その後、目撃談が相次いだからだ。
「皇太子殿下がその侍女と一緒に皇宮の庭園を散策しているのを見た者が何人もおります。侍女を見る殿下の眼差しは、とても優しく温かかったそうです。」
普段はこの上なく冷淡なラシードであっただけに、その落差は大きな衝撃だった。
それだけだろうか。
「皇太子宮でも噂になっております。殿下が侍女を一日中部屋に置いては呼び寄せているとか……。ああ、失礼、つい軽率なことを口にしてしまいました。」
ライラ皇妃は「はっ」として口を押さえたが、すでに手遅れだった。
皇后の顔がこわばった。
他の三人の皇妃の顔も、先ほどよりさらに硬くなっていた。
息の詰まるような空気の中、ライラ皇妃が目を伏せた。
「申し訳ございません、皇后陛下。私が軽率でつい口が過ぎてしまいました。」
もちろん言葉とは裏腹に、ライラ皇妃の顔に申し訳なさなど微塵もなかった。
むしろ皇后を嘲るかのように、口元にはかすかな笑みが浮かんでいた。
それに気づいた皇后は、内心で歯噛みした。
――なんて図々しい女なの。
第三皇妃ライラは、もともと皇后に従順な人物ではなかった。
彼女は北部を治めるケルトラク侯爵家の出身であり、その息子である第三皇子ユリシスは政治や行政にも関与し、なかなか優れた手腕を見せていた。
――それにしても、あそこまで無礼な振る舞いをするとは……。私がずいぶん甘く見られているようね。
多くの者が皇后を敬いながらも同時に恐れていたのは、ラシードの存在があったからだ。
「血の皇太子」と呼ばれる冷酷な男が、絶対的に従う母であったためである。
しかし今は違った。
ラシードは一人の侍女に深く心を奪われていた。
当然、皇后がそれを望むはずもない。
その意味するところを、人々は敏感に察していた。
二人の間に亀裂が生じたのだ。
もちろん皇后は、人々が好き勝手にそう考えるのを許すつもりはなかった。
皇后は微笑みを浮かべ、四人の皇妃を見渡して口を開いた。
「あなたたちが何を心配しているのかは分かっているわ。いずれ皇帝となる皇太子が侍女と戯れているのを憂えているのでしょう。たとえ一時のことだとしてもね。」
――誰が勝手に皇帝になるですって!?と、第三皇妃ライラは心の中で叫んだ。
そんなライラをじっと見つめながら、皇后は言葉を続けた。
「そういう意味でも、久しぶりに皇宮で宴を開こうと思うの。」
突然の言葉に、ライラ皇妃が尋ねた。
「宴会ですか?」
「ええ。ライラ皇妃が言った通り、ラシードが一人の侍女に夢中になったのは、長い間戦場で過ごしてきたからよ。国を強くするための選択ではあったけれど、そのせいで女性との縁がほとんどなかったの。美しく気品のある貴族令嬢たちを見れば、あの子の気持ちも変わるでしょう。」
それまで静かにしていた第一皇妃ヨハンナが口を開いた。
「宴で皇太子妃候補をお探しになるおつもりですか?」
「そうなれば、それ以上望むことはないわ。」
穏やかに答えた皇后は続けた。
「だから皆で協力してほしいの。あなたたちが知っている美しい淑女たちに招待状を送ってちょうだい。」
四人の皇妃は目を見開いた。
未来の皇太子妃候補を推薦してほしい、という意味だったからだ。
第一皇妃ヨハンナはそう考えた。
――私たちにこんな頼み事をするなんて……皇后陛下は皇太子殿下のことで、よほど焦っていらっしゃるのね。
その隣にいた第二皇妃ベアトリーチェは、沈んだ目で思った。
――良い令嬢を推薦して殿下と結びつけることができれば、皇后陛下と皇太子殿下に恩を売る絶好の機会だわ。
第三皇妃ライラは呆れたような顔で唇を歪めた。
――ふん、敵の嫁探しに協力する義理なんてないわ。帝国で評判の良い令嬢じゃなくて、性格の悪い貴族女ばかり集めて招待状を送ってやればいいのよ。皇太子殿下が女嫌いになるくらいにね。
そしてテーブルの一番端に座っていた第四皇妃アンジェリナは、指をもてあそびながら窓の外を見つめていた。
その表情は複雑だった。
