こんにちは、ピッコです。
「悪女の姉を救う勇敢なわんこです」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
50話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 人間になった犬の孤独
とことこと別館へ戻る途中、窓辺にはジャック・ヨウエンが羽ばたいており、その下をエンペラー・オブ・セージが慌ただしく駆け寄ってきた。さらに私の部屋の窓の下からは、ルースお兄ちゃんの愛馬であるサンダーまでもが、いななきながらこちらへ駆けてくる。
みんな、どうして集まってきたんだろう……。
「おいおい、ココ。具合が悪いって聞いたぞ。俺の部下たちが『まるで勝負に負けた子犬みたいな顔をして歩いていました』って報告してきたんだが?」
ジャックが心配そうに声をかけてくる。
「……別に、具合悪くないよ。ほんの、少しだけ」
私が力なく微笑むと、今度は頭上から呆れたような声が降ってきた。
「私たち動物ネットワークを甘く見ないでよ。あなたがずっと落ち込んでるって、みんな噂してるわ」
いつの間にかやってきていたエンペラーオウルのセンジュが、サンダーと顔を見合わせながらひそひそと話し始める。
「なぁ、なんであんなにしょんぼりしてるんだ?」
「ああ、お屋敷に新しい子犬が現れたからじゃないかしら?」
センジュの大きな声が鼓膜を揺らし、私は思わず耳をぺたんと伏せた。それを見たサンダーが、すぐさまセンジュを睨みつける。
「まったく、あの空気の読めないフクロウめ……」
「ほんとよ! この顔だけ長い馬鹿馬鹿!」
いつもなら、そんな二匹の賑やかな言い合いを笑いながら聞いていただろう。でも今の私には、クスリと笑う元気さえ残っていなかった。
せっかくお姉ちゃんととても仲良くなれて、今ではお姉ちゃんの隣で眠れるようにもなった。光の能力もたくさん扱えるようになって、お姉ちゃんの魔力暴走だって止められた。私は、お姉ちゃんを幸せにできる『ココ』になれたはずだったのだ。
だから、お姉ちゃんはもう私を受け入れる準備ができたはずで、私があの子犬だと気づいてくれる可能性だって、すごく高くなったはずなのに。
それなのに、どうして……。
どうして、こんなに胸が締めつけられるように痛むんだろう。体の震えが止まらない。
「ただの、風邪をひいただけだから……」
私が自分に言い聞かせるようにつぶやくと、どこからか小さな影が飛び出してきた。
「えっ? そうなの? 冬の風邪なんて、犬でもひかないっていうのに」
「夏風邪だって犬はひかないわよ! この間抜けなネズミめ。ほら、早く出てきなさい!」
サンダーがエンペラー・オブ・セージをずるずると引きずって連れて行く気配を感じながら、私は別館のベッドにうつ伏せになり、枕に深く顔を埋めた。
丸くて小さな体が、かすかに震え続ける。
脳裏に、ずっと昔の、忘れかけていたはずの苦い記憶が蘇ってきた。
お姉ちゃんの前では、周りの人間たちはみんな、私のことを「可愛い」「大好き」と言って持て囃してくれた。でも、お姉ちゃんがひとたび席を外すと、彼らは一転して冷ややかな視線を私に注ぐのだ。
『ねえ、あの犬って野良犬でしょ?』
『アルドス家のお嬢様には全然似合わないよね。どこの馬の骨かも分からない、血筋も分からない犬なんてさ』
『ねえ、あの犬、すごく間抜けな顔してない?』
『血統書もないんでしょ、どうせ』
さっき、お屋敷の侍女のお姉さんたちが何気なく口にしていた言葉が、過去の棘となって今になって一気に突き刺さってくる。
(私、心が引き裂かれそう……)
そう心の中でつぶやいても、今の私の話を聞いてくれる人は誰もいなかった。私はただ静かに目を伏せ、シーツの海の中で小さく独り言を続けた。
「心が引き裂かれそうな時って、どうしたらいいの……?」
私が具合を悪くした時は、いつだってお姉ちゃんがそばにいてくれた。それなのに、今は一人きり。
生まれて初めての、底暗い恐怖が胸に湧き上がっていた。
(もしかしたら、私はお姉ちゃんにとって、もう何でもない存在なのかもしれない――)
暗い思考の渦の中で、私はかつて出会った先輩犬の言葉を思い出す。
「ねえ、汚い人間なんかと関わっちゃダメ。自分だけで幸せになるんだよ。分かった?」
