こんにちは、ピッコです。
「悪女の姉を救う勇敢なわんこです」を紹介させていただきます。
ネタバレ満載の紹介となっております。
漫画のネタバレを読みたくない方は、ブラウザバックを推奨しております。
又、登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
48話 ネタバレ
登場人物に違いが生じる場合がございますので、あらかじめお詫びさせていただきます。
- 皇居舞踏会
皇宮に華やかな音楽が鳴り響く中、その裏では、過去の因縁と冷徹な権力闘争が静かに火花を散らしていた。
今日は待ちに待った皇宮舞踏会の日。本来なら、社交界デビュー(デビュタント)を済ませていない未婚の令嬢は皇宮の敷地へ入ることすら許されない。けれど、今の私は特別だった。アルドス公爵が、皇帝陛下から直々に特例の許可を取り付けてくれたからだ。
ガタゴトと揺れる馬車の中、私は隣に座るクロエお姉ちゃんと向き合い、小さな人差し指を立てて真剣に注意事項を伝えていた。
「お姉ちゃん、皇宮にはね、危険な人が本当にたくさんいるの。だから人にも気をつけなさいだし、ワンちゃんにも気をつけなくちゃダメなんだから。……とにかく、絶対に騒ぎを起こしちゃダメだよ?」
「ふふ、それって私に言ってるの?」
私が大真面目にコクコクと頷くと、お姉ちゃんは肩の力を抜いて呆れたように笑った。
「……むしろ心配なのは、いつも騒ぎの中心にいるあなたの方だけどね」
お姉ちゃんは冗談めかして笑うけれど、私にとっては皇宮こそ、お姉ちゃんにとって一番危険な場所に思えてならなかった。私は小さくため息をつき、不安げにその横顔を見つめる。
その時、馬車の速度がゆっくりと落ち、皇宮の巨大な正門前で完全に停止した。
(ついに、着いちゃった……)
この皇宮の正門には、初代皇帝と契約を結んだ竜が築いたという古代の魔法陣が刻まれている。魔力の暴走危険度を瞬時に見分ける判別システムで、危険因子を持つ者は一歩も立ち入ることができない。
門に描かれた竜の彫刻が「青く」光れば通過、もし「赤く」光れば暴走危険人物とみなされ、即座に排除される。
『暴走危険度が完全に0%じゃないと通れない……。お願い、青く光って。神様、開いて……!』
私の治癒能力で、お姉ちゃんの魔力暴走は完全に鎮まっているはず。それでも胸の鼓動は早まるばかりだった。
馬車の扉が開き、御者が無表情のまま一礼して告げる。
「魔力の流れが逆流している者は、中へ入ることができません。ただいま判別を行いますので、しばらく門の前でお待ちください」
私は息を呑み、窓からじっとアーチ状の門を見つめた。どうか、お姉ちゃんを助けて――。
その瞬間だった。
――パンッ! と乾いた高音が響いた。
続いて、パン、パン、パパパンッ! と、激しく奇妙な音が辺りに鳴り渡る。
(な、何コレ!? 何かおかしい……! お姉ちゃんは完全に治っているはずなのに!)
