こんにちは、ピッコです。
「ニセモノ皇女の居場所はない」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
142話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 創造主
大神殿の全景を一望できる高さまで来たところで、ベレロンはようやく足を止めた。
フィロメルは、ところどころ黄金色に染まった大地を見下ろした。
点のように小さいが、人々の姿が見える。
多くの者が生き延びていた。
一方で、彼らを脅かしていたモンスターの姿は見当たらない。
――モンスターも、倒してくださったのね。
フィロメルの胸の内で、ベレロン神への信仰心がわずかに芽生えた。
神が、低く問いかける。
「見えるか」
「何が見えるのですか?」
「――あの、異様な形をした物体の上部だ」
その言葉に、フィロメルは思わず「空」を見上げた。
そして、息を呑む。
地上にいたときは気づかなかったが、「空」と地続きになっているはずの天穹が、黒く染まっていた。
星が瞬く夜空のようなものではない。
もっと不吉で、重苦しい――一面の漆黒だった。
「――亀裂だ」
「空にも、亀裂が走るんですか?」
「正確に言えば、この世界そのものの亀裂だ。あそこは、別の世界へと繋がっている」
「別の世界……」
「侵入者が生きていた世界であり、ミワが渡っていった世界でもある」
静かな声で告げられたその事実は、この世界の行く末を、否応なく想像させるものだった。
やはり、そうだ。
フィロメルの予想どおり、ミアと神が渡ってきた世界は、偽りのエレンシアの世界だった。
「じゃあ、ミアと神がゲームシステムを作ったってことですか?あ、ゲームシステムっていうのは……」
「分かっている。ミアがどんなふうに生きているのか気になって、私も時々、あちらの世界を覗いていたからな」
幸い、時間をかけて説明する必要はなかった。
フィロメルは、この神こそが、自分が抱いてきた疑問に答えてくれる存在だと直感していた。
「ミアと神は、どうしてそんな仕組みを作ったんですか?それに、私が選ばれたというのは、どういう意味なんですか?」
「質問が多いな。まあ……そうなると思って、お前だけを連れてきたのだが」
もっとも、こんな話をあの二人の神官の前で切り出していたら、きっと質問攻めに遭っていただろう。
「まずは、“システム”が生まれた理由から話そう。ミワが、ゲーム会社のような場所で働いていたからだ」
あまりに予想外の答えに、フィロメルはしばし呆然とした。
「……神様って、会社勤めをなさるんですか?」
「はは。ミワが、どこにいても全知全能の創造主だとでも思ったか?」
「違うんですか?」
「向こうの世界では、ミワもまた異邦人であり、転生を繰り返すただの人間に過ぎなかった。過去の記憶も持っていない」
淡々と語られる真実は、神話の裏側を剥ぎ取るようだった。
ただ、別の世界の夢をよく見る、ごく普通の人間だった。
だからこそ……。
「ミアと神は、邪神を封じるために多くの力を使い果たし、そのうえで、この世界に力の一部を残していった」
今のミアと神が、ただの人間であると言われても、不思議ではない。
「厳密に言えば、そこへ行くためには、残った力さえも捨てる必要があった。一つの世界というのは、異界の神を受け入れられるほど甘くはないからな」
もっとも、異界の神が、あの世界で何をしでかすか分からなかったのも事実だが。
「そのとき、ミアが切り離した力――それが、お前の魔力だ」
エステリオン、だって?