チョコレート色の毛並みをしたチョコが、悲しげにそう言っていたのだ。
「人間に捕まっちゃダメ。待っているのは破滅だけだ。人間はね、私たちが年を取って病気になったら、また新しくて可愛い子犬をどこからか拾ってくるの。そして、用済みになった老犬は容赦なく捨てるんだ」
「で、でもチョコ……優しい人間だっているかもしれないよ……?」
「そんなわけない。人間なんて、みんな自分のことしか考えていない悪い奴らなんだから」
「おい、しっかりしろ!」と自分を奮い立たせるように、私は必死に首を横に振った。
チョコは間違っている。お姉ちゃんはそんな悪い人なんかじゃない。
でも――。
『人間っていうのは、私たちが年を取って病気になったり、子犬じゃなくなったりすると、新しい子を拾ってくるの。そうして、役に立たなくなった年老いた犬は捨てるんだって』
忘れようとすればするほど、その言葉が呪いのように耳の奥で何度もこだました。
「違うよ。私はとっても勇敢なココなんだから!」
お姉ちゃんにどうしても会いたくて、あの大変な虹の橋だって渡ってきたんだ。
正直に言うと……ちょっと、いや、かなりショックは受けたけれど、私は必死に気持ちを立て直し、布団の中でぎゅっと拳を握りしめた。
(私のほうが、あの子よりもずっと上なんだから……!)
たとえ周りのみんなが、昔の私よりあの純白の小さな子犬のほうがいいと言ったって、関係ない。
(だって、私のほうがお姉ちゃんを、あの子犬の何百倍も愛しているんだから!)
だから私は、まだ大丈夫。まだ元気を保っていられる。
問題は――私が「お姉ちゃんともっと仲良くなろう、気づいてもらおう」と思えば思うほど、その『きっかけ』が何なのかが分からないことだった。人間から子犬に戻る方法だって分からない。
だったら、ただ手をこまねいているわけにはいかない。別の方法を探すしかないのだ。
・
・
・
「師匠! ビリーフ師匠!」
私は涙を拭うと、書類の山に埋もれていたビリーフ師匠のもとへ全力で駆けていった。
「おや、ココか? どうしたんだい、そんなに血相を変えて」
「前に言っていましたよね。能力をもっと高い段階へ覚醒させるには、過酷な試練が必要だって!」
「ああ、その通りだ。すべての試練には、それを乗り越えるための魂の成長が伴うからね」
「私が次に進むべき段階は何ですか? 教えてください!」
「次は第4段階だね。通称『本質(エッセンス)』の段階と呼ばれているよ」
――『本質』の段階。
その領域に到達した先に何が待っているのか、今の私には想像もつかなかった。だが、少なくとも今よりずっと強くなれることだけは確かだ。
そうなれば、お姉ちゃんがどんなに危険な目に遭っても、私の力でもっと簡単に助けられるようになる。
(「さすがうちのココ、本当に強いね!」)
(「すごい……かっこいいよ、ココ」)
お姉ちゃんにそう言ってもらえる未来を想像して、胸が高鳴る。
だったら、お姉ちゃんにとって誰よりも、何よりも必要な存在になればいいのだ。もうあの小さな子犬の姿じゃなくても、この人間の姿のままで。
よく考えたら、今までの私は、お姉ちゃんの優しさに甘えてばかりの役立たずだった。あんな何もできない新しい子犬だって、お姉ちゃんのそばにいさせてもらえるのだ。私だって、もっと役に立つ存在にならなければ。
その時、ビリーフ師匠が私の焦りを見透かしたように、眼鏡の奥の瞳を和らげて言った。
「でもね、ココ。あまり無理をしてはいけないよ。いつも言っているだろう? 君の光の能力は、自身の生命力を代償にして紡ぎ出すものなんだ」
「……」
「やみくもに訓練を強行したり、強引に制御方法を探そうとして、また――」
「もっと成長しようとして、一晩中能力を使う練習なんてしたら……その分、私の生命力もまた消耗してしまう、でしょ?」
ビリーフ師匠の言葉を先回りして呟くと、彼は本当に心配そうな目で私を見つめ、そっと私の額に手を当てた。
「ほら、今日だって見てごらん。こんなに冷や汗をかいているじゃないか」
(でも、お姉ちゃんのために強くならなくちゃいけないの。のんびり休んでいる暇なんてないんだもん)
私は心配をかけまいと平気なふりをして、ぴんと胸を張った。
「私は全然平気です! じゃあ先生、もう一回だけ、もう一回だけ練習をやらせてください!」
