ヤンデレを演技していたら本物に執着されました

ヤンデレを演技していたら本物に執着されました【46話】ネタバレ




 

こんにちは、ピッコです。

「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。

ネタバレ満載の紹介となっております。

漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。

又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

【ヤンデレを演技していたら本物に執着されました】まとめ こんにちは、ピッコです。 「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。 ネ...

 




 

46話 ネタバレ

登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。

  • 三つ巴

「第八皇子か。もうその呼び方は正しくないな。なぜなら、私が皇帝になったからだ」

カリオンの真紅の瞳が、月明かりの中で冷酷な輝きを放っていた。

「実のところ、あの子には新しい肩書きを与えてやらないといけないな」

そう不敵に呟きながら、彼は手の中に絡めていた銀色の髪をひと房、気怠げに空中へ放り投げた。

「だが、どうせ近いうちに殺すのだから、そんなものが必要なのかとも思うがな」

「それはどういう……!?」

私は立て続けに突きつけられる衝撃の事実に、頭がくらくらとしていた。カリオンが直々にこの地に現れたことだけでも十分すぎる凶報だったのに、あろうことかサビアンを殺す、だなんて。

「だが、それ以上に理解できないのは、お前の国の皇帝陛下の方だ。陛下は、あんな屑をいつまで生かしておくつもりなのか?」

カリオンは少し乱れた私の髪を一瞥すると、そのすぐ向こうへと視線を流した。

彼の視線の先には、闇夜にローブを大きく翻しながらこちらへ猛スピードで駆けてくる三人の人影があった。

ひゅうっ――。

カリオンに向けて一斉に構えられた複数の魔法陣が、鋭い突風を巻き起こす。それと同時に、私とカリオンの間へ割って入った人物が、身に纏っていた防音のローブを激しく脱ぎ捨てた。

「やっぱりか。本当に来たんだな」

遮るもののない月明かりを受けて、レシウスの美しい金髪が眩いほどに輝いた。冷静な眼差しで瞬時に状況を見渡していた彼は、私と目が合うと一瞬だけ表情を緩め、安心させるように何度か優しくまばたきをした。

――何なの?

レシウス。まさか、カリオンがここへ来ることを最初から知っていたの?

私はすぐにでも説明を求めるように、彼の横顔をじっと見つめた。カリオンが現れることをレシウスは予測していたのだろうか。だとしたら、どうして事前に私に一言も教えてくれなかったのだろう。

「……ご存じだったのですか?」

私のどこか責めるような問いに、レシウスは小さく申し訳なさそうに頷いた。そして「仕方なかったんだ」と言いたげに、わずかに眉を下げる。

「推測の域を出なくて、確信が持てなかったんだ。だから事前に言えなかった。すまない、ルイン」

「……」

「それにジムだって、まさか本当にバハトの狂った皇帝が自ら国境を越えて来るとは思わなかっただろう?」

レシウスは私の額を軽く指先で小突いた。それから気の毒そうな温かい目を私に向けた後、バハトの広大な北部へと視線を移す。

「こんなに不安定な情勢の中で、自分の民を置き去りにしてまで帝国を離れるなんて、生真面目なジムからすれば天地がひっくり返っても想像できない暴挙だろうからな」

確かに、レシウスならそんな無責任な真似は絶対にしない。内戦で混乱を極める国内には、片付けるべき政治的・軍事的な問題がそれこそ山ほどあるはずなのだ。レシウスのような冷徹で完璧な名将が、この危うい状況下で国を空けるなど常識では考えられない。

「はあ……」

レシウスの言葉を黙って聞きながら、いつの間にか堂々と腕を組んでいたケリオンが、ここで呆れたように大きくため息を漏らした。まるで人生最悪の悪夢でも見ているかのような嫌悪に満ちた顔で、レシウスをじっと睨みつけている。