「ずっと眠り続けていたが、別の“ミワ”の力が戻ってくるのを感じて目を覚まし、新たな依り代を探したのだ」
「どうして、別の力が戻ってきたんですか?」
その問いに、ベルレンは一瞬だけ言葉を失った。
「……ただ、夢を見て満足していられたなら、それでよかったのだろうな。だがミワは、自分の手で物語を書きたがった。自分が思い描く世界の物語を」
彼の表情に、陰りが差す。
「最初は小説だった。若き皇帝と、その敵である恋人の物語だ」
「まさか、その話が……?」
「この身体の持ち主の過去だ」
それは、フィロメルの想像をはるかに超えた真実だった。
「問題は、ミアの創作が、この世界では現実になってしまうことだ。彼女は、まだこの世界の創造主なのだから」
ベレロンは説明を続けた。
「ミア本人は知らない。自分の創作物が、誰かにとっては現実になるという事実を」
太陽神は、地平線の向こうへと視線を向けた。
「時が経ち、ミアは職を得た。幸運なことに、自分の物語をゲームとして世に出す機会も得た」
「それこそが――」
「お前もよく知っているゲームだ」
すべての出来事の発端となった、そのゲーム。
――《帰ってきた皇女様のドキドキ宮廷生活》。
「……今回は、その皇帝の娘が辿る物語だ」
そしてそこに登場するのは、“悪女フィロメル”だった。
「ゲームシナリオライター」
偽りのエレンシアは、ゲームの内容を書いた人物をそう呼んだ。
つまり、そのゲームのシナリオライターこそが、ミワ本人だったということだ。
真実を知った瞬間、フィロメルの胸に、抑えきれない怒りが込み上げた。
「どうして、ミワ神はあなたを選んだんですか?その人にとって、私は自分の物語に登場する“駒”にすぎないじゃないですか」
ミワが作り上げた『バルバド』の世界では、黒きフィロメルが“主人公”として選ばれていた。
――なんて身勝手で、残酷なのだろう。
フィロメルを、悪役として創り出したという、その事実が。
そして同時に、邪神を打ち倒す役目として選ばれていたのだ。
――勇者になったのは、間違いなく私自身の自由意志だった。
けれど……。
ミアがそのゲームのシナリオライターだと知った瞬間、彼女が作り上げた運命に、踊らされていたのではないかという感覚が芽生えた。
「小さな子よ」
ベレロンは、諭すように優しく彼女に言った。
「数多ある英雄譚で、怪物を倒す勇者とは、いったい誰だと思う?」
「……たいていは、主人公、ですよね」
「そのとおり。主人公だ。ミアは、お前を主人公として選んだ。だからこそ、お前は自然と勇者になったのだ」
「主人公ではなく、悪役だ。主人公は――エレンシア……」
その瞬間、フィロメルの脳裏を、ある記憶がよぎった。
“真実の瞳”によって、偽りのエレンシアの過去を覗き見たときに目にした、『コンピューター』という機械に表示されていた文字列。
[……正直なところ、フィロメルは惜しいキャラクターだと思っています。ですが、主人公はあくまでエレンシアなので、フィロメルの物語を十分に描き切れなかったのが心残りです。]
[これはあくまで私個人の希望にすぎませんが、もし『蒼皇宮』の続編を制作する機会があるのなら――次は、フィロメルを主人公に据えたいですね。]
それは、創り手の本音であり、同時に、フィロメルという存在に向けられた、遅すぎた赦しのようにも思えた。
そうだ。間違いなく、そうだった。
ミアは、フィロメルを次の作品の主人公に据えたいと願っていた。
もっとも、それはあくまで希望的観測に過ぎなかったのだが。
「それなら……私の目に見えている、この“システム”は……」
本来なら、主人公であるエレンシアにだけ見えるはずのシステムが、なぜフィロメルにも見えているのか。
「――私が、主人公だからですか?」
ベレロンは、静かにうなずいた。
「まだミアが構想段階にある物語ではあるが……」
その言葉を聞いて、なぜだか胸の奥に、すっと腑に落ちるものがあった。
「“システムが見えた・見えなかった”という違いは、そのせいなんでしょうか?」
「おそらくな」
正式に書かれた物語ではなかったがゆえに、フィロメルに与えられたプレイヤーとしての資格も、どこか不完全だったのだ。
なぜか、胸の奥にかすかな温もりが広がる。
――悪役ではなく、主人公。
そして何より、彼女が生きるこの世界は、誰か一人のために用意された単なる創作物ではなかった。
ここは、すべての者が確かに生き、息づく“現実”なのだ。
そのとき、太陽神は「付け加えて言うなら」と前置きして、口を開いた。
「ミワは今、相当な後悔の中にいる。自分が書いた物語と、この世界がここまで重なってしまったことに、な」
彼女は、まだ一つの創作すら完成させていなかった。
それなのに、侵入者が書いた小説が公式として認められた――その事実に、衝撃を受けているようだった。
「それは……さすがに堪えますね」
自分が生み出した物語を、他人に横取りされたようなものなのだから。
「そして、そのミアを、イエリスはこの世界へ連れてこようとしている」
「……え?」
今度は、どういう話だ。
「あの亀裂は、ミアを引き寄せるための通路だ」
「どうして、そんなことを?」
「――そうしなければ、自分が完全に復活できないからだ」
ちょうどそのとき、今日、大神官がフィロメルに語っていた言葉が脳裏に蘇った。
――ミワがこの世界に存在している限り、エリスは復活し続ける。言い換えれば、ミワがここにいなければ、邪神は蘇れない。
フィロメルは、不吉な気配を放つ亀裂へと視線を向けた。
「――あの向こうに、ミワ神が……」
「そして、ミワが記憶と力を取り戻す前に、この世界を滅ぼすつもりなのだろう」
世界が、滅ぶ……?