皇宮は慌ただしくなった。
一か月後、皇后の主催で開かれる宴のためである。
慌ただしい中でも、侍女たちは集まってひそひそと噂話をしていた。
「今回の宴は普通の宴じゃないらしいわ。皇后陛下が今度こそ皇太子殿下にふさわしい相手を見つけるために開くんですって。」
「侍女に夢中の殿下を正気に戻すため、ってわけね。」
皇宮にいる者で、『ラシードの恋』の話を知らない者はいなかった。
侍女たちの反応はさまざまだった。
「皇后陛下って本当にお優しいわよね。あの侍女が殿下に取り入っているのに、どうして放っておくのかしら?私が皇后陛下なら、すぐに追い出して皇宮の外に放り出すわよ。」
「殿下が騒ぎ立てるのを恐れて、あえて何もなさらないのでしょう。皇后陛下はそれほどまでに殿下を大切にしていらっしゃるもの。」
「はあ……こんなことが起こるなんて、世も末ね。」
そばで一生懸命に布を縫っていた侍女が口を開いた。
「みんな、どうしてそんなに目くじらを立てるの?私は殿下が侍女と特別な関係だって聞いて、むしろいいと思ったけど?」
「えっ!?」
「聞くところによると、殿下はただの遊びで扱っているわけじゃなくて、その侍女をとても大切にしているんだって。皇太子殿下と侍女の恋なんて、ロマンチックじゃない?」
「私も同感。だって同じ侍女だもの、まるで自分のことみたいでちょっとときめくじゃない?」
隣にいた侍女がくすっと笑いながら頷いた。
その様子を見て、さっきまでため息をついていた侍女たちは顔をしかめた。
「この分別のない子たち!」
すぐに言い返された。
「私たちが分別がないなら、あなたたちは融通のきかない頭の固い人たちよ。大人の男女が仲良くしているのが、そんなに悪いこと?身分の差があると問題になるっていう上の人たちならともかく、私たちまで気にする必要なんてないじゃない。」
「何ですって!?」
侍女たちの間で口論が始まった。
こんな雰囲気では、シアナが落ち着いていられるはずもなかった。
シアナが姿を現した瞬間、集まっていた侍女たちは示し合わせたかのようにぴたりと口をつぐんだ。
息苦しい沈黙の中で、シアナはぎこちなく笑った。
――うわ、ただ通りかかっただけなのに、すごい視線……。
侍女たちはシアナをじろじろと見つめていた。
その視線には、さまざまな感情が入り混じっていた。
皇太子と噂になっている侍女への好奇心。
権力者の愛を受ける侍女への嫉妬と羨望。
そして――
――いったい、あんな冴えない顔でどうやって皇太子殿下の心を掴んだのよ!?
――よく見れば腕はそこそこいいけど、見た目は田舎の素朴なパンみたいなものじゃない。形は丸くて可愛いけど、中身は空っぽの田舎パンって感じよ。
呆れ。
こればかりは、侍女たちの意見は一致していた。
そんな空気の中で、シアナは皇太子宮の外へ出ることをほとんどしなかった。
むやみに出歩いて、皇宮の空気をかき乱したくなかったからだ。
そんなシアナが、久しぶりに皇太子宮の外へ出て向かった先は――第四皇妃アンジェリナの宮殿だった。
シアナに会いたいというアンジェリナの手紙を受け取り、彼女はここを訪れたのだ。
侍女に案内されて宮に入ると、シアナは重ねた両手にぎゅっと力を込めた。
――殿下とのスキャンダルの後、皇妃様にお会いするのは初めてよね。
緊張していた。
なぜなら、今の皇族の間でシアナに対する怒りが非常に大きいことを、よく分かっていたからだ。
とはいえ、アンジェリナなら大丈夫だと思えた。
――とても穏やかな方だから、平手打ちをしたり怒鳴ったりはなさらないだろうけれど……落ち着いた声で、今すぐラシドと別れるよう諭されるかもしれない。
もしそう言われたなら、シアナの答えは決まっていた。
「申し訳ありません」
眉をひそめて失望するアンジェリナの顔が思い浮かんだ。
――それでも、仕方がない。
そう心を決め、唇をきゅっと噛んだ。
そのとき、シアナに向かって低い声がかけられた。