――ちょっと待って。どうしてうちのレシウスに対してそんな失礼な反応を見せるのよ。

「こんな夜更けにわざわざ他国までお越しになるとは、ご苦労なことだな」

レシウスは「夜更け」という単語をわざわざ強調しながら、冷ややかながらも穏やかな笑みを浮かべてケリオンに告げた。

「はは」

カリオンは全く感情のこもっていない、乾いた冷たい笑い声を返した。

「その反吐が出るような作り笑いはやめろ」

その無礼な言葉に、レシウスは片方の口角をわずかに上げて冷笑を深める。

「ほう」

先ほどまで二人の間に流れていた形ばかりの柔らかな空気は一瞬で霧散し、針を刺すような冷たい緊張感が辺り一帯を支配した。

「初対面の相手に対して、随分な言い草だな、バハトの皇帝」

レシウスは美しい目を細め、刃物のように鋭い視線を向けた。その整った気品ある顔立ちに、うっすらと険しい不快の色が差す。

「そうだな。初対面にしてはあまりにも無礼だ。私まで傷つきそうだよ」

「はっ。初対面、だと?」

二人の視線がバチバチと火花を散らす中、レシウスが気まずさを払うようにそっと私に手を差し伸べてきた。

「あの、手が宙ぶらりんで少し気まずいんだけど……」

差し出されたレシウスの手を見て、私はすぐにケリオンへと厳しい視線を向けた。

――ねえ。皇帝としての体裁もあるんだから、握手くらいしてあげればいいじゃない。そんなに難しいこと?

「陛下。私がお客様をご案内し――」

あまりにも気まずそうなレシウスを見かねて、私が慌てて二人の間に口を挟もうとした、その瞬間だった。

「望むなら、握手くらい幾らでもしてやればいいだろう」

ケリオンは吐き捨てるようにそう言うと、レシウスの手を骨が鳴るほどの力で乱暴につかんだ。二人の手は固く握り合わされたが、そのあまりの力の強さに、互いの腕がわずかに震えるほどだった。

レシウスがちらりと私を見て、あえて手からすっと力を抜く。

――痛いから、私に助けを求めているの!?

「そんな野蛮な握手の仕方をする人が、一体どこの世界にいるんですか!」

ほとんど片方の手が握り潰されかけているような恐ろしい握手を目にして、私は慌てて二人の間に割って入り、無理やり引き離した。

レシウスの手、骨はまだ大丈夫かしら。いくら敵国の凶暴な皇帝だからって、さすがにやりすぎじゃない? 一体うちのレシウスにどんな恨みがあるのよ。

「私の主君はそのような乱暴な方ではありません!」

どうせここには最低限の護衛しかいないし、見ている人もほとんどいないのだ。私も我慢できずに強く口を挟むことにした。心配になって、私はレシウスの解放された手を急いで確認した。

ほら、白かった手のひらが真っ赤に変色しているじゃない!

「こんな無茶なことをしていたら、本当に大怪我をしてしまいます!」

そう言いながら、私はケリオンのことをこれ以上ないほどきつく睨みつけた。

「公爵。私の手も同じように真っ赤になっているぞ。お前の目にはそれが見えないのか?」

ケリオンはどこか不満げに、自分の大きな手を私の目の前でひらひらと振ってみせた。

「それは陛下が一方的に無駄な力を入れたからでしょう?」

「いや。そちらの皇帝が先にこう仕込んできたのだ」

そんな子供じみた言い訳、私には一ミリも通用しない。まずレシウスはそんな陰険な性格ではないし、そもそも彼にそんな常識外れの怪力があるわけがないでしょう。

「それに、そちらの皇帝は名高き武人ではありませんか。どう考えても武芸を嗜む陛下のほうが力が強いに決まっています」

「ふむ……」

ケリオンは実につまらなそうに、端整な眉を不快げにひそめた。

「とにかく、これ以上うちのレシウスをいじめないでください」

私はレシウスの身体を背後にかばうように、彼の前に毅然と立ちはだかって言い放った。レシウスは私のその過保護な行動に少し驚いたように目を瞬かせたが、すぐに愛おしさと困惑が混ざり合ったような複雑な微笑みを浮かべた。

「呆れて物も言えないな、お前たちには」

ケリオンは心底唖然とした様子で、私の前髪を大きなくしゃりとした手つきで手荒に撫で回した。

「私はそちらの皇帝とは、そもそも初対面では――」

「少し席を外してもらえるかな、公爵」

レシウスが赤くなった自分の手を痛そうにさすりながら、私に優しく声をかけた。

――でも、もし二人きりにして、この狂人が何か凶行に及んだらどうするの……!

