こんにちは、ピッコです。
今回は13話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
13話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 10年ぶりの帰還
歳月は流水のように流れた。
騎兵団を率いて峡谷の間を疾走したリプタンは、鋭い鷹の鳴き声を聞いて馬を止める。
彼の上官が丁寧に支えていた女王、アガルデが谷間の間から優雅に滑降してきていた。
鎧に囲まれた腕を高く持ち上げると、アガルデは彼のガントレットを激しくかき落とした。
リプタンは巧みな手で鷹を落ち着かせ、足首についた手紙箱を解く。
その中から小さな羊皮紙のかけらを取り出して目を通すと、リカイドがそばに近づき、急いで問い詰める。
「どうなりましたか?」
リプタンは羊皮紙を片手でくしゃくしゃにして、何気なく答えた。
「東北部戦線に残っていた残党はすべて掃討した。これからウェデンに帰還する」
「ということは・・・」
「勝利だ」
彼の言葉が終わるやいなや、約140人の騎士が一斉に歓声を上げる。
リプタンは口元にかすかな笑みを浮かべた。
国境地帯をさまよい歩きながら、ドリスタンの略奪者たちを討伐してから半年が経ち、帰還命令に気づくのも当然だ。
リプタンは大声で叫んだ。
「東部に移動する!急いで団長と合流する!」
彼の言葉を聞き取ったかのように、アガルデが再び力強く空に舞い上がる。
リプタンはその後を追うように、冷たい風の中に馬を走らせた。
ついに長い峡谷を抜けると、広々とした荒野の上に200基の騎馬部隊が土ぼこりを起こしながら走ってくる光景が目に入る。
リプタンは風になびく青い旗を見て安堵のため息をつく。
「幸い大きな被害はないようだね」
「魔笛の群れなどにやられそうになったら、レムドラゴンの騎士団にいる資格はないでしょう」
彼の隣に立ち止まったリカイドが、誇り高げな口調で言った。
リプタンは妙な表情をする。
騎士団に入ってから、いつのまにか4年という時間が過ぎた。
これまでレムドラゴン騎士団は恐ろしいスピードで勢力を拡大し、その人数はすでに400人余りに逹し、東部戦線の守護者として名声を博し、貴族社会でも注目を集め始めた。
ウェデンの名門家の一つであるリカイドも、伯爵家の次男が自ら進んで入団して入ってくるほどだ。
「帰国すれば数ヶ月間休暇が与えられるでしょう。今度もアナトールで過ごすつもりですか?」
ふと、憂うつなリカイドが彼を横目で見ながら、探るように尋ねる。
リプタンは曖昧な口調でつぶやいた。
「そうだね・・・」
「今度ばかりは首都で過ごしませんか?陛下はカリプス卿に男爵の爵位を与えたいと思っています。そのためには中央貴族の反発心を減らさなければならない・・・」
「貴族に媚びるように言っているのか?」
リプタンは冷ややかな嘲笑を漏らした。
「申し訳ないが、名前だけの爵位を受けるからといって、性に合わないことをするのは遠慮する。騎士爵位と領地を受けただけでも十分だ」
「あの土地は、後にカリプス卿が団長の座に就くのに有利なように、形式的に下賜したに過ぎません。もっとまともな領土と爵位を・・・」
「しつこい」
リカイドは不満そうな顔で口をぎゅっと閉じる。
リプタンはそれを無視して上官に向かって馬を走らせた。
「どこか怪我はありませんか?」
「そんな侮辱的な質問をするなんてね」
騎士団を率いて走ってきたエヴァン・トライデンが、ぶうぶう言いながら頭から兜を脱いだ。
空をうろついていた鷹が彼の肩に優雅に舞い降りた。
団長がアガルデに肉の切れ端を一つ投げながら、余裕のある笑みを浮かべる。
「まだ君に年寄り扱いされるほとではない」
「この前に負った怪我の後遺症が完全に消えていないじゃないですか」