私は目を見開き、不穏な音に気づいて遠くからこちらへ走ってくる騎士たちの姿を、ただ唖然と見つめるしかなかった。
・
・
・
同じ頃、皇宮の屋外舞踏会場。
そこは、一年中いつでも快適な気温を保つ高度な魔法が発動していた。
ダリア・メロマンドは、多くの貴族たちの羨望と嫉妬の視線を浴びながら、優雅に自席のソファーへ腰を下ろした。彼女が座るや否や、周囲には我先にと大勢の人々が押し寄せ、あっという間に大きな人だかりができる。
「ダリア・メロマンド令嬢! このたび新たな魔晶石鉱山を発見されたとか。その功績により、本日、皇帝陛下から直々にお褒めの言葉を賜るそうですね?」
ダリアは可憐に微笑み、いかにも恥じらうような仕草をしてみせた。
「そんな、私など大したことはしておりませんわ。ただ、皇后陛下には、採掘された魔晶石の一部を皇宮へ寄贈させていただくとお伝えしただけですの」
「まあ……なんてお優しく、聡明なお方なのでしょう! ぜひ、今回のお嬢様の新しい事業には、我が家も参加させていただきたく……」
群がる取り巻きたちの反応を見て、ダリアは満足げに誇らしげに顎を上げた。魔晶石鉱山が一つ見つかったというだけで、社交界のパワーバランスは一気に彼女の元へと傾いていた。
しかし、彼女の本命は彼らへの応対ではない。隣のテーブルから漏れ聞こえてくる、ある噂話に神経を集中させていた。
「ねえ、そのお話、本当かしら?」
「ええ、今回はあのアルドス公爵様ご本人が、直接こちらへいらっしゃるそうよ。皇宮の門へ向かう公爵家の馬車が目撃されたのですって」
アルドス公爵といえば、普段は魔物との戦争の最前線に立ち、学院の設立など国家の重要任務にのみ動く男だ。社交界の、それも比較的若手向けの舞踏会などには滅多に顔を出さない。いつもなら、ルクレツィア公爵夫人や、テレジアが代理で出席するはずだった。
「まあ……急にどうなさったのかしら? 今日は何か、特別に重要な国家機密でもあるのかしら」
ダリアと同じテーブルにいた令嬢たちもその噂にざわつき始める。ダリアを「哀れな被害者」だと信じ込んでいる一人の令嬢が、そっとダリアの手を握りしめて尋ねた。
「ダリア様、大丈夫ですか……?」
「……ええ、大丈夫ですわ。アルドス公爵家の皆様は、本当にお優しい方ばかりですもの。ただ、お一人だけを除けば……」
そこまで言って、ダリアは慌てて口をつぐみ、怯えたように小さく肩を震わせてみせた。
「……それに、あの方がいらっしゃることはありませんから。暴走の危険が少しでもある方は皇宮へ入れないのが鉄の掟ですもの。……そう分かっていても、やはり少し落ち着かなくて」
「ダリア様は優しすぎますわ! この前の社交パーティーでも、あんなひどい目に遭わされたというのに……」
周囲の令嬢たちが、ダリアの意図通りにクロエを悪く言うのを聞きながら、彼女は内心で冷酷にほくそ笑んでいた。
(もうすぐ皇帝陛下がお見えになる。そして、私の魔晶石鉱山へのお褒めの言葉が国中に響き渡る。すべては私の筋書き通りよ)
数ヶ月前から皇后の侍女として取り入っていた甲斐があった。ダリアが満足げに猫のような笑みを浮かべた――その時だった。
「アルドス公爵家、直系ご一族のご到着です!」
案内人の高らかな声とともに、会場の視線が一斉に巨大な扉へと注がれた。
最前列を歩くのは、圧倒的な威圧感を放つアルドス公爵。そしてその斜め後ろには、一族へ電撃復帰を果たしたというビリフ・アルドスの姿があった。ここまでは、貴族たちにとっても予想の範疇だった。
だが、人々の囁き声は、続く人物の登場によって一変する。
「ねえ、あの子が例の“反応があった”っていう養女?」
「ええ。公爵様が自ら籍に入れられたそうよ。大した能力もない子供らしいけれど、デビュタント前にこの場に連れてくるなんて、ずいぶん溺愛されているのね」
貴族たちが打算的な目を向ける中、扉の奥からさらに“最後の人物”が姿を現した。
「えっ……?」
「あ、あの方は……そんな馬鹿な!」
いつも氷のように冷静な表情を崩さなかったダリアの顔から、一瞬で血の気が引いた。
驚愕に目を見開いたのは、彼女だけではない。会場全体が、水を打ったように静まり返った後、爆発的な騒然へと変わった。
「クロエ様が……どうしてここに!?」
ルクレツィアとルースを除く、アルドス家の直系一族が全員揃って歩いてくる。
あり得ない。そんなはずはなかった。クロエは呪いのような魔力暴走を起こし、屋敷の奥で死を待つばかりの身だと、帝国中に知れ渡っていたはずだ。
それなのに、なぜ皇宮の古代魔法陣を通過できたのか。なぜ、何事もなかったかのように、あんなにも凛とした、美しい姿で堂々と歩いていられるのか――。
「いったい、どういうことなの……!?」
ダリアは思わず息を呑み、爪が肉に食い込むほど拳を握りしめた。
会場のざわめきが大きくなる中、アルドス公爵は面倒くさそうに、ただ一度だけ軽く咳払いをした。
「ゴホン」
――たったそれだけで、誰一人としてささやき声すら上げられなくなり、会場は一瞬で静まり返った。圧倒的な「力」の誇示だった。
ダリアは青ざめた顔でクロエを見つめ、唇を噛み切らんばかりに強く噛んだ。
(おのれ、クロエ……! きっと誰も知らない古代の秘術でも使って、一時的に暴走を抑え込んだのね。昔からの名門で、莫大な財力があるからって……!)