私が強い不安を宿した目を向けると、レシウスは大丈夫だとなだめるように、軽く目を細めて柔らかく微笑んだ。

「はは」

すぐ横でケリオンが、またもや不機嫌極まりない呆れたような笑い声を漏らした。

「閣下、本当に本当に大丈夫ですか?」

私は騎士たちを伴って、少し離れた安全な場所へと移動し、そこから向かい合う二人の皇帝をじっと注視した。

「問題ないだろう」

何か不穏な動きがあれば、即座に魔術を発動して駆けつけ、レシウスを死守するつもりだった。

「それにしても、思ったより――」

レシウスが何かを言いかけると、

「――随分と過保護に育てられているんだな、あの公爵は」

ケリオンが遮るようにして、先に言葉を継いだ。

「……そう見えるか?」

「見えるとも。まるで雛鳥を必死に守ろうとする、神経質な親鳥のようだ」

レシウスは小さく苦笑した。

「否定はしないよ」

その率直な返答に、ケリオンは一瞬だけ驚いたように目を見開き、すぐに面白くなさそうに肩をすくめた。

「なるほどな。だからあの公爵は、お前のためなら、バハトの皇帝であるこの私にまで容赦なく噛みつくわけだ」

レシウスの穏やかな視線が、遠く離れた場所からこちらを心配そうに窺っている私へと向けられた。その眼差しは、先ほどまでケリオンに向けていた冷徹な笑みとは全く異なり、深く、どこか柔らかく温かい光を湛えていた。

離れた場所で、私の護衛の騎士の一人が二人の皇帝を見比べながら、ぽつりと口を開いた。

「思ったより、我が殿下もお強くはないようですね?」

騎士は、体格のよく似た二人の皇帝の立ち姿を見比べた。

「そうですね。以前、殿下ご自身も剣術の才能には全く恵まれていないとおっしゃっていましたし」

そんな噂が宮廷でも一時期流れていた。レシウスが剣を手放して文官の道を歩み始めてから、その手の噂はすぐに国中に広まっていたのだ。

(考えてみれば、レシウスはなぜあれほどの才能がありながら、原作の途中で剣をやめてしまったんだろう?)

原作の公式ルートでは、レシウスとケリオンは最終決戦で互いに刺し違えて命を落とす運命にある。つまりレシウスには、あの怪物のようなケリオンを相打ちとはいえ討ち取れるだけの実力が本来備わっていたということだ……。

ある意味、私というイレギュラーがいなければ、今頃レシウスが大陸最強のソードマスターになっていたのかもしれない。

「それでも、殿下が剣をおやめになってから、まだそれほど長い年月は経っていないのでは?」

「そうですね」

「しかも我が殿下は気がお優しいから、あの野蛮なバハトの皇帝に押し切られてしまうかもしれない」

(うーん。レシウスは見た目こそ穏やかで物腰柔らかだけど、その本質は誰よりも芯が強いタイプなんだけどね。対するケリオンは、ただの予測不可能な狂人だし!)