「いやはや、この程度はなんでもないんだ。近いうちに君に私の健在ぶりをはっきりと見せてあげないと」
ただの虚勢ではないようで、彼の上官は傷一つなく元気に見えた。
リプタンは肩から力を抜く。
「これからドラキウムに行くんですか?」
「いや、クロイソ城に行くよ。公爵が一ヶ月間勝戦宴会を開いてくれるというからね」
リプタンは肩をこわばらせた。
ドリスタンとの紛争に頻繁に参加しているため、公爵領に足を踏み入れることが多かったが、クロイソ城を訪問することは決死的に避けてきたのである。
彼は露骨に不快な表情を浮かべて言った。
「長い間、領地を空けておきました。任務がすべて終わったのなら、私はこれで自分の土地に戻ります」
「任務が終わったと誰が言った?今後、ドリスタンと公爵領間の被害補償交渉があるだろう。その過程を欠かさず見守った後、帰還しろという陛下の命令が下された。どうせこれから約1ヶ月間、公爵領に留まらなけれはならないんだから」
リプタンの歪んだ顔を見たトライデンが苦笑いする。
「君があの男を不快に思っていることは私もよく知っている。しかし君は国王陛下をお迎えする騎士だよ。あの男が侮辱的な態度を取るなら正式に抗議するから、今回だけ付き合ってくれ」
彼がクロイソ城を嫌う理由は、単にあの男に対する嫌悪感だけではない。
しかし、あれこれと複雑な事情を並べ立てる気もなく、リプタンはため息をついた。
「団長の命令なら」
トライデンは満面の笑みを浮かべながら彼の肩を叩いた。
彼らはそのまま荒野を通り、公爵領に向かって走る。
休まずに馬を走らせている間に、リプタンは胸の中にしこりのある何かがますます膨らむのを感じた。
その妙な感情は、公爵領に入る城門を目の前にすると、さらに激しくなる。
リプタンは手綱をしっかりと握りしめ、灰白色の城壁を見上げた。
騎士になったばかりの頃、一人でここを訪れたことがある。
しかし、いざ城門を目の前に置くと、奇妙な恐怖心が襲ってきた。
彼は恥ずべきことに体を回して逃げた。
自分が何をそんなに恐れていたのかは今でも分からない。
義父が惨めに暮らしている姿を確認することになるのが怖かったのだろうか。
それとも、自分の精神を支えてくれたたった一つの幻想が蜃気楼のように散ってしまうのではないかと怖かったのだろうか。
リプタンは自らに嘲笑を浴びせる。
自分はもう思い出にふける未熟な少年ではなかった。
彼女を思い出して孤独を癒すこともやめて久しいし、もう彼女に会いたいとも思わなかった。
時々、野原に咲いた花を見ると妙な懐かしさを感じたが、それだけだ。
彼は自分が大切にしてきたものが虚像にすぎないことをよく知っていた。
(もしかしたら上手くいったかも・・・)
思い出は美化されるものだ。
幻想から目覚める時が来たのかもしれない。
リプタンはレンガで覆われた広い道の上に馬を走らせながら、広々とした荘園を見回した。
畑を耕していた農夫たちが慌てて地面に頭を突っ込む。
その姿を注意深く見ていると、先に馬を走らせていた団長が彼を振り返りながら話した。
「貴族に対する君の嫌悪感はよく知っているが、できるだけ気をつけてくれ。君も知っているように、クロイソ公爵は東部貴族の首長と同じだ。いたずらに敵に作っていいことはない」
「余計な心配です。あの男は私を人間として扱うこともありません」
リプタンは無味乾燥な口調で答える。
「同等の人間と思ってもいないのに、敵と思うはずがないじゃないですか」
団長は苦々しい表情で再び首を前に向けた。
彼らはなだらかな丘を一気に横切ってクロイソ城門の前に辿り着く。
待っていたかのように警備兵がドアを開けてくれた。
「数ヶ月ぶりに思う存分食べて飲めそうだな」
ヘバロンは彼の後ろにびったりと馬を走らせ、期待に満ちた声でつぶやいた。
リプタンは深呼吸をして城に入る。
およそ10年ぶりの帰還。
見慣れた情景が目の前を通り過ぎる度に、古い記憶が頭の中で続々と目覚めた。