「シアナ」
「……」
久しぶりに聞く、春風のように柔らかな声だった。
シアナはゆっくりと顔を上げた。
そして目を大きく見開いた。
自分を見つめるアンジェリナの表情が目に入ったからだ。
その気品ある顔に浮かんでいたのは、シアナを責める気持ちでも、嘆く気持ちでもなかった。
ただ、純粋な心配だけだった。
アンジェリナが口を開いた。
「大丈夫?」
「……」
「皇族や侍女の中で、あなたをいじめる人はいない?」
「……」
答えられずにいるシアナの頬をそっと撫でながら、アンジェリナが続けた。
「よかった、顔はあまり傷ついていないみたいね。それでも心は大変でしょう?突然こんなことになって、どれほどつらいか……。」
――いいえ、少しもつらくなんてありません。噂が立ってから、殿下は一瞬たりとも私を一人にせず、抱き寄せて守ってくださっているんです。
――そう思っていた。ついさっきまでは。
……けれど、いくらラシードでも、シアナを完全に守りきることはできなかった。
皇太子宮の侍女や使用人たちは以前よりもずっとよそよそしくなり、その中にはシアナへの嫌悪を隠そうとしない者もいた。
ときには皇太子宮の外へ出たときも、同じだった。
通りすがりの人々の中に、シアナに向かってあからさまに何か言う者はいなかったが、彼女をちらちらと見ながら、ひそひそと噂し続けていた。
そんなとき、シアナは時折息が詰まるような思いをした。
この広い皇宮で、自分の味方はラシードとその側近の騎士たちだけだと思うと。
予想していたことではあったが、これから進む道がいっそう重く感じられた。
「皇妃さま……」
アンジェリナは戸惑った。
シアナの丸い瞳に涙が浮かんでいたからだ。
「やっぱりつらかったのね。どうしましょう……」
アンジェリナはその場で足を踏み鳴らすと、シアナをぎゅっと抱きしめた。
そして、どうにかして慰めようと、あれこれと言葉をかけた。
「こんなことになるって分かっていたら、もっと早くあなたに会いに行ったのに。どう接すればいいのか悩んでいるうちに、時間が過ぎてしまったのよ。」
アンジェリナの言葉には、申し訳なさがにじんでいた。
「そんなことおっしゃらないでください。この涙はつらくて流しているわけではなくて、皇妃様のお気持ちに感動してしまって……」と、シアナが答えようとした、そのときだった。
扉が勢いよく開き、がっしりとした体格の女性二人と、華奢な少年が部屋に入ってきた。
グレイス皇女とチュチュ、そしてレイシスだった。
アンジェリナに抱きしめられて涙ぐんでいるシアナの姿を見て、三人は息をのんで目を見開いた。
最初に口を開いたのはグレイスだった。
「どうしたの?もしかして誰かにいじめられたの?」
グレイスは、いつの間にかさらに太くなっていた腕をぐっと握りしめながら言った。
「誰か言ってみなさい。誰だって粉々にしてあげるから。」
隣にいたチュチュは、さらに激しかった。
チュチュはたちまち涙をぽろぽろとこぼしながら言った。
「私も加わります!もう粉々になるまで吹き飛ばしてやります!」
物騒なことを口にする二人の間で、レイシスは困ったような顔でアンジェリナとシアナを見つめ、ゆっくりと近づいた。
そして、両腕で二人をぎゅっと抱きしめた。
「……!」
ぎこちない動きではあったが、その気持ちははっきりしていた。
慰めたかったのだ。
その様子に「はっ」と感動した表情を浮かべたグレイスとチュチュは、どたどたと駆け寄り、大きな腕を広げて三人まとめて抱きしめた。
残念ながら、五人の感動的な抱擁は長くは続かなかった。
「た、助けてください!」
グレイスとチュチュの筋肉に押しつぶされ、シアナがたまらず叫んだからだ。
「あ、ごめんね。」
そこでようやく、グレイスとチュチュが慌てて腕を離した。
アンジェリナとレイシスも、生き返ったような顔で息をついた。
レイシスは一瞬でも自分を動けなくしたことが気に入らなかったのか、ぽかぽかと頼りない手でアンジェリナとグレイスを叩くと、そのまま部屋を出て行ってしまった。
