こんにちは、ピッコです。
今回は54話をまとめました。
ネタバレありの紹介となっております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
54話
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 新しい訓練
午後遅くから降り出した雪は、夕方まで続き、世界中を白く覆った。
ルディスはアナトールにこのように雪が降ったのは、ほぼ10年ぶりだと驚いている。
マックはすっかり真っ白になった世の中がただ不思議で、しきりに嘆声を上げたが、リプタンは.ただ楽しんでいなかった。
彼は万が一、領内に雪による被害が生じたのではないかと調べるために、早朝から騎士たちを率いて城の外に出ている。
使用人たちも雪かきをして忙しいのは同じことだった。
彼らはほうきを持って階段に積もった雪を几帳面に掃き、薪が雪で濡れないように幾重にも覆いをかけ、裏庭と庭園に積もった雪も綺麗に片づけて地面が凍りつくことを未然に防止した。
衛兵たちも見回りから雪かきに奔走している。
庭をうろつきながら雪の見物をしていたマックは、顔が赤くなるほど働く彼らの姿を見て、ロドリゴに普段より多くの薪を配給するよう指示を下した後、部屋に戻った。
図書館に行こうかという気もしたが、昨日の落胆で元気が抜け、本を読む気になれない。
マックは久しぶりに暖炉の前に敷物を敷いて座り、猫たちと戯れることに。
ここ数日間、下女たちの愛情をたっぷり受けたロン、ローラ、ロイは見事に肉付きの姿で元気よく床を転がっていた。
マックは忙しくあちこちを走り回る猫を次々と膝の上に乗せて、ぽっちゃりとしたお腹をくすぐる。
ローラとロンはわがままをふりかけながらすぐに膝から抜け出してしまったが、黒い猫のロイは彼女が触ってくれるのがかなり気に入ったようで、おとなしく横になってゴロゴロしながら体を震わせている。
その愛らしい姿に自ずと笑みがこぼれた。
「奥様、ミルクでも温めましょうか?」
暖炉の中に焚き物を入れて、編み物をしていたルディスが、首を回して尋ねる。
嬉しい笑みを浮かべてうなずいたら、ルディスが暖炉の中にやかんを入れて牛乳を温めてくれた。
それとなく広がる香ばしい牛乳の香りに猫たちがそっと彼女のスカートの上によじ登る。
こっちに来いと呼んでも知らんぷりをしていたローラでさえ、こっそり近づいてくる姿にマックは笑った。
「この子たち・・・、さっきご飯た、食べませんでしたか?」
「ひき肉を入れて作ったお粥を一皿全部食べました。3匹とも食い意地がとても多くて果てしなく食べますよ」
ルディスは首を横に振りながらもヤギの乳をぬるく冷やして猫の専用の器に注いだ。
猫たちはボウルに鼻を突っ込み、ひげをびしよびしょにして牛乳を飲む。
小さな彼らはどれほど食欲旺盛なのか、すぐに器が底を現した。
マックは牛乳が十分に冷えていることを確認し、自分のものも猫の器に注ぐ。
猫たちは残った牛乳も綺麗に飲み干した。
その姿を嬉しそうに見守って、平和な気分に浸っていると、突然ノックの音が間こえてきた。
「失礼します、奥様」
「どうしたの?」
「魔法使い様がやってきました。お目にかかりますか?」
ドアの向こうから聞こえてくる女中の言葉にマックは顔を曇らせる。
自分が図書館に来ないので、直接訪ねてきたのだろうか。
それとも、また何か事故でも起きたのか。
マックは緊張した顔で席から立ち上がり、ドアを開ける。
すると、もじゃもじゃとした格好であくびをするルースの姿が目に入った。
その緊張感のない姿に肩から力が抜けていく。
見たところ、また何かの事件が起こったようではないようだ。
「ど、どうしたのですか?」
「ああ、奥様、おはようございます」
朝をはるかに越した時間だったが、マックはあえて訂正しなかった。
ルースはもう一度あくびをしながら伸びをして用件を言う。
「良いトレーニング方法が思い浮かんで来ました。ちょっと外に出られますか?」
「い・・・、いい訓練方法ですか?」
マックは目を丸くする。
ルースは子供のような無邪気な顔で力強くうなずいた。
昨日、少なからずがっかりした状態だったのに、またもや忍び寄りに期待が高まるのを感じながら、彼女はすぐにローブを羽織った。
「ど、どんなほ、方法ですか?」
