こんにちは、ピッコです。
今回は53話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
53話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 初雪
リプタンが水面近くに馬を引いて近づくと、茂みの後ろからひょっこりと頭を突き出していた雄鹿が風のように逃げていく。
その音に驚いた鳥たちがばたばたと飛び上がったため、一瞬森が騒がしくなった。
「水が凍ったかもしれないと思ったが、何ともないね」
彼はタロンのわき腹を軽く蹴って湖に近づいた。
マックは彼を追いかけながら驚いた口調で尋ねる。
「こ、こんなに大きな湖が・・・、こ、凍るのですか?」
「北部にはこれよりもっと大きい湖も冬になると凍りつく。その上を歩いて通ることもできるよ」
リプタンの言葉にマックは信じられないように目を大きく開けた。
彼女が見た氷は寒い冬、外に出した水筒の上に薄く凍らせることが全て。
これだけの湖がかちかちに凍って、その上を歩いてもいいなんて、まったく想像がつかなかった。
彼女は彼が世間知らずの自分をからかっているのではないかと疑いの目で睨んだ。
「み、湖の上を歩いていて・・・、氷が割れてみ、水に溺れたらどうするつもりですか?」
「実際に渡る途中に溺れて死ぬ人もいる」
リプタンはちょっとした事実を言うかのように不機嫌そうに答えた。
マックは顔をしかめ、話にならないように首を横に振る。
「そ、そしたらその上に、の、乗ったら、だ、だめなんじゃないですか?」
「体重を支えるほど氷が厚く凍っているかどうかをよく確認して移動すれば問題ない。北部はここよりずっと寒くて、その下にヒドラのような大型魔物が隠れていない以上は氷が割れることがあまりないんだよ」
実際に経験したことがあるような言葉にマックは目を見開いた。
「リ、リプタンはみ、湖の上を、歩きましたか?」
「湖ではなく、そのようなものは渡ったことがある。傭兵時代、バルトで魔物討伐をしたことがあるが、トラノア高原を通るために凍りついた巨大な氷河の上を3日間歩いた」
「ひょ、氷河って何ですか?」
「あの山よりも大きな氷の塊だ」
繰り返しの大話にマックは唖然とした表情をする。
彼は28年を生きてきた間、どれほど多くの経験を積んだのだろうか。
全大陸で最も凶暴で強力な魔物、レッドドラゴンと正面から向き合って戦っただけでは足りず、山よりも大きな氷の上を通ったとは・・・。
一生を父親の城の中だけで過ごし、アナトールに移住してきたことが、生きながら経験したことの全てであるマックとしては想像もできないことだった。
リプタンが認識する世界はどれほど多彩で雄大なのだろうか。
カリプス城の暮らしを整え、治癒魔法一つを身につけるのも手に余るため、くよくよする自分とは全く違う生物のように感じられた。
「リ、リプタンはた、大陸の全部を・・・、い、行ってみたんですか?」
「アレックスとスイカンには行ったことがない。傭兵団に入ったばかりだった時、リバドンに渡って、そこで2年くらい過ごしたよ。魔物討伐に紛争まで手当たり次第に依頼をもらって仕事をしていたら、なんだかんだでお金はかなり儲けたが、到底人の住む所ではないという気がして、オシリアに降りてきた。中央神殿で主催する剣術大会に参加するために、オシリアの首都に3ヵ月ほど滞在したが、その時、騎士団入団の提案を受けたんだ」
彼が過去を回想するようにそっと頭を傾けながら、自分の履歴を淡々と詠んだ。
「帰国して正式に騎士爵位を受けてからは、ほとんどの時間をアナトールとドリスタンで過ごした」
「ド、トリスタンにはなぜですか?」
「クロイソ公爵領とドリスタン南部地域との間の紛争のため」
クロイソ公爵領は、ウェデンの最も東南に位置し、ドリスタンまで広く足を運んでいる。
そのため公爵領東部地域ではドリスタンと頻繁な軍事紛争が起きたが、これを仲裁するためにウェデン王室とオシリアの中央神殿では随時騎士団を派遣したりもした。
ややもすれば紛争が大きくなり、七国平和協定が揺れることを防ぐために。
リプタンもその中の一人だったのか。
「ク、クロイソ城には紛争ちゅ、仲裁のためによくほ、訪問していたんですね」
幼い頃に拾った話を頭の中で組み合わせてみると、ふとリプタン視線な覗線が感じられた。
マックは不思議そうな目で彼と向き合う。
「ど、どうしましたか?」
「いや・・・、私がそんなに頻繁に行ったのかと思って」
「あの、少なくとも2ヶ月・・・、あ、ある時は月に一度の割合で、ほ、訪問しませんでしたか?」
彼女をじっと見つめていたリプタンがそうだったのか、と再び首をかしげる。
マックは自分が失言したのではないかと思い、ちらちらと彼の表情を見た。
一人の沈黙に陥っている時のリプタンは、一人でかけ離れているように見えた。
どうして彼は考えていることを全部言ってくれないのだろう。
もしかして、自分と一緒にいるのが退屈なのではないだろうか。
リフタンがしばらく視線を向けただけで不安になってやきもきしているが、突然鼻の甲の上に冷たいものが舞い降りた。
マックは驚いて片手で鼻をこする。
水滴がついていた。
さっきまではあんなに晴れていたのに、冬の雨でも来ようとしているのかな?