リフタンは整然とした小道に沿って、茂みのある低木や鮮やかな色とりどりの花々を見回す。
驚くほど美しい庭園を過ぎると、クロイソ公爵家の本城が姿を現した。
「公爵家の名声について聞いたことはありますが、実にすばらしいですね」
名門家出身のリカイドまで華麗な城塞を見上げながら感嘆を吐いた。
彼らは馬の上から降りて、召使たちに手綱を渡し、大理石の階段の上に列をなして上る。
20クベット(約6メートル)に達する楕円形のドアを通過すると、数千個のろうそくで明かりを灯した黄金の光のホールが目の前に広がった。
リプタンは頭を上げてあたりを見回す。
まさに人間が想像できるすべての贅沢さを一つに集めたような風景だった。
アーチ型の天井では巨大な金色のシャンデリアが光をまいており、ホールを取り囲む数百個の窓には窓ガラスがついており、石膏のように白い壁には黄金で作った鎧が並んでいた。
半分呆れた顔でそれらをざっと目を通すと、頭の上から傲慢な声が響き渡る。
「勝利の知らせは聞いた。その間、ご苦労さま」
クロイソ公爵はゆっくりと階段を下りてくる。
「王室の騎士団は昨日の夕方に先に到着して休息を取っている。君たちにも部屋を出してやるからゆっくり休みなさい」
「お気遣いありがとうございます」
トライデンは前に進み、丁寧に話した。
クロイソ公爵は観察でもするかのようにその姿をじっと見下ろして待機し、下女たちに頭を振る。
「お客様をお部屋にお迎えするように」
数十人の使用人が彼の命令が出るやいなや、階段を降りてきた彼らの案内に従って広いホールを横切ると、ふと2階から自分たちを見下ろしてくすくす笑っている貴婦人の群れが目に入った。
宴会に出席するために訪れた騎士たちの妻なのだろうか。
リプタンは見世物になったような不快感に眉をひそめる。
その瞬間、廊下の端に位置したある女性が彼の目を引く。
彼は急に足を止めた。
暗い陰に身を隠していたので顔を詳しく見ることはできなかったが、彼女の髪の毛が赤ワインのように濃い赤色を帯びているということだけははっきりと分かった。
急に喉が締め付けられるような感覚に、彼は乾いた唾を飲み込んだ。
思わず彼女に向かって足を運ぶと、女性が慌てた様子を見せながら、ささっと柱の後ろに隠れてしまう。
「カリプス卿?どうしたんですか?」
ガベラクシオンが固まった彼を見て、不思議な表情をした。
リプタンはやっと正気に戻り、振り向いた。
「・・・何でもない」
彼女かもしれないし、彼女ではないかもしれない。
どちらにしても、自分に何の関係があるというのか。
リプタンは、まだ10年前の記憶に執着する自分にうんざりしながら、大股で歩いた。
しかし、部屋に入って休憩を取っている間も、いらいらした気持ちはなかなか静まらない。
彼はいらだたしく頭をかきあげ、窓を大きく開けた。
かつて彼が馬糞や薪の入った荷車を引きずって通りかかった場所には後園の上に夕闇が漂っていた。
突然、自分の人生がどれほど劇的な変化を遂げたのかという気がした。
逃げるようにここを離れる時には、自分が騎士になって帰ってくるとは想像もできなかった。
「ちょっと入ってもいいかな?」
ぼんやりと想念に浸っていると、ドアの外から団長の声が聞こえてきた。
リプタンはゆっくりと部屋のドアを開ける。
綺麗に礼装したトライデンが彼を上下に目を通し、深いため息をつく。
「こうなると思った。そのざまは何だ?」
リプタンは自分の服装を見下ろして目を細めた。
濃い紺色のチュニックと黒色のパンツ、牛の皮で作った首の長いブーツは彼が持っている服の中で最も丈夫で清潔なものだった。
何が問題なのかと言わんばかりに、上官に向かって片方の眉をつり上げて見せる。
トライデンは首を横に振った。
「宴会場にその格好で出るつもりなのか?」
リプタンは門柱に片方の肩をもたせかけ、ため息をついた。