・
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・
ビリーフ師匠との訓練を終えて自室に戻ると、私は周囲を入念に見回し、部屋の重い扉をしっかりと閉めた。そして、お世話をしてくれようとする侍女のお姉さんたちに「しばらく絶対に入ってこないで」ときつく念を押した。
鍵をかけると、私はそのまま、一人きりでさらなる闇の訓練に没頭した。
光の能力、第5段階。もし最後の段階まで完全に覚醒させることができれば、死者さえも蘇らせることができるという奇跡の力。
(お姉ちゃんを護るための、私だけの光の使い方を見つけるんだ……)
私は小さな顎に手を当て、じっくりと考え込んだ。
「私に足りないのは、対象をしっかり定めて光を放つことだって、師匠が言ってたな……」
能力を発動すると、最初はうまくいっても、途中から光が制御を失い、あらゆる方向へ拡散してしまうのが今の私の最大の弱点だった。つまり、圧倒的に「エイム力」が足りないのだ。
(だったら、光を狙った場所へ正確に、一点へ集中して当てる方法を見つけられれば、もう一段階成長できるんじゃないかな?)
そう結論づけた私は、部屋の天井の隅へ向かって、精神を集中させて光を放ってみた。私の光は純粋な治癒の力しか持っていないから、無機物である天井には傷一つ進まないはずだ。
(あの天井の木目に、正確に光の点を打つつもりで……!)
一回。
狙いを定めて、もう二回撃ってみる。
三回、四回――。
空間に無意味な光の弾丸を放つ練習を、何度も、何度も、倒れそうになりながら繰り返した。
気がつけば、額には冷や汗がびっしょりと浮かび、視界がチカチカと明滅し始めていた。あまりの魔力と体力の消耗に耐えかね、私はその場にどさりと座り込む。
……いや、違った。
座り込んだその瞬間、私はふと違和感に目を見開いた。
おかしい。どうしていつもみたいに「どさっ」と重たく崩れる感じじゃなくて、「すとん」と、ひどく軽く着地したような感覚なんだろう?
(私……もしかして、少し小さくなった……?)
そう思ったけれど、それを詳しく確かめる余裕は、もう残されていなかった。指一本動かす力さえ完全に底を突いていたのだ。
かろうじて首だけを動かし、自分の手元を見ようとして、私の思考はぴたりと凍りついた。
「えっ……これ、何……? 白い、毛……?」
確かに、一瞬だけ、視界の端に真っ白な子犬の毛並みが見えた気がした。しかし、驚いてもう一度強く瞬きをすると、そこには見慣れた人間の、小さな白い肌があるだけだった。毛並みなんて、跡形もなく消え去っている。
「なんだ……。私、とうとう疲れすぎて幻覚まで見るようになったのかな……」
私は力なく大きなため息をついた。
「私、そんなにお姉ちゃんの子犬に戻りたかったのかな……」
しばらく床に横たわって呼吸を整え、ようやく動けるようになった私は、重い体を起こして気分転換に窓を開けた。
すると、その時だった。
さっきの私の様子があまりにもボロボロで、落ち込んでいるように見えたからだろうか。サンダーと、エンペラーオウルのセンジュが、再び窓の外に翼を羽ばたかせてやって来たのだ。
「おーい、ココ! 大丈夫か?」
「ねえ、あの生意気な白い子犬、あなたが散々文句を言って、お屋敷から追い出してきちゃったの?」
センジュの突拍子もない質問に、私は二人をじっと見つめ、平然を装って答えた。
「違うよ? あの子、自分で新しい飼い主を探すって言ってたよ」
「えぇ!? 本当に? そんなわけないじゃない!」
「……そんなわけ、ないよね。ふふ」
私が自嘲気味に笑うと、サンダーが怪訝そうに耳を動かした。
「えぇ? じゃあ一体何がどうなってるの?」
「私、もうすっごく疲れたから寝るね。みんなもおやすみ」
「おい、待てって、ココ――」
「おいサンダー、そこをどきなさい! エンペラー・オブ・ネズミ、出てきなさい!」
「おい、サンダー! 噛むな! この野郎、首が折れるって言ってるだろ!」
「出てこい」
窓の向こうで繰り広げられる、いつも通りのドタバタなやり取りを見て、私は思わずはははっと声を上げて笑いながら、小さく手を振った。
「でも、二人とも本当におバカだよね。あはは!」
「誰がおバカだっていうんだ!」
