こんにちは、ピッコです。
「ヤンデレを演技していたら本物に執着されました」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
62話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 偽装結婚の提案
「実のところ、私が女性であることなんてそれほど重要じゃないのよね」
屋敷に持ち帰った大量の書類に目を通し、サインを走らせながら、私はくすくすと一人笑いを漏らした。
この世界はもともと、男同士の恋愛が繰り広げられるBL小説の世界なのだから。私の性別など、物語の筋書きに比べれば大した問題ではない。
それよりも大切な問題は――。
(ロザリンはヨゼフのことが好きなんじゃないの?)
ロザリンの従兄であり、彼女と濃厚なキスまで交わしていたあの男。マルトス公爵家の小公爵で、どこか野性味のある狼のような男、ヨゼフだ。互いの様子を見る限り、二人もてっきり相思相愛なのだと思っていたのだが。
「私、お姉様の女になるのも悪くないと思っているわ」
ベルトウェン邸に侍女の変装をして忍び込んできたロザリンが、被っていたつばの広い帽子をひょいと持ち上げた。
「考えてみて。お姉様はもう名実ともに、この帝国で二番目に裕福な資産家なのよ?」
「うん、まあ、そうだね」
「でしょ?」
以前は、商業界を牛耳るマルトス公爵と我がベレウェン家は互角の力関係だった。しかし、私が新たにミスリル鉱山を手に入れたことで、その均衡は完全に崩れ去ったのだ。
皇帝であるレシウスの次に富と権力を握っているのは、いまや私なのだから。
「それに顔も綺麗で、剣の腕も立つ! その上優しいなんて!」
ロザリンは私の自慢を延々と並べ立てると、帽子の紐を締め直し、戯れのように微笑んだ。
「私の夫にぴったりだと思わない? お姉様と偽装結婚したあと、私たちはそれぞれの人生を歩めばいいんだし!」
「……」
「私はベレウェン領へ行って旅行もするし、ご飯もこうやって、わあーって口を大きく開けて食べるの!」
口をこれでもかと大きく開けてみせるロザリンの姿はとても可愛らしかったが、私は苦笑しながら本心を尋ねてみた。
「あなた、ヨゼフはどうするのよ?」
「ヨゼフはもちろんセカンドでしょ?」
「わあ……ロザリン、あなた……」
なんとも開放的で大胆な考え方だ。口ではそう言いつつも、実際にそんなことをするつもりがないのは分かっているけれど。
「ところで、お姉ちゃん」
「うん?」
「お姉ちゃん、最近どうしてずっと屋敷に閉じこもっているの?」
私は動かしていた手を止めた。理由はもちろんある。
「皇宮に行ったら、あなたと婚約しろっていうくだらない話ばかり聞かされるから」
――けれど、それだけが本当の理由ではなかった。
『だからこそ、お二人の婚約を真剣にご検討いただき――』
大殿で臣下たちがそう口にした瞬間、頭がズキズキと痛み、立っていられないほどの激しい目眩に襲われたのだ。骨が痛むような感覚ではなく、脳を直接刺されるような頭痛。まるで、私に掛けられている黒魔法が解ける直前のようなあの独特の衝撃。
『それは急を要する案件ではない。今日の会議はここまでにしよう』
私の異変をいち早く察したレシウスが、慌てて会議を切り上げてくれたおかげで倒れずに済んだのだ。今は念のため部屋で休みながら、黒魔術師バロンの到来を待っているところだった。万が一、皇宮の中で黒魔法が完全に解けてしまえば、取り返しのつかない大事になってしまう。
「お姉様。でも……私、気になることがあるの。もしかして、お姉様とレシウスの間に何かあったんじゃない?」
「え……?」
察しのいいロザリンの追及に、ヒヤリと胸が冷える。
ロザリンには、まだ孤児院で起きた出来事を詳しく話していなかった。手紙で知らせるより、直接会って話したほうがいいと考えていたからだ。
「実はね……」
私は一生懸命書類を見ているふりをしながら、今日こそはと、これまでに起きた出来事をかいつまんで彼女に話した。
「お姉ちゃん! 何言ってるの……!? あのクソ野郎、何を教えたっていうのよ、何を!」
私が「レシウスに男女の営みについて教えてやった」と打ち明けた瞬間、ついにロザリンが声を荒らげた。
バイウドへ一緒に行った「影の騎士」の正体がレシウスであり、彼が私の本当の性別を知っていること、そして……。
「嫉妬って何かって? いや、『嫉妬』の意味なんて教えてどうするのよ!」
「……」
嫉妬、か。はあ、学ぶことに終わりはない。彼にそんな言葉を教えた覚えはないけれど。
溜め息をつきながら窓の外を眺めていると、庭の方から誰かの話し声と、重いものを引きずるような音が聞こえてきた。
「嫉妬っていうのはね! うーん、私が説明するのはちょっと恥ずかしいんだけど……」