「考えはありません。私があのような席を不便に思うということをよくご存知じゃないですか?」
「カリプス、これは勝利の宴会だよ。誰が何と言っても略奪者の群れの頭、「ルドガル」の首を打った君が主役だということだ」
「宴会を主催した人は、そうは思わないでしょう」
冷笑的な返事に団長が厳しい表情を浮かべる。
「何度も言ったが、私は君に騎士団長職を渡すつもりだ。これはすべての団員の意思でもある。不協和音なしに継承式を終えるためには、貴族たちに目印をつけておかなければならないんだよ。今日だけは譲れないね」
「私は団長職にふさわしくありません。もっと相応しい身分を持った人に・・・」
「今、騎士団の規律を無覗するというのか?」
トライデンは固い口調で言い放った。
リプタンは口をつぐんだ。
徹底的に実力で序列を決めることがレムドラゴン騎士団の不文律だった。
自分が団長職を拒否したとしても、他の団員たちは簡単に納得しないだろう。
結局、リプタンはため息をつきながら、彼が部屋の中に入るように片方によけた。
「私にどうしろと?」
「まず、身なりから手入れをしなければならない」
トライデンはにっこりと笑い、廊下の片側に待機していた従者に向かって手招きする。
リプタンは少年の腕にいっぱい抱かれた衣服の山を見てうめき声を上げた。
トライデンが厚い手のひらで彼の肩を叩きながら豪放な笑みを浮かべる。
「君は絶望的なほど愛想はないが、目を見張るほどハンサムな顔をしているではないか。持っている武器は十分に活用しないと」
「私に顔マダムの役割でもしろというんですか?」
リプタンは険しい顔をした。
団長が彼の面前に派手な服を押し付けて鼻を嗚らす。
「万事をそんなふうにもんで考えるのが君の悪癖だ。素敵に着飾って貴婦人たちの前で精一杯魅力を誇ることが、何をそんなに屈辱的なことだと言うのか」
「そんなことはニルタに任せればいいんじゃないですか!やつなら目を光らせて飛びかかるでしょう」
トライデンはため息をついて地面から離れた。
「あいつはまったく手に負えない。この前は私の前である貴婦人に堂々と色目をつけていたよ。あのお嬢さんの婚約者が激怒したせいで、危うく見苦しい痴情劇が起こるところだった。できることなら、今日の宴会場に足も踏み入れないようにしたいくらいだという話だ」
「それではリカイドを・・・」
「カリプス」
団長が声を低くする。
「何度も言わせないでくれ。今日だけは引き下がれない。君は東部戦線を守り抜いた立役者だ。東部の貴族たちは君に敬意を表しなければならないんだよ。私は今度の機会に君の名前を保守派貴族の頭の中にしっかりと刻んでおくつもりだ」
彼は厳粛な顔で絹の靴下を差し出した。
「だから、つべこべ言わずに着るように」
結局、団長の根性に勝てず、彼はふくらはぎまで来るつやつやした靴下を履いて、華やかな刺繍が入った礼服を着る。
それでは満足できなかったのか、団長は羽飾りのついた帽子を.差し出すことさえした。
リプタンは鼻にかかったようにしかめっ面をする。
「それを頭にかぶるななら、むしろ首を吊ります!」
団長がどうしようもないかのように帽子をベッドの上に置いた。
リプタンは鏡に映った自分の姿を不満そうな目で目を通し、神経質なため息をつく。
まるで道化師の扮装でもした気分だった。
しかし、トライデンは自分の姿に満足しているのか、微笑を浮かべながらうなずいた。
「そのように着飾ると、普通の貴公子に劣らないね。もうその荒い言い方だけ直せばいいよ」
「・・・できるだけ口をつぐんでいるようにしましょう」
リプタンは無愛想に返事をしては、従者が渡すコートを受け取り、肩にかけた。
いつの間にか窓の外には深い闇が降っていた。
リフタンは団長について宴会場に足を運びながらしきりに目を向ける。
城全体が明るく輝いていた。
今日一夜にして、どれだけの蝋燭を燃やすのだろうか。