「このおバカさんたち! じゃあね!」
パタン、と窓を閉めると、辺りは再びしんとした沈黙に包まれた。
窓辺に背を預け、私はそっと胸に手を当てる。
(私、本当に何ともないよ……)
もしかすると、サンダーやセンジュは、私が新しい子犬に嫉妬して落ち込んでいると思ったのかもしれない。でも、本当に大丈夫なのだ。
「だって、あの子犬のおかげで、お姉ちゃんが寂しくなくて、幸せになれるなら……それでいいんだから」
私はもう、あのおねだりばかりの子犬じゃないんだから。
そう自分に言い聞かせながら、部屋の大きな鏡の前に立ち、自分の姿をじっと見つめた。
(なんだか……すごく不細工に見えるな……)
初めてこの人間の姿になった時は、お姉ちゃんに「可愛い」って言ってもらえてあんなに気に入っていた顔なのに、今ではちっとも好きになれなかった。
もちもちと無駄に膨らんだ人間の頬も、触ってもあの心地いい白い毛並みがないことも嫌だったし、丸い紫色の瞳を見るたびに、あの子犬のような、くりくりとした真っ黒な瞳じゃないことが、どうしようもなく嫌でたまらなくなった。
それでも……。
(でも、お姉ちゃんはこの顔だって、可愛いって言ってくれたもん……)
どうしても確かめたくて、私はもう一度、お姉ちゃんのいる本館の屋敷へ行ってみることにした。そろそろお姉ちゃんが、狩猟大会の過酷な事前練習を終えて、お屋敷へ戻ってくる頃合いを見計らって。
もしかしたら、お姉ちゃんは私に会いたくて戻ってきたのかもしれない。それに、あの新しく届いた子犬はやっぱり手放す、なんて言い出すかもしれないじゃないか。
だけど――。
淡い期待を抱いて本館の裏庭へと向かったあの日、私が目にした光景は、この先一生、脳裏から消え去りそうにないほど残酷なものだった。
私のお墓のすぐ近く。
まるでそこが、自分に与えられた最高の遊び場だと疑わないように、地面を元気いっぱい、嬉しそうに駆け回る真っ白な子犬の姿があった。
お風呂にもまだ入らせてもらっていないのか、少し泥に汚れながらも、お屋敷のメイドたちに囲まれて楽しそうにじゃれ合っている。
私は頭が激しくくらくらし、その場に釘付けになったまま、ただその光景を遠くから見つめることしかできなかった。
(そこ……私の場所なのに……)
お姉ちゃんが、私のために作ってくれた、大切な場所なのに。
『この子はココだって言ってたよね』
『うちのココだから。あなたは入ってこないで』
だから、人間になった私に向かって「部屋から出るな」って言ったんだよね。あの時は、お姉ちゃんが私の死をそんなに悲しんで、私をまだ愛してくれているんだと思って、悲しい反面、飛び上がるほど嬉しかった。
でも……。
手のひらに乗るほど小さな子犬が、あちこち元気よく走り回る姿を、私はただ黙って見つめるしかなかった。
『うちのココの肉球の跡とそっくりだわ』
お姉ちゃんがそう愛おしそうに呟いた私の居場所に、あの子犬の足跡が、次から次へと上書きされていく。ぷにぷにした丸い肉球の跡が、ぽん、ぽん、と私の思い出を踏みにじるように残っていく。
それだけじゃない。子犬は興奮したように激しく地面を走り回りながら、私のお墓の周りを小さな前足でザクザクと掘り返し始めていた。まるでお墓の前に、お気に入りの骨でも埋めて宝物場所にしようとしているかのように。
そのせいで、昔、私がまだ生きていた頃に一生懸命掘った、お姉ちゃんとの思い出の小さな穴も、次から次へと泥で埋められていく。
私のお墓も。私の居場所も。私がここにいたという大切な痕跡も、すべて……。
血統書を持った、あの若くて綺麗な子犬のものへと、綺麗に塗り替えられていくような気がした。
私はたまらず、うつむいた。
涙で滲む視界の先に見えるのは、泥一つついていないきれいな靴を履いた、丸みを帯びた人間の足だった。
お姉ちゃんのために二本足で走ることも、お姉ちゃんのために器用に動くこともできる、立派な人間の足。
私は、人間になれたことをずっと誇らしく、嬉しく思っていた。お姉ちゃんのために、言葉を話して、手伝いをして、できることがたくさん増えたから。
でも――今は、自分が人間になってしまったことを、心の底から酷く呪っていた。
(私が人間になっちゃったから……だから、私の居場所がなくなっちゃったの……?)