「私が直接マナを誘導してあげるのです。奥様はマナを自力で引き付ける力は弱いですが、吸収力はいい方ですから、きっとこの方法が効きますよ」
彼女は少し心配そうな顔をする。
一体どんな方法で直接魔力を注入するというのか、見当がつかなかった。
ルースは、「変な実験に周りの人を巻き込むので注意しろ」というリプタンの要請も思い浮かんだ。
彼女は不審そうな顔で尋ねた。
「あ、安全なんですよね?」
「もちろんです!心配しないでください。絶対に安全な方法です」
気が引かなかったが、マックは静かに彼の後をついて外に出た。
ルースが周囲を見回すと、雪が綺麗に片付けられた空き地の一ヵ所に位置し、木の枝で床に何かを描いた。
マックは近づいてそれを見下ろした。
地面には昨日勉強していた基本魔法式が描かれている。
「これから私がこの基本魔法式のように魔力を運用します。暗記は終わりましたよね?ここで・・・、この経路で魔力を回転させるつもりです」
彼は魔法のような設計図に沿って木の枝の先を動かし、説明を続けた。
「そしてこの辺で、道をあけて奥様の魔力管にマナを注入するつもりです。するとマナは手のひらを伝って深部まで流れ込んみ、再び反対側の魔力管に沿って外に排出されるでしょう。そして、またこの魔法式に従って、円を描きながら循環します。一言で言って、奥様を魔法式の一部分に含めてしまうんですよ!」
奇怪な説明にマックは目をゴロゴロと転がした。
「そ、そうして、してもいいんですか?」
「奥様は魔力管が十分発逹しているので、体に無理はないでしょう。実際は便法に近い方法なんですが・・・、きっと効果があるはずです。速いスピードで魔力の運用方法を身につけることができるでしょう」
頭がつるほど複雑な計算も、「これくらいは簡単にできるでしょう」、と鼻先に突きつける人だった。
正直、信用がいかなかった。
しかし、これまで何の効用もない石を握ってくよくよするのに疲れ果てたマックは、結局うなずいてしまった
ルースは自信満々に笑って両手を差し出す。
「さあ、このように両手を差し出してみてください」
「はい、こうですか?」
マックがおずおずと両手を差し出すと、ルースがー指ほどの距離を置いてその上に手を上げた。
一体何をしようとしているのだろう、と目だけがパチパチしていると、彼の手のひらから妙な熱気が降り始めた。
マックはびっくりして肩を動かす。
「集中してください。マナを人為的に流れを作り出しているところです。この感覚をよく覚えておかなければなりません」
「わ、わかりました」
ル=スの真剣な声にマックは緊張しながら、手のひらでむずむずとした熱気に気を配った。
さらさらと流れる暖かい水の中に手を浸しているような気がする。
その柔らかな波動に集中しているにせよ、マックは見えない細い糸のようなものが皮膚を突き抜けて体の中に潜り込むような感覚に身震いした。
「集中力が乱れてはいけません」
ルースはすぐに注意する。
マックは冷や汗をだらだら流しながら、マナの流れに注意を払う。
腕を伝ってスムーズに流れる細い糸は肘と脇を通って心臓を丸く包み、再び腕に乗って出て複雑な魔法式に沿って流れ始めた。
マナが精巧に織られた織物なら、魔力は解きほぐれた糸。
魔法は「マナ」という名前の織物から糸を数本ほどき、体の中に丸く巻いておいて、必要なだけ取り出して新しい文様で編む過程と似ていた。
ルースが何度も繰り返した説明がやっと完全に理解できる。
マックは驚いた目で手のひらを見下ろした。
魔力が手の中で高速で回転しながら強い熱を噴き出し始め、すぐに小さな光一本を作り出す。
「神様が最初に創造したものも光だと言います」
ルースは、ホタルの光よりもかすかな光の流れを見下ろしながら微笑んだ。
「よく覚えておいてください。これがすべての魔法の基礎となる魔法式です」
「て、手の中が熱くて・・・、す、少し息が切れます」
「この程度で泣き言を言われては困ります。高位魔法はこの倍の速度で魔力を回転させますから」
マックは息を切らしながらうなずいた。
彼が魔法を使うたびに、どうしてあんなに疲れた顔をしたのか分かる気がした。
「これからゆっくり手を引きます。奥様が直接この速度を維持しながら、魔力を回転させてみてください」
ルースがゆっくりと手を離した。
マックはどうしていいか分からず戸惑ったが、魔法式に従って魔力を運用してみた。