そんな無駄な考えをしていると、団長が彼の肩を叩きながら再び厳重な警告を飛ばした。
「これから東部の有力者を一つ一つ紹介してあげる。何度も言うが、礼儀をわきまえてくれ」
「最善を尽くしましょう」
リプタンはため息をつきながら宴会場に足を踏み入れる。
その瞬間、人々の視線が彼に向かって飛んできた。
珍しい見物でも見るような目にリプタンは歪む表情を辛うじて落ち着かせる。
広いホールには数百人の貴族が集まっていて、団長が彼らを一人一人紹介し始める。
この多くの貴族たちに印象を与えるつもりか。
逃げる道を探していると、突然宴会場の真ん中に立っているクロイソ公爵の姿が目に入った。
正確には彼のそばに立った濃い緑色のドレスを着た女性が視野に入ったと言うのが正しいというだろう。
リプタンは突然頭を殴られたような気がした。
彼女に会えるかもしれないと思ったが、それに深い意味を与えないと固く誓ったところだった。
それにもかかわらず、赤毛の少女を見ると、一瞬で頭の中が真っ白になる。
彼は彼女の姿をくまなく見回した。
背丈は自分の胸のあたりになるだろうか。
彼女はまだ小柄だった。
しかし、彼の腰に来た時を思えば、かなり大きくなったわけだ。
リプタンはなぜか口が渇くのを感じながら、襟元を締める礼服を引っ張る。
「クロイソ公爵にも正式に挨拶をしておいたほうがいいだろう」
リフタンの緊張感を感じたのか、トライデンが警告のまなざしを送ってきた。
リプタンは辛うじてうなずく。
団長が彼を率いて堂々と宴会場を横切って公爵の前に近づく。
「こんなに派手な宴会をしてくれてありがとう、クロイソ公爵」
「この地を守護してくれた英雄たちに、私が当然すべき道理をしただけだ、子爵」
公爵は優雅に向きを変え、傲慢にあごを上げた。
リプタンは息をすることも忘れて、彼女がゆっくりと自分の方に向きを変える光景を見守った。
ごくりと唾を飲み込む音が自分の耳にもあまりにも大きく聞こえてきて当惑感が押し寄せる。
彼は湿った手のひらをズボンの上にこすりつけながら、彼女をじっと見つめないように必死だった。
しかし、磁石が鉄にくっつくように、視線が自ずと彼女に向かうのを止めることができなかった。
リフタンは、きちんと編んで隙間なく巻き上げた髪と、長くて細い首筋に沿って続いた狭い肩、一握りにもならないような腰とその下に波打つように流れるシルクのドレスにゆっくりと目を通す。
記憶の中の子供はいつも乱れた髪をしていた。
一つに編むか二つに編むか垂らした髪の毛は木の枝や茂みに引っかかってあちこちに突き出て、ついには雲のように膨れ上がることが多く、暇さえあれば庭を駆け回り、服はいつも泥だらけだった。
長い布袋を引きずりながら小石を集めていた女の子と、この貴公女が本当に同一人物なのだろうか。
半狂乱の顔でぼんやりと立っていると、トライデンの上品な声が聞こえてくる。
「後ろに立っていらっしゃる貴婦人は・・・」
「紹介が遅かったね。私の娘、マクシミリアンだよ」
クロイソ公爵が彼女を前面に押し出した。
その時になってようやく、下を見下ろしていた少女が顔を上げる。
リプタンは背筋に妙な震えが走るのを感じた。
彼女は彼が幻の中で見た女の子に似ているようで違う顔をしていた。
丸い額と頬、小さなあごにはまだ幼い頃の跡が残っていたが、やや低い鼻筋や頬骨付近には以前は見たことのない茶色のそばかすが金粉を撒いたようにぼんやりと位置しており、大きな灰色の瞳にはなんとなく憂鬱な気配が漂っていた。
どうしてそんなに暗い表情をするのか、彼は疑問に眉をひそめる。
すると、魂の抜けた顔で自分を見上げていた彼女の目の上には、鮮やかな恐怖感が漂っていた。
リプタンはショックで身を固めた。
まさか彼女が自分を怖がるとは夢にも思わなかった。
自分の体ぐらいの魔物に怖がらずに飛びかかった女の子ではなかったか?