「レイが怒っちゃったみたい。今から謝りに行ったほうがいいかな?」
心配そうな顔で尋ねるグレイスに、アンジェリナは首を横に振った。
「そのくらいなら、放っておいても大丈夫よ。」
「それならよかったけど……」
話しているグレイスとアンジェリナの様子は、とても親しげだった。
それを見て、シアナは少し驚いた。
ルビー宮で顔を合わせることはあっても、ここまで親しい間柄ではなかったからだ。
そんなシアナの考えを見抜いたのか、アンジェリナはくすりと笑って答えた。
「あなたと皇太子殿下のスキャンダルが起きてから、レイシス皇女殿下が頻繁にこちらへいらっしゃるようになったの。」
グレイスが頷いた。
「いろいろ話をしたのよ。」
「どんなお話ですか?」
瞬きをするシアナに向かって、アンジェリナとグレイスは同時に答えた。
「シアナをどう助けられるか、って。」
「……!」
思いもよらない言葉に、シアナは息をのんだ。
しばらくして、複雑な表情のまま口を開いた。
「でも……お二人は皇族ですよね。私に肩入れすれば、他の皇族の方々に良く思われないのでは……」
それだけだろうか。
皇宮の実権を握る皇后からすれば、それは決して見過ごせない行動になるはずだ。
慎重なシアナの言葉に、アンジェリナは少し眉を下げて答えた。
「もともと私は、他の皇族たちとあまり親しいわけではないの。」
それに、レイシスが皇位を完全に手放してからは、名ばかりの皇妃という立場で、存在感すら薄れている状態だった。
守るべき名誉も、維持すべき権力も、もはやないと言っていい。
「今さら私が何を言ったところで、大きく変わることはないわ。」
アンジェリナは少し照れくさそうに微笑んだ。
シアナは複雑な表情でアンジェリナを見つめ、それからグレイスへと視線を移した。
グレイスはアンジェリナとは立場が違う。
彼女の後ろ盾は、皇宮の権力の中心にいるライラ皇妃だったからだ。
もし娘がこんなことに関わっていると知れば、ライラ皇妃は激しい怒りを見せるに違いない。
だが、それでもグレイスの表情にはまったく動揺がなかった。
そう言った。
「驚くかもしれないけど、お母様はシアナ、あなたの味方よ。」
「えっ?」
「お母様はずっと、皇后陛下とラシードお兄様の間に溝ができることを望んでいらしたの。最近は皇后陛下の顔色があまり良くないって、楽しそうにおっしゃっていたわ。」
グレイスは肩をすくめながら続けた。
「実の母だけど、ちょっと性格が悪くてね。」
「……そうなんですね。」
驚いた様子で瞬きをするシアナに、グレイスはくすっと笑って言った。
「もちろん、私があなたを助けたい理由は、そんな打算的なものじゃないわ。」
グレイスはシアナに対して感謝の気持ちを抱いていた。
つらいときに支えてくれたこと、そして大切な侍女チュチュの友人でもあること。
そのおかげで、アリスやレイシスとも親しくなれたのだから。
そして決定的に――
「ラシードお兄様を夢中にさせるなんて、本当にすごいわ、シアナ。」
グレイスは心からシアナの力に感心していた。
よくある皇族の兄妹関係と同じく、グレイスとラシードの仲はそれほど深くはなかった。
だが、これだけは確信していた。
ラシードは女性に対して、ほとんど興味を示さないということだ。
「這い回る虫にさえ目もくれないくらい、女に無関心なお兄様を、いったいどうやってあんなふうに変えたの?」
「え、えっと……それは……」
思いがけない質問に戸惑うシアナに、グレイスは興味津々の様子で続けた。
「私がこれまで見た中で、お兄様が女性に関心を示したのは一度きりなの。以前の“薔薇の宴”で、パートナーとして出席していた時くらいね……」
言葉を濁したグレイスは、「あれ?」と目を見開き、シアナをじっと見つめた。
薔薇の宴でラシードのパートナーとして立っていたロザンナと、今目の前にいるシアナはまるで別人だった。