まともな人間と狂人が真っ正面から争ったら、大抵は恐れを知らない狂人のほうが勝つものだ。

「……さあ、どうでしょうね」

その時、近くの城壁の上にいた経験豊富な騎士が、月明かりに妖しく照らされた二人の皇帝へと静かに視線を向けた。

非の打ち所がない端正な貴公子の顔立ちを持つレシウスと、獣のように荒々しく鋭い印象を与えるケリオン。皇族としての絶対的な威厳を漂わせる二人は、至近距離で向かい合って何かを密やかに話していた。

「……」

「……」

何を話しているのかまではこちらには聞こえなかったが、ふとレシウスが氷のように鋭く目を細めたのが分かった。

一瞬、空気がひび割れるような凄まじい緊迫感が周囲に漂ったものの、次の瞬間には、レシウスは優雅に口元に手を当てて眠そうにあくびを隠した。そして、そのまま背を向けて学館の方へと退屈そうに歩き出してしまった。

「……どうやら、我が殿下のほうが一枚上手で勝ちそうですね」

先ほどの騎士が、レシウスの余裕ある後ろ姿を見ながら感心したようにつぶやいた。

(まさか、そんなはずは――)

そう思った瞬間だった。ケリオンはレシウスの態度にプライドを激しく傷つけられ、怒りを抑えきれなくなったのか、背後からレシウスの襟首を力任せに激しくつかみ上げた。

「ちょっと何するのよ!」

私はそれを見て、大慌てでレシウスのもとへ向かって駆け出した。

ケリオンは、公爵に心配そうに付き添われながら、不機嫌そうに皇宮へと戻っていく皇帝レシウスの後ろ姿をじっと見つめていた。

「殿下、大丈夫ですか?」

近づいてきたバハトの精鋭騎士たちが恐る恐る声をかけると、極めて機嫌の悪いケリオンは彼らを獰猛に睨みつけた。

「これが大丈夫に見えるか?」

ハイレンの若き皇帝が自分に耳打ちしてきた警告自体は、言葉にすれば大した内容ではなかった。

ハイレンの皇宮にいる間は静かに大人しくしていること。公爵であるルインと個人的に接触しないこと。私にこれ以上の弱みを見せないこと。

だが、あの男には人の神経を最も効率よく逆なでする天性の才能がどれほど備わっていたのか、その理路整然とした傲慢な話を聞いているうちに、結局我慢できずにレシウスの胸ぐらをつかみ上げてしまったのだ。

『殴るのか?』

『もし殴るなら、顔だけはきれいに殴ってくれ。ルインは俺のこの顔を結構気に入ってくれているからな』

ハイレンの皇帝は、本当に反吐が出るほど性格の悪い男だった。その涼しい顔を見ていると、実際に殴り倒したところで、それを逆手に取って『もっと私を殴れ』と公爵の同情と怒りに火をつけそうな気さえした。

「狂っているな、あの主従は」

ケリオンは苛立たしげに己の頭を掻きむしりながら、レシウスが事前に手配して教えてくれた滞在先の宿へと向かおうとした。

「だが、お前たちは知っているか?」

するとケリオンは不意に邪悪ににやりと笑い、ハイレンの巨大な皇宮の方へと視線を戻した。

「狂人を相手にするなら、こちらもそれ以上の狂った真似をするしかないんだよ」

ケリオンの忠実な部下たちは、その不穏な言葉を聞いて何とも複雑な表情を浮かべた。

(殿下、あなたはすでに誰よりも十分に狂っているように見えるのですが……)

「殿下、一体どちらへ向かわれるのですか?」

「皇宮だ」

「……今から入れるのでしょうか?」

正式な国使として正面から来たわけではないため、彼は帝都にある皇室所有の別邸に滞在しているだけのはずだった。

「この私に行けない場所など世界に存在しない。たとえここが敵地ハイレンであってもな」

ケリオンの傲慢な言葉が、皇宮へと続く夜の静かな道に響き渡った。ケリオンという男は、自分が一度やろうと決めたことを途中で諦めたことが、これまでの人生で一度たりともなかった。

(ああ、あの第八皇子に今すぐ会わなければ)

先ほど、公爵の肩に愛おしげに寄り添っていた、あの忌々しい銀色の髪。その髪の持ち主が――。

(あの不思議な剣の主に直接会えば、この胸をずっとかき乱している嫌な予感の正体も、はっきりと分かるかもしれない)