お姉ちゃん。もう、私のことなんて忘れてお利口な血統書付きの子に変えちゃうの?
どんなに遠くに離れていても、お姉ちゃんは私の居場所を必ず作って守ってくれるって、あの時約束してくれたのに。
『ココ、私たちのココ。もうお姉ちゃんの声は、よく聞こえないの?』
『クゥーン……』
『だったら、お姉ちゃんがもっと大きな声で話せばいいわね。うちのココは、元気いっぱいにあちこちへ縄張りを主張しなくちゃいけないのに、歩けなくて困っちゃうわね』
『……』
『いいのよ。お姉ちゃんが代わりに全部やってあげる。この家も、このお庭にあるものも、全部ココのものだからね。約束するわ。ココが元気になったら、お姉ちゃんが全部お外を見せてあげるから……』
そう言って、あんなに優しく私を抱きしめてくれたのに。
「ココだ、ココの家だ、ココのお墓だって言ってくれたのに……!」
いつの間にか、両目からは大粒の涙がぽろぽろとあふれ、止まらなくなっていた。
私は、お姉ちゃんが私の死をいつまでも引きずって悲しまないでいてくれたら、それでよかったはずだ。お姉ちゃんがたくさんの素敵な人たちに囲まれて、幸せに暮らしてくれたら、それだけで大満足だったはずなのに。
それなのに、どうしてこんなに苦しいんだろう。
「ココの居場所を、あの子が全部奪っていく……」
涙が足元の土にぽたりと落ちた、まさにその時。
しばらく消えていた、あの不快で悍ましい幻聴が、再び耳の奥で生々しく響き始めた。
『どうせこの汚い犬ころ、すぐに新しい血統書付きに乗り換えられて捨てられるんだろ?』
私は叫び出しそうになりながら、ぎゅっと両手で耳を塞いだ。それでも、悪夢のような嘲笑のノイズは、容赦なく私の頭の中に流れ込んでくる。
『アルドス公爵令嬢の気まぐれも、今日までだな。野良犬は野良犬らしく、とっとと消え失せろ』
昨日までは、ただお姉ちゃんの隣にいられて幸せだったのに。また、あの恐ろしい幻聴の檻に閉じ込められてしまう。
私はその声から必死に逃げるように、ふらつく足取りで歩き出した。純白の子犬の姿が写り込む冷たい墓石の横を通り過ぎ、お姉ちゃんの本館の中へと逃げ込む。
(ほかの犬の足跡で、少しずつ消されていく私の生きた証を……これ以上、見なくて済むように……)
たとえ私の居場所が汚されていくとしても、それでも、あそこしか私にはないのだ。私が安心して心を休め、眠ることができる唯一の場所は、あのお屋敷の中にしかなかったのだから。
「まあ、お嬢様!」
本館の廊下を進む私を見つけた侍女や使用人たちは、皆一様にほっとしたような表情を浮かべた。ふと足元を見ると、いつの間にかあの白い子犬までもが、嬉しそうに私の後ろをとことことついてこようとしている。
「ねえ、私……ちょっと、待って……」
「ああ、お嬢様、クロエ様のところへ行かれるのですか? でも、クロエ様はまだ狩猟大会の会場にいらっしゃいますので、お部屋にはお戻りでないと思いますよ」
「私は……大丈夫、だから……。自分で、何とかするから……」
心配そうに顔を覗き込んでくる侍女のお姉さんに、まともな言葉を返すだけの力は、今の私には一ミリも残っていなかった。
ただ、視線を床に落としたまま。
歩いて、歩いて、一歩進むたびに足から力が抜けてよろめきそうになるのを必死に耐える。
一歩、二歩、三歩。
ようやくの思いで、お姉ちゃんの寝室の前にたどり着いた。