「誰か来たみたい」
説明に窮するロザリンをそのままにして、私は窓から下を見下ろした。
「あ、デミアだ」
「デミア? 原作の、あの悪女?」
ヘセン伯爵家のデミア。
弟のネトを追放した後に実質的な当主となった女性であり、原作ではロザリン以上の毒々しさを持つ悪女として描かれていた人物だ。
「お姉ちゃん。いま私との婚約の噂が広まっているのに、いくら偽装恋愛の相手だからって、これはちょっと不用心じゃない?」
「……もともとは外で密かに会う予定だったのよ」
体調のせいで屋敷にこもっていたため、約束を破る形になってしまったのだ。
ミスリル鉱山開発の中核となる物流をヘセン家の商団が担っているため、彼女とは頻繁に連絡を取っていた。そして何より、彼女に頼みたいことがあった。
『万が一、私に何かがあったときのために』
私が死んでも、ベルトウェン家を無残に倒壊させるわけにはいかない。公爵として、万が一の時に家を託せる協力を彼女に求めたかったのだ。
「来るなと伝書鳩を送ったんだけどな」
「ふーん、怪しいわね。原作のデミアって、すごく疑い深くて人を信用しないタイプなのに」
ロザリンが目を細め、顎をさすった。
「このお姉ちゃん、無自覚に人を惑わせる才能でもあるのかしら」
鏡の前に立ったロザリンが、ぶつぶつと呟きながら一つ一つ化粧を落とし始める。化粧を落とす必要がどこにあるのだろう、と思いつつも私は静観した。
「公爵様は中にいらっしゃいます」
廊下からは、執事長の案内に応じるデミアの足音が聞こえてきた。やがて書斎の外に立った彼女の気配を感じ、私は扉を開けて出迎えた。
「どうぞ、お入りください」
「ハイルレンの盾、ベレウェン公爵様にご挨拶申し上げます」
頭を下げるのは、狐のように妖艶で美しい女性だった。朱色の鮮やかな髪が、腰のあたりでさらりと揺れる。
「わざわざお越しいただき、ありがとうございます、デミア。直接出向いていただく必要はなかったのですが」
腕の立つ彼女が、何の計算もなくベレウェン邸に足を運ぶはずがない。この訪問が公になれば、私ではなく彼女の評判がさらに悪くなることくらい、分かっているはずなのに。
「公爵様に、直接お渡ししたかったのです」
デミアが言葉を紡いだ瞬間、私の背後からロザリンがひょっこりと顔を出した。
一番仲のいい友達を誰にも取られたくない子供のような、可愛らしい警戒心。
「お久しぶりです、殿下」
ロザリンの姿を目にしたデミアは、わずかに目を見開いたものの、すぐに礼儀正しくスカートの裾をつまんで一礼した。
「……ハイルレンの喜びにお目にかかります、皇女殿下」
私の隣で腕を組み、むっと胸を張るロザリンの姿を、デミアはどこか愛おしそうに見つめ、口元に穏やかな笑みを浮かべた。
「公爵様。それでは、お渡しするものはすべてお渡ししましたので、これで失礼いたします」
名残惜しそうに唇を結び、別れの挨拶をするデミア。彼女は手にしていた無骨な籠を私に手渡すと、静かに身を翻して去っていった。その籠の中には、膨大な重要書類が詰め込まれているのだろう。
「デミアがお姉様に惚れてるんじゃないの?」
「そんなわけないでショ」
私はデミアが残していった書類に目を通しながら笑った。恋愛感情などで動くような女性ではない。
「デミアは、ただ褒めてもらいたかったのかもしれないわね」
完璧に整理された書類の精度が、それを物語っていた。彼女は私に己の能力を認められたくて、わざわざ直接ここまで足を運んだのだ。もしかすると、私の腹心や側近になりたいと直訴する機会を伺っていたのかもしれなかった。
「ロザリン、たまにそう思わない? この世の中で、どれほど多くの女性の才能が埋もれてしまっているんだろうって」
デミアのような優れた器を持つ女性が、ただの一領主で終わってしまうのはあまりにも惜しい。私は感嘆のため息をつきながら、書類のページをめくっていった。
・
・
・
ロザリンは、机に突っ伏して病んだ鶏のようにぐったりとしているルインを見つめていた。最近のルインは、いつもこうして酷く疲れ切っていた。
(すごく体調が悪そうなのかな……)
ミスリル発掘に伴う急激な権力構造の変化。ロザリンには難しい政治の仕組みは分からなかったが、姉が多忙を極めていることだけは理解していた。けれど、それにしても様子がおかしかった。
寝ても寝ても疲労が取れない様子で、時折「胃がむかむかする」と吐き気を催すように言葉を濁す。
最強のソードマスターであるはずの姉が、なぜこれほどまでに弱っているのか。
『このまま強度を上げ続ければ、お命に危険が及ぶほどになるでしょう』
かつて夏の宮殿で、黒魔法使いが漏らしていた恐ろしい言葉が脳裏をよぎる。
(もしかして……本当に黒魔法のせいで、お姉ちゃんが苦しんでいるの?)