しかし、最初はある程度の速度を維持していた魔力の流れが時間が経つにつれて崩れ、手の中に溜まっていた熱気がまるで砂のように抜け出ていく。
それを何とか維持しようと必死だったが、小さな光の流れは呆気なく消えてしまった。
彼女は落胆して肩をすくめる。
「そんなにがっかりしないでください。最初はこれくらいで上出来です」
「あの、本当ですか?」
「私がお世辞を言う人に見えますか?駄目なら駄目だと、すぐに申し上げたはずです」
確かにこの人ならそうだろう。
マックは彼の無礼さにかえって安心するのがおかしくて苦笑いをした。
ルースは笑顔で袖をまくる。
「それでは、もう一度やってみましょう。何度か繰り返せば、すぐにコツを身につけることができるはずです」
「わ、わかりました」
マックはルースが誘導してくれるように魔力運用を続けた。
そうして7回ほど試みた結果、マックは一人でも約1分ほど小さな光をそのまま維持できるようになった。
飛び上がるように喜んでルースに誇らしげに見せると、彼が感心するように手を叩いてくれた。
大魔法使いに何でもない成果で披露するのが少し恥ずかしかったが、胸がいっぱいでワクワクする気持ちはなかなか落ち着かなかった。
小さな部屋ーつまともに明らかにできないほど非常に小さな光を作り出しただけだが、まるで月の塊でも作り出したように胸がいっぱいになる。
「魔力運用に慣れてきたら癒しの魔法を教えます。それまでに基本魔法式を繰り返し練習してください。続けていくうちに、体の中の魔力も増すでしょう」
「ひ、一人では無理だと思います」
「もし駄目なら何度か私が誘導してあげますので、とりあえず一度試してみてください」
彼は真っ赤になった鼻をこすりながら言った。
そういえば、ずいぶん長い間外に出ていた。
集中していたので、体が冷えることも知らなかった。
「もう中に入りましょう。風邪を引きそうです。さっきからしきりに鼻水がだらだら流れるのが尋常ではないんですよ」
「だ、台所に行ってあ、温かいスープでもの、飲みましょうか?」
「いい考えです。朝食も食べないのでお腹の皮が背中にくっつくほどです」
ルースはローブをあごまで持ち上げ、グレートホールの入り口によろよろと足を運んだ。
マックは彼の後をついて歩きながらにやにやと笑う。
体が冷たく冷めてぶるぶる震えていたにもかかわらず、足は飛ぶように軽かった。
マックはルースの指示通り、せっせと魔力運用を練習した。
最初は要領を悟ることができず、ルースが2回ほどさらに誘導しなければならなかったが、その後は一人でも小さな光を作り出すことができるようになった。
それを続けて繰り返すと、光の流れも次第に鮮明になり、ろうそくの代わりに使えるほど発展した。
アリの足のように遅いが、マックは着実に実力を育てていく。
少しずつ体の中に魔力が溜まるのが楽しくて没頭し、体力が尽きて日が暮れる前に気絶するように眠ってしまったこともあった。
そのような状況になった時は、リプタンも怒りを我慢できなかったのか、翌朝、恐ろしい顔で再びこのようなことがあれば、魔法を学んでも良いという言葉を撤回すると脅しをかけた。
その日以降からは彼女も体力を計りながら練習するように気を使うことに。
主に昼間は図書館に閉じこもって魔法式を勉強し、遅い昼食を食べた後は使用人たちを監督して日誌を作成した後、リプタンが帰ってくる夕方まで魔法を練習した。
そのようなぎっしりとした日程に日々疲れがたまっていったが、マックは屈せずに耐えてきた。
最近のリプタンは、魔物がアナトリウム山地の近くに移住してくることに備えるために武器を作り、兵士たちを訓練させるのに忙しい時間を過ごしている。
大陸各地で情報を集めるために一日に20匹を越える鳥がリプタンの執務室の窓を行き来し、騎士たちと衛兵たちは息が吹き出る寒い天気にもかかわらず日が落ちるまで猛訓練に臨んだ。
そんな中、自分一人で楽にゆったり過ごすことはできなかった。
マックは押し寄せる眠気を払いながら、熱心に魔法書に書かれた複雑な魔法式を暗記して勉強する。
そのような姿を黙って見守っていたルースが、ある日突然提案してきた。
「今日は実習をしてみましょうか?」
マックは驚いた顔で彼を見上げる。
「実習ですか?」
「まだ一度も人に魔法を使ったことはないじゃないですか。癒しの魔法式も大体火を通したので、一度試してみましょう」
「はあ、でも・・・、ま、まだ、魔力運用が不安です。ひ、人に試して失敗でもしたら・・・」