思い至るほどに、ダリアの胸の奥に巣くう劣等感が、どす黒く膨れ上がっていった。
・
・
・
(ふぅ、本当に入場拒否されるところだったよぉ……!)
私は心の中で、ようやく大きな安堵のため息をついていた。
さっき、皇宮の門の前で魔法陣から変な音が鳴り響いた時、騎士たちが慌てて馬車に駆け寄ってきたのだ。
「異音が確認されました。前例のない事態ですので、入場は認められないかもしれません」と。
けれど、その時、先頭の馬車から降りてきた義父上――アルドス公爵の一喝がすべてをひっくり返した。
「公爵家の馬車を止めるとは、何事だ。見ろ、今はもう物音ひとつせず、門は『青い光』で満ちているではないか」
「ですが、先ほどの音は……」
「お前たちは、初代皇帝陛下の神獣たる竜の魔法陣を信用できんと言うのか? 竜は、少しでも暴走の危険があれば『赤色』で示すと明言されている。目が付いているならよく見ろ。はっきりと青だ。……何をしている、執事よ。馬車を進めろ」
義父上の圧倒的な威厳(と、ちょっと強引な論理)のおかげで、私たちは無事に門を通過できたのだ。
(あの音、お姉ちゃんの魔力が一瞬だけピクッとしたのかも。念のため、後でまたお姉ちゃんをこっそり治療してあげなきゃ!)
そうして無事に会場へ入り、私はお姉ちゃんの隣にちょこんと座って、背筋を伸ばして皇帝陛下を待った。
そして、ついにその時が訪れる。
「皇帝陛下のご入場です!」
全員が一斉に立ち上がり、深く頭を下げる。私は胸を高鳴らせながら、入場してきた皇帝陛下を見上げた。
(わあ、すっごく大きな人だ!)
現帝国皇帝フェリクスは、四十代から五十代ほどの、威厳に満ちた風格を持つ男性だった。少し病弱なところがあるけれど、統治能力は確かだと、隣のビリフ師匠が小さな声で教えてくれた。
皇帝陛下が席に着き、選ばれた有力貴族たちが順に挨拶を交わす時間が始まる。最初に進み出たのは、当然、我がアルドス公爵家だった。
「陛下にご挨拶申し上げます」
「おお、アルドス公。よく来てくれたな。して、公爵夫人はどうした?」
「本日は体調優れず屋敷におります。代わりに、我が娘クロエが夫人の役目を務めさせていただきます」
短いやり取りの裏にある家庭内の権力争いを察したのか、皇帝陛下は深く追及せず、軽く頷いてクロエお姉ちゃん、そして私へと視線を巡らせた。
「なるほど。……それで、そちらの小さな令嬢は?」
皇帝陛下は、私をどう紹介すべきか一瞬迷ったようだった。
(やっぱりね! 『祝福の赤ん坊』って言うのも大げさだし、どう説明していいか困っちゃうよね!)
すると義父上は、実にあっさりと、しかし堂々と胸を張って答えた。
「私の娘にございます、陛下」
(ちなみに、なぜか皇后陛下の席は空席のままだったけれど、今は気にしないでおこう!)