すでに理解していたはずの事実だった。
それでも、現実離れした光景を前にすると、改めてその重みを思い知らされる。
フィロメルは、ぎゅっと両拳を握り締めた。
そんな結末、決して受け入れられない。
ここは、彼女たちが生き、懸命に守ってきた世界なのだから。
この世界は、彼女にとって大切な場所だ。それに……。
――『やっと、ナサールの好感度を100%にできたところなのに!』
ナサールとは、まだ何一つ、思い出らしいことを作れていない。
それ以外にも、フィロメルには、やりたいことが山ほどあった。
魔塔の家族と、もっと長い時間を過ごしたい。
ナサールと一緒に馬車に乗って、かつてのように大聖堂へ旅もしたいし、本物のエレンシアにも、いつか会ってみたい。
――『皇帝とも、まだちゃんと話せていないのに』
フィロメルは、ユースティスの身体を借りている神を、まっすぐに見つめた。
「……どうすれば、邪神を倒せるんですか?」
「単純だ。大神官が受け取った予言どおり、バルバドの剣でエリスの心臓を貫けばいい」
――それだけで?
フィロメルの胸中を察したのか、太陽神は先に答えた。
「私が直接、邪神と刃を交えられない理由は寿命の問題もあるが、何より――あの亀裂の存在だ」
「亀裂が……?」
「神と神が衝突すれば、莫大な力のぶつかり合いによって、亀裂はさらに拡大する。下手をすれば、エリスを利する結果になりかねん」
そう言ってから、彼は続ける。
「だが、神の力を借りた“人間”は別だ。だからミワが眠りにつく前、剣という形で力を人に託したのだ」
――そのために、備えが残されていた。たとえ後になって、邪神が復活しようとしたとしても、阻止できるように。
ミアは、イエリスが亀裂を通じて自分を呼び寄せようとする可能性まで、あらかじめ見越していたのだ。
フィロメルは、心細さのにじむ声で尋ねた。
「……私に、できるでしょうか?」
「できる。ミアの力――ゲームシステムは、お前の味方だ」
ベレロンは、顎で『茨の茂み』の方角を示した。
「そこはイエリスの領域だ。普通の魔法や神聖力、オーラなどは通用しない」
「……でも、システムの力は使えるんですね」
それはつまり、星灯商店の商品は、これまでどおり使用できる、という意味だった。
「ミワの力は、エリスのそれと性質が酷似している。だからこそ、だ」
ベルレオンはフィロメルをじっと見つめ、声の調子を一段落として続けた。
「もし、それが嫌なら――今、言うといい。無理にやらせるつもりはない」
「……ほかに、方法はないんですか?」
「この身体に残された寿命をすべて削り、力ずくで抑え込むことはできる。だが、それでは世界を滅ぼす結果になりかねん」
「……それは、最終手段ですね」
そう口にしてから、フィロメルは大きく息を吸い込んだ。
「まだ、この身体の本当の主と向き合い、話さなければならないことが残っています。私たちを救ってくださったことには、心から感謝しています――ですが……」
彼女の瞳には、迷いよりも、確かな決意が宿っていた。
「おいおい、寿命は大切に使いなさいよ!」
神罰を覚悟し、神に向けて放った直言だったが、ベレロンは声を立てて笑った。
「ははっ!面白いな、本当に面白い」
何がそこまで可笑しいのか、彼女には分からなかった。
一人の人間と一柱の神は、その後もしばらく取りとめのない会話を交わし、同時に口を閉じた。
「覚悟は決まったようだな」
「はい」
「できる限り手助けはしよう。だが、楽な道ではない」
「承知しています」
「これを持っていけ。穢れから守ってやる」
そう言って、彼は懐を探り、何かを取り出した。
紅焔の指輪だ。
「これ、どうして……!」
皇宮を二度目に去るその日、フィロメルは皇帝に紅焔の指輪を返している。
「詳しいことは分からないが、懐を探っていたら出てきてな」
――キィィン……!