眉をひそめて頭を上げたマックは、次の瞬間、目を大きく開ける。
白く色あせた空から、ちょうど産毛のようなものがひらひらと落ちていた。
「天気がよくて、せっかく出かけたのに、雪が降ったね」
リプタンが舌打ちをする音が聞こえた。
マックは呆然とした顔で彼を振り返る。
「これが雪ですか?」
「・・・雪を初めて見るのか?」
「み、みぞれが降るのは見たことがあるけど・・・、こ、こうして白い雪はは、初めてです」
彼女はゆっくりと花びらのように舞い落ちる雪片をぼんやりと見て、手を前に伸ばした。
その姿を見てリプタンは眉をひそめる。
「姿勢を正して。そうして馬から落ちたらどうするの?」
「だ、大丈夫です。ちゅ、注意しています」
マックはうわの空で答え、雪片を手のひらに包んで握った。
ひやりとしたものは肌に触れるやいなや、するりと溶けて小さな水滴になってしまう。
どうしてタンポポの種のような形が水滴になるのだろうか。
彼女は好奇心に満ちた目で濡れた手のひらを見下ろし、レムの脇腹を軽く蹴り、雪が舞う湖のほとり周りをあちこち勝手に走り回り始めた。
何週間も馬小屋の中で過ごすために、ちょっと退屈だったのか、レムも浮かれてびょんぴょんと足を転がしている。
太ももの間から感じられる軽快なリズムに、彼女もだんだんと浮き上がってきた。
マックは心配事一つない子供のように笑いながら風の中を眺める。
一人二人と穏やかに舞い降りた雪片は次第に増え、視野をかすかな色で満たした。
生まれて初めて見る美しい光景に悦惚感が押し寄せる。
彼女は頭を高く上げて冷たい雪片が顔を優しくかすめる感覚を満喫した。
薄い雲の中から差し込む日差しに目はかすかな銀色に輝き、湖は、本来の色彩を取り戻し、静かに揺れ動いている。
その暗い水面の上に冬鳥2羽が真っ逆さまに倒れ、一目散に森の中に飛んでしまった。
マックはそのすべての光景を目の中に収めるように凝視し、リプタンに向かって首をかしげる。
彼に素敵なところに連れてきてくれてありがとうと言おうとしていたところだった。
しかし、実際に彼の顔を見ると、言葉が詰まってしまう。
マックは妙な戦慄に襲われ、彼の鋭い顔を眺めた。
リプタンの大きな体は目に見えて張り詰めた緊張感があり、眉間には深い苦悩が込められたようなしわができていた。
彼女は混乱に包まれ、手綱をぎゅっと引っ張る。
真っ黒な瞳が風浪に出会った海のように激しく揺れているのが見えた。
どうしてそんな目で眺めるのか分からない。
かすかな恐怖を感じてたじたじと引き下がると、何かを話そうとするように唇を甘やかしていたリプタンがあごをしっかりと締めた。
一瞬、彼の顔に寂しさの色が漂う。
「雲が押し寄せている。雪がこれ以上降らないうちに、城に帰ろう」
しかし、彼はあっという間に断固として歯切れの良い男に戻った。
リプタンは淡々とした顔で馬の頭を向けながら口を開く。
「雪に当たると体温がすぐ下がる。急いだほうがいいね」
それから来た道をゆっくりと遡り始める。
マックは慌てて彼の後を追う。
彼らの間に妙な沈黙があった。
今のあれは何だったのだろうか。
彼女は彼の広い背中を混乱した目で見て、穏やかな湖に視線を向ける。
彼の顔は青ざめた波の上にかすかに浮かんでいた。
その姿がなんとなく危なっかしく孤独に見え、マックは胸の片隅がひんやりするのを感じた。
「ありえない・・・」
世の中の誰よりも強くて大胆な騎士を、これほどまでに危険にさらすことが妥当だろうか。
彼女はその奇妙な感情を素早く振り払う。
ちょうど吹き付けた風が彼の真っ黒な髪の毛を乱し、彼女の目を突いて東に向かって飛んでいく。
マックは眉をひそめ、風に沿って遠くの山に向かって首をかしげた。
白い雪が山全体に霧のように舞っていた。
安息の季節がそうして深まっていく。
雪を初めて見たマック。
リフタンが緊張感を漂わせた理由は?
何か不穏な空気が流れていますね・・・。