私は一歩前に出て、精一杯の礼儀正しさで頭を下げた。
「陛下にご挨拶申し上げます」
「うむ。とても愛らしく、礼儀正しい子だな」
すかさず、私は目をきょろきょろと動かし、周囲の貴族たちが見守っているのを確認してから、本命のセリフを口にした。
「アルドス家の皆様には、本当によくしていただいております。……それに、私がこうしてきちんとお行儀よくできるのも、すべて、ここにいる私のお姉ちゃんが立派に教えてくれたおかげなんです!」
私は「うちのお姉ちゃんは世界一なんです!」とアピールするように、ぶんぶんと小さな手を振った。
クロエお姉ちゃんは、まさかこんな最高の舞台で自分の話が出るとは思っていなかったようで、一瞬きょとんと力なく目を丸くした。
「……ほう。クロエ・アルドス嬢、末娘の言葉に間違いはないか?」
皇帝陛下に水を向けられ、私のきらきらした視線に降参したお姉ちゃんは、呆れたように、けれど愛おしそうに小さく微笑んだ。
「本人がそのように申しておりますのに、姉として否定するわけにはまいりません、陛下」
「ははは、仲の良い姉妹で何よりだ」
皇帝陛下は満足げに笑い、話を締めくくった。しかし、この微笑ましいやり取りは、周囲の貴族たちに凄まじい衝撃を与えていた。
「おい、噂と違って公爵家はすこぶる円満じゃないか……」
「それよりクロエ様だ。本当に暴走の危険がある令嬢の動きか? まるで完全に克服しているようだが……そんなことがあり得るのか!?」
人々の関心が一気にアルドス家に集まり、良い流れができていた。私は目を細め、内心でガッツポーズを決める。
簡単な挨拶が終わり、私たちが席に戻ろうとした、まさにその時――皇帝陛下が予定通りの議題を口にした。
「さて。今回、メロマンド家が我が国に大きな功績を立てたと聞いている」
それまで、存在感を消すようにして座っていたダリアの父親・メロマンド公爵が、待ってましたとばかりに立ち上がった。そして、豪華な装飾が施された箱を皇帝陛下へと捧げ持つ。
「はい、陛下。かねてよりお話ししておりました、我が領地で見つかった貴重な『魔晶石』を献上いたします」
「うむ。お前の娘が発見したという、あの鉱山だな。実に見事な――」
皇帝陛下がダリアを称賛しようとした、まさにその瞬間。
私は、ドレスのポケットから「それ」を取り出し、無邪気な子供の声を装って、わざとらしく高く掲げた。
「あれぇ? でも陛下ぁ、その箱の中の石、私が持ってるこの石とそっくりです! ……ね? ビリフおじさん!」
最初、誰も私に注目していなかった。小さな子供が何かおもちゃを見せびらかしている程度にしか思われなかったからだ。隣のビリフ師匠だけが「ほう、また面白い悪だくみを始めたね」と、くすくす笑っている。
しかし、その直後。私たちのテーブル近くを警護していた近衛隊長が、困惑した顔で私に近づいてきた。
「お嬢様、お話の途中で失礼いたします。ですが、皇宮内への未許可の魔石の持ち込みは禁止されております。うっかりミスでしょうから、こちらは私がすぐに回収・処分いたしますね」
「えっ、本当ですか? ごめんなさい……」
私はしょんぼりした顔をして、近衛騎士の手のひらへ、その丸い魔晶石を差し出した。
「ここでポンって処分しちゃうんですか?」
「はい、お任せください」
近衛隊長は優しく微笑み、魔石を慎重に握りしめた。そして、自身の火属性の能力を使って、魔石の魔力を相殺し、消滅させようとした――その時だった。
「……あれ? おかしいな、びくともしないぞ?」
隊長は首を傾げ、さらにグッとマナを込めて力を流し込んだ。
そして、限界までマナを注ぎ込んだ、次の瞬間。
――ドゴォンッ!!!