「ふふっ」

ケリオンは漆黒の馬を猛烈に走らせ、静かに眠りについた皇都の夜を風のように駆け抜けた。

「奴らに門を開けろ」

そして、その異変を遠隔からすべて把握していたレシウスの最側近――“影”は、主君の冷酷な命令を忠実に実行に移していた。

『あいつがこれから何をしでかそうと、絶対に止めるな。泳がせて、できるだけ派手に皇宮で騒がせてやれ』

そのため、“影”は近衛兵の上官を巧妙に装い、皇宮の堅牢な城門をケリオンの前にあっさりと開放した。

「第八皇子がいるのはどこだ?」

門があまりにも拍子抜けするほど簡単に開いたことに、普通なら何らかの罠の違和感を覚えてもおかしくなかったが、ケリオンはそんな些細なことは全く気に留めなかった。もともと彼は、他人の顔色や思惑、陰謀など気にするような殊勝な性格ではなかったからだ。

「こちらです、殿下」

さらに、ハイレン皇宮の詳細な地理をあらかじめ綿密に把握していた彼の部下たちが有能な案内役となり、ケリオンを皇宮の深い奥へと淀みなく導いていった。

彼らが向かったのは、皇宮の最果てにある古びた冷宮だった。

「だ、誰だ!?」

「これ以上はお入りになれません!」

行く手を阻もうと近衛兵やベルウェン騎士団の騎士たちが慌てて立ちはだかったが、ケリオンはそれらの排除をすべて部下たちに丸投げし、自らは目もくれずに冷宮の内部へと土足で足を踏み入れた。

古びて荒れ果ててはいるものの、元は宮殿だけあって部屋数はそれなりに多い。

(だが、あの子がどこに隠されているのかは、探すまでもなくすぐに分かるな)

薄暗い廊下を見回していたケリオンは、ひときわ美しく塗装された一枚の扉へと視線をピタリと止めた。古びた建物の中で、その扉だけが奇妙なほど丁寧に磨き上げられ、大切に手入れされていた。

「ずいぶん公爵に可愛がられているみたいだな」

きちんと管理されたその冷宮の様子を見て、ケリオンはかえって胸に不快感を覚えた。

古い建物ではあっても、随所に細やかな愛の手が加えられている。誰かが躓いて怪我をしないように頑丈に修繕された手すり。冷宮には到底不釣り合いなほどの、ハイレン最高級の木製家具。部屋の隅に山積みにされた、高価な贈り物の数々――。

だからだろうか。

「……公爵様?」

誰かが部屋に近づいてくる確かな気配に気づき、期待を込めて扉を開けて出てきたやつれた顔の第八皇子シャビアンは、そこに立つ人物を見て、全く喜んでいなかった。

「……に、兄さん?」

かつてバハトの泥沼で痩せこけて死にかけていた哀れな子犬は、今やたっぷりと愛情と栄養を受けた大型犬のようになっていた。見違えるほど肉付きがよくなり、背も少し伸び、かつての暗かった表情には明らかな生気が戻っている。