しかし、彼女は醜い怪物でも目撃したかのように、目に見えて肩をすくめ、怯えた表情で彼を見つめている。
その目つきが短剣のように心臓を剌した。
「お会いできて光栄です、お嬢様。エヴァン・トライデンと申します」
団長が彼女を安心させようとするかのように優しい笑みを浮かべながら、片手を差し出した。
彼女が躊躇いながらその上に手を置くと、団長は頭を下げて丁寧にキスをした後、こわばっているリフタンを紹介してくれた。
「この青年は私の副官、リプタン・カリプスです」
「お会いできて嬉しいです」
「お、お会いできて嬉しいです」
彼女は目を伏せたまま震える声でつぶやいた。
注意を払わないと聞き取れないほど小さな声。
リプタンは言葉では言い表せないほどの虚脱感に包まれる。
10年以上抱いてきた切ない幻想が目の前で砂の城のように崩れた。
自分は彼女を救った記憶に10年間頼って生きてきたが、彼女は自分を見るのも嫌がっている。
自らが天下のどん底のように感じられた。
(やっばり、会わないほうがよかった)
幻想は幻想で、思い出は思い出として残しておくべきだった。
そんな空虚な心情に包まれていると、クロイソ公爵の声が間こえてきた。
「おい、顔色が悪いな。まだ体の調子が悪いのか?」
彼女は背筋を動かし、ゆっくりとうなずく。
公爵の口から低いため息が出る。
「お客様に挨拶を済ましたから、これで部屋に入って休むようにしなさい」
彼女はリフタンとトライデンをちらりと見て、頭を丸めてゆっくりと体を向けた。
その姿を心配そうな目で凝視していた公爵が、団長に向かって無味乾燥な笑みを浮かべて見せる。
「無礼を許すように。もともとおとなしい子なので、こんな騒がしい席は窮屈なようだ」
「もうそろそろ宮殿に送る年じゃないですか?」
「本人が嫌がっているからね」
公爵が後ろ手を組んで寛大な父親のように首を横に振った。
「時々貴族たちに挨拶をさせているが、あの子が人前に出るのを嫌がっているので、私も悩みが並大抵ではない。子供の時に母を亡くしたのが可哀想と甘やかしたせいだね」
彼はあごひげをなでて軽く舌打ちする。
「年が年だから、そろそろ厳しくしなければならないのは分かるが、思わず甘やかしてしまう」
「娘さんに気を使っていますね」
「ご存じのとおり、子供は娘二人だけだからね。できれば自分の思い通りに暮らせるようにしてあげようと心に決めているんだ」
リプタンは彼女の遠方の姿を目で追って行き、会話を聞き流した。
自分が握っていたものが虚像に過ぎないと自らに繰り返し言ったが、実際にそれを二つの目で確認すると、長い間保管してきた宝物を失った気分だった。
彼は苦い感情を落ち着かせながら、辛うじて首をかしげる。
クロイソ公爵は、すぐに他の貴族たちと談笑し始めた。
リプタンは数人の東部貴族に機械的に挨拶をし、隅に移動してワインを飲み干す。
しかし、酔いが冷めるどころか、意識はますます明瞭になっていった。
彼は失望したという事実自体が嫌いだった。
失望したということは、期待を抱いたという意味ではないか。
一体何を期待したというのか。
彼女が自分に気づいて嬉しそうに微笑んでくれることを願ったのか?
それとも、団長が冗談を言ったように、自分の姿に我を忘れて顔を赤らめることを期待したのか。
おのずと嘲笑が流れる。
もう幼稚な幻想から脱する時が来た。
爵位を受けたとしても、自分は依然として卑賤な混血の私生児であり、彼女は由緒ある公爵家の令嬢なのだから。
マックとの再会は、ほろ苦いものでしたね・・・。
公爵の娘を心配するフリが腹立たしいです!