魔石から、二十センチを超える凄まじい大炎が勢いよく噴き出したのだ。
皇宮のど真ん中で派手に燃え上がった炎は、なんと近衛隊長の前髪をジリジリと派手に焼き払ってしまった。
「ぎゃあああっ!? わ、私の前髪がぁあ!」
「隊長!? すぐに消火を!」
慌てて水属性の能力を持つ騎士が駆け寄り、大騒ぎで水をぶっかけて火を消し止める。会場中の貴族たちの視線が、完全にこちらへ釘付けになったのは言うまでもなかった。
「へ、陛下……! 誠に、誠に申し訳ございません……! 私の不手際で、このような醜態を……!」
前髪を失い、顔を真っ黒にした近衛隊長が青ざめて平伏する。
私はすかさず、パッと小さな手を挙げて、会場中に響き渡る声で叫んだ。
「ち、違います! 陛下、こちらの騎士様は何も悪くありません! 魔石を廃棄するには、魔石の効力よりもずっと膨大なマナが必要なんです。隊長さんは、この魔石が“普通じゃない”って知らなかったから……!」
きょとんとする皇帝陛下と貴族たちに向かって、私は何でもないことのように爆弾発言を続けた。
「だってこの魔石、普通の魔石より『5倍』も強力なんですもん! 失敗しちゃうのも無理ありません! ビリフおじさんの家には、これが山ほどゴロゴロあるから、説明するのをすっかり忘れちゃってました。騎士様、ごめんなさい!」
その言葉に合わせるように、ビリフ師匠が優雅に立ち上がり、一礼した。
「本来なら、舞踏会の後に正式に書面にてご報告する予定だったのですが……はい、陛下。我がアルドス公爵家の領地にて、既存のものの5倍以上の純度を持つ、未曾有の『魔晶石鉱山』が発見されました」
一瞬の静寂の後、会場の空気が文字通りひっくり返った。
「……アルドス公、それは本当か!?」
驚愕のあまり、玉座から身を乗り出す皇帝陛下。義父上は、不敵な笑みを隠そうともせず、深くお辞儀をした。
「このような形でのご報告となり、誠に恐縮ですが……はい、その通りにございます、陛下」
そこからの展開は早かった。圧倒的なエネルギー資源の発見に興奮を隠せない皇帝陛下は、ダリアの魔晶石など完全に忘れ去り、アルドス公爵やビリフ師匠と、国家規模の壮大な事業計画について熱く語り合い始めてしまったのだ。
メロマンド家には、ついで程度の、形ばかりの労いの言葉が掛けられたが、もはやその場にいる誰一人として、彼らに一瞥すらくれなかった。
やがて皇宮楽団が演奏を始め、本格的な舞踏会がスタートした。しかし、貴族たちの関心はダンスよりも、アルドス家の魔石に完全に奪われていた。誰もが興味津々といった様子で、義父上たちのテーブルへ群がっていく。
「公爵閣下! 突然の魔晶石の発見、一体どのような経緯で!?」
「ココお嬢様、本日はお初にお目にかかります! なんと聡明な……!」
「ははは! うちの幼い娘が、開発に多大な協力をしてくれましてね。社交界デビュー前ですが、連れてきて正解だった。なぁに、まだほんの序の口ですとも」
アルドス公爵家の周囲は、終始、熱狂的な歓声と拍手に包まれていた。
一方――。
ダリア・メロマンドは、自分の周囲からサーッと潮が引くように人がいなくなった極寒の光景を見つめ、自嘲気味に唇を歪めていた。
(たった、一年だったのに……!)
クロエが引きこもり、自分が社交界のトップに君臨するために、この一年どれほどの努力を重ねてきたか。それなのに、あの忌々しいアルドス家から、さらに高品質な鉱山が見つかるなんて。
あまりの怒りと屈辱に、思考回路が焼き切れそうだった。
隣で父親が「元気を出しなさい、ダリア。どうせあちらの鉱山だって、最終的には外に売るしかないんだから。我が家だって利益は出る」と必死に慰めてくるが、ダリアは静かに首を横に振った。
(そんな単純な話じゃないのよ、お父様……!)