猫のように鋭く気の強い目つきに、ほんのり上がった赤い唇。
言葉遣いは高慢で、笑い声にも棘があった。
だが――
濃い色の髪と、鮮やかなエメラルドの瞳は同じだった。
グレイスは信じられないという表情で口を開いた。
「……ロザンナ?」
「……えっ!?」
その言葉に、アンジェリナとチュチュが思わず息をのんで口を押さえた。
二人は宴に出席しておらず、ロザンナ本人を見たことはなかったが、そのとき宮中を騒がせた噂はよく知っていた。
その噂で知っていたのだ。
……驚いたことに、シアナはそっと手を挙げた。
「はい。」
――ばれてしまいましたね。
そんな表情だった。
しばしの沈黙のあと、場は一気に騒然となった。
「えっ、変身なの?魔法なの?どうやってそんなことができるの!?」
ロザンナを実際に見たことがあるグレイスは、信じられないとばかりに足を踏み鳴らした。
アンジェリナとチュチュも、口をぽかんと開けて「わあ、すごい……」と驚いている。
だが、嫌な空気ではまったくなかった。
それを見て、シアナはほっと胸をなで下ろした。
――こんな大きな秘密を隠していたと怒られるんじゃないかと心配していたけれど……
だが三人はむしろ目を輝かせて話し始めた。
「だからラシードお兄様があんな顔をしていたのね。」
「どんな顔ですか?」
少女のような顔で尋ねるアンジェリナに、グレイスが答えた。
「まるで蜜が垂れてくるのを心配するみたいに、甘さがこぼれ落ちそうな目であなたを見ていたのよ。」
「まあ……思ったよりずっといい雰囲気じゃない。」
チュチュはたくましい腕を抱え込みながら、くすくすと笑った。
――この雰囲気、どこかで見たことがあるわ。
遠く東の地にいるアリスとニナのことがふと思い浮かんだ。
ふんわりとした空気は心地よかったが、話題の中心が自分であることに気恥ずかしさを覚え、シアナは唇をきゅっと結んだ。
そんなシアナに向かって、アンジェリナが言った。
「直接お会いしたことはないけれど、とても美しくて気品のある淑女だと聞いているわ。礼儀作法もきちんとしていると聞いていたけれど……私の想像以上に立派な方だったのね。」
「過分なお言葉です。」
気恥ずかしそうにするシアナを見て、アンジェリナは少し眉を下げた。
「それなら、私がしてあげられることはあまりなさそうね。」
「どういう意味でしょうか?」
目を丸くするシアナに、アンジェリナは続けた。
「近いうちに皇宮で開かれる宴のこと、知っているでしょう?」
シアナは最近は皇太子宮にこもっていたものの、宮中の噂には敏感で、軽く頷いた。
その反応に、アンジェリナは複雑そうな表情を浮かべながら言葉を続けた。
「では、皇后陛下がその宴に帝国中の若く美しい貴族令嬢たちを招いていることも知っているわね。皇太子妃候補を探すという名目で。」
「……それも存じています。」
アンジェリナは、どこか気の毒そうにシアナを見つめながら言った。
「もしあなたがその宴に出席したいなら、力になりたいの。」
「……」
「立ち居振る舞いや礼儀、ダンスのことよ。でも、あなたがロザンナなら、その必要はなさそうね。」
グレイスは少し残念そうに肩をすくめた。
「そうですね。あのとき見て、むしろ私の方が学ばなきゃと思ったくらいです。」
二人は同時に苦笑した。
隣にいたチュチュも、どこか真剣な表情をしている。
(じゃあ、どうやってシアナを助ければいいの?)
そんな思いがにじむ顔だった。
その様子をじっと見つめていたシアナは、ふっと口元を緩めた。
(この宮殿にも、私の味方がいる。)
ラシードだけじゃない。遠く離れたアリスだけでもない。
シアナを支えてくれる人たちは、確かにここにもいた。
胸の奥が、じんわりと温かくなった。
シアナは握りしめた指をもじもじさせながら言った。
「実は、お願いがあるんです。」
同時に三人がシアナの方へぱっと振り向いた。
「何でも言って!」——そんな視線だった。