私は震える手でノブを回し、カチャリと静かに寝室の扉を開けた。すれ違う侍女たちは、誰一人として私の侵入を止めようとはしなかった。これまで何度もここを出入りしていたから、当然、お姉ちゃんから特別な許可をもらっている高貴な客なのだと思ったのだろう。
誰もいない静まり返った寝室に入ると、私はそのまま、冷たい床の上にペタンとしゃがみ込んだ。
まだ私が小さな犬だった頃、押し寄せる凄まじい眠気と戦いながら、健気にお姉ちゃんの帰りをずっと待っていた、思い出の場所。
ベッドのすぐ横の壁際から、ちょうど一歩ほど離れた、お気に入りの空間。
私は小さな人間の手を、そっとその愛おしい床の木目へと重ねた。
ト、ト、ト。
三回、優しく床をノックする。
すると、お姉ちゃんの闇の能力によって施されていた、子犬の姿の精霊とともに隠されていた秘密の通路が、静かにその口を開いた。
この秘密の通路は、お姉ちゃんが私のためだけに作ってくれた、特別な隠し場所だった。お姉ちゃんがお仕事でいない時、幼かった私はその小さな体を滑り込ませ、ここでよく一人で心地いい昼寝をしていたのだ。
片側の壁が完全に閉ざされていて、外からは絶対に見つからない、まるで小さなお部屋のような袋小路。
(そして……私が世界で一番、安心して休める場所……)
私が昼間、強い日差しのせいで眩しくてぐっすり眠れないのを見て、お姉ちゃんが闇の魔力を使って特別に用意してくれた空間だった。陽の光は一筋も差し込まず、怪しい物陰さえ一つもない。ただただ、優しい闇だけが静かに残る、薄暗くてひんやりとした空間。
私はその一番奥の隅っこに潜り込み、膝を抱えて、小さく、小さく体を丸めた。
まるであの頃の、小さな子犬の形に戻るように。
『どうせすぐに、あんな薄汚れた野良犬なんて用済みになって、ゴミみたいに捨てられるさ――』
割れるように激しく痛む頭の中で、なおも呪いの幻聴が響き渡る。私は暗闇の中で強く目を閉じ、お姉ちゃんの温もりだけを必死に追い求めながら、ただじっと嵐が過ぎ去るのを待つのだった。
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焦燥感と「本質(第4段階)」への挑戦
新たな子犬の出現に焦るココは、お姉ちゃんにとって不可欠な存在になるため、ビリーフ師匠の制止を押し切って能力の訓練を強行します。光を一点に集中させる練習の最中、生命力を激しく消耗したココは、一瞬だけ体が子犬(白い毛並み)に戻りかける奇妙な感覚を覚えます。
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居場所を塗り替えられる絶望とトラウマの再発
お墓の周りを無邪気に駆け回り、自分との思い出の穴を埋めていく血統書付きの子犬の姿を見て、ココは「人間になったせいで自分の居場所が奪われてしまったのではないか」と深く傷つきます。同時に、かつて周囲の人間や先輩犬のチョコに言われた「野良犬はいずれ捨てられる」という冷酷な言葉が幻聴となって再びココを苦しめ始めます。
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お姉ちゃんがくれた「優しい闇」への避難
心が引き裂かれそうなほどの苦しみと幻聴から逃れるため、ココは本館のお姉ちゃんの寝室へと向かいます。そして、かつて犬だった頃に、お姉ちゃんが眩しくないようにと闇の魔力で作ってくれた「秘密の通路(隠し部屋)」の暗闇の奥に閉じこもり、小さく体を丸めて耐え忍ぶのでした。