純度が5倍の魔石が大量に市場に出回れば、メロマンド家の普通の魔石など、誰も高値で買わなくなる。希少価値を盾に暴利を貪るはずだった販売計画はすべて水の泡だ。それどころか、高い利益を見込んで投資していた貴族たちが、一斉に資金を引き揚げるのは目に見えている。
メロマンド家の資金繰りは、明日から一気に破綻へと向かうだろう。
ダリアは、憎悪に満ちた険しい目で、遠くのクロエを睨みつけた。
(どうして……どうしてあの子は、いつも私の欲しいものを、一番いいところを全部奪っていくのよ……!?)
その視線に気づいたクロエは、ダリアを見つめ返し、ふっと口元を歪めた。
それは、誰の目から見ても明らかな、冷徹な「嘲笑」だった。
クロエは、冷たい一瞥をダリアの周囲に歩み寄る者たちへ投げかけると、そのまま静かに舞踏会場の奥へと歩き去っていった。
「……このまま、終わらせるわけにはいかないわ」
ダリアはガタガタと震える体で立ち上がり、衝動に駆られるまま、クロエの後を追って会場を飛び出した。
・
・
・
夜風が吹き抜ける、静まり返ったバルコニー。
クロエはふと足を止め、背後から近づいてくる荒い息遣いと足音に耳を澄ませた。
(やっぱり、追ってきたわね)
クロエは、自分は久しぶりに運が良いと感じていた。本来なら狡猾なダリアが、こんなふうに理性を失って自ら近づいてくることなどあり得ない。今回もまた、ココの仕掛けた罠が、クロエに最高のチャンスをもたらしてくれたのだ。
バルコニーの部屋のドアを開け、中に入ってきたダリアと正面から向き合う。
「どうしたの? 私を追いかけてくるなんて」
「そうよ! 一体どういうことなのか、説明してもらいにね。当然、あなたが魔力暴走で無様にのたれ死ぬものとばかり思っていたのに!」
周囲に誰もいないことを確認した途端、ダリアは化けの皮を剥ぎ取り、本性を剥き出しにして叫んだ。
クロエは、事前にリベラ大公から届いていた手紙の内容を思い出していた。
『舞踏会が開かれる別宮の上階には、バルコニールームがある。そこは、かつて古代の悪龍が封印されていた不快で陰鬱な気配に満ちた場所だ。その場所でなら、闇の力を使った「探知」を行っても、周囲に気づかれずに済む可能性が高い。ただし、くれぐれも注意しろ』
人間に「探知」を使うということは、闇の魔力で相手の魂の奥底を探る行為だ。もし相手の魂に深い、抉られたような傷があれば――それは、魔物、あるいは人間をその手で「殺害した」という消えない罪の刻印。
(最高のタイミングだわ。今、彼女は怒りで冷静さを失っている)
クロエは冷徹な瞳でダリアを見つめ、静かに言い放った。
「ダリア。私ね、ずっと考えていたの。あなたが私に、ここまで執拗に嫌がらせをする理由を」
「……何ですって?」
「――劣等感でしょう?」
たった一言。しかしその核心を突いた言葉は、ダリアの残った理性を完全に吹き飛ばした。
「……貴女、ごときがぁああ!」
ダリアが逆上し、クロエの顔面に向けて激しく手を振り上げた――その瞬間。
「身の程をわきまえなさい」
クロエは、ダリアの手首を凄まじい力で乱暴に掴み取った。
まさにその接触の瞬間、クロエは脳内で闇魔法を密かに発動させ、ダリアの魂の深淵へと意識をダイブさせた。
視界が黒く染まり、ダリアの魂の幻影が浮かび上がる。
そこには、生々しく抉られた、深い、歪な「傷」がはっきりと刻まれていた。
その傷の形状、放つ残穢――間違いなく、高位の『魔物を殺害した』痕跡だった。
結論を導き出すのは、あまりにも容易だった。