「失敗したとしても人体に害はありません。魔法の具現力を育てるには、何度も繰り返すことが重要です。熟逹すれば熟逹すればするほど、速度と正確度が上がるんですよ」
ルースの強い誘いにマックは勝てないふりをしてうなずいた。
正直彼女も一度ぐらいはきちんと魔法をかけてみたかったのだ。
「で、でも・・・、誰にた、試してみましょうか?」
「普通は師匠が体に小さな傷をつけて弟子が練習するように手伝ってくれるのですが・・・、私は痛いのが大嫌いなんです」
ルースは堂々と立ち上がり、ローブをしっかりと締めた。
「しかし、幸いなことに、この城には、体に傷をつける人間が絶えず散らばっているので、練習には何の問題もないと思います。外に出ましょう」
マックはすぐに彼が練兵場に行こうとしていることに気づき緊張した表情をする。
リプタンは今でも彼女が魔法を学ぶことに対して好ましくないと思っていた。
そうでなくても信じられないと思っているのに、もし失敗する姿を見せたら・・・。
完全に幻滅を感じたらどうしよう。
最初から心配しながら顔色を曇らせると、ルースが顔色を伺いながら素早く付け加えた。
「心配しないでください。今日はカリプス卿が見習い騎士の訓練を指導してくださる日です。練兵場にはいらっしゃらないと思います」
マックはそんなにも自分の心が透けて見えるのかな、と照れながら彼について席を立った。
火鉢のそばに座って針仕事をしていたルディスが、その姿を見て素早くコートを持ち上げる。
マックは練兵場に行くから、あえてついてくる必要はないと彼女を引き止めた後、ルースと一緒に図書館の外に出た。
階段を下りて城門の外に足を踏み入れると、きらめく日差しが強く目を刺した。
彼女は目を細め、荒涼とした庭を見下ろす。
花壇には数日間、珍しく降った雪が白く凍りつき、ダイヤモンドのように光っており、乾いた木の枝は風にカサカサと音を立てながら哀れに揺れていた。
彼女はルースと一緒にそのうら寂しい風景をすはやく横切っていく。
がらんとした庭を通って城門を一つ通過すると、剣がぶつかる鋭い音と馬のひづめの音、そして力強い掛け声が聞こえてきた。
「少し待たなければなりませんね?」
練兵場の入り口に立ったルースが軽く舌打ちをして呟く。
マックは彼のほっそりとした体の横に頭を突き出し、下を見下ろした。
巨大な訓練場の中に数百人の騎士が馬の上に座り、長く8列になって向かい合って立っていた。
彼らはみな板金の鎧を身に着けており、手には自分の背丈より高い槍を持っていた。
張り詰めた緊張感が流れる光景にマックは思わず息を殺す。
彼らの真ん中に立っている騎士が赤い旗を高く掲げると、騎士たちが一斉に大声を出しながらお互いに向かって突進した。
マックは悲嗚を上げ、両手で目を覆う。
金属がぶつかる騒々しい音と馬の嗚き声、そして雷のような気合いの音がしばらく響き渡った。
足元を通し振動が伝わるほど激しい訓練。
「今日に限って過激ですね」
ルースが小さな口笛を吹いた。
ようやく周囲が静かになると、マックはこっそりと目を開けた。
再び隊列を整えた騎士たちが一人二人と馬から降りてきて、兜を脱ぎ捨てている。
ルースは彼女の腕を引っ張った。
「さあ、もう下りましょう。真っ青にあざができた人が一人や二人ではないでしょう」
マックは慌てて彼の後を追う。
槍と兜を整理していた騎士の1人が彼らの姿を見て、怪訝な表情をした。
「ルース様、練兵場には何のご用ですか?」
「訓練中に怪我をした方はいないか見に来ました」
「魔法使い、どういう風の吹き回しだ?不具合になるほど大きな傷じゃなけれは呼ぶなと言ってなかった?」
兜を脱いで床に放り投げたヘバロンが大声で皮肉を言った。
興奮が冷めやらぬのか、彼の顔はいつもより険しく見える。
騎士が吐き出す生々しい威圧感に押されて、マックはこっそりとルースの後ろに隠れた。
しかし、そのような甘さを受け入れてくれるルースではない。
彼は彼女を容赦なく騎士たちの前に押し出した。
「もちろん、私がそのようなボランティアをするわけがありません。治療はカリプス夫人がしてくれるはずです」
やっと彼の後ろにローブをかぶって立っている人が領主の妻だということに気づいたのか、騎士たちが目を大きく開けた。
ついに実践!
騎士たちとの関係は気まずいですが、ここで治療を回復して関係を良好にしたいですね。