指輪の宝石が、神の掌の中で眩い光を放った。
これまで見たことのないほど、圧倒的で、力強い輝き。
「元々宿っていた神性に、私の力も上乗せしておいた。これがあれば、竜の領域にあっても――お前の周囲は安泰だろう」
太陽神はそう言うと、ためらいもなく、フィロメルの指へと指輪をはめた。
温かな熱が、指先から胸の奥へと静かに流れ込んでくる。
それは加護であり、約束であり――そして、彼女が歩む道を“見守る”という意思そのものだった。
たった一本の指輪にすぎないはずなのに、周囲の空気は澄み渡り、ほんのりと温もりを帯びていた。
フィロメルは、すっと胸が軽くなるのを感じながら、『茨』へと視線を向けた。
――いよいよ、主人公の出番だ。
それからしばらくして、フィロメルとベレロンは地上へと降り立った。
「……それで、そんなわけで中に入ってきたんです」
ナサールは険しい表情のまま、フィロメルの説明に耳を傾けていた。
「大丈夫ですよ!すぐに片づけて、ここへ戻ってきますから!」
フィロメルは明るく声をかけたが、彼の表情は暗いままだ。
ナサールはすでにベルレオンへ、自分も『茎』に入れるよう、神性を分けてほしいと願い出ていた。
だが、神は静かに首を横に振った。
「力を受け止める媒介も足りぬし……お前に分け与える余力も、今は残っておらぬ」
ベルレオンの言葉は多くなかった。
彼は大地の浄化を絶え間なく続けねばならず、邪神がフィロメルへ意識を向けぬよう、注意を引きつけ続ける必要があったのだ。
「万が一に備え、一定以上の寿命は、常に温存しておかねばならぬ」
その声音には、言い訳も、後悔もなかった。
ただ世界を守るために課された、神としての責務だけが、淡々とそこにあった。
これは、もしもフィロメルが失敗した場合の話だった。
その時は、たとえ致命的な危険を冒すことになろうとも、ベレロンが邪神と直接ぶつかることになる。
ナサールはそれ以上反対することができず、この場所に残る決断をした。
「どうか、ご無事で」
彼は敬虔な仕草でフィロメルの手の甲を取り、そっと口づけた。
『結婚しよう!……いや、まずはもう一度婚約からだ!』
あまりにも彼らしいその言葉に、フィロメルは胸にこみ上げた言葉を飲み込んだ。
そんな台詞は、生きて帰ってから、格好よく言ってほしい。
代わりに彼女は、ナサールの頬を両手で包み、軽く唇を重ねた。
突然の身体的接触に、彼は顔を赤らめ、目を丸く見開いた。
「私がいない間に、よそ見なんてしないで待ってなさいよ。指輪も、落としたりしないで」
「……は、はい!」
そのとき、ベルレオンが腕を伸ばし、二人の間に割って入った。
「そこまでだ。時間がない、もう行かねばならん」
フィロメルが名残惜しそうに見つめると、太陽神は困ったように弁明した。
「これは、この身体の本来の持ち主の意思が強く反映された行動だ。私も、元の持ち主の意志には逆らえなくてな」
「あ、ええ。まあ……そういうことにしておきます」
その言葉に、場の空気がわずかに緩んだ。
だが別れの時は、もう目前まで迫っていた。
「急いで支度をしなさい」
「少し待ってください」
フィロメルは、素早く〈知恵の秘薬〉と〈力の秘薬〉を口に含んだ。
さらに〈無知のベール〉を背中の荷から取り出すと、ベレロンの視線を避けるようにしてそっとナサールの手に小さな贈り物を握らせた。
「準備できました」
「よし。武運を祈る」
神官たちも、短く言葉を添える。
「外のことはご心配なさらず!」
「もしまた魔物が現れても、私たちが対処します!」
最後にナサールが、珍しく一片の冗談もない真剣な表情でそう告げた。
「無理だと感じたら、いつでも戻ってきなさい。私にとっては、この世界よりも――フィロメル様のほうが、ずっと大切ですから」
それは、あまりにも重い愛の言葉だった。
だが不思議と、その重さは負担ではなく、胸の奥に温かく残るものだった。
それを嬉しく感じてしまう自分に、フィロメルは少しだけ照れる。
「……すぐ戻ってきますから!」
そうして彼女は、『茎』の中へと身を投じた。