「お姉ちゃん、ソファで横になって寝て」
「うん……」
重い体を揺らし、ルインはソファへと移動した。片脚を軽く折り曲げ、そこに腕を乗せる姿勢は、眠りにつこうとする瞬間でさえ一枚の絵画のように完璧だった。幼い頃からのロザリンの厳しい教育の成果とはいえ、あまりにも美しい立ち振る舞い。
「お姉ちゃん」
「うん……」
眠そうに目をこすりながら、手首で目元を覆って答えるルイン。
その美しさの陰にある痛々しさに、ロザリンの胸は潰れそうだった。
(痛いなら、痛いって言ってよ……)
いつも一人ですべてを背負い、内に溜め込んでしまう姉が心配でならなかった。
コンコン。
ルインの静かな寝息が漂う部屋に、控えめなノック音が落ちた。
ロザリンが足音を殺してドアを開けると、そこには夏の宮殿で出会った気弱で心優しい黒魔術師、バロンが立っていた。その手には、無骨な袋が握られている。
ガチャガチャと硬い音を立てるその袋を見て、ロザリンはピンと来た。バイウドの生命樹から採れる結晶だろうか。魔力を吸収する性質を持つ結晶を、なぜ今さらこんなにたくさん持ってきているのか。
「ちょっと、来なさい」
ロザリンはバロンの腕を掴み、強引に人気のない廊下へと連れ出した。
普段の華やかなドレス姿からは想像もつかないほど、その瞳には冷酷な帝国の血筋を感じさせる鋭い光が宿っていた。
「私に教えなさい。公爵様はなぜあんなに具合が悪いの!?」
「……公爵様ご本人にお尋ねになれば、お分かりになるでしょう、殿下」
「公爵様が絶対に話してくれないから、こうして聞いてるんじゃない!!」
激昂するロザリンの迫力は、かつて彼女自身がルインに叩き込んだ「執着狂攻め」の鬼気迫る威圧感そのものだった。
「……」
「私に話しなさい。私なら助けになれるわ!」
沈黙を守っていたバロンだったが、ロザリンの気迫に押され、ついに重い口を開いた。
「このままでは、公爵様のお命が危険です。それも……すぐにでも」
「……何ですって?」
琥珀色の大きな瞳が、衝撃に揺れた。すぐにでも、命が――。
「空気中に魔気が漂っています。公爵様のお体に耐性をつけるための結晶も、すでに限界を迎えているのです」
バロンが掲げた袋の中には、風化して半ば粉末状になった結晶が入っていた。その中からかろうじて形の残っているものをひとつ取り出し、ロザリンに手渡す。
「私の言っている意味がお分かりでしょう」
魔気にさらされ続ければ、黒魔法が解けるどころか、命そのものが蝕まれて尽きてしまう。
手に握りしめた結晶の冷たさに、ロザリンは歯をくいしばった。
「私はそんな風に死なせたりしない……!」
「……」
「公爵様は……私にとって、一番大切な人なの!」
溢れ出しそうになる涙を必死にこらえ、ロザリンは強い意志を込めてバロンを見つめた。
「あなたが会わなければならない人がいるわ」
一人の力では、どうにもならない。なら、あの男を巻き込むしかない。
「皇太子殿下に……レシウスに、あなたが知っているすべてを明かしなさい」
もしあの男が、本当にルインを心から愛しているのなら。
どんな手を使ってでも、この絶望から彼女を救い出してくれるはずだから――。
-
ルインの体調悪化と黒魔法の限界ミスリル獲得による多忙や婚姻の噂のストレスに加え、空気中の魔気の影響で黒魔法が解けかかっており、ルインの肉体と寿命は限界に達しつつあります。
-
デミアとの協力とロザリンの焦り万が一の事態を予感しているルインは、優秀なデミア(ヘセン伯爵)にベレウェン家の未来を託すべく協力関係を築こうとします。一方、偽装婚約者として立ち回るロザリンはルインの身を案じ、周囲の動きに警戒を強めます。
-
絶望に抗うロザリンの決意とレシウスへの助け黒魔術師バロンからルインの命が危険であると知らされたロザリンは、大切な姉(ルイン)を救うため、すべてを皇太子レシウスに明かして彼の力を借りることを決意します。