そんなふうに、このゴミを劇的に変えたのは一体誰か。言うまでもなく、あの公爵だった。

「おい、私の目を真っ直ぐ見ろ」

ケリオンは、自分のこの胸の奥をかき乱す得体の知れない感情の正体を、どうしても今すぐ知りたかった。

ケリオンはシャビアンの襟首を乱暴につかみ上げ、その怯える青い瞳を至近距離からのぞき込む。

『違います』

――そうではなかった。

『殿下の瞳は、とても美しいヒヤシンスの花のようですね』

――ヒヤシンス。

その瞬間、シャビアンの記憶の断片が、ケリオンの脳裏へと濁流のように流れ込んできた。

すべての記憶を正確に読み取れたわけではない。だが、その流れ込んできた記憶の中で、あの公爵は何度も何度も、慈愛に満ちた表情で優しく笑っていた。

自分には、これまでの人生で決して見せたことのないような、心からの温かい表情で。

それは決して自分に向けられたものではないのに、なぜかケリオンの胸は激しく締めつけられた。

「ぐっ……! に、兄上……」

ああ、そうか。

あの公爵が、あんな愛おしそうな笑顔を向けていたのは――私ではなかったのか。

目の前にいるこの生意気な子供の首を、今すぐ跡形もなく絞め殺したくなるような激しい衝動。胸の奥がねじ切れそうなほど、どす黒く渦巻く強烈な嫉妬の感情。

「やはり、そうか……」

……どうやら、自分はいつの間にか、あの公爵のことが狂おしいほど好きらしい。

「今すぐその手を離しなさい、ケリオン!!」

いつの間に異変の知らせを聞きつけたのか、廊下を慌てて駆けつけてきた人物が、激しい怒りの声を上げた。

その怒りに満ちた美しい顔でさえ、今のケリオンの目には酷く美しく、魅力的に映った。

どうやら私は、自分が思っている以上に、あの公爵のことをかなり深く好きになってしまったらしい。

冷宮の部屋の真ん中で、シャビアンの首を冷酷に締め上げているケリオンの姿を見た瞬間、私は理性を失って真っ直ぐ彼へと駆け寄った。

(一体全体何があったのよ!?)

驚いてレシウスをなだめた後、急いでサビアンのいる冷宮へ戻ってきたら、またしてもこの狂人が事件を起こしている最中だった。

「離してください!」

私はケリオンのもとへ突っ込み、その強固な手を魔法で強化した力で無理やり引き離した。

首を締められていたシャビアンは、顔面を真っ青にしたまま、床へと力なく崩れ落ちる。

「殿下! 大丈夫ですか!?」

私は慌てて彼のそばにしゃがみ込み、呼吸を確認した。

……よし、息はある。どうやら一時的に窒息して気を失っているだけのようだった。

「陛下、今一体何をしているんですか!」

「……」

「なぜまだ皇宮にいるんですか! そもそも、あなたは許可なくここにいてはいけないはずでしょう!?」

正式な使節団と合流するまでは、ケリオンは皇宮の外にある別邸で厳重に待機していなければならない決まりなのだ。なのに、なぜ当然のように冷宮の奥深くに侵入しているのだ!

「……」

私がいくら声を荒らげて問い詰めても、ケリオンはただぽかんとしたマ抜けな顔で私をじっと見つめるばかりだった。信じられないものを見るように目を丸くしたかと思うと、ふっと不気味なほど優しい笑みを浮かべて口を開く。

「君が私を見る時の顔は……そういう、情熱的な顔なんだな」

ケリオンはその場に静かにしゃがみ込み、シャビアンを必死に介抱している私と至近距離で目線を合わせた。

「笑ってみろ」

……は?

な、何を言っているんだ、この頭のイカれた変人は。

あまりにも予想外すぎる突飛な言葉に、私は思わず呆然としてしまった。

「こんな最悪な状況で、私が笑えると思うか?」

「笑ってみろ。私に向けても、その顔を」

ケリオンはそう言うと、私の頬に大きな手をそっと添え、愛おしげに滑らせてなでた。

「きっと、飛び切り可愛いと思うんだがな」

……。

あまりにも衝撃的なセリフを耳にして、私の頭の中は一瞬で真っ白に上書きされた。

い、今、この男は何て言った?

か、可愛い……?

私は今、原作最恐の『執着狂人』を必死に演じている最中なんだけど!? せめて「恐ろしい」とか「迫力がある」とかならまだ役者として理解できる。可愛いって一体何よ!