大半の魔物は、帝国の遥か辺境にしか生息していない。ずっと王都の、それもクロエの屋敷の近くにいたダリアが、直接手を下して殺せる魔物など、この世にただ一体しか存在しない。
(……ココ。あの子は、本当に魔物だったのね。そして、あなたが殺したんだわ)
目の前で恐怖と怒りに身を震わせるダリアを見つめながら、クロエは掴んだ手首をミシリと冷酷にひねり上げた。
「ダリア。これからは、自分の後ろ首の心配でもしていなさい。あなたの人生の最期がどうなるのか、心から楽しみにしているわ」
本心では、今すぐこの手でその細い首をへし折り、八つ裂きにしてやりたいほどの憎悪が吹き荒れていた。けれど、クロエは必死に感情を押し殺した。この愚かなかつての友人は、高位の魔物を一人で暗殺できるほどの器ではない。必ず、裏に強力な協力者がいるはずだ。ここで生かして、すべての芋虫をあぶり出さねばならない。
冷たい視線でダリアを突き放し、その場を立ち去ろうとしたクロエの背中に、ダリアが狂ったように叫んだ。
「ギレン様が! ギレン様がもうすぐ前線から戻ってくるわ!!」
「……」
「そうなれば、すべてが変わるのよ! 魔晶石鉱山? そんなもの、どうでもいいわ! あの方は私を愛してくださっているの! あなたみたいな、中身の空っぽな木偶の坊の女なんて、大嫌いだと言っていたわ!」
ダリアは勝ち誇ったように、激しく肩を上下させながら言い放つ。
クロエは足を止め、振り返ることなく、氷のように冷ややかに囁いた。
「ああ、海軍提督の、ギレン・アマデウス侯爵のことね」
(あいつも、ココを殺す計画に確実に加担しているわね)
「――早く帰ってきてくれるといいわね。楽しみにしてる」
クロエがバルコニーを後にすると同時に、彼女の手元の魔道具へ、すぐさまリベラ大公からの返信が届いた。
『ギレン・アマデウス侯爵は、間違いなく何かを隠している。近いうちに開かれる大規模な狩猟大会で接触を図る。そこで奴の尻尾を掴もう』
再び華やかな舞踏会場へと戻ったクロエの元には、次々と貴族たちが媚を売るために群がってきた。しかし、笑顔で応対するクロエの頭の中にあったのは、ただ一つの冷徹な思考だけだった。
――どうやって、あの者たちを最も残酷に破滅させようか。
その時、手紙型の魔道具が再び微かに震え、大公からの警告を告げた。
【狩猟大会――通称『キャピタル・カーニバル』。その日、間違いなく何かが起こる。危険な目に遭わないよう、限界まで武装し、十分に備えておけ】
迫り来る決戦の気配を感じながら、クロエは静かに闘志を燃やすのだった。
-
皇宮への無事な入場と姉妹の絆アピール
デビュタント前のココは皇帝の特例で入場し、門の魔法陣での一触即発の危機もアルドス公爵の一喝で突破。会場ではココが「姉のクロエのおかげ」と健気さをアピールし、魔力暴走の噂を覆して公爵家の円満ぶりを印象付けた。
-
ダリアの計画を粉砕する「5倍の魔晶石」大発表
ダリアが鉱山発見の功績で称賛されようとした瞬間、ココがより強力な魔晶石(既存の5倍の威力)を披露し、近衛隊長の前髪を焼き払う大騒動を起こす。流れでビリフがアルドス家の鉱山発見を国家規模で大発表し、メロマンド家の販売計画と資金繰りを完全に破滅させた。
-
バルコニーでの対峙と「魂の探知」による確信
怒りで理性を失い追ってきたダリアに対し、クロエは核心を突いて激昂させ、接触の瞬間に闇魔法「探知」を発動。ダリアの魂に刻まれた魔物殺害の傷から、愛犬ココの死への関与を確信し、裏で繋がるギレン侯爵が帰還する次なる舞台「狩猟大会(キャピタル・カーニバル)」での復讐を誓った。