『お姉様って、実は結構ケリオンのド真ん中の好みなんだよね』

『あの人、ルインお姉様を泣かせたくなる顔だって言ってたよ』

以前、妹のロザリンが楽しそうに語っていた不穏な言葉が、不意に鮮明に脳裏をよぎった。

私は気味が悪くなり、シャビアンを背後にかばうようにして大きく身を引き、ケリオンの手をピシャリと避けた。

「み、見境が完全になくなったんですか、あなたは!?」

……しまった。この狂人に対して、そのツッコミはあまりにも的確すぎた。ケリオンが正気かどうかなんて、今さら確認するまでもないことだった。

私はこれ以上ケリオンを相手にするのをやめ、無視してシャビアンの身体を抱き起こし、急いでベッドへ運ぼうとした。

「本物の狂人を嬉々として連れ回している公爵に、そんな真っ当なことを言われるとはな」

するとケリオンは、私の手からシャビアンの身体をひょいと軽そうに奪い持ち上げると、そのままベッドの上へ無造作に放り投げた。

「今、少し顔をしかめて笑ったな、公爵」

ちょっと! 人のサビアンをそんな乱暴に扱ったら危ないでしょうが!

「公爵」

にじり寄ってきたケリオンは、燃えるような赤い瞳で私をじっと見つめながら、シャビアンのせいで少し乱れてしまった私の服へと容赦なく手を伸ばした。さっきまでシャビアンが必死にしがみついていた、胸元の辺りだった。

「お前の主である皇帝が、なぜあんなゴミをいつまでも手元に置いているのか、その真意は知らないが」

「……」

「私は、お前の生ぬるい皇帝とは根本的に違うぞ」

ケリオンは不気味なほど穏やかな、しかし絶対的な支配力を感じさせる声でそう囁き、さらに一歩、私の方へと距離を詰めてきた。私は本能的に生物としての危険を察知して、思わず一歩後ずさった。やはり狂人とは物理的な距離を取るのが世界共通の正解だ。うん、それが一番いい。

「私の嫌がることは、今すぐやめてください」

だが、気づけば私の背中は冷たい壁にぶつかり、逃げ場を失っていた。

「殿下は、私の主君ではありません」

「……」

「殿下の理不尽な命令に従う理由も、私には一切ありません。どうか今すぐお引き取りください」

壁とケリオンの大きな身体の間に完全に閉じ込められるような最悪の体勢になり、私は内心、かなり激しく動揺していた。しかも、ケリオンは私の顔のすぐ横の壁にドスンと手をつき、こちらを完全に閉じ込めるような姿勢を取っている。

(これって……前世のネットで見た、伝説の『壁ドン』じゃないの!?)

緊迫した状況だというのに、思わず昔妹のロザリンと一緒に熱心に勉強した恋愛小説のオタク知識が頭をよぎってしまう。

(おお……本物の狂人がやる壁ドンは、次元が違う迫力があるわね……)

つい変なところで感心してしまった。

「その通りだ。私はお前を生ぬるく生かす皇帝ではない」

ケリオンは容赦なくさらに距離を詰め、その吐息が触れるほどの至近距離になった。妖しく発光する赤い瞳が、まっすぐ私を見つめる。

「だが――お前は、いずれ私の完璧な臣下になる」

「……」

その絶対的な宣言に、私は思わず小さく息をのんだ。

「お前を生かすも殺すも、すべては私次第だということだ」

ケリオンの真紅の瞳が、私の顔のパーツを一つずつじっと値踏みするように、ねっとりとなぞる。

「だから、これ以上私を苛立たせるな、ルイン」

……ここまで来ると、逆に純粋な疑問として気になってきた。なぜこの原作最恐の男は、よりによってこの私に対してこんな熱烈な壁ドンなんてかましているのだろう。

(いや、それ、本来なら主人公であるシャビアンにするべき行動じゃないの?)

(この物語の運命のヒロインは私じゃなくて、あそこに転がってるシャビアンでしょうが!?)

私はただの、物語を狂わせるための“偽物”の執着狂人役を演じているモブ公爵に過ぎないんだけど。

「……どうして、私なんですか?」

あまりのプロットの理不尽さに腹が立ってきて、つい本音で聞いてしまった。いや、本当にどうして私なわけ? 私たち、別にそんなに親しくないでしょう。これまでに会った回数だって、せいぜい三回ほどのはずよ。

ケリオンの長い指が滑るように私の顎へと伸び、そこをそっと強引に持ち上げた。

「さあな」

そして、その整った口元をわずかに歪めて凶悪に笑う。

「お前のその生意気な顔が、狂おしいほど私の好みだからか?」

「……」

私は一瞬、本気でこの男のすねを魔法で強化したヒールで思いきり蹴り折るべきか真剣に悩んだ。正直、真っ正面からの純粋な力比べになったら、この化け物に負ける気しかしないのだけれど。

「……っ」

その時、ケリオンは急に私の顎から手を離すと、今度は自分の胸元を苦しそうにぎゅっと押さえた。

「……ここへ来る前、お前のお優しい皇帝はお前に一体何をした?」

苦しそうに下唇を強く噛んだケリオンが、急に荒くなった呼吸を必死に整えるようにして、きつく目を閉じた。本当に苦しそうに、その眉を痛切にひそめている。

レシウスが私に何をしたかって?

せいぜい、さっき怪我の治療をしてくれて、「まだ痛むんだ」と子供のように甘えてきたくらいだ。

『ルイン、まだ痛むんだ。私の手を握ってくれ。そうしたら、すぐに治る気がする』

そんな可愛いことを言って、無理やり手を握らせてきたり。私の顔に汚れか何かが付いているのを見つけると、信じられないほど丁寧に指先で拭いてくれたりもした。傷はもう完全に治ったのかとしつこく聞きながら、私の首筋にそっと触れてきたり……。

そういえば。今思い返すと、レシウスは私の見える場所にある傷という傷を全部、自分の手で愛おしげに確かめるように触れていた気がする。まるで、見えない透明な薬でも塗り込むかのように。

「殿下は……私の怪我をした手を、親身になって治療してくださっただけです」

思い出した。レシウスは私の顔や身体に触れる直前、わざわざ高価な聖水と神聖な金色の粉を使って、念入りにその両手を清めていたのだ。

――ああ、そういうことか!

レシウスの手にあらかじめ付着していた、魔を退ける強大な『聖水』の残滓のせいで、魔の性質を持つケリオンは、私に触れたことで今こんなにも拒絶反応で苦しんでいるのだ。

「本当に、ただ手荒に治療しただけだったようだな」

ケリオンは己の苦痛を隠すように皮肉っぽく笑い、私からようやく一歩距離を取った。血のように赤い瞳がしばらく私をねめつけた後、ベッドにぐったりと横たわるシャビアンへと向けられる。

「そのお気に入りの皇子を無事に助けたければ、これからは私の言うことを大人しくよく聞くことだな、公爵」

それだけを冷酷に言い残し、彼は今度こそ部屋を出ようと背を向けた。だが、重い扉の前でピタリと足を止め、再び私を鋭く振り返る。

「公爵。私はお前に対して、冗談を言っているのではないぞ」

ケリオンは扉の取っ手に手をかけたまま、片眉を傲慢に上げた。

そして――。

バタンッ!!

不快な重い金属音が冷宮に響き渡り、扉が勢いよく閉まった。

私はその完全に閉じられた扉をしばらく呆然と見つめた後、大慌てでベッドのシャビアンのもとへと駆け寄った。先ほど呼吸を確認した時は無事だと分かっていたが、それでもやはり心配だった。

「ハイレンの皇宮内部ですら、もう安全じゃないなんて……」

私はシャビアンの赤く腫れてしまった首筋を、可哀想に思ってそっと優しく撫でた。これから一体どう動けばいいのだろう……。

どっと押し寄せてきた精神的な疲労に耐えかねて、私は白い布団へとそのまま顔を深く埋めた。

(いったい、ケリオンは何が目的なのよ……!)

(なんで原作のヒロインを差し置いて、この私に壁ドンなんか仕掛けてくるのよ!)

やはり本物の狂人だからなのか、その行動の予測がつかなすぎるし、一貫性がなさすぎる。

……もう、本当に疲れた。今は何もかも忘れて、ただぐっすりと眠ってしまいたかった。